これからの社会と新しい算数・数学教育の構築

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
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これからの社会と新しい算数・数学教育の構築
長崎, 栄三
科学教育研究. 25(5), p. 344-350
2001-12-10
http://hdl.handle.net/10297/6397
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日本科学教育学会. Ii科学教育研究I
J 2001
. Vo.
125,
No.5
一 一 一 一 一 一 一 一
3
4
4
長崎:これからの社会と新しい算数・数学教育の構築
総説・展望
これからの社会と新しい算数・数学教育の構築
長崎栄
国立教育政策研究所教育課程研究センター
SocietyintheFutureandBuildingNewMathematicsEducation
EizoNAGASAKI
CurriculumResearchCenter
,
NationalI
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b
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s
.TIMSS
1
1.これまでの我が国の算数・数学教育の国際的な視
1
. はじめに
野から見た特徴や問題点
我が国の算数・数学教育は岐路に立っている.未来
教育の特徴や問題点を考えるのに有用な概念的枠組
に向けた前向きな動きがある一方で,過去への郷愁も
みとして,国際教育到達度評価学会 (IEA) が提唱し
強くなっている.本稿においては,まず,これまでの
ている「達成したカリキュラム J
,i
実施したカリキュ
我が国の算数・数学教育の特徴や問題点を国際的な視
ラム J
,i
意図したカリキュラム Jという
i3層のカリ
野から明らかにし,次に,これからの社会と我が国の
キュラム」がある(国立教育研究所. 1
9
9
6
)
. ここで
算数・数学教育の特徴や問題点をもとに,新しい算
は,国際数学教育調査の結果をもとに,この 3層のカ
数・数学教育を構築する上での方向性や課題につい
リキュラムという概念的枠組みに依拠して,我が国の
て,世界共通な課題と我が国固有な課題に分けて論じ
算数・数学教育の特徴や問題点を国際的な視野から明
る.さらに,これまでの算数・数学教育のうちで今後
らかにし,それに基づいて新しい算数・数学教育を構
も継承・発展させるべきことについて論じる.そし
築する上での課題を明らかにする.
て,最後に,今後の研究のあり方を述べる.
1.我が国の算数・数学教育の国際的な視野から見た
特徴や問題点
1
9
9
4・1
9
9
8年度に実施された IEA第 3回国際数学
科学教育研究 Vo
.
l2
5N
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.5(
2
0
0
1
)
-理科教育調査 (T1MSS) などの結果をもとに,我
3
4
5
b. 我が国固有の課題
1
3層のカリキュラム」につ
生活や社会に目を向ける (A3,1M2, (A2)),
いて,国際的な視野から指摘された特徴や問題点(長
証明の意義を理解させる (
I
N4,A 4, (A2)).テ
崎. 1999;3
9
5,長崎・瀬沼. 2000;4
3-7
7,国立教
クノロジーを利用する (1M3, (1M2,A 3)),個人
育政策研究所. 2001;4
9-5
6
) のうち,新しい算数・
の 必 要 性 も 認 め る (A5,1N1, (A4,A 2)),学
数学教育を構築する上で本稿で注目しているものは,
習の機会を保証することも考える (A6,A 7,1N5)
次の通りである.
c
. 継承・発展させるべき事柄
が国の算数・数学教育の
a
. 子どもが「達成したカリキュラム j
(
A
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u
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c
u
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m
) の特徴や問題点
算数・数学の得点が高い (A1),算数・数学をあ
I
N
文字の演算と図形における証明の経験の重視 (
3,IN4),一斉指導の意義(I
M 1,1M4,1M5),
授業研究の位置付け (1M4,1M5, (1M1))
まり楽しんでいない (A2),算数・数学と社会のつ
ながりをあまり意識していない (A3),算数・数学
に対する自信を持っていない (A4),勉強すること
11.これからの算数・数学教育を考える上での世界に
共通な課題
に価値をあまり認めていない (A5),算数・数学の
社会が高度情報技術社会・生涯学習社会へと変わっ
子どもの学力の格差が大きい (A6),算数・数学の
ていく.つまり,人間は学校を出ても新しい科学技術
学力に男女差がある (A7)
の内容に絶えず自ら対処していかなければならない.
b. 教師が「実施したカリキュラム J
そこで,内容を重視する教育から,どのような内容に
(Implementedc
u
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c
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l
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m
) の特徴や問題点
も対処できる能力・資質を重視する教育へと変える国
一斉指導が多い (1M1),教室では日常生活に関連
際的な大きな潮流がある.このことは,算数・数学も
することをあまり扱わない (1M2),教室では電卓や
例外ではない.この大きな潮流の発端の一つを 1
9
8
9年
コンピュータをあまり利用していない (1M3),問題
から始まった IEA第 3回国際数学・理科教育調査
解決的な授業を行っている (1M4),教室では生徒に
(T1MSS) に見ることができる.
