57 岐阜薬科大学紀要 Vol. 53, 57-58 (2004) ―平成15年度 岐阜薬科大学特別研究費(一般)― ルイス酸とカルコゲニドの共同作用による新規な 連続ミカエル‐アルドール反応の開発と 生物活性化合物創製への展開 岩 村 樹 憲 1.緒 言 ィー(PTLC)や塩基で処理すると容易にα‐メチレンア ルドール(森田‐ベイリス‐ヒルマン付加物)に変換でき タンデム反応の開発は、現在、有機合成化学の分野にお る。この反応は 0℃で比較的短時間で反応が終了すること いて急激に進歩している。これまで何百もの有機合成反応 から森田‐ベイリス‐ヒルマン反応の欠点を克服したと が開発されているが、タンデム反応が有機合成において効 いえる。 果的に利用されてきたのはごく最近である。一回の合成操 作で幾度もの構造変換を起こすことが可能であり、反応を 2.結果・考察 通してユニークな構造を持つ化合物の合成や反応に優れ これらのことを背景に、不斉修飾基を持ったカルコゲニ た選択性を与えることを可能とした。 タンデム反応は多岐に亘るが、近年注目を集めている反 ドがエノンに分子内ミカエル付加して進行する反応では 応としてタンデム‐ミカエル‐アルドール反応がある。 多不斉中心を連続的に誘導することが可能であると考え、 この反応において、アミンやホスフィンのマイケル付加を 不斉チアゾリジンチオンおよびルイス酸として共役塩基 経て進行するタンデム‐ミカエル‐アルドール反応の中 が求核性をもたない BF3·Et2O を用いて Scheme 2 に示す反 で、一度付加したアミンやホスフィンが反応中や精製中に 応を行ったところ、期待通りメチレンアルドール化合物を 脱離し、アリルアルコールを生成する反応は特に森田‐ベ 得ることに成功した。 イリス‐ヒルマン反応と呼ばれている (Scheme 1)。 - N EWG + N N O EWG H R RCHO N O 1a (R1 = H) N 1b (R = iPr) Ph R2 OH N+ O EWG R H Ⅱ N Ⅲ rate-determining step Scheme 1 本反応により得られるα-メチレン-β-ヒドロキシカ ルボニル化合物(Ⅲ)は様々な天然、非天然物質の出発物 質となっており、1-7) 広く有機合成に用いられている。し かしながら、森田‐ベイリス‐ヒルマン反応は一般的に反 dry CH2Cl2, Temp, 15 min O H H + R1 H S S N H structure-undetermined product + R1 O Ph 4a (R1 = H, R2 = Cl) 2 1 7a (R1 = iPr, R2 = Cl) 2 7b (R1 = iPr, R2 = NO2) 5a (R = iPr, R = Cl) 6a (R = iPr, R = Cl) 5b (R1 = iPr, R2 = NO2) 6b (R1 = iPr, R2 = NO2) Entry Enone (eq.) Aldehyde (eq.) BF3·Et2O 1 2 3 4 5 1a (2) 1a (2) 1a (1) 1b (2) 1b (2) 2a (1) 2a (1) 2a (2) 2a (1) 2b (1) 3 2 3 3 3 応速度が非常に遅いという欠点を有しており、その律速段 BF3·Et2O 2b (R2 = NO2) R2 H S N O Ph 3a (R1 = H, R2 = Cl) 1 N S R2 2a (R2 = Cl) + OHC 1 R1 EWG N Ⅰ S S Temp (eq.) rt rt rt 0ºC 0ºC Products (%Yield) 3a (31), 4a (58) 3a (33), 4a (50) 3a (30), 4a (48) 5a (28), 6a (54), 7a (4) 5b (41), 6b (43), 7b (4) Scheme 2 階(RDS)はベタイン(Ⅰ)のアルデヒドへの付加段階で あると考えられている。8) N-cinnamoyl-1,3-thiazolidine-2-thione (1a)と p-chlorobenz- 我々は、TiCl4−カルコゲニドを触媒としたタンデム‐ aldehyde (2a)を用いて反応の条件検討を行った。出発原料 ミカエル‐アルドール反応を進行させることに成功し、カ とルイス酸のモル当量比を検討したところ、ルイス酸 3 9) ルコゲノ‐ベイリス‐ヒルマン反応と命名した。 この反 応を触媒するルイス酸としては、TiCl4 が特に優れた効果 当量存在下、1a(2 当量)と 2a(2 当量)を反応させたと きが最も良い結果を与えた (Entry 1)。BF3·Et2O を 2 当量 本反応からは、α‐クロロメチルアルド に下げると反応性が低下した (Entry 2)。本反応は反応速 ールが生成し、これはシリカゲル分取薄層クロマトグラフ 度が非常に速く、室温、15 分で反応が終了した。続いて、 を発揮した。 10) 岐阜薬科大学薬化学教室(〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6−1) Laboratory of Pharmaceutical Chemistry, Gifu Pharmaceutical University (5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN) 岩村樹憲:ルイス酸とカルコゲニドの共同作用による新規な連続ミカエル‐アルドール反応の開発と 生物活性化合物への展開 58 不斉を有するチオアミド誘導体 N-cinnamoyl-4S-isopropyl- -78ºC、25 時間で反応を行ったところ、9 のみが選択的 thiazolidine-2-thione (1b)を用いて、Entry 1 の反応条件下、 に得られたが、化学収率が 27%と低かった (Entry 1)。-40ºC ジアステレオ選択的な反応を検討した。反応は 0ºC、15 で反応を行ったところ、ジアステレオマー10b が少量生成 分で完了したが、ジアステレオマー5‐7 の混合物が得ら したが、高ジアステレオ選択性を保ったまま化学収率は れ、エノン 1a を用いたときと比較して有意なジアステレ 93%まで上昇した (Entry 2)。