マララさん受賞・イスラム過激派特集(PDF : 500.24 KB)

∼∼ しばかし社会科通信 ∼∼
マララさんとイスラム過激派特集 54 号
2014 年11月 15 日 芝浦工大柏中学高等学校社会科
銃に負けなかったマララさんにノーベル賞
―― 子供の教育権を主張した 17 歳のパキスタン少女ユスフザイさん ――
目覚めて奇跡的に回復した。
ノーベル賞受賞後、マララさんはバーミンガムの
図書館でスピーチをした。「全ての子どもたちに学
校へ行ってほしい。5700 万人の子どもたちが教育
を受けられず、小学校にすら通えていません。」そ
して、自分もタリバン支配下で学校に行けなかった
と話す。「二つの道しかありませんでした。声を上げ
ずに殺されるのを待つか、声を上げて殺されるか。
私は後者を選びました。当時はテロの恐怖があり、
ノーベル賞委員会は 10 月 10 日、今年のノーベ 女性は家の外に出ることが許されず、女子教育は
ル平和賞を、パキスタンのマララ・ユスフザイさん 完全に禁じられ、そして人々は殺されていました。
(17)と、インドの児童労働反対の活動家カイラシュ・ でも、私は学校に戻りたかった。だから、声を上げ
サティアルティさん(60)の 2 人に授与すると発表。学 たのです。」
校にふつうに通うという当たり前の権利のために闘う
彼女は、昨13 年7 月12 日、ニューヨークの国連
2 人の勇気が讃えられた。マララさんへの授賞は、 本部へ呼ばれてスピーチをした。国連が、権利を
訴える全ての女性や子どもたちの日として、彼女の
全分野のノーベル賞受賞者の中でも史上最年少。
マララさんは 1997 年 7 月 12 日、北部山岳地帯
誕生日を「マララ・デー」としたからだ。そこで、
のスワート地区に生まれた。父親のジアウディンさ
本とペンを手に取ろう。それが一番強い武器。
んは私立学校を経営する教育者で、マララさんもこ
一人の子ども、先生、そして本とペンが世界を
の学校に通い、医者を目指していた。スワート地区
変えるのだ。教育こそがすべてを解決する。
ではイスラム過激派タリバンが 2007 年から勢力を
と語っていた。貧しい国の子供たちが教育を受け、
拡大し、一時ほぼ全域を支配、学校を破壞し女子
自分の意思で生き方を選べることがイスラムの過激
生徒を脅していた。09 年、マララさんはタリバンに
思想の台頭を抑え、紛争やテロを防止する力となる。
おびえながら登校する日々をブログに仮名でつづ
マララさんらの平和賞受賞は、国際社会に対してこ
り始めた。やがて本名を明かし、国内外のメディア
うした動きを後押しするよう促す意味を持っている。
で発信するようになった。これに反発したタリバン
が、12 年 10 月 9 日、学校からバスで帰宅中のマラ
残虐な「イスラム国」が広がる中東
ラさんを襲撃。弾丸は左目上から首を貫き、肩まで
今年 6 月「イスラム国」と名乗るスンニ派の武装集
達して脳をかすっていた。イギリス中部バーミンガ
団がイラク第二の都市モスルを制圧し、北部一帯を
ム市の病院に移送され、16 日に昏睡コンスイ状態から
勢力下に置いた。リーダーのバグダーディーが自
分をカリフとする「カリフ」国家を宣言し、かつての
①イスラム教国のスンニ派とシーア派の対立
栄光を取り戻し、中東に大きなイスラム国家を再
イスラム教徒の数は、約 16 億人でキリスト教に次ぐ。
現させようとしている。カリフとはイスラム教徒全体
開祖ムハンマドの後継者についての考えの違いから、
の最高指導者で、歴史的にカリフ国家は 13 世紀
大きく二つの宗派に分かれ、世界全体で 75%がスンニ
アッバース朝の滅亡で消滅したとされていた。し
派、20%以下の少数派がシーア派である。戒律や慣行
かし、「国」と言ってもただの武装集団である。
の内容に微妙な違いがある他、スンニ派が戒律を厳密
8 月には
に実行し、シーア派が信仰の内面を重視すると言われ
拉致された
る。サウジアラビアはスンニ派の中でもとりわけ戒律が厳
米英の男性
しいが、シーア派が9割であるイランでは意外に酒を飲
を殺害する
む人がいて、ラマダンの断食をしない人もいる。問題
映像を公開
は、国民の多数派でない宗派が権力を握る場合で、紛
した。これ
争の原因となる。米英が侵攻(イラク戦争)する前、フセイ
に欧米の
ン大統領の独裁政治だったイラクがそうであり、現在の
人々が強く反発、欧米とアラブ諸国が共同で、イ
シリアの内戦の背景もそうである。中東の政治状況の難
ラクとシリアに展開する「イスラム国」に対して空爆
しさは、石油利権をめぐる争いの上に、シーア派とスン
を開始した。しかし、陸上部隊が派遣されていな
ニ派の宗教的対立が複雑に重なっていることである。
いので、その勢力は依然強いままだと言われる。
