世界初ガラスベンチルーフによる FIFAワールドカップでの

Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 65(2015)
世界初ガラスベンチルーフによる
FIFAワールドカップでの多目的プロジェクト
World's First Glass Bench Roof for FIFA World Cup
Multipurpose Project
斉藤 準一*・吉田 聡**・若杉 裕之***
Junichi Saito, Satoshi Yoshida, Hiroyuki Wakasugi
2014FIFAワールドカップブラジルTMにおいて、AGC旭硝子はBtoB企業として世界で初めて
ガラスベンチルーフでブランドライセンス権を取得し、
“AGC”のブランディングを展開した。
ベンチルーフに“Dragotrail®”を使用することで、そのマーケティングを推進しただけでなく、
ベンチをAGCグループの象徴として捉え、主要部材の全てをAGCグループの製品を用いて製作
した。本稿では、プロジェクトのうちベンチ製作に焦点を当てて紹介する。
At 2014 FIFA World Cup Brazil™, AGC Asahi Glass was named a branded licensee as the
first B-to-B company to market the glass roof of the 2014 FIFA World Cup™ Player Benches,
and the company executed branding campaign for the AGC brand during the World Cup
period. In the branding campaign, the bench, which was almost entirely made with AGC
products, was used as a symbolic representation of the AGC Group. The company also used
the bench to market Dragontrail™ as the product was used for the roof part. The following
is an overview of the project with a focus on the bench manufacturing.
*事業開拓室新事業推進グループ
**生産技術センター生産技術センター共通基盤グループ 新商品プロセスファンクション
***広報・IR室
−15−
旭硝子研究報告 65(2015)
以下にこれらの技術について詳しく述べる。
1. はじめに(ベンチ製作コンセプト)
本プロジェクトは、グローバルレベルでの AGC
のブランディング、 Dragontrail® のマーケティン
グ、AGCグループ内でのコミュニケーション活性化
等を目的とした。世界的なスポーツイベントで、社名
看板ではなくAGCの技術を見ていただくこと、ガラ
スの進化と可能性を世界中の人々に伝えることによっ
てこれらを達成したいと考えた。
冒頭、本プロジェクトは2014 FIFA World Cup
BrazilTM(以下、W杯)においてベンチを提供したと
紹介したが、正しくはW杯の前年に開催される2013
FIFA Confederations Cup Brazil(以下、C杯)向
けのベンチ提供から始まっている。
C杯用ではベンチルーフ材に通常のガラスの6倍の
強度を持つ化学強化用特殊ガラス Dragontrail® を使
用した(Fig.1)
。しかし、そのフレームやベンチシー
トは外部から調達したうえで、当社がベンチとして完
成させて全6会場に提供した。
W杯向けベンチでは、主要材料全てにAGCグルー
プの製品を使うことで、最新機能を搭載したAGCグ
ループの技術力の象徴とするものとした(Fig.2)
。
具体的には、ベンチルーフ材にさらに強度を8倍ま
で高めた Dragontrail® X を使用し、フレームにはガ
ラス繊維強化プラスチック(以下G-FRP)を用い、そ
の表面は耐候性の高いフッ素系塗料用樹脂 ルミフロ
ン® を原料としたボンフロン®塗料を塗装、ベンチ背
もたれにはポリカーボネートシート カーボグラス®
を採用した。
2. ベンチの製造と技術
2.1 ベンチ構造
ベンチを設計するにあたり、高さ・幅・奥行の外形
寸法、シート数等が定められているが、何よりも安全
であることが重要である。また、構造は出来るだけシ
ンプルに、そして軽量、視認性という点を考慮しなが
ら設計を進める必要があり、各要素をどうバランスし
ながら、具体的な形にしていくかという作業は困難を
極めた。
ベンチはフレーム・ガラス・シートで構成されてい
る。フレームは、構造物として最も重要なパーツであ
るが、視認性確保の為、先細り構造としており、ベン
チ全体の透明感を高めるようにデザインされている。
ガラスは上述のように化学強化ガラスを合わせたもの
であるが、フレームとしっかりと装着されている必要
があるためフレーム内の隠れる部分に特殊な加工を施
している。シートは、シートベースとクッションで構
成されている。シートそのものはデザインを重視した
ものとなっているが、悪天候を想定した設計を行って
いる。
2.2 製造(サプライチェーン)
W杯向けベンチには、AGCグループの素材を多用
しており、C杯と比べても複雑な製作フローとなった
(Fig.3)
。
Fig.3 Supply chain
製作に関わったAGCグループ
AGC旭硝子(愛知・関西・京浜・高砂・鹿島工場)
AGCマテックス:FRP製造
AGCコーテック:塗料製造
AGCディスプレイグラス米沢:ARコーティング
AGCポリカーボネート:ポリカーボネート製造
Fig.1 Glass Bench Roof for FIFA Confederations Cup
Brazil 2013®
2.3 化学強化用特殊ガラス“Dragontrail® X”
世界最大のスポーツイベントにおいて、AGC旭硝
子の素材メーカーとしての技術力、総合力を訴求する
ため、ベンチルーフには化学強化ガラスを採用した。
通常スマホやタブレットPCのカバーガラスとして使
用される化学強化用特殊ガラスを大サイズで提供する
ことを通じて、過酷な使用環境下で利用できることを
Fig.2 Glass Bench Roof for FIFA World Cup Brazil 2014®
−16−
Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 65(2015)
証明し、この素材の新たな用途展開の可能性を示し
た。大型のフラットなガラスのデザインは、
「シンプ
ルで統一された外観と観客の視界を妨げない」という
FIFA側の強い要求を満たすものでもある。
W杯では、2013年のC杯提供ベンチと比較して更な
る「ガラスの進化と可能性」を追求するため、進化の
象徴としてDragontrail Xを採用した。本採用によ
り、強度を更に30%増加させ、C杯ベンチでの3層合
わせガラスを2層(中段、下段)とし、より軽量化を
図った。一方、Dragontrail® Xは新組成で、かつ建
築用途での実績、評価結果もなかったため、以下の評
価を実施した(Table 1)
。
一と組立て時の効率化を図った。
成型に関しては、G-FRPフレーム各部材の形状に
起因した成形性や納期の短縮を考慮し、複数の製法
(下記)による量産を実施した。
(1)ハンドレイアップ法(脚部カバー)
ガラス繊維と樹脂を交互に手作業で積み上げていく
方法で、FRPの成形法の基本となる常温・無圧で、
かつ簡易な型で硬化が可能である。
Table 1 Results of glass roof evaluation
Fig.5 G-FRP
(Anti Reflective:ARコート)
技術
2.4 低反射コート
スタンドで観戦している観客からの選手の視認性向
上の観点から、中段の約1.4m×0.8mのガラスに平均
反射率0.5%程度の低反射膜をコーティングした。本
技術は、高精細ディスプレイに対する欠点や画質向上
(色再現等)を実現する高品位カバーガラス向け技術
を転用したものであり、建材用途まで幅広く活用でき
るということを示した。
(2)Resin Transfer Molding法(フレーム、カバー
フレーム)
雄雌一対の型内部に強化繊維をセットして型締め
し、注入孔より樹脂を硬化剤と共に圧力をかけて注
入・密閉後硬化させる成形法である。多くの場合、室
温硬化が可能。RTM法の特徴として、作業者の技量
に影響されることが少なく、平均的な品質、高い寸法
精度が挙げられる。また、雄雌別型となるため、表裏
