発達障害学生に対する修学支援の実際

平成 27 年度全国障害学生支援セミナー専門テーマ別セミナー【1】
障害者差別解消法施行後の発達障害学生への支援を考える
(筑波大学障害学生支援室・青木 真純)
発達障害のある学生の修学支援ということで、本学の支援体制、修学支援のプロセスと、
実際、どんなことをしているかを紹介します。
まず、筑波大学の規模です。
学生数が 1 万 7000 人、教職員も 5000 人ということで、大きめの総合大学です。
キャンパスも 3 つに分かれていて、メインの筑波キャンパスと、3 キロぐらい離れた春日キ
ャンパス、都内にもう1つ、東京キャンパス、これら 3 つのキャンパスがあります。
障害のある学生数は、アクセシビリティ部門全体で把握している数として、発達障害以外
を含めて 100 名以上の学生が在籍しています。
データは、昭和 55 年からとなっていますので、私の生まれる前から 30 年、40 年、一定数
の学生が在籍していたというデータになりますから、結構障害のある学生が以前からいた
んだなと思います。
この頃は、学生たちが助け合いという形で支援していたと聞いています。
2001 年の障害学生支援委員会から始まり、障害学生支援室として設置されたのが、2007
年。
その頃から障害学生が増えて、今年度は一番多い数になっています。
特に最近は、本学に限らないとは思いますが、発達障害のある学生が支援を受けるケース
が増えています。
筑波大学における発達障害のある学生の修学支援の組織として、DAC センターがあります。
DAC センターは、ダイバーシティ部門とアクセシビリティ部門、キャリア・サポート部門
の略称で、アクセシビリティ部門はその一部として組織されています。
アクセシビリティ部門は、以前は、障害学生支援室という名前でしたが、今年 10 月 1 日か
らいくつかの部門と統合して、センター化されました。
それに伴い、障害学生支援室という名前ではなくて、アクセシビリティ部門になりました。
業務内容は今までと変わらず、障害のある学生に対して、修学支援を扱う部署です。今後
センター化されたことで、広く障害を捉えることもできるようになっていくかと思います。
アクセシビリティ部門では、視覚、聴覚、運動、内部障害については、学生のピア・チュ
ーターを中心に支援を提供していますが、発達障害はスタッフが個別に対応しています。
「発達障害のある学生が利用できるピア・チューター制度はないのですか?」とよく聞か
れますが、私たちの考えとしては、今のところ、これには利用学生も支援学生も両方かな
りの準備が必要だと思っていますので、今時点では 6 名のスタッフで個別に対応していま
す。
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現在、学内の障害のある学生のうち、31%が発達障害の学生です。
本学は伝統的に聴覚障害のある学生が多く在籍していますが、今は発達障害のある学生が
聴覚障害のある学生とだいたい同じくらいの割合になりました。
特に発達障害の中では、約半数が ASD、コミュニケーションが独特な学生です。
その中で、精神疾患をもつ学生が 3 割ですので、医療的介入が必要な学生もかなりいると
いうことです。
70%は、診断つきの学生です。
さらに特徴としては、診断がある学生で大学院生は全員、手帳を取得しています。
また全員が障害者枠で就労するわけではないのですが、将来を見据えて、手帳を持ってい
ます。
発達障害学生が相談できる機関ですが、総合相談窓口、そしてアