初期の肝硬変における食道静脈瘤の治療と予防 Portal hypertension and primary biliary cirrhosis: effect of long‐term ursodeoxycholic acid treatment. Gastroenterology. 2008 135:1552‐60. Prevention of portal hypertension: from variceal development to clinical decompensation. Hepatology. 2015 ;61:375‐81. Renin‐angiotensin‐aldosterone inhibitors in the reduction of portal pressure: a systematic review and meta‐analysis. J Hepatol. 2010;53:273‐82. 【肝硬変症における門脈圧亢進症】 肝硬変では Disse 腔に膠原線維が沈着し,類洞内皮細胞の下には 元々はなかった基底膜が形成されるため,肝臓の血流抵抗が増加し て門脈圧は亢進する.線維性瘢痕や再生結節の圧力を受けて門脈枝 は閉塞しやすくなる. 類洞性および 後類洞性の ブロック 肝硬変の 偽結節 下大静脈 肝静脈 門脈 肝動脈 1 同時に機能的,非構造的な要因も,肝臓病の初期から門脈圧の上 昇に影響する.エンドセリン 1 や,COX‐1 誘導性のプロスタグラン ディンなどの血管収縮性因子の増加と,NO 等を主体とする血管拡 張性因子の利用効率の低下による血管内皮細胞の機能不全が代表で ある. 一方,門脈圧の僅かな上昇によって,腸管微小循環では内皮細胞 NO 合成酵素(eNOS)の活性が刺激される.そのため腸管局所では逆 に NO 等の血管拡張性因子の産生が亢進して,腸間膜の血管が拡張 するため,門脈流入血液量が増加する. 成長因子(VEGF,VEGFR‐2,CD31[内皮細胞マーカー]),サイトカイ ン,メタロプロテアーゼの幾つかが過剰に発現する結果,肝内の血 管と線維は増生する.これらは腸間膜の血管新生に関与する.新生 血管は門脈大循環短絡路を形成して過循環状態 hyperdynamic circulation をもたらし,肝線維化を悪化させる. 正常 肝硬変 肝細胞 肝星細胞 ディッセ腔 膠原線維の沈着 類洞の収縮 類洞の構造の変化 類洞内皮細胞 類洞の開窓 2 【原発性胆汁性肝硬変症における門脈圧亢進症】 原発性胆汁性肝硬変症では肝硬変になる前から,食道静脈瘤の破 裂が起きることが判っていた.それには類洞前門脈圧亢進症の要素 が関与していると考えられていた.ただ,どのくらいが類洞前の要 因によるのかは,よく判っていない.類洞前門脈圧亢進症の要素が 大きい場合,肝予備能は悪くないので,予後は良い可能性がある. 原発性胆汁性肝硬変症の病変は不均一に局在し,生検診断による staging は sampling error が大きいといわれる.食道静脈瘤を認めた 原発性胆汁性肝硬変症に関する最近の報告でも,16/18 名に顕著な 線維化が見られた中で,そのうち僅か 7 名が肝硬変の診断であっ た.この場合,肉芽腫形成や密なリンパ球浸潤が,門脈域の門脈枝 を圧迫し,血栓形成に導くために,食道静脈瘤が出現すると想定さ れている.結節性再生性過形成も門脈枝を圧迫する可能性がある. Mayo Risk Score や血小板数減少が原発性胆汁性肝硬変症の予後を 正確に予測できることは,幾つかの研究で繰り返し示された.その 一方で,門脈圧亢進症も原発性胆汁性肝硬変症の予後が悪化する先 駆症状である.HVPG>12 mmHg は予後不良の兆候と考えられる. 