自衛官の国外犯処罰規定の新設 和田 進 今回の戦争法案の中で、ほとんど議論の対象とされていない論点に、「自衛官の国外犯処 罰規定の新設」がある。私はこの条項の新設は今回の戦争法案の性格を象徴的に示してい るものと考えている。今回はこの問題取り上げようと思う。 1 国外犯処罰規定とは? 刑法1条1項は、 「この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する」と 規定する。そして2項で「日本国外にある日本船舶又は日本航空機内において罪を犯した 者についても、前項と同様とする」としている。すなわち日本国外にあっても、日本の船 舶、航空機内において犯罪がなされた場合には、日本の刑罰が適用されるということであ る。 このように刑罰の適用は日本の領域内における犯罪を原則としている。ただし例外とし て、 「内乱、予備及び陰謀、内乱等幇助の罪」や「通貨偽造及び行使等の罪」などの国の存 立に重要な影響を及ぼす犯罪については、刑法2条は「日本国外において次に掲げる罪を 犯したすべての者に適用する」とし、また、殺人、傷害、強姦、放火などの重大犯罪につ いて、刑法3条は「日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する」と、国 外犯処罰規定を設定している。 2 自衛官の国外犯処罰規定の新設 しかし、自衛隊法「第9章 罰則」で規定する118条から125条の自衛隊法上の犯 罪は国外犯の処罰対象とはされていなかった。これは考えてみれば当然のことである。 政府は憲法9条のもとで認められる自衛権の発動としての武力の行使について、①わが 国に対する急迫不正の侵害があること、②この場合にこれを排除するために他の適当な手 段がないこと、③必要最小限度の実力行使にとどまるべきことという三要件に該当する場 合に限られるとしてきた。 そして自衛権行使の地理的範囲について「必ずしもわが国の、領土、領海、領空に限ら れない」としながら、 「武力行使の目的をもって武装した部隊を他国の領土、領海、領空に 派遣するいわゆる海外派兵は、一般に自衛のための必要最小限度を超えるものであり、憲 法上許されないと考えている」としてきた。したがってこれまでの政府の憲法9条解釈を 前提にすれば自衛隊が海外で武力行使を展開することはあり得ないことであり、自衛官の 国外犯処罰規定を設定するかどうかということは問題外のことがらであった。 ところが今回の自衛隊法改正案で122条の2が新設され、 「第119条第1項第7号及 び第8号並びに前条第1項の罪は、日本国外においてこれらの罪を犯した者にも適用する」 としている。自衛隊法の119条の1項7号(上官の職務上の命令に対し多数共同して反抗 した者)と8号(正当な権限がなくて又は上官の職務上の命令に違反して自衛隊の部隊を指 揮した者)、122条1項(防衛出動命令を受けた者がその命令に従わなかった各種の場合) を国外犯としても処罰することを規定しているものである。前者は3年以下の懲役又は禁 錮であり、後者は7年以下の懲役又は禁錮である。この「7年以下の懲役又は禁錮」とい うのは、自衛隊法上の犯罪の最高刑である。 3 自衛隊の日本の領域外出動を当然の前提 この国外犯規定の新設は、日本の領域外において防衛出動命令が出されることを当然の 前提としている。集団的自衛権の行使は他国に対する攻撃に反撃するものであるから当然 に他国領域における自衛隊の行動を必然化する。 そして武力行使という「殺し、殺される」という非日常の異常な行動を規律するために は刑罰による強制を不可欠とする。2013 年4月放映の「週刊 BS-TBS 報道部」において当 時の自民党石破幹事長は、自民党憲法改正草案の国防軍、審判所について次のように語っ た。「『これは国家の独立を守るためだ。出動せよ』と言われたときに、いや行くと死ぬか もしれないし、行きたくないなと思う人がいないという保証はどこにもない。だから(国防 軍になったときに)それに従えと。それに従わなければ、その国における最高刑に死刑があ る国なら死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役三百年なら三百年。そんな目に遭うぐらいな ら、出動命令に従おうっていう。人を信じないのかと言われるけれど、やっぱり人間性の 本質から目を背けちゃいけない」と語っていた(東京新聞 2013.7.16)。 「専守防衛」の際の日本の領域内にとどまらずに、集団的自衛権の発動の際に(法律は「我 が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅か され、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」= 「存立危機事態」)防衛出動が下令され、外国の領域において武力行使を展開することを刑 罰の威嚇によって自衛官に強制すること、これが国外犯処罰規定の新設の意味である。 4 ホルムズ海峡の機雷除去の国会論戦 この国外犯処罰規定の新設について、6月18日の衆院予算委員会で民主党の玉木委員 が取り上げている。玉木委員は、安倍首相が「一般に海外派兵は許されない。その例外と しての機雷封鎖された際の機雷除去」と語っているにもかかわらず、この国外犯処罰規定 新設は「一般的に海外において派兵することを前提とした改正法案になっているじゃない ですか」と追及した。これに対して中谷防衛大臣は、存立危機事態において防衛出動が発 令されることになるとして、「外国領域における自衛隊の活動、具体的には、存立危機事態 において、補給等のために他国の領域を経由、寄港、上陸するケースなどが想定されるこ とから、防衛出動命令下における国外犯処罰規定、これを設けることにしたものでござい ます」と答弁した。122条の2は、防衛出動命令を受けた者が、「上官の職務上の命令に 反抗し、又はこれに服従しない者」に対して7年以下の懲役または禁錮という重罰を課す ことを規定しているものであるにもかかわらず、中谷答弁は、外国領域における直接の武 力行使を対象にしているものではなく、外国領域における補給等の行為を念頭に置いてい るとしている。安倍首相も「武力の行使をしている過程において起こり得るのではなくて、 いわば寄港目的等々において、補給等で上陸をした際に起こり得る状況に対して、この法 律を改正したわけであります」としている。 これは全くの詭弁の答弁である。自衛隊法122条は、自衛隊法76条で「我が国を防 衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部または一部の出動を命ずることが できる」とする防衛出動命令を受けた者が(この命令の下、 「必要な武力を行使することがで きる」88条)、上官の命令に反抗した場合に自衛隊法上の最高刑の7年以下の懲役または 禁錮に課するとしているものであり、その中核部分は武力行使の上官命令への違反を処罰 の対象とするものである。中谷防衛相や安倍首相の答弁は全くの詭弁である。 玉木委員は、補給等のための他国領域経由の場合だとするならば「そう書くべきじゃな いですか、限定的に。 」と追及したが、残念ながらそこで終ってしまっている。 、、、 安倍首相は、 「一般に海外派兵は許されない」と繰り返す。そして今、例外としてはホル ムズ海峡の機雷除去だけだという。そして国外犯処罰規定は、機雷除去の際の外国への寄 港、補給を念頭に置いているという。しかしこれまでの「我が国に対する外部からの武力 攻撃が発生した事態」というのは外形的事実として客観的判断が可能であるのに対して、 今回の「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の 存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が ある事態」というのは、客観的判断は困難であり、すこぶる主観的判断要素に基づくこと になり、時の内閣の判断に係わることになる。60年間にわたって維持されてきた憲法解 釈を乱暴に変更する内閣の下では、 「一般に」の「例外」が次々につくられ「例外」が「一 般」に転化してしまう危険性が強い。「例外」が「一般」に転化したとき、他国領域におけ る武力行使を刑罰の威嚇をもって自衛官に強制するもの、それが今回の自衛官の国外犯処 罰規定の新設の意味である。
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