製品・技術紹介 水素ステーション用300リットル鋼製蓄圧器の開発 1. はじめに ている水素ステーションの運転圧力上限の 82MPa に対 して充分な余裕を持たせていると共に、将来的な運転圧 地球環境問題の観点からクリーンエネルギーとしての 力の高圧化にも対応できるように設計されている。寸 水素の利用が注目されており、国内では 2015 年度まで 法は外径φ 480mm、長さ 5,060mm であり、製品重量は に 100 箇所程度の商用水素ステーションを建設すること 約 4.7ton である。また、水素ステーションに用いられ が発表されている。また、2014 年 12 月にトヨタから燃 る蓄圧器は燃料電池自動車への充填による減圧と次の車 料電池自動車“ミライ”が販売開始され、2016 年 3 月 への充填準備のための加圧が繰り返されるため、燃料電 にホンダからも燃料電池自動車の販売開始が予定されて 池自動車が普及する将来を見据え、高圧ガス保安協会 おり、燃料電池自動車および水素ステーションの普及に (KHK)申請時の初期繰返し使用回数を 10 万回として 向けた取り組みが活発化している。また、政府は 2020 いる。鋼製蓄圧器の場合、材料に繰返し応力を加えても 年の東京オリンピックに向けて水素インフラの整備を進 破壊しない疲労限度より更に小さな応力範囲で使用され め、水素社会を世界に向けアピールする方針を表明して ており、10 万回が使用限度ではなく定期的な保安検査 いることから、国内では今後も水素社会の実現に向けた において欠陥等の発生がないことを確認できれば、繰返 動きが活発になると予想されている。 し回数を延長させても安全を確保可能な製品である。本 当社は材料の水素脆性に対する長年の知見を活かし、 世界に先駆け 2008 年に 70MPa 水素ステーション対応 蓄圧器は、KHK の包括事前評価を取得しており、高い 安全性と信頼性を実現している。 の 250 リットル鋼製水素蓄圧器(Type Ⅰ蓄圧器)を、 2012 年に世界最大容量の高耐久型 450 リットル鋼製水 素蓄圧器を NEDO 事業において開発し、実証試験を進 めてきた。これらの知見を活かし、現在、商用水素ステ ーション向けに容量を最適化した高耐久型 300 リットル 鋼製水素蓄圧器をいち早く上市し販売しており、岩谷産 業㈱殿が尼崎に建設した日本初の商用水素ステーション でも当社の蓄圧器が使用されている(写真1)。 表 1 300 リットル鋼製蓄圧器の仕様 適用法規 高圧ガス保安法 適用規格 特定設備検査規則 設計圧力 99MPa 設計温度 -15℃~ +70℃ 運転圧力 35MPa ~ 82MPa 運転温度 -10℃~ +70℃ 繰返し使用回数 10 万回 蓄圧器外径 φ 480mm 蓄圧器全長 5060mm 蓄圧器重量 4.7ton 耐用年数 無制限 3. 特 徴 写真 1 日本初の商用水素ステーションと水素蓄圧器 (写真提供:岩谷産業㈱殿) 2. 概 要 当社の蓄圧器は、ストレート形状のボディーに、両 (1)高強度低合金鋼の使用 一般高圧ガス保安規則の例示基準では、水素ステーション に使用可能な蓄圧器用鋼材としてニッケル当量と絞り値で規定 された SUS 316、SUS 316L に限られているが、これらの材料 は高価であり、材料強度が低いことから設計圧力を 99MPa、 端カバーとグランドナットを組み合わせた形で構成さ 内径 300mm の蓄圧器として設計した場合の肉厚は約 300mm れ、応力集中部となるような不連続部をなくし、加圧さ の極厚容器となる。一方、高強度低合金鋼を使用することで れることで密閉性を高めるセルフシール構造を採用して 肉厚を薄くすることができるが、45MPa 蓄圧器に使用されて いる。本蓄圧器の主な仕様を表 1 に示す。蓄圧器の設計 いる SCM435 では、99MPa 蓄圧器の肉厚となると焼入れ性 圧力は 99MPa とし、一般高圧ガス保安規則で規定され 不足のため必要な材料特性を得ることが出来ない。