多様な考えを促し説明させている (1M5)
C.
社会や制度が「意図したカリキュラム」
(
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m
) の特徴や問題点
学習指導要領では総括的目標の記述が少ない (
I
N
1
.1
概念学習の残余」
1
9
9
4
年度に実施された IEA第 3回国際数学・理科
教育調査 (T1MSS) は,小中高校の 3つの学校段階
1),学習指導要領では行動的期待が一般的に記述さ
を対象に行われた.我が国は,このうち,小中学校の
I
N2),中学校数学科教科書では代数の扱
れている (
調査だけに参加したが,高等学校最終学年を対象とし
いが大きい (IN3),中学校数学科教科書では図形に
た調査には, 1
9
8
0年度に行われた第 2回調査のときと
おける証明に重点が置かれている (
I
N4),中学校数
同様に理数生徒を対象とする「上級数学 J(Advanced
学科教科書では興味・関心・能力の分化には配慮をし
Mathematics) 調査と同時に,最終学年生徒全員を対
ていない (
I
N5)
象とする「数学教養J(Mathematics L
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y
) の調
査も行われた.この「数学教養」は,
2
. 我が国の新しい算数・数学教育を構築する上での
課題
これからの我が国の算数・数学教育を構築する上で
の課題を,先に挙げた特徴や問題点をもとにしてまと
1
理科教養」と
ともに「教養調査」を構成するものであり, IEA国
際数学教育調査の新しい試みであった.
「教養調査Jの役割は,
1
学校を卒業する生徒たち
が,指導された数学や理科を思い出すことができる
めると,次の通りである.なお,それらに関連する E
か,そして,学校を超えた生活での挑戦にこの知識を
-1で述べた特徴や問題点は, ( )の中に入れてあ
応用できるかを問う」ものであり,
る.
おける,生徒の推論能力や概念学習の応用能力」とと
a
. 世界に共通な課題
もに「概念学習の残余J (Orpwood&Garden. 1
9
9
8
.
1
社会的な文脈に
算数・数学教育における内容の重視から能力・資質
p
.
l
l
) に関係するものであった.つまり,教養調査
の重視への転換 (A1,A 2,A 3,A 4,A 5,1N2)
は,学校で学んだ数学や理科の内容ではなく能力・資
3
4
6
長崎:これからの社会と新しい算数・数学教育の構築
質を評価するものであり,数学教養,理科教養,推論
と社会的有用から構成され,数学教養は,数感覚,代
数感覚,測定,見積り,資料の表現・整理からなって
いた.
TIMSSにおいては,内容よりも能力に焦点を当て
3
. 算数・数学教育における能力・資質のカリキュラ
ム化と今後の課題
教育において能力・資質の育成を強調することは,
最近の世界の算数・数学のカリキュラムにも見ること
ができる.アメリカの全米算数数学教師協議会のカリ
たのは初めてであった.数学教育の目標として,内容
キ ュ ラ ム の 規 準 に お い て は 「 内 容 規 準 J(
C
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の習得ではなく,能力の習得が問われたのである.と
S
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) とともに「方法規準 J(
P
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sS
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a
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)
ころで,このような「概念学習の残余」は,昭和 1
0年
があり,そこでは,問題解決,推論と証明,コミュニ
代の数学教育の議論の中で言われた「要目カス論」
ケーション,つながり,表現,の 5つが挙げられてい
9
4
2
) を努欝させるもので興味深い.
