- 1 - 兵弁総発第461号 2009年(平成21年)3月17日 神戸刑務所 所長

兵弁総発第461号
2009年(平成21年)3月17日
神戸刑務所
所長
●
●
●
●
殿
兵庫県弁護士会
会
長
正
木
靖
子
本
文
正
同人権擁護委員会
委員長
要
望
坂
書
当 会 は 、 申 立 人 ● ● ● ● 氏 ( 以 下 「申 立 人 」と い い ま す 。 ) に か か る 人 権 救 済
申立事件について、当会人権擁護委員会において調査した結果、下記の通り要
望する。
記
第1
1
要望の趣旨
貴所は、申立人がめまい・吐き気の症状により、2003年(平成15
年)3月7日の朝食から同月9日の朝食まで2日間にわたり7食連続して
全く摂食することができず、医師の診察を求め、一般社会であれば医療機
関への受診が当然とされる程度の病状であったにもかかわらず、土日で常
勤医師が不在であることを理由に、何らの措置もとらなかった。
本件では申立人の命に別状がなかったとはいえ、かかる所為は、場合に
よっては、脱水症状等により申立人の生命・身体に重大な危険が及びかね
ない危険な行為であり、刑事施設においても一般社会と同様の水準の医療
が供されるべきあるとされる医療処遇のあり方の原則に反し、申立人の適
切な医療を受ける権利(憲法13条及び同25条)を侵害したものである。
よって、今後はこのような人権侵害がないよう、被収容者が病気に罹患
し、生命・身体に危険が生じた場合は、施設内に常勤医師が不在の時間帯
であっても病状に鑑み外部の救急病院に搬送するなどして、早期に適切な
診察と治療を受けさせるよう要望する。
2
貴所は、申立人が2003年(平成15年)3月21日、めまい・吐き
気によりトイレまで立って歩くことが苦痛であり、尿瓶の使用を願い出た
が、使用を許可しなかったため、申立人はやむなく、這って便器までたど
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り着いたが、その際に転倒して手首を捻挫した。
かかる所為は、自力で用便することが困難な病状の被収容者に対してこ
とさらに苦痛を与えるものであって、人間の尊厳を著しく害し(憲法13
条)、適切な療養看護を受ける権利(憲法13条及び同25条)を侵害し
たものである。
よって、今後はこのような人権侵害がないよう、被収容者の病状に応じ
た適切な看護を行い、病気により用便が困難なため尿瓶の使用を願い出る
者に対しては、尿瓶の使用を許可するよう要望する。
第2
1
要望の理由
休日に医療を受けさせなかったこと
(1)事実認定
申立人の申告によれば、申立人はメニエール病と思われる持病を有し、
貴所において受刑中に、たびたびめまい・吐き気等の発作に見舞われて摂
食できないということがあった。2003年(平成15年)3月7日の朝
から、強いめまいにより起き上がることも出来ず、全く食欲もなく、強烈
な吐き気におそわれ、胃液を吐くような状況であったため、同日の朝食か
ら同月9日の朝食まで2日間、7食連続して全く口にすることができず、
少量ではあるが摂食できるようになったのは、同日の昼食からであった。
申立人は同月8日に同房の者を通じて、貴所に対して「何とかしてくれ」
と伝えたが、貴所は「様子を見ておけ」と言うだけで、同月8日及び9日
には何らの対応もなされなかった。申立人は同月10日に点滴治療を受
け、11日には医師の診察を受けたことが認められる。
これに対し貴所は、同月8日及び9日については記録上何らの特記事項
はなく、この間に申立人が食事を不食したとの記述もないと主張するが、
単に記録上特記事項がない、あるいは通常の運用上考えられないという一
般論を述べるに留まっており、そのことによって直ちに申立人の申告内容
が否定されるものではない。むしろ、記録上もこれに先立つ同月7日の作
業中には申立人より体調不良(めまい)の申出を受け、准看護士資格を持
つ医務部職員が医師に確認の上、申立人に対し、作業を中止して横臥して
よいとの指示を出したこと、及び10日には点滴治療を施し11日 には
医師が診察したという、申立人の主張に沿う経過がある。
よって、申立人の主張するとおり、2003年(平成15年)3月7日
の朝食から同9日の朝食まで、めまい症状により連続して7食摂食するこ
と が 出 来 ず 、そ の 間 、貴 所 に 対 し て 、何 ら か の 対 応 を す る よ う に 求 め た が 、
