東南アジアにおける「人間の安全保障」 ―APEC と ASEAN を中心に

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東南アジアにおける「人間の安全保障」
―APEC と ASEAN を中心に―
長尾名穂子
Ⅰ.はじめに
「人間の安全保障」は、国連開発計画(UNDP)が 1994 年に発表した『人
間開発報告書』で提唱され、広く知られるようになり、日本やカナダなどに
よって積極的に推進されてきた。同報告書は「人間開発」を「人びとの選択
の幅を拡大する過程」とし、
「人間の安全保障」とは「これらの選択権を妨害
されずに自由に行使でき、しかも今日ある選択の機会は将来も失われないと
いう自信を持たせることである」と示した。そして、二つの主要な構成要素
として「欠乏からの自由」と「恐怖からの自由」があるとした(1)。
日本は、
「人間の安全保障」を外交政策の一つと位置づけ、1998 年の人間
の安全保障基金の創設、2001 年の人間の安全保障委員会の設置に中心的役
割を果たした(2)。
「人間の安全保障」の中でも「欠乏からの自由」を重視する
立場をとり、援助を主とした活動を展開している。
カナダは「恐怖からの自由」を重んじる政策を推進してきた。1999 年に人
間の安全保障ネットワーク(HSN)を設立、2000 年には「介入と国家主権
に関する国際委員会」
(ICISS )設置を主導し、同委員会は 2001 年に提出し
た報告書において「保護する責任」という新たな概念を発表している(3)。
東南アジアでは、2003 年のアジア太平洋経済協力(Asia Pacific Economic
Cooperation、以下 APEC)首脳宣言において、
「人間の安全保障」が盛り込
まれ、さらに、東南アジア諸国連合(Association of Southeast Asian Nations
以下 ASEAN)においても公式文書等で使用されている。また、タイ政府は
2002 年、国内の社会福祉政策を担う社会開発・人間の安全保障省(Ministry
96
of Social Development and Human Security)を創設するなど、東南アジア
においても「人間の安全保障」が広まりつつある。
しかし、このような東南アジアの姿勢には意外な印象を受ける。
「人間の安
全保障」は「人権」と強い関連持つとされるが、東南アジアは「人権」に対
して強い反発を示してきた歴史を持っている(4)。かつて、
「人権」を西洋的価
値観の押しつけであるとして人権の相対性を主張し、1993 年には独自の人
権観を示すバンコク宣言を採択した(5)。また、2012 年に採択された ASEAN
人権憲章は、平和を享受する権利などを盛り込んだ点が評価される一方で、
NGO などからは依然として国際基準を満たしていないなどの批判もある(6)。
このような背景をもつ東南アジアで「人間の安全保障」が受け入れられて
いるのはなぜだろうか。アチャリヤ(Acharya, Amitav)は東南アジアの受
容的態度について、1997 年のアジア経済危機が最も重要な契機であったと
している(7)。さらに、その後続いた 9・11、バリでのテロ、SARS、2004 年
の津波など国境を超える課題の出現も、
「人間の安全保障」を取り入れるきっ
かけとなったと指摘している(8)。
では、上記のような出来事を機に「人間の安全保障」を受容し始めた東南
アジアは、それをどのように認識し、位置づけているのだろうか。
「人権」と
の関係はどう捉えているのか。内容は日本やカナダとは異なるのか。こうし
た疑問を本稿では明らかにしていきたい。考察にあたってはまず、APEC と
ASEAN それぞれの「人間の安全保障」の使用について調査する。二つの地
域共同体を対象とすることで、東南アジア諸国をほぼカバーすることが可能
である。同時に、APEC には日本やカナダも含まれているため、それらの影
響について検討することができる。調査対象として望ましいのは、APEC、
ASEAN の意思として公式に継続的に発表されている文書である。APEC は
APEC 首脳宣言が該当するが、ASEAN の首脳会議は公開している文書が一
定でない。したがって、ホームページに掲載されている首脳会議関連文書の
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 97
すべてを対象とする。また、
「人間の安全保障」の脅威についても検討してい
く。その理由は、小和田恒と山影進が、
「多義的な『人間の安全保障』概念を
その言葉の使用者がどのように捉えているかは、人間の安全保障の脅威とし
てどのようなものを挙げているのかをみるとよく分かる」(9)と指摘している
ように、東南アジアの「人間の安全保障」に対する認識を分析するには、脅
威の内容にも注目する必要があると考えるためである、
本稿のように、ASEAN などの「人間の安全保障」の使用に注目する視点
は、ニシカワ(Nishikawa Yukiko)の研究でも見られる。ニシカワは ASEAN
Way と「人間の安全保障」が両立し得るのかを検証する中で、ASEAN 憲章
のための賢人レポートで使用されている「人間の安全保障」の特徴について
述べている(10)。しかし、本稿のように東南アジアの「人間の安全保障」の使
用を一定期間にわたって調査した研究はほとんど見られない。したがって、
新たな視点を提供するものとして意義をもつものである。
本稿の構成は、APEC、ASEAN の順にそれぞれの「人間の安全保障」の
使用方法と脅威の内容について検討し、最後に日本、カナダとの比較を通し
て東南アジアにおける「人間の安全保障」について考察する。
•
APEC
カナダ 中国 日本、韓国、台湾、香港、メキシ
コ、パプアニューギニア、オーストラリア、ニュー
ジーランド、アメリカ、ペルー、チリ、ロシア
•
•
ASEAN
インドネシア、シンガポール、タイ、ミャ
ンマー、マレーシア、カンボジア、ベトナ
ム、ブルネイ、フィリピン、ラオス
図1. APEC と ASEAN の加
盟国
98
Ⅱ.APEC における「人間の安全保障」
APEC は、アジア太平洋地域の持続可能な発展を目的とし、域内の全主要
国・地域が参加するフォーラムとして 1989 年に発足した。主な活動は、域
内の貿易投資の自由化・円滑化、経済・技術協力である。APEC 首脳・閣僚
会議は地域の首脳、閣僚が一堂に会する唯一の機会であり、1993 年から開催
されている。域内の課題にとどまらず、国際社会全体の課題について首脳同
士が直接意見を交換する貴重な場である。その会議の成果を首脳宣言として
採択し、公表している。
1.APEC 首脳宣言における「人間の安全保障」
1993 年から 2013 年までに採択された APEC 首脳宣言を調査した結果、
2003 年から 2010 年の間で「人間の安全保障」が使用されていた。それらを
首脳会議の開催年と開催回および、
「人間の安全保障」が登場した箇所の抜粋
の三項目で整理したものが表 1 である。抜粋については、
「人間の安全保障」
の使用部分に限らず、その内容が記されている箇所も抜き出している。
「人間
の安全保障」に付している下線は筆者によるものである。
表1 APEC 首脳宣言における「人間の安全保障」
年・回
「人間の安全保障」に関する記述(抜粋)
2003 年 ・人間の安全保障の強化
第 11 回 我々は、国際的なテロと大量破壊兵器の拡散が自由で開かれ、繁栄した経済という
タイ
APEC の展望に対して直接的かつ重大な挑戦を突き付けているとの認識で一致した。
我々は、APEC が経済の繁栄を促進することだけでなく、人々の安全を確保するという
補完的使命にも貢献していくとの認識で一致した。
2004 年 ・人間の安全保障を強化し(前文)
第 12 回 ・人間の安全保障の強化―経済成長の下支え
チリ
我々は、過去 1 年の間にベスランとジャカルタにおいて悲惨にも示されたテロリズム
の凶悪な行為と恐るべき結果を想起した。我々は、メンバーの繁栄と持続可能な成長
を進展させる決意、及び人々の安全を確保するための補完的な使命を再確認した。
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 99
2005 年
第 13 回
大韓民
国
2006 年
第 14 回
ベトナ
ム
2007 年
第 15 回
オース
トラリ
ア
2008 年
第 16 回
ペルー
2009 年
第 17 回
シンガ
ポール
2010 年
第 18 回
・
「安全で透明性のあるアジア太平洋地域―人間の安全保障の強化」
我々は、数千人の命を奪い、アジア太平洋地域の経済的繁栄と安全の不安定化を意図
した、地域におけるテロ行為を非難した。これらの行為は、APEC の目的である繁栄の
推進及びその補完的使命である安全の強化に対する明らかな挑戦である。
・人間の安全保障を強化することを誓った。
(前文)
・人間の安全保障の強化
