●B-4:LC-MS/MS法を用いた生体試料中抗体医薬品の定量法開発 [特集]第11回医薬ポスターセッション B-4:LC-MS/MS法を用いた 生体試料中抗体医薬品の 定量法開発 薬物動態研究部 櫻井 周 合阻害を低減するためにPBS(リン酸緩衝生理食塩水) で血清を希釈することによって抗体医薬品の回収量が向 上することを確認した。 ② トリプシンによる酵素消化条件の最適化 再現性の高い定量結果を得るためには酵素消化条件の 最適化が重要である。酵素消化の手順は 1.タンパクの変性 1.背景 2.S-S結合の還元・アルキル化 3.トリプシン消化 アンメットメディカルニーズ(有効な治療方法がない に大別できる。還元・アルキル化試薬の添加量やトリプ 医療ニーズ)に対して抗体医薬品が期待されており、現 シン添加時の試料溶液のpHは重要な検討項目であり、 在、モノクローナル抗体医薬品は30を超える品目数が 反応条件の適否は酵素消化物をLC-UV(検出波長:214 日米欧で上市されている。また、開発中のものを含める nm)で測定したクロマトグラムから判定した。最適な条 と300種以上にも及び、大部分の抗体医薬候補品につい 件によって再現性良くペプチド断片ピークを検出した結 ては臨床試験が実施されている。今後の新薬開発におけ 果を図1に示す。 る抗体医薬品の割合はさらに増加することが予想され、 抗体医薬品の定量分析に対する重要性や必要性は一層高 まることが考えられる。生体試料中抗体医薬品の定量分 析には従来、酵素免疫測定法(ELISA, Enzyme-linked immunosorbent assay)などのリガンド結合法が用いら れてきた。リガンド結合法は高い親和性や特異性を有す る1次抗体を用いることで高感度な分析を可能としてい る。しかし、内因性抗原や中和抗体などの妨害物質が分 析精度に影響を及ぼすことが知られているため,ブレー クスルーが望まれている。そこで、1次抗体を必要とせ ず、高選択性かつ高汎用性の特長を有し、バイオアナリ シスの分野で広く利用されているLC-MS/MSを用いて 図1 LC-UVによって測定した抗体医薬品の酵素消化物の クロマトグラム マウス血清中抗Her2ヒト化モノクローナル抗体(以下抗 ③ 抗体医薬品に特異的なペプチドの選定 体医薬品と称する)の定量法を開発し、ELISAで得られ ①で得られた粗精製物に対する酵素消化物は抗体医薬 た定量値との相関性から本法の適用性を評価した。 品だけでなくIgGのペプチド断片も含まれる。抗体医薬 品を定量するためには抗体医薬品に特異的なペプチド断 片を選定し、MS/MSで選択的に検出する必要がある。 2.前処理法の検討 そこで各々のアミノ酸配列を比較して抗体医薬品に特異 的な配列を選定した。 分析対象とした抗体医薬品は遺伝子組み換え技術を用 抗体医薬品の酵素消化物を四重極飛行時間型質量分析 いて作製された分子量約15万の免疫グロブリンG(IgG) 計(maXis impact, Bruker Daltonics, Inc.) で 測 定 し、 であり、配列の95%がヒト由来、5%がマウス由来である。 ペプチドの実測質量をタンパク質データベースと照合す この抗体医薬品の血清中濃度を分析するために、IgGと ることで同定した結果、N末端から軽鎖では1~108、重 の親和性が高いプロテインGとの結合を利用し、抗体医 鎖では1~120までがIgGと異なる配列であることを推定 薬品を含む内因性IgGを単離した。次にLC-MS/MS法で した。その中から定量プロテオミクス用ソフトウェア 分析するために適した分子量に切断するため、トリプシ 「Skyline(米国ワシントン大学が開発) 」を用い、トリ ンで酵素消化を行った。その中から抗体医薬品に特異的 プシンによってアルギニン及びリシンのC末端側で切断 なペプチドを選定した後、安定同位体置換した内標準物 されたアミノ酸配列をシミュレートし、アミノ酸9残基 質を合成して定量法を検討した。 (分子量:969)をターゲットペプチドの候補として選 定した。 ① 抗体医薬品の粗精製 高感度分析を実現するためにはプロテインGによって ④ 特異配列の検証 多くのIgGを回収する必要がある。