同条件下で p-chlorobenz- オ選択性の向上はみられなかった (Entry 4,5)。 aldehyde (2a)や m-nitrobenzaldehyde (2c)との反応を行い、 生成物の立体構造は、リサイクル HPLC を用いて分離 高化学収率、高ジアステレオ選択的に生成物 9c、9a が得 した主生成物 6a を X 線結晶構造解析することによって決 られた (Entries 3,4)。Benzaldehyde (2d)や p-tolualdehyde 定した。ORTEP 図 (Fig. 1)から、6a が三環系の化合物で、 (2e)との反応は速度が遅く、0ºC、1時間で中程度の化学 橋頭位の一つが 4 個のヘテロ原子で置換された非常にユ 収率で生成物を与えた(Entries 5,6)。特に 2d の場合、ジア ニークな構造をもった化合物であることが判明した。 ステレオ選択性は低下した(Scheme 4)。 S O Cl Ph O N Me 8 (2 eq.) H (S) 9 O 8 H H 7 S 10 6 3 H N5 11 (R) H 2 S (R) 1 (R) (S) H 4 O Me Me Fig. 1 + Ph BF3·Et2O (3 eq.) RCHO dry CH2Cl2 Conditions (1 eq.) O S H O N Ph O R H Aldehyde 1 2 3 4 5 6 2b 2b 2c 2a 2d 2e Ph +H Me S R O N Ph O 9 2a (R = p-ClC6H4) 2b (R = p-NO2C6H4) 2c (R = m-NO2C6H4) 2d (R = C6H5) 2e (R = p-MeC6H4) Entry O H Ph + Me 11 10 Products Conditions % Yield[a] 27 93 85 71 67 59 -78 °C, 25 h -40 °C, 24 h -40 °C, 24 h -40 °C, 24 h 0 °C, 1 h 0 °C, 1 h Ratio of 9 : 10 : 11[b] 100 : 0 : 0 94 : 6 : 0 95 : 5 : 0 86 : 7 : 7 71 : 0 : 29 92 : 0 : 8 [a] Mixture of diastereoisomers. [b] Structure of 11 could not be determined. この三環系の化合物の生成機構は、Scheme 3 に示した 様に考えている。すなわち、始めに N-シンナモイルチオ Scheme 4 アミドが BF3·Et2O 存在下、6-endo-trig 環化をし、イミニ 3.結 ウムエノラート A を生成する。続いて、ホウ素エノラー 論 ルイス酸触媒と不斉補助基を持った環状カルコゲニド トがアルデヒドとカップリング反応を起こし、アルドール 付加体 B を生成する。B が分子内で環化し、三環系の化 を出発点とする連続ミカエル‐アルドール反応から3連 合物を生じる。すなわち、アルデヒド由来のアルコール性 続不斉誘導された橋頭位炭素に4個のヘテロ原子が置換 水酸化物イオンがイミニウム炭素に求核攻撃することに したユニークな不斉三環系化合物を得た。これらについて より三環系の化合物へと変換される。 現在各種の生物活性を検討している。 BF3·Et2O O N S Cl iPr BF4 Cl H S S Ph Cl H S N O 5a H iPr H + H S Ph O S N O S A O Ph OBF2 N iPr 1b 3.引用文献 CHO S S S Cl Ph Ph O BF2 N iPr BF4 B H iPr O 6a Scheme 3 このユニークなタンデム‐ミカエル‐アルドール反応 について更に高いジアステレオ選択性を発現する不斉補 助基を求め、種々のチアゾリジン-2-チオンやオキサゾリ ジン-2-チオンを合成し、それらを用いた反応を検討した 結果、N-cinnamoyl-4S-methyl-5R-phenyloxazolidine-2-thione (8)を不斉補助基として選択したとき、好結果が得られた。 1) Hoffmann, H. M. R.; Rabe, J. Angew. Chem., Int. Ed., 1983, 22, 795-797. 2) Buchholz, R.; Hoffmann, H. M. R. Helv. Chim. Acta, 1991, 74, 1213-1220. 3) Basavaiah, D.; Hyma, R. S.; Padmaja, K.; Krishnamacharyulu, M. Tetrahedron, 1999, 55, 6971-6976. 4) Hoveyde, A. H.; Evans, D. A.; Fu, G. C. Chem. Rev., 1993, 93, 1307-1370. 5) Annunziata, R.; Benaglia, M.; Cinquini, M.; Cozzi, F.; Raimondi, L. J. Org. Chem., 1995, 60, 4697-4706. 6) Familoni, O. B.; Kaya, P. T.; Klass, P. J. Chem. Commun., 1998, 2563-2564. 7) Roush, W. R.; Brown, B. B. J. Org. Chem., 1993, 58, 2151-2161. 8) Fort, Y.; Berthe, M. C.; Caubere, P. Tetrahedron, 1992, 48, 6371-6384. 9) Kataoka, T.; Iwama, T.; Tsujiyama, S. Chem. Commun., 1998, 197-198. 10) Kataoka, T.; Iwama, T.; Tsujiyama, S.; Iwamura, T.; Watanabe, S. Tetrahedron, 1998, 54, 11813-11824.
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