第8回 未来戦略ワークショップ 資料 軍事から日本独自の経営戦略へ

第8回
未来戦略ワークショップ
資料
軍事から日本独自の経営戦略へ、ランチェスター戦略
1 ランチェスター戦略とは?
ランチェスター戦略とは、経営コンサルタントの田岡信夫氏が、イギリスの航空技術者フ
レデリック・ウィリアム・ランチェスターが確立した軍事戦略「ランチェスターの法則」を、
企業経営に応用し、経営戦略として体系化したものです。
ランチェスター戦略は、市場シェアを優先し、市場シェアにより弱者と強者に分け、それ
ぞれが取りうる具体的な戦略を示しました。
ランチェスター戦略は、松下幸之助氏をはじめとして多くの企業経営者に採用され、業績
の向上に活用されました。特に弱者の戦略は、多くの中小企業の経営者が、自社の業績回復
に活用しています。
反面、田岡信夫氏は、学問としての経営戦略に関心がなく、企業経営の学術分野からは注
目されませんでした。その結果、MBA などの海外の経営理論や大学で企業経営理論を学ん
だ方の中には、全く知らない方もいます。
一方、多くの実績から熱心に学ぶ経営者も大変多く、コンサルタントや士業など経営にか
かわる方には、必須の知識と言えます。
2 ランチェスターとランチェスターの法則
(1)
ランチェスターについて
フレデリック・ウィリアム・ランチェスター(1868 年〜1946 年)
イギリスの航空技術者、企業家
31 歳で「ランチェスター・エンジン会社」を創業し、自動車を製造
しますが、独創的すぎる設計のため、経営的には成功しませんでした。
40 歳で会社をイギリスの大手自動車メーカーのデイムラーに売却し、
「ランチェスター」の名はデイムラーの1ブランドとして 1950 年代 図1ランチェスター
まで存続しました。売却後はデイムラーの技術コンサルタントとして
飛行理論を研究し、1914 年 45 歳で「ランチェスター技術研究所」を設立しました。そこ
で 「集中の法則」を執筆し、これがランチェスターの法則として知られるようになりまし
た。
1
(2)
ランチェスターの法則「集中の法則」
ランチェスターの法則は、ランチェスターが考案した第一法則と第二法則があります。さ
らに 1942 年にアメリカ海軍省はクーブマンをはじめとするオペレーション・リサーチ・チ
ームを結成し、ランチェスターの法則を発展させた戦略数理モデルを完成させました。
ランチェスターの法則
第1法則 ・一騎打ち戦
・局地戦
・接近戦
ランチェスター戦略モデル式
(クーブマンモデル)
戦略と戦術の⽐
兵⼒差
占有面積差
第2法則 ・確率戦
・広域戦
・遠隔戦
図2 ランチェスターの法則の体系
【ランチェスター第一法則(一騎打ちの法則)
】
ランチェスターの第 1 法則で支配される戦い
①
敵の兵力を目視できる狭い
地域での「局地戦」
②
「接近戦」
③
1人が1人しか狙い撃ちでき
ない「一騎打ち戦」
このような戦闘で有利になるために
は
1)
兵力数を多くする
2)
武器効率を高める
図3 ランチェスター第一法則
2
【ランチェスター第二法則 (確率戦の法則)
】
ランチェスターの第 2 法則は、敵
が視野に入らない広大な地域での
「広域戦」や近代兵器を使用する「確
率戦」に適用
この第2法則に支配される戦い
①
敵が視野に入らない「広域戦」
②
1人が複数の敵を倒せる近代
兵器での「確率戦」
③
「遠隔戦」
兵力が少ない弱者は第一法則、兵
力が多い強者は第2法則で戦う
(3) ランチェスター戦略モデル式
ランチェスター法則は、「戦闘形
態」、
「初期兵力の優劣」、
「武器の性
図4 ランチェスター第二法則
能の優劣」が、戦闘の結果にどのよ
うな影響をもたらすか算出する
ものです。しかし実際の戦闘は、武器弾薬の補給などにも影響されます。それら兵站は、国
力にも反映され、「戦略力」でもあります。
そこで、戦術力と戦略力の増減を微分方程式化し、損害の均衡を数式化したのが
「ランチェスター戦略モデル式(ランチェスターズ・ストラテジック・エキュエーション
ズ)」です。
1942 年にアメリカ海軍省がコロンビア大学のクープマンなどをメンバーにオペレーシ
ョン・リサーチ・チームを結成し、開発され、1943 年『戦闘の数理的側面』として発表さ
れました。
最小の損害で最大の戦果をあげるには、全戦闘力の1/3を戦術力に、2/3を戦略力
