この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 15 回 臨床血圧脈波研究会 ランチョンセミナー ASO 診療と脈波−血管外科の立場から− 宮田哲郎(山王病院・山王メディカルセンター血管病センター長) 我々血管外科医は日々、下肢動脈の慢性閉塞である閉 された患者の罹患率と死亡率が治療で低下することを裏 塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliterans;ASO)の患 付ける研究データはないことが提言の根拠であるとして 者を診察するが、ASO は動脈硬化が進展して動脈が閉塞 いる。抗血小板治療には一定頻度の出血性合併症を伴う した結果生じる病態であり、動脈硬化の末期像でもある。 ため、症候性 ASO 患者の治療方針を、エビデンスがない ASO 患者は下肢に加え全身の動脈硬化も進行しているた まま無症候性患者に適応することへの警鐘である。今後、 め、QOL のみならず生命予後も不良で、患者の 2 /3 が脳 無症候性 ASO のなかでスクリーニングのメリットのある 心血管イベントで死亡するともいわれている。ここでは、 集団を特定することが求められている。 こうした ASO 患者の診療に関して、血圧脈波の視点でト 血圧脈波による重症下肢虚血の 発症予測 ピックを話したい。 血圧脈波による ASO の スクリーニングについて 間欠性跛行から重症下肢虚血(critical limb ischemia; CLI)に悪化するのは間欠性跛行患者全体の 15 ~ 20% 程 動脈硬化の評価法はさまざまあり、血管内皮機能は 度である。間欠性跛行の症状を示さないまま CLI が発症 FMD(flow mediated dilation) 、血管壁の固さは cfPWV する患者も少なからず存在する。こういった無症状の (carotid-femoral pulse wave velocity)、baPWV ASO 患者は、血圧脈波測定を行うと CLI と同様の低値を (brachial-ankle PWV)、CAVI(cardio-ankle vascular 示すことから、慢性無症候虚血とよばれている。慢性無 index)などで測定できる。狭窄や閉塞病変が疑われる 症候性虚血患者の詳細は明らかになっておらず、無症状 場合は、ABI(ankle brachial index)や TBI(toe brachial であっても CLI 発症リスクが高い群を特定して予防する index)が 有 用 で あ り、ASO の 診 断 に 用 い ら れ て い る。 ことは今後の課題である。 ASO では無症候性といえども、症候性同様生命予後が不 東京大学血管外科で血行再建を実施した CLI 患者約 200 良であるため、2011 年に ACCF/AHA のガイドラインは、 例を、対側肢の症状で分類し retrospective に検討した。 跛行や潰瘍のある患者、50 歳以上の喫煙者および糖尿病 93 例手術時対側肢が無症状だったが、術後 2 年で、35% 患者に加え、65 歳以上の高齢者全員に ABI によるスク が CLI を発症し、14%が tissue loss となった。多変量解 リーニングを推奨した。さらに、症候性患者同様、無症 析の結果、CLI 発症のリスク因子は糖尿病と皮膚組織灌流 候性 ASO 患者でも、心筋梗塞、脳卒中、血管死のリスク 圧(skin perfusion pressure;SPP)低値、tissue loss とな 低減のために抗血小板療法は役立つ可能性があるとした。 るリスク因子は透析と SPP 低値だった。片側肢が CLI の 一方、2015 年に発表された米国血管外科学会(Society ため間欠性跛行症状が出るほどは歩けない場合もあると of Vascular Surgery;SVS)の ガ イ ド ラ イ ン は、ACCF/ いう条件付き無症候だが、血圧脈波検査により CLI 発症 AHA のガイドラインと逆の提言を行い、ASO のリスク を予測できる可能性を示した結果だった。一方、SPP 測 ファクター、既往歴、徴候、症状のない人に、ABI により 定は専門施設でしか実施できないため、一般施設にもか 幅広く ASO のスクリーニングをすることは推奨しないと なり普及した血圧脈波検査である ABI 測定時に表示され した。SVS によると、疾病スクリーニングが有用である るupstroke time(UT) と%mean artery pressure(% MAP) 必要条件は、①正確な検査法がある、②疾病数が多く、 を組み込み、再度分析したところ、冠動脈疾患、血清 問題となる罹患率である、③スクリーニングが罹患率と アルブミン値< 3 mg/dL、% MAP > 45%が CLI 発症を予 死亡率低下につながる、④治療により、スクリーニング 測する独立因子だった(表 1)1)。日常診療で実施している で発見された患者の罹患率と死亡率が低下する、⑤スク 血圧脈波検査が CLI 発症を予測する手段になりうるかど リーニングは非侵襲的であり費用対効果が高いことであ うか、今後の前向き研究が期待される。 