「2015 究極のテレビ画質」

「2015 究極のテレビ画質」
麻倉怜士のデジタル閻魔帳:4K テレビの先が見えてきた―
―2015 CES 振り返り(前編)
2015 International CES のトレンドは今回も 4K テレビだった。しかし、AV 評論家の麻
倉怜士氏によると、過去数年とは少し様子が違っていたという。4K テレビに加わる付加価
値とは?
1 月上旬に米国ラスベガスで開催された「2015 International CES」。今年も AV 評論家・
麻倉怜士氏に家電メーカー各社の傾向と分析を詳しく聞いていこう。
●――今年の CES はいかがでしたか?
毎年、テレビを中心に見ていますが、テーマがはっきりしている年と、そうではない年
があります。例えば 2010 年は 3D テレビが大きなテーマになりましたが、終わりもハッキ
リとしていました。2012 年はスマートテレビに注目が集まりましたが、スマートテレビ自
体の定義もはっきりしない状況でした。今年は Android TV や FireFox OS などの採用が進
んだ一方、スマートテレビという言葉自体はまったく聞かなくなりました。そもそも単に
スマホから連想したスマートテレビが無理なコンセプトだったのでしょう。
ここ数年は“4K”が話題の中心で、今年も順調に浸透していることがうかがえました。
米国では OTT(Over The Top)の IP 放送が「NetFlix」などで始まり、人気を集めていま
す。CAE の調査では、2014 年は 4K テレビが全体の 4%でしたが、2015 年は 11%、2016
年が 29%、2017 年で 38%、2018 年には 41%
になると予想しています。とくに 40 インチ
以上では、2018 年で構成比が 63%に達する
と見ています。
ただ、過去数年に比べると今年は様相が違
っていました。4K 自体はもう当たり前で、
むしろ 4K テレビを取り巻く画質向上のため
の技術や操作性など、複数のキーワードでく
くることのできるテーマが登場したのが新
しい。4K はベーシックなトレンドであり、
それに何を加えるかということです。それも 1 つではく、複数の付加価値が提案されてい
ます。
また、これらの付加価値に対し、日本のメーカーはもちろん、韓国や中国のメーカーも
期せずして同じ方向を向き始めました。昨年まではシャープの 8K や韓国メーカーのスマー
トテレビなど国によって微妙に方向性が異なっていたのですが、今年はほぼ同じ。今回の
CES では、それがハッキリしたと思います。
●――8K の展示も多かったのですか?
多くはありませんが、いくつかの展示がありました。例えば韓国のサムスンは昨年の CES
と IFA で 98 インチの 8K テレビを展示しましたが、
今回は中国 BOE のパネルを使った 110
インチでした。前回までは展示機に静止画しか表示していませんでしたが、今回はタイム
ラプス動画……つまり高解像度の静止画を連続して見せる疑似的な動画を表示していまし
た。おそらく 8K カメラが手に入らないためでしょう。
また 8K 解像度を利用した裸眼 3D のデモンストレーションも見ることができました。以
前、東芝が 4K パネルをベースにした裸眼 3D テレビを作っていましたが、それを拡大した
ようなイメージですね。残念ながら映像はまだ評価できるようなレベルではありませんで
したが。 LG エレクトロニクスは昨年同様、98 インチの 8K テレビを見せていました。以
前、
パネルは BOE 製ではないかと言いましたが、
実は LG ディスプレイ製だったそうです。
また LG ディスプレイは今後、65 インチ、55 インチといった、より小型の 8K パネルも製
造するつもりで、日本のテレビメーカーに売りたいと話していました。今のところは積極
的に売り込んでいるわけではありませんが、日本で試験放送が始まる頃には大々的に展開
するそうです。
●――国内メーカーのブースはいかがでしたか?