に配分する。
戦術力が3対1以上(正確には 73.88 対 26.12 以上)開けば、少数側に勝ち目はない。
戦闘領域を100%制圧しなくても、占有率が 73.88%以上あれば、敵は「対抗活力」
を失い、勝利と同等の効果がある。
占有率が 41.70%以上であれば、敵と互角の状態になる。
26.12%を切れば、「対抗活力」を失い、敗北同然になる。
3
(4) ランチェスター戦略
ランチェスター戦略の創設者 田岡信夫氏(故人)
1927 年東京生れ。1955 年東京都立大学大学院修了。社会心理研
究所主任研究員、⽇本広告主協会調査室⻑、社団法⼈セールスプロ
モーションビューロー調査部⻑を経て、1964 年経営統計研究会を
設立。軍事戦略であるランチェスターの法則を研究し、販売競争に
勝つための理論と実務に応用し、経営戦略として体系化したもので
図5
田岡信夫氏
す。
1970 年代以降、多くの企業がこれを学び自社流に応用して取り入れ実戦し、勝ち残って
いきました。多数の有力経営者が、田岡の指導を受け、例えば松下幸之助氏は、田岡氏の提
案により、松下電器産業(現パナソニック)の販売店がランチェスター戦略を実践するための
「泉会」を創設しました。
多くの経営者が学ぶランチェスター戦略ですが、経営学など学術部門での評価は低く、ラ
ンチェスター経営を知らない方も少なくありません。これは田岡氏が経営コンサルタント
として実際の企業の指導に注力し、学術的な活動にあまり関心がなかったためでした。
田岡氏のランチェスター戦
ランチェスター戦略
略の大きな特徴は、次のとおり
強者の戦略
・総合1位
・広域営業
・間接営業
・ミート戦略
である。
利益ではなく、マーケット
シェアを追求
市場シェア重視
市場占有率と戦い⽅
足下の敵
三点攻略法
グーチョキパー理論
マーケットで 1 位の企業
と 2 位以下の企業に異な
る戦い方を示唆する力の
強さに応じた競争戦略論。
基本戦略
マーケットをセグメント
弱者の戦略
・差別化・細分化
・接近戦
・局地戦
・一点集中
・下位を攻撃
し、限られたエリアや分野
から、順次目標を引き上げ、
図6 ランチェスター戦略の体系
トップを目指す中⻑期的
な戦略論。
精神力に頼らない数値や理論に基づく適切な戦略
力に応じた数値目標の設定
2
ランチェスター戦略のポイント
(1)
弱者と強者
ランチェスター第一法則から弱者の戦略、第二法則から強者の戦略が導きだされました。
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強者とは市場地位が1位に限り、それ以外は2位であっても弱者と定義します。市場地位
は、地域・商品・流通(販路)・顧客の市場単位でとらえるため、企業規模が大きいものが
強者とは限りません。企業によっては市場ごとに弱者と強者の立場は入れ替わることもあ
ります。
弱者の基本戦略は差別化戦略、強者の戦略は同質化です(ランチェスター戦略ではこれを
ミート戦略という)。そして弱者・強者にはそれぞれ5つの代表的な戦い方5大戦法があり
ます。
弱者の戦略
強者の戦略
総合⼒とミート戦略
差別化と集中
1. 局地戦(狭いエリア)
1. 広域戦(市場・地域)
2. 一騎打ち(1社のみとの戦い)
2. 確率戦(経営資源の相乗効果)
3. 接近戦(特定顧客)
3. 遠隔戦(中間業者の活用)
4. 一点集中(市場、地域の絞込み)
4. 総合戦(経営資源のフル活用)
5. 隠密⾏動(ゲリラ戦)
5. 誘導作戦(得意な領域に誘導)
図7 強者と弱者の五大戦略
(2)
弱者の戦略
【基本戦略】
差別化
差別化は、ランチェスターの法則において、武器効率を高めることです。戦力が劣る弱者
は正面から強者と戦ったら、勝ち目はありません。そこで少しでも有利になるように、差別
化により同じ戦力なら勝てるように、個々の商品やサービスの性能を上げます。
それだけでなく、地域や分野を限定して、限られた範囲で商品やサービスが最大限の力を
発揮するようにします。
【弱者の五大戦略】
①
局地戦
エリアが広いと少ない戦力がさらに分散し、強者との戦力の差が大きくなります。狭い地
域で戦えば、
強者の十分な戦力は効果を発揮できないため、
弱者が勝つ確率が高くなります。
例えば、営業範囲を狭い範囲に絞り、そこに集中します。
