1 第7章 銀行システムの役割 銀行システムによる問題の解決 キーワード: 銀行システム、銀行の資産変換機能、 要求払い預金、大数の法則、分散投資、 リスクとリスク・プレミアム、 ハイリスク・ハイリターン、 ローリスク・ローリターン、 情報生産活動、スクリーニング、 モニタリング、不良債権、不良債権処理 中村学園大学 吉川卓也 1 2 重要なセンテンス • ニーズの違いの解消:銀行の資産変換機 能 • 預金総額の1%以下の現金しか金庫に保 有していないのに,現代の銀行は,預金 の引き出しに応じられなくなることは (普通は!)ない • 銀行は,銀行間でお金の貸し借りをする ことで,日々現金残高を容易に調整する ことができるようになっている。 4 3 POINT QUESTION • 銀行は,多くの預金者と多くの企業の 貸し借りを仲介することで,預金者と 企業のニーズの違い(サイズや貸出の 期間の違い)を解消することができる。 5 銀行は,預金者から預かったお金の90% 以上を企業などに貸し出しているのに,預 金者の預金引き出し要求に,銀行がいつで も応じられるのはなぜか? 6 1 Answer • 預金には流出だけでなく,流入もあり,預 金が足りなくなるのは,流出が流入を大き く上回ることによって起こる。 • 個々の預金者による預金の流入と流出が起 こる確率がほぼ独立であれば,大数の法則 によって,多数の預金者による預金の総流 入と総流出は大きく変化せず,預金総額も ほとんど変化しない。 • 引き出された預金の大部分は再び預金され ることになるので,銀行システム全体とし ては預金の減少が続くことはほとんどなく, 銀行間の資金の融通(お金の貸し借り)に よって預金の払い戻しには対応できる。 7 8 • ちなみに,クリスマスやお正月には,たく さんの現金がATMや銀行から払い出されます が,このことは事前に予想されていますの で,銀行はいつもよりたくさんの現金を金 庫やATMに準備しておきます。 • 一度にこのようなことが起きることを予想 して,この時期には,日本銀行はいつもよ り多くの現金を供給します。ですから,お 金が不足することはないのです。 9 QUESTION 10 Answer めずらしい現象ですが,人々の預金の引 き出しが相互に独立ではなくなってしまう ことがあります。たとえば,ある人の預金 の引き出しが,ほかの人の預金の引き出し を誘発してしまうような状況です。 そのような現象はどういう理由で起こる でしょうか? また,そのときどのような問 題が起きるでしょうか? 11 • 独立でないというのは,ある人の預金の引 き出しが他の人の預金の引き出し(の確 率)に影響を与えることです。 • そのようなことは,ある人の預金の引き出 しが何らかの重要な情報を持っていると解 釈される場合に起こります。 12 2 • たとえば,銀行から預金を引き出すとき, 「お金が必要だから」というのが普通の理 由ですが,「銀行に預金をしていると危険 だと思ったから」という理由で引き出す人 もいるかもしれません。 • あなたが銀行の前を通ったとき,異常に多 くの人たちが預金を引き出そうとしていた ら,後者の理由が頭をよぎるかもしれませ ん。 • 預金の引き出しが危険情報と解釈されると, ある人の預金の引き出しによって,他の人 の預金の引き出しが誘発されてしまいます。 • ある銀行が危険だと多くの預金者が認識し てしまったら,引き出した預金はその銀行 に戻ってこないので,その銀行は預金不足 の状態に陥ります。 13 • 預金の不足額がそれほど大きくなければ, コール市場を通じて他の銀行からお金を融 通してもらうことで対応できます(もちろ ん,他の銀行もその銀行を危険だと解釈し てしまうと資金の融通を受けられないかも しれません)。 • 最後は,日本銀行がお金を緊急に融資しま す。 14 • また,預金者が,1つの銀行だけでなく, 銀行全体を危険と解釈した場合,預金者は 引き出したお金を再び銀行に預けようとし ないので,銀行システム全体としても預金 が枯渇してしまう恐れも出てきます。 • 実際に,日本でもそのような事態が過去に 起きています。 • 詳しくは156ページからの昭和金融恐慌につ いての説明を参照してください。 15 16 QUESTION Answer 「ローリスク・ハイリターン」や「ハイリ スク・ローリターン」といった組合せの投 資機会はどうして存在しないのでしょう か? もし存在するとしたら,何が起こるか について,考えてみましょう。 • もしも「ローリスク・ハイリターン」の投 資機会があったら何が起こるでしょうか? • 「ロー(低い)」とか,「ハイ(高い)」 というのは,その社会にある投資機会の平 均的な水準との比較でのことです。 • 平均よりもリスクが低く,平均よりもリ ターンが高い のであれば,そのような投資 機会は平均的な投資機会よりも魅力的とい うことになります。 17 18 3 • その投資機会が企業のビジネス・プロジェ クトであれば,企業はそのようなプロジェ クトを放ってはおかないでしょう。 • 魅力的なビジネス・プロジェクトは次々と 実行に移されて,実行されずに残ることは ほとんどありません。 