「イスラム国」が注目されたのは、米英が侵攻した
イラク戦争(2003 年)の後にイラク国内が混乱した 06
年、国際テロ組織アルカイダのイラク支部として、モ
スク爆破や爆弾テロなど残虐な攻撃を繰り返した時
だった。そして、11 年以降に再びテロ活動を強化し、
13 年からは内戦状態のシリア内でもアサド政権と
戦う中で、その軍事力を急速に強めてきた。彼らは、
数の外国人が加わっているからだ。アラブ人だけ
でなく、欧米先進国からも多数の若者が参加してい
る。イスラム原理主義に感化されるだけでなく、現
在の退屈な生活から抜け出し、自らのアイデンティ
ティーを見い出したいという動機の人もいる。こうし
た若者が帰国してテロを行ったり、影響を受けて独
自のテロ活動をしたりする心配が大きい。
異教徒からイスラムの地を解放する聖なる戦い(ジハ
ード)をイスラム教徒の義務と見なし、シャリア(イスラム
法)を徹底しようという考え方(原理主義)を持つ。イス
ラム教の最大宗派スンニ派に属し、別宗派のシーア
派に対しても無差別攻撃を行うのが特徴だ。
「イスラム国」は、湾岸産油国諸団体からの寄付や
誘拐による身代金を活動資金としていたが、シリア
最も深刻なのは、彼らの支配地拡大により、シー
の油田地帯を制圧すると石油の密輸により膨大な
ア派やキリスト教徒が追放され、スンニ派のクルド
資金を得るようになった。また、彼らにイラクの前フ
人や反対勢力まで迫害され、数十万人のヤジディ
セイン政権の軍人が多く参加し、イラクやシリアの
教徒にいたっては殺害対象とされたことだ。欧米の
政府軍から戦車やミサイルを奪って、14 年になると
空爆はまず彼らの救出作戦としてスタートした。
「イスラム国」がイラクとシリアにまたがる広大な地域
を急速に制圧するまでになってしまった。
先進国の若者への影響と残虐性
これ以外に大問題となっているのは、彼らが積極
的にソーシャルメディアを使って兵士を募集し、多
アルカイダが仲違いしたのは、「イスラム国」があ
まりにも残酷だからと言われ、軍事攻撃で彼らの勢
いを止めることが現在の緊急課題である。しかし、
「イスラム国」の残酷な統治では中東の人びとの怒
りや不満が解決できないと、中東各国の政府や国
際社会が現実に示せなければ、過激なイスラム原
ボラへの対応ノウハウがなかったことと、民衆の衛生
理主義の影響が消えることはないだろう。
意識が低く医療設備も整っていなかった。エボラを
「呪い」と考える人もいて、欧米の医療スタッフが奇
西アフリカで死者 5 千人のエボラ出血熱
病を持ち込んだと考え、住民による嫌がらせも起こ
アフリカから密輸入されたサルが森に放たれ、サ っている。WHO など国際社会の対応も遅れてしま
ルから人々に危険なウィルスがうつってアメリカの町 った。ギニア政府が最初の報告をした 3 月 23 日に
で爆発的な感染が始まり、軍が住民ごと町を消滅さ 49 人の患者数だったのが、WHO が国際的な緊急
せようとする・・・。これは 1995 年の映画『アウトブレ 事態を宣言した 8 月 8 日には、4 カ国で 1800 人を
イク』のあらすじで、これはエボラ出血熱をモデルに 超え、死者が 1000 人以上も出ていた。
している。エボラ出血熱は致死率が 50∼90%と言
いま臨床検査などの効果の確認が終えられない
われ、中央アフリカですでに10回発生した。今年は まま、開発中の治療薬を投与し大量のワクチン生産
ギニアから西アフリカのリベリア・シエラレオネに広 に入っている。富士フィルムの子会社富山化学工業
がって大感染となり、欧米にも感染者が出る事態と が開発した、「ファビピラビル」がスペインの看護師
なった。11 月 5 日現在、感染者数 1 万 3042 人、死 に投与されて完治に成功した。しかし、効果があっ
亡 4818 人(WHO発表)で、アメリカが軍隊を派遣し隔 たかどうかは分からない。西アフリカへの緊急支援
離を支援するなど世界的な大問題となっている。
を強化し、患者・感染者の隔離体制を完璧にするこ
エボラ
とが何よりも重要である。先進国から支援を続けるた
出血熱
めに渡航の全面禁止はできないので、西アフリカか
は、1976
ら戻った日本人がウィルスを持ち込む可能性があり、
年に中央
エボラが日本にとって「対岸の火事」ではない。とい
アフリカ
って、いたずらに不安を煽る言動は避けるべきであ
のコンゴ民主共和国で集団感染が発見され、近くを る。感染が発生したセネガルやナイジェリアがすで
流れるエボラ川から名付けられた。ウィルスの宿主 に終息宣言をしたたように、感染の封じ込めは十分
は野生のコウモリで、コウモリを食用とする地域の感 可能なのである。正確な知識を持ってデマに流され
染が多い。発熱や嘔吐、下痢と、内臓や口、鼻から ない冷静さを持ってほしい。
