第10号 トトロの世界 - mockle.net

トトロの世界
厚生労働科学研究所の調査で、
「日頃、誰ともしゃべらな
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いで暮らしている人」は、20 年前の約 2 倍に、
「子どもと
一緒にいるとイライラする人」は 3 倍に達しているという。
一方、OECDの調査で、
「家族以外の人と交流のない人」
の割合は、日本では約 15%、加盟国 20 ヵ国の中で最も高
い割合となっている。ちなみに、個人主義が強いと言われ
るアメリカでは、ほんの 3%。イギリスで 5%、フランスや
韓国では 7%前後であることを思えば、日本の家庭におけ
る孤立の凄まじさには、言葉を失う。戦後教育のひずみを
垣間見る思いである。
さらに、本市の子どもたちの実態を
見ると、
「近所の人とあいさつをする」
小学生は、平成 23 年度の調査で 9 割、
中学生でも 89%という結果が見られ、
やや胸をなで下ろすが、
「地域の行事に
参加する」割合が小学生で約半数、中
学生では、ここ数年の取り組みで数%
上昇したとは言え、未だ 3 割強である。
こうした様々な調査を見るにつけ、
ふるさとの中のつながりを大切にした
教育、人々の孤立を防ぐ挑戦を、教育
の分野で一層強める必要性を感じると
ころである。
本市が昭和 42 年、文化の日に合わせて制定した「市民憲章」に次のような条文がある。
『私たちは、人人との交わりを大切にしましょう』
平成 18 年 12 月に改正された教育基本法には、
「学校、家庭及び地域住民その他の関係者は、
教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに、相互の連携及び協力に努めるものとす
る」という努力義務が新たに追加され、本市では、これを受けて、平成 22 年度の 3 月議会で、
教育立市宣言を打ち出した。その条文にうたったビジョンはこうである。
『私たちは、家庭の力、地域の力、市民の力、学校の力などのつながりを大切にし、市の未来
を担う人となります』
人と人の「つながり」は、どの時代においても常に重要視された不易な課題なのである。
ただ、地域共同体が機能していた昭和 40 年代に、市民憲章が求めた「つながり」と、地域の
コミュニティが大きく崩れてきた今の時代に使っている「つながり」は、その意味合いが大きく
異なる。つまり、市民憲章が求めたトトロの世界のつながりは、「持続」がねらいであり、今の
私たちに課せられているものは「つながりの復活」なのである。
昭和 60 年代に始まった核家族化、米の減反政策によって外食が生活の一部に組み込まれ出し
た 70 年代、80 年代には冷凍食品が普及し、家庭から手料理が奪われ、そして、90 年代は食の
自由化、グローバル化と、戦後日本の「成長の道」は、言葉を換えれば「孤立への道」であった
と言える。つまり、戦後 60 数年の歩みは、日本人のアイデンティティに関わる大きな宿題を私
たちに残したのである。
さて、コミュニティが成立するためには、2 人以上の人間の関係で、次の 3 要素が必要である
と言われている。
①
共通の目的があること
②
協働の意欲があること
③
互いに人間関係があること
もともと人間は、他者との関係で生きていくことが出来るように発達してきたと言える。
例えば、眼球の白目と黒目部分。識者に言わせれば、人間だけに備わっている状態であるとい
う。その理由は、黒目の動きによってその人物が注視しているものが何なのかが他者に分かるよ
うにできていると言うのである。確かに、動物の場合は、外敵から自分を守るために、眼球がど
の方向を見ているのかが分かりにくいように黒目で覆い尽くされた状態になっている。人間の体
のつくりまでもが、他者との関係、コミュニケーションをうまく保つことが出来るように発達し
てきたと言えるのである。
ところが、時代の進展の中で、例えば、昭和 50 年代に 80%近くあった食料自給率が平成 20
年には 40%と低下し、人と人との関係が必要な環境も変わってしまった。いや、私たち自身が、
変えてしまったのである。こうしたわが国の「孤」への歴史において、再度、つながりを構築さ
せることは容易ではないと言えよう。
『一年あったら花を育てよ。十年あったら木を育てよ。五十年あったら人を育てよ』
教育界でよく言われる言葉であるが、一度壊れた地域の文化を再構築するには、今から 50 年
近く必要なのであろう。
東京農大の進士教授が『群衆の中の孤独』という著書の中で、「人間は、密集化が進むと、隣
人を物と同じように感じる」と述べている。私たち教育関係者は、こうした地域全体に「群れる」
機能が低下している現状を直視し、地域総ぐるみで、各ムラにコミュニティを作り戻すことに汗
を流し続けなければならない。
「実の親は、数ある親の一種類に過ぎない」とは、民俗学者の柳田國男先生の言葉であるが、
子どもたちは、家庭の教えで芽を出し、学校の教えで花開き、世間の教えで実を結ぶものである。
子どもたちの育ちにとって、「社会的親」の重要性を考える時、ムラ全体で子どもを育てる教
育観を学校発信で浸透させていくことが、ひいては、それぞれの校区に地域のコミュニティを再
構築させることにつながると言える。