降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No.50(2015)pp.115 − 123
降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化
―東京都内の事例―
三田 明寛*・大八木 英夫**・森 和紀**
Changes in Chemical Characteristics of Rain Water Attendant upon the Duration of Rainfall:
A Case Study in the Greater Tokyo Metropolitan Area
Akihiro MITA *, Hideo OYAGI ** and Kazuki MORI **
(Received November 17, 2014)
Rain water plays an important role in the formation of quality of inland water as a recharge source. In the metropolitan area, human activity exerts an influence upon hydrological environment on global as well as local scales. In the present paper, temporal changes in both concentration and constitution of dissolved substance in rain water were ascertained
in course of the duration of rainfall in Tokyo Metropolis as a case study. Two sampling points for rain water with different
surrounding circumstances were established and the specimen was collected at intervals of ten minutes and one hour
from December 2012 to October 2013. Analytical items for water quality include sodium, potassium, calcium, magnesium,
chloride, sulfate, nitrate and ammonium. In addition to analytical procedures for these chemical elements, measurements
of electrical conductivity and pH were made in situ. Characteristic features on rain water quality including considerably
low pH value of 4.9 and high electrical conductivity of 80 μS/cm were observed in case of the low rainfall intensity under
0.5mm/hour. The concentration of sodium, calcium and chloride has a tendency to decrease attendant upon the duration
of rainfall. Judging from the equivalent ratio of chloride to sodium and that to magnesium, it is pointed out that those
chemical elements originate in wind-borne salt. On the other hand, the equivalent ratio of nitrate to sulfate shows comparatively higher value at the sampling point where there is much traffic. The lowering rate in concentration with the duration of rainfall is much higher for dissolved substances resulting from seawater as compared with those from non-sea
water. Namely, the ratio of dissolved substances originating in non-sea water in the total dissolved substance has risen
