第三国による内戦の反政府軍支援の合法性

Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
2013年度助成分
■研究課題名
第三国による内戦の反政府軍支援の合法性
研究代表者:
林美香(神戸大学国際協力研究科・教授)
研究分担者:
林光(関西学院大学 Zero Carbon Society 研究センター・研究員)
研究期間:2013年11月1日∼2014年10月31日
【研究の概要】
伝統的な国際法においては、内戦中に第三国が反政府軍側を支援することは、内戦中の国
家に対する違法な干渉と考えられていて、国連総会決議(1970年「友好関係宣言」)や国際
司法裁判所判決(1986年「ニカラグア事件」)などもこれを確認してきた。しかし、近年の実
際の事例での各国の言動では、この伝統的なルールが現在も有効であるとの認識は容易には
確認できず、法的状況は混沌としている(M. Shaw, International Law (6th ed., 2008)。この
ような学術的背景を踏まえて、本研究では、具体例にみられる国家実行を検討することで、
内戦における反政府軍への支援の合法性に関する関係国の法的な認識を確認することを試み
た。
本研究では、現在も内戦が継続するシリアの事例を中心に検討を行った。シリアの事例で
は、英米仏等の国家が、反政府軍に対する支援提供を行っている。そこで、反政府軍の支援
を決定した英米仏等の諸国家が、決定をどのように正当化しているか検討するとともに、そ
の正当化が、内戦当事者であるシリア政府や反政府軍支援に反対するロシアのような国家
に、どのように受け止められているかを検討した。また政府軍に対してはロシア等が武器輸
出等の支援提供を行っていることから、この支援に対する英米仏等の態度を確認した。これ
らの検討からは、政府軍を支援する国家は伝統的な国際法のルールに明示的に依拠するが、
反政府軍を支援する諸国は、政府軍支援国の非難や自らの政治的選択の、法的な根拠を明確
に示唆しない傾向が見られた。
研究成果の一部は、継続中のシリア内戦に関する研究代表者の単著論文として公表した
(Journal on the Use of Force and International Law 第1巻1号(2014年))。いずれにせ
よ、内戦への介入は、国際法上合法だから自動的に行うものでもなく、違法だから絶対に行
わないというものでもない。内戦介入の決定は、介入する第三国の政策的な判断であり、法
的な考慮はその判断のための一要素でしかない。この点に関する国際関係論の側面からの研
究成果の一部は、共同研究者の単著論文として『国際政治』(2015年)に掲載予定である。
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2012年度助成分
■研究課題名
バングラデッシュ農村部児童に対する技能習得型
保健衛生教育のフィールド実験
研究代表者:
大村真樹子(明治学院大学・准教授)
研究分担者:
Muhanmad Shuaib(ダッカ大学・講師(現地調査責任者))、
後藤利江(ケンブリッジ大学・講師(児童身体測定調査員訓練))
研究期間:2013年2月16日∼2014年3月31日
【研究の概要】
本研究の保健衛生教育の無作為化比較介入は、バングラデシュの農村部の90小学校1年生
∼5年生を対象に、介入プロジェクト実施委託機関の国際NGO組織Save the Children(SC)と
の連携のもと、2012年3月から2013年3月まで現地プロジェクト要員30名体制のもと実施され
た。内容的には、技能習得型保健衛生教育を週1回12か月間に渡り行い、また横断面的に石
鹸配布介入も行った。2012年のSCの大規模な組織編成に伴う介入プロジェクト担当者らの辞
任及び、現地の政情不安等により、介入実施に度々支障が生じたたが、現地介入チームの臨
機応変な対応により、介入プロジェクトは無事に完了した。事前に180校・7200児童・2160
世帯を対象としたベースライン調査を実施し、プロジェクト終了後の2013年に180校・9000
児童・2700世帯を対象にエンドライン調査を実施、両調査とも2週間程度30名超の調査員を
訓練し、試験的調査等を行った後、4∼5か月程度の調査日数を要した。その後、フォロー
アップ調査・データ整備等を現地の共同研究者・調査員と協議をしつつ継続的に実施した。
無作為化比較介入は、介入対象・非対象校及びその児童・世帯を比較することにより、従来
のプロジェクト評価では避けられなかった、セレクションバイアス等の懸念を払拭でき、正
確な評価が可能となる。
現在分析を実施中であるが、1年間の教育介入の結果、身長・体重といった身体特徴に関
しては統計的に有意な影響は確認されていない一方で、児童及びその家族世帯における保健
衛生的行動(手洗い、歯磨き等)や知識の面においては、有意に正の影響が客観的指標から
も推計されている。様々な病気の罹患に関しては、衛生教育介入や石鹸配布介入による相違
が見受けられるが、ベースラインのデータと共にさらなる検証が必要である。また、介入小
学校において、日本方式の児童による清掃当番制を実施したが、こうした取り組みは学校の
衛生環境改善に寄与していると推計される。引き続き分析を継続し、学校保健衛生教育によ
る衛生規範構築の可能性等の仮説検証や、対費用効果推計を行う。2014年12月にバングラデ
シュのSC本部で研究報告を実施する予定であり、また別途、学術誌投稿用の研究分析論文の
作成も継続していく。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
国際協力分野における人材育成を目的とした政府
NGO 関係の実態調査
研究代表者:
片山裕(神戸大学大学院国際協力研究科・教授、現在:京都ノートルダム女子大学・副学長)
研究分担者:
木場紗綾(神戸大学大学院国際協力研究科・研究員)
研究期間:2012年11月1日∼2013年11月30日
【研究の概要】
本研究は、この10年ほどの我が国の政府-NGO関係の変化を明らかにし、日本の国際協力
