極低温における高圧下物性測定装置の開発

極低温における高圧下物性測定装置の開発
東京大学
物性研究所
松林和幸
近年、物質の新機能・新物性を探索する手段として圧力をコントロールパラメーターとした高圧下
での物性測定が注目を集めており、重い電子系物質、遷移金属酸化物および有機系物質に至る数多く
の強相関電子系物質において活発な研究がなされている。高い圧力を発生させるには試料空間を狭く
する必要があるが、その制約から高圧下での物性測定には技術的な困難さを伴う。また、研究の進展
とともに、個々の物質の本質的な物性を議論するためには高圧環境の質、いわゆる静水圧性の良し悪
しの重要性が認識されるようになってきた。マルチアンビル型圧力発生装置は 10GPa 以上の圧力範囲
まで比較的良い静水圧性を実現可能であるが、従来の圧力発生装置では装置自体の体積が大きく、超
低温や強磁場と組み合わせることができることが困難であった。そこで我々の研究グループでは、希
釈冷凍機や超伝導マグネットに搭載可能で、各種物性測定に対応した超高圧発生容器の開発を目指し
てきた。以下では、開発に成功した装置を用いて行った重い電子系物質に関する最近の研究結果を紹
介する。
最近、立方晶の結晶構造を持つ物質群 YbT2Zn20 (T = Fe, Co, Ru, Rh, Os, Ir) において、低温で重い
電子状態を示すことが報告された。[1] 一連の物質の中で注目すべきは YbCo2Zn20 の物性で、従来知
られている重い電子系物質の中でもトップクラスの大きな
電子比熱係数を有する。また、興味深いことに YbCo2Zn20
は約 1 GPa 以上の圧力領域の低温において圧力誘起相転
移を示す。[2] この臨界圧力近傍の熱力学的特性を調べる
ために、高圧下比熱測定を行った。その結果、加圧ととも
にフェルミ液体的な振る舞いは抑制され、非フェルミ流体
的振る舞いを示すことを見いだした。さらに高圧では、磁
気秩序相への相転移に対応する比熱異常も観測した。この
系の磁気臨界圧力は従来知られていた圧力誘起磁気秩序を
示す Yb 化合物の中で最も小さいため、今後さらに詳しい
研究が行えると期待される。
本講演では先に述べた重い電子系 Yb 化合物の量子臨界現象に関する研究に加えて、最近注目を集め
ている鉄砒素系の超伝導物質に関する研究経過についても紹介し、高圧下で誘起される新規な物性に
ついて議論したい。
この研究は、上床美也氏(東大物性研)、辺土正人氏(琉球大)、梅原出氏(横浜国大)、大串研也氏(東
大物性研)、才賀裕太氏(広島大学)との共同研究である。
[参考文献]
[1] M. S. Torikachvili et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 104 (2007) 9960
[2] Y. Saiga et al., J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 53710