1 イスラム過激派と国際政治 「イスラ

 イ ス ラ ム 過 激 派 と 国 際 政 治 「イスラムの好戦性」、「イスラムの脅威」=冷戦後に強調される 「イスラム過激派」=欧米諸国にとって重大な脅威→例:9・11の同時多発テロ、2 004年3月11日のマドリードでの爆弾テロ、2005年7月のロンドンでの同時多 発テロ イスラム過激派の活動→イスラムを政治社会の根本に据え、イスラム世界の「世直し」 を考えるイスラム政治運動(原理主義)の急進的な形態 ※冷戦の終結後、ソ連を中心とする共産主義に代わって、世界の安全保障に対する 重大な脅威であるとアメリカなど欧米諸国によって見られる イスラム過激派の成長→中東イスラム世界の社会・経済的混迷、ヨーロッパ植民地主義 やアメリカの介入政策など欧米諸国のイスラム世界への進出、 さらに資本主義や社会主義など世俗的イデオロギーがこれらの 地域で成功しなかったことなどを背景にしている a イ ス ラ ム 過 激 派 : 理 念 と 方 法 代表的なイスラム過激派組織=エジプトの「ジハード(聖戦)」、「イスラム集団」、 ア ル ジ ェ リ ア の 混 迷 を も た ら し て き た G I A ( 武 装 イ ス ラ ム 集 団 )、 パ レ ス チ ナの「イスラム聖戦」、アルカーイダ、「イスラム国IS」などがある イスラム過激派→テロなど暴力行為をイスラムの宗教観念である「聖戦」と位置づけ、 イスラム世界の矛盾が多い現状は、議会制度など漸進的方法では到 底改善できないと訴える イスラム過激派→政府がイスラム法を施行する意思がなく、また彼らに対して政府が 弾圧を行うならば、神の「敵」である政府や、それと結託する外国 勢力に対する暴力の行使は宗教的使命であると主張する イスラム過激派→中東イスラム世界の政治的・社会的不義の根絶を唱える ↑ イスラムは、その布教が開始された時代から「世直し」のメッセージを信徒たちに 伝えていた ※アラブ史研究の碩学であるバーナード・ルイス→「宗教としてのイスラムの誕生自 体が革命であり、預言者ムハンマドはメッカでは反体制の指導者であった。また、 彼は自らが出生した地の政治権力との闘争にも従事していた」 ムハンマドが神(アッラー)の言葉を聞き、それを人々に伝え、宗教活動を開始した当 時のアラビア半島→各部族がそれぞれの神を祀っていたが、ムハンマドはこうした 1
状況を宗教の「堕落」と考える ↓ ムハンマド→本来の神は唯一であり、人々はこの真の神に対する信仰に回帰すべきであ ることを訴えていく。また、ムハンマドは当時のアラビア半島ではびこ
っていた商業活動にまつわる不正を批判し、富裕な者たちは貧者にその
利益を還元すべきであることを説いた。そのため、イスラムでは信徒の
守るべき5つの行いの一つに「喜捨(救貧税)」を設けている。 イスラム過激派を含めて現代のイスラム政治運動家→政治腐敗や、社会・経済的不平等 などイスラム世界の「不正」が、こうしたムハンマドが説いた宗教理念と合致しない ことに大きな疑問を抱き、それが彼らの思想や行動の出発点になっている イスラム政治運動→イスラム地域にある矛盾を、宗教と政治が合体し、イスラム法(シ
ャ リーア)を法体系とするイスラム国家の樹立によって解決すると
い うのがイスラム政治運動の考え イスラム過激派→そのイスラム国家に到達する手段として「聖戦」の行為を重視 ※イスラム過激派にとって「聖戦」とは神によって認可されたが、しかし長い間忘 れられていた神聖な義務なのである。 b イ ス ラ ム 過 激 派 台 頭 の 政 治 ・ 社 会 的 要 因 イスラム世界→人口増加が顕著 特に地方出身者たちは、より良い生活を求めて大都市に移住するようになるが、こう した「国内移住」もまたイスラム政治運動の成長要因とならざるを得ない 1970年代以降、カイロ、バグダッド、ダマスカス、ベイルート、ハルツームなどイ スラム世界の大都市→その人口を2倍に増加させる ※農村から大都市に移住しても安定した職業に就けない階層は、大都市縁辺の貧民街を 形成することになり、社会基盤の劣悪な生活を余儀なくされる。こうした「国内移民 層」も清貧や社会的公正を説くイスラム政治運動の重要な支持基盤となっている。 人口増加に伴い青年層が多く失業しているという現実→これら階層がイスラム政治運 動の主張に吸収される背景となっている ※中東イスラム地域→イスラム過激派にとって、職や住宅、物資がないという社会的敗 北感を道徳的勝利に転化しようという強い意識が働いていることは間違いない 中東イスラム世界→国家の富は兵器や、国民にあまり経済的恩恵をもたらさない壮大な プロジェクトに浪費され、これらが国民の福祉や教育などよりも優先されている場合 が多く見られる。さらに、政治腐敗やネポティズム(縁者びいき)が横行し、政府高 官が政治や経済を私物化するなど個人やコミュニティに対する庇護者、あるいは国民 の代表としての「国家」の本質が政治指導者たちによって、理解されることが希薄で 2
