反応理論化学(その4) 5.ポテンシャルエネルギー面と反応経路 r(X–A)と r(A–Y)に対してエネルギーを等高線で表す R T’ r(A–Y) 谷 山 T 峠 谷 P ポテンシャルエネルギー 最も簡単な反応 X–A + Y → X + A–Y 反応物(R) 生成物(P) X–A 結合が切断 反応系全体のエネルギーは X–A と A–Y の A–Y 結合が形成 原子間距離によって変化 X+A+Y T’ T R X…A…Y P 反応経路 r(X–A) R → T → P:X–A 結合の切断と A–Y 結合の形成が同時進行 R → T’ → P:まず X–A 結合が切断し次いで A–Y 結合が形成 R → P の経路は無数にあるが、R → T → P を通る経路が最も容易である T:反応経路に沿ってエネルギーの最も高い状態 = 遷移状態(Transition State) 反応は遷移状態に到るエネルギーを必要とする 活性化エネルギー: E ( T ) − E ( R ) 反応熱: E ( P ) − E ( R ) 協奏反応は遷移状態が1つ存在する1段階反応 例えば 置換反応 HO - + - H H C Br H5C2 H HO H C Br HO + Br - C C2H5 H H5C2 H 遷移状態 Diels-Alder 反応 H2 C CH2 HC CH2 HC CH2 HC H2 C CH2 HC CH2 HC CH2 + HC CH2 C H2 遷移状態 1 CH2 C H2 ポテンシャルエネルギー 反応経路の途中にエネルギーの窪みがあれば反応中間体が存在する多段階反応 例えば 反応物 → 遷移状態 → 中間体 → 遷移状態 → 生成物 (R) (TS1) (I) (TS2) (P) TS2 TS1 I R P 反応経路 ポテンシャルエネルギー面の立体図と等高線図:資料3 反応経路: 1つの谷底である反応物から 出発して別の谷底である生成 物へ行くのに最もエネルギー の低い道筋 谷 山 谷 核座標 谷底 (安定構造) 核座標 峠 (遷移状態) 谷底 (安定構造) 鞍点(遷移状態): 反応経路に沿ってエネルギーは極大 他の方向に関してエネルギーは極小 極小 極大 反応経路 反応熱:反応物(出発点)と生成物(到着点)のエネルギー差 反応物 > 生成物 → 発熱反応 反応物 < 生成物 → 吸熱反応 2 化学反応(安定構造・遷移状態・活性化エネルギー・反応経路など)の定量的な予測:資料3 ポテンシャルエネルギー面(構造変化とエネルギー変化の対応関係)の情報が不可欠 ↓ 反応系の全ての原子の核座標によって決まる 構造変化は 3 N − 6 個の自由度(直線分子は 3 N − 5 個の自由度)をもつ 多原子分子では全ての可能な構造に対してエネルギー計算を実行することはできない ↓ 化学反応において重要なのは安定構造と遷移状態およびそれらを結ぶ反応経路 ↓ 電子状態計算により高精度で定常点(安定構造・遷移状態)および反応経路の探索ができるように なってきている エネルギー勾配法(エネルギー微分法)および基準振動解析 6.エネルギー勾配法 分子の運動の自由度 1原子当たり x, y, z 方向の3つの自由度をもつ N 原子分子では 3N の自由度がある x, y, z 方向の並進運動の自由度が 3(分子の構造は変化しない) x, y, z 軸まわりの回転の自由度が 3(分子の構造は変化しない) 非直線分子では振動の自由度は 3 N − 6 (直線分子では振動の自由度は 3 N − 5 ) メッシュ法によるポテンシャルエネルギー面上の定常点の探索 直線2原子分子:振動の自由度=3×2−5=1 → 原子間距離を変えてエネルギー計算 E r 非直線3原子分子:振動の自由度=3×3−6=3 → 2つの原子間距離と1つの結合角を独立に 変化させてエネルギー計算 1自由度当り10点だけ考慮しても計10×10×10回のエネルギー計算が必要 非直線 N 原子分子:振動の自由度= 3 N − 6 メッシュ法により可能な全ての構造をエネルギー計算することは非現実的 核座標に関するエネルギー微分を計算し定常点を自動的に探索 ポテンシャルエネルギー面の構造を全て計算する必要はない ポテンシャルエネルギー面上の谷底や峠は定常点(極小点・極大点) {R1 , R2 , R3 , , R3 N −2 , R3 N −1 , R3 N } = { X 1 , Y1 , Z1 , , X N , YN , Z N } :原子核の空間座標 ∂E = 0 for m = 1, 2, ,3 N ← 核座標 Rm に対するエネルギー勾配 ∂Rm ∂E Fm = − = 0 for m = 1, 2, ,3 N ← 核座標 