with the lapse of rainfall duration. The constitution of dissolved matter in rain water depends on the rainfall intensity, duration of fair weather, wind velocity and wind direction. These facts suggest that not only global but local hydrometeorological conditions have effects upon chemical characteristics of rain water.
Keywords : rain water, water quality, rainfall duration, wind-borne salt, Tokyo Metropolis
おいて,Smith(1852)によって酸性雨の事例が報告され
1 .はじめに
ており,その後にはさらに詳細な研究が行われた(Smith,
雨水の起源は,陸地と海洋における水の蒸発散により
1872)
。Gorham(1955)はイングランド湖水地方におけ
発生する水蒸気(気相)であり,天然の蒸留水と言うこ
る降水を対象に,都市あるいは工業地帯から風が吹く時
とができる。しかし近年では,その水質についてその形
に酸性化することを指摘した。その後,酸性雨の越境被
成要因や季節変化の議論がなされている。
害の可能性が指摘された。
降雨の水質について関心が強まったのは,20 世紀半
近年になり,酸性雨問題を大きくした要因の一つは化
ば,酸性雨が陸水の水質や生態系に及ぼす影響が顕在化
石燃料の使用が増えたことにある。化石燃料の使用に
した事に始まる。古くは,イギリスのマンチェスターに
よって,硫黄酸化物,窒素酸化物が大気に放出され,こ
*
**
日本大学文理学部大学院総合基礎科学研究科地球情報数理科学専攻:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
日本大学文理学部地球システム科学科:
〒 156-8550 東京都世田谷区桜上水 3-25-40
*
**
─ 115 ─
Graduate School of Integrated Basic Sciences, Nihon University 3-25-40,
Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo 156-8550, Japan
Depar tment of Geosystem Sciences, Collage of Humanities and
Sciences, Nihon University 3-25-40, Sakurajosui, Setagaya-ku, Tokyo
156-8550, Japan
( 47 )
三田 明寛・大八木 英夫・森 和紀
れらの酸性物質が降水中に溶け込むことで,降水が酸性
年変化といった長期的な観測および調査が主であり,1
化する。
時間ごとあるいは 10 分ごとといった短期的な変化につ
このように降水は多種の物質を輸送する媒体であると
いての指摘は少ない。森(1993, 2001)においては降雨
いえる。輸送する物質は,地面から供給される粉塵や,
の電気伝導度および pH の時間変化を示し,特に風向の
人間活動に伴う排気ガスなどである。大気中から地表面
変化に伴う電気伝導度,pH の変化について触れている。
に輸送される化学物質の 80∼90%が降水による湿性降
同研究より,観測において電気伝導度と pH が降雨の降
下物であると推定されている。乾性降下物の一種である
り始めからの時間経過とともに低下することが予想され
春季の黄砂や排気ガス中の SOx,NOx が降雨によって
る。降り始めにおいて,大気中のエアロゾルが雨水に吸
降下する。雨水は地下水や河川,湖沼などの陸水の起源
着されることで電気伝導度が上昇するが,大気中のエア
であり,質的あるいは量的な初期条件の決定において重
ロゾルの減少に伴い電気伝導度は低下する。特に地表か
要な役割を果たしていると考えられる。大気汚染,越境
ら供給される Mg 2+や Ca2+の濃度低下は著しいと予想で
汚染に端を発した降雨への関心の強まりがあるが,近年
きる。
ではそれだけではなく物質循環の一部としての関心も高
一方,人間活動に伴う化石燃料の燃焼により大気中に
排出される NOx や SOx は降雨中にも大気中に放出され
まっている。
そのため降雨の水質形成の要因については様々な議論
るため Mg 2+や Ca2+と比べ降雨時間の経過に伴う濃度の
がなされている。井上ほか(1998a, 1998b)は降雨中の F−
低下は比較的緩やかであると考えられる。このように起
2+
2−
4
や Ca ,SO
の季節変化と降雨中の風成塵の成分組成
源が異なる物質において,降雨中の溶存成分濃度におい
から雨水の水質形成と広域風成塵の関係を明らかにし
て変化が短時間で生じ,その組成にも変化を生じさせる
た。これにより,日本の東北地方の雨水中における乾性
と考えられる。
降下物の組成はゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の砂のそれ
本研究では,降雨の短時間ごとの採取を行い,水質お