我々は、世界中で深刻な脅威となっているテロ行為を非難した。地域の繁栄及び持続
可能な開発を推進するという我々の約束を守り、人々のための安全を確保するという
我々の補足的な使命を果たすため、我々は、あらゆる形態及び姿のテロと闘うための
努力を継続すると決意している。
・人間の安全保障の強化
我々は自然災害に対する我々の地域の脆弱性、および人間の安全保障に対する脅威か
ら生ずる計り知れない人的、経済的損失を度々経験してきた。我々は皆、テロ、感染
症、不法薬物及び汚染された製品、並びに自然災害による国境を越えた潜在的に拡大
しうる、人々と経済に対する新しいリスクと挑戦に直面していることを認識した。
我々は人間の安全保障が経済成長と繁栄にとって不可欠であると確認した。我々は、
人間の安全保障に対する挑戦における協力を強化し、またその際、ビジネスのニーズ
を十分に対応し続けることを決意した。
・地域における人間の安全保障の強化
【テロとの闘い及び地域貿易の安全確保】
人間の安全保障を強化し、自然、事故及び故意による混乱から地域のビジネスと貿
易を保護することは APEC にとって永続的な優先事項であり、また、APEC の中核
的な貿易と投資のアジェンダの中で欠かせない要素である。
【災害リスクの軽減、災害への備えと管理】
地域における災害リスクを軽減し災害への備えと管理を改善することは、地域が直
面する重大な人間の安全保障の問題である。
・人間の安全保障の強化
我々は、中国、日本、フィリピン、チャイニーズ・タイペイ及びベトナムを襲った破
壊的な台風、インドネシアにおける地震及び先般のテロ攻撃が引き起こした人命の損
失と破壊に対し、謹んで哀悼の意を表明する。我々は、アジア太平洋地域における経
済成長と繁栄を持続する上で、人間の安全保障を強化し、ビジネスと貿易の攪乱への
脅威を減少する重要性を再確認する。
・同共同体において、我々は人間の安全保障と経済活動への脅威により良く対応するこ
とができる。
・我々の成長戦略は、構造改革、人材及び起業家精神の育成、グリーン成長、知識基盤
経済及び人間の安全保障といった作業項目を包含する。
・我々は,地域全体において、人間の安全保障に係る基本精神を守護するとともに、す
べての参加エコノミーに対し,地域経済を頓挫させ得る深刻 な脅威を最小化し,それ
に備え,対応するための具体的な手段をとることにより、人間の安全保障を確保する
共同の能力を向上するための取組を継続するよう求める。
APEC および外務省ホームページより筆者作成
100
表 1 について、年ごとに検討していく。
2003 年は、
「人間の安全保障の強化」という項目の中で、
「国際的なテロと
大量破壊兵器の拡散」が APEC の展望に対する「重大な挑戦」であるという
認識が示され、
「人々の安全を確保するという補完的使命にも貢献していく
との認識で一致した」とされている。
2004 年の首脳宣言では、前文に「人間の安全保障を強化し」と述べられて
いる箇所があり、本文では、
「人間の安全保障の強化—経済成長の下支え」と
いう項目が置かれている。域内で発生したテロに言及し、
「人々の安全を確保
するための補完的な使命を再確認した」としている。
2005 年は、
「安全で透明性のあるアジア太平洋地域―人間の安全保障の強
化」という項目において、
「テロ行為」は「APEC の目的である繁栄の推進及
びその補完的使命である安全の強化に対する明らかな挑戦」であるとしてい
る。
2006 年は、前文で「人間の安全保障を強化することを誓った」という表現
が使われている。本文では「人間の安全保障の強化」という項目でテロを非
難し、
「人々のための安全を確保するという我々の補足的な使命を果たす」と
述べられている。
2007 年は、
「人間の安全保障の強化」という項目の中で 3 回「人間の安全
保障」が使用されている。これまでに登場してきた「テロ」と「大量破壊兵
器」に加えて、
「自然災害」や「感染症」
「不法薬物及び汚染された製品」な
どが「人間の安全保障」の課題として挙げられている。一方、前年まで使用
されていた「補完的(補足的)使命」という表現は見られない。
2008 年は、
「地域における人間の安全保障の強化」という項目が二つに分
けられ、
「人間の安全保障」の強化がビジネスの保護につながること、そして
災害への備えが「人間の安全保障」の問題であることが示されている。
2009 年は、
「人間の安全保障の強化」
という項目において、
「破壊的な台風」
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 101
と「テロ攻撃」の犠牲者への哀悼の意が示されている。そして、
「経済成長と
繁栄を維持する上で、
人間の安全保障を強化」
する必要性を再確認している。
2010 年は、項目の設定はないが、本文において「人間の安全保障」が 4 回
使用されている。
「経済活動」
「成長戦略」
「地域経済を頓挫させ得る深刻な脅
威を最小化」
など、
「人間の安全保障」
と経済の強い関連を示す表現が目立つ。
このように 2003 年から 2010 年の APEC 首脳宣言を整理した結果、次の
ことが言える。まず、APEC は「人間の安全保障」に受容的であるというこ
とである。最も多く使われていた「人間の安全保障の強化」という表現から
わかるように、APEC は「人間の安全保障」を推進すべきという認識をもっ
ている。しかし、
「人間の安全保障」とは何を意味するのか。どのような概念
と捉えているのか。明確にされていない。意味や定義を示すような表現は見
当たらず、APEC 加盟国である日本やカナダが主張する「人間の安全保障」
の内容や方向性について触れる記述も見られなかった。
次に特徴的な点は、
「経済成長の下支え」
「経済成長と繁栄にとって不可欠」
「人間の安全保障と経済活動への脅威」など、経済に関係する言葉との併用
が多く見られることである。APEC の目的と一致する表現とともに使用され
ていることから、APEC の主眼である経済分野に「人間の安全保障」を受容
していたと思われる。しかし、APEC は当初から経済分野の概念として「人
間の安全保障」を使用していた訳ではない。これについては、2003 年から
2006 年の間で使用されていた「補完的(補足的)使命」という言葉に注目し
たい。2003 年「人間の安全保障の強化」の項目では「APEC が経済の繁栄を
促進することだけでなく、人々の安全を確保するという補完的使命にも貢献
していくとの認識で一致した」とあり、2006 年には、
「地域の繁栄及び持続
可能な開発を推進するという我々の約束を守り、人々のための安全を確保す
るという我々の補足的な使命を果たすため」と記されている。この「補完的」
および「補足的」という言葉の意味は、欠けているところや不十分なところ
102
を補って完全なものにすることである。
「人々の安全を確保するという補完
的使命にも貢献」という表現は、APEC に欠けている安全保障分野の協力を
指していると考えられる。
「人間の安全保障」を掲げる項目の中で、この表現
が使用されているということは、この頃の APEC は「人間の安全保障」につ
いて安全保障分野の概念として認識していた可能性がある。
また、
「人々の安全を確保する」という表現の中の「人々」は、APEC 加盟
国内の人々が想定されている。それはこの部分の英語の原文が “the
complementary mission of ensuring the security of our people”(下線筆者)
と表現されているように、
「われわれの人々」すなわち加盟国内の人々を指し
ていることがわかる。しかし、2007 年以降は「人々の安全を確保する」
「補
完的(補足的)使命」といった表現は、全く使用されなくなる。この変化に
ついては、次節で検討する APEC の「人間の安全保障」の脅威と合わせて考
察していきたい。
2.APEC による「人間の安全保障」の脅威
表 2 は、表 1 をもとに APEC が「人間の安全保障」の脅威として挙げてき
た項目について整理したものである。直接的に脅威と表現していなくても、
文脈上脅威と捉えていると考えられるものも含んでいる。多数の脅威が挙げ
られている場合、登場とは異なる順で記載している場合もある。
年ごとに見ていくと、2003 年は「国際的なテロ」
「大量破壊兵器の拡散」
が挙げられ、2004 年には実際に加盟国内で発生した「テロ」に言及されてい
る。2005 年、2006 年は「テロ」
、2007 年になると「テロ」と「大量破壊兵
器」に加えて「感染症」
「自然災害」
「不法薬物」など多様な項目含まれるよ
うになる。2008 年には、
「テロ」
「自然」
「災害」となり、2009 年は「テロ」
に加えて、加盟国を襲った「地震」
「台風」が挙げられている。2010 年には、
具体的な課題は示されず、
「地域経済を頓挫させ得る深刻な脅威」という表現
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 103
表 2.
