(所得税)日米租税条約に規定する「恒久的施設」該当性 第1

2015.4.30
4000字→渡辺充先生宛『ブラッシュアップ判例・裁決例』(渡辺充税法研究グループ)
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(所得税)日米租税条約に規定する「恒久的施設」該当性
第1審:東京地裁平24(行ウ)152号、平27・5・28判決(TAINS:Z888-1928)
(平成23年11月25日裁決 http://www.kfs.go.jp/service/JP/85/09/index.html )
Brush up Point
1.租税条約実施特例法省令9条の2は手続要件ではない。
2.日米租税条約5条4項(a)号「引渡し」は「準備的補助的な性格」の例示であり、問題となる場所で
の活動が準備的又は補助的な性格でないならば恒久的施設が認定される。
Ⅰ 事実関係
X(原告)は、平成16年4月15日付けでアメリカ国籍女性と婚姻し、平成16年10月23日に日本からア
メリカに移住した。平成17年から平成20年(以下「本件各係争年」という)において、Xは所得税法2
条1項5号の非居住者であった。
Xは、平成14年以降、自動車用品販売事業(以下「本件販売事業」という)を、個人で営んでいた
(以下この企業をX個人と区別して「本件企業」ともいう)
。本件企業の営業所を匿名アパート(以下
「本件アパート」という)とし、Xは平成13年11月16日にアパート(以下「本件アパート」という)
を賃借した。本件アパートは本件企業の営業所である。Xは平成18年11月29日に倉庫(以下「本件倉
庫」といい、本件アパート及び本件倉庫を「本件アパート等」という)を賃借した。本件企業は、ア
メリカで仕入れた自動車用品を本件アパート等に保管し、日本国内の顧客からインターネットを通じ
て注文を受けた場合に、その商品を本件アパート等から当該顧客に向けて発送するという方法によ
り、本件販売事業を行っていた。Xは、本件アパート等における業務に従事する従業員を雇用してい
た。
Xは、本件各係争年分の所得税の確定申告書を提出しなかった。処分行政庁は、本件アパート等が日
米租税条約5条にいう「恒久的施設」に当たるとの前提で、Xの本件各係争年分の所得税についての決
定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という)を行った。Xは、本件各処分に
ついて、異議申立て(平成22年11月12日付け棄却)及び審査請求(平成23年11月25日付け棄却)を経
て、訴訟を提起した。消費税等の無申告については割愛する。
Ⅱ 主たる争点及び当事者の主張
争点1:租税条約実施特例法(実特法)省令9条の2第1項又は7項の届出書を提出しなければ、日米租
税条約7条1項による税の軽減又は免除を受けることができないのか否か。
争点2:本件アパート等は日米租税条約5条4項(a)号により恒久的施設から除外されるか。
争点3:恒久的施設に該当するとして、課税できる所得の範囲はどこまでか(本稿では割愛)。
主たる争点であるところの争点2について、Xは、問題となる施設が日米租税条約5条4項(a)~(d)号に
該当すれば、当該施設における活動が「準備的又は補助的な性格の活動」であるかを問うことなく、
当該施設は恒久的施設に該当しないと主張した。国連モデル租税条約が「引渡し」を行う施設(倉
庫)を恒久的施設から除外していないのに対し、OECDモデル租税条約5条4項及び日米租税条約5条4
項が「引渡し」に言及するのは、「引渡し」が準備的又は補助的な性格の活動であるという根拠による
ものではなく、「引渡し」を行う施設(倉庫)があることだけを理由としては、源泉地国に課税権を帰
属させないという政策的判断をしたことによる、等とXは主張した。
Ⅲ 判決の要旨 請求棄却
争点1:「実特法省令9条の2は、実特法省令に基づく届出書を提出しなかった場合において、租税
条約に基づく税の軽減又は免除を受けることができない旨を具体的に規定しているわけではない。ま
た、実特法省令は、実特法12条の委任規定に基づくものであるところ、同条は、『租税条約の実施及
びこの法律の適用に関し必要な事項は、総務省令、財務省令で定める。』とのみ規定しており、その委
任の方法は、一般的、包括的なものであって、租税法律主義(憲法84条)に照らし、実特法12条
が課税要件等の定めを省令に委ねたものと解することはできない。そうである以上、同条が、実特法
省令に対し、届出書の提出を租税条約に基づく税の軽減又は免除を受けるための手続要件として定め
ることを委任したものと解することはできないというべきである。」
争点2:「日米租税条約5条4項各号の文言についてみるに、同項(e)号は、
『企業のためにその他
の準備的又は補助的な性格の活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有するこ
と』と規定しており、上記『その他の』準備的又は補助的な性格の活動という規定振りに鑑みれば、
同号に先立つ同項(a)号ないし(d)号は、文理上、『準備的又は補助的な性格の活動』の例示であ
