神はそのひとり子をあらわした

主の洗礼(Lectio Divina B 年)
1 月 11 日 主の洗礼 年間第 1 主曰
神はそのひとり子をあらわした
マルコによる福音書 1 章 7 ~ 11 節
7 彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の
履物のひもを解く値打ちもない。8 わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼
をお授けになる。」
9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。10 水
の中から上がるとすぐ、天が裂けて〝霊〟が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。11 す
ると、
「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
他の朗読:イザヤ 55:1 ~ 11 イザヤ 12:2 ~ 6 Ⅰヨハネ 5:1 ~ 9
Lectio …読む
神の国を宣べ伝えるというイエスの使命は、洗礼という驚くべき出来事から始まります。洗礼者ヨ
ハネは、イエスが自分よりも遥かに優れており、また罪を知らないということを知っていました。
マタイによる福音書 3 章 13 ~ 15 節から、ヨハネはイエスに洗礼を受ける必要が無いと説得しよ
うとしたことがうかがえます。しかし、神がそれをお望みなのだ、とイエスが告げたとき、ヨハネは
イエスに洗礼を授けることを承諾します。
父なる神は、イエスの神性を明らかにすることですぐに応えます。神は、イエスがご自分の愛する
ひとり子であり、御心に適うものであると宣言されます。父である神はまた、イエスに天と聖霊が鳩
のように彼に降って来る姿をお見せになります。イエスは宣教を始める準備が整い、御父と聖霊との
深い結びつきが確かめられたのです。
ヨハネはさらに、
自分は水で洗礼を授けたが、
イエスは聖霊で洗礼を授けるであろうと告げています。
Meditatio …黙想する
何故神は、イエスが洗礼を受けることを望んだのか考えてみましょう。その洗礼を見ていた人々は、
これについて何を思ったでしょうか。イエスは神の子であると同時に、人の子です。ヨハネの洗礼を
受けることによって、イエスは自分自身を罪深い人間と完全に一致させたのでしょうか。徐々に明ら
かにされる神の救いの計画の中で、イエスは最終的に罪人達の為に自分の命を捧げるよう求められる
のです。
神のみ旨に従ったイエスに感謝を捧げましょう。
イエスとヨハネは私たちに、他の人が私たちの行動を誤解するような時にでも、私たちは神に従わ
なければならないということをはっきりと教えています。今日、どうすれば神を喜ばせることが出来
るのか考えてみて下さい。どんな形であれ、他の人の意見があなたを邪魔することがありますか。あ
なたは、神を信頼し神に従う準備がどの位出来ているでしょうか。
神はイエスに、彼が御心に適うものであると告げます。今日、あなたが励ましの言葉をかけられる
人がいるかどうかを、良く考えてみて下さい。
あなたが受けた神の愛と恵みについてしばらく黙想してみましょう。このひと時を神への感謝のた
めに捧げましょう。
主の洗礼(Lectio Divina B 年)
Oratio …祈る
イザヤ書 12 章の次の言葉をよく考えてみましょう。
「見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない。主こそわたしの力。」
これらの言葉にイエスが彼の御父に抱いた信頼がこだましています。あなたは、あなた自身のこと
ばでこれに応えて祈ることが出来るでしょうか。
Contemplatio …観想する
福音朗読の豊かさをより理解できるように、典礼はさらにふたつの朗読を含んでいます。第一朗読
はイザヤ 55 章 1 ~ 11 節の美しい詩で、神がメシアによって私たちに与えられる祝福について語り
ます。第二朗読はⅠヨハネ 5 章 1 ~ 9 節で、著者はイエスに信頼することの必要性を強調しています。
イエスをメシアとして信じる者は誰でも、神を信じています。しかしイエスを拒む者は神をも拒む者
なのです。