(塩野, 1
0
0
0年に
なお,この調査問題と同ーの問題を用いて 2
る (NCTM. 2
0
0
0
)
. また,イギリスの国家教育課程
k
i
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s
) として,コミュ
においては「重要能力 J(KeyS
行われた「高等学校科学教育調査」においては,我が
ニケーション,数の応用(最近では「数jではなく「数
国の高等学校 3年生は,数学内容の習得を問う「上級
学」にせよとの声が高くなっている),情報技術,他
数学」においては高い達成度であったが,数学能力・
者と学ぶこと,自己の学習や能力を改善すること,問
資質を問う「数学教養」ではやや高い達成度であった
9
9
9
)
.
題解決,の 6つが挙げられている (DFEE. 1
0
0
1
)
.
(長崎・猿田・小倉.重松.瀬沼. 2
2
.r
内容を超えて」
OECD生徒の学習到達度調査 (OECD• PISA)は
,
5歳児を対象に,読解リテラシー
義務教育終了時の 1
これまでの我が聞の教育は,どちらかと言えば教科
の内容の習得に偏りがちであり(プロンプ・吉田,
1
9
9
9
),そのことが,詰め込み教育や勉強嫌いの原因
とも思われていた(第 E章の問題点, A1,A2,A
0年
3,A4,A5,IN2). そこで,我が国の平成 1
(
R
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i
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a
c
y
),数学的リテラシー (
M
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-
告示の学習指導要領改訂においては「自ら学び,自ら
S
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c L
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e
r
c
a
l L
i
t
e
r
a
c
y
),科学的リテラシー (
考える力」の育成が改めて重視された.算数・数学で
0
0
0
),
a
c
y
)を調査するものであり(国立教育研究所.2
は,問題解決能力・論理的思考力や算数・数学的活動
第 1サイクルの調査には我が国も含め 3
2か国が参加し
に表されている.しかしながら,これらは,まだ子ど
て2
0
0
0年に行われた.なお,この結果は 2
0
0
1年 1
2月に
もの成長に則した記述にはなっていない.
国立教育政策研究所から発表される予定である.
我が国の新しい算数・数学教育を構築する上では,
ここでは,リテラシーを「内容を超えて」として,
算数・数学の能力・資質を,学年とともにどのような
数学的リテラシーを「数学が世界で果たす役割を見つ
計画で育成するのかが大きな課題である.なお,この
け,理解し,現在及び将来の個人の生活,職業生活,
ことは,平成 1
4年度から評価が集団準拠評価から規準
友人や家族や親族との社会生活,建設的で、関心を持っ
準拠評価へと変わることにも密接に関連してくる.ま
た思慮深い市民としての生活において確実な数学的根
た,戦後の「数学的な見方・考え方」の研究も能力・
拠にもとづき判断を行い,数学に携わる能力」と定義
資質の研究に寄与するであろう.
している.
具体的には,数学的に考え解く力であり,数学的モ
もちろん,能力・資質は,よき学習場面を通して習
得される.そして,算数・数学のよき学習場面とは,
デリングや問題解決を含むとしている.さらに,この
当然のことながら,対象の数学内容の発展を考えねば
能力には,数学的概念の範囲や限界を知ること,数学
ならない.したがって,能力・資質の育成は,内容と
的議論を追いそれを評価すること,数学的問題を設定
のバランスの上に考えねばならない.
すること,数学的場面を表現する方法を選択するこ
と,数学的内容で事柄を表現することが含まれるとし
ている (OECD. 2
0
0
0
)
. ここでは, TIMSSの数学教
養の概念が,より分析的に・より明示的になってきて
いる.
I
V
. これからの算数・数学教育を考える上での我が国
固有の課題
新しい算数・数学教育を構築する上での我が国に固
有な課題 (
I
I2b
) については,論点を明確にするた
めに二分法の形式を取りながら論じることにする.
.
l2
5N
o
.5(
2
0
0
1
)
科学教育研究 Vo
1.理論志向と応用志向のバランス
3
4
7
はなく証明の意義を理解することにあり,そのために
算数・数学教育の目標や内容を考えるときには,算
は,発見と結びついた証明の経験が不可欠であると言
数・数学の理論の理解を重視するか,算数・数学を生
われている.新しい算数・数学教育を構築するため
活や社会で使うことができるようになることを重視す
に,証明の経験とはいかなるものであり,そこでは証
るかということがある.前者は,理論志向 (
T
h
e
o
r
y
明と発見がどのような関係にあるのかを,より具体的
o
r
i
e
n
t
e
d
),後者は,応用志向 (
P
r
a
c
t
i
c
e
o
r
i
e
n
t
e
d
)と
にすべきであると思われる.
