[ハイブリッド車] トヨタと燃費競争、ホンダがハイブリッドで「逆襲」

[日本経済新聞電子版 2014 年 2 月 05 日]
[ハイブリッド車]
トヨタと燃費競争、ホンダがハイブリッドで「逆襲」
ホンダがハイブリッド車で攻勢に転じている。2013 年 6 月に発売した「アコードハイブリッド」は 30km
/L、同 9 月に発売した「フィットハイブリッド」は 36.4km/L と、両車発売時点でのトヨタ自動車の競
合車種の燃費(JC08 モード)を一気に抜き去ったのだ[注]。さらに、大型車、スポーツカー向けの新
たなハイブリッドシステムも間もなく登場する。ホンダのハイブリッド技術戦略を追った。
(日経 Automotive Technology)
ホンダはハイブリッドシステムとして、1999 年の初代「インサイト」から 2010 年の「フィットハイ
ブリッド」まで、1 モーター方式の 「IMA(Integrated Motor Assist)」を使い続けてきた。しかし、
2013 年に入って発売した「アコードハイブリッド」と「フィットハイブリッド」から、新世代のハイブ
リッド 技術を投入。それぞれの発売時点で、トヨタの競合車「カムリ」や「アクア」の燃費(JC08 モー
ド)を抜き去った(図 1)。
図 1 2013 年 6 月に発売した「アコードハイブリッド」(左)と同 9 月に発売した「フィットハイブリッド」(右)(写真:ホンダ)
実際にアコードの燃費は、ずば抜けている。車両質量は 1610kg と重いが、競合車のカムリや「クラ
ウンハイブリッド」の燃費が 23km/L 台であるのに 対し、30.0km/L と 6km/L 以上上回った。また、フ
ィットもアクアの 35.4km/L という 2013 年 8 月までの国内最高燃費を 1km/L 上回る 36.4km/L をたた
き出した。
車両質量を横軸にとり、2013 年 9 月時点の燃費を縦軸にとると、アコードとフィットの燃費を結んだ
線は「プリウス」やアクアの水準を上回っている(図 2)。ホンダの新世代ハイブリッド車(HEV)は、
トヨタ以上の燃費を実現していたといえる。
図 2 ホンダがトヨタ自動車を上回る燃費を達成。車両質量当たりの燃費を比較した。横軸は車両質量で、右に行くほ
ど質量が軽くなる。縦軸は JC08 モード燃費
[注]トヨタは、2013 年 12 月 2 日に部分改良で燃費 37km/L のアクアを発売し、フィットハイブリッドから
燃費トップの座を奪回。両社の燃費競争が続いている。
■旧システムの弱点克服
IMA は、機構がシンプルでモーターの出力も小さいため、安価に作れる利点がある半面、いくつかの弱
点を抱えていた。その一つが、モーターがエンジンの駆動軸に直結しているため、電気自動車(EV)走
行時にエンジンがつられて回り、抵抗が大きくなることである。また、「協調回生ブレーキ」を採用し
ていないため、減速時に回生できるエネルギー量が少なかった。
こうした弱点を解消すべく、ホンダは IMA に代わる新たな方式を開発した。新しいシステムは、IMA よ
りモーター出力を大きくし、エンジンを切り離して走れる。アコードの場合、モーターの最高出力は 124kW
もある(図 3)。フィットも従来の 2 倍以上の 22kW とすることで、EV 走行の領域が大幅に増えた。
図 3 アコードハイブリッドの「i-MMD」方式。エンジン側にモーター、その右に発電機があり、通常はモーターだけで走
る。出力が足りなくなると、エンジンを始動して発電しながらモーターで走る。高速域ではエンジンを駆動軸に直結でき
る
ユニークなのは、車両の大きさ、特性に応じて異なる 3 種類のシステムを開発したことだ。アコード
ハイブリッドが使うのは、
2 モーターでシリアルパラレル方式を実現した
「i-MMD(intelligent Multi-Mode
Drive)」である。
■トヨタ車を徹底分析
ホンダは、トヨタの 2 モーター式を徹底的に分析し、どうしたら燃費で上回れるかをシミュレーショ
ンした。そして、シリーズハイブリッドをベースとして、 EV 走行と HEV 走行の効率をどこまで高めれば、
燃費で勝てるかを計算した。この計算を基に、エンジン、モーターともに単独での効率の目標値を設定
して開 発を進めた。
トヨタ方式は、エンジン駆動とモーター駆動の比率を、燃費が最適となるように遊星歯車機構により
切り替えながら運転する。走行モードは EV 走行、HEV 走行の二つである。
HEV 走行では、エンジン出力を遊星歯車で動力分割し、発電機で発電した電力によるモーター駆動力
と、発電に回さなかった分のエンジン出力を合わせて走行 する。エンジンをかけたときには、できるだ
け燃費の良い領域で運転し、駆動力が余ったり、足りなくなる部分は発電機を充電したり、モーターの
アシストを使うことで補う。
この方式は、HEV 走行での駆動力がエンジンとモーターの合算となるため、モーター出力をそれほど大
