2016 年 2 月 26 日 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP) Tel:042-341-2711(総務部 広報係) 細胞内で RNA が分解されるメカニズムを解明 ~リソソームへの RNA 取り込み分子 SIDT2 を発見~ 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市,理事長:樋口輝彦) 神経研究所(所長:武田伸一)疾病研究第四部(部長:和田圭司)の株田智弘室長らの研究グルー プは、遺伝情報の伝達など生物にとって必須の役割を担う一方、蓄積すると病気の原因ともなる RNA が、細胞の中で分解される主な仕組みの 1 つを解明しました。 この研究成果は日本時間の 2016 年 2 月 19 日に米国の科学誌『Autophagy』オンライン版で公 開されました。 ■研究の背景・経緯 ALS や難病の治療法開発に RNautophagy のメカニズム解明が重要 私達の体を構成している細胞の中では、RNA やタンパク質が毎日作られるとともに分解されて います。分解する機能が止まってしまうと、細胞内に不要な RNA やタンパク質がどんどん溜まり、 病気になってしまいます。例えば細胞内の RNA 分解酵素 RNaseT2 の機能が欠損すると、神経疾患 である白質脳症の原因となることが知られています。また、筋力の低下を主症状とする筋強直性 ジストロフィー、徐々に筋肉が動かなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの疾患では RNA の蓄積や異常が発症に関与することが示唆されています。つまり細胞内の分解システムは私 達が健康に生きていくために必須であり、その仕組みを明らかにすることは疾患の治療法を開発 するうえで大変重要な研究テーマです。 リソソームは細胞内小器官の1つであり、その中にはタンパク質や RNA などを分解するための 酵素が多く含まれていて、細胞内のゴミ処理場のような役割を果たしています。また、細胞内に は、ゴミとなる物質などをリソソームに運んで分解するシステムが存在し、オートファジーと総 称されています。分解された産物の少なくとも一部は RNA やタンパク質の合成に再利用されると 考えられています。 以前私達の研究グループは、リソソームが直接 RNA を内部に取り込み、分解するという新しい システムを世界で初めて発見し、RNautophagy (アールエヌオートファジー)と名付けました。ま たリソソームの表面にあるタンパク質 LAMP2C が RNA の受け取り手として働くことがわかっていま した。 (*1)ところが、RNA がどのようにリソソーム膜を通過するのかということについてはわ かっていませんでした。そこで今回の研究では、RNA のリソソーム膜通過を担う分子を同定する 1 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) ことを目的とした研究を進めました。 (*1)Fujiwara et al. Autophagy. 2013, 9, 403-409. ■研究の内容 線虫の SID-1 というタンパク質が細胞膜において RNA チャネル(輸送体)として働くことが報 告されていました。そこで本研究では、哺乳類のなかで SID-1 に相当する分子(オルソログ)の 1つである SIDT2 に着目しました。 SIDT2 の細胞内での存在場所を調べたところ、主にリソソーム膜に存在し、その他の細胞内小 器官にはあまり存在しないことがわかりました。さらに、SIDT2 量を人工的に増やしたリソソー ムおよび減らしたリソソームを用いて実験した結果、RNA の取り込み活性はそれぞれ増加、減少 しました。これらの結果から、SIDT2 がリソソームによる RNA 取り込みを仲介することが明らか となりました。 また SIDT2 量を大きく減らした細胞では、細胞内での RNA 分解の能力が約半分に低下していま した。この結果から、実験に用いた細胞内では、RNA 分解全体の約半分は SIDT2 を介しているこ とが明らかになりました。さらにリソソーム酵素の阻害剤を用いて、SIDT2 を介した細胞内 RNA 分解がリソソームによる分解であることを示しました。また別のオートファジー経路であるマク ロオートファジーが起こらない細胞を用いて、SIDT2 を介した RNA 分解に、マクロオートファジ ーは関与していないことを示しました。以上から、RNautophagy は恒常的な細胞内 RNA 分解にお いて主要な分解経路の 1 つであることが強く示唆されました。 このように、哺乳類細胞内における RNA 分解の主な仕組みの 1 つが、今回の研究で初めて明ら かとなりました。 