マルクス派最適成長モデルにおける長期資本と短期資本 獨協大学経済学部 山下裕歩 報告要旨 山下・大西(2002)、大西 (2012) や金江 (2013) は、一連の研究によって、マルクス派 最適成長モデルを構築してきた。これらの研究は、マルクス経済学を近代経済学の枠組 みで理解・再解釈しようとするもである。「マルクス派」と呼ぶのは、まず、本源的生産 要素、すなわち価値の源泉が労働のみであると仮定されること、そしてそれと関連して、 社会の最終的な目的である消費財生産が一旦生産財を生産した上で行われるという迂回 生産体系が仮定されていることによる。一方、「最適成長」と呼ぶのは、生産財蓄積経路 をいかに決定するかは、通時的な効用最大化問題として定式化されていることによる。そ して、なぜ「マルクス派」と呼ぶのかのもう一つの理由は、最適制御問題の帰結として導 かれる動学経路は、生産財(資本)蓄積過程であり、これは経済的諸関係(生産関係)の 歴史的展開と解釈でき、また、この最適制御問題の与件となっているのは、生産技術と効 用関数という自然的・動物的に唯物的なものであるからである。マルクス経済学であるこ との一つの定義が、 「労働価値説」と「史的唯物論」にあるならば、 「マルクス派最適成長 モデル」は、解釈としてこの 2 点を満たしている。そして、この 2 点を結ぶ縦糸が新古典 派経済学的な動学的最適化問題としての定式化なのである。 マルクス派最適成長モデルは、本源的生産要素を労働のみとする労働価値説に立脚し た理論モデルであり、消費財生産部門と資本財生産部門の 2 部門から構成される迂回生産 体系が仮定される。そして、この生産体系における資本蓄積経路を記述することが、マル クス派最適成長モデルの主要課題である。とはいえ、そこで示される資本蓄積経路は予定 調和的なものであり、信用不安や恐慌といった資本主義社会に繰り返し発生している現象 を説明しえない。このような資本主義の不安定性を説明・表現し得るように拡張すること が、資本主義社会を記述することを目的とする理論モデルとして非常に重要であると考 えられる。山下 (2012) では、マルクス派最適成長モデルに内生的貨幣供給を導入するこ とによってモデルの拡張し、結論として不確実性の高まりにより信用収縮と生産量の低下 が発生することを示している。しかし、そこでの最適化主体は社会計画者と設定され、集 権経済での最適な動学的経路を求めている。これに対して本稿は、最適化主体として、消 費財生産企業、銀行、家計の 3 主体が存在し、市場を介した相互作用を通じて、マクロ経 済の各変数が決定されるようにマルクス派最適成長モデルを拡張することを目的とする。 3 部門それぞれを代表する 3 主体の相互依存関係が分析されるが、一つの論点は長期資 本が 2 重の役割を担っていることである。すなわち、長期資本は物的資本として直接的に 消費財生産の生産要素であると同時に、銀行による消費財生産企業への与信の担保とし ても機能しており、その結果、消費財生産の生産要素である信用貨幣の供給量をも増加さ せるのである。つまり、長期資本は直接・間接に生産量へ影響を与える。分権経済では、 この 2 重性(長期資本の外部経済性)が考慮されないために、社会計画者の解に対して、 市場均衡での長期資本の水準が低下することが示される。
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