分野における人材育成をどのように促進すべきか政策提言することを目的とした。現役の日
本NGO事務局長、理事、外務省・JICAでNGOと仕事をしたことのある課長級以上の職員へ
のインタビュー調査より、次のことが判明した。
第一に、NGO職員のキャリアについては、10年前と比較して特段の変化はなかった。その
こととの直接の因果関係としてではないものの、政府側からもNGOからも、NGO職員の給
与の低さおよび不安定さ(プロジェクト・ベースで雇用される職員は期限付きであること)
などが指摘された。
第二に、政府−NGO間の人材交流に関しては、①NGO活動経験を持つ外務省/JICA職員の
ケース、②NGO職員が外務省/JICAの期限付き職員に応募するケース、③アドボカシーNGO
で経験を有する人物が弁護士になったケース(1件)、④NGOで経験を有する人物が大学教
員になったケース、などが明らかになったものの、欧米のような政-官-学-民-NGOといった
キャリアを浮遊するいわゆる「回転ドア」的な人材や、セクター間での具体的な人材交流は
発見されなかった。外務省・JICAからは、「行政の論理や言語を理解してくれるNGO職員
がよい、書類の必要性や、役所内での意思決定の煩雑さを理解してくれるNGOであれば話が
通じやすい」との回答が複数寄せられた。アドボカシー経験の長いNGO職員らも、「アドボ
カシーはinstitutionに切り込むことであり、決して人格的/属人的であってはならない」と述
懐しており、政府とNGOの両方において、相手の文化や組織的制約を理解して対話・交渉の
できる人材の育成が課題として挙げられた。
本研究の成果は、「国際防災協力体制構築の検討∼アジアを中心に∼」(ひょうご震災記
念21世紀研究機構、2014年3月)において、政府機関とNGOの協働の可能性および人材育成
への提言部分に反映させた。今後、追加調査を経て、単著の発行を目指す予定である。
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■研究課題名
金銭的報酬は研究開発者のイノベーション活動を促進するか?
職務発明報奨制度による実証研究
研究代表者:
金間大介(北海道情報大学経営情報学部・准教授)
研究分担者:
西川浩平(摂南大学経済学部・講師)
研究期間:2012年11月1日∼2013年12月31日
【研究の概要】
本研究では、企業の研究開発者に対する評価や報奨制度が、実際にイノベーション活動の
成果に結びついているかどうかについて統計的に検証した。具体的には、2009年に実施され
た第2回全国イノベーション調査の個票データを用いて、研究開発の結果と連動させた研究
者・技術者の評価制度の導入や職務発明に対する報奨制度の導入が、企業のイノベーション
活動の成果全体に及ぼす影響を、技術的成果と収益的成果の両面から定量的に検証した。
その結果、研究成果を基にした評価制度や報奨制度を導入している企業ほど、新製品や新
サービスの開発に成功していることが分かった。研究開発者に対する評価や報酬の設定がス
トレートに新製品や新サービスの開発に結びついていることが分かる。さらに、評価制度の
導入は技術的優位性に対し10%水準で有意となった。これは、研究成果に基づく評価制度を
導入すると、競合他社に対する技術的優位性は高まることを意味している。一方、報奨制度
の導入は技術的優位性の確立に対し有意な効果は示されなかった。つまり、研究開発者は金
銭的な動機づけによって、より高い水準の研究開発成果を創出する可能性は示されなかっ
た。また、外的報酬の導入の有無と新製品や新サービスの収益の関係について推定した結果
からは、技術的優位性で見られたような研究成果に基づく評価制度の導入や報奨制度の導入
の効果は確認できなかった。
結論として、研究開発者に対する評価制度や報奨制度の導入は、新製品や新サービスの開
発に結び付く一方、それがそのまま競合他社に対する技術的優位性を築いたり、新製品や新
サービスから大きな収益を得るまでは至っていないということが確認された。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
日本における資産バブルの規模と存在時期の推定:現実的な
バブル・モデルと非線形カルマンフィルターによる実証
研究代表者:
上東貴志(神戸大学経済経営研究所・教授)
研究分担者:
渡辺寛之(神戸大学経済経営研究所・学術研究員)
研究期間:2012年10月1日∼2014年3月31日
【研究の概要】
一般にバブルとは実体を伴わない資産価格の急激な上昇とその後の下落を指すが、マクロ
経済学では、資産価格が(ファンダメンタルズから決まる)本質的価値を上回った場合、そ
の超過分をバブルと呼ぶ。バブルの実証研究は数多く存在するものの、バブルの有無をデー
タから識別することは困難であり、バブルの存在は意外にも実証的に確立されていない。そ
の大きな原因は、既存研究において仮定されているバブルの時系列モデルが、現実のデータ
とは整合的ではないことが考えられる。
本研究は、申請者の論文「Recurrent Bubbles」(Japanese Economic Review 62, 27-62,
2001年)において提唱された現実的なバブルのモデルである。このモデルでは、従来の無限
に発散するバブルや急激に崩壊するバブルのモデルと違い、バブルが徐々に崩壊すること
や、永遠に上下を繰り返すことが可能である。よって、日本の資産データの動きを整合的に
説明できる可能性がある。実際のデータでは、バブルは見えない変数であるため、申請時に
おいては、非線形カルマンフィルターと最尤法を用いて、各時点におけるバブルの規模を推
定する計画であった。
しかし、様々な技術的困難に直面したため、手法の見直しを迫られた。その結果、最新の
統計的手法であるParticle Filter MCMCと呼ばれる手法を用い、80年代後半と、2000年代後
半のTOPIXにおけるバブルの規模を推定した。得られた結果は当初の予定に近いものであ
り、特に80年代後半の株価上昇に関しては、その殆どがバブルによるものであることが明ら
かとなった。
