正念場に向かうアベノミクス

五十嵐レポート
平成 27 年 9 月 29 日
正念場に向かうアベノミクス
下方修正された 15 年度の経済見通し
先般、今年 4‐6 月期の GDP 成長率が、速報段階の前期比年率-1.6%から同-1.2%に
上方修正された。しかし、修正の理由が速報段階よりも在庫の増加額が大きかったことで
あったため、先行きを考える上ではむしろネガティブな結果だったと言える。そこで当社
調査部の 15 年度の成長率見通しも、
それまでの前年比+1.1%から同 0.9%に下方修正した。
こうした動きは他の予測機関にも共通していると思われる。
もちろん、昨年度は成長率が-0.9%と景気後退の年だったから、それと比較すれば今年
度は景気が回復する年だ。しかし厳密にいえば、15 年度の GDP の水準は 13 年度の実績を
下回るわけで、足下の景気は弱々しいものだと言わざるを得ない。それにもかかわらず、
内閣府は景気の現状について、
「1990 年代初頭のバブル崩壊後、およそ四半世紀ぶりの良好
な状況を達成しつつある」と言っている。景気が本当に回復していると言えるのかどうか
については大いに議論の余地があると思われる。
図 1 を見ると、実質成長率と鉱工業生産の増減率との間にはきわめて密接な関係がある
ことがわかる。鉱工業生産は製造業の生産活動を示す指標だから、GDP のごく一部でしか
ない。しかし増減の波という観点では、両者の動きはきれいに重なるのだ。その上、四半
期データである GDP と違って鉱工業生産は月次指標である。景気の方向感を月次で判断す
るための指標として、鉱工業生産はきわめて有用だと言える。
図 1 実質 GDP 成長率と鉱工業生産・実質輸出の伸び
(前年比、%)
10
8
6
(前年比、%)
50
実質GDP
実質輸出(右軸)
鉱工業生産(右軸)
40
30
4
20
2
10
0
0
-2
-10
-4
-20
-6
-30
-8
-40
-10
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
(出所)内閣府「四半期別GDP速報」、経済産業省「鉱工業指数」
-1-
2013
2014
-50
2015
(年、四半期)
その鉱工業生産指数の推移をみると、昨年 1‐3 月期にピークを付けた後、減少が続いて
おり、今年 7 月の水準は月次でピークを付けた昨年 1 月の水準と比較すると 5.5%下回って
いる。変化の方向として「景気≒生産」だと考えれば、昨年初以来、実は景気後退が足下
まで続いているという可能性がある。少なくとも「四半世紀ぶりの良好な状況」とは程遠
いと言うべきだと思われる。
さらに、鉱工業生産と密接な関係を持っているのが実質輸出だ(図 1)。製造業の生産物
のごく一部が輸出されるにすぎないが、ここでも変化の方向として輸出と生産の動きは重
なっている。その意味では、やや乱暴な言い方ではあるが、今後の景気の先行きを考える
上では、輸出がどうなるかということが大きなポイントだと言える。
大幅に減速している中国経済
日本の輸出動向を左右するのは為替レートではなく海外の景気だ。為替レートは輸出で
受け取った外貨の円換算額を大きく左右する場合があるが、景気と関係が深い実質輸出に
影響を及ぼすのは海外経済の強さの方だ。その意味では減速が明らかな中国経済の先行き
が懸念される。
周知のように中国経済の規模は 10 年に日本経済を追い抜いたが、今では日本の 2 倍強、
米国の 6 割だ。この押しも押されもせぬ世界第 2 位の経済の成長にブレーキがかかると、
輸入減少を通じて世界経済の成長の足を引っ張る。実際、輸入の増加率の推移をみると、
13 年が前年比 7.2%の増加だったが、14 年はわずか 0.5%の増加、15 年に入ると 1‐3 月期
に 17.8%減、4‐6 月期は 13.6%減と大幅に減少している。
GDP 成長率自体は 1‐3 月期、4‐6 月期ともに前年同期比 7%増と発表されたが、市場
はその数字に疑いの目を向けている。より信頼度の高い数字として「李克強指数」という
通称がある電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行貸出残高の各々増加率を合成して作られた
指数の推移をみると(図 2)
、急激に減速していることがわかる。
(前年比、%)
図 2 単純な李克強指数の推移
李克強指数
16.0
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
-2.0
11
12
13
14
15
(注)電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行貸出残高のそれぞれの前年同月比
増減率を単純平均した。
(出所)CEIC
-2-
一般に一国の経済成長率と輸入の伸びはそれなりに相関関係があると考えられる。図 3
では、先進国(OECD に加盟する 34 カ国)と新興国(それ以外の国々)に分けて、実質
GDP 成長率(縦軸)と実質輸入の伸び率(横軸)の国ごとの組み合わせをプロットした。
その結果、中国の経済構造が先進国型だとすると輸入の伸びがマイナスなら成長率も明ら
かにマイナス、新興国型であれば輸入の伸びがマイナスになると成長率もわずかなプラス
(2~3%以下)にとどまるという関係が見られる。
図3
輸入の伸びと GDP 成長率の関係
<先進国(OECD 加盟 34 カ国>
<新興国(34 カ国以外の国々>
(GDP、前年比%)
