太陽電池用Ⅳ族混晶半導体のエネルギーバンド構造に関する第一原理

平成 26 年度
電子通信工学領域
修士論文要旨
6625027
須和 亮
太陽電池用Ⅳ族混晶半導体のエネルギーバンド構造に関する第一原理解析
【緒言】
現在,太陽電池の主要材料は多結晶 Si である.
さらなる高効率化を実現するためには,波長感度
帯域の拡大が必要である.そこで,バンドギャップ
Eg の異なる材料を積層した III-V 族多接合型太陽
電池が検討されている.ところが,III-V 族には環
境に悪影響を与えるものもあり,かつ Si 材料との
親和性にも問題がある.以上の技術背景から,本研
究では,C,Si,Ge,Sn からなる IV 族元素の混晶
系による多接合型太陽電池に注目している[1].
IV 族混晶系薄膜の格子定数は基板となる Ge や
Si の格子定数と異なるため,エピタキシャル成長
させるためには組成の調整が必要である.また,組
成に応じて様々な原子配置が実現する.混晶系薄
膜のバンドギャップはこれらの要素が複雑に絡み
合って決まる.本研究では,第一原理計算法を用い
て格子歪みがエネルギーバンド構造に与える影響
について計算し,さらに現実の組成に対応したⅣ
族混晶系について Eg の計算予測を行った.
【計算方法】
密度汎関数法に基づく局所密度近似と擬ポテン
シャル法を用いた第一原理計算を行った.まず,図
1 に示す基本単位格子と慣用単位格子を用い,Ⅳ族
単元素半導体とⅣ族 1:1 混晶系におけるエネルギ
ーバンド構造の等方性歪み(Lx = Ly = Lz)と平面歪
み(Lx = Ly = Lz) 依存性を求めた.計算における交
換相関汎関数は,Eg の再現性が高い sX-LDA [2]あ
るいは計算コストが低い GGA-PBE を用いた.Eg
の計算値を実験値と比較したものを表 1 に示す.
以下に述べる Ge 16 原子モデルには sX-LDA を用
い,Si 64 原子モデルには GGA-PBE を用いた.
次に,Ⅳ族三元混晶 Ge1-x-ySixSny について Ge 基
本単位格子を 2×2×2 倍した Ge16 原子モデルを用
い,置換位置に Si と Sn を 1 ~ 5 個(6.25 % ~
31.25 %)導入して計算を行った.この計算モデルを
作成する際に,ダイヤモンド構造における原子配
置の対称性を考慮し,独立な原子配置と各配置の
重み(Weight)を算出するプログラム[3]を用いた.
各モデルについて全エネルギーEtot を計算し,得ら
れた Etot を用いて分配関数を計算することにより,
各原子配置の出現確率 Pi を求めた.次に,確率 Pi
が高い原子配置モデルを選択し,Eg の期待値 E[Eg]
を求めた.
同様の計算をⅣ族三元混晶 Si1-x-ySnxCy 系につい
ても行った.なお,この計算では Sn と C の含有率
が低い場合を扱うので,Si 慣用単位格子を 2 用単
位格倍した 64 原子モデルを用いた.
図 1 ダイヤモンド構造の基本単位格子(左)と慣用単位
格子(右)
表1
C,Si,Ge 結晶のバンドギャップ (eV)
element
C
Si
Ge
GGA-PBE
4.157
0.606
0
sX-LDA
5.357
1.02
0.75
Experiment
5.4
1.17
0.744
【計算結果と考察】
現実の薄膜に生じる歪みは数%であるが,傾向を
調べるため広範囲な歪みを与えて計算を行った.
IV 族単元素半導体の Eg の平面歪み依存性を図 2
に示す.平面歪みを付加すると,歪みの種類によら
ずバンドギャップは減少することがわかる.
図2
C,Si,Ge 結晶の Eg の平面歪み依存性
Ⅳ族 1:1 混晶系について,同様の計算を行った.