【原発性胆汁性肝硬変症に特異的な門脈圧亢進症の治療】 UDCA(ウルソ®)は原発性胆汁性肝硬変症における門脈圧亢進症 を防ぐ効果がある.Cochrane Database のメタ解析では,UDCA は原 発性胆汁性肝硬変症において,門脈圧亢進症による静脈瘤発生や出 血,腹水といった合併症を防ぐ効果があると示された.UDCA を 2 年間服用すると,HVPG は治療開始時の値に戻ることが示された. 同じ研究では,UDCA の投与によりほとんどの患者において,6 年 の観察期間中,門脈圧の亢進が防げたことも重要である.原発性胆 汁性肝硬変症の門脈圧亢進症の一部分は回復するのである.門脈圧 低下の効果は投与を開始した最初の 2 年間に最も顕著に表れ,効果 がある場合は最初の期間に判明する. なぜ門脈圧亢進症が回復するのかは判っていないが,おそらく, 類洞を取り囲む内皮細胞や星細胞の弛緩と,門脈域の炎症の軽減が 関与していると考えられる.治療効果の現れる患者とそうでない患 者の識別で最も有用だったのは,2 年後における AST の正常化であ った.AST はリンパ球によるインターフェイス肝炎の指標になり, 肝硬変への進展に関係する.UDCA は肝細胞壊死を減らし,胆汁鬱 滞を軽減することにより,炎症反応を和らげるので,門脈圧の亢進 3 を防ぐと考えられる.UDCA の投与は門脈圧を安定ないし低下させ る. ただし,こうした効果は全ての患者には現れない.注意する必要 があるのは,この研究で 20/101 名の患者の門脈圧は,UDCA を服用 しても上昇したことである.UDCA は原発性胆汁性肝硬変症の stage 1 においてより効果が高い.既にできている静脈瘤の増大や出血を 防ぐ効果は現れても,新たに静脈瘤が形成されて増大することを防 ぐまでには至らないようである. 【肝硬変症における門脈圧亢進症の薬物療法】 肝門脈圧較差 1.非選択的βブロッカー 腸間膜血管への流入血液量を減らすことにより,静脈瘤の出現や 出血を防ぐ.非選択的βブロッカーは,既に過循環状態と門脈大循 環短絡路が形成された患者において,有効である.しかし門脈圧の 亢進がそれほどでもない場合(HVPG<10 mmHg)や静脈瘤がない場合 は,非選択的βブロッカーは副作用の発生が多く,効果もない. 15%の患者は非選択的βブロッカーに不耐性であり,40%の患者は 門脈圧が充分に (HVPG<12 mmHg) 低下しない. 肝門脈圧較差とメイヨースコア及びルードヴィヒステージとの相関 メイヨーのスコア ルードヴィヒの生検ステージ 2.初期の肝硬変(HVPG<10 mmHg)における門脈圧上昇の治療 初期の stage の肝硬変にみられる門脈圧上昇の主な原因は,肝内 の血管抵抗である.血管内皮細胞の機能異常が肝内血管抵抗の上昇 に関与するので,スタチンの血管内皮細胞保護作用によって,肝内 血管は弛緩して,門脈圧は低下する.シンバスタチンは eNOS の発 4 肝門脈圧較差 現,PKB 依存性 eNOS のリン酸化,肝内の cGMP 濃度を上昇させ る.またスタチンは肝癌の発生率を減らし,肝機能も改善する. 他の薬剤では,ビタミン C などの抗酸化剤も血管内皮細胞の機能 を改善させる.ダークチョコレートやコーヒーにもそのような効果 がある.その他にはオクトレオチドや肝臓特異的 NO donor も試み られる. プラセボ群 フランス比較試験に最初に登録した 30 人において,開始時,2, 4,6 年後に繰り返し測定した肝門脈圧較差 患者は最初の 2 年間は無作為に UDCA 群(n=15)とプラセボ群 (n=15)に振り分け,その後の観察期間はすべての患者が UDCA UDCA 群 の投与を受けた.試験の開始時,UDCA 群の肝門脈圧較差は, 有意ではないがわずかにプラセボ群よりも高かった.UDCA 群 の肝門脈圧較差は 6 年間を通して変化しなかった.