に類似していることを示し,さらに春季におけるカルシ
よびその変化の特徴を検証し,雨水の水質形成の要因明
ウム濃度の上昇について説明した。また,成瀬(1996)
らかにすることを目的とする。
は季節風の挙動を利用し風成塵と酸性雨の相関性につい
てしらべ,モデル化している(図 1 )
。これによれば黄
2 .調査地域の自然特性
砂や風成塵中のカルシウムによって雨水中の酸性物質が
採水地点は,東京都世田谷区の日本大学文理学部世田
中和されると述べられている。北野(2009)においても
谷キャンパス 8 号館(五階建て)屋上および東京都江東
同様なことが述べられている。
区の猿江恩賜公園園内(地上)の二か所である(図 2 )。
これまでの降水における水質の研究は,季節変化や経
世田谷キャンパス 8 号館(T1)は海抜 47m の所に建て
図 1 物質循環モデル図(成瀬〔1996〕に加筆)
( 48 )
─ 116 ─
降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化
図 2 採水地点位置
られたもので,屋上は海抜 61m である。周囲を住宅街
に囲まれている。住宅は平屋が多く三階建て以下が卓越
する。四階建ての建物はまれに存在するが,五階建て以
上の建物は世田谷キャンパスの建物だけである。北方
500m のところに交通量の多い幹線道路(甲州街道)が通
り,西方 2 km には交通量の多い環状八号線が通る。海
までの距離は南方 40 km,東方 12 km である。猿江恩賜
公園(R1)は,東京都江東区の北端に位置し,海抜 4 m
である。周囲を住宅街,商業施設に囲まれている。北方
250 m に交通量の多い幹線道路(京葉道路)がある。ま
た西側 180 m に国道 465 号線が,南側 180 m に国道 50 号
写真 1 採水器
線が通っている。猿江恩賜公園は,世田谷キャンパスと
比べ周囲を交通量の多い道路に囲まれている。東側は横
Cl−,NO2−,NO3−,SO42−)の濃度は,試水を 0.2 nm の
十間川と隣接している。
フィルターでろ過し,島津製 SHIMADZU LC CLASS10
3 .調査項目および調査方法
を用いイオンクロマトグラフィにより測定した。
2012 年 12 月から 2013 年 10 月までの間,降雨の採水を
降 水 量 と 風 向, 風 速 は 気 象 庁 web ペ ー ジ(http://
行った。調査対象とするひと雨ごとに,縦 0.65 m,横
www.jma.go.jp/jma/index.html)における「気象統計情
0.45 m,受水面積 0.29 m2 の採水器(写真 1 )を作成し,使
報」より東京,江戸川臨海,世田谷,練馬の AMeDAS
用する直前に受水面を超純水で洗浄して使用した。採水
地点データをダウンロードし利用した。また世田谷の観
は原則 1 時間ごとに行った。台風時の降雨や局地的な豪
測地点では降水量のみの観測のため,風向・風速に関し
雨など,1 時間あたりの降水量が著しく多く,AMeDAS
ては府中と練馬において観測されたものを使用した。
によって公開されている気象データにおいて最も短い時
雲粒や雨粒の形成において,重要な要素となるのが凝
間スケールである 10 分で 150 mL 以上の試水量を得られ
結核であり,海水の飛沫や硫酸アンモニウムなどが凝結
る場合,10 分毎に採水を行った。
核の役割を果たす。海水飛沫は海水の塩分組成を保って
電気伝導度と pH は HORIBA DS−51 を使用し,現地
で測定した。
いると考えられ,Cl−や Na+といった基準となる物質の
濃度とその割合を調べることにより海水飛沫による寄与
無機主要溶存成分(Na+,NH4+,K+,Mg 2+,Ca2+,
を求められる。雨水に含まれる物質濃度から海水飛沫に
─ 117 ─
( 49 )
三田 明寛・大八木 英夫・森 和紀
よる寄与を除けば,人間活動および陸地より供給された
物質の量が算出できる。本研究では,Na+および Cl−濃
4 .海水起源塩分と非海水起源塩分
度を基準とし,海水起源塩分の寄与を算出した。海水中
採水を行った 2 地点について Cl− 濃度と Na+・Mg 2+
において Na+と Cl−は当量比 50:43 あり,分析値におい
の関係を図 3 にまとめた。これより Cl− および Na+,
て Na:Cl を調べ,比較的寡少の方を基準とし,海水起
Mg 2+ において,その濃度比は海水組成(当量比 Na:Cl
源塩分の濃度を算出した。
= 43:50,Mg:Cl = 1:5)と酷似した。これは,平木ほか
各イオンの海水起源塩分(sea salt: ss-)の当量比は下
(1988)の結果と比べ海水組成により近いものであった。
記の式で表すことが出来る。下記の式は,酸性雨調査法
しかし,Na/Cl 比は Cl− 側に,Mg/Cl 比は Mg 2+ 側に傾
研究会編(1993)の海水起源塩分の算出法を当量値の比
く傾向がみられた。降水中の溶存成分濃度降雨が時間の
に直したものである。
経過に伴い変化をする(木村ほか,1986)ことを考慮す
ると,その組成が保たれながら変化していることがわか
(i)Na の濃度を基準とした場合は式①∼⑤を用いた。