そこで、 (149) 製品・技術紹介 SCM435と同等の強度を持ち、焼入れ性の優れる SA-723M (4)高信頼性 Gr.3, Cl.2 を採 用した。SA-723M はアメリカの圧 力 容 器 規 当社の蓄圧器はストレート構造としており、水素と接する部分 格 ASME Boiler and Pressure Vessel Code, Section VIII, において、ボンベ型蓄圧器の口元で観察されるようなしわ疵や Division 2 で使用が認められている材料であり、また国内にお 構造不連続部位などの応力集中する箇所がないこと、製造時 いても超高圧ガス設備の耐圧部用の材料として、HIP 装置本 や供用中の検査において内面の精密検査が可能であるなどの 体、大型反応器等で使用可能な材料として例示されている。 特徴も有している。製造時の検査においては、水素ガスと接す SA-723M を含む高強度低合金鋼は比較的安価な材料である るボディー内表面を高精度で検査するため、写真 2 に示す半 が水素の影響を受ける材料であるため、通常の圧力容器に要 自動の磁粉探傷試験(MT)装置を蓄圧器専用に開発した。 求される材料評価に加え水素ガス中での各種安全性評価(機 この開発した MT 装置を用いて検査することで、内表面の微 械的特性、疲労特性、ASME Section VIII, Division 3 の 小な欠陥の検出を可能としている。また、高精度の検査は製 KD-10 をベースにした疲労き裂進展特性の試験・解析等)を 造時だけでなく、供用中であってもカバー・グランドナットを外し 行い、安全性を確認している。このような評価を行うことで鋼に 開放することで可能となる構造であり、定期的に解放検査を行 及ぼす水素の影響を正確に把握し、その耐性に応じた条件で うことで安全性を維持できる蓄圧器である。 最大限の能力を発揮させることは、蓄圧器の安全性と低コスト を同時に満足する有効な技術である。 (2)耐水素脆性 蓄圧器は、製造の各工程において水素脆性の影響を低減 させるための種々の対策を施している。溶製から熱処理までの 素材製造段階では、組織や強度、結晶粒度等をコントロール し、水素ガス中であっても大気中と同等の引張強さを確保して いる。また、加工段階では、加工方法を指定し、厳しい表面 仕上げ状態を合格基準に設けている。 (3)高耐久化施工 高圧水素ガス中においては大気中と比較してき裂進展速度が 加速するため、高耐久化施工によりき裂進展速度の抑制を図っ た。図 1 に高圧水素ガス中において実測した試験結果を用い て解析した蓄圧器ボディのき裂進展解析結果を示す。外面から の超音波探傷試験(UT)により検出可能な長さ4.8mm、深さ 写真 2 開発した蓄圧器専用 MT 装置 4. おわりに 可燃性ガスであり広い爆発限界範囲を有する水素ガスは、 扱いを間違えれば非常に重大な事故となる可能性があることか 1.6mm の初期欠陥が存在すると仮定した場合において、安全 ら、安全を第一に信頼性の高い蓄圧器を提供することが重要 7 率を考慮した許容可能な繰返し回数は 6.5×10 回であることが と考える。当社では、写真3に示す低コスト化、軽量化を進め 示された。また、高圧水素ガス中における疲労試験においても、 た TypeⅡ(金属ライナー+フープ巻き)蓄圧器を現在開発中 疲労限度が運転時に発生する繰返し応力の2倍以上であること であるが、これらの蓄圧器にも高信頼性を引き継ぎ、安全な蓄 が確認されており、蓄圧器の高寿命化が達成されている。 圧器を提供していく所存である。 初期想定き裂:4.8mm 長さ、1.6mm 深さ 圧力変動:35MPa ⇔ 82MPa 図1 蓄圧器ボディのき裂進展解析結果 写真3 耐圧試験中の Type Ⅱ試作蓄圧器 謝辞 蓄圧器の開発における水素ガス中のデータは、NEDO の支援を受けた委託事業の結果得られたものであり、感謝申し上げます。 (150) 日本製鋼所技報 No.66(2015.10)
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