「人間の安全保障」の脅威の内容
年・回
脅威
2003年 第11回 国際的なテロ、大量破壊兵器の拡散
2004年 第12回 テロリズム
2005年 第13回 テロ
2006年 第14回 テロ
テロ、感染症、不法薬物及び汚染された製品、並びに自然災害による国境を
2007年 第15回 越えた潜在的に拡大しうる人々と経済に対する新しいリスク、大量破壊兵
器の拡散
2008年 第16回 テロ、自然、事故及び故意による混乱、地域における災害リスク
2009年 第17回 テロ攻撃、地震、破壊的な台風
2010年 第18回 地域経済を頓挫させ得る深刻な脅威
表 1. を下に筆者作成
が使われている。
表2から、APEC が「人間の安全保障」の脅威として捉えている内容は一
定ではないことがわかる。2003 年から 2009 年までは、常に「テロ」が脅威
として示されていた。2007 年に「感染症」や「自然災害」などが加わったが、
継続することはなく、年によって異なる脅威が示されている。
こうした脅威の変化は、APEC の「人間の安全保障」の認識の変化と対応
している。前節で「補完的使命」という表現が、2003 年から 2006 年までは
使われていたものの 2007 年以降使用されなくなったことを指摘した。同時
期を脅威の内容から見ると、2003 年から 2006 年は、
「テロ」や「大量破壊
兵器の拡散」が示されていた。まさしく安全保障分野における課題である。
ところが、
「補完的使命」
の使用を中止した2007年には脅威の内容は拡大し、
「感染症」や「自然災害」
「不法薬物」も含まれるようになったのである。
こうした点から、APEC は「人間の安全保障」の導入当初は、安全保障分
野の概念として認識していたが、2007 年以降は安全保障分野ではなく、広範
囲な課題を取り上げる包括的な概念として位置づけを変更したといえる。
前節と合わせた検討を踏まえて、APEC による「人間の安全保障」の特徴
104
は以下の四つの点にまとめることができる。
第 1 に、定義や人権との関連を明確に示していないこと。第 2 に、経済成
長と関連づけていること。第 3 に、安全保障の概念から包括的な概念へ位置
づけを変化させ、同時に脅威の内容も拡大したこと。第 4 に、加盟国内の人々
を想定していることである。
では、次に ASEAN における「人間の安全保障」について検討していく。
Ⅲ.ASEAN における「人間の安全保障」
1967 年 8 月 5 日、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポー
ル、タイの 5 か国外相がバンコクに参集し、8 月 8 日に ASEAN 設立を宣言
する「バンコク宣言」が採択され、ASEAN は発足した。その後、ブルネイ、
ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアが順に加盟していき、2010 年現
在、上記 10 カ国で形成される多国間組織である。ASEAN の最高意思決定機
関が、ASEAN 首脳会議(ASEAN Summit)である。
1.ASEAN 首脳会議における「人間の安全保障」
ASEAN 首脳会議に関しては各会議の公開文書が一定でなかったため、
ASEAN 首脳会議ホームページにおいて、それぞれの首脳会議関連資料とし
て公開されているすべての文書について調査した。4 回の非公式会合を含め、
1976 年の第1回から 2013 年の第 23 回首脳会議までを調査し、
「人間の安全
保障」の使用があった文書を整理したものが、表3である。項目は左から、
首脳会議の開催年と回、
「人間の安全保障」の使用があった資料の名称、記述
箇所の抜粋の四項目で整理している。
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 105
表 3.ASEAN における「人間の安全保障」
開催順
1999 年
第 3 回非
2000 年
第 4 回非
2001 年
第7回
資料名
議長声明
2002 年
第8回
東アジア研究グ
ループの最終報
告書
2004 年
第 10 回
ASEAN 社会文
化共同体の行動
計画
ASEAN と韓国
との包括的協力
パートナーシッ
プに関する共同
宣言
ASEAN 憲章に
関する賢人会議
報告書
2007 年
第 12 回
ASEAN 賢人会
議報告書
第 7 回エイズに
関する ASEAN
サミット宣言
記述箇所の抜粋
人間の安全保障、地域的アイデンティティと弾力性、そしてアセ
アンの活動に関する話し合いを歓迎した。
18 ヵ所(human security and development)
[4] エイズの流行は、人間の安全保障を脅かすものであり、年
齢、性別、人種の区別に関係なく社会のすべての層に影響を与
え、社会的経済的発展を損なう人間の尊厳と生きる権利への手ご
わい挑戦である。
① 国家安全保障に対する国際テロの影響を考慮し、東アジアの
国々は国境を超える問題に対する協力を強化することに合意して
きた。この点では、東アジア研究グループも東アジアの国々は人
間の安全保障と地域の安定性に影響を与える国境を超える課題に
対する協力と協議を強化するべきであるという意見である。②
東アジア研究グループは、貧困は社会正義と人間の安全保障を脅
かし、結果的に社会不安を引き起こす根本原因の一つであると認
識する。③ 貧困は、社会正義と人間の安全保障を脅かし、地域
的不安定を生み出す様々な問題の根本原因の一つである。④ グ
ローバル化の中で、著作権侵害や麻薬密売、不法移民、小型武器
の密輸、資金洗浄、サイバー犯罪、国際テロなど多様な非伝統的
安全保障の問題と人間の安全保障に影響を与える問題は、より組
織的、多角的になり広がっている。
6. ASEAN 社会文化共同体の行動計画の下、 思いやりのある社
会の ASEAN 共同体構築の目標は、次の懸念に対処する· 人間の
安全保障の基本的な要件として、食料安全保障と安全性を高める。
グローバル化と地域統合の多面的な課題と同様に、人間の安全保
障に影響を与える伝統的そして非伝統的問題を認識し、より論理
的で地域レベルでの応答を必要とする。
PART I: 戦略的調査―ASEAN コミュニティ構築へ向けた大い
なる勢い
ASEAN はダイアログパートナー(対話相手)との
関係を強化し、増加する国境を越えた課題に対処する必要があ
る。この関連において、ASEAN は人間の安全保障の促進、特に
人権と国際人道法の尊重に努力を惜しまなかった。ASEAN
は、国際テロ、国境を越える犯罪、SARS、2004 年の津波災
害、現在では鳥インフルエンザなどに取り組むための国際的支
援と協力の動員に尽力している。これらの国境を越えた人間の
106
安全保障に対する脅威は、この地域の一国や一政府で対処でき
るものではない。
PART II: 新たな ASEAN へ向けて―ASEAN ビジョンの実現
ASEAN 共同体を超えて、加盟国は最終的に、安全保障、経済、
社会文化的統合という密接に絡み合い相互に補強しあう三つの
柱で構成される ASEAN 連合の形成を進めるべきである。そこ
では、人権と基本的自由が法の支配と地域統合によって保護さ
れ、人間の安全保障はすべての ASEAN 市民に保証されてい
る。
日本は、アセアンプラス 3 の女性委員会の準備会合においてリー
ダーを更新し、2007 年 7 月に開催し成功したシンポジウムに引
き続いて、翌年再び「女性と貧困撲滅に関するアセアンプラス 3
人間の安全保障シンポジウム」を開催することを提案した。
三つ目のゴールは、すべてのために人間の安全保障を強化すること
です。我々は我々の地域や人々が直面している変化―世界的経済・
金融危機、気候変動、食糧とエネルギー安全保障、感染症や自然災
害といったことにまとめて対処するため共に仕事をしてきた。
2007 年
第 13 回
第 11 回
ASEAN プラス
3 の議長声明
2009 年
第 15 回
閉会式における
タイ王国首相の
声明
2011 年
第 19 回
日 ASEAN 行動 ① ミレニアム開発目標のための ASEAN ロードマップを考慮す
計画
ること、その上 2015 年を超えた国際的課題と人間の安全保障の
強化に協力する。
② 東日本大震災の経験と教訓と人間の安全保障の重視を共有の
目的として、2012 年に被災地の東北地方で国際会議を開催し、
