算数・数学における教材開発とその展開について(研修報告) 鳥取数学教育研究会(Lapin の会) 講師:山梨大学教育人間科学部数学教育講座 准教授 清野辰彦 興味あるデータ:子どもたちは文章題をどのように捉えているか?(T.Miwa(1986)Mathematical model -making in problem solving -Japanese pupils’ performance and awareness of assumptions-.) →生徒たちは,数学で扱う問題は数学的な世界にのみ存在していると捉えており,それらは現実とは関係ないもの,架空の ものと考えているのである。換言すれば,生徒たちは,文章題を解決している際,その解が現実とは無関係であると思い ながらも,解決を行っているのである。 →指導の指針:文章題を現実世界の1つのモデルとして捉える ・「現実の世界」と「数学の世界」を繋ぐ役割を果たす仮定を設定するプロセスを重視する。 ・(暗黙裡に)設定されている仮定の顕在化と吟味を行う。 ・「仮定の意識化」によって,「現実の世界」と「数学の世界」とを結びつける。 具体例:追いつき算の問題 弟が,2km 離れた駅に向かって家を出発しました。それから 10 分たって,兄が自転車で同じ道を追いかけました。 弟は出発してから何分後に兄に追いつかれるでしょうか。以下のデータをもとに予想しなさい。 ①出発してからの経過時間と距離のデータ (電柱を目印に計測したデータ)(徒歩) 距離(m) 0 55 98 144 190 231 277 341 398 時間(秒) 0 41 68 98 126 152 181 221 257 ②出発してからの経過時間と距離のデータ (電柱を目印に計測したデータ)(自転車) 距離(m) 0 55 98 144 190 231 277 341 398 時間(秒) 0 20 30 40 50 60 70 83 97 1.教科書の文章題の議論の段階 まず,教科書に掲載されている追いつき算の問題を生徒に提示した。 するとすぐに,何人もの生徒が,その問題の解答を見出した。次に,実際 の場面にその解を照らしあわせた場合に,その解をあっていると考えるの か,あっていないと考えるのか,またその理由は何かを考えさせた。する と,生徒から,どのような仮定を基に考えているのか,あっているとはどの くらいの時間までをさしているのかという発言が次々に出された。 十分に種々の仮定が顕在化された後,「今日は,この問題を実際のデ ータを基に解決しよう」と発言し,実際に徒歩と自転車で走行した道筋が 描かれている地図を提示した。また,「追いつき算の問題」を提示すると ともに,歩行者と自転車の人がそれぞれ走行している様子をビデオで撮 影した映像を見せた。そして,データをグラフに表した図を提示した。 2.解法の比較・検討の段階(プロトコール) S:弟と兄の各位置での速度,減速での速度を求めて,平均を出すと,弟がだいたい 1.4875m/s,それを分速になおすと, だいたい毎分 89m になります。兄も同じようにやると,分速 221m になります。それで追いつかれた時間をだすと,まず兄が 出発したときの弟の位置が必要なのでそれを出すと,弟の距離が,分速 89m で兄が出発したのが 10 分後なので,89m/ 分×10 分=890m,これが兄が出発したときの弟の位置です。その次に,えーと兄が追いついた時間をだしたいので,兄と 弟の速度の差で 890m を割ることにより,兄が出発してから弟に追いついた時間を出して,そして,兄が出発した時間をたし て求めると,だいたい 16.7 分になります。そして追いつかれたときの距離を求めると,弟が出発してから,16.7 分なので, 16.7 分に弟の分速 89m をかけると 1486.3m が追いつかれる距離だと思います(拍手がおこる)。 T.J 君と違って,僕は,最後の数値で最後にかかった秒で割って,秒速が 1.55m/秒,兄が秒速 4.10 になって,それで追い つかれた時間と距離を求めるから,弟は 10 分後で 1.55×600 で,それで弟の距離を出して,兄と弟の秒速の差で割って, それで弟が出発してからの 600 秒をたすと,965 秒になって,それで,965 秒に弟がどれだけ移動しているのかを求めると約 1496m となって,終わりです(拍手がおこる)。 