司
され,これまでの我が国の算数・数学教育は,理論志
向に偏りがちであった (
S
h
i
m
a
d
a
.1
9
8
0
)
. また,最
近の TIMSSの調査結果からも,同様な傾向がうかが
われる.
3
. テクノ口ジーの非利用と利用のバランス
算数・数学教育は,テクノロジーの進歩の上に立つ
べきであるという考えと,テクノロジーを利用せずに
算数・数学では,一般化と証明に基づいた数学内で
数学本来の目標を目指すべきだとの考えがある.我が
の発展と,数学的モデル化などに基づいた数学外への
国は,社会においては電卓が活用されているが,教室
発展の両面が必要で、ある.最近では,多くの諸外国の
ではほとんど電卓を見ることができないことは IEA
算数・数学の国家教育課程において,算数・数学を使
の調査を通して知れ渡っている.同様に,コンピュー
R
u
d
d
o
c
k
.
うことを直接取り扱う領域を設けている (
タの利用に関しても跨踏をしているようである.
1
9
9
8
)
. 例えば,イギリスの『国家教育課程』の「数
算数・数学においても,性質の発見や問題解決や資
学の利用・応用」である.我が国の場合にも,新しい
料の収集においてテクノロジーを利用した授業例を積
算数・数学教育においては,このような算数・数学を
極的に提示すべきであるが,一方で、,テクノロジーの
使うことを直接取り扱うことに一層配慮するととも
利用は算数・数学教育の本質を問い直している.例え
に,そのようなための領域を,例えば,数学的探求活
ば,最近では,方程式は,高級な数学ソフトがなくて
動(国立教育研究所数学教育研究室. 1
9
9
7
.p
p
.7-
も表計算ソフトを使えば,簡単に近似解が求まるよう
8) などとして設ける必要があると思われる.
になっている.そこで,解を求めるだけならば,複雑
2
. 証明と発見のバランス
方程式を代数的に解くということには,解を求めると
な文字式の変形は必要なくなってきている.つまり,
算数・数学においては,数式的な内容でも図形的な
いうこと以外の意義も見出す必要がある.一般的に,
内容においても,性質の説明・証明を重視するか,性
普通教育における数式や関数の指導の目的をどこに求
質の発見を重視するかということがある.我が国は,
めるのであろうか.また,図形ソフトを使うと変化の
TIMSSが明らかにしたように国際的に見ると,中学
中で不変な性質をたやすく発見することができる.発
校において図形における証明に重点を置いている.
見が,想像的・直観的ではなく,視覚的・操作的に
証明は,一般化とともに数学の本質であり,一方
なってきている.図形ソフトを使って「性質を発見す
で,民主主義社会において有用なものであることは多
る」ということは,図形指導で目指している「性質の
くの数学教育関係者に認められている.民主主義社会
発見Jと同意義と考えてよいのであろうか.テクノロ
における証明の有用性とは,数学における体系化の機
ジーの利用は,算数・数学教育においては,必要不可
能としてよりも,同一の前提でのもとでの他者への説
欠である.しかしながら,それは,非利用の部分を一
明や自らの納得という機能にある.そこで,証明を,
層浮き上がらせることになる.新しい算数・数学教育
どのように義務教育に位置付けるかということは,重
を構築する際には,アルゴリズム化できる算数・数学
要な課題であり,現在,世界的にも日本の義務教育に
の能力について,その指導の意義を問い直す必要があ
おける証明の指導が注目されている所以である.証明
る.
は,重要な目標を担ったものではあるが,その指導は
難しい.それだけに,我が国では戦前から色々な工夫
4
. 社会の要請と個人の必要のバランス
a
g
a
s
a
k
i,
が な さ れ て き て い る (Kunimune & N
学校教育には,国家の経済力のための学力水準の維
1
9
9
6
.
)
. 我が国では,義務教育における証明の指導の
持と,子どもの自由な成長の保証,という 2つの機能
目標は,証明の完壁な記述ができるようになることで
がある.そして,これは,前者は社会の要請として教
3
4
8
長崎:これからの社会と新しい算数・数学教育の構築
科内容の習得の重視となり,後者は個人の必要として
中にだけいると気がつかないものである.このような
能力の習得の重視と結びっく.このような中で,算
中で最近の国際比較を通して浮き上がってきた,新し
数・数学は,経済発展のための科学技術の基礎をなす
い算数・数学教育に継承・発展させたい我が国の算
という性格から前者の要求が強く出るときがある.そ
数・数学教育の財産を述べることにする.