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■研究課題名
東日本大震災から学ぶボランタリーチェーンの役割と
組織的イノベーションの課題
研究代表者:
金昌柱(経営学部・准教授)
研究分担者:
白貞壬
研究期間:2012年11月1日∼2014年3月31日
【研究の概要】
東日本大震災から学んだ教訓と課題を通して本研究では、ボランタリーチェーン(以下、
VC)におけるイノベーションの課題を組織内の競争と協調の視点より捉えた。具体的に本
研究では、VCから享受できるメリットの束(調達ルート、共済事業、組織的学習やケイパ
ビリティなど)が本部や加盟企業の組織的成果(組織再建、組織ブランド、収益性)とどの
ような因果関係があるのかに関する分析モデルを構築するうえで、組織的成果をより促進さ
せる調節変数としての商業者同士の人間ネットワークの形成・拡散の重要性とその規定要因
を理論的・実証的方法論を通じて明らかにすることを目的とした。
上記の目的を達成するうえで、本研究ではCGCジャパンとAKR共栄会というVC組織の本
部へのインタビュー調査と日本におけるVC加盟企業へのアンケート調査を行うことにし
た。調査結果はつぎのとおりである。
第1に、VC組織から得られるベネフィットが魅力的であるほど、加盟企業が増えると同時
に、加盟企業間の結束力が高まる。また、それは組織全体および加盟企業の成果を引き上げ
ることとなる。
第2に、ネットワーク組織において、各加盟企業が蓄積している情報を組織全体として共
有・活用することができれば、それは新たな価値創造につながると考えられる。
ただし、第3に、各加盟企業間の加盟目的や利害関係、取り組みの積極性が異なってい
る。このことは、組織内の機会主義を引き起こす原因であり、協調関係を阻害する。この問
題を克服するために、加盟企業同士の横の連携をより強める企画やその重要性の認識が必要
とされる。したがって、VCのようなネットワーク組織では、とくに社会関係資本の視点よ
り加盟企業間の関係構築が不可欠であるといえる。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
不完全な統合:ヨーロッパ金融危機の政治経済学
研究代表者:
神江(川名)沙蘭(関西大学経済学部・准教授)
研究期間:2013年1月4日∼2014年9月30日
【研究の概要】
2014年2月にPalgrave Macmillan から出版した『The Politics of Financial Markets and
Regulation:The United States, Japan, and Germany』では(当研究は別研究資金から助
成)、1970年代から2000年代初頭に至るまでの金融規制改革をめぐるポリティックスを三カ
国で比較し、グローバル・ガバナンスや欧州でのガバナンスへのインプリケーションについ
て考察したが、本研究プロジェクトでは上記研究を踏まえ、経済面、制度面、政治面での統
合を深化させる地域共同体、EUでの金融ガバナンスをめぐるポリティックスとその構造的
な問題の分析に取り組んだ。EUでは1980年代後半以降、各国の市場障壁の除去を通じた
「消極的統合」だけでなく、欧州レベルへの権限委譲を伴う「積極的統合」を通じて、単一
市場政策、ユーロ導入等を主に市場創出的な側面から進展させてきたが、他方で市場修正的
な積極的統合については成果に乏しく、バーゼル合意等、国際レベルでの圧力があった領域
では一定の進展があったものの、金融安定化政策の観点でのガバナンスの構築は未発達で
あった。近年のユーロ危機で一定程度制度化が進んだものの限界があり、本研究では金融安
定化政策の構築を困難にする政治的・経済的要因について検証している。
本研究の成果について、2013年11月9日∼10日に開催された日本EU学会(於立命館大
学)、2014年3月14日∼16日にワシントンDCで開催されたヨーロッパ研究協議会(Council
for European Studies)で論文を報告し、前者については修正のうえで、2014年6月に日本
EU学会年報34号に掲載した(「EMUの形成と金融安定化政策―分断された政策過程と今後
の行方」)。当プロジェクトは現在も継続中で、2016年に邦語で単著を脱稿し、出版するこ
とを予定している。あわせて英語版でも出版の準備を進め、著書プロポーザルを海外の出版
社を通じて外部審査に提出し、サンプル章の作成に従事している。さらに関連テーマで、
2015年3月9日、EU Studies Institute in Tokyo(EUSI)の国際カンファレンスに討論者とし
て参加し、ギリシア危機への対応やEMUの今後の制度構築について議論した。
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■研究課題名
カナダ倒産法・DIPファイナンスにおける
「最優先順位の付与」法理の検討
研究代表者:
小山泰史(立命館大学法学部・教授、現在:上智大学法学部・教授))
研究期間:2013年3月1日∼2014年2月28日
【研究の概要】
カナダでは、日本の民事再生法に当たるCompanies’Creditors Arrangement Act(以下、
CCAAと略称する)が企業再生に用いられてきた。1997年・2007年に、同法は大規模な改正
を受け、それまで確立されてきた法実務を条文化した。その一例が、DIPファイナンスを行
う融資債権者に対して、その融資が他の債権者との関係で共益費用に当たるとの理由で、
「最優先順位の付与」(super
priority)を与える規定である(CCAA
s.11(2))。この法理
は、アメリカ連邦倒産法におけるプライミング・リーエンに相当する。しかし、CCAAにお
いては、改正によるルールの明文化以前から、裁判所による運用のレベルでこの法理が認め
られ、事業再生に用いられてきた。すなわち、既存の担保権者に対する優先権を与えるの
は、倒産部管轄裁判官に与えられたエクイティ上の裁量権の範囲であると解されていたので
ある。近時のカナダ最高裁のRe Indalex Ltd.事件判決(354 D.L.R.(4th) 581(S.C.C.))では、