2015 年に第 3 回国連防災世界会議を主催するとの日本の提案を
歓迎した。
議長声明
強調する点は、アジア太平洋地域において、特に自由で開かれた
貿易と投資というボゴール目標の促進および人間の安全保障の構
築と同様に人材育成の強化において APEC が果たす重要な役割
である。
日 ASEAN 首脳 人間の安全保障を強調するとともに、東日本大震災を含む世界の
会議議長声明
大規模自然災害の経験と教訓の共有を通して、回復力のある社会
の構築への貢献を目的として 2012 年に東北で開催された世界防
災会議の成功を歓迎した。
議長声明
強調する点は、アジア太平洋地域において、特に自由で開かれた
貿易と投資というボゴール目標の促進および人間の安全保障の構
築と同様に人材育成の強化において APEC が果たす重要な役割
である。
議長声明
人間の安全保障と経済と同様に、人間生活と環境の重要な側面と
して水の重要性を繰り返し説く 2013 年のチェンマイ宣言を歓迎
する。
2012 年
第 21 回
2013 年
第 22 回
2013 年
第 23 回
ASEAN 事務局ホームページを下に筆者作成
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 107
表 3 を年ごとに検討する。ASEAN 首脳会議で「人間の安全保障」が最初
に登場したのは、1999 年であった。非公式会合であるが、議長声明で「人
間の安全保障」が使用されている。
2000 年の第4回非公式会合では、賢人会議報告書で「人間の安全保障」が
使われている。全体で 18 カ所におよび、そのすべてが “human security and
development”と記されている。
2001 年は、第 7 回エイズに関する ASEAN サミット宣言で使用された。
「エイズの流行」が「人間の安全保障」を脅かすとされている。
2002 年の会合では、
東アジア研究グループ最終報告書に
「人間の安全保障」
が使用されている。東アジア研究グループは韓国の主導で設置され、各国の
次官補級で構成されるグループである。
「人間の安全保障と地域の安定性に
影響を与える国境を超える課題」に対する協力を強化すべきとしている。
2004 年には、二種類の資料で「人間の安全保障」が使用されている。
ASEAN 社会文化共同体行動計画と大韓民国との共同宣言である。
2007 年は、ASEAN 憲章に関する賢人会議報告書において「人間の安全保
障」の使用がある。
「ASEAN は人間の安全保障の促進、特に人権と国際人道
法の尊重に努力を惜しまなかった」さらに、
「人権と基本的自由が法の支配と
地域統合によって保護され、人間の安全保障はすべての ASEAN 市民に保証
されている」と記されている。
「人間の安全保障」に関連して「人権」に触れ
ているのはこの文書だけである。
同じく 2007 年に開催された第 13 回会議では、ASEAN プラス 3 の議長声
明において、
「女性と貧困撲滅に関する ASEAN プラス3人間の安全保障シ
ンポジウム」の開催ついて述べられている。
2009 年にはタイの首相が閉会式で「人間の安全保障を強化する」必要性を
訴え、多様な課題を列挙している。
2011 年には、日 ASEAN 行動計画と首脳会議議長声明の二つで「人間の
108
安全保障」が使われている。日 ASEAN 行動計画では、
「東日本大震災」と関
連した文脈で使われている。議長声明では、APEC に関する記述の中で「人
間の安全保障」が登場している。
2012 年は、日 ASEAN 首脳会議議長声明で「人間の安全保障」が使用さ
れ、世界防災会議の成功を歓迎する内容となっている。
2013 年の第 22 回議長声明は、
2011 年の議長声明と同内容が記されている。
同年の第 23 回議長声明では、水の重要性を強調するチェンマイ宣言に触
れる中で、
「人間の安全保障」が使用されている。
このように 1999 年から 2013 年の ASEAN 首脳会議の関連文書を整理し
た結果、以下のことがいえる。まず、
「人間の安全保障」が使われている文書
の種類は一定ではなく、
議長声明、
賢人会議報告書、行動計画など多様である。
次に、ASEAN も「人間の安全保障」に対して受容的態度であるというこ
とである。
「人間の安全保障の強化」や「人間の安全保障の重視」など、肯定
的な表現が使用されている。しかし、APEC と同様に「人間の安全保障」の
意味や定義を示すような表現は見当たらず、日本やカナダが主張する内容や
方向性に触れる記述も見られなかった。
さらに、
「発展」
「社会正義」
「地域の安定」など ASEAN の掲げる目標や方
向性と一致する言葉が共に使用されていることが目立った。このような使用
方法も、APEC と共通する点である。
「人権」は、2007 年の ASEAN 憲章に関する賢人会議報告書で登場して
いた。ただ、
「人権」と「人間の安全保障」を並列に述べているにとどまり、
この記述から両概念の関係についての認識を読み取ることはできない。同文
書には、
「人間の安全保障」はすべての「ASEAN 市民に保証されている」と
の記述がある。この表現から、ASEAN も「人間の安全保障」の対象となる
人々として ASEAN 域内の人々を想定していると考えられる。
次節では、ASEAN が掲げる「人間の安全保障」の脅威について検討する。
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 109
2.ASEAN による「人間の安全保障」の脅威
表 4 は、前節の表 3 をもとに、ASEAN が「人間の安全保障」の脅威とし
て挙げてきた内容を整理したものである。左から、首脳会議開催年、回、資
料名、脅威の四項目で整理している。APEC の場合と同様に、直接的に脅威
と表現していなくても、文脈上脅威と捉えていると判断されるものも含んで
いる。具体的な脅威が示されていない場合には、棒線を引いた。
表 4. ASEAN における「人間の安全保障」の脅威
開催順
資料名
1999 年 議長声明
第 3 回非
2000 年 アセアン賢人会議
第 4 回非 レポート
2001 年 第 7 回エイズに関
第 7 回 するASEANサミッ
ト宣言
2002 年 東アジア研究グル
第 8 回 ープの最終報告書
2004 年 ASEAN社会文化共
第 10 回 同体の行動計画
ASEANと韓国との
包括的協力パート
ナーシップに関す
る共同宣言
2007 年 ASEAN憲章に関す
第 12 回 る賢人会議報告書
2007 年 第 11 回ASEANプ
第 13 回 ラス 3 の議長声明
2009 年 閉会式におけるタ
第 15 回 イ王国首相の声明
2011 年 日ASEAN行動計画
第 19 回 議長声明
2012 年 日ASEAN首脳会議
第 21 回 議長声明
2013 年 議長声明
第 22 回
2013 年 議長声明
第 23 回
表 3 を下に筆者作成
脅威
―
―
エイズ
国際テロ、貧困、著作権侵害、麻薬密売、不法移民、小型
武器の密輸、資金洗浄、サイバー犯罪
食料安全保障
伝統的そして非伝統的問題
国際テロ、国境を越える犯罪、SARS、2004 年の津波災害、
鳥インフルエンザ
女性と貧困
世界的経済・金融危機、気候変動、食糧とエネルギー安全
保障、感染症や自然災害
東日本大震災
―
東日本大震災を含む世界の大規模自然災害
―
―
110
表 3 を順に見ていく。最初に示された脅威は、2001 年のエイズである。
2002 年には、
「国際テロ」から「サイバー犯罪」まで多様な八つの項目が
示されている。
2004 年の文書では、
「食料安全保障」が課題として捉えられている。さら
に、
「伝統的・非伝統的問題」という表現がある。
2007 年は内容がより具体的になり、
「国際テロ、国境を越える犯罪、SARS、
2004 年の津波災害、鳥インフルエンザ」と、ASEAN 加盟国が実際に被った
災害や、国際的問題が挙げられている。ASEAN プラス 3 の文書では、シン
ポジウムの表題ではあるが「女性と貧困」が「人間の安全保障」と関連づけ
られている。
2009 年のタイの首相声明では、
「世界的経済・金融危機、気候変動、食糧
とエネルギー安全保障、感染症や自然災害」などが脅威として示された。