る。このことから,これらの 3 成分は主に海水起源であ
ss-K
ることが分かる。
+
= 0.021 × Na
… ①
= 0.228 × Na
… ②
一方,Cl− 濃度と Ca2+・SO42− 濃度の関係(図 4 )を見
+
= 0.044 × Na
… ③
ると,それぞれの海水組成と比較してその割合は遥かに
= 1.165 × Na+
… ④
高い。2 成分については,降水中の 90%以上が主に海水
= 0.121 × Na
… ⑤
起源ではないことが考えられる。また Ca2+と SO42−の間
+
ss-Mg
ss-Ca
+
2+
+
2+
ss-Cl−
ss-SO4
2−
+
(ii)Cl−を基準とした場合は式⑥∼⑩を用いた。
には相関が見られなかったことから(図 5 )
,この 2 成分
ss-Na
は異なる起源を有していることが考えられる。
ss-K
+
+
ss-Mg 2+
ss-Ca
2+
ss-SO4
2−
= 0.858 × Cl
−
… ⑥
−
= 0.018 × Cl
… ⑦
SO42−においては粉塵による供給と化石燃料の燃焼を
= 0.195 × Cl−
… ⑧
伴う人間活動による供給が考えられる。化石燃料の燃焼
−
= 0.038 × Cl
… ⑨
= 0.104 × Cl
−
… ⑩
よって非海水起源塩分(non sea salt: nss-)の当量値は分
0.25
析値と海水起源塩分の差となり,下記の式(⑪∼⑯)で
0.20
nss-Na+
=
(分析値)
−
(ss-Na+)
…⑪
nss-K+
=
(分析値)
−
(ss-K+)
…⑫
nss-Mg 2+
=
(分析値)
−
(ss-Mg2+) …⑬
nss-Ca2+
=
(分析値)
−
(ss-Ca2+)
…⑭
nss-Cl−
=
(分析値)
−
(ss-Cl−)
…⑮
nss-SO42−
=
(分析値)
−
(ss-SO42−) …⑯
Na+,Mg2+(meq/L)
表される。
0.15
0.10
Na(R1)
Na(T1)
Mg(R1)
Mg(T1)
海水Na
海水Mg
0.05
0.00
0.00
0.05
0.10
Cl-(meq/L)
0.15
0.20
0.25
図 3 Cl−濃度に対する Na+と Mg 2+の関係
海 水 中 に お け る NH4+ は Na+ の 467.9meq/L と 比 べ
0.002meq/L と極めて微量であるため,海水起源による
0.40
寄与算出の対象から除外した(北野,2009)
。NO3− は広
域的な起源を前提とすれば,主に化石燃料の燃焼により
オンは陸地からの供給あるいは人間活動に伴う供給によ
るものとした。
水同位体アナライザーDLT-100(Los Gatos Research
社製)を用い,酸素の安定同位体 18O および水素の安定
同位体 D の同位体組成を調べ,酸素・水素安定同位体
比は,標準物質(SMOW)からの千分率偏差である δ 値
海水SO4
海水Ca
0.20
0.10
0.00
0.00
0.05
0.10
0.15
Cl-(meq/L)
0.20
図 4 Cl−濃度に対する Ca2+と SO42−の関係
として示している。
( 50 )
Ca
0.30
Ca2+、SO42-(meq/L)
大気中に供されるものと考えた。そのため雨水中の両イ
SO4
─ 118 ─
0.25
降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化
を伴う人間活動による場合,SO42−は人間活動の指標と
0.30
なる NO3− と正の相関があると推察できる。原(1992)
0.25
は日本各地における NO3−/SO42−(N/S 比)の地域間差
Ca2+ (meq/L)
0.20
異について調べ,窒素酸化物を自動車の排ガスからの供
0.15
給,二酸化硫黄を工場や発電所などの重油燃焼施設から
0.10
の供給とし,東京では N/S 比が大きくなることを述べ
て い る。SO42− 濃 度 と NO3− 濃 度 の 関 係 を 図 6 に 示 し
0.05
0.00
た。図 6 より SO42− と NO3− の間に正の相関が見られた
0.00
0.10
0.20
0.30
SO42- (meq/L)
図 5 SO42−濃度に対する Ca2+の関係
0.40
こと,さらに SO42−に対する NO3−の比には二地点間の差
が認められたことから,化石燃料の燃焼に伴う人間活
動,特に自動車の排ガスの影響を強く受けていると考え
られる。世田谷における N/S 比は江東におけるそれと
比べて NO3−側に傾いている。図 7 は警視庁交通部交通
規制課(2013)よる交通量図に採水地点を加筆したもの
である。採水地点直近の交通量が得られる距離として,
半径 5 km の円内を対象に考察した。周辺の計測地点に
おいて,交通量の差が見てとれる。このことから SO42−
に対する NO3−の比は周辺における交通量あるいは化石
燃料の使用量を示唆していると考えられ,原(1992)の
結果とは異なり,降雨の水質が採水地点の周辺環境に鋭
敏であることが考えられる。
図 6 SO42−濃度に対する NO3−の関係