州法上の年金債権を担保する一種の法定担保権が、DIPファイナンスの融資者に与えられた
「最優先順位の付与」による優先にさえ優越するとした、州控訴裁判所の判決が破棄され
た。特に、州法により生ずる債権・担保権に対して、連邦法であるCCAAが州法に優越する
という「連邦法優越の原則」(doctrine of federal paramountcy)を根拠として、CCAA改
正以前のエクイティ上の裁量権が、制定法の規定の基礎にあることが確認されたのである。現
行法CCAA s.11(2)は、明文の規定でそのような「最優先順位の地位の付与」のスキームを採用
するが、その解釈においてさえ、倒産部裁判官の広範な裁量により、競合して優先される他
の債権者の権利に何が含まれるかにつき、柔軟な解釈が採られている。以上が、本研究で得
られた知見の概要である。研究成果の公表にはまだ至っていないが、法改正前の状況を確認
し、近時の新たな判例の動向を付加して公表する予定である。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
経済のサービス化が経済成長に与える影響
理論分析および実証分析̶
研究代表者:
佐々木啓明(京都大学大学院経済学研究科・准教授)
研究期間:2012年10月1日∼2014年9月30日
【研究の概要】
本研究の成果は、(1)「サービス化の理論的メカニズムとその経済成長への含意」、
(2)“Is Growth Declining in the Service Economy?”という2本の論文としてまとめられ
た。前者は経済理論学会の機関誌『季刊・経済理論』第51巻・第4号に掲載されることが決
定しており、後者はKyoto University、 Graduate School of Economics Research Project
Center Discussion Paper Series No. E-14-007として公表された。
論文(1)は、サービス化と経済成長に関するサーベイ論文であり、サービス化が経済成
長に与える影響を理論的に分析したいくつかの論文を取り上げて解説した。ここで、サービ
ス化とは、経済全体の雇用に占めるサービス部門の雇用シェアの増大、と定義される。完全
雇用と閉鎖経済を前提とした理論モデルは多いが、失業を考慮した理論モデル、および開放
経済を前提とした理論モデルは少なく、今後発展の余地がおおいにあることを指摘した。
論文(2)は、サービス化と経済成長の関係を理論的に分析したものである。具体的に
は、サービス化と経済成長に関する先駆的研究であるBaumol (1967)の不均等成長モデルを
拡張し、サービス化と経済成長率の関係を分析した。その際、製造業部門およびサービス部
門の生産性上昇率がともに内生的に決定され、サービスは最終消費に用いられるのみなら
ず、製造業の中間投入になっているモデルを構築した。人的資本蓄積の式が1人当たりサー
ビス消費量に関して線形である場合、サービス雇用シェアと経済成長率の間には、U字型の
関係があることがわかる。つまり、サービス化が進むと、経済成長率は、いったん低下し、
ある時点から上昇に転じ、最終的にはある一定値に漸近していく。これに対して、人的資本
蓄積の式が1人当たりサービス消費量に関して収穫逓減である場合、サービス化が進むと、
サービス雇用シェアと経済成長率の間には、U字型と逆U字型を組み合わせた関係が得られ
る。つまり、サービス化が進むと、経済成長率は、いったん低下し、そこから上昇し、ある
時点からまた低下に転じ、最終的にはゼロに漸近していく。本稿のモデルは、サービスが中
間投入となっている側面、教育サービスや健康関連サービスを消費することで人的資本が蓄
積される側面、これらを考慮しており、先行研究と比較してより現実的なモデルとなってい
る。そして、サービス化と経済成長の関係は、先行研究が指摘するような単調なものではな
い、ということを指摘した。
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■研究課題名
WTO紛争解決制度における「共通利益」概念
研究代表者:
張博一(京都大学法学研究科・助教、現在:同志社大学法学部法律学科・助教)
研究期間:2012年12月1日∼2014年9月30日
【研究の概要】
WTO体制はその司法化を背景に、加盟国の「主観的利益」とは別に、「自由無差別を基
本原理とする多角的貿易秩序の維持」という「共通利益」の実現を目指す法体制であると観
念されてきた。しかし、「共通利益」と「個別利益」とはどのような関係にあり、国家間の
経済紛争のなかで「共通利益」はどのような形で具現化しているのかについて十分に検討さ
れてきたとは言い難い。
以上の問題意識から、本研究調査では、「共通利益」が実際のWTO紛争解決手続のなか
でどのように顕れているのかを検証し、それを踏まえて、履行確保手段の視点から対抗措置
による「共通利益」の回復の限界を提示することを試みた。まず、「共通利益」の所在を明
らかにするために、WTO紛争解決制度における「訴えの利益」について検討した。次に、
GATT期から起算して、これまで発出されたパネル・上級委員会報告書が「利益の無効化又
は侵害」を如何に解釈されてきたのかについて検討した。以上の手続面、実体面双方から
「共通利益」概念が存在することを確認した後、抽象的な利益に基づく申立及び違反認定
と、申立国に限定して認められる逸失貿易額と「同等」程度の対抗措置との間に齟齬が存在
することが分かった。すなわち、申立ての際に求められる法的利益はきわめて抽象的に解さ
れ、また、これまでパネル・上級委員会は「利益」概念を具体的な貿易損失ではなく競争条
件が歪められたことから生じる潜在的利益や合理的な期待への影響と広範に解釈してきたこ
とから、WTOでは客観的な規範遵守を手続の中心に据えていることが見て取れる。他方
で、対抗措置をとる権利は申立国のみに認められ、その程度算定は、申立国に生じた「無効
化又は侵害」の程度と同等の貿易額を基準とするため、具体的損害が生じていない競争条件
の歪曲といった抽象的利益に基づく訴えの場合、対抗措置額は「ゼロ」となる。