実際に 1:1 組成で存在する Si-Ge と C-Si 混晶系の
結果を,ベガード則による計算値(図 2 に示す各単
元素半導体の計算値の平均)と比較したものを図 3
に示す.これより,Si-Ge 混晶系における Eg はベ
ガード則よりわずかに(約 0.1 eV)低い程度である
が,C-Si 混晶系においてはベガード則よりも約 1
eV 程度減少していることがわかる.この傾向は C
を含有するすべての混晶系において確認できた.
また,等方性歪みの場合にも同様の結果が得られ
た.
なお,3C-SiC の Eg の実験値は 2.2eV であり,sXLDA を用いた本計算値もそれとほぼ一致した.
図3
Si-Ge と C-Si における Eg の平面歪み依存性
図 5 平面歪みを与えた Si 結晶の E[Eg]の Sn,C 濃度依
(実線:計算値,点線:ベガード則による計算値)
存性.(実線:計算値,点線:ベガード則による計算値)
Ge1-x-ySixSny 系について得られたバンドギャップ
の期待値 E[Eg]をベガード則による計算値と比較
したものを図 4 に点線で示す.また,現実の Ge 基
板上膜成長に伴って生じる平面歪みの影響を考慮
して補正した E[Eg]を図中に実線で示す.横軸は Si
の含有量を示している.これより,Si の含有量を増
加させると,E[Eg]はわずかに減少した後に上昇す
ることがわかる.
この系における実験結果が最近報告[4]された.
その結果は図中に赤でプロットした 1 つしかない
が,本計算で求まった E[Eg]とよく一致している.
なお,Ge1-x-ySixSny 系における Eg はベガード則に
よる計算値よりも約 0.1 eV 低い.この低下量は C
を含まないⅣ族 1:1 混晶系の値に近かった.
図 4 Ge93.75-xSixSn6.25 系の E[Eg]
(黒線:計算値,黄線:ベガード則による計算値)
Si(001)基板上に薄膜成長させることを想定し,
[100]と[010]方向の格子定数を Si の値に固定して
[001]方向をフリーとした構造最適化計算を行った.
Sn と C を単独で導入した場合と同時に導入した場
合について,E[Eg]の計算結果をベガード則による
計算値と比較したものを図 5 と図 6 に示す.
これより,まず,Sn と C を単独で導入すると
E[Eg]は減少することがわかる.これに対し,Sn と
C を同時に導入すると,この組成範囲で E[Eg]はほ
ぼ一定となる.これは,Si 原子よりも小さな C 原
子と大きな Sn 原子を同時に導入することによって,
局所的な歪みが緩和したためと考えられる.Sn と
同時に導入する C 濃度をさらに増加させることに
より,バンドギャップが増加する可能性がある.
図 6 平面歪みを与えた Si98.44-xSnxC1.56 系の E[Eg]
(黒線:計算値,黄線:ベガード則による計算値)
【結言】
本研究では,第一原理計算法を用いて格子歪み
がエネルギーバンド構造に与える影響について計
算した.さらに現実の組成に対応したⅣ族混晶半
導体について,バンドギャップ Eg の計算予測を行
った.主要な結果は以下の通りである.
1. IV 族混晶半導体において C 原子を含む場合,
Eg はベガード則による計算値よりも 1 eV 程度
低い値となる.
2. Ge1-x-ySixSny 系において Si の含有量を増加させ
ると,E[Eg]はわずかに減少した後に上昇する.
また,実験結果は 1 つしかないが,計算値とよ
く一致していた.
3. Si1-x-ySnxCy 系において Sn と C を単独で導入す
ると E[Eg]は減少するが,Sn と C を同時に導入
すると E[Eg]はほぼ一定となる.Sn と同時に導
入する C 濃度をさらに増加させることにより,
Eg が増加する可能性がある.
本研究により,扱える濃度範囲に制限はあるが,
現実の組成に対応したバンドギャップの計算が可
能となった.この計算手法は,太陽電池用Ⅳ族混晶
半導体の材料開発に役立つと考える.
【参考文献】
[1] G.E. Chang et al, IEEE J. Quantum Electron. 46,
1813 (2010).
[2] C Stampfl et al., Phys. Rev. B, 63, 155106 (2001).
[3] E. Kamiyama et al., PSS (b) 251, 2185 (2014).
[4] 中塚理,半導体ネット岡山例会資料集,p.32
(2014).