そこで血清試料の粘 ③で選定したペプチドは2価プロトン化分子のイオン 性を抑え、血清由来成分によるIgGとプロテインGの結 強度が強かったためm/z 485をプリカーサイオンとし ・41 東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015) ●B-4:LC-MS/MS法を用いた生体試料中抗体医薬品の定量法開発 た。プロダクトイオンには選択性向上のためにプリカー 投与群毎に各採血時点の血清中濃度の平均値及び標準偏 サイオンよりも大きいm/z 721を選択してMRMトランジ 差を算出し、血清中抗体医薬品濃度の経時推移をプロッ ションを設定し、LC-MS/MS法でモニターした。特異 トした結果を図3に示す。本結果はELISAと類似したプ 性を検証するために、マウス血清サンプルを用いてブラ ロファイルが得られた。 ンクサンプル(抗体医薬品未添加)と抗体医薬品添加試 料(血清中抗体医薬品濃度として1.00 µg/mL)を調製 し、LC-MS/MS法で測定した結果を図2に示す。抗体医 対し、ブランクサンプルでは測定に影響するピークを全 く検出しなかった。従って、選定したペプチドは抗体医 薬品に対して特異性が高く、また良好な感度を有するこ とから、ターゲットペプチドとして適切であることを確 認した。 10 mg/kg投与群 1 mg/kg投与群 血清中抗体医薬品濃度 (μg/mL) 薬品が含まれる場合、6.93分にピークが検出されるのに 1000 100 10 1 0 5 10 15 20 25 投与後時間 (day) 図3 マ ウス血清中抗Her2ヒト化モノクローナル抗体濃度 の経時推移 5.まとめ LC-MS/MSを用いた抗体医薬品の定量法構築の手順 図2 LC-MS/MS分析による血清試料のクロマトグラム [左図:ブランクサンプル、右図:抗体医薬品添加試料] 及びマウス血清中抗体濃度の定量の実例を紹介した。本 手法は、抗体医薬品に特異的なペプチド断片を選定す ることで内因性IgGと区別して定量することを可能とし た。LC-MS/MS法では1次抗体が不要であることから、 3.直線性及び再現性の確認 従来の免疫測定法と比較して安価でかつ短期間で分析法 を構築できることが利点である。マウスに単回静脈内 マウス血清に標準溶液を添加して1.00~400 µg/mLの 投与した血清中濃度をLC-MS/MS法により分析した結 検量線用標準試料を分析し、絶対検量線法によって直線 果、ELISAと類似したプロファイルを確認したことか 性を確認した結果、濃度とピーク面積の間に良好な直線 ら、LC-MS/MSを用いて、血清中抗Her2ヒト化モノク 関係が認められた(相関係数:0.99) 。3濃度水準のQCサ ローナル抗体の定量が可能であることが示された。 ン プ ル(LQC: 2.00 µg/mL、MQC:50.0 µg/mL、HQC: 300 µg/mL)を調製し、各濃度n=3で分析した結果、真 度(%Nominal)は88.9% ~102.5%、精度(%CV)は3.9% 6.参考文献 ~10.4%であり、良好な再現性を確認した。 1)[APPLICATION NOTE]UPLC/MS/MS Method for the Quantification of Trastuzumab in Human 4.マウス血清中抗Her2ヒト化モノクローナル抗体の定量 Serum at the 5-nM Level Using Xevo TQD MS and Acquity UPLC H-Class System, Waters Corp. 投与群は1 mg/kg及び10 mg/kgで構成し、各群3匹の 2)新生化学実験講座1タンパク質、東京化学同人 雄性マウスに抗Her2ヒト化モノクローナル抗体を単回静 脈内投与した。以下に示す採血時点において血液を採取 し、調製された血清(20 µL)を定量分析に供した。前 処理ではターゲットペプチドの一部を安定同位体(13C 及び15N)で置換した内標準物質を添加し、内標準法に よる定量を行った。 採血時点:投与後0.5、1、4、8、24、48、96、168、336 及び504時間(計10時点) 42・東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015) ■櫻井 周(さくらい あまね) 薬物動態研究部 薬物動態研究室 研究員 趣味:料理
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