るが、ASO の場合、③や特に④のスクリーニングで発見 8 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 表 1 ● CLI の無症候対側肢の予後:CLI 予測因子 表 2 ● SVS WIfI 分類(虚血) (文献 2 の和訳) TASC Ⅱの CLI は Grade2、3 (文献 1 より引用) 冠動脈疾患 脳血管疾患 SPP < 40mmHg 血清アルブミン値< 3mg/dL %MAP > 45% ハザード比 3.9 1.6 2 4.8 5.9 95% CI 1.6-10.3 0.60-4.0 0.83-5.4 1.7-13.5 1.8-27.0 ランチョンセミナー p値 < 0.01 0.33 0.12 < 0.01 < 0.01 Grade Grade Grade Grade ABI ≧ 0.80 0.60 〜 0.79 0.40 〜 0.59 ≦ 0.39 0 1 2 3 AP >100 70 〜 100 50 〜 70 < 50 TP,TcPO2 ≧ 60 40 〜 59 30 〜 39 < 30 表 3 ● SVS WIfI 分類 (創) (文献 2 の和訳) Grade 0 Grade 1 Grade 2 Grade 3 潰瘍 壊死 ー ー 浅(骨露出なし:趾以外) ー 深(骨・腱・関節:踵以外)浅(踵) 趾に限局 広範、深(足部先端・中央部、踵、 広範壊死(足部先端・中央部、踵) 踵骨露出) 臨床状況 安静時痛 minor tissue loss(1 ~ 2 趾切断) major tissue loss(3 趾切断以上、中足骨切断で救肢可) extensive tissue loss(複雑な再建術、非定型的切断: Chopar, Lisfrane が必要) 表 4 ● SVS WIfI 分類 (足部感染) (文献 2 の和訳) 局所感染(該当2つ以上) 腫脹・硬結 熱感 潰瘍周囲の発赤(0.5 〜 2.0cm) 膿汁分泌 圧痛、疼痛 Grade Grade Grade Grade 0 1 2 3 SIRS(該当2つ以上) 体温> 38℃あるいは< 36℃ 心拍数> 90/ 分 呼吸数> 20/ 分あるいは PaCO2 < 32mmHg WBC > 12,000 あるいは< 400 あるいは 10% 未分化形態 局所感染 (ー) 皮膚、皮下組織 深部(膿瘍、骨髄炎、筋膜炎)、 発赤> 2cm (+) SIRS (ー) (ー) (ー) (+) たものである(表 2 ~ 4)2)。SVS WIfI 分類は臨床に即した 血圧脈波による重症下肢虚血の診断 分類だが、Delphi 法により複数の専門家の経験を基に決 CLI の概念は「血行再建が不成功の場合は下肢の大切断 められたため、分類ごとの患者数の分布を含め、今後の を必要とするような重度の虚血」である。異なる治療手段 検証が必要である。 の成績を比較するためには、同じ重症度の症例を対象と 2011 年より外科手術の全国登録データベースである する必要があるため、CLI の客観的定義は不可欠である。 NCD(National Clinical Database)がスタートし、毎年日 CLI の客観的定義として虚血指標である血圧脈波の測定値 本の外科手術総数の約 95%に相当する 120 数万件の外科 を中心に長年議論されてきたが、いまだ確定していない。 手術が登録されている。日本血管外科学会は2013年より、 TASC では、AP(足関節血圧)< 50 〜 70 mmHg、TP(足趾 NCD 上 に CLI 患 者 の デ ー タ ベ ー ス を 作 成 し(Japan 血圧)< 30 〜 50 mmHg、TcPO2( 経皮酸素分圧)< 30 〜 Critical Limb database;JCLIMB)、108 の施設が参加し 50 mmHg を CLI とすることで合意がなされたが、2007 て、CLI の登録と 5 年間の追跡調査を開始した。このデー 年の改訂(TASCII)ではこの数字はあくまで参考所見であ タベースを用いて SVS WIfI 分類の検証を予定している。 ると修正された。 2015 年の秋には JCLIMB 登録データの背景を公表予定で CLI の客観的定義は、その定義で CLI と診断された患者 ある。 の自然予後調査で検証できる。さまざまな理由で血行再 まとめ 建適応からはずれた CLI 患者を追跡した報告によると、大 切断(膝上・下の切断)に至ったのは全体の 20% 前後に過 ASO 診療に関して血圧脈波の視点からトピックスをま ぎず、現在の定義は CLI の概念を十分には反映していな とめてみると、改めて今後の課題が明らかになった。循 いことが示された。 環器内科と血管外科が診療科の枠を越えて協力し、これ 2014 年に SVS が新しい CLI の定義「SVS WIfI 分類」を提 らの課題に取り組み、その結果を患者の QOL 向上に結び 唱した。従来の足の血圧の指標 Ischemia(虚血)に Wound つけることが求められている。 (創) 、Foot Infection(足部感染)を加え、ステージ分類し 文献 1) Shirasu T, et al. Useful predictors for critical limb ischemia in severely . ahead of print] ischemic limbs. Int Angiol 2015[Epub 2) Mills JL Sr, et al. The Society for Vascular Surgery Lower Extremity Threatened Limb Classification System: risk stratification based on wound, ischemia, and foot infection(WIfI). J Vasc Surg 2014 ; 59 : 220 34 .e1 -2 . 9
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