和太鼓の演奏における“脱力”の分析方法に関する研究

和太鼓の演奏における“脱力”の分析方法に関する研究
A study of analysis method of skills of relaxing hitting for Japanese drum
コンピュータグラフィックス学講座 0312011111 中塚智哉
指導教員:松田浩一 亀田昌志
1. はじめに
近年,指導者の減少によって直接指導の機会が減り,和
力を得て,脱力技能について実験を行った.演奏中の筋活
動を計測するために,湿式筋電位センサを用いた(図 1).
太鼓の技能継承が困難になることが危惧されている.加え
計測する筋肉は,和太鼓の演奏動作と似ている「金槌やハ
て,和太鼓の技能の中には指導内容が伝わりにくいものが
ンマーを振り下ろす動作」で働く尺側手根屈筋 1)を選定し
ある.そのため,和太鼓の技能継承を効率的に行うための
た.さらに,データの計測と同時に 200fps のカメラで演
学習支援が求められている.
奏動作を撮影した(図 2)
.演奏動作は,和太鼓の打法の中
指導内容が伝わりにくい技能の一つに“脱力”がある.
脱力は,「バチを太鼓の面に当てる(以下,インパクト)」
で最初に学習するとされる「基本打ち 2)」に設定し,リズ
ムは各々の被験者に任せ,左右 8 打ずつ打ってもらった.
前に,あるタイミングで力を抜く技能である.この脱力を
することで,演奏の音が良くなることが経験的に分かって
おり,和太鼓において重要な技能であると言える.
しかし,前述したように脱力は,指導内容を伝えるのが
困難な技能である.その理由は二つあり,一つ目は,脱力
技能とは「力の抜き」であり,和太鼓を強く打つという指
導と反しているということが挙げられる.そして二つ目は,
感覚的な要素が強いということが挙げられる.そのため,
学習者側は手探りで練習を行うことになり,指導者側は指
導内容をどう伝えればいいのかが分からなくなってしま
図 1:筋電位センサ位置
図 2:演奏動作
4. 実験結果と考察
4.1. 結果
被験者 3 名を対象に実験を行った.
それぞれ被験者 A
(上
う.
そこで本研究では,和太鼓の演奏における脱力技能の可
級者),被験者 B(中級者),被験者 C(初級者)とする.
視化及び技能の評価基準の特定を目指す.そのため本稿で
和太鼓演奏中の積分筋電位をグラフに表したものを図
は,
「演奏者の力の抜き」を見るために.筋肉が働く際に
3~5 に示す.グラフの縦軸は積分筋電位の値であり,数値
発生する筋電位に着目した.その筋電位を計測できる筋電
が高いほど筋活動が活発であることを意味する.グラフの
位センサを用いて,演奏中の筋電位を計測し分析すること
横軸は,演奏者の肘の開き始めからの経過時間を表す.指
で,筋活動から脱力技能の有無を目視できるかの検討及び
導者へのヒアリングから,
「インパクト手前の手首の返し
脱力技能を判定する評価点の特定を行う.
始め」と「インパクト」が重要な点であると考え,撮影し
た映像を参考にその 2 箇所に注目して筋電位を分析し,グ
2.
脱力技能について
脱力技能について,
「種市海鳴太鼓」の指導者の方へヒ
ラフを作成した.グラフ上の四角マーカーは前者を意味し,
丸マーカーは後者を意味する.また,グラフのスケールに
アリングを行った.その結果,指導者が脱力技能を判断す
関しては,筋電位は個人差が大きく数値に影響するため,
るポイントとして,
「インパクト手前の手首の返し始めか
被験者ごとの積分筋電位の最大値を基にスケールを設定
ら力が入っているか」
,
「インパクトの瞬間に力が抜けてい
した.
るか」
,
「脱力ができていない人は,力を抜くタイミングを
被験者 A は,手首の返し始めに力が入り(図 3 (a))
,イ
把握していない」といった回答が得られた.これより,脱
ンパクトの直前(図 3 (b))で力が大きく抜けている.次に
力技能とは,
「手首の返し始めに力を入れ,インパクトの
被験者 B は,
手首の返し始めに力が入っているが(図 4 (a))
,
前に力を抜くこと」であり,手首の動作が重要であると考
インパクトでは力が抜けきれておらず,少しずれて力が抜
えられる.