2011 年と 2012 年には、日本と関係する文書の中で、
「東日本大震災」や
「世界の大規模自然災害」が示されている。
表 4 から次のことが言える。ASEAN が最初に脅威と示した課題はエイズ
であった。しかし、その後の文書でエイズが示されることはなかった。
ASEAN が「人間の安全保障」の脅威として捉える課題は一定ではない。文
書ごとに内容が変化し、
具体的かつ多様な問題が含まれている。
したがって、
ASEAN は当初から「人間の安全保障」を安全保障の概念として認識してい
なかったと考えられる。安全保障に限らず、その他特定の分野の概念として
位置づけていない。ASEAN がその時直面している問題や、議論の的となっ
ている政策課題等を取り上げる用語として使用する傾向にある。
前節での検討も加えて整理すると、ASEAN による「人間の安全保障」の
特徴は以下の四点にまとめることができる。第 1 に、定義や人権との関係を
明確にしていないこと。第 2 に、ASEAN の目標と関連づけていること。第
3 に、安全保障の概念ではなく、その時の状況に応じた概念としているため、
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 111
脅威の内容が一定ではなく変化すること。
第 4 に、
対象として加盟国内の人々
を想定していることである。この 4 点の特徴は、ほぼ APEC と共通してい
る。
こうした特色のある使用方法がいかなる意味をもつのか、
次に考察する。
Ⅳ.おわりに
ここでは、東南アジアにおける「人間の安全保障」について、日本やカナ
ダとの比較を通して検討していきたい。
東南アジアの「人間の安全保障」の特徴 4 点は(1)定義や人権との関連を
明確に示さない。
(2)自らの目的と関連づける。
(3)安全保障の概念として
扱わず、脅威が多様である(4)対象として加盟国内の人々を想定している。
であった。
こうした特徴は、メアリー・カルドーによる指摘「アジアにおける『人間
の安全保障』は西洋でのそれに比べて共同体に力点を置くという特徴を見せ
る。
」との内容を裏付けるものである(11)。東南アジアは、
「人間の安全保障」
を共同体の目標や方針に沿って受け入れ、その脅威として共同体が抱える問
題を扱う。対象は共同体内部の人間とし、共同体内で調和がとりづらい人権
や安全保障とはほとんど関連性を持たせない。共同体の維持と発展を軸とし
た「共同体に力点を置く」使用方法が採用されることによって、
「人間の安全
保障」はほとんど抵抗を受けることなく共同体に導入されている。
このように自らの内部に「人間の安全保障」を取り入れる姿勢は、日本や
カナダと大きく異なる特徴である。日本やカナダが「人間の安全保障」の問
題とするのは、発展途上国の貧困や、紛争中の国家・地域の人々の安全であ
る。そのため外交政策の一つと位置づけ、対象とするのは主として自国外の
人々や課題である。それに対し、東南アジアが対外的に「人間の安全保障」
112
を掲げる姿勢は見られない。
日本やカナダは、国連をはじめとする国際機関、各国家への働きかけを通
じて国際社会に「人間の安全保障」の流れを作ってきたが、東南アジアには
その流れとは別の「人間の安全保障」が存在している。外交政策ではなく、
共同体内の公共政策分野における問題解決を推進するキーワードとしての役
割を担った「人間の安全保障」である。
こうした東南アジアの「人間の安全保障」の背景には、アチャリヤが指摘
していたように 1997 年の経済危機以降の国境を超える問題の頻出と、それ
に対する協力の必要性の高まりがある。国境を超える問題に取り組む中で、
そうした問題によって大きな影響を受け、最も犠牲となる人々の生活に視点
を置くことの重要性が東南アジアでは認識されてきたのではないだろうか。
山影進は ASEAN における非政府組織(NGO)の参加が進んでいる現状を
踏まえて、次のように指摘している。
「ASEAN 首脳会議などで繰り返して確認されている常套句は、人民中
心(people-centered)ないし人民志向 (people-oriented)の ASEAN で
ある。発足以来、首脳や閣僚級の継続的会議外交の場としての ASEAN
が、東南アジアで生活している人々をも視野にいれた地域共同体として
の ASEAN に変わろうとしていることを感じさせる文言である。この変
化は、やはり 2003 年の第二 ASEAN 協和宣言採択以降の動きと言って
良いであろう。そして、ASEAN 憲章は『われわれ東南アジア諸国連合
(ASEAN)加盟国の人民は』(WE, THE PEOPLES of the Member
States of the Association of Southeast Asian Nations(ASEAN)
)という書
き出しで始まっている」(12)
「ASEAN 首脳会議」などで「人民中心」
「人民志向」といった言葉が「常
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 113
套句」のように使用されていることについて、山影は ASEAN が「生活して
いる人々をも視野にいれた地域共同体」に変わろうとしていることを感じさ
せるとしている。こうした「変化」を、2003 年以降の動きと見ているが、そ
の時既に東南アジアにおいて「人民中心」
「人民志向」という言葉が登場する
素地が整っていたことをうかがわせる。
「人民」つまり「人間」を「中心」に
据える観点の広がりが、
「人間の安全保障」の受容を可能にし、自らの内部に
取り込んで問題解決に活用するという姿勢につながったのではないだろうか。
その結果、日本やカナダとは異なる独自の「人間の安全保障」の観点を生ん
だといえる。
以上の検討から、東南アジアにおける「人間の安全保障」の特徴を明らか
にしてきたが、本稿で検討することができたのは公式文書における使用方法
という限定的な一側面に過ぎない。さらに考察を深めるには、東南アジアを
取り巻く国際状況の変化や加盟国の事情等を含めて検討する必要がある。今
後の課題としたい。
《注》
(1)UNDP(1994)pp.22-24 邦訳国連開発計画(1994)
『人間開発報告書』
。
(2)人間の安全保障委員会は 2003 年に最終報告書を当時のアナン国連事務総長に提出した。
Commission on Human Security(2003)邦訳人間の安全保障委員会(2003)
『安全保障
の今日的課題』
。
(3)2000 年に International Commission on Intervention and State Sovereignty(ICISS)
「介入と国家主権に関する国際委員会」が創設され、2001 年に Responsibility to Protect
Research Bibliography 邦題『保護する責任』と題する報告書が提出された。カナダの取
り組みについては、加藤普章(2001)
、塚田洋(2005)など。
「人間の安全保障」と「保
護する責任」については、2005 年の国連総会首脳解剖成果文書で両概念が異なるパラグ
ラフで明記されたことにより、区別が示されたとされている。
(4)人間の安全保障委員会の共同議長の一人アマルティア・センは、同委員会の報告書にお
114
いて「
『人間の安全保障』を人権の一部と考えることの利点」について述べている。人間
の安全保障委員会、前掲書 35 ページ。メアリー・カルドーは「国家に基礎を置く伝統的
なアプローチから『人間の安全保障』アプローチを分かつのは、人権の第一義性である。
」
と述べている。メアリー・カルドー(2011)270 ページ。
(5)当時の主張や状況などについては、大沼保昭(1998)
、阿部浩己(1997)
、平野健一郎
(1998)など。
(6)アムネスティ・インターナショナル http://www.amnesty.or.jp/news/2012/1113_3619. html
やフォーラム・アジア http://www.forum-asia.org/?p=15609 など(最終閲覧日 2014 年 5 月)
。
(7)実際、1998 年 7 月フィリピンで開催された ASEAN 拡大外相会議において、当時のイ
外相スリン・ピツワン氏が「人間の安全保障」に関する会合の設定を提案している。
(8)Acharya Amitav(2007)p.22.
