i Magazine 11月号 伊藤 美紀氏

第26 回 iSUC 福岡大会
Session Speaker Interview
セッションタイトル「組織が成長するコーチング ∼個人の成長が企業の成長」
組織の価値は、働く人たちが、強みと成長を
手に入れられると実感できた時に決まる
昨年のiSUCで「ベストスピーカー賞」
に輝いた伊藤美紀氏が、今年もiSUCでセッションをもつ。人本来の姿を見いだすコー
チングの手法を基に組織の成長を解説する。
伊藤 美紀氏
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株式会社アイ・ラーニング
研修本部 人財開発グループ
グループリーダー/シニア・ラーニング・プロフェッション
i Magazine(以下、i Mag)
伊藤さんのキャリアのスタート
乗って行動する時は、その人が本来もっているパワーを出しき
は研究職だったそうですが、どのような経緯で人材開発の道
ることができません。その人自身の本来の姿や、もっている価
に進まれたのですか。
値観を大事にしているときに、最もパワーを発揮できるんです。
伊藤 昔から、私は自分で話すことにストレスがなくて、むし
そのことを私自身が体験し深く理解できてから、自分自身への
ろ話がストレートすぎて疎まれるくらいでした。その一方で、話
向き合い方や人との関わり方が大きく変わりました。
していることが理解されない、自分の思いが伝わらないという
i Mag 伊藤さんご自身がコーチングを受けたのですか。
もどかしい気持ちを、研究の仕事を続けながらずっと感じてい
伊藤 はい。最初はコーチングを学ぶ講習の中で、私がクラ
ました。そして、相手にわかるように話せないのは、人として
イアントになってコーチングを受けました。
致命的な欠陥なのではないかとか、それが改まらないと、こ
i Mag それはどういう体験ですか。
の先どのような仕事に就いても続かないだろうと、思い悩むこ
伊藤 その時は「人の目を見るのがこわい」というテーマで
とがありました。
コーチングを受けました。それは、私自身が長く解決できずに
それで、自分を変えるきっかけをつかみたいと思い、当時
抱いてきた感覚でした。しかし、コーチとのやり取りを続けて
所属していた会社の人材開発部へ異動させてもらったんで
いる中で、突如として、私自身が人と真剣に向き合うことを避
す。そこから私の人材開発というキャリアが始まっています。
けていることと、自分の中に素直になれていない自分があるこ
i Mag ご経歴の中で、何か転機はありましたか。
とに気づかされたんです。それは、何とも言えない、からだ
伊藤 一番大きかったのは、コーチングを学んだことです。
が震えるような体験で、自然と涙が出てきました。自分の弱さ
人がその人らしくあるために、それを手伝う役割としてのコー
を見いだしたことによって、逆に力が湧いてくるというような不
チングです。人は、誰かに強制されたり、他人の仕掛けに
思議な変化でした。大したことではないのに、思い込みによっ
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U 研・
発見!
