宇宙で最初に生まれた星、ファーストスター

宇宙で最初に生まれた星、ファーストスター
原始の宇宙を満たしていた高温度の霧が晴れ渡ると、宇宙は「暗黒時代」と呼ばれる光のない時
期に入った。このときに放射圧が突然取り除かれたため、重力に引っ張られた物質がくっつき始め
た。そのほとんどが質量の軽い水素とヘリウムで、重い元素であるリチウムとベリリウムはごく微
量しかできなかった。この物質が、宇宙創成の早い時期から形づくられていたダークマターの固ま
りの周辺で融合し始めた。コンピューターを使ったモデルや観測から得られた証拠をもとにその後
の宇宙の様子を考えると、最初にできたのは銀河のような複雑な構造体ではなく、桁外れに巨大な
恒星だった。
巨大太陽の時代
巨大な恒星、ファーストスターが宇宙創成の初期に存在していたはずだと考えられるのは、次の
ような理由からだ。まず現在、私たちが見ることのできる恒星は「種族 I」
「種族 II」という二つの
グループに分けられる。このうち古い星は、種族 II に分類される。種族 II の恒星は宇宙の歴史の
初期に生まれ、最も軽い元素である水素とヘリウムで主にできている。球状星団や銀河の中心には、
この種族 II の恒星が集まっている領域がある。そこには、なぜか原始宇宙で恒星を形づくったと考
えられる元素の割合よりもはるかに多い割合で、重い元素が含まれている。もしビッグバンの少し
後に生まれた寿命の短い星、いわゆる「種族 III」とでもいうべき恒星が種族 II に先立つ第一世代
として存在していて、それが最初の銀河を構成する素材として重い元素の種をまき散らしたと考え
れば、謎は解ける。
種族 III のような恒星があったはずだと考えられるようになったのは、1970 年代後期のことだっ
た。1990 年代になり原始銀河を含む遠方の宇宙の様子が明らかになると、原始銀河がすでに重い
元素に満たされていたことがわかった。この事実に沿って考えると、種族 III の恒星がかつて存在
し、それが宇宙の進化のなかでも特別な役割を果たしていたとする考えが有力になった。
ビッグバンからおよそ 1 億 5000 万年後に種族 III、すなわちファーストスターができた。そのと
きの状況を詳しく分析した結果を、イェール大学のボルカー・ブロム、パオロ・S・コッピ、リチ
ャード・B・ラーソンが 2002 年に発表した。当時の宇宙は比較的高温だったため、恒星ができる
もととなったガスは動きが速すぎて、なかなか星の形にはまとまれなかった。ところが、一つ一つ
の水素原子核が互いに結合して水素分子になったことで、ダークマターの核の周囲に集まったガス
の固まりが冷やされた可能性があることを彼らは示したのだ。こうしてできた動きの遅い水素分子
ガスは収縮して原始星となり、周囲からさらにガスを引き入れられるほどの重力をもち始めた。原
始星が高温になると、分子は再分離した。そのうちに核融合が始まり、水素からヘリウムが作られ
た。このとき新しくできた恒星には質量の重い元素が含まれていなかったため、核融合反応を抑制
しながらも、桁外れに巨大化していった。こうしてできたファーストスターはたった一つでも太陽
数百個分の質量があり、分裂することもなかったため、現在観測できるどの星よりも大きかった。
これほどまでに巨大な星は自分の内部にあるエネルギー源をすさまじい勢いで消費する。恒星の寿
命が訪れるまでの間に核融合が進み、内部にあったヘリウムが重い元素に変化していったのである。
最初の超新星
誕生してから数百万年ほどで、原始の巨星たちは核に蓄えていた燃料を使い果たした。自らを内
部から支えていた外向きの放射圧がなくなると、巨星は崩壊し、今日宇宙で観測できるどんな現象
よりも破壊力のある超新星爆発が起こった。そのときの超新星爆発からどんなことが実際に起きた
のかは、詳しくはわからない。現在でもさまざまな説が代わる代わる登場している。この爆発で恒
星は完全に破壊されたため、ブラックホールすら一つも残らなかった、とする説もあれば、太陽数
十個分の質量のブラックホールがその後にできた、とする説もある。こうしたブラックホールの名
残は融合あるいは結合し、現代の多くの銀河の中心部にあるとてつもない規模のブラックホールが
できる理想的な環境を作った、という考えを 2002 年に発表したのは、カリフォルニア大学サンタ
クルーズ校のピエロ・マドーとケンブリッジ大学のマーチン・リーだった。どのプロセスを経たと
しても、巨大な星たちが崩壊したおかげで、初期の銀河に存在する重元素が宇宙空間にまき散らさ
れたことは、ほぼ間違いないと見られている。
種族 III の恒星が果たしたもう一つの役割は、銀河間物質の再電離(再イオン)化だ。水素分子