Rm に働く力 ∂Rm = E grad (6-1) (6-2) 定常点では、全ての核座標の変位に関する1次微分がゼロ = 全ての原子核に働く力がゼロ 全ての変位方向に対して極小 → 安定構造(谷底) 1つの変位方向に対して極大 → 遷移状態(峠) 他の変位方向に対しては極小 3 エネルギー勾配法 ある構造 R から ∆R だけ離れた近傍に定常点の構造 Re があるとする R = { R1 R2 R3 R4 R5 = {X Y 1 1 ∆R = Re − R Z1 X 2 Y2 R6 R3 N − 2 Z2 X N R3 N −1 R3 N } ZN } YN 定常点のエネルギーを R について2次まで Taylor 展開すると 3 N ∂E 1 3N 3N ∂2 E E ( R= R ∆ + )e E ( R ) + =∑ ∆Rm ∆Rn ∑∑ m 2 =m 1 =n 1 ∂Rm ∂Rn R m 1 ∂Rm R 3N 1 3N 3N = E ( R ) + ∑ Gm ∆Rm + ∑∑ H mn ∆Rm ∆Rn 2 =m 1 =n 1 = m 1 ∂E Gm = → グラジエント(勾配) ∂Rm R ∂2 E H mn = → ヘシアン(力の定数) ∂Rm ∂Rn R ∂E ( Re ) 定常点の条件 = 0 for l = 1, 2, ,3 N より ∂∆Rl ∂E ( Re ) ∂ 3N 1 3N 3N = + ∆ + E R G R H mn ∆Rm ∆Rn ( ) ∑ m m ∑∑ ∂∆Rl ∂∆Rl 2 =m 1 =n 1 = m 1 ∂E ( R ) 3 N ∂∆Rm 1 3 N 3 N ∂∆Rm ∂∆Rn 1 3N 3N = + ∑ Gm + ∑∑ H mn ∆Rn + ∑∑ H mn ∆Rm ∂∆Rl ∂∆Rl 2 =m 1 =n 1 ∂∆Rl ∂∆Rl 2 =m 1 =n 1 = m 1 1 3N 3N 1 3N 3N δ ∆ + R H mn ∆Rm δnl H ∑∑ mn ml n 2 =∑∑ 2 =m 1 =n 1 m 1= n 1 = m 1 1 3N 1 3N = Gl + ∑ H ln ∆Rn + ∑ H ml ∆Rm 2 n 1= 2m 1 = 1 3N 1 3N = Gl + ∑ H ln ∆Rn + ∑ H ln ∆Rn 2 n 1= 2n1 = = (6-3) (6-4) (6-5) (6-6) (6-7) 3N ∑ Gmδml + (6-8) 3N = Gl + ∑ H ln ∆Rn = 0 n =1 行列表記を用いると R → 核座標の列ベクトル R1 R2 R= R3N ΔR → 変位の列ベクトル ∆R1 ∆R2 ΔR = ∆R3N (6-9) (6-10) ΔR T → 変位の列ベクトルを転置した行ベクトル ΔR T = ( ∆R1 ∆R2 ∆R3N ) 4 (6-11) G → グラジエント(勾配)の列ベクトル ∂E ∂R1 R ∂E G = ∂R2 R ∂E ∂R3 N R H → ヘシアン(力の定数)の行列 ∂2 E ∂2 E ∂2 E ∂R1∂R3 R ∂R1∂R3 N R ∂R1∂R2 R 2 ∂2 E ∂2 E ∂ E H = ∂R2 ∂R1 R ∂R2 ∂R2 R ∂R2 ∂R3 N R 2 2 2 ∂ E ∂ E ∂ E ∂R3 N ∂R1 ∂R3 N ∂R2 R R ∂R3 N ∂R3 N R 1 E ( R e ) = E ( R ) + ΔR T G + ΔR T HΔR 2 G + HΔR = 0 → ΔR = −H −1G (6-12) (6-13) (6-14) (6-15) よって R e =R + ΔR =R − H −1G (6-16) ある構造 R でのエネルギー勾配 G (1次微分)と力の定数行列 H (2次微分)がわかれば、定常点の構造 R e への方向ベクトル ΔR が計算できる 多原子分子に対して定常点の構造 R e を予測できる 実際には適当な初期構造から出発して繰り返し計算を行う → 構造最適化 初期構造 R (0) を設定 (1) R= R ( 0) − ( H −1 ) G ( 0) を決定(構造最適化の1回目の構造) ( 0) ( 2) R= R (1) − ( H −1 ) G (1) を決定(構造最適化の2回目の構造) ( n −1) ( n −1) (n) を決定(構造最適化の n 回目の構造) = R R ( n −1) − ( H −1 ) G (1) ↓ 定常点(全ての原子核に働く力がゼロ)に到達するまで探索を繰り返す 初期構造の設定が悪いと繰り返し計算の回数が多くなる 初期構造 E × × × 困難な場合 もあり得る 極小 極小 最安定 R 5 エネルギー微分の実用的な応用 