標準状態と相互作用パラメ−タ に関する熱力学 by T.Koyama 1.標準状態の定義について 標準状態の定義には Raoult 基準と Henry 基準がある。i 成分の化学ポテンシャルは、 µi = µi0 (T ) + RT ln ai = µi0 (T ) + RT ln γ i ci = µi0 (T ) + RT ln γ i + RT ln ci と表現され、活量係数の項は理想溶液からのずれを表す人為的フィッティングパラメータ項である。 まず標準状態が Raoult 基準である場合の活量係数は、次のように定義される。 「Raoult 基準」 lim γ i = 1 ci →1 この定義は、純物質の標準状態を µi0 (T ) とすることを意味している。これにより、 µi0 (T ) の物理的 意味が非常に明確になるので、通常の熱力学的な考察には、通常この基準が使用される。このよう に Raoult 基準が純物質を基礎に定義されるのに対して、実用的には、希薄溶液を基礎に定義された 標準状態が有益な場合が多い。なぜならば、鉄鋼材料や Al 合金のように微量添加元素によって材 料特性を制御する場合が実際には多いからである。 希薄溶液では、活量が近似的に濃度に比例することが知られている。この経験則は Henry の法則 と呼ばれる(これは希薄溶液では、活量を濃度でテイラ−展開したときに1次項まででかなり十分 に近似できることを意味している) 。この比例係数を γ i0 とすると、活量は ai = γ i0 ci と記述できる。この条件下で、化学ポテンシャルを Raoult 基準の標準状態にて記述すると、 µi = µi0 (T ) + RT ln ai = µi0 (T ) + RT ln γ i0 ci = µi0 (T ) + RT ln γ i0 + RT ln ci = µi0( R ) (T ) + RT ln γ i0 + RT ln ci となる。なお µi0 (T ) が Raoult 基準の量であることを明示するために µi0( R ) (T ) = µi0 (T ) と記した。さ て、Henry 基準の標準状態を µi0( H ) (T ) は、 µi0( H ) (T ) = µi0( R ) (T ) + RT ln γ i0 にて定義される。すなわち、 µi = µi0( H ) (T ) + RT ln ci である。これより、Henry 基準では活量係数は、 「Henry 基準」 lim γ i = 1 ci →0 と定義されなくてはならないことがわかる。なぜならば、ci → 0 で標準状態は µi0( H ) (T ) = µi0( R ) (T ) でなくてはならないからである。また重要な点は、Raoult 基準と Henry 基準では標準状態の定義は 異なるが、当然ながら化学ポテンシャルは等しくなっている点である。Henry 基準を用いる利点は、 この基準を採用すると、µi0( H ) (T ) も µi0( R ) (T ) も温度のみの関数であるので、濃度だけで化学ポテン シャルの値を得ることができる点である。ちょうど、Raoult 基準において活量係数の項に温度およ 1 び組成依存性の両者が含まれていたのに対して、Henry 基準では Henry の法則をフィルタ−として、 この両者を分離したことになる。明らかに、Henry 基準を採用した方が解析が簡単になり、実用的 に Henry が多用される所以である。したがって実用性を重視して、Henry 基準では濃度が mass%で 記述される傾向にある。ただし、以上の定式化では、Raoult 基準を基礎に Henry 基準を定義したの で、全て mol%を採用している。 以上は、標準状態の基準に関してであるが、次に活量係数について見ていこう。 2.活用係数の組成による展開について 実際の溶液では、活用係数は、温度および組成によって展開され、定式化される場合が多い。簡 単のために AB2元系を対象としよう。各成分の化学ポテンシャルは、 µ A = µ A0 (T ) + RT ln a A = µ A0 (T ) + RT ln γ A + RT ln c A µ B = µ B0 (T ) + RT ln aB = µ B0 (T ) + RT ln γ B + RT ln cB にて与えられる。標準状態として Raoult 基準を採用する。Gibbs-Duhem の式から、 ∑c dµ i i + SdT − VdP = 0 i である。温度および圧力一定では、 ∑c dµ i i =0 i となり、いま、A,B2元系を考慮しているので、 d µ A = RTd ln γ A + RTd ln c A d µ B = RTd ln γ B + RTd ln cB より、 c A d µ A + cB d µ B = 0 c A {RTd ln γ A + RTd ln c A } + cB {RTd ln γ B + RTd ln cB } = 0 ⎧ ⎫ ⎧ ⎫ 1 1 c A ⎨ d ( RT ln γ A ) + dc A ⎬ + cB ⎨ d ( RT ln γ B ) + dcB ⎬ = 0 cA cB ⎩ ⎭ ⎩ ⎭ c A d ( RT ln γ A ) + cB d ( RT ln γ B ) + d ( c A + cB ) = 0 c A d ( RT ln γ A ) + cB d ( RT ln γ B ) = 0 となる。