2 人の生徒の考えに共通している点は何かを問い,設定している仮定を顕在化させた。具体的に言えば, 「速さを一定とみる」という仮定を顕在化させた。 3.数学的結論の解釈・評価の段階 および 4.より良いモデル化の段階 撮影したビデオを基に,1430m のところで 15 分 30 秒後に追いつか れることを確認し,自分の求めた解と照らし合わせた。図を提示し,「速さ を一定とみる」という仮定が有効に機能していることを確認するとともに, より良いモデル化を行う必要性を感得させられるよう試みた。 次は主な生徒の反応。 「速さを一定とみる」見方について 「速さを計算するときによほど細かいデータが必要な場合以外は一定と して考えていいということが分かった。」(生徒 N.T) 「いろいろなネック:信号,加速度,空気抵抗?等があっても長い目で見 れば,速さはほぼ一定であることがわかった。…また速さは,ずっと一定には動けないが,一定として見てもよいという事だと 思うので,最初の問いの答えは,どっちもあっていると思う。」(生徒 Y.F) 「理論上のように一定にはならないが,すすんだ距離と時間が分かればあまり大きな誤差が出ない。よって,実際に家の人が 忘れ物をした時,駅についてしまう前に合流するために必要な速さを概算できる。」(生徒 M.T) グラフの有効性の感得 「今までは,ただ,『公式』というだけで,深く追求してみようとも思ってい なかったけれど,今回の授業で,『速さ』という原点に少しだけ入り込めた ような気がした。歩く速さは,常に変化している。しかし,それをグラフなど にして見ると,ほぼ直線的になっているのだ。だから,数学または算数で, 速さの問題がつくれるのだなと思った。数値をグラフ化する際にその実際 の点を通らなくてもその近くを通り,直線的に書くことにより,分かりやすく なるということが分かった。(生徒 M.Y) 教科書の文章題に対する見方の変容 数学の問題では,速さを一定と考えて問題を解くが,いろいろな条件が あって速さは変動すると思った。しかし,一旦停止しない限り,ほとんど一 定とわかったので,数学の問題はだいたい正しいことがわかる。結果も, 停止しなければだいたい 15 分になると思う。今までは本当にこうなるの か?と疑いながら問題を解いていたが,条件がよければ正しいことがわか ったので,次からは疑わずに解けると思う。(生徒 Y・K) 昔,プリントと同じような問題を解いた時,『答えと同じように現実はなる か?』と考えていましたが,現実でやってみると意外と近い数値になること がわかりました。(生徒 T.T) 問題で速さが一定だというのはおおうそで,実際は大きく差があるものだと思っていたが,実際にも正しいことがわかった。 (生徒 T.M) 数学の有用性の感得 「『速さ』というテーマを通して,いろいろな考え方があることがわかった。Y.R 君のような『速度は一定として考えられるから, 一番後ろの値を使って速度を求める』とか,N.T 君のような『各区間の速さをそれぞれ算出してそれらを平均して速度を求め る』,また僕のようにグラフを書いて速度を求めるという考えられるだけで 3 つも方法があった。一つの答えを出すのにいろい ろな過程があるという事は新しい発見だと思う。また物事を 1 つの方向からだけで見ないで多方向から見ていくというのはす ばらしいと思った。」(生徒 F.H)(下線は筆者による) 「現実的に数学を使いこなす必要性がわかった。例えば,この測定値から速度を算出するのにも,たくさんの方法がある。 頭の中だけでなく,実際,どうなのかを考えるのも楽しい。」(生徒 H.A) 「実際にはかる値と,数値で計算した値がかなり近いことに,数学すごいなと思いました。」(生徒 D.H) 以上,一部内容の概要。この他の話題として, ・「文章題」についての丁寧な歴史的考察と授業設計の理論的枠組 ・具体的な教材例として,ペントミノを用いた立体模型の考察など (文責:山脇雅也)
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