シャープブースは面白かったです。昨年までは北米の販売会社がブース内容を決めてい
たので売り物(北米向け新製品)が中心でしたが、今回は日本が主導して“近未来のディ
スプレイ”を多数展示しました。スーパースリムの 4K テレビをはじめ、フリーフォームデ
ィスプレイや透明ディスプレイなど、ユニークな
プロダクトをたくさん並べまていました。
中で
も一番面白かったのは、
「Beyond 4K Ultra HD」
です。技術的な詳細は明らかにしていませんが、
2K で 4K 的な画を出す「クアトロンプロ」と同じ
発想で、8K に迫る解像感を生み出します。4K テ
レビとサイド・バイ・サイドで見比べたところ、
アップコンバートと超解像技術をうまく使い、4K
で見るより精細感の高い映像になっていました。
8K とはちょっと違いますが、4K と 8K の間の“真
ん中より少し下くらい”という印象です。クアト
ロンプロは視野角が狭くなってしまうのが難点ですが、それは今後対処すべき問題でしょ
う。 販売時の価格は、現在の 4K 最上位モデルとちょうど同じくらいになるようです。
Blu-ray Disc などの 2K コンテンツを視聴する場合、4K テレビでアップコンバートしたほ
うが良い結果を得られるケースも多いですから、それを考えると 8K 放送の予定のない米国
でも 8K 相当にアップコンバートした 4K コンテンツが見られるというのは強いフューチャ
ーかもしれません。8K がビジネスになる可能性を感じます。ただ、シャープは「クアトロ
ンプロ」や「クアトロンプラス」
(米国での呼称)のようなブランディングで悩んでいるそ
うです。今回は「Beyond 4K Ultra HD」としていましたが、今後は良い意味で“8K 相当”
を表す言葉が必要になるでしょう。
「Beyond 4K Ultra HD」とはよく分からない名前なの
で、私だったら「4k プラス」とネーミングしますね。
パナソニックでは、
55 インチの 8K ディスプレイを展示していました。
これが今回の CES
で最も驚かされたもの。同社はパネル自社生産から撤退していますが、これは姫路工場で
開発したそうです。なぜ小さい 8K を作ったのかと聞いてみましたが、「机に置いたとき、
製図で多様する A1 サイズに近いため」だそうです。そのサイズで、より精細に見える解像
度を探ってみたところ、4K ではなく 8K だったそうです。
パナソニックは、4K テレビがまだそれほど流行っていない時期に 20 インチの 4K タブ
レットを発売しました。その流れで近い距離で高精細画像を見るというニーズに対しては
敏感です。ただし、技術開発は大変でした。画素サイズが小さくなるため、開口率をどう
維持するか、安定した駆動をどう実現するかなど多くの課題がありました。いくつものブ
レークスルーを経て「IPS Pro」の開発に成功したのです。
やはり、革新を起こすテレビはパネルから変わらないとダメです。現在は水平分業が進
み、
パネルメーカーとセットメーカーが分かれていますが、シャープの Beyond 4K にしろ、
パナソニックの IPS Pro にしろ、パネルの力がもう一度見直される時期に来ているのでは
ないでしょうか。想像もつかないような新機軸のパネルが登場することを期待したいね。
●有機 EL は LG 単独に
有機 EL テレビについては、事実上 LG エレクトロニクスだけになりました。同社は工場
にも投資するなど、
「有機 EL にかける」姿勢を見せていて、日本のテレビメーカーにもパ
ネルを売りたいと話しています。
注目はパナソニックです。昨年はカーブド
のパネルを展示していましたが、今年も 1 台
だけありました。楠見さん(パナソニック、
ホームエンタテインメント事業部長の楠見
雄規氏)に話を聞いたところ、プラズマパネ
ル生産から撤退しても、やはり自発光パネル
にはコダワリがあるようで、“プラズマの発
展形”として有機 EL テレビを展開する可能性を示唆していました。しかし、価格が高い。
もし LG が量産効果でパネル価格を引き下げることができたら採用する方向なのではない
でしょうか。
一方のサムスンは、ほとんど撤退という状況です。今回は 4K 液晶テレビを「S UHD TV」
と打ち出し、これまでのテレビと横並びで比較する展示を行いました。S はサムスンの S
など複数の意味を持たせ、要するに“映像がきれいな 4K 液晶テレビ”と言っているのです。
これは、単なる LED バックライト搭載テレビを「LED テレビ」というが如くの、マーケ
ティングワードですね。それはともかく、横
並び展示の比較対象としていた“これまでの
テレビ”の中に有機 EL テレビも含まれてい
たのです。実際にはほとんど作っていません
けど。 サムスンといえば、同社と 20 世紀
FOX を中心とした「UHD アライアンス」を
結成しました。テレビメーカー各社やドルビ
ーも名前を連ねていて、今後は UHD マーク
の認定作業を行います。こうした業界団体は、
これまで日本メーカーが中心になることが多
かったので、今回はサムスンがリードする格
好です。お手並み拝見といったところですね。
●8K も通る「SuperMHL」
これまでは据置型プレイヤーとテレビのデジタル接続は HDMI で、ポータブル機器とテ
レビの間は MHL というすみ分けでしたが、今後は逆転しそうです。8K 信号が通るインタ
フェースとして新たに「SuperMHL」が登場しました。
――なぜ HDMI ではなかったのですか?