きくしなくて済む。例えば、プリウスではエンジンの最高出力が 80kW なのに対し、モーター出力は 60kW
と小さい。
■エンジンは主に発電に使う
トヨタと異なり、アコードでは通常走行のほとんどをモーターの駆動力でまかなう。高出力のモータ
ーで、EV 走行の割合を増やし、急加速や電池の SOC(充電状態)が下がった場合だけエンジンをかける。
エンジンによる発電で SOC が上がると、EV 走行に戻る(図 4)。
図 4 アコードハイブリッドの走行モード。低中速での定常走行では、EV 走行と HEV 走行を切り替える。高速ではエン
ジン走行と EV 走行を切り替える
一方、車速が 100km/時を超えると、エンジンの駆動力による走行に切り替える。この場合、普段エン
ジン出力を駆動系から切り離しているクラッチを締結し、タイヤに直接出力を伝える。負荷が高いとき
にはモーターがアシストし、負荷が低いときには充電する。
実際の走行では、低速域で EV 走行とシリーズハイブリッドの HEV 走行、高速でエンジン走行と EV 走
行を切り替える。60km/時の定常走行では、EV 走行と HEV 走行の割合は半々、100km/時の場合は、およ
そ 3 分の 1 が EV 走行になるという。
■Li イオン 2 次電池を採用
図 5 最高出力 124kW のモーター。永久磁石を V 字形に配置してリラクタンストルクを増やした。レアアースは磁石の
表面のみに分布させる
i-MMD はモーターで多く走るため、EV 走行の効率をいかに向上させるかが課題になった。EV 走行時の
効率を決めるのは、モーター、インバータ、電池、配線といった高圧系すべての部品。この一つひとつ
の効率を高めていった。
例えばモーター。従来の IMA では、永久磁石を同心円上に配置しており、主に磁石の反発・吸引によ
り回転力を発生させていた。これをアコードでは、磁石を V 字状に配置し、ステーターが鉄心を引きつ
ける「リラクタンストルク」を多くした(図 5)。モーターの鉄心で熱として消費されるエネルギーが減
るため、効率を高められる。この配置はトヨタの HEV でも使われている。
モーターは、磁石の表面付近のみにレアアースを含有する構造とし、高価な材料の使用も減らしてい
る。また、銅線に流れる電流値を減らしてモーターを小型化するため、トヨタの 650V を上回る 700V ま
で昇圧している。
トヨタでは一部車種にしか採用してない Li(リチウム)イオン 2 次電池も採用した。Ni-MH(ニッケル・
水素)2 次電池よりも内部抵抗が少ないため、充放電に伴う損失を減らせる。
■エンジンの最大熱効率は 38.9%
EV として走行したときの効率の良さを表すのが、プラグインハイブリッド車(PHEV)における「電費」
の差である。米国では、EV 走行したときの電費をガソリンの使用量に換算して、
「MPGe(Miles per gallon
gasoline equivalent)」という燃費値として表示する。
アコードハイブリッドと同一のシステムをベースとする PHEV の場合、これが 115MPGe(48.9km/L)
と非常に高い。これは車両質量がより軽い 「プリウス PHV」の 95MPGe(40.4km/L)を大きく上回る。
これらは PHEV の値であるが、同じシステムを使うアコードハイブリッドも、EV 走行の効率が高いとい
える。
アコードではエンジンの効率も大きく改善している。エンジンは HEV 走行、エンジン走行のいずれで
も燃費に直接効く。そこで、アトキンソンサイクルの採用や、EGR(排ガス再循環)クーラーを使うこと
などで圧縮比を 13.0 まで高めた。
この結果、正味燃料消費率(BSFC)の最も低い値が 214g/kWh に達し、最大熱効率は 38.9%と、これ
まで世界最高とされてきたトヨタクラウンハイブリッドに搭載する「2AR-FSE」の 38.5%を 0.4 ポイント
上回った。
新開発エンジンは 4 気筒で排気量が 2.0L。「ストリーム」や「ステップワゴン」に搭載する「R20A」
を基にするが、
ほとんどの部品を新しく設計した。最大熱効率は R20A と比べると約 10 ポイントも高い。
回転数が 2500rpm でトルクが 120N・m のときに最大になる。
制御の自由度を高めるため、モーターで駆動する可変バルブタイミング機構(VTC)、可変バルブタイ
ミング・リフト機構(VTEC)を採用したほか、補機類のコンプレッサーやウオータポンプを電動化し、
クランク軸とつなぐベルトをなくした。
■1 モーター選んだフィット
アコードでは、モーター出力を大きくし、EV 走行の効率を重視して燃費向上を図った。しかし、小型
車であるフィットは、エンジンルームが狭く、コストも抑えなければならないという制約がある。高出
力モーターと発電機を両方載せる方式は採用が難しい。