【RNautophagy の仕組み(モデル図)】 RNautophagy による、RNA 分解の仕組み(本研究結果から考えられた仮説):リソソームの表面 にあるタンパク質 SIDT2 が RNA を直接リソソームに取り込む。その後 RNA はリソソーム内部で分 解される。LAMP2C は RNA の受け取り手として、取り込みを補助している。 2 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) ■今後の展望 筋力の低下を主症状とする筋強直性ジストロフィー、徐々に筋肉が動かなくなる難病、筋萎縮 性側索硬化症(ALS)などの疾患では RNA の過剰な蓄積や異常が発症に関与することが示唆されて います。また、様々なウイルス感染症において、ウイルス由来 RNA の増加はウイルス増殖の原因 になります。今回、RNA のリソソーム膜通過を担う分子が発見されたことで、RNA を原因とする神 経・筋疾患や感染症に対する治療法開発に貢献することが期待されます。 <助成金> 本成果は、以下の研究助成を受けて得られました。 JSPS 科研費 新学術領域研究(26111526) JSPS 科研費 若手研究(A) (24680038) AMED 難治性疾患実用化研究事業(15Aek0109048h0002) ■用語の説明 ・オートファジー 細胞の中にあるリソソームと呼ばれる小器官に、タンパク質や他の小器官などのさまざまな物 質を運び込む仕組み。リソソームに運ばれた物質は、その内部で分解される。細胞はこの働きに より内部の古くなった物質や異常な物質を分解・リサイクルしてその環境を保っている。オート ファジーの異常はパーキンソン病をはじめとした神経疾患や、癌などの病気にも関与している可 能性がある。また、オートファジー研究はその黎明期から日本人研究者が世界をリードしてきた 分野でもある。オートファジーのうち、RNautophagy は「リソソームが ATP 依存的に RNA を直接 取り込み、分解する」システムであり、本研究のグループにより発見された。リソソーム膜に存 在するタンパク質 LAMP2C は RNA に結合する配列をもっており、RNautophagy において RNA の受け 取り手として働くが、RNautophagy にとって必ずしも必要ではないこともわかっていた。 ・チャネル 生体膜を貫通するタンパク質が膜に形成する小孔で、生体膜をはさんで片側から反対側へと 様々な物質を移動させることができる。チャネルを形成するタンパク質の種類により、どのよう な物質を通過させるかが異なる。 ・筋強直性ジストロフィー 筋力の低下や筋肉の萎縮を主な症状とする遺伝性の疾患で、筋肉の他にも心臓や中枢神経系な ど、さまざまな臓器に障害が見られる。成人で最も患者の多い筋ジストロフィーであり、根本的 な治療法はまだない。 3 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) ・筋萎縮性側索硬化症(ALS) 筋肉を思い通りに動かすために必要な運動ニューロンが変性・脱落することによって筋力の低 下や筋肉の萎縮を示し、次第に身体を動かすことができなくなってゆく疾患。根本的な治療法は まだない。 ■原論文情報 論 文 名: Lysosomal putative RNA transporter SIDT2 mediates direct uptake of RNA by lysosomes 著者:相澤修、藤原悠紀、Viorica Raluca Contu、長谷勝徳、高橋昌幸、菊地寿枝、株田千華、 和田圭司、株田智弘 掲載誌:Autophagy オンライン版/2016.2.18 http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/15548627.2016.1145325 DOI: 10.1080/15548627.2016.1145325 ■お問い合わせ先 【研究に関するお問合せ】 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所、疾病研究第四部 第一研究室長 株田 智弘(かぶた ともひろ) TEL:042-341-2711(代表) E-mail: 【報道に関するお問い合わせ】 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課広報係 TEL: 042-341-2711(代表) 本リリースは、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブに配布しております。 4 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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