(9)小和田恒、山影進(2002)135 ページ。
(10)Nishikawa, Yukiko(2009)pp.226-227.
(11)メアリー・カルドー(2011)p.ⅷ.
(12)山影進(2010)166 ページ。
《参考文献》
・阿部浩己(1997)
「アジアの人権―地域人権機構への道」日本国際問題研究所『国際問題』
No.449 21-6 ページ。
・大沼保昭(1998)
『人権、国家、文明―普遍主義的人権観から文際的人権観へ―』筑摩書房。
・小和田恒、山影進(2002)
『国際関係論』放送大学教育振興会。
・加藤普章(2001)
「カナダ外交の人間の安全保障論」勝俣誠編『グローバル化と人間の安
全保障―行動する市民社会』日本経済評論社。
・塚田洋(2005)
「カナダ外交における『人間の安全保障』
」国立国会図書館『レファレンス』
651 号、2005 年 4 月 55-69 ページ。
・堤功一(2002)
「保護する責任(The Responsibility to Protect)―介入と国家主権につい
ての国際委員会報告(2001 年 12 月)
」立命館法学会『立命館法学』2002 年 5 号(285 号)
355-365 ページ。
・人間の安全保障委員会(2003)
『安全保障の今日的課題』朝日新聞社。
・平野健一郎(1998)
「アジアの人権」日本国際問題研究所『国際問題』No.459 43−58 ペ
ージ。
・メアリー・カルドー(2011)山本武彦、宮脇昇、野崎孝弘訳『
「人間の安全保障」論 グ
東南アジアにおける「人間の安全保障」―APEC と ASEAN を中心に― 115
ローバル化と介入に関する考察』法政大学出版局。
・ポール・エヴァンス(和田賢治訳)
(2004)
「人間の安全保障をめぐるアジアからの視座—
保護責任とは何か」佐藤誠・安藤次男編『人間の安全保障:世界危機への挑戦』東信堂 227255 ページ。
・山影進(2010)
「ASEAN の変容と広域秩序形成」渡邉昭夫編『アジア太平洋と新しい地
域主義の展開』千倉書房 155-179 ページ。
・Acharya, Amitav(2001)“Human Security : East Versus West” in International Journal
16(3), pp.442-460.
・ Acharya, Amitav ( 2007) Promoting Human Security: Ethical, Normative and
Educational Frameworks in South-East Asia. UNESCO, Paris.
・Evans, Paul M. (2004) “Human Security and East Asia: In the Beginning,” in Journal
of East Asian Studies 4 ,pp.263-284.
・ International Commission on Intervention and State Sovereignty ( 2001 ) The
Responsibility to Protect: Research Bibliography, Background, Ottawa.
・Nishikawa, Yukiko. (2009) “Human Security in Southeast Asia: Viable Solution or
Empty Slogan?” in Security Dialogue, vol.40, no.2, April 2009.
《参考ホームページ》
Asia-Pacific Economic Cooperation(APEC 事務局ホームページ)http://www.apec.org/
Association of Southeast Asian Nations(ASEAN 事務局ホームページ)http://www.aseansec.org/
(長尾名穂子 創価大学非常勤講師)
116
《書評》
玉井雅隆著『CSCE 少数民族高等弁務官と平和創造』
(国際書院,2014 年 7 月、325 頁)
臼井 実稲子
周知のように、ヨーロッパには安全保障に関する機構が重層的に存在し、
地域の安定化を図ってきた。その中にあって、1975 年に設立された全欧安保
協力会議(CSCE:Conference on Security and Co-operation in Europe)
は、経済から人権に至るまでの包括的な分野を対象とし、ヨーロッパ全体の
信頼醸成に寄与してきた。冷戦後、1992 年 7 月の CSCE ヘルシンキ首脳会
議において、域内の安定を追及する枠組みとして、紛争予防、危機管理、紛
争解決のため、CSCE の機能強化が合意された。1995 年 1 月に欧州安保協
力機構(OSCE:Organization for Security and Co-operation in Europe)
として機構化された後は、予防外交や非強制的手段を基本とした活動を行っ
てきた。中心的活動である選挙支援・選挙監視任務等により、欧州安保にお
いてその存在感は強まっている。
本書のタイトルにある、少数民族高等弁務官(High Commissioner on
National Minorities)職は 1992 年に新設され、爾来、少数民族問題をめぐ
る紛争を未然に防止するため、早期警告を発出するとともに、関係当事者に
対して助言、勧告を行うなどの役割を担っている。初代弁務官にはオランダ
の元外相ストールが就任し、現在では第 4 代目となるトルス前フィンランド
移民問題相が 2013 年 8 月よりその任に当たっている。
本書は、少数民族高等弁務官職の新設が CSCE において決定するまでの過
程を分析し、国際レジーム論を用いて、ヨーロッパにおけるナショナル・マ
イノリティに関する規範の変容を明らかにすることを目的としており、著者
《書評》玉井雅隆著『CSCE 少数民族高等弁務官と平和創造』 117
の学位請求論文に加筆修正した著作である。
本書は 2 部構成になっており、第Ⅰ部「ナショナル・マイノリティと紛争
予防」では、当該研究に理論的視座を与えることを目的とし、第Ⅱ部「CSCE
におけるナショナル・マイノリティと少数民族高等弁務官成立過程」では、
同過程を具体的に検討している。
以下、章立てに従い、議論を整理する。
序章で著者は、1990 年から 2009 年までの地域別武力紛争発生件数におい
て、ナショナル・マイノリティに起因する武力紛争がヨーロッパで減少し、
とくに中東欧諸国が安定化した要因として、少数民族高等弁務官の活動は無
視できないと指摘する。初代弁務官が「静かな外交」と評した少数民族高等
弁務官の活動の成果を強調している。
第Ⅰ部第 1 章ナショナル・マイノリティと国際社会では、ナショナル・マ
イノリティの定義をめぐる議論、自決権との関係、そしてマイノリティの国
際社会における位相の変容を検討している。ナショナル・マイノリティ問題
を考察する際に、他国に血縁上の母国が存在し続けている「ナショナル・マ
イノリティ」を先住民族や移民労働者などのマイノリティから分離して捉え
るマイノリティ紛争研究者ガーの定義を援用し、ナショナル・マイノリティ
を以下のように定義している。すなわち、
「同族が隣接した国家(血縁上の母
国)を有しているが、彼らが現在居住している国家における現時点での少数
派である、政治的自立性を有した歴史を持つ、国家に跨る集団」とする。
第 1 章ではさらに、国際連盟、国際連合、国際司法裁判所、欧州審議会、
EU、そして CSCE/OSCE の諸機関が、ナショナル・マイノリティの権利保
護、およびナショナル・マイノリティに起因する紛争にどのような対応を行
ってきたかを検討している。第一次世界大戦後に中東欧で成立した国家は、
いずれも国内にナショナル・マイノリティを抱える国々であった。これら国
内のナショナル・マイノリティの処遇には国際連盟による保障、二国間条約
118
による保障、
平和条約による保障などの様々な保障メカニズムが存在したが、
その一部は結果的に機能せず、第二次世界大戦が勃発した。連合国による戦
後構想において、ナショナル・マイノリティの位置づけをめぐる議論では、
アメリカやフランスの反対により、ナショナル・マイノリティの保護は人権
保護にとってかわられた。冷戦下、ナショナル・マイノリティの統一的な議
論は行われることは無かった。
マイノリティの権利は政治的自治と文化的自治に大別されるが、ヨーロッ
パのように多くの国がナショナル・マイノリティの問題を抱えている場合に
は、政治的自治が分離独立につながる危険性があるため、政治的自治には消
極的対応にならざるを得なかった。マイノリティの権利が集団として承認さ
れるべきか、あるいは個人として承認されるべきかが、ナショナル・マイノ
リティをめぐる諸機関での議論の争点であった。
特筆すべきは、CSCE では、ナショナル・マイノリティの定義に関する議
論が 1991 年に開始したが、結局定義しないで終わったという事実である。
ナショナル・マイノリティ問題を取り扱う欧州審議会や CSCE/OSCE では、
ナショナル・マイノリティは定義の問題でなく、事実上の問題であり、さら
に、CSCE/OSCE は実務上において、紛争予防概念と結合することで、定義
の必要性を回避することが可能となったと著者は指摘する。
第 2 章「ナショナル・マイノリティ・レジームと規範」では、CSCE 少数
民族高等弁務官の成立過程およびヨーロッパにおけるナショナル・マイノリ
ティ政策の変化を追うことで、
欧州国際政治の動態を探ることが目的とされ、
そのためのツールとして国際レジーム論が用いられている。第二次大戦以降
の国際政治においてナショナル・マイノリティの問題は人権領域において扱
われてきた。そしてナショナル・マイノリティの問題についての判断は主に
規約人権委員会が下してきており、ナショナル・マイノリティ問題は人権レ
ジームとして取り扱うことが妥当であった。しかし、東欧諸国における政治
《書評》玉井雅隆著『CSCE 少数民族高等弁務官と平和創造』 119
変動が状況を変えた。東西間での人権観の差異はなくなり、西欧の人権概念
はヨーロッパの人権概念へと統一された。そして冷戦後のヨーロッパにおけ
る民族紛争の勃発が、ナショナル・マイノリティ問題を人権の問題でなく、
紛争予防の観点からとらえる必要性を生みだし、
CSCE におけるナショナル・
マイノリティ問題に関する議論に変化が生じることになる。すなわち、マイ
ノリティ規範と安全保障(紛争予防)規範の接合が可能となり、その結果が
少数民族高等弁務官職の新設であったと著者は分析する。
第Ⅱ部では、CSCE におけるナショナル・マイノリティ問題がどのように
変容し、
少数民族高等弁務官設置に至ったのかを明らかにしている。
その際、
ナショナル・マイノリティ問題に対する CSCE 参加国の言説を軸に、1973
年から 1992 年を 4 期に分けている。すなわち、第 1 期が 1973 年のジュネ
ーブ交渉から 1989 年のウィーン再検討会議に至る期間、第 2 期が 1990 年
のコペンハーゲン人的側面会議からパリ首脳会議、第 3 期は 1991 年のジュ
