色素体成立の初期過程におけるタンパク質輸送装置の確立と 進化

研究班紹介 ● B01
色素体成立の初期過程におけるタンパク質輸送装置の確立と
進化に関する研究
研究代表者:中井正人(大阪大学蛋白質研究所・准教授)
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/enzymology/nakaiJ.html
●公募研究の概要
と考えられる。実際、その後早い過程で分岐していった
葉緑体に代表される植物や藻類に特異的なオルガネラ
と考えられる Glaucophyta や Rhodophyta にも Tic20 蛋白
であるプラスチド(色素体)は、機能的形態的に多様に
質は既に存在している。ところが、これらの生物には、
分化するオルガネラである。多様なプラスチドの機能が
他の 3 因子の遺伝子が存在していない。その後、Chlo-
維持できるのは、それぞれのプラスチドの機能に適した
rophyta が分岐するまでに、ひとつの構成因子の遺伝子
蛋白質セット(適材)が、適材適所適時にプラスチドへ
がプラスチドゲノムに、もうひとつの構成因子の遺伝子
と輸送されているからに他ならない。ここで、数千種類
が核ゲノムに突然出現している。一般には、内共生後、
ものプラスチド蛋白質の輸送において重要な役割を担う
プラスチドゲノムの遺伝子が核へと移行するのが普通で
のが、プラスチドを包む外包膜と内包膜それぞれに組み
あり、葉緑体ゲノムに加えられたこの新奇遺伝子の出現
込まれた蛋白質輸送装置 TOC および TIC 複合体であ
は非常に稀な例であると思われる。進化の過程では、さ
る。一方、進化的な観点からこの問題を捉えれば、プラ
らに陸上植物 embryophyta が出現するまでに、最後に残っ
スチドへの蛋白質輸送装置は、酸素発生型の光合成を営
たもうひとつの因子の遺伝子が 核ゲノムに加えられる
む現在のシアノバクテリアのような原核生物が始原真核
事となる。このように、プラスチド内包膜の TIC 複合
細胞に内共生した後に、共生成立の初期過程において、
体の確立は、まさに内共生が成立した後、プラスチドの
2000 種類を超えるほとんどの遺伝子がプラスチドゲノ
進化とともに劇的な変化を遂げてきたものであると考え
ムから核ゲノムへと転移するのと共に、確立されていっ
られる。
たと考えられる。そしてその結果、核支配の様々な代謝
このような研究の背景にあり、陸上植物プラスチドが
活動と連動して、プラスチドへの蛋白質輸送も複雑なコ
確立する前に分岐したさまざまな生物や、プラスチド共
ントロールを協調的に受けることが可能となったと考え
生成立過程に分岐したと予想されるさまざまな生物にお
られる。
いて、共通に存在する Tic20 を中心としたどのような蛋
高等植物において内包膜の TIC 複合体の実体につい
白質輸送装置が構成され機能しているのか、ゲノム情報
ては、近年まで不確かであった。われわれは、輸送中間
からの推測だけに留まらず、実際に実験によって明らか
体の詳細な解析から、内包膜には、およそ 1 MDa にも
にする事を目指して研究を進める。
およぶ新奇な輸送装置複合体が存在していること、この
複合体には Tic20 が中心的構成因子として含まれている
ことを報告している。そして、最近、Tic20 に精製用の
アフィニティタグを付加した形質転換シロイヌナズナ植
物体を用いることで、この超分子膜蛋白質複合体をその
1MDa のサイズのまま高度に精製する事に成功した。精
製した TIC 複合体は、Tic20 を含めて 4 因子から成って
いたが、質量分析の結果、残りの 3 因子はこれまでに機
能が調べられた事のない全く新奇な必須蛋白質であり、
うちひとつは機能が謎であった葉緑体ゲノムコードの蛋
白質である事が明らかとなった。さらに様々な光合成真
核生物のゲノム情報の比較から、この輸送装置の進化に
関して以下のような非常に興味深い事実が明らかと成っ
た。すなわち、中核コンポーネントである Tic20 は、シ
アノバクテリアにも原型となるようなトランスポーター
蛋白質が存在しており、それが内共生が成立した時に、
細胞質側からの蛋白質の輸送に流用されるようになった
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文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域研究「マトリョーシカ型進化原理」News Letter Vol.2
■ 略歴
1990年
1990-1996年
1996-2007年
(2002年
2007年-現在
大阪大学大学院理学研究科博士課程修了
名古屋大学理学部化学科助手
大阪大学蛋白質研究所助教授
アメリカ合衆国 オレゴン大学滞在研究員)
大阪大学蛋白質研究所准教授
■ 最近の主な論文
1. Hirabayashi Y, Kikuchi S, Oishi M, Nakai M. In vivo studies on the roles of two closely related Arabidopsis Tic20 proteins,
AtTic20-I and AtTic20-IV. Plant Cell Physiol. 2011 Mar;52(3):469-78.
2. Kikuchi S, Oishi M, Hirabayashi Y, Lee DW, Hwang I, Nakai M. A 1-megadalton translocation complex containing Tic20 and Tic21
mediates chloroplast protein import at the inner envelope membrane. Plant Cell. 2009 Jun;21(6):1781-97.
3. Kohbushi H, Nakai Y, Kikuchi S, Yabe T, Hori H, Nakai M. Arabidopsis cytosolic Nbp35 homodimer can assemble both [2Fe-2S]
and [4Fe-4S] clusters in two distinct domains. Biochem Biophys Res Commun. 2009 Jan 23;378(4):810-5.
4. Asakura Y, Kikuchi S, Nakai M. Non-identical contributions of two membrane-bound cpSRP components, cpFtsY and Alb3, to
thylakoid biogenesis. Plant J. 2008 Dec;56(6):1007-17.
5. Yabe T, Yamashita E, Kikuchi A, Morimoto K, Nakagawa A, Tsukihara T, Nakai M. Structural analysis of Arabidopsis CnfU
protein: an iron-sulfur cluster biosynthetic scaffold in chloroplasts. J Mol Biol. 2008 Aug 1;381(1):160-73.
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