(GDP、前年比%)
8
20
y = 0.2757x + 2.2853
R² = 0.42
6
y = 0.3587x - 0.4192
R² = 0.7628
15
4
2
10
0
-15
-10
-5
0
5
10
15
20
25
(輸入、
前年比%)
5
-2
-4
0
-6
-20
-10
0
10
20
30
(輸入、
40 前年比%)
-5
-8
(注1)2010~2012年の平均値。世界各国からOECD加盟34か国を除く。実質ベース。
(注2)点線は中国の輸入の2010~2012年の前年比の平均値。
(出所)IMF "World Economic Outlook Database"
(注1)2010~2012年の平均値。OECD加盟34か国。実質ベース。
(注2)点線は中国の輸入の2010~2012年の前年比の平均値。
(出所)IMF "World Economic Outlook Database"
2頁で挙げた輸入の伸び率は名目値であることに注意が必要だが、中国経済はどちらか
と言えば新興国型だと考えられるが、それでも貿易統計から類推される成長率は7%より
は相当低いのではないだろうか。
結局、中国経済の大きな減速が世界経済の成長を鈍化させ、それが日本の輸出の伸びを
低迷させるという図式が現実のものになる恐れがある。当社調査部では GDP ベースで見た
輸出の伸びは 14 年度の実績が 7.9%であったのに対し、15 年度の増加率は 0.1%に止まる
と見ている。GDP 成長率に対する寄与度(押し上げ効果)は 14 年度に比べると 15 年度は
1.3%も小さくなる。
期待を裏切りそうな 15 年度の経済
15 年度の日本経済は、14 年度に比べると明らかに良くなるという期待が当初はあった。
消費税率が引き上げられたせいで 14 年度の消費者物価上昇率は年度を通じて 2%程度嵩上
げされていたから、15 年度にその影響がなくなるだけでも物価上昇率が 2%低くなる計算
だ。加えて昨年来の原油価格の大幅な下落の影響もあって、15 年度の物価はほとんど上昇
しないと予想される(当社調査部の予測値は前年比 0.3%の上昇)。
そこへ賃金が昨年並みに上昇するだけでも、その上昇率がほとんどそのまま実質賃金の
上昇率になるので、消費が主導する景気回復が期待されたわけだ。実際、大企業を中心と
-3-
するベースアップを含む賃金の引き上げは 14 年度を上回るとされてきた。
しかし、現実には家計が手にする給与所得の伸びは失望すべき結果になりそうだ。個人
消費の源泉である賃金の総支払額は「一人当たり賃金×雇用者数」として算出されるが、
その増加率が賃金、雇用者数とも 14 年度を下回りそうで、名目雇用者報酬という形で見た
総支払額の伸びは、14 年度が 1.7%増であったのに対し、15 年度は 0.5%程度と急ブレー
キがかかる(当社調査部予測)
。実質ベースの伸びが 14 年度はマイナス、15 年度はプラス
という違いはあるにせよ、家計のパイの分け前の増加率が低く、個人消費の押し上げ効果
はあまり期待できそうにない。
景気の波を作るべき輸出が低迷し、GDP の過半を占める個人消費にも期待できないので
あれば、今年度の経済が後退することはないとはいえ残念な結果に終わってしまう可能性
は高いと言わざるを得ない。
いずれ正念場を迎えるアベノミクス
こうした状況が徐々に明らかになってくると、問われるのは「アベノミクスの真価」だ。
日本経済のパフォーマンスは四半世紀ぶりの良好な状況にあるとする政府も、物価の基調
はデフレ脱却に向かっており、16 年度上期あたりには 2%の上昇目標が達成できるとする
日銀も、その言葉の真偽が問われることになりそうだ。
これまでの経済はアベノミクスへの期待が生み出した円安と株高を主たる原動力とする
景気回復(13 年度まで)を実現させた。財政支出の拡大や官製相場と言われる株価の押し
上げ効果も加わった。しかしそうした状況がすでに一巡しているのだとすると、
「真価」を
証明する意味でも、景気対策としての補正予算や追加金融緩和が俎上に乗ってくる可能性
は高いだろう。
20 年度にはプライマリーバランスを黒字化するという目標(公約?)もある。18 年度の
中間目標を達成するためには「経済再生ケース」と呼ばれる平均 2%超の経済成長率をさら
に上回る成長率を実現させる必要がある。
補正予算も追加金融緩和も、当事者の意図はともかく結果として時間稼ぎにとどまって
しまうことが懸念される。しかも、財政支出を通じた景気の拡大には人手不足という制約
があり、追加金融緩和がもたらすいっそうの円安には、むしろ国内外から不満や批判が向
けられる可能性があると思われる。
今年度はまだいいが、日銀や政府が設定した時限が到来する来年度以降には、いよいよ
アベノミクスの真価が問われる局面が訪れそうだ。
(MU投資顧問客員エコノミスト 兼 三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング
調査本部
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研究理事
五十嵐敬喜)
MU投資顧問株式会社
登録番号
金融商品取引業者
関東財務局長(金商)
第 313 号
一般社団法人日本投資顧問業協会会員
一般社団法人投資信託協会会員
〒101-0062
東京都千代田区神田駿河台2-3-11
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