ネーブ少数民族専門家会議からモスクワ人的側面会議、第 4 期がプラハ閣僚
級理事会以降となっている。
オランダが推進したナショナル・マイノリティに対する特別職設置案は、
イギリス・アメリカなどからの反対があったにもかかわらず、ヘルシンキ文
書に少数民族高等弁務官設置が記載されることになった。オランダの提案は
マイノリティ規範でなく、安全保障規範の観点からの提案であったことが、
その成功要因とする。その他の要因として、在外ロシア人問題と国内のマイ
ノリティ問題を抱えていたロシアが、ワルシャワ条約機構解体後の自国を含
めた全欧規模の安全保障に関して CSCE に期待を寄せていたこと、マイノリ
ティの集団的権利承認を問題にしていなかったこと、中東欧諸国が EC や
NATO 加盟を目的としており、外交上西側協調路線であったこと、ユーゴス
ラビア紛争が全欧規模の安全を脅かすという認識が存在していたこと、そし
て介入の被対象国になりうる諸国が CSCE の参加資格を停止されているこ
120
とを著者は挙げている。
終章では、第Ⅱ部を踏まえて、少数民族高等弁務官成立過程の 1 期から 4
期をレジーム論の観点から分析し、とくにレジームの基盤となる規範の形成
と接合、規範意識の変容を中心に、再度議論を展開している。最後に、少数
民族高等弁務官職の今後について触れ、ヨーロッパにおける新しいマイノリ
ティである移民労働者への対処の必要を挙げている。
本書で取り上げられている少数民族高等弁務官、そしてその成立過程につ
いて、CSCE/OSCE のこれまでの研究では光があてられることはなく、体系
的に扱う研究は存在しなかった。また、CSCE のマイノリティ政策に関して
このように詳細な検討をおこなった研究もないという点で、欧州安全保障研
究のみならず、当該分野の研究において必読の書といえよう。著者が 2007 年
に OSCE の現地調査員としてプラハに赴いた折入手したと思われる、OSCE
の 6 か国語(英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ロシ
ア語)の資料を丹念に分析していることがうかがわれる。もちろん、一次資
料のみならず、日本を含めた各国の研究論文も網羅しており、研究の質を高
める一因となっている。
さらに、分析枠組みとして、国際レジーム論に依拠しつつも、それのみに
とどまらない独自性があり、また、マイノリティ保護枠組みに関して、CSCE
のみならず、EU や欧州審議会など他のアクターも視野にいれて研究を行っ
ている点も評価されよう。
敢えて、著者に求めるならば、第Ⅰ部第 1 章第 3 節の欧州国際政治におけ
るナショナル・マイノリティ保護枠組みについては、戦間期に同様の枠組み
が存在していたことがあり、その点も含めて今後は、より歴史的視野を広げ
た研究を期待したい。また著者が終章で述べているように、EU および欧州
審議会におけるナショナル・マイノリティの位相についての研究も期待した
い。さらに、評者の関心から、2014 年のロシアによるクリミア半島の併合を
《書評》玉井雅隆著『CSCE 少数民族高等弁務官と平和創造』 121
はじめとするウクライナ問題に対する OSCE 少数民族高等弁務官の対応に
ついての著作も期待するところである。
(臼井 実稲子 駒沢女子大学人文学部教授)
122
《ENGLISH SUMMARY》
General Picture of Global Governance: Its Multi-layered Structure
By Takehiko Yamamoto
Professor Emeritus, Waseda University
In this article, general picture of global governance will be described from the
angle of multi-layered structure of governance in world politics, economies and
social interactions between and among the international actors. Global
governance is often defined in terms of what it is neither a world government
nor the chaos and anarchy associated with a Hobbesian ‘state of war of all
against war’. In his edited book published in 1992, James Rosenau defined global
governance in general terms as ‘an order that lacks a centralized authority with
the capacity to enforce decisions on a global scale.’ Such collective security
arrangements as the peace keeping operations (PKOs) in the United Nations,
however, well organized and operated in some cases especially since the early
1990’s when the global Cold War ended. It should be, therefore, said that global
and/or regional governance system in security and functional affairs as well has
been regained their original purposes and taken their own roles in a large
momentum.
It is certain that the progress of globalization has brought about and
expanded the discrepancies in world economy especially in terms of North-South
conflict and disintegration in economic and social development, on the one hand.
However, the issues like global and regional governance in environmental issues
beyond national frontiers have raised the common needs for trans-boundary
cooperation in keeping the global and/or regional commons for all of the humanbeing, on the other. In both aspects of conflict and cooperation in current world
affairs, we are able to find out the multi-layered facets of global governance; that
is, global governance, regional governance, national governance, local
governance, corporate governance and civil governance. These six facets of
governance from global to civic level are, need-less-to-say, complicatedly
intertwined each other in each issue area. In this article, some cases related to
multi-layered aspects of global governance are analyzed respectively.
In conclusion, the article touched upon the possibilities and difficulties of
building an appropriate and acceptable system of global governance for all actors.
Especially, it emphasized the difficulties to construct the edifice for keeping the
value for human rights, legitimate political authority, multilateralism, and
approach ‘from below’.
English Summary
123
International Norms and Multilateral Negotiations
—A Comparison Analysis of GATT and WTO Rounds—
By Satoshi Oyane
Professor, Doshisha University
How are international norms established, and how do they transform? A
numbers of theoretical and empirical studies have sought to identify the factors
affecting this issue, and they have been argued that the bureaucracies of
international organizations, NGOs, and so on, play particularly important roles.
However, do these roles constitute the normal track in the process of developing
international norms? Is it not in fact the case that international norms generally
develop through multilateral negotiations among governments? In this paper, I
analyze systematically multilateral negotiations, a field in which little research
has been conducted, and investigate factors that cause international norms to
develop or that development to stagnate.