図 7 採水地点 5 km 圏内の交通量(警視庁交通部交通規制課〔2013〕に加筆)
─ 119 ─
( 51 )
三田 明寛・大八木 英夫・森 和紀
と SO42−濃度,Ca2+濃度が低下しており,特に Ca2+の濃
5 .溶存成分濃度の時間変化
度変化が顕著であることが分かる(図 9 )。降り始めの降
4 月 20 日及び 5 月 16 日,10 月 15 日のサンプルにおけ
雨における Ca2+ 濃度は 0.122meq/L であるのに対し,4
る電気伝導度と pH,降水量の時間変化を図 8 に,同日
時間経過後には 0.023meq/L と元の 20%以下まで下がっ
の Cl 濃度と SO4 濃度,Ca 濃度,降水量の時間変化
ている。一方,SO42−の濃度低下は Ca2+と比較して緩や
を図 9 にまとめ,降雨開始からの時間 x に対する電気伝
かである。これは安定した降水があった 10 月 15 日にも
導度 y の変化を示す回帰式ともに示した。各採水日にお
同様のことが言える。以上のことから,大気中のエアロ
いて異なる時間変化の特徴を示している。4 月 20 日にお
ゾル,特にカルシウムを含むエアロゾルによって雨水の
いて,降雨の時間経過に伴い電気伝導度及び pH が低下
酸性化が抑制された結果であると考えられる。また降雨
していることが分かる。電気伝導度は,降り始め 1 時間
時間の経過に伴う Ca2+と SO42−の濃度変化に差があるこ
(降り始めの降雨とする)の降水における 55.7µS/cm か
とから,両イオンの間に供給速度の差があり,その差が
−
2−
2+
ら始まり急激に低下し,その後,20∼30µS/cm の範囲
pH の変化としてあらわれたと考えられる。
で緩やかに低下する。pH は降り始めの降雨において 5.8
5 月 16 日において,電気伝導度と pH の間に関連は見
であり,降雨時間の経過に伴い,電気伝導度の低下とと
られなかった(図 8 )。この日の降水量は転倒ます型雨量
もに低下し 4.6 に達した。降水時間経過に伴い Cl 濃度
計による計測できないほど極めて少ないという点が特徴
図 8 降雨時間と EC・pH の関係および降水量
図 9 降雨時間と溶存成分濃度の関係および降水量
−
( 52 )
─ 120 ─
降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化
によって計測できないような降水の場合,成分濃度は安
7.0
定した低下を見せず上昇と低下を繰り返すが,転倒ます
6.0
型雨量計によって計測できるような降水では安定して指
数曲線のように低下すると考えられる。
5.0
pH
y = 0.328ln(x) + 5.625
R² = 0.3203
4.0
6 .化学組成の時間変化
前述のとおり,降水中の溶存成分濃度は降雨の時間経
過とともに変化するが,起源が同一である個々の溶存物
3.0
0.0
1.0
2.0
3.0
4.0
5.0
質相互の降雨中の組成は変化しないことが明らかになっ
た。その結果,海水起源塩分と非海水起源塩分の濃度変
Ca2+/(SO42-+NO3-)
化に差が生じ,降雨の化学組成が時間ごとに変化するこ
図 10 酸性物質に対する Ca2+の割合と pH の関係
とが認められ,全溶存成分(TDS)に対する(図 11)。降
雨の時間経過に伴い,海水起源塩分と非海水起源塩分の
である。5 月 16 日における水質組成は特徴的であり,
2−
2+
バランスが非海水起源側に傾き,非海水起源塩分につい
SO4 ,Ca が多く検出された(図 9 )
。4 月 20 日と 10 月
ては Cl−に対する比が SO42−と NO3−の側に傾くことが明
15 日において,降り始めより Cl−および Ca2 +,SO42−が
らかになった。組成の変化の特性は,1 時間当たりの降
ともに低下しているが,降雨時間の経過に伴いこのこと
水量によって変化することが推察できるが,今回の調査
2+
2−
から Cl と Ca の濃度が SO4 の濃度を下回っているこ
では明らかにできなかった。しかし,降雨時間に伴い降
とが分かる。成分ごとに降雨への供給速度が異なること
水中の化学組成が変化し,結果として酸性物質が多くを
が分かる。
示すようになるという結果は,木村ほか(1986)の結果
−
降雨の時間経過に伴い,電気伝導度は指数曲線的に低
下し,pH は 5 前後に収束することが木村(1986)と平木
ほか(1989)により指摘されている。図 10 に酸性物質に
と同様である。
7 .降雨中の同位体組成
対する Ca2+の割合と pH の関係を示した。この図から,
2+
台風 1318 号に伴う降雨を地点 R1 において,台風 1326
降水中において,Ca が pH を決定する要素として重要
号による降雨を地点 T1(2013 年 10 月 15 日 11 時から 17
な役割を果たしていることが分かる。これについては,
時まで)および R1(2013 年 10 月 15,16 日 22 時から 6 時
成瀬(1996)も同様の指摘をしている。
まで)において 1 時間ごとに採水し,酸素と水素の安定
これらのことから,降水の溶存成分濃度およびその割
同位体比の分析を行った。その結果は,各降雨における