このように、WTO紛争解決制度において「共通利益」の存在を体現する制度及び解釈方
法が認められる一方で、その回復・実現は伝統的な二国の相互関係における「個別利益」の
確保を通してなされるに留まるのである。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
慢性期・急性期疾患の発症による厚生損失の定量的評価
研究代表者:
濱秋純哉(一橋大学大学院経済学研究科及び国際・公共政策大医学・講師、現在:法政大学経済学部・准教授)
研究分担者:
野口晴子(早稲田大学政治経済学術院・教授)
研究期間:2012年11月1日∼2014年3月31日
【研究の概要】
世帯員が健康の悪化により就労できなくなることは、所得の減少と医療費負担の増加を通
じて、世帯の消費水準を低下させる恐れがある。健康の悪化には、予期できない突発的な
ケース(急性期疾患)と、不規則な生活などによって徐々に健康を悪化させるケース(慢性
期疾患)の二つが考えられる。本研究は健康悪化が就労と所得に与える影響を測定すること
を通じて、事前の備えの有効性と事後の所得保障のコストを明らかにするための基礎的な資
料を与える。
世帯員の健康悪化が本人の労働供給に与える影響と本人の所得および世帯所得に与える影
響についてそれぞれ分析を行った。どちらの場合でも、健康指標として(1)過去3年間に発
症した疾病数、(2)過去3年間の生活習慣病(「高血圧」、「高脂血症」、「糖尿病」、
「痛風」)の発症の有無、(3)過去3年間の三大疾病(「癌や悪性腫瘍」、「心臓の病
気」、「脳卒中、脳血管障害」)の発症の有無を用いた。なお、健康が就労や所得に与える
影響を推定する上での留意点として、健康状態が悪いから所得が低いのか、所得が低いから
健康状態が悪いのかという因果の方向を特定することが難しいことが挙げられる。この問題
には、回答者の30歳時点の肥満度と両親の既往歴を操作変数に用いて対処した。
まず、健康の悪化は就労継続を阻害する効果を持つことが分かった。具体的には、過去3
年間に発症した疾病数が多いほど、過去3年間に生活習慣病を発症した者ほど、及び過去3年
間に三大疾病を発症した者ほど、それぞれ調査時点の無職確率が有意に高い。また、生活習
慣病や三大疾病の発症は労働時間数を有意に減少させる。つぎに、健康の悪化は本人所得を
減少させるが、世帯所得には有意な影響が見られなかった。具体的には、過去3年間に発症
した疾病数の増加及び三大疾病の発症により本人所得は有意に減少するが、世帯所得に対す
る影響は見られない。生活習慣病の発症は、本人所得と世帯所得のどちらに対しても有意な
影響が見られなかった。所得への影響があまり見られない理由として、他の世帯員が代わり
に働き始めることや、保険給付の受給などが考えられる。もしそうなら、一時的な本人所得
の減少は世帯内での助け合いや保険である程度カバーされており、問題は長期的な世帯所得
減少への対処となる。政府による所得保障とともに、疾病(とくに急性期疾患)の予防によ
る所得リスクの低減も重視すべきであろう。
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■研究課題名
国際化を前提とした起業(ボーン・グローバル)の規定要因
:起業家研究の視点から
研究代表者:
福川信也(東北大学大学院工学研究科・准教授)
研究期間:2012年11月1日∼2014年10月31日
【研究の概要】
新しい企業の創生と成長はマクロ経済成長の基盤である。特にイノベーションを担う研究
開発指向スタートアップは経済の新陳代謝を高め、新製品を市場に導入するという二つの側
面で長期的なマクロ経済成長に重要な役割を果たす。なかでも、起業時点から海外市場を意
識し、創業2-3年で海外市場での売上高が総売上の相当割合、少なくとも25%、を占めるス
タートアップはボーングローバルと呼ばれる(Oviatt and McDougall, 1994)。ボーング
ローバルは雇用創出、競争促進、イノベーション促進、他の起業家への刺激を促すことなど
を通じてマクロ経済成長に寄与する(Hessels and van Stel, 2008)。先行研究においては創
業から数年での海外市場への進出、いわゆる加速化された国際化(Accelerated
internationalization)の規定要因の分析が重要な流れとなっており、これまで主たる分析対
象となってきたのは過去の国際経験や海外指向性等のアントレプレナー(起業家)の特徴で
あった(Madsen and Servais, 1997; Reuber and Fischer, 1997; Freeman and Cavusgil, 2007;
Nadkarni and Perez, 2007)。しかし、こうした海外を視野に入れた起業活動の担い手の供
給に市場の失敗による過小供給が存在する場合、個人属性と同様に、アントレプレナーシッ
プに関する政策もボーングローバルの規定要因として重要である。イノベーションに積極的
に取り組むボーングローバルを適切に支援することが重要な政策課題であることには広く合
意があるものの、どのようなボーングローバルをどのように支援すべきかについて必ずしも
定見があるわけではない。大学、民間、自治体、第三セクター等が運営するインキュベータ
はスタートアップの創出と成長をソフト・ハード両面から支援することを目的としている。
インキュベータはスタートアップに低廉な地代、事業に有利な立地(サイエンスパークや産
業集積)、実験設備などの物的優位性を提供する。また、インキュベータに立地することで
スタートアップは社会的正統性を獲得し(Stinchcombe 1965)、ビジネスコミュニティに認
知されることで、成長が容易になると考えられる。本研究は他の条件を一定として、イン
キュベータの人的・物的資産がボーングローバルの生成、インキュベータ卒業後の成長率に
与える影響、及びその影響が技術分野(エレクトロニクス、情報通信技術、バイオテクノロ
ジー)に応じてどう異なるかを定量的に検証した。本研究成果の一部は、論文 Fukugawa, N.
