幼生が泳ぎ出す瞬間

 幼生が泳ぎ出す瞬間
卵を抱えたオカガニが海に入って体をリズミカル に揺 すると,波紋が 広がる.卵の膜 が 破れて の一種 )
に出会った
オーストラリア・ブリスベン川の河口で,隊列を組んで干潟を歩く「兵隊ガニ」
(ミナミコメツキガニ 石垣島の八重山漁協魚市場に水揚げされた,サンゴ礁に棲む色とりどりの魚
ヒメフエダイ
(ミミジャー)の胃袋 の中から,ついさっき食べられたばかりといった風情の珍しい
カニたちが見つかる
サンゴ礁に棲む魚,イソフエフキ(クチナギ / クチナジ)が 食べていたさまざまな生き物.上段左
からヒトデ類,ヒザラガイ類,コシオリエビの一種,シャコの 一種.中段左からテングハギ,タ
コの一種.下段は体長 30cmもあるゴカイの一種ジャムシ
緑の海草の上をすばやく這い回るクサイロカノコという小さな巻貝は,殻の色模様が草にそっく
りだが,それでも見破られて魚に食べられることがある
養殖の途中でウイルス性の病気により大量に死んだエビが,池の縁に吹き寄せられた
マレーシア・マタンのマングローブ林の恵み,フクレハイガイは身にヘモグロビンを持 つ赤貝の仲間
カニ のつぶ や き
目 次
ルリマダラシオマネキ
─
は じ めに
食 え ないカニたちと
オカガニたちの夜 ボルダリングの名手は ヤドカリハンター ベニシオマネキ
「豚足ヤドカリ」の教 え 矛盾のなかに真理 あ り 「兵隊 ガニ」の素顔 黒潮の右と左 誰かカニの雌雄 を知 らんや リ ーフの外には何がいる? クロツラヘラサ ギの保養地 自然と業のはざ まで 6
1
21
48
35
8
10
3
12
岩穴暮 らし 食われる者から見たサンゴ礁 16
大鵬の海へ 南波照間にソデイカを追 う 64
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28
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ダルパパに会 う 157
ミナミヒメシオマネキ
台湾曽根 まで 熱帯の視座から イラワジのカニの村 コレクター 心理 「ひる ぎの一葉 」に始 まる食物連鎖 辞
あと が き
謝
161
カニに春秋 あ り ケアンズのカニ捕 りツアー ニッパヤシの便 り エビを 育てる 海辺で 数の 力 マタンは偉大な り 海老は縁起物 か 119
129
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113
76
86
107 105
132
146
ミナミコメツキガニ
装丁
装画
三村 淳
長嶋祐成
はじめに
食えないカニたちと
—
石垣島の干潟をスコップで掘り返しながらカニを研究する日々、通りすがりの人々から最も頻繁
にかけられた言葉は「そのカニ食べられるんですか?」だった。しかしオーストラリアでは「その
カニのどこが面白いんだ?」と尋ねられることが多かった。
あさ
「食べられるのか?」という質問にはイエスかノーで答えるしかない。
「食べられない」とわかる
と、たいていは興味を失い立ち去ってしまう。一方で「どこが面白いのか?」という問いかけには、
さまざまな答え方で応じることができる。会話が続く。海辺で魚介を漁って食用とする習慣を持つ
か否かという違いはあろうが、それにしても、もう少し「食えない者たち」に関心を持ってもよい
のでは、と思う。
「食べられる生き物」とは、ヒトの身体の維持、発達に必要な滋養の源だ。ヒトが自然の中で食
うや食わずの生活を送ってきた数百万年の間、食料の調達は心の躍動とセットになっていたであろ
う。いまや食物はスーパーで買ってくれば事足りる。そこでは、食料を入手する過程で経験してき
1 はじめに
たはずの、工夫や技の鍛錬が収獲によって報いられたという充足感も、自然の恵みに運よくあずか
ることができたという安堵感も感謝の念も生じがたい。自然の中の発見や感動の体験は、精神の発
達に本来欠かせないものではなかったか。「パンのみにて生きるにあらず」という。足下の食えな
い有象無象の生き物たちを、心の糧をふんだんに授けてくれる八百万の化身と思ってみてはどうだ
ろう。
2
オカガニたちの夜
梅雨明け間近の夕まぐれ、島の浜辺にオカガニが降りてくる。腹に一杯の卵を抱えて。卵は灰色。
孵化直前だ。