別々の意匠の成形が可能であり、他のFRP成形法と比
較して、ガラス繊維含有率を最も高めることができる
ため、物性的に優れた製品を実現することもできる。
Fig.4 AR Coating(Image)
Fig.6 G-FRP
2.5 FRP成形技術
Dragontrail® X及びG−FRPによるベンチの重量低
減効果を以下に示す(Table 2)
。
ベンチのフレームに関しては、強さと軽さを追求
し、金属材料では製造が困難なデザイン性を実現する
ためRTM(Resin Transfer Molding 法;後述)に
よるG-FRP(ガラス繊維強化プラスチック)を採用
した(Fig.5)
。FRP成型とすることで、連続的にフレ
ームの断面形状を変化させ、シャープかつ有機的な造
形(三角形断面で先細りのプロポーション)を高精度
で実現した。また、C杯ベンチでは、ガラスサッシ取
り付け部等を覆うカバー材にゴム押し出し材を使用し
ていたが、W杯ではG-FRP材とすることで質感の統
Table 2 Weight comparison of the bench
−17−
旭硝子研究報告 65(2015)
2.6 塗料
長期にわたり維持できるようにした(Fig.9)
。
海上輸送中のコンテナ内の高温多湿環境やW杯期
間中や寄贈先での屋外使用において、紫外線、風雨、
錆などによる構造部材の劣化を防ぎ、ベンチの美しい
質感、光沢を長期に渡って維持するため、高耐候性フ
ッ素樹脂塗料ボンフロン®を採用した。下地となる白
色、光源の向きや強さによって多様な表現が可能とな
るパール粉末の添加、そしてパール粉末の脱落を防止
するための表面保護層となるクリアの3層構造を採用
し、パール塗料のリスクを極力低減できる特殊配合品
の検討を進めた結果、ゴールド色を採用した。
2.7 ポリカーボネートの採用とその耐候性
シート素材に求められる機能は、堅牢性、耐候性、
デザイン性、加工性等があげられる。更に今回はデザ
イン上の制約として、透明素材であることも必須とな
った。
それらを総合的に検討した結果、ベンチのシート
は、ポリカーボネートを採用した(Fig.7)
。
Fig.8 Polycarbonate Sheet Yellowness index
Fig.9 Polycarbonate sheet Artificial-Weathering Tests
3. まとめ
Fig.7 Polycarbonate sheet
ポリカーボネートの特徴は以下となる。
(1)同厚通常ガラスの約200倍、アクリルの約30倍の
衝撃強度がありハンマーでたたいても殆ど割れる
ことがない。
(2)使用温度条件が、-40℃から+125℃までと広く、
広大なブラジルどの地域でも使用できる。アクリ
ル板や塩ビ板のように、寒冷地でも脆化して割れ
ることはない。
(3)熱を加えれば、さまざまな形状に成形でき、常温
で曲面に施工することも可能。また、切断、穴あ
け、切りかきも容易である。比重はガラスの約半
分(比重1.2)で、建物の構造に負担をかけない。
今回は、屋外で使用するため、表面に特殊コーティ
ングした、
「カーボグラス®SG」を採用した。ポリカ
ーボネート樹脂は、紫外線を受けると化学変化を起こ
し、 徐々に茶褐色を帯びる様になり、透視性が失わ
れてしまう(Fig.8)
。それを防止するため、AGC独
自技術で表面をコーティングし、紫外線が直接ポリカ
ーボネートに当たらない様にすることにより透明性を
−18−
本プロジェクト発足当初は、体制や組織間の連携等
スムーズにいかない点も多かったが、個別課題を解決
する取組みを通じて、最適な連携を行うことが出来、
最終的には妥協のない製品を完成させることができた
と考えている。
事業環境がかつてないスピードで変化していく中
で、AGCが今後成長していくために、新商品・新事
業を推進する場合にも同様なケースが想定されるが、
今回の取組みのエッセンスが、課題解決に貢献できる
と確信している。
今回製作したワールドカップ向けベンチは、素材メ
ーカーであるAGCがエンドユーザーに対して製品を
提供したという非常に稀なケースである。そのため設
計・製作にあたり社外の様々な方に協力して頂いた。
その助言の一つ一つが完成度を高めることに繋がり、
製品として誇れるデザインに仕上げられたことは、
AGCにとっても非常に意義深い。ご協力頂いた皆様
に心より感謝の意を申し上げる。