(2013) Which factors do affect success of business incubators? として米国で開催された国
際学会 Strategic Management Societyにて報告された。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
金銭消費貸借契約の期限前弁済を巡る法的権利・義務の設計
研究代表者:
丸山絵美子(名古屋大学大学院法学研究科・教授)
研究期間:2012年11月1日∼2014年9月30日
【研究の概要】
期間を定め、固定の金利条件で信用を供与する契約が締結され、借主が期限前に弁済を希
望する場合、借主は期限前弁済権を有するのか。また、与信業者は、期限前弁済に対し一定
の金銭の支払いを借主に対して請求できるのか。ここでの金銭の支払い請求権はどのような
法的性質を有し、金額はいかに算定されるのかが、研究の課題である。まず、実務家へのイ
ンタビュー調査などを行うことにより、次の点を明らかにした。実務では、与信取引が金銭
消費貸借なのか立替払いなどその他の支払い猶予なのかという取引の性質の違い、与信を行
う業者の業態によって資金調達の方法が異なることが、期限前弁済の可否や損害金算定の影
響要因となっている。このような状況を前提に、データベースや書籍などを利用し、日本の
従来の法的な議論状況や海外(主としてドイツ法・EU法)の法状況を調査し、次の点を比
較法研究により明らかにした。ドイツ法は、期限前弁済の自由の不承認から承認という流れ
にある。EU法は、加盟諸国の多様な法制度と実務状況を前提に完全統一化を一部ではあき
らめつつも、与信一般について、資金の流動性と効率的な配分の促進という観点を重視する
方向にある。すなわち、借主の期限前弁済権を承認しつつ、貸主の不利益填補を損害賠償に
より手当てし、かつ消費者に対しては透明性の確保・情報提供を重視する方向性を示してい
る。実務および比較法研究を踏まえ、日本法の立法論・解釈論として、次の見解を呈示し
た。相手方に損害を与えない限りで、財の有効活用を促進してよいという観点から借主の期
限前弁済権を任意法として設定し、貸主の不利益填補を履行利益賠償モデルで行う。ただ
し、個別性の強い取引案件と、多数向け与信商品(マス取引)とで損害軽減の要求可能性が
異なるという考え方を採用する。また、期限前弁済損害金には利息制限法・出資法の適用は
ないという解釈論を支持する。そして、消費者信用においては、期限前弁済権や損害賠償の
上限規制の強行法規は必須ではないが、消費者契約法9条1号、10条を根拠とする介入の
具体的あり方を提示した。研究成果は学術雑誌での公表が決定している。
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2011年度助成分
■研究課題名
不完全競争・価格戦略・経済厚生
研究代表者:
安達貴教(名古屋大学大学院経済学研究科准教授)
研究分担者:
林光(関西学院大学 Zero Carbon Society 研究センター・研究員)
研究期間:2012年3月31日∼2014年3月7日
【研究の概要】
本研究においては、主に以下の二つの査読審査制の国際学術雑誌に公刊された内容に関わ
る分析を中心として当該研究課題に取り組んだ。
- Complementing Cournot’s Analysis of Complements: Unidirectional Complementarity
and Mergers (coauthored with Takeshi Ebina), Journal of Economics, Vol.111, No.3 (April
2014), pp.239-261.
- Double Marginalization and Cost Pass-Through: Weyl-Fabinger and Cowan Meet
Spengler and Bresnahan-Reiss (coauthored with Takeshi Ebina), Economics Letters,
Vol.122, No.2 (February 2014), pp.170-175.