旧暦五月の満月前の数日。浜は、突如現れたオカガニの群れでにぎわう。大きさは八センチほど。
捕まえようとするとハサミを振り上げる。力も強い。オカガニはふだん、名前の通り陸地に棲む。
海岸林から数百メートル陸側の田畑の近くにも巣穴を構えている。
オカガニが年に一度、浜辺に姿を見せるとき、卵はすでに孵化直前でスタンバイの状態だ。彼女
らは、その晩から数週間を遡り、まだ畑地の巣穴に出入りしていたとき、穴ぐらの奥で卵を腹に抱
いたはずだ。
3 オカガニたちの夜
海に放たれる直前のオカガニのゾエ
ア幼生
卵を抱えて浜辺に姿を現したオカ
ガニ
やがて母ガニは揃って浜辺に降りる日を迎える。浜に降りて
くる のは雌ばかりで、雄の姿はない。日没前、ハマユウやグン
バイヒルガオが砂地を被うあたりに、気の早いオカガニが見え
ゆうべ
隠れする。八重山諸島の日没は遅く、七時半を回っている。大
潮の夕。潮は満ちている。
夕闇がはっきりと濃くなる頃、開けた砂地にオカガニたちが
現れ る。波打ち際に向かうカニの足取りは、ある時は意を決し
た力強い歩みのようであり、またある時はそろそろと用心深く、
ためらいがちのようにも見える。だが、いったん脚が波に洗わ
れるや、もう迷わない。水深一五センチほどのところまで一気
に突進する。脚をふんばると身を震わせ、仔を海に放出する。
波に転がされてもおきあがり、カニは母としての務めを成し遂
は、一瞬黒煙のように見えた後、
げる。数十万のゾエア(幼生)
散っていく。
この先数週間の浮遊生活を経て、どこかの海辺にたどり着い
た幼 体が、浜に上がってオカガニとしての陸上生活に入る。海
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流に乗ってどこまで分散するかは誰にもわからない。
波間が騒がしくなる。ボラだ。ボラもまた、オカガニがこの宵に仔をいっせいに放出することを、
私と同じく知っていた輩であった。数尾のボラが、いま母体から放たれたばかりのゾエア幼生を少
しでも多く呑みこもうと躍起になり、ときおり暗い海面に躍り上がる。
試練を乗り越えた者だけが生き残るのは生き物の定めだ。いまも島々に暮らすオカガニは、どの
一匹をとってみても、例外なく自らが波濤を乗り越え、島に渡ってきた〝一世〟世代なのだ。
5 オカガニたちの夜
ボルダリングの名手はヤドカリハンター
ボルダリングとは、オーバーハングした岩にしがみつくようにして登攀するスポーツで、塊状の
」に由来する。沖縄の海岸にある「きのこ岩」は格好の練習場だ。
岩という意味の英語「 boulder
数十万年前のサンゴ礁が隆起した後、波に削られ「きのこ」の形となった。水に溶けやすい石灰岩
に特有の細かな凹凸に富む岩肌で、手がかり足がかりを得るのは容易だが、むしろ尖った岩先が手
や足に痛い。
日が暮れると、こうした岩の上に大きさが五センチほどの灰色の甲羅をもったカニが姿を現す。
オオカクレイワガニだ。岩の凹凸を乗り越えて移動するのにハサミも含めて一〇本の手脚を使える
を下にした逆立ちの姿勢もまったく苦にし
のは、いかにも勝手がよさそうだ。頭(目の付いたほう)
6
ない。ボルダリングの名手と呼びたくなる。
このカニは、ヤドカリに狙いを定めているのだった。砂浜に多いナキオカヤドカリは、日中強い
日射 しを避けて砂の中に埋もれ、あるいは漂着した海藻の下に身を隠しているが、日暮れ時に出て
きて、夜間活発に歩き回る。岩場の近くは警戒区域だ。待ち構えたオオカクレイワガニが、瞬きす
に持ちこんで食べるらしい。
( crabby
)
という形容詞は「とっつきにく
英語の「カニっぽい」
い、 気難しい」気質を意味する。オオカクレイワガニの、いか
にも他者を信用していない目つきや、気配を察して素早く逃げ
る脚の運びに、「カニっぽさ」が表れている。
肉食性のオオカクレイワガニは好物のヤドカリの他に、小さ
なカ ニや貝を襲って食べることもある。今夕いつもの岩場をラ
イトで照らすと、オオカクレイワガニと目が合った。貝だ、カ
ニだ、ヤドカリだ、と海辺の小さな生き物を研究対象として追
いまわす自分の前世は、このカニだったのかもしれないと思う。
7 ボルダリングの名手はヤドカリハンター
る間に走るや、もうヤドカリをハサミにつかんでいる。岩のくぼみや草の陰など、安心できる場所
夜の岩場に現れたオオカクレイワガニ.右の
ハサミでナキオカヤドカリを捕らえている