対照的に,プ ラセボ群では最初の 2 年間に肝門脈圧較差が有意に増加した (7.0±3.9mmHg→10.1±4.2mmHg; P<0.05) .興味深いこと に,プラセボ群の患者の肝門脈圧較差は,6 年の観察の終わりに は試験開始時の値に回復した. 年 3.血管新生阻害薬;マルチキナーゼ阻害薬 ネクサバールは門脈大循環短絡,肝臓や腸間膜の血管新生,肝線維 化を抑制する. 門脈圧亢進症の予防と治療;様々な治療の肝臓への効果 肝線維化 内皮細胞機能 血管新生の抑制 腸管の血流 肝血管抵抗の低減 門脈圧低下 肝硬変の原因の治療 スタチン 抗酸化ストレス剤 阻害剤 COX 抗線維化剤 血管新生阻害剤 非選択的 β 阻害剤 血管拡張性 NO 剤 4.レニン‐アンギオテンシン‐アルドステロン系(RAAS) 肝硬変患者の全身および腸間膜血管の拡張に代償性に反応して, RAAS は亢進する.アンギオテンシンⅡは肝星細胞を収縮および増 殖させ,肝線維化を起こすことによって,肝内の血管抵抗を調製し ている.アルドステロンの活性化は,炎症反応,酸化ストレス,血 管内皮細胞の機能不全,線維化と関係している. 類洞血管の収縮 肝星細胞の増生と収縮 5 HVPG が 12 mmHg 未満まで低下するか,元の値の 20%超低下する と,静脈瘤破裂や腹水,特発性細菌性腹膜炎,肝性脳症などの門脈 圧亢進症の合併症を防ぐ効果が現れる.HVPG が元の値の 10%低下 すると静脈瘤の発生率は低下し,これは ARB/ACEi を服用した Child A 肝硬変患者の 59%で達成できた. ARB/ACEi は腹水のない患者,特に Child A の患者における HVPG の 低下に優れている.なぜ Child A の患者は,Child B/C の患者に比べて ARB/ACEi に対する反応がよいのか.ARB/ACEi は肝微小循環,特に活 性化した肝星細胞におけるアンギオテンシンⅡ受容体を阻害して, 門脈圧を低下させると考えられている.肝内には,アンギオテンシ ンの他にも,エンドセリン,トロンボキサン,ロイコトリエン,ノ ルエピネフリンなどの血管収縮因子が存在する.これらのアンギオ テンシン以外の血管収縮因子に対して,ARB/ACEi は効果を持たな い.早期の肝硬変では,アンギオテンシン以外の血管収縮因子の影 響が少なく,ARB/ACEi が奏功する. しかし進行した肝硬変では血管収縮因子の作用は,NO の低下に よってより強調され,ARB/ACEi が効きにくいと考えられる.Child B/C の進行した肝硬変の患者に ARB/ACEi を投与しても,動脈血圧が 低下するだけであることに留意する必要がある.更に進行した肝硬 変では,肝 RAAS の阻害による局所的な効果は,他の血管作動性機 構(特に交感神経系)の活性化によって拮抗され,ARB/ACEi を投与 すると全身のアンギオテンシンⅡ遮断による動脈血圧の低下を来し て,かえって肝内血管収縮作用が顕著になる.特にレニン基礎値 >900μU/mL の患者では低血圧と腎機能が悪化する危険性が高いの で,留意する. 5.まとめ 非選択的βブロッカーと ARB/ACEi は門脈圧を低下させるメカニズ ムが異なる.非選択的βブロッカーの投与によって,理論的には肝 内のαアドレナリン系刺激が亢進するが,ARB/ACEi がこれに拮抗で きるかもしれない. Child A の初期の肝硬変患者に最も勧められる治療は ARB/ACEi で ある.ARB/ACEi は”aldosterone escape” phenomenon を低減させるた め,場合によっては少量の鉱質コルチコイドを付け加える. 6
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