②
一騎打ち
十分な戦力の強者であっても、1人1人の力の差は弱者とそれほどあるわけではありま
せん。従って一人一人の力の勝負になるような一騎打ちの状況で戦うようにします。多くの
競合が入り乱れて戦っている地域や製品分野では、弱者が勝利するのは困難です。そこで他
社と自社が一騎打ちになっている市場や地域を、そこに集中して戦力を投入します。
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③
接近戦
広い地域、広い事業分野では、強者は圧倒的なブランド力があるため、知名度の点で弱者
は不利になります。しかし人対人が直に接する接近戦では、ブランドや会社の看板だけでな
く、個人の人格が重要になります。
そこで弱者は個々の顧客に焦点を当て、近しい関係を構築する接近戦を展開します。具体
的には、地域を絞って頻繁に訪問したり、はがき、電話、手紙などのツールを使い、個々の
顧客との濃い関係を構築します。
④
一点集中
戦力の合計では劣る弱者も、全戦力を1点に集中すれば、その1点に限れば、戦力が強者
を上回る状態をつくりだすことができます。そこで地域や市場を細分化し、重点的に攻略す
るものを1点に決め、そこに経営資源を集中します。
⑤
隠密行動
市場1位の強者は、2位以下を常に監視し、自社を上回る製品やサービスが出現すると直
ちに追従するミート戦術をとります。逆に弱者は、強者に発見されないように隠密行動を取
り、秘かに優れた製品やサービスを局地戦で展開し、勝利を目指します。
場合によっては、強者の目をそらすために、わざと目的と異なる行動を取り、相手の注意
とそちらに向けさせる陽動作戦を取り、心理的な動揺や相手の戦力を分散させる「かくらん
行動」をとることもあります。
(3)
強者の戦略
【基本戦略】
ミート戦略
弱者の基本戦略である差別化は、ランチェスターの法則でいえば、武器の性能を上げ、武
器効率を高めることです。そこで強者は弱者を監視し、弱者が差別化をしてきたら、すかさ
ず同様の製品やサービスを提供し、同様の武器を持ちます。これがミート戦略です。
【強者の五大戦略】
①
広域戦
弱者は、大きな戦力の投入しにくい狭い地域での局地戦で攻めてきます。そこで強者は、
局地戦に陥らないように、広い地域での広域戦に持ち込むようにします。局地戦を仕掛ける
弱者に対して、戦場を各地に拡大して広域戦に持ち込んだり、最初から局地戦に持ち込まれ
ないように商品やサービスを広域化しておきます。
②
確率戦
刀や槍の様な武器に対して、機関銃は一機で多数の敵を攻撃できるため、数が多ければ多
いほど有利になります。同様に販売で全国展開の小売りチェーン店と提携したり、テレビや
新聞などのマスメディア広告は、数が多ければ多いほど相乗効果を発揮する確率戦であり、
資金の豊富な企業にとって圧倒的に有利です。製品開発でも商品の品ぞろえを広げたり、
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様々なジャンルに展開することで、それぞれが相乗効果を発揮して知名度を広げ売上を増
やすことができれば、確率戦に持ち込むことができます。
③
遠隔戦
1人1人が顧客と接する接近戦では、弱者との差がつきにくいため、強者は接近せず、離
れて戦う遠隔戦に持ち込むことで、資金や戦力の大きさを有効に活用できます。具体的には、
卸や代理店を活用して、幅広い販売網を構築したり、広告宣伝を強化したりします。
④
総合戦
戦争では、陸・海・空の3軍をすべて投入して、あらゆる面から敵を攻撃すればこちらの
ダメージを最小にして勝利することができます。強者は、製品やサービスの量、品ぞろえ、
販売力、広告宣伝などの総合力で、広域的に戦いを行うことで、強者の強みを発揮すること
ができます。
⑤
誘導作戦
弱者は、広域戦に陥らないように限られた狭い範囲で局地戦に持ち込もうとします。それ
が強者に読まれないように隠密行動を取り、時には陽動作戦まで展開します。逆に強者は弱
者の動きを冷静に観察し、弱者を強者の得意な広域戦に誘導し、戦力を浪費する消耗戦に持
ち込む戦略を取ります。例えば、1点の製品で勝負する弱者に、派生製品を展開して弱者に
も派生製品を開発させて開発力を分散させたり、弱者に得意な製品ラインと別分野に新た