がいったん生成された後に、宇宙を暗黒時代に突入させる重要な役割を果たす一方、現在の銀河間
に存在するガス雲の大半は電荷を帯びた水素イオン、平たく言えば結合していたのが再び分離した
原子でできている。こうしたイオン化は通常、強烈な紫外線によって引き起こされる。原始の星も、
強烈な紫外線を照らしていたことになる。
初期の宇宙に種族 III の巨大星、ファーストスターがあったと考えれば、宇宙論学者たちが抱え
ていた問題のいくつかは解決する。しかし、それですべてがうまく収まるわけではない。これほど
高温の環境でガス雲が収縮して恒星が生まれた具体的なメカニズムについては、まだわからないこ
とがたくさんある。水素分子ができたことで温度が下がったという説明に誰もが納得したわけでも
なかった。2008 年に、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のダグラス・スポイラー率いる天文
学者のチームは、興味をそそられる理論を唱えた。原始の恒星を光らせていたのは、ダークマター
(暗黒物質)の正体かもしれないとされるニュートラリーノの対消滅(物質と反物質が衝突して消
滅する現象)が起きたときに生じたエネルギーだというのだ。この物質がダークマターを通常の物
質に変え、核融合反応を起こせるほど恒星の核を凝縮させたと彼らは考えている。
もう一つ、ファーストスターは現在広く考えられているほど巨大だったわけではなかったとする
説もある。NASA のジェット推進研究所の細川隆史のチームが 2011 年に、新しいシミュレーショ
ン結果を発表した。それによると、原初の宇宙に形作られようとしていた巨星は、膨大な量の物質
を噴出していた。中心の核めがけて落下する物質の供給はやがて止まるため、35 太陽質量を超えて
大きく育つことはなかった。このモデルの恒星は、種族 III とほとんど同じ役割を引き受けること
ができたし、ブラックホ-ルを作った超新星が果たした仕事のかなりの部分についても、ひけを取
らないほどの役割を果たせたと考えられている。
天の川銀河のブラックホール
天の川銀河の中心はいったいどうなっているのか。地球から 2 万 6000 光年ほど離れた、いて座
の方角にあり、可視光でも、赤外線でも、その位置を目で直接見て確かめることはできない。その
方角と地球との間には高密度の星雲や星間塵(せいかんじん)を含んだ渦巻腕が横たわり、銀河の
中心には年老いた赤や黄色の星が無数にひしめいていて、視界を遮っているのだ。いうなれば、天
の川銀河全体をまとめているのは、こうした恒星たちの重力だ。だとしたら、銀河の中心部分は何
がまとめているのだろう。銀河の中心部周辺にある不思議な天体と、そこで起こっている激しいプ
ロセスの正体がやっとわかり始めたのは、1990 年代になってからのことだ。
天の川銀河をはじめとする銀河は、中心部に物質が高密度で集まり、巨大な固まりを作っている
重力によって形をなしているのだと天文学者たちはある時期、予測していた。中心部にある恒星は、
楕円軌道を描いている。その軌道は銀河の平面に対して大きく傾いており、銀河円盤の上にある恒
星の軌道と比べると、あまり秩序立ってはいない。重なり合った軌道の効果が累積し、中心部は平
たいボールのようになっている。しかし、見るからに混然としていているこの中心部分の領域にあ
る天体はすべて、この中心部分の中でも比較的小さい領域を中心に、公転する軌道をもっているよ
うだった。
1974 年にこの領域を初めて電波で探査したときには、いて座 A という名で広く知られている、
電波発生源のグループを発見した。そのうちの一つ、いて座 A イーストは泡状の高温ガスで、おそ
らく膨張している超新星の残骸だと考えられている。一方、いて座 A ウエストは、銀河の中心部分
に向かって落下しつつあるガスでできた見事な三つの渦巻腕をもち、その形状は二つの高密度の巨
星星団からの放射によって作られていた。どちらも比較的短時間の「スターバースト」からできた
と考えられている。このスターバーストは、天の川銀河の中心からほんの 100 光年ほどしか離れて
いない位置で、独特の条件がそろったときにガスが大規模に圧縮して起こったと考えられている。
いて座 A イーストの中心部にはほかに、第三のコンパクトな電波発生源、いて座 A*(スター)
が埋もれている。この天体はまた別の大質量星団の中に横たわっていた。どうやらそのあたりがち
ょうど天の川銀河の心臓部であり、なおかつ天の川銀河のど真ん中に横たわる巨大質量のブラック
ホールがある位置でもあるらしかった。
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