これらはいずれも、不完全競争下における企業の価格戦略に関わるものであり、また、消
費者厚生に関する議論も行っている。従って、企業戦略の理解のみならず、競争政策への含
意をも有する研究結果と言えよう。より具体的には、前者の論文は、それぞれ補完的な財を
生産する二つの企業の合併に関する1838年のオーギュスティン・クールノーの古典的研究
を、現代の情報化社会においてよく見られる一方的な二財関係、即ち、一方は他方の使用を
前提として意味をなすような非対称的な関係にある二企業の合併の文脈で捉え直し、クール
ノーの主要な結論、即ち、合併は企業と消費者の双方に利益をもたらすという結論がどのよ
うに当てはまらないのかを示した。この結果は、今後の情報産業における合併の問題を考え
ていく際に重要な論点を含んでいるものと言える。対して後者の論文においては、製造業者
から財が小売業者に売り渡され、それが最終消費者に販売されるという垂直的関係の状況が
分析された。より具体的には、グレン・ワイル氏(シカゴ大学)とミカル・ファビンジャー
氏(東京大学)が2013年にJournal of Political Economy誌に発表した研究成果に依拠し、小
売業者が得るマージンと比べた時の製造業者の得るマージンは、小売が消費価格に転嫁する
値に対する、卸売段階での卸売価格に対する転嫁の値に等しいことを証明した。同時に、サ
イモン・カウワン氏(オックスフォード大学)が2012年にJournal of Industrial Economics誌
に発表した結果に依拠して、消費者厚生に関する議論も行った。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
社外取締役制度の機能論的分析
研究代表者:
白井正和(東北大学大学院法学研究科・准教授)
研究期間:2012年3月31日∼2014年3月31日
【研究の概要】
社外取締役の積極的な利用は、比較法的にみても近年のコーポレート・ガバナンスの分野
における大きな潮流であり、先進国を中心に社外取締役を積極的に活用する方向の改革が進
んでいる。日本もこうした潮流の例外に位置するわけではなく、社外取締役の積極的な活用
に向けた制度改正が急速に進められている。もっとも、日本で具体的に社外取締役がどのよ
うに機能し、どのような意味で所有と経営の分離がもたらすエージェンシー問題を解決する
かについては、必ずしも検討が十分ではない可能性も否定できない。こうした中、本研究
は、日本において社外取締役がどのような意味でエージェンシー問題に対する解決策となり
うるのかという観点から検討を試みた。中でも、①社外取締役を積極に活用している米国で
は、1980年代以降の企業買収の場面における判例法理が契機となって社外取締役の導入が進
んだと指摘されていること、②企業買収の場面は経営者・株主間のエージェンシー問題が深
刻化する可能性が高いこと、③それにもかかわらず、日本では企業買収の場面におけるエー
ジェンシー問題に対する解決策が不足していることなどを踏まえれば、主に企業買収の場面
を対象として、社外取締役の積極的な利用が、同場面において生じうる問題に対する解決策
となるか、それは他の考えられる解決策と比べても優位性を有しているのかといった観点を
踏まえることが重要であろう。
以上の観点を踏まえて、MBOや親会社による少数株主の締出しの場面において設置され
ることが増えつつある第三者委員会(社外取締役をはじめとした取引に利害関係を有しない
者により構成される委員会)を対象として、比較法的観点にも触れながら、同委員会が有効
に機能したかどうかを評価するための基準について検討を行い、論文を公表した(白井正和
「利益相反回避措置としての第三者委員会の有効性の評価基準」岩原紳作ほか編集代表『会
社・金融・法(下)』(商事法務、2013年)157頁)。構造的な利益相反問題により、会社
内部に独立した判断主体が存在しない可能性が懸念されるMBO等の場面において、同委員
会が取締役会に代わる判断主体として有効に機能することで、独立当事者間に相当する取引
を実現することも可能となるが、その一方で、形式的な要件を満たすだけで、安易に同委員
会が有効に機能したと評価されることのないよう、同委員会の有効性の評価基準については
十分かつ慎重な検討が求められる。
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■研究課題名
負債と選挙の政治学
研究代表者:
中村悦大(愛媛大学・准教授)
研究分担者:
松本俊太(名城大学・准教授)、
若尾信也(テキサス大学・博士候補生、現在:College of the Mainland・講師)
研究期間:2011年12月1日∼2013年11月30日
【研究の概要】
アメリカにおいて、2011年にはオキュパイ・ウォールストリートとティーパーティー運動
という二つの対照的な形で、経済を巡る有権者の草の根の対立が表面化した。また、2012年
の大統領選ではオバマ大統領の経済運営の是非が大きく取り上げられたように、経済がアメ
リカの選挙の大きな争点となっている。
政治学においては所得などフローの経済変数と投票行動との関係の検討は行われてきた
が、資産状況などストックと投票行動の関係は十分に検討されていなかった。今回の研究助
成を得て、我々はアメリカにおける資産と政治の関係を分析した。分担は若尾がアメリカの
有権者の個人レベルのデータの分析を行った。中村は経済評価と政党評価を結びつける意思
決定のメカニズムについてのモデルをたて、それを時系列分析に応用するための方法を検討
し、松本はアメリカ議会における党派対立の先鋭化について検討を行った。
検討結果の一例として若尾による2010年2月に実施されたCBS/NYTによるサーベイデータ
の分析を紹介する。同調査は珍しくクレジットカード所有数を調査項目に含んでおり、個人
の資産状況に関する代理変数として利用できる。このデータから資産状況と、(a)オバマ
大統領の連邦政府負債の問題への対処、(b)現在の連邦政府が抱える負債の責任者はオバ
マかブッシュかの2項目の関連を調べたところ、オバマ政権の連邦政府負債の問題への対処
は個人の資産状況に関係なく党派的な問題であるが、政府財政赤字についてのブッシュ大統
領の責任については資産状況により評価が分かれるという傾向があった。
このように資産状況と投票行動についての分析を行い、研究会を2回(名古屋・松山 若尾
はスカイプにより参加)開催し理解を深めた。これらの成果として、若尾はIs Campaigning
Local?: Campaign Strategy in the 2010 Congressional Race.という報告を本研究費の助成
により2012年にアメリカ中西部政治学会で報告し、2013年にWall Street, Main Street, and
Pennsylvania Avenue: The Effect of Stock Ownership on Political Behavior in the U.S.
という博士論文をテキサス大学に提出し博士号を得た。また、中村は経済に関する有権者
の意思決定のモデルを作成しDelay of Microlevel Decisions and the Dynamics of Party
Supportというタイトルで2013年のアメリカ政治学会で報告を行った。松本は「連邦議会
における分極化の実態:点呼投票とイデオロギーをめぐる諸問題」という報告を2012年の
日本政治学会で行い、議会の党派対立と党派的規律の強化との関係を論じた。今後はこれ
らの成果を出版へとつなげるようさらに研究を継続してゆく予定である。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
離散型選択モデルを用いた税制と社会保障の効果に関する
マイクロ・シミュレーションの研究
研究代表者:
林正義(東京大学大学院経済学研究科・経済学部・准教授、現在:教授)
研究分担者:
該当せず。但し、研究成果は別所俊一郎(慶應義塾大学経済学部准教授)との共著
研究期間:2012年1月10日∼2014年3月31日
【研究の概要】
本研究を通じて以下の3つの論文を刊行した。
[1] Estimating the social marginal cost of public funds: A micro-data approach (with S.