して,それはさらに「簡としての数学j の機能,すな
わち,試験のための数学となる. TIMSSは,子ども
たちが,算数・数学を楽しんでいないだけではなく,
1.文字の演算と図形における証明の経験の重視
我が国の教育課程では,義務教育の中学校において
学ぶ意義をも失いかけ,一方で,学ぶ意義を問い掛け
文字の演算を導入し,図形において証明を行うこと
るべき教育の目標の記述も少ないこと,を示唆してい
0年間変わらずに続いている.このような文
は,この 4
る.
字と図形の重視は,我が国においては当然のことのよ
社会や文化の発展と維持にとって,とりわけ民主主
うに行われてきたが, IEAの調査が明らかにしたこ
義社会の発展にとって数学は必要である.しかし,そ
とは,このことが必ずしも当然で、はなかったというこ
れは,子どもにとって学習時に意味のある数学でなけ
とである.しかし,いくつかの国は,改めて,代数や
ればならない.新しい算数・数学教育は,子どもと社
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幾何を中学校で重視しようとしている (
会と数学のバランスを取りつつ,自律的に構築される
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)
.
我が国の義務教育で,すべての子どもに文字の演
べきである.
算・図形における証明を指導していることの意義や子
5
. 学習結果と学習機会のバランス
どもの実態,このことを可能にしている内容の配列の
教育においては,学習結果を等しくすべきであると
工夫や指導上の工夫を再精査し,明示化するとととも
いう考えと,学習機会を等しくすべきであるという考
に,育成する能力・資質を支える指導内容として,よ
えがある.我が国においては,これまで,特に義務教
り発展させていく努力をすることが必要であろう.
育においては,学習機会を同じにして学習結果を等し
くすべきであるという考えが強かった.そこで,義務
2
. 一斉指導の意義
教育においては,子どもの関心や学力などに応じた教
我が国の算数・数学における一斉指導が見直されて
育の分化は行われなかったが,結果として,数学学力
いる.というより,算数・数学における一斉指導のも
について,個人の格差が国際的に大きいこと,及び,
つ意義が見直されている.個に応じるというスローガ
男女の格差があることを, IEAの結果が示唆してい
ンのもとに個別学習を導入していたイギリスが,一斉
る.
0
0
1
)
.
指導に回帰しているという(国宗. 2
多くの情報が高速で錯綜し,多様な数学的・記号的
個々の子どもの問題解決をもとに,学級全体で話し
な表現手段が使われるような中で健全な判断が求めら
合い考え,全体としての一層の質の高まりを求めると
れるこれからの社会においては,誰もが,数学の高い
いう一斉指導の実態や機能を明らかにし,一斉指導の
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)や
教養が求められる.アメリカでの公平 (
ょいところを受け継いで発展させていきたい.
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) は,すべての子どもに
イギリスでの包括 (
質の高い数学を期待し支援しようとしたものである
3
. 授業研究の位置付け
(
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)
. 新しい算数・数学教育を構
我が国では,戦前から,授業研究が行われてきた.
築する上では,これらの格差はなぜ生じるのかの研究
システムとしての教育が,外国から移入されたことを
が一方で求められるとともに,格差に応じたカリキュ
考えると,授業研究は,どの国でも行っていると考え
ラムを考える必要がある.誰にも質の高い学力を期待
がちである.しかし,欧米では,研究と実践が遊離し
し支援するために,学習結果を高めることは,学習機
ており,我が国のような授業研究は行われていないよ
会の質とのバランスを考える必要がある.
うである.そして,最近では,我が国で,とりわけ小
学校において行われている授業研究は,研修と研究の
V
. 継承・発展させたい算数・数学教育の財産
我が国の算数・数学教育の貴重な財産は,我が国の
両面において,優れた方法論であることが指摘されて
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授業研究は,我が国独自に発展してきた実践と研究
国立教育研究所編:小・中学生の算数・数学,理科の
が結びついた教育研究方法論である.小学校だけでは
成績一第 3回国際数学・理科教育調査園内中間報告
なく,中学校・高等学校においても授業研究を一層取
9
9
6
.
