付録❸ 被害者・被災者を対象とする調査研究のための 倫理的ガイドライン 1.ガイドライン 1.被験者の不利益の回避 被害者・被災者を対象とする調査研究を実施する場合 には,調査者は,被験者(調査対象者)に与える不利益 を最小限にすることに常に細心の注意を払わねばならな い。特に,調査行為が被験者の身体的および精神的健康 度の低下をもたらすことがないように最大限の努力を払 う。また,受災直後の調査は極力ひかえる。 2.インフォームド・コンセント(知らされた上での同意) 調査者は被験者に対して,①調査の意義と目的,②調 査方法,③予想される被験者の利益と不利益について説 明し,また,④被験者の意志によって,いつでも調査へ の協力を撤回できることを被験者の権利として伝えた上 で,調査開始前に被験者から書面による同意を得なけれ ばならない。 3.個人情報の保護 調査者は,被験者に関する個人情報をいかなるかた ちであれ調査とケア以外の目的に用いてはならない。ま た,調査結果を公表する際にも,被験者個人の調査所見 (質問票への回答を含む)が特定されないように留意す る。被験者が少数である場合には,特に十分な配慮がな されねばならない。 公共の利益や行政上の必要を理由にして,個人情報が 漏出することがあってはならない。ただし,被験者自身 が希望する場合,あらかじめ書面での同意を得た場合, ❸ 被害者・被災者を対象とする調査研究のための倫理的ガイドライン 裁判所が令状をもって要求する場合,および刑法上の緊 急避難・救助義務にあたる場合はこの限りではない*注。 4.ケアの用意 調査対象中にケアを必要とする集団または個人がいる ことが明らかになった場合には,適切なケアに導入でき るようにケア供給態勢または紹介先医療機関を用意して おく。また,必要ならば調査を中止して,被験者の治療 を優先する。 5.調査結果の正確な公表と還元 調査結果は,被験者を含む調査協力者に対して適切な 方法で報告する。また,被験者の利益を損なったり守秘 義務に抵触しない限りにおいて,報告書や学術誌上にで きるだけ正確かつ詳細に公表し,被験者に対する行政施 策および世論などに反映させることを通して,被験者の 利益として還元されるようにする。 6.類似した調査の重複は避ける 類似した調査を同一の対象に繰り返し行うことがない ように,先行調査をよく検討した上で関連諸機関間で連 携・協議する。 7.実証的かつ有意義な調査であること 調査結果が有効に活用され,また被験者の利益として還 元されるようにするために,調査は実証的な方法論に基づ いて,先行する内外の研究や,後に続く研究と相互に比較 参照が可能なデータをもたらすものでなくてはならない。 8.倫理委員会での審査 調査の実施および調査結果の公表にあたっては,事前 に調査者が所属する機関または学会などの倫理委員会の 審査を受けるものとする。 *注・なお,刑事訴訟法 197 条第 2 項に基づく「捜査関係事項照会 書」は,必ずしも守秘義務を免責するものではない。 付 録 2.解 説 1)倫理的要請と問題意識 このガイドラインは,被害者・被災者に対してケアの供給 を主目的とせずに行われる調査研究について,あるべき倫理 的配慮を示したものである。 人間を対象とする調査研究では,調査対象(被験者)に対 する倫理的な配慮が必要なことはいうまでもない。近年わが 国でも,インフォームド・コンセントや守秘義務の問題が大 きく取り上げられている。これに加えて,事件や災害によっ て傷ついた被害者・被災者を対象とする調査研究では,さら に多くの配慮が必要となってくる。しかしながら,残念なこ とに,これまでのところそれらのことが問題にされることは あまりにも少なかった。 調査結果が被験者たち本人に報告されることはほとんどな く,ましてや調査結果に基づいてケアが提供されるというこ とはなかった。そのために被験者は,一方的に調査に駆り出 されたあげく,あとはほったらかしにされた,という感慨を 抱きがちであった。そのうえ,さまざまな学術団体やボラン ティア団体や報道機関などが類似の調査を繰り返し行った結 果,多くの被害者・被災者が調査に協力することに んでし まい,調査への協力を拒んだり調査研究行為一般に対して不 信感をもつことになった。 本ガイドラインはこのような反省点をふまえ,被害者・被 災者を対象として調査研究を行う際にあるべき倫理的態度を まとめたものである。 2)調査の有効性と実証性 ここでいう有効な調査とは,その調査結果が,被害者・被 災者に対するケアや治療の際に直接役立つ知見をもたらした り(実用性) ,新たな治療技術の開発や施策立案に活用でき たり(応用性) ,将来の研究の基礎となりえたり(発展性) するものをいう。 ❸ 被害者・被災者を対象とする調査研究のための倫理的ガイドライン 有効な調査結果を得るためには,調査方法が実証的なもの である必要がある。 実証的な方法によってもたらされた有効性の高い詳細な データが公開されると,他機関の研究者もそれを活用できる ようになるので,類似した調査がさまざまな機関によって何 度も繰り返し行われるということが少なくなる。 人間集団を対象とする調査研究が 「実証的」なものであるためのガイドライン 1.基礎データ(前値)が得られていること 2.調査対象が一定の客観的な基準によって,あ るいは無作為に抽出されていること 3.対象群(統制群)が設定されていること 4.信頼性,妥当性が確立し,標準化された測定 尺度を用いること
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