て自分を小さくしていたことに気づき、本来の自分を取り戻し
ていくように、人が発する言葉には熱意や思いがあり、その
ていくような感覚がありました。
熱が伝わっていくイメージです。メールや SNS が普及して便
i Mag コーチングというのは、目標に向かって進むための
利になった半面、熱が伝わるようなやりとりが減ってきています。
方法を、対話によって教えることだと思っていました。
時には、フェースtoフェースで、熱意や思いを込めて話し合
伊藤 そういうコーチングもありますが、私が大切にしている
うことが必要です。
のは、人がその人らしく、
どうありたいかを知るコーチングです。
i Mag お話をうかがっていると、研修に対するイメージが変
わりますね。
伊藤 知識を教えるという昔ながらの研修は、今なお必要で
果に焦点を合わせるのではなく、人が本領を発揮できることに
すが、相対的に減ってきています。知識だけなら、今はさま
焦点を合わせていると言えます。
ざまな方法で入手できるからです。そのため、研修は、体験
i Mag 人材開発とは、そもそも何なのでしょうか。
とか人と語り合うといった、集合形態でしか行えないことに特
伊藤 人材開発とは、その人自身が変化し、成長していくプ
化していくと思います。
ロセスです。本来、人間は変化するものではないでしょうか。
また世の中が複雑化し、なかなか「正解」がわかりにくく
しかし、思うように変化していない、あるいは変化できない状
なっています。特に、やってみないと、それがよかったかどう
態があるのは、何らかのブレーキがかかっているからだと考え
かもわからないことがあります。そこで造語になりますが、
「納
ています。ブレーキの種類はいろいろありますが、自分自身に
得解」を得ることが重要になっていると感じています。納得
対する認知の偏りや思い込みにより、変化や成長を妨げてし
解とは、数式のように「正解」が得られない場合に、深い
まうこともあります。そのままでは、いくらアクセルを踏んでがん
探究や対話の末に、本人が「こういうことだろう」と理解し、
ばっても変わりません。ましてや人に自分のアクセルを踏まれて
納得を伴う答えのことです。正解かどうかわからなくても、自
も、うれしくありません。研修の主体は受講者です。その人
分が納得している答えを見いだせれば、人は行動を変えるこ
のブレーキを外すきっかけを提供したり、
変化を促すのをサポー
とができると思っています。
トするのが、私たちの役割です。
i Mag 納得解を得るポイントは何ですか。
i Mag それは会社においても上司と部下の間でも、常に
伊藤 まず、見える化です。人は思っていても、うまく認知し
求められていることですね。
ていないことがたくさんあります。見える化の方法はいろいろ
伊藤 そうです。だから、研修を受講される方の上司にお
ありますが、たとえば、思っていることを書き出してみる、書
願いするのは、部下の「変化」をポジティブに捉えて、まず
いたものを人に話してみる、思っていることをテーマに人と話
受け入れてくださいということです。研修で学んだことを実践
し合ってみる、というのが有効な手段です。特に、人と対話
しようと思ったら、自然に「変化」が生まれます。その変化
することで自分の考えに気付いたり、人の意見に違和感を覚
が、周りの人に認められたり受け入れられると自信につながり
えたり、逆に同意を感じたりすることが、いろいろ出てきます。
ますし、よいスキルや習慣を主体的に継続する力となります。
いろいろな意見と照らし合わせることで、自分自身が本当に腑
i Mag 部下の変化を見極めるポイントは何ですか。
に落ちるかどうか、確認できるのではないでしょうか。
伊藤 日頃より、部下の人となりや考えていることについて、
i Mag 今年のセッション(「組織が成長するコーチング」
上司が興味をもち理解していることがベースとなります。それ
〜個人の成長が企業の成長)では、何を伝えたいですか。
なしに、部下の変化に対して表面的なメッセージを発しても意
伊藤 組織の価値とは、そこで働く人たちが、自分の強みと
味はないでしょう。日頃より部下に興味・関心をもち、それに
成長を手に入れられると実感できることだと思っています。つ
まり、働く人たちが「自分の価値が高くなる」「成長できる」
化や考えていることが、自ずから見えてくるのではないでしょう
と思えることで活き活きとし、結果として組織自体が成長して
か。その意味では、普段からのコミュニケーションが非常に
いきます。そのためには、働く人たちの個々の強みを理解し、
重要です。
仕事の中で変化することに意味と達成感をもってもらう必要が
i Mag 若い人とコミュニケートできないと悩んでいる上司も
あります。人それぞれの強みと変化に価値を見い出し、それ
多いのですが。
を相互に認め合う場を大事にしたいと思っています。
伊藤 コミュニケーションとは熱伝導である、という言葉を、
その1 つの方策として、コーチングの考え方と手法が非常
私は実感しています。コミュニケーションの語源にそういう意
に有効だと思っているので、そのことをセッションでお話しした
味があるそうですが、つまり、物と物が触れ合って熱が伝わっ
いと考えています。
伊藤 美紀 氏
ついてやり取りをすることが多ければ、部下のちょっとした変
S ess i on S pea k er I nt er v i ew◉
誰かの意によって動かされるのではなく、その人自身の意志
で行動することを応援します。コーチングとは、目標達成や成
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