19 • その投資機会が株式や債券などの証券投資 である場合,そうした株式や債券の価格が 上昇することになります。 • 第9章で詳しく学びますが,証券の価格が上 昇すると,その証券への投資収益率は下が ります。 20 • 将来もらえる金額は決まっているので,価 格が上昇して投資に必要な金額が増えれば 収益率は下がります。 • 「ローリスク・ハイリターン」の投資機会 は,収益率が低下して,「ローリスク・ ローリターン」になるのです。 • いずれにしても,「ローリスク・ハイリ ターン」の魅力的な投資機会は,多くの投 資家が気づきますので,すぐに世の中から なくなってしまうのです。 • 逆に,「ハイリスク・ローリターン」の投 資機会は魅力的ではありません。 • これも同じように,その投資機会がビジネ ス・プロジェクトの場合と証券投資の場合 とで分けて考えましょう。 • 「ハイリスク・ローリターン」のビジネ ス・プロジェクトは,魅力がないので誰に も実行されずに放置される結果,実は世の 中には多く存在はしていると考えられます。 • とは言うものの,魅力的でないわけですか ら,投資の候補からは消えます(間違って, 手を出さないようにしないといけません)。 • 他方,「ハイリスク・ローリターン」の証 券投資はというと,それが広く投資家に認 知されると,人気がないので証券の価格が 下がります。 • 証券価格が下落すると,投資収益率は上昇 するので,「ローリターン」ではなく「ハ イリターン」となるので,「ハイリスク・ ローリターン」ではなくなります。 21 23 22 24 4 QUESTION Answer 不良債権処理では,企業を倒産させる判 断をする場合もあれば,経営を再建させる 判断をする場合もあります。 銀行は,どのような場合に企業を倒産さ せ,どのような場合に,経営再建をさせる のでしょうか? 銀行の立場に立って,考え てみましょう。 • 倒産させるか,経営再建をさせるかの判断 は,銀行にとってどちらが得かで判断する と考えられます。そこで問題となるのは, その企業の将来性です。 • 現在,破綻状態にある企業でも,将来性が ある企業とそうでない企業があります。 25 • 破綻の原因が一時的なもので,将来それが 解消され企業の業績が改善することが見込 まれるのであれば,経営を再建させて将来 返済をしてもらったほうが,銀行にとって 利益になります。 26 • 破綻の原因が構造的なもので,将来もそれ が解消されることが期待できない場合,経 営を再建させようとしても難しく,負債が 膨らんで企業の資産を上回ってしまう恐れ もあります。 • そのような場合,銀行は企業を倒産させて, 資産を処分して債権の一部でも返済をする ように求めると考えられます。 27 2 委託された情報生産者としての 銀行 キーワード: ただ乗り問題(フリーライダー問題) 、 公共財的な性質、非競合性、非排除性 28 重要なセンテンス • 重複する情報生産のムダを回避できる • ただ乗り問題を回避できる • すべての貸し手が同じことを考えて,ほか の貸し手にただ乗りしようとすると,誰も 情報生産をしない状況に陥ってしまう • 利益というインセンティブがあることで, 銀行の努力が引き出されるようになってい る 29 30 5 重要なセンテンス POINT • 特定の活動に特化することのメリット:知 識と技術の蓄積 • 預金債権は貸出債権よりもリスクが低く, かつ情報生産コストの一部が貸出の利子か ら差し引かれているため,貸出の利子率よ りも預金の利子率のほうが低くなるのは当 然のことと言える • 銀行の活動によって,金融取引が可能にな り,そこから社会に利益が生み出される。 銀行の利益はその一部 • 銀行が,多くの預金者に代わって,借り手 の情報を生産する仕組みは,重複のムダを 防ぎ,ただ乗りやモラルハザードなど,さ まざまな課題を克服するようにデザインさ れている。 31 EXERCISE 7-1⑴ 預金者から預かっている預金の90% 以上を貸し出しているにもかかわらず,銀 行が預金の引き出しに応じられる理由を説 明しましょう。 ⑵ 銀行システムでは,不確実性による貸し 倒れリスクを回避するために,どのような 対策を行っているか説明しましょう。 33 32 7-2 以下のことをネットなどで調べて みましょう。 (1)銀行には,どのような種類があるで しょうか? (2)それぞれの銀行の預金額や現金保有 比率,利子率など。 (3)本文で紹介した以外の銀行の業務に, 手数料ビジネスがあります。手数料ビ ジネスとはどのようなものでしょう か? 35 (1)銀行にはどのような種類が あるでしょうか? (4)銀行の総売上に占める手数料収入の比 率。 (5)銀行の預金保険制度について。 (6)銀行の自己資本比率について。 (7)銀行に対する政府の規制について。 36 • 民間の普通銀行として,都市銀行,地方銀 行,インターネットバンクなど。 • 特殊な銀行として信託銀行があります。信 託銀行は資産の運用管理を委託する銀行で, 大きな資産を持つ人が利用します。 • また,法律上銀行とは区別されていますが, 信用金庫,信用組合なども銀行と同様の業 務を行っています。 