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貴所からは様子をみておくよう言われるのみで何らの特別な措置を受け
なかったとの事実が存在したものと判断する。
(2)人権侵害性の判断
2003年(平成15年)3月7日の朝から起算して3日目の朝まで食
事をすることができなかった状況は、申立人にとって単に気分的に苦痛で
あるというだけでなく、医学的見地からも、飲水できなければ脱水症状防
止のために点滴が必要となることも予想され、まる2日以上絶食し、特に
飲水もできない状態であるならば、医師の診察を受けさせるべきであった
と言える。
本件では、2003年(平成15年)3月8日及び9日は、休日(土曜
日及び日曜日)で貴所には医師が常駐していなかったところ、申立人が以
前にも同様のめまい・吐き気症状により摂食不能状態に陥ったものの、ご
く 短 期 で 回 復 し 、そ の 際 に は 摂 食 不 能 以 外 の 異 常 な 症 状( 卒 倒 、失 神 な ど )
が現れていなかったという経験から、貴所としては「様子見」としたもの
と解される。このような刑務所の処遇が正当化され得るかどうかについ
て、刑事施設においても一般社会と同様の水準の医療が供されるべきある
ことは、本件事件発生以前の旧監獄法時代から裁判判例によって認められ
てきた原則であり、その後に「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関す
る法律」が制定された際に、「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照ら
し適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」(同法56
条)ことが明文規定に取り入れられた。
具体的には、刑事施設に常勤医が不在の日・時間帯において、外部病院
に搬送して治療を受けさせるべきかどうかについては、少なくとも一般家
庭で土日や夜間に救急病院を受診する程度の病状である場合には、刑務所
においても外部の救急病院に搬送すべきであると考えられる。通常の診療
日まで待てる軽度な病気によって外部の救急病院に搬送することは、社会
的な医療資源の無駄遣いともなるので控えるべきであるとしても、被収容
者の生命・身体に危険が生じている状況では、受診させるのをためらうべ
きではない。本件では7食分まる2日間以上も絶食状態が続いたことか
ら、脱水症状を起こし生命・身体に重大な危険が生じるおそれがあること
は医療の素人でも推測しうるものであり、外部病院へ搬送して医師の診断
を仰ぐべきであったと言える。
もっとも、貴所は翌10日には申立人に点滴治療を施し、その翌日には
医師による診療を受けさせるなどの事後的な対応は一応なされており、医
療提供を全面的に拒否していたというわけでない。また結果的に、申立人
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は回復し大事には至らなかったのであるから、人権侵害の程度としては比
較的軽微であったと認められる。
2
尿瓶の使用を認めなかったこと
(1)事実認定
申立人が2003年(平成15年)3月21日、強度のめまい・吐き気
等の症状により伏臥していたこと、貴所に対して尿瓶の支給を求めたが貴
所はこれに応じなかったという事実につき争いはないから、かかる事実が
存在したものと認めることができる。
(2)人権侵害性の判断
めまい発作がある場合に、用便のために起き上がって便器のある場所ま
で歩行することが困難であるのは常識的に明らかであり、自力で用便する
ことができないことが判明している被収容者に対し、刑務所が何らの措置
もとらないのであれば、人間の尊厳を著しく害するものである。
この場合の対処手段として、尿瓶を貸与して使用後の始末をすることは
さほどの手間とは考えられず、このことによって担当刑務官の作業が著し
く増大し、他の業務に支障を来たすほどとも考えられない。一般家庭にお
ける療養看護ならば、トイレまでの歩行が困難な場合に、尿瓶を使わせる
のは普通であり、貴所は面倒で汚い仕事が生じるのを厭い、手を省こうと
したと見ることができる。また、貴所が申立人の希望に応じて尿瓶を貸与
していれば、結果的に申立人が手首捻挫の傷害を負うこともなかったと認
められるから、このような貴所の対応は人権侵害に相当する。
よって、当会は貴所に対し、要望の趣旨記載のとおり要望する。
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