一,東洋館出版社, 8-10,1
り入れ,研究者としての教師という役割を演じる中
で,教師の指導力を一層高めるとともに,教室に基づ
いた教育研究を発展させていくべきである.
国 立 教 育 研 究 所 内 OECD-PISA調 査 プ ロ ジ ェ ク ト
チーム:OECD生 徒 の 学 習 到 達 度 (
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第1
サイクル予備調査報告書),国立教育研究所, 2
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.
国立教育研究所数学教育研究室:算数・数学科カリ
V
I
. おわりに
新しい算数・数学教育を構築する上での最大の課題
は,算数・数学で育成する能力や資質をどのように捉
え,そして,どのようにして育成するかということで
ある.今後の基礎的・開発的な研究が待たれる.もち
ろん,このような方向性を持った研究が皆無というわ
けではなく,ここでは,そのような能力や資質の育成
という方向性を持ち,しかも,実践と研究が結びつい
た研究を挙げておく.今後の研究のための貴重な先行
研究である.
-算数・数学科のオープンエンドアプローチ
(島田茂編著.東洋館出版社. 1
9
9
5
)
・問題から問題へ一問題の発展的な扱い
9
8
4
)
(竹内芳男・沢田利夫編著.東洋館出版社. 1
・算数科
多様な考えの生かし方まとめ方
(古藤怜,新潟県算数教育研究会.東洋館出版社.
1
9
9
2
)
-構成的アプローチによる算数の新しい学習づくり
(中原忠男編著.東洋館出版社. 1
9
9
9
)
・算数・数学と社会・文化のつながり
0
0
1
)
(長崎栄三編著.明治図書. 2
我が国の新しい算数・数学教育の構築にとって最も
求められることは,構築のための方法論である.研
キュラムの改善に関する研究,国立教育研究所,
1
9
9
7
.
国立教育政策研究所編:数学教育・理科教育の国際比
較一第 3回国際数学・理科教育調査の第 2段階調査
9-5
6,2
0
01
.
報告一,ぎょうせい, 4
国宗進:最近のイギリスの数学教育,日本数学教育学
3(
1
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),3
2-4
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.
会誌, 8
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Mathematics
,
NCTM,2
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0
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.
長崎栄三:数学教育の国際比較に基づいたカリキユラ
ム研究,算数・数学カリキュラムの改革へ,産業図
8
9-4
0
,
1 1
9
9
9
.
書
, 3
長崎栄三,猿田祐嗣,小倉康:高等学校 3年生の数
学・理科の学力に関する研究
1.調査の概要,日
5,5
3-5
8,2
0
01
.
本科学教育学会年会論文集, 2
長崎栄三,瀬沼花子 :IEA調査にみる我が国の算数・
究・開発・実践・評価という一連の限りないサイクル
2
9,43-77,
数学の学力,国立教育研究所紀要, 1
が,しかも,学校の実情に基づいたサイクルが求めら
2
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.
OECD:
Measuring S
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れている.研究や開発が栄えても,実践が衰退してい
くということがないように,研究や開発と実践は結び
OECD,2
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.
ついていなければならない.学会には,研究や開発を
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.& Garden
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促すとともに,研究や開発を実践に照らして恒常的に
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評価するという役目も求められていると言えよう.
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プロンプ(チアート),吉田茂:国立教育研究所の国
参考文献
4
7
6,1
31
5
.
際共同研究への取組,文部時報, 1
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瀬招花子:高等学校 3年生の数学・理科の学力に関す
. 高等学校 3年 生 の 一 般 的 な 数 学 の 学
る研究 2
塩野直道:日本の科学と教育,日本教育,国民教育園
書
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力,日本科学教育学会年会論文集, 2
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1月 7日;受理日 2
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1年 1
2月1
4日)
2
0
01
.
重松敬一:高等学校 3年生の数学・理科の学力に関す
る研究
3
. 高等学校理数系 3年生の数学の学力,
〔問い合わせ先〕
〒1
53-8681 東京都目黒区下目黒
日本科学教育学会年会論文集, 2
5,6
3-6
6,2
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国立教育政策研究所教育課程研究センタ}
長崎栄三
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