ると解することができる。また、同項(f)号は、『(a)から(e)までに掲げる活動を組み合わせ
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た活動を行うことのみを目的として、事業を行う一定の場所を保有すること。ただし、当該一定の場
所におけるこのような組合せによる活動の全体が準備的又は補助的な性格のものである場合に限る。』
と規定しているところ、同号が同項(a)号ないし(e)号所掲の活動を組み合わせた活動につい
て、あえて『準備的又は補助的な性格』であるとの限定を付しているのは、同項(a)号ないし
(e)号所掲の活動が『準備的又は補助的な性格』の活動であることを前提とした上で、各号を組み
合わせることによって、その活動の全体が『準備的又は補助的な性格』を超える場合には、恒久的施
設の対象から除外しない旨を規定したものと解するのが合理的である。
以上によれば、日米租税条約5条4項(a)号ないし(d)号は、
『準備的又は補助的な性格の活
動』の例示であり、ある場所が同項各号に該当するとして恒久的施設から除外されるためには、当該
場所での活動が準備的又は補助的な性格であることを要するものと解すべきである。」
Ⅳ
解
説
一
本判決の意義
本判決の意義は、争点1として、実特法省令9条の2が手続要件を定めたものではないこと、争点2
として、日米租税条約5条4項(a)号にいう「引渡し」が「準備的又は補助的な性格」の活動の例示であ
ると位置付けたこと、争点3として、恒久的施設帰属利得の一事例を追加したことにある。争点2につ
いて解説する。
二
「準備的又は補助的な性格」に至る歴史
OECDモデル租税条約は1963年に作成された。以前のモデル租税条約では5条4項のような表現では
なくproductive clause(生産性条項)が用いられていた。1963年に生産性条項を引き継がなかった理
由は、企業の各部署が生産に寄与している筈であるから、生産性条項は基準たりえないと考えられ
た。また、生産性条項に代えてPEに該当しうる活動をprofitableな活動に限定するという意見も、
OECDモデル租税条約草案段階では存在したが、受け容れられなかった。意図・動機の類は確認しに
くいからである(本段落についてArvid Aage Skaar, PERMANENT ESTABLISHMENT: EROSION OF A TAX
TREATY PRINCIPLE, Kluwer Law and Taxation Publishers, 1991の282-283頁)。
しかし「準備的又は補助的な性格」という表現で判断基準を理論的に説明できるようになるとも言
い難い。準備的又は補助的か否かの判断基準として、企業全体の目的に沿っているか否か、企業にと
ってその活動が必要か否か、企業価値をgoing concern(継続企業)として高めるか否か、企業の資産
価値を高めるか否か、資産を所有して誰かに使わせたのではなく自分で使用したことによって所得を
得たのか否か、といった考え方が紹介されるもの、何れも判断基準として否定的に評価され、結局の
ところ5条4項は国々の「妥協」の結晶物である、と喝破されている(Skaar前掲書、322-325頁)。
アメリカ企業のアマゾンが日本に恒久的施設を有してないと相互協議で考えられた、等、5条4項は
実に馬鹿げた規定である。倉庫業者の倉庫は恒久的施設に該当し、同規模の倉庫でも販売業者の倉庫
であるならば恒久的施設に該当しないことがある等、不合理な帰結を5条4項は導く。恒久的施設該
当・非該当の線引きとして活動の性質に着目する方法は、拙劣な方法である。BEPS対策をめぐる
Action 7でも5条4項が問題とされ、アマゾンのような例について今後恒久的施設が認定されるように
なるであろうとはいえ、5条4項に関する明快な基準の提示が難しいという教訓が残ったともいえよ
う。
三
「準備的又は補助的な性格」と「引渡し」とOECDコメンタリー
5条4項は実に馬鹿げた規定であるが、それは「引渡し」について顕著となる。販売企業にとって
「引渡し」が「準備的又は補助的な性格」であるとは評しにくいからである。従ってXの主張に理がな
い訳ではない。尤も、Xの主張に理があることは、判旨の応答がおかしいということを直ちに意味する
訳ではない。元々5条4項は妥協の産物であり、どちらかが理論的に誤りであるとも断じ難いのであ
る。なお、本件アパート等が「引渡し」だけをしていたわけではないと考えられるとすれば、Xの主張
を前提としてもなお本件アパート等における活動が5条4項を満たさないと認定される余地もあるかも
しれない。
判旨引用には含められなかったが、判旨は争点2に関する引用部分を補強するためOECDコメンタリ
ーにも言及している。これは、(本件判旨で言及されていないものの)所謂グラクソ事件・最判平成21
年10月29日民集63巻8号1881頁が、OECDコメンタリーについて「解釈の補足的な手段」(ウィーン条
約法条約32条。31条にいう「文脈」等よりは裁判に与える影響が弱い)としての位置付けを与えたこ
とを意識してのことであると推測される。
(立教大学法学部教授 浅妻章如 あさつまあきゆき)