に製品ラインを展開させ、販売力を弱めたりします。
(4)
マーケットシェア理論
市場地位はマーケットシェア
(市場占有率、占拠率)で判断
し、マーケットシェアを何%と
占有率
73.9%
れば安全なのか、目標値があり
ます。それぞれ7つのシェアと
41.7%
目標値があります。
26.1%
19.3%
10.9%
6.8%
2.8%
名前
上限目標値
(独占条件シェア)
安定目標値
地位
独占的、地位は絶対に安全
圧倒的に有利な地位。三者以上
(相対的安定シェア) の競合の場合、首位独走
下限目標値
トップに⽴つ強者の最低条件。
(差別的優位シェア) これを下回れば不安定。
上位目標値
(並列的上位シェア)
影響目標値
弱者の中の強者
シェア争いに参入できる足がか
(市場的影響シェア) りの地位
存在目標値
(競合的存在シェア)
拠点目標値
競合に存在を認められるが市場
への影響⼒はない。これ以下の
場合撤退を検討
進出の足がかり、まだ市場での
(市場橋頭堡シェア) 存在価値はない
図8
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占拠率7つのシンボル目標値
(5) 射程理論
シェアの差は下位に対してどこまでつけると安全圏なのか、上位との差をどこまでつめ
れば逆転可能になるのかを射程距離理論といいます。単品でのシェア争い、地域内での戦
い、二社での競合などは一騎討ち型となり、3倍差があれば必ず勝てます。それ以外の場
合は確率戦型になるので√3倍差(約1.7倍差)が射程距離です。
(6) 「足下の敵(そっかのてき)」攻撃の原則
成熟市場においては、売上を伸ばすことは競合他社から売上を奪うことです。売上を奪う
相手は、1ランク下のライバル(=足下の敵)です。
自社より強い敵との全面対決は体力に自社が不利となるからです。1ランク下からシェ
アを奪えば、自社と敵との差が倍つき、足下の敵を射程距離圏外に出来ます。
第二拠点
第三拠点へ
第二拠点へ
最後の
総攻撃
最終目的地
最後の総攻撃
第一拠点
第三拠点
最終目的地を三つの拠点で囲んだら、三方から一気に攻略する
図9 「足下の敵」攻撃
3 参加者の感想
ランチェスター戦略は、弱者と強者で奪い合いをしているがもっと顧客のことを考え
るべきではないか。
商品によって使い分ける必要があるのではないか。枯れた安定している業界では使い
やすいが、イノベーションが頻繁に起きる業界では、ライバルだけを見ているのは危険。
また枯れた商品でもイノベーションが起き、新たな市場が作られることもある。
特定の顧客でシェアが上がると、儲からなない仕事も増えてくる。顧客からあまり依存
されず、嫌だと言える関係が望ましい。この人に頼みたいという仕事はロクなものでな
いことが多かった。
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接近戦は自分の強みを生かす事ではないか。地域を絞り込んだらビジネスチャンスも
減った。分野を広げるのは良くないが、地域はどうかと思う。ランチェスター戦略は熟
成された領域では良いかもしれないが、起業時はどうかと思う。
ペルソナ、つまり理想の顧客を具体的に想像することで、絞られていくのではないか。
こういう人に売れたという経験が重要。
市場シェアはどうやって調べたらよいのか。小売りなどはデータがあるかもしれない
が、金型などの産業部材は、地域での売り上げは分からないのではないか。
弱者と強者のどちらの戦略をとっているのか意識することが重要。ビジネスがブレー
クすると、キャッシュが溜まり、銀行や広告代理店が寄ってくる。その結果、テレビコ
マーシャルや設備投資を行うが、投資に応じた売上を上げられず短期に破綻する企業
もある。
接近戦で飛び込み営業は、きつい。それでも勇気を振り絞って行っている。顧客リスト
は、建築業界などはリストが手に入る。営業では「こんな方法があるのですが、ご存知
ですか?」相手も知らない情報を提供する。だし全部を言わない。これをきっかけに気
付いていない不満を聞き出す。
ランチェスター戦略の原点と本質を学ぶことで、ランチェスター戦略の効果とその限界
について、気づきと学びが得られました。
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