In multilateral negotiations, coalitions among nations and issue-linkages
among negotiating issues are emerged. This results in negotiations becoming
less complex and makes it easier for international agreement to be reached. In
international negotiations, established international norms (in the case of
GATT/WTO, the way that free trade norms and development norms are
integrated) affect the nature of coalitions and issue-linkages. This in turn
impacts on international norms, which probably affects the way international
norms develop. In this paper, I analyze and compare three cases: (1) the period
from the first Round of GATT until the Tokyo Round, (2) the Uruguay Round,
and (3) the WTO Doha Round.
According to this analysis, the Uruguay Round and the Doha Round were
contrastive. The former achieved success in the development of international
norms, and the latter lacked progress. The main factor was that while the former
had widely established free trade as the norm in many countries, the latter saw
a split between countries emphasizing the free trade norm and countries giving
weight to the development norm. As a result, while both rounds saw increases
in both coalitions among nations and issue-linkages, these had contrasting forms,
so the Uruguay Round led to the remarkable international agreement whereas
the Doha Round saw negotiations result in deadlock.
124
Cross-over between a Global Tax and Global Environmental
Governance in Climate Financing Governance:
—Present and Future of Green Climate Fund—
By Takehiko Uemura
Professor, Yokohama City University
This paper strives to demonstrate as to how deep the potential of a global tax
would be in making climate financing governance just and effective. A global
tax is defined as a system of taxation that globally imposes taxes on global assets
and activities. While it intends to reduce negative impacts of the global
activities, it is set to redistribute the revenue raised for the purpose of both
providing and realizing global public goods.
A global tax could generate huge finance necessary for tackling climate
change. While it is estimated $195 billion required annually to tackle climate
change, implementation of global financial transaction tax could generate $655
billion per year, for instance. A global tax could also democratize global
governance that is often regarded as “governance of 1%, by 1%, for 1%”. It is
because once a global tax is to be implemented, governance must be changed to
be transparent and democratic in order to fulfill accountability to both countless
and diversified tax payers.
The paper tries to show these potentials by examining climate financing
governance, especially one of the Green Climate Fund (GCF) that aims at
financing $100 billion per year for dealing with climate change. The executive
board of GCF is the key to be examined. Not only is the number of the board
equal between the North and the South, GCF also creates “active observers” and
the “Private Sector Advisory Group”, allowing civil society and corporations to
participate in the board, giving their voices in the heart of the decision-making
of the board. GCF has also established the “Independent Evaluation Unit”
under the board, which can be seen as positive in terms of accomplishing
accountability.
The basic reason for this sort of governance structure lies in that GCF aims
at financing huge amount of money, therefore, GCF has to collect finance from
various sectors, using by all means, including a global tax. By introducing a
global tax, not only could GCF meet the financial demand, but it could also lead
to establish more effective and just climate financing governance than the
current one.
English Summary
125
The European Union as a Community of Gift
By Tadashi Yamamoto
Associate Professor, The University of Kitakyushu
How the European Union can be described as a political organization? Some
arguments have been presented to answer this. This article is on the
presumption that the Union is an inter-state community of “gift”.
The concept of gift, developed by Marcel Mauss, a French sociologist, has
offered a core assumption for making stable relationship. According to the
concept, the key for such kind of relations is to give, receive and give in return.
Mauss had referred to the inter-group relations or the necessity of gift by state.
He didn’t refer to inter-state relations, but it is possible to suppose that the
concept can be applied as an element which affects them.
It is not easy to explain how behaviors based on gift affect inter-state relations.
The reason is that third parties aren’t be able to grasp the adequacy of such
behaviors in general. But at least it seems that the member states of the Union
have a convention of gift among them.
One example of this is their contributions to the Union budget. The budget of
the Union is not only a large some but also distributed to various policy areas.
Member states of the Union have contributed for many years despite of their
inability to measure accurately the effect. The decision-making by the qualified
majority voting is another example. In this voting system laws at the Union level
have been made without unanimity of the representatives of the member states.
Each state may fail to organize ‘blocking minorities’, though all states have given
consent to use it.
Two examples above suggest that member states have ‘paid out of their
pockets’, making the Union a stable inter-state community. This article
investigates why the studies of International Relations have not been attentive
to the concept and why the Union as a Community may be wobbling in recent
years besides.
126
Human Security in Southeast Asia—Focus on APEC and ASEAN—
By Naoko Nagao
Part-time Lecturer, Soka University
This article explores the concept of human security in Southeast Asia. The
human security was put forward by the United Nations Development
Programme (UNDP) in 1994. UNDP said that human security consists of two
aspects “freedom from want” and “freedom from fear”. Japan and Canada
actively promote the each aspect of human security. Some countries in Southeast
Asia also accept and endorse the human security. How do they understand it?
What is the difference between Japan, Canada and Southeast Asia? The aim of
this article is to clarify these questions. This article focuses on public documents
of Asia Pacific Economic Cooperation (APEC) and Association of Southeast
Asian Nations (ASEAN) and examines the documents to see how they use the
human security and what they recognize threats to human security. As a result
of the research, this article argues that four features of human security in the
documents, (1) indistinct definition and relation to human rights, (2) linkage to
their fundamental goals, (3) to avoid setting human security as a security
concept, (4) diverse threats to human security and targeting people in the inner
region for human security. Based on these characteristic points, human security
in APEC and ASEAN differs from Japan and Canada in following respects. Both
of Japan and Canada take human security as a concept dealing with foreign
affairs and emphasis on overseas aid. In contrast, APEC and ASEAN stress the
importance of mutual cooperation in Southeast Asia. Diplomatic issues are not
subject for their human security. Through the experience of the Asian financial
crisis in 1997, SARS and 2004 Indian Ocean earthquake and tsunami, peoplecentered approaches attract regional attention. The approaches try to look at the
matters from the standpoint of the weak. This article concludes that APEC and
ASEAN have a unique perspective on human security and regard it as a concept
solves transnational matters that cause immeasurable damage to people in
Southeast Asia.
グローバル・ガバナンス学会誌 投稿規程
2013 年 7 月 26 日
1.刊行時期と掲載原稿
『グローバル・ガバナンス』(The Study of Global Governance) は年 1 度、ウェブ
上で公開される。公開時期は、原則として、3 月とする。
2.投稿原稿の種類・言語
本学会誌で公開される原稿は、グローバル・ガバナンスに関するオリジナルな研究論
文と書評、その他とし、使用言語は日本語・英語いずれかとする。
3.投稿資格
本学会誌の投稿者の範囲は、原則として、グローバル・ガバナンス学会の会員とする。
4.著作権
掲載される論文等の著作権は、すべて本学会に帰属する。二重投稿は認めない。
5.投稿原稿の字数
論文:日本語 20,000 字以内(注、参考文献、図表を含む)
英語
書評:日本語
英語
7,000 ワード以内(同上)
4,000 字以内(同上)
1,500 ワード以内 (同上)
6.英文サマリー
(1)最終原稿を提出する際に、英文の要約を提出する。
(2)要約の分量は 300 から 400 ワードとする。
7.投稿原稿の形態
投稿原稿は電子ファイルで、編集委員会に送付する。
8.投稿原稿の査読
(1)投稿原稿の採否は、本学会の委嘱する匿名の査読者の査読に基づき、編集委員会
が決定する。
(2)審査は、原則として 2 名の査読者によって行う。
グローバル・ガバナンス 第 1 号 2014 年
2015 年 6 月 22 日
発行所
グローバル・ガバナンス学会・事務局
〒567-8570 大阪府茨城市岩倉町 2-150
立命館大学 地域情報研究所気付
電話・FAX 075-665-2324
E メールアドレス: [email protected]
発行者
グローバル・ガバナンス学会
制 作
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〒101-0041 東京都千代田区神田須田町 2-15 215 ビル 4 階
電話 03-6206-0480
Ⓒ Satoshi Oyane, Printed in Japan
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ISBN978-4-904180-43-3