Bessho). Public Finance Review 41(3), 360‒385,2013.
[2] Intensive margins, extensive margins, and the spousal allowances in the Japanese
system of personal income taxes: A discrete choice analysis (with S. Bessho).
Journal of the Japanese and International Economies 34, 162‒178, 2014.
[3] Should the Japanese tax system be more progressive? An evaluation using the
simulated SMCFs based on the discrete choice model of labor supply (with S.
Bessho). International Tax and Public Finance, DOI: 10.1007/s10797-014-9303-6,
forthcoming.
[1]は離散選択(DCM)モデルを利用していないが、[2]と[3]の前哨となる研究であり、単
身世帯のサンプルを対象にして世帯パラメータを推定し、マイクロ・シミュレーションを用
いて所得税の効果を分析した。[2]と[3]は研究申請書「研究計画・方法」に記したDCM分析の
手法を用いた研究である。ただし、計画では子ども手当や給付付き税額控除を対象とする予
定としていたが、これらの論文では[2]で配偶者控除の削減の効果、[3]では所得税の累進度の
変化の効果を検証した。なお、これらの推定およびシミュレーションは一橋大学社会科学統
計情報研究センターを通じて申請取得した就業基本調査の個票データを用いている。
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■研究課題名
未承認国家の総合的比較分析
∼旧ユーゴスラヴィアと旧ソ連を事例に
研究代表者:
廣瀬陽子(慶應義塾大学総合政策学部・准教授)
研究期間:2012年1月1日∼2014年3月31日
【研究の概要】
2012年には、イスラエル・パレスチナ、北キプロス・キプロス、グルジアでの調査を行ない、日
本語の論文にまとめた。2013年3月から1年間は、米国のコロンビア大学を拠点に研究を続
け、その期間に未承認国家に関する英語論文を3本(1本は共著)、未承認国家に関する日
本語の著書を1冊執筆した。英語論文のうち1本は、査読つき論文として掲載され(“The
Need for Standard Policies on State Recognition: The Case of the Russia-Georgia War,
Georgia, and Azerbaijan From 2008 to Early 2012,”International Relations and Diplomacy,
January 2014, Vol. 2, No. 1, pp.1-15)、もう1本は学会発表(“The Unrecognized States in
the Former USSR and Kosovo: Focusing on the Legacies of 'Empires'”, 第45回AAASS
(American Association for the Advancement of Slavic Studies)年次大会において発表(米
国・Boston Marriott Copley Place in Boston, MA、2013年11月21-24日))を経て手直しし、
現在、投稿中である。もう1本はGrazvydas Jasutisとの共著で、査読論文として掲載された
(”Analyzing the Upsurge of Violence and Mediation in the Nagorno-Karabakh Conflict.”
Stability: International Journal of Security and Development 3(1):23、pp.1-18)。そして、
2014年8月には、本研究の集大成といえる『未承認国家と覇権なき世界』(NHK出版)を刊
行し、未承認国家の国際政治における重要性を問うた。また、2014年にはウクライナ危機に
関して多くの日本語論文を発表し続けており、10月にも2008年のグルジア紛争との比較とい
うテーマで「ロシア東欧学会」大会の共通論題にて発表する予定である。
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Ⅱ . 研究実績│研究実績報告書
■研究課題名
原子力発電所所在地における自治体財政の構造分析
研究代表者:
三好ゆう(桜美林大学リベラルアーツ学群・専任講師)
研究期間:2012年1月1日∼2014年3月31日
【研究の概要】
本研究は、原子力発電所所在地自治体の財政構造を長期分析し、原発関連の財政依存体制か
らの脱却の可能性を考察することを目的とした。助成期間中の調査・分析で明らかにしたこと
は、3点に整理できる。
(1) 福井県若狭地域を対象に分析した結果、原発立地が自治体財政に与える影響はきわめて大き
く、自治体規模が小さいほど原発への財政依存は強いことが明らかとなった。その強固な関
係は、歳入面では電源三法に基づく交付金および固定資産税や法人税といった地方税におい
てみられ、歳出面では交付金の活用事業が歳出構成を特徴づける要因として表れる。
(2) 調査自治体においては、寄付金ならびに分担金・負担金が非立地自治体に比して巨額であ
る。寄付金のほとんどは匿名によるものであるが、小規模自治体であるということ、電力
会社以外が中小零細法人であること、原発事故と寄付のタイミングが一致することなどか
ら、多額の寄付は電力会社によるものであると考えられる。したがって立地自治体におけ
る寄付金や分担金・負担金のほとんどは、自治体と電力会社間で収支内容が決定づけられ
ている。交付金の意義が国から受け取るリスクへの対価であるならば、寄付金は電力会社
から直接受け取るリスクへの対価であるといえる。
(3) 上記のような構造にある原発立地自治体の本質的かつ最も深刻な問題は、住民による財政
コントロールが効きにくい状態にあるということ、住民不在の自治体運営に陥るもしくは
陥っている可能性がきわめて高いということである。財政依存体制から脱却するために
は、自立・自率に向けた自治体と住民の共同参画を強化していく必要性がある。
本研究成果の一部は現在執筆中の論文に盛り込まれているが、今後は財政的特質について更な
る一般化を図るとともに、地域の経済・産業構造ともあわせて課題を検討していく必要がある。
この場をかりて、貴財団から頂いた御支援に心より御礼申し上げます。
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