けている(図 4 (b))
.最後に被験者 C は,手首の返し始め
より前に力が入っており(図 5 (a))
,手首の返し始めの直
3.
実験方法
本研究では,岩手県洋野町種市の「種市海鳴太鼓」の協
前に力が抜けている(図 5 (b)).
[mV]
2500
□:手首の返し始め
○:インパクト
次に,被験者 B(中級者)について表 1 を見ると,
「手
(b)
2000
首の返し始め」の状態は一致しているが,「インパクト」
(a)
1500
の状態は一致していない.実験後指導者は,
「被験者 B は
1000
力んだ打ち方をしていた」と評価していた.図 4 を見ると,
500
「インパクト」で力がまだ入っており,その後の(b)で力が
抜けている.これらのことから,被験者 B における指導者
0
1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41 45 49 53 57
評価と筋電位の評価が一致したと言える.
最後に,被験者 C(初級者)について表 1 を見ると,
「イ
Time(2ms)
ンパクト」の状態は一致しているが,「手首の返し始め」
図 3:被験者 A(上級者)の積分筋電位
[mV]
800
の状態は一致していない.実験後指導者は,
「被験者 C は
力を入れるのが早かった」
と評価していた.
図 5 を見ると,
□:手首の返し始め
○:インパクト
(a)及び(b)ですでに力の入れと抜きが行われている.この
(b)
600
ことから,指導者評価と筋電位の評価が一致したと言える.
(a)
400
以上のことから,和太鼓演奏中の筋電位を見ることによ
り脱力技能の有無を確認できたと考えられる.これにより,
200
「手首の返し始め」と「インパクト」の筋電位から,脱力
技能を評価することが出来ると考えられる.
0
1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41 45 49 53 57 61
Time(2ms)
表 1:「手首の返し始め」と「インパクトの瞬間」の脱力
理想状態及び被験者ごとの状態
図 4:被験者 B(中級者)の積分筋電位
[mV]
□:手首の返し始め
手首の返し始め
インパクト
理想
力が入っている
力が抜けている
A
○
○
B
○
×
C
×
○
○:インパクト
800
600
(a)
(b)
400
5.
200
0
おわりに
本稿では,
「演奏者の力の抜き」を見るために,筋肉が
1 5 9 13 17 21 25 29 33 37 41 45 49 53 57 61 65
働く際に発生する筋電位に着目した.その筋電位を計測で
Time(2ms)
きる筋電位センサを用いて,演奏中の筋電位を計測し分析
することで,筋活動から脱力技能の有無を目視できるかの
図 5:被験者 C(初級者)の積分筋電位
4.2.
検討及び脱力技能を判定する評価点の特定を行った.その
結果,筋電位の波形と指導者の経験則が一致し,筋電位か
考察
指導者へのヒアリングから推測した「脱力技能を行うた
めの理想状態(以下,脱力理想状態)」と被験者それぞれ
ら脱力技能の有無を確認することが出来た.また,
「手首
の返し始め」と「インパクト」の筋電位を見ることで,脱
力技能を評価できる可能性が示唆された.
の筋電位から推測される状態を,「インパクト手前の手首
の返し始め」と「インパクト」の 2 点に関してまとめたも
参考文献
のを表 1 に示す.脱力理想状態と被験者の状態が一致して
1)
いる場合は「○」,一致していない場合は「×」と表記し
ている.「手首の返し始め」及び「インパクト」がどちら
左 明, 山口典孝,
”カラー図解 筋肉のしくみ・はた
らき事典”, 株式会社 西東社, P.56, 2011.
2)
中里直樹, 松田浩一, 中里利則, “和太鼓のバチさばき
も「○」である場合,脱力ができていると言える. 表 1
における技能の可視化”, 情報処理学会, 第 138 回グ
から,被験者 A は脱力が出来ており,被験者 B と被験者
ラフィクスと CAD 研究会, Vol.2010-CG-138, NO.8,
C は脱力ができていないことが分かる.
2010.
被験者 A(上級者)について表 1 を見ると,
「手首の返
し始め」及び「インパクト」の脱力理想状態と被験者の状
態が一致している.実験後指導者は,
「被験者 A は脱力が
できていた」と評価していた.このことから,被験者 A に
おける指導者評価と筋電位の評価が一致したと言える.
謝辞
快く動作撮影に参加して下さった「種市海鳴太鼓」の会
長をはじめ,会員各位に厚く感謝申し上げる.