出血する症状がある。空気感染はせず、症状が出
た患者からの排泄物や嘔吐物、さらに血液、汗など
香港の学生が民主主義を求めて大デモ
の体液から感染する。いまだ治療法が見つかって
いない危険な感染症である。西アフリカでは、亡くな
った人を洗い清め、顔や体を触って別れを惜しむ
習慣があり、これが大感染の背景にある。また、治
療には防護具の着用が不可欠で、エアコンを効か
せても非常に暑いために集中した作業が困難であ
り、防護具に付いた体液から多くの医療スタッフが
感染して、アフリカの少ない医療者がさらに減って
いる深刻な事態となっている。
学生デモ
左:傘を持つ学生
右:機動隊
行 政 長 官 選 挙 の や り 方が 納 得 い か な い
今までの発生は農村地区で、患者を隔離すること ――これが 2014 年 9 月 26 日から始まった
で死亡数を数百名までのレベルに抑え、感染の爆 学生デモが訴えていることである。香港の
発的拡大を防いできた。今回はなぜ拡大を止めら トップである行政長官を、2017 年から市民
れなかったのか。西アフリカは、中央アフリカほどエ が 参 加す る普 通選 挙 で選 べ ると 思っ てい
た。(現在は、
が、一度見送られるなどの混乱があったも
一部の市民の
のの、10 月 21 日には香港政府と学生団体
みが選挙に参
が対話を行った。学生側は中国の決めた選
加、右図参照)
挙制度の撤回を要求し、政府は理解を示し
ところが、普通
たものの撤回に応じることがなかった。
選挙となるも
長引くデモと占拠の中で、経済的ダメー
のの、自由な立
ジが大きくなっている。占拠された地区は
候補ができず、
観光に大切な場所なので、ホテルやタクシ
各業界代表か
ー、飲食業などに影響が出ている。11 月 5
らなる指名委
日 の 世論 調査 では デ モの 即 時撤 収を 求め
員会の半数同
る声が 7 割を超え、デモ支持の市民の中で
意を得ないと
も分裂が起こっている。中国政府は軍の出
いけないと、中国が決定したことが分かっ
動をせずに静観しているが、デモを違法と
た。これに対して学生や市民が立ち上がり、して要求への譲歩を一切見せず、抗議活動
数 万 人が 集ま り徹 夜 で繁 華 街の 占拠 を始
めたのだった。彼らは、現行政長官の辞任
と決定の撤回を要求している。
学 生 た ち は 雨 傘 を 持 って 抵 抗 運 動 を 続
の報道を国内で厳しく規制している。
香港は中国の一部であるが、「一国二制
度」という特殊な関係で、中国本土からほ
ぼ外国扱いされている。自由貿易協定国の
けている。この雨傘は雨除けのためでなく、関係で関税がないものの、出入国に通行証
警 官 隊が 学生 の排 除 に使 う 催涙 ガス など
が必要である。香港は、アヘン戦争 (1840 年)
から目や鼻を守るためである。学生たちは、で清が大敗し、南京条約 (1842 年)でイギリ
12 年香港政府が導入しようとした、中国政
スに奪われた。半島部分の新界地区は 99
府への愛国心教育を止めたことがある。若
年租借 (領土の借入)となった。イギリスとの
者たちを中心に、中国政府に同調してしま
交渉の結果、50 年間は従来の政治・経済制
う香港政府を批判する風潮があり、デモが
度を残す約束で、1997 年 7 月に香港が中国
拡大したのである。政府と学生の対話約束
に返還され、基本法を中国が制定した。
イスラム教② 開祖ムハンマドがどのようにイスラム教を生み出したか
7 世紀、サウジアラビアのメッカにムハンマドという商人がいた。彼が洞窟で瞑想
よ
していると突然、何か黒いものに体を押さえつけられて「誦め」と言われた。読み書
きのできない彼は「誦めません」と逃げるが、妻から「神様のお告げだから暗記して
人々に伝えなさい」と言われる。黒く大きな力は大天使ジブリール(ガブリエル)で、神
の通訳としてムハンマドに神の言葉を伝えのだ。彼の死後、信者たちが暗誦した言
葉を本にまとめて聖典『コーラン』となる。これを人々に伝えたムハンマドは、神の
言葉を預かった人として「預言者」と呼ばれる(予言者ではない)。キリスト教のイエスのように神ではなく、人間で
き え
あることが強調される。「イスラム」は帰依の意味で、イスラム教は「神様にすべてを委ねて、心の安寧を得る」
という宗教なのである。唯一神アッラーのみを信仰して偶像崇拝を禁じるので、キリスト教のように十字架のイ
エスを祈ることはない。いま全世界で信者が増えているが、『コーラン』で示された通りの生活に戻らなければ
ならないと考える、イスラム原理主義の影響力が広がって、アルカイダや「イスラム国」などのような過激派が
次々と生まれている。しかし、イスラム教は本来平和を重視する最新の一神教というべき宗教なのである。