合は,1 時間あたりの降雨量,すなわち降雨強度に依存
同位体比の時間変化およびδ18O 値とδD 値の関係とし
していることが分かる。霧雨のような転倒ます型雨量計
て示す図 12 のとおりである。なお 10 月 15 日(11 時)か
1.4
100.0
total-nssとtotal-ssの濃度 (meq/L)
1.2
80.0
Total-nss
0.8
60.0
Total-ss
0.6
nss/Total Dissolved
Substance
0.4
40.0
20.0
0.2
0.0
nss/TDS (%)
1.0
0
2
4
6
降雨継続時間(h)
8
10
0.0
図 11 降雨の時間経過と海水起源塩分・非海水起源塩分の濃度の関係および全溶存物質に対する非海水起源塩分の濃度の関係
─ 121 ─
( 53 )
三田 明寛・大八木 英夫・森 和紀
図 12 δ18O とδD の関係およびその時間変化
対象降雨の時間降水量を合わせて示した。
ら 16 日( 6 時まで)の降雨に関する 5 時間のデータの空
の雨の -14.08‰から 1 時間で -21.42‰まで低下し,その
白は,台風接近に伴い T1 の観測地点が立ち入り禁止と
後 -15.59‰まで上昇した。この酸素水素の安定同位体比
なり,移動を余儀なくされた結果である。2013 年 9 月 15
の低下と上昇は藪崎(2004,2014)の結果と同様であり,
日における採水時の気象条件は 3 時から 11 時まで観測
台風における雨滴の形成プロセスが外縁部と中心部とで
地点 R1 に接近し降雨をもたらした台風によるものであ
異なることを示していると考えられる。台風 1326 号に
り,1 時間あたり最大 10.5mm の降水量を有し,観測期
おいて,δ18O 値は降り始め 1 時間の降雨において記録
間 に お け る 総 降 水 量 は 27.5mm で あ っ た。 こ の う ち
された -13.0‰から降雨時間の経過に伴い低下し,同月
19mm の降水量が観測開始 2 時間のうちに観測されてい
16 日 6 時の降雨では -11.66‰となった。同様にδD 値は
る。δ O 値は降雨開始 1 時間後に得られた試水の -3.58
+ 6.04‰から低下をはじめ -82.10‰まで達した。これら
‰から低下し,1 時間で -4.58‰へと達した。その後,降
のδ18O 値とδD 値の低下において,δ18O 値は - 9 ∼-10‰
雨時間の経過にともない徐々に上昇し,最終的に -3.30
の範囲で,δD 値は -50∼-60‰の範囲でほぼ一定の値を
‰まで上昇した。同様にδ D 値についても,降り始め
とった後に低下した。また 2 つの台風時の降雨の同位体
18
( 54 )
─ 122 ─
降雨時間の経過に伴う降雨の水質特性の変化
比は異なる時間変化を示しているが,台風の中心付近で
て降雨中の濃度変化の傾向が異なることが確認された。
同位体比に変化が認められることが特徴である。すなわ
降雨強度によって降雨中の水質は異なり,転倒ます型
ち,δ値は,9 月 15 日においては 5 時を境に低下から上
雨量計で計測できる降水に関しては,降雨中の水質組成
昇に転じ,10 月 15 日・16 日においては 15 日 22 時から低
は NO3− と SO42− を主とする。また,台風時(図 11:10
下から停滞に転じ,16 日 3 時から再び低下する。台風の
月 15 日の事例)のように降雨強度が著しく多い場合,溶
外縁部と中心部のおいて異なる雨滴形成プロセスが生じ
存成分濃度が純水のそれに近い値まで低下することが明
ているものであると考えられ,解明すべき今後の課題で
らかになった。
ある。
今後,人間活動によって生じる酸性物質の拡散プロセ
スおよび雨滴・雲滴の形成過程についてより詳細な検討
8 .結論
を加えることにより,降水の水質の形成機構を明らかに
本研究では,降水を 1 時間ごとあるいは 10 分ごととい
していきたい。
う短い時間で採取し,分析を行うことで,降雨中の時間
変化を明らかにし,その化学組成から溶存成分の起源を
考察した。
その結果,降雨中において SO42−に対する NO3−の比は
地点による差異を示し,Cl−に対する Na+と Mg 2+比は海
水組成と酷似した。これらの比はそれぞれ降雨の時間経
過によって変化しないことが明らかになった。そして同
一の起源をもつ塩分同士の比は降雨時間が経過しても一
定であり,起源の異なる塩分では降雨の時間経過によっ
付記:本論文の骨子は,2014 年 8 月,Dubrovnik(クロアチ
ア)で開催された Int.Sci.Conf. on Water sustainability: New
challenges and solutions において発表した。
謝辞
酸素・水素の安定同位体の分析において、ご協力いただい
た竹内 望教授(千葉大学理学部)および濱田浩美教授(千
葉大学教育学部)にはこの場を借りて深く感謝いたします。
原稿について適切な示唆と助言を賜りました加藤央之教授
(日本大学文理学部)に感謝いたします。
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