そこで、フィットでは 1 モーターのハイブリッドシステム「i-DCD(intelligent Dual-Clutch Drive)」
を採用した(図 6、図 7)。排気量 1.5L のアトキンソン・サイクル・エンジンに、DCT (Dual Clutch
Transmission)とモーターを組み合わせたものだ。
図 6 「フィットハイブリッド」のレイアウト。1.5L エンジンに DCT、モーター、Li イオン 2 次電池を組み合わせた。車両中
央部にタンクを置くレイアウトを踏襲した
図 7 DCT とモーターの構造。最高出力 22kW のモーターを奇数段の入力軸の後端に取り付けた
同車に搭載したモーターの最高出力は 22kW とそれほど大きくない。モーターだけでも走れるが、エ
ンジン走行の割合はアコードよりも増える。そこで、エンジンや変速機、そこに使う軸受など機械部分
の効率を高める必要があった。このため、平歯車を使い、伝達効率が MT(手動変速機)並みに高い DCT
を選んだ。
EV 走行、HEV 走行、エンジン走行を切り替える点はアコードと同じである。ただし、アコードでは HEV
走行時はシリーズハイブリッドとしてモーターのみで走るのに対し、フィットはエンジンの駆動力も使
うパラレルハイブリッド走行となる。
低速域では EV として走り、低・中速の巡航では、EV 走行と HEV 走行を切り替えて走る。なお、高速で
はエンジンが主体となり、HEV 走行とエンジン走行を使い分ける。例えば 60km/時の巡航では、EV 走行
と HEV 走行の割合が 4 対 6 程度になるという。
■協調回生ブレーキを採用
アコードの場合、低中速域では EV 走行と HEV 走行という選択肢しかないが、フィットの場合は、エン
ジンと変速段、そしてモーターのアシストの有無など、駆動力を伝える経路の選択肢が増える。このた
め、制御は非常に複雑になった。
もちろん、シミュレーションでどの段が最も良い燃費となるかは計算できる。ただし、実際に走らせ
てその性能が出るかを検証するのに苦労したという。
減速時にエネルギーを回生するためには、DCT ならではの工夫がある。回生エネルギーを増やすには
なるべくモーターを高回転で回したい。このため、減速時 に低い段で待ち構えて、モーターの回転数を
高めるようにしている。低中速域では、主に 3 速を使って回生し、速度が高い場合はまず 5 速で回生し、
次に 3 速に 変速するといった手順を採る。
DCT を 7 速としたのは、変速比幅を 9.3 と広げて燃費を稼ぐためと、多段化したほうが頻繁に変速でき
スポーティーな印象が高まると考えたからである。
フィットに搭載した Li イオン 2 次電池はアコードの 1.4kWh に対し 864Wh と容量が少ない。ただし、
従来の Ni-MH2 次電池と比べると、容量を 1.5 倍に増やしながら電池パックの体積を 23%、質量を 6%減
らすことができた。
フィットでは、アコードと同様に、エアコンプレッサー、ウオーターポンプを電動化した。特に、ブ
レーキシステムは、「フィット EV」やアコードと同様に協調回生ブレーキを採用した。停止直前まで減
速エネルギーを回生できる。
■3 モーターの新システムは 2014 年に登場
アコード、フィットに続いて、ホンダが今後新たに投入するハイブリッドシステムが「SH-AWD(Super
Handling All-Wheel Drive)」である。このシステムは、3 モーターとなるのが特徴で、4 輪駆動車に対
応する。まず、米国で 2014 年春に発売する「Acura RLX」の HEV に採用する。
ホンダはこのシステムの詳細を明らかにしていないが、2012 年に実施した報道陣向け技術説明会では、
前部に DCT と最高出力 30kW 以上のモーターを置き、後部の左右に 20kW 以上のモーターを置くとしてい
た(図 8)。車両の前後、左右のトルクを別々に制御し、運動性能を大きく高めることを狙う。
図 8 第 3 のハイブリッドシステム「SH-AWD」。「Acura RLX」の HEV に搭載される。前部に DCT+モーター、後部に左
右独立のモーターを積み、トルクベクタリングが可能。(出典:2012 年の技術説明会のパネルより)
2015 年内の発売を目指すハイブリッドシステム対応の 2 シーター・スポーツカー「Acura NSX」にも、
このシステムを搭載する(図 9)。
図 9 ハイブリッドシステム対応の 2 シーター・スポーツカー「Acura NSX」(写真:ホンダ)
NSX では、エンジンと DCT、モーターが後輪を駆動し、2 個のモーターが前輪を駆動するレイアウトと
なり、RLX と前後の置き方が逆になる。
(日経 Automotive Technology 林達彦)
[日経 Automotive Technology 2013 年 11 月号の記事を基に再構成]