ここで、活量係数の項を次にように組成で展開する(展開係数は温度の関数である) 。 RT ln γ A = a1cB + a2 cB2 + a3cB3 + " RT ln γ B = b1c A + b2 c A2 + b3c 3A + " これより、 d ( RT ln γ A ) = ( a1 + 2a2 cB + 3a3cB2 )dcB d ( RT ln γ B ) = (b1 + 2b2 c A + 3b3 c A2 )dc A 2 であり、Gibbs-Duhem の式に代入・整理して、 c A d ( RT ln γ A ) + cB d ( RT ln γ B ) = 0 c A ( a1 + 2a2 cB + 3a3cB2 )dcB + cB (b1 + 2b2 c A + 3b3 c A2 )dc A = 0 (1 − cB )( a1 + 2a2 cB + 3a3 cB2 )dcB − cB {b1 + 2b2 (1 − cB ) + 3b3 (1 − cB ) 2 }dcB = 0 (1 − cB )( a1 + 2a2 cB + 3a3 cB2 ) − cB {b1 + 2b2 (1 − cB ) + 3b3 (1 − cB ) 2 } = 0 a1 (1 − cB ) + 2a2 cB (1 − cB ) + 3a3 cB2 (1 − cB ) − b1cB − 2b2 cB (1 − cB ) − 3b3 cB (1 − cB ) 2 = 0 a1 − a1cB + 2a2 ( cB − cB2 ) + 3a3 ( cB2 − cB3 ) − b1cB − 2b2 ( cB − cB2 ) − 3b3 ( cB − 2cB2 + cB3 ) = 0 a1 − ( a1 + b1 − 2a2 + 2b2 + 3b3 )cB − (2a2 − 2b2 − 3a3 − 6b3 )cB2 − 3( a3 + b3 )cB3 = 0 を得る。 これは組成に関する恒等式であるので、濃度変数の係数は全て 0 にならなくてはならない。 したがって、 a1 = 0 a1 + b1 − 2a2 + 2b2 + 3b3 = 0 2a2 − 2b2 − 3a3 − 6b3 = 0 a3 + b3 = 0 である。これより、 b1 − 2a2 + 2b2 − 3a3 = 0 2a2 − 2b2 + 3a3 = 0 であり、各係数間には、 a1 = b1 = 0 b2 = a2 + 3 a3 2 b3 = − a3 の関係が成立しなくてはならない。したがって、 RT ln γ A = a1cB + a2 cB2 + a3cB3 = a2 cB2 + a3 cB3 3 ⎞ ⎛ RT ln γ B = b1c A + b2 c A2 + b3 c 3A = ⎜ a2 + a3 ⎟ c A2 − a3 c 3A 2 ⎠ ⎝ が得られる。ここで、展開を組成に関する2次の項までで打ち切り、 a3 = 0 と仮定すると、改めて a2 = Ω と置いて、 RT ln γ A = a2 cB2 = Ω(1 − c A ) 2 RT ln γ B = a2 c A2 = Ω(1 − cB ) 2 となる。したがって、化学ポテンシャルは、 3 µ A = µ A0 (T ) + Ω(1 − c A ) 2 + RT ln c A µ B = µ B0 (T ) + Ω(1 − cB ) 2 + RT ln cB と表現され、混合の自由エネルギ−は、 Gc = c A µ A + cB µ B = c A {µ A0 (T ) + Ω(1 − c A ) 2 + RT ln c A } + cB {µ B0 (T ) + Ω(1 − cB ) 2 + RT ln cB } = c A µ A0 (T ) + Ωc A (1 − c A ) 2 + RTc A ln c A + cB µ B0 (T ) + ΩcB (1 − cB ) 2 + RTcB ln cB = µ A0 (T )c A + µ B0 (T )cB + Ω{c A (1 − c A ) 2 + cB (1 − cB ) 2 } + RT ( c A ln c A + cB ln cB ) = µ A0 (T )c A + µ B0 (T )cB + Ωc A cB ( cB + c A ) + RT ( c A ln c A + cB ln cB ) = µ A0 (T )c A + µ B0 (T )cB + Ωc A cB + RT ( c A ln c A + cB ln cB ) と計算される。つまり、通常の正則溶体近似と、活量係数の項を組成の2次式とした近似は等価で あることがわかる。 4
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