ポテンシャルエネルギー面の定常点の探索 → ∂E ∂R ∂2 E ∂E ( F :電場), 分極率 → ∂F 2 ∂F ∂2 E ∂3 E , ラマンスペクトルの強度 → 赤外スペクトルの強度 → ∂R∂F ∂R∂F 2 2 ∂ E ( B :磁場、 I :磁気モーメント) NMR のケミカルシフト → ∂B∂I 双極子モーメント → 探索した定常点がエネルギーの極小点か極大点か 定常点 R e のエネルギー E ( R e ) を ΔR = R e − R だけ離れた近傍 R のエネルギー E ( R ) と比較する E ( R ) を R e に関して2次まで Taylor 展開すると 1 E ( R ) = E ( R e ) + ΔR T G e + ΔR T H e ΔR 2 定常点では G e = 0 なので 第3項が正 → E ( R e ) < E ( R ) : R e は極小点 (6-17) 第3項が負 → E ( R e ) > E ( R ) : R e は極大点 第3項について対称行列は直交行列を用いて対角化できる(力の定数行列を対角化) (U T HeU ) mn = kmδ mn (6-18) T −1 H e を対角化する直交行列 U を用いて座標変換する( U = U ) (6-19) Q = U T ΔR = U −1ΔR ⇔ ΔR = UQ 1 1 1 1 T ΔR T H e ΔR Q T U T H e UQ QT UT H e U Q = = ( UQ ) H e ( UQ ) = 2 2 2 2 (6-20) 0 Q1 k1 0 3N 1 1 2 = ( Q1 Q3 N ) 0 0 ∑ kmQm 2 0 0 k Q 2 m =1 3 N 3 N 2 は正であるので力の定数行列 の固有値 He km の正負だけで判別できる Qm km が全て正 → 全ての方向への変位 Qm に対してエネルギー上昇(極小点)→ 安定構造 km のうち kT だけ負 → QT 方向への変位に対してのみエネルギー低下(極大点) ( ) 他方向への変位に対してはエネルギー上昇(極小点) → 遷移状態 QT :遷移ベクトル(遷移状態での反応座標 = 反応の進行方向) km :力の定数, Qm :基準座標(振動様式を与える) 1 1 3 N −6 km :基準振動数(赤外スペクトル), νm = ∑ hν m :ゼロ点振動エネルギー 2π 2 m =1 7.反応経路の決定 ポテンシャルエネルギー面の谷底(反応物・生成物)と峠(遷移状態)はエネルギー勾配法により 見つけることができる 反応物 → 遷移状態 → 生成物をなめらかに結ぶ道筋(反応経路)を知りたい 遷移状態では力の定数行列の固有値がただ1つだけ負になる ↓ 虚数の振動数をもつ基準座標は峠での反応座標(エネルギーの低下する方向)を示している 6 固有反応座標(IRC = Intrinsic Reaction Coordinate) 反応座標の方向にゆっくりと峠を下っていくと谷底に到達する道筋を一義的に見つけることが できる 峠からボールを道筋からはずれないようにきわめて静かに転がしたときの軌跡 峠 × 谷底 谷底 峠を出発点として古典的運動方程式(質量×加速度=力)を全ての核座標 Ri に対して解く Mi d 2 Ri ∂E = − 2 ∂Ri dt (7-1) 短い時間範囲で積分 dR M i i dt dRi ∂E − t − = dt t =0 ∂Ri (7-2) 最初は核が静止していると仮定 dRi =0 dt t =0 dR ∂E M i i = − dt ∂Ri M dR −tdt =i i ∂E ∂Ri (7-3) t (7-4) (7-5) 全ての原子核に対して上式が成立 M 1dX 1 = ∂E ∂X 1 M 1dY1 = ∂E ∂Y1 M 1dZ1 M 2 dX 2 (7-6) = = ∂E ∂E ∂Z1 ∂X 2 この関係を満足する dX1 , dY1 , dZ1 , dX 2 , の比で分子が変形する → 反応座標の方向 dRi をゼロにして計算される古典的軌跡 = IRC 無限小時間ごとに核速度 dt ↓ 反応系の核運動を記述する平均の軌跡=質量荷重座標系では峠からの最急降下経路 ↑ ポテンシャルエネルギー面の等高線に常に垂直な曲線 IRC 古典的軌跡 × 7 IRC における構造変化 ホルムアルデヒド→ヒドロキシカルベンにおける 1,2-水素原子シフトの固有反応座標計算(IRC)から得られる一連の構造 ホルムアルデヒド ← 遷移状態 → ヒドロキシカルベン 8
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