ある。 アラブ諸国政府→イスラエルとの軍事的対決に敗れ、アラブの大義である「パレスチナ 国家」を樹立できなかった。その一方でアラブ世界の指導者たちは、イスラムの聖地 であるエルサレム(ムハンマドが昇天した地と考えられている)を占領するイスラエ ルに対して断固たる姿勢をとることは稀で、アラブ諸国間の問題の調整にそのエネル ギーを注いでいる。さらに、アラブ諸国政府はイスラエルに対して弱腰の外交を展開 する一方で、国内の反体制派の抑圧には躍起となり、国民に対して人権侵害の措置を とる。 中東イスラム世界→総選挙の結果によって、政権が代わるのはトルコ一国ぐらいであり、 その他の諸国は独裁体制か、権威主義体制である。このように、政 治が「正当性」を喪失し、民意を吸収するシステムになっていない ことも、イスラム過激派による「聖戦」の行使の背景になっている。 c イ ス ラ ム 過 激 派 の 活 動 を 助 長 し た 国 際 的 要 因 ①1979年のソ連軍のアフガニスタン侵攻←アラブ諸国から何千人もの義勇兵たちが参 加 アラブ元義勇兵たち→ボスニアやチェチェンなどムスリムと「異教徒」との紛争にも 「イスラムの大義」に訴えながら参加 ②1990年から91年にかけての湾岸戦争→アメリカなど西側諸国を非難するイスラム 過激派の主張を強めることになった ③中東和平の停滞→1996年にイスラエルでネタニヤフ政権誕生 ※93年9月に「暫定自治に関する原則宣言」が調印され、中東和平は前進したかに思 われたが、95年11月に「原則宣言」を推進していたラビン首相が暗殺され、またタ
カ派のネタニヤフ政権が発足すると、和平プロセスは明らかに停滞する→2000 年9月に第二次インティファーダが発生、分離壁の建設、ガザへの攻撃、封じ込めなど ④イスラムを「敵視」する欧米諸国の政策 ◎ハンチントンの「文明の衝突」論→キリスト教文明とイスラム文明の対立は弱まるこ とがなく、さらに先鋭になっていく可能性を指摘したものであったが、冷戦時代、 善玉(アメリカ)と悪玉(ソ連)という発想に慣れたアメリカにとって、イスラ ム政治運動家たちが常に「反米」を口にすることから、アメリカには「イスラム =悪玉」という意識が定着していることは否めない。ドナルド・トランプ氏はムスリ
ム移民を禁止することを提言 ↓ イスラム諸国を敵視する政策もまた、欧米諸国の政策や価値観を否定するイスラム過 激派の主張にとって追い風になっていることは明らかである 3
⑤9・11後の対テロ戦争 アメリカによるアフガニスタン、イラク攻撃←「戦争の家」から「平和の家」への軍事 介入 d 国 際 社 会 は イ ス ラ ム 過 激 派 に い か に 対 応 す べ き か 中東イスラム諸国政府→イスラム過激派に対して抑圧一辺倒の方針をとる ※イスラム諸国政府に求められているのは、こうした抑圧よりもむしろイスラム過激派 の勢力伸長の背景になっている政治・社会・経済的問題を理解し、その改善を図って いくことである。政治的には民主化の徹底を促すことが必要で、穏健なイスラム政治 運動家を含む広範な勢力の国内政治への参加が求められている。 イスラム過激派に対する一般市民の支持は少なく、多くの大衆が支持するのは、穏健な イスラム政治運動グループによる社会福祉事業→例えば、レバノンでヒズボラなどイス ラ ム 主 義 組 織 が 大 衆 の 人 気 を 獲 得 す る の は 、 イ ス ラ エ ル に 対 す る 軍 事 活 動 で は なく、その病院経営や救貧活動によってである。 イスラム政治運動の勢力伸長→中東イスラム世界の深刻な社会・経済問題を背景にして、 政府が供給しない社会福祉事業を人々に施してきたため ※イスラム過激派の主張を弱め、そのテロ活動を抑制するためには、中東和平プロセス の円滑な進行を国際社会が支援していくことも必要である→中東和平の進行は明らか に鈍くなったが、中東和平はイスラエルが聖地エルサレムを占領していることもあっ て、イスラムの大義に関わる問題である 国際社会→イスラム過激派の勢力伸長を抑制するには、イスラムの復興現象や、穏 健なイスラム政治運動への理解を深めることが必要 これらの現象の背景となっている人口増加や高い失業率などイスラム世界の社会・経済 矛盾→一時期日本にもイラン人が大挙して押し寄せ、またヨーロッパ諸国で極右勢力が ムスリム移民の排斥を唱えるように、西側先進諸国とも無縁な問題ではない アメリカやフランス→イスラム過激派の攻撃を受けるのは、過去の植民地主義時代の進 出やイスラム諸国に軍事介入する政策などのため 西側先進諸国→マレーシア、インドネシア、サウジアラビア、エジプトなど穏健なイス ラム諸国家との友好関係を維持、発展させていくことも重要 西側先進諸国など国際社会→イスラム過激派の主張を先取りし、イスラム地域の様々な 矛盾を、これら地域の政府との協力を図りながら改善に努めていく ことが、イスラム過激派の行動を抑制することになることは確かと いえよう
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