「ゼロからのスタート」 関西大学名誉教授 浦上 忠 新年明け

「ゼロからのスタート」
関西大学名誉教授 浦上 忠
新年明けましておめでとうございます。高分子学会関西支部の長老2年生に昇級(?)さ
せていただきました。現役を引退した1年目だけに執筆すれば良いと思っていましたが、
今年も執筆をとのご依頼があり、拙い筆を執ることにいたしました。
昨年の「良きライバルを持ちましょう」で少し触れたように、大学院のドクターコース
を卒えて奉職した研究室は、創設2年目の研究室で装置らしい装置はほとんどない状態で
研究をスタートした。研究の内容は“高分子分離膜の調製と透過分離特性の解明”であった。
当時、既に日本ではイオン交換用の荷電膜、海水淡水化の逆浸透膜、食品濃縮等の限外濾
過膜、血液透析用の透析膜などの基礎研究と実用化研究が大学、大手企業で盛んに行われ
ていた。学部、大学院時代に熱硬化性樹脂の初期生成反応とゲル化反応の実験的、理論的
解明を行ってきた自分には異質な研究領域のように感じたが、高分子膜は膜材料になる高
分子とそれを溶解させる溶媒があれば、容易に膜は調製できると考えていた。しかし、成
膜の環境(温度、湿度,ゲル化媒体の種類、温度など)をしっかりと設定しなければ、透
過分離の再現性のある膜が得られないことに気づいた。当時(1972年)、恒温室(半坪、畳
一枚)が300万円、貧乏研究室ではとても購入できない。何とかしなければと、学生達と研
究室内に発泡スチロールを壁材にしたベニヤ貼りの成膜室を作成、これに精肉店で使われ
ている温度制御付き冷凍機 (学生の親戚の方のご厚意で工事費込50万円)を設置、問題は湿
度調整であった。いろいろと試行錯誤したがうまくゆかず、結局成膜室内に大きなバケツ
を2個持ち込み、最高環境湿度として安定化させた。これにより、再現性のある膜の調製
が可能となった。
一方、既に100m競争をスタートしている他大学、企業とまともに勝負しても勝ち目がな
く、さらに研究費、人材の観点を鑑み、他大学や企業と同方向でない研究をやろうと考え
た(同一集団の中で、ある目的に対して多数のグループが存在する時、必ずしも同じ方向
に走るのではなく、後ろ向きとは思わないが、横向きに走ってみる勇気(?)も必要では
ないでしょうか)。その結果、着目したのは血液透析や血液濾過ではなく、高分子膜内に
酵素(尿素加水分解酵素)、スチライト(生成アンモニユウムイオン吸着剤)、活性炭 (尿
酸などの老廃物除去剤)、さらに活性アルミナ(リン酸イオン除去剤)を固定した酵素、吸
着剤固定化濾過型人工腎臓膜を調製した。この膜は従前とは異なる濾過型人工腎臓膜とし
て、血液処理治療に新たな一石を投じることができた。
雑文となりましたが、これにて失礼いたします。
(平成27年1月1日)