37 6 • この他,政府系金融機関として,中央銀行 である日本銀行,郵貯銀行,政策投資銀行 はいずれも銀行の名前はついていますが, かなり特殊です。 • 郵貯銀行は融資業務を政策投資銀行が行う などの役割分担がされています。 38 • また,投資銀行(Investment bank)と呼ば れる銀行は,預金業務は行わないので,第7 章で紹介した銀行とはかなり異なります。 • 日本には投資銀行と呼ばれるものはありま せんでしたが,金融自由化によって銀行を 中心とした金融グループ会社が投資銀行業 務を行うようになりました。 39 (2)それぞれの銀行の預金額や 現金保有比率,利子率など (3)本文で紹介した以外の銀行の業務に,手数料 ビジネスがあります。手数料ビジネスとはど のようなものでしょうか? • 預金額と利子率は各銀行のホームページな どで確認できます。 • 預金額は会社情報,利子率は金利一覧など を見てください。 • 現金保有比率は銀行の有価証券報告書の中 にある貸借対照表をみるとわかります。預 金額に対して,現金準備(現金預け金の比 率を調べます。 • 銀行口座管理に関連する手数料 時間外の預金引き出しや送金の手数料,口 座の維持に手数料を取る銀行もあります。 • 信託手数料 資産の運用管理を委託する場合の手数料 • トレーディングの手数料 投資信託の販売手数料 40 41 (4)銀行の総売上に占める手数 料収入の比率。 • その他,他の銀行と協調融資をする際に取 りまとめ役となる銀行が受け取る手数料な どがあります。 42 • かつては10%ほどでしたが,最近は20%程 度まで上昇しています。 43 7 (5)銀行の預金保険制度につい て。 • 金融庁のホームページに詳しい説明があり ますが,倒産した銀行の預金者を保護する ための保険で,保険料を払うのは銀行です。 • 銀行が倒産すると,プールされた保険料を 預金の支払いのために使うことになってい ます。 44 • この仕組みによって, • 当座預金のような利息の付かない預金は全 額保護 • 定期預金や利息の付く普通預金は,元本 1,000万円までと破綻日までの利息等が保護 されます。 • これは一つの金融機関当たりなので,各銀 行の預金が1000万円を超えないように分散 して預金をしておけば,すべて保護されま す。 45 (6)銀行の自己資本比率につい て。 • 自己資本比率とは,自己資本(株主資本) と他人資本を合わせた総資本に占める自己 資本の割合を指します。借入を増やせば他 人資本が増えて,自己資本比率は低くなり ます。 • 銀行にとって預金は他人資本なので,銀行 の自己資本比率は一般の企業と比べると低 くなっています。 46 • 自己資本に対して預金と貸出を大きくし過 ぎることは危険であるとの認識から,自己 資本比率を一定水準以上にするような規制 も存在します(BIS 規制参照)。 • この規制もあって,銀行の自己資本比率は 概ね8%以上~20%の銀行が多いようです。 47 (7)銀行に対する政府の規制に ついて。 • 銀行は安全な資産である預金を供給し続け なければなりません。 • たびたび説明してきたように,多くの取引 は銀行の預金を通じて決済されています。 • こうした預金が安全に維持されるためには, 銀行の経営が安全でなければなりません。 48 • そのために,かつては銀行経営を安定化さ せるために,競争をさせないようにして, 銀行を保護してきました。 • それが参入規制や業務分野規制で,銀行間 での競争をさせないようにしました。 • しかし,競争を制限すれば,かえってずさ んな経営をする銀行や効率の悪い銀行も出 てきます。 49 8 • そこで,政府は競争制限的な規制をやめる 代わりに,銀行が過度なリスクを取らない ように,自己資本比率等を規制することに したのです。 • しかし,さまざまな金融派生商品が市場で 生み出される結果,銀行のリス クをどのよ うに評価するかという問題が生じました。 • そこで,単純な自己資本比率規制に,さま ざまなリスク要因を取り込んで,より複雑 な規制になってきています。 • それがBIS規制やバーゼルⅠ,Ⅱ,Ⅲと呼ば れるものです。 50 51 EXERCISE 7-3 預金保険があることで,預金者による 銀行行動の監視が効かなくなって,モラル ハザードが起きてしまうことが懸念されま すが,保険の料率を変えることで銀行の努 力を引き出そうとする対策が考えられてい ます。その仕組みについて,考えてみま しょう。 [ヒント]預金保険の保険料は誰が払うので しょうか?自動車保険の保険料は人によって 違いますが,どのように違うのかを参考に考 えてみましょう。 52 53 EXERCISE EXERCISE 7-4 [発展問題] 1990年代の日本の銀行は,不良債権の処 理を先送りしていたと言われています。銀 行が不良債権の処理を急がず,先送りする 理由は何でしょうか? 考えてみましょう。 [ヒント]ここでも,「ただ乗り問題」が関 係しているしょうか? 7-5 銀行の貸出金利が預金金利よりも高い 理由を2つあげて,説明しましょう。 57 62 9
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