日本メーカーでは 2016 年の春には 8K テレビを出
したいと考えています。そうすると、遅くとも今年の
秋には設計を開始しなければなりませんが、これまで
8K の通るインタフェースが存在しませんでした。ま
た、HDMI アライアンスは大所帯すぎて意見がまとま
らない可能性が高い。そのため、急きょ作った 8K 向
けの新しいインタフェースが Super MHL です。MHL
は、ノキア、サムスン、シリコンイメージ、ソニー、
東芝の 5 社だけで決められるので話が早いのです。
HDMI と MHL、まるで親戚同士の争いのようです
が、8K 時代にどちらが主役を担うか、見どころの 1 つになりそうですね。
麻倉怜士のデジタル閻魔帳:HDR が映画を変える――
2015 CES 振り返り(後編)
DVD や BD への進化では、解像度の向上以外のインパクトは小さかったが、HDR が導入
される 4K 対応 Blu-ray Disc や VoD では、よりディレクターズ・インテンションに忠実な
映像を見られる可能性が高いという。
1 月上旬に米国ラスベガスで開催された「2015 International CES」
。8K や有機 EL テレ
ビ動向に触れた前編に続き、今回は注目の HDR(high Dynamic Range)と 4K 対応 Blu-ray
Disc について、AV 評論家・麻倉怜士氏に詳しく聞いていこう。
●――今年の CES では HDR が 1 つの話題でした
そうですね。全体を通して提案性の高いのは HDR でした。2014 年あたりから注目され
始め、昨年の「2014 CES」ではシャープと中国の TCL が「ドルビービジョン」対応のテ
レビを参考展示していました。
今年は、東芝(ドルビーブースに展示)と、LG、サムスン、TCL、ハイセンス、ビジオ
などがドルビービジョン対応のテレビを参考展示しました。また OTT(Over The Top)ス
トリーミングビデオ事業者の Netflix や hulu、ワーナーホームビデオがドルビービジョン
をサポートすると明らかにしています。一方、昨年は対応テレビを参考展示していたシャ
ープが今年は出していません。そして次世代 BD の ULTRA HD BLU-RAY が HDR サポー
トします。
きっかけは、2013 年 10 月に米国で開催された SMPTE(Society of Motion Picture &
Television Engineers)総会でドル
ビーが関係者たちを前にプレゼン
を行い、
「モアピクセルからベター
ピクセルへ」と訴えたことです。
つまり「高い解像度ばかり追うの
ではなく、より良い画素を作らな
ければならない」。“ベター”には
2 つの要素あって、ハイコントラ
ストとハイカラーを挙げています。
UHDTV 規格(4K/8K)の BT.2020
で色域は広がりますから、次は
HDR でハイコントラストを狙い
ましょう、というわけです。
昨年 1 年間でドルビーは各方面に働きかけました。これにより、4K 対応 Blu-ray Disc
の規格化を行っている BDA(Blu-ray Disc Association)や放送/コンテンツ業界も感化さ
れてきて、今回の CES で集約されたという流れです。
●――しかし、4K 対応 Blu-ray Disc はドルビービジョンではない HDR を採用すると聞い
ています。
そうです。BDA は昨年から 4K 対応 Blu-ray Disc「ULTRA HD Blu-ray」の話を始めて
いました。4K BD には 4K 解像度のほか、HEVC 圧縮、10~12bit 化、そして HDR 技術
として SMPTE の規定するオープンフォーマットを採用します。ドルビービジョンは“オ
プション”として入る見通しです。ライセンス料の高さがネックになったようですね。
CES の後でハリウッドのスタジオを訪ねましたが、各スタジオが共通して乗り気なのが
HDR で、実は 4K はさほどでもありません。ワーナーに話を聞いたところ、
「4K BD はサ
ポートするが、それは HDR があるから」と話していました。理由をたずねると、「4K と
2K は、画面から離れて見ると違いが分からない。でも HDR は分かるから」だそうです。
ワーナーは OTT 動画配信と 4K BD の 2 正面作戦で対応を進めます。ここまで積極的な
姿勢を見せているのはワーナーだけですが、ほかのスタジオでも 4K BD が採用した
SMPTE のオープンスタンダードにのった形のデモンストレーションをしており、HDR は
積極的にサポートしたいといった印象を受けました。
●――HDR によって、コンテンツはどう変わるのでしょう
さまざまな効果があります。例えば、従来のハイビジョン(BT.709)では、白ピークの
上限が 100nits と決まっています。対して HDR では 1 万 nits まで許容します。また次世
代 ULTRA HD BLU-RAYc の運用基準ではピーク輝度が 1000nits で平均輝度は 400nits、
狭い範囲のピーク輝度が 1000nits です。?
ドルビービジョンは最高 1 万 nits ですが、厳密には決めていません。というのも、ドル
ビーは 4000nits まで表示できる
「パルサー」という明るい液晶モニターを持っていますが、
ほかの会社は持っていないからです。ドルビー以外で 4K BD のオーサリングを行う場合、
リファレンスになりそうなのがソニーの有機 ELHDR モニター「PVM-X300」くらいです。
X300 ではピーク輝度が 1000nits まで出ますから。しかし、ハリウッドのスタジオでは「ピ
ーク輝度は作品や監督によって変わるのではないか」と見ています。結局、監督の意図に
よって決まるということですね。
ビット深度も変わるので、階調が出てきます。現行システムでは 8bit ですが、4K 対応
BD ではそれが 10bit になり、ドルビービジョンでは 12bit になります。これにより、明る
いシーンは明るく光るだけでなく、その中に階調が見えてくるのです。例えば、現在のテ
レビで明るいシーンの白いシャツなどは飛んでしまいますが、そこにシワなどがあり、影
も出て凹凸が分かるようになります。
黒の階調も出てきます。これにより、今まではスタンダードダイナミックレンジの中で
黒側も沈められていましたが、それが見えてくる可能性が高い。DCI がデジタルカメラの
再現性を検証するために作った映像(STEM)があるのですが、それを HDR 編集したもの
を見ると、すごく分かりやすいです。例えば、ランタンの灯りが壁にあたっているシーン
では、壁の中にディティールが見えます。bit 深度を上げることで情報量が増えるわけです
ね。
そうしたたくさんのメリットが一度に来るので、ハリウッドのスタジオでは「HDR で世
の中が変わるぞ」とたいへん乗り気です。昨年、取材したときは、そんな話は出てきませ
んでしたよ。デジタルブリッジやコピーの話がメインだったのに、最近は全く言わなくな
りました。ドルビーが説得工作にいったのが昨年春で、その後でスタジオは皆、浮き足だ
ったようですね。
●――HDR 対応の明るい映像はどうやって作るのでしょうか
現在のデジタルシネマ用カメラは 16bit で撮影する能力があ
り、階調でいうと 6 万階調程度が出せます。残念ながら現行の
8bit システムでは上の 8bit 分を捨てている状況です。
古い映画でも、フィルムからスキャンしたときのマスターは
16bit のため、実は HDR に対応しています。ソニー・ピクチ
ャーズ傘下のリストア専門プロダクション「カラー・ワークス」
を取材したところ、やはり 4K&16bit でスキャンしていました。
話を聞いたところ、2008 年からすべて 4K でスキャンしており、
2 年前からは 16bit になっているそうです。つまり、最近スキ
ャンした作品はすべて HDR に対応するリソースを持っている
ことになるのです。
一方、放送コンテンツに関しては、既に BT.2020 はあっても HDR は規定していません。
このため、NHK や BBC などがいかにして放送に HDR を取り込むか、という検討を始め
ました。また欧州の EBU 欧州放送連合は 2 段階で UHD に移行する方針で、現在は 4K の
8bit ですが、2017 年からの第 2 フェーズでは HDR と BT.2020 を完全にサポートする方針
です。
●――4K 対応 BD の仕様をもう少し詳しく教えてください。メディアや音声はどうなりま
すか?
音声はほぼ現行規格のままです。ディスクは 3 種類があり、2 層タイプは 50G バイトと
66G バイト。3 層メディアは 100G バイトの容量を持ちます。転送レートは 50G バイトの
ディスクで最大 82Mbps、66G バイトと 100G バイトは 108Mbps から 128Mbps までの間
で動的に変更できます。
面白いのは、
「ULTRA HD Blu-ray」に 2K バージョンも規定されることです。解像度は
現行のまま、HDR などでより高画質になるというもの。しかし、ワーナーは、「やはり最
高の体験をお届けする ULTRA HD BLU-RAY なのだから、あえて 2K 版を出すことはあり
得ないでしょう」と話していました。
●――HDR 対応コンテンツの登場が楽しみになってきました
既に DVD や BD で販売されている映画の再販も面白いと思います。これまでは解像度が
上がるだけでしたが、この次は解像感とダイナミックレンジの両方が良くなるのですから。
BD でもそれなりに良くなりましたが、さらに 1 枚、ベールをはがしたような映像が見られ
るのではないでしょうか。
もちろん、HDR を派手に使ってしまうと作品性が損なわれるかもしれません。逆に「映
画の公開当時の現像システムでは得られなかったディレクターズ・インテンションに迫っ
た映像も見られる可能性がある」と話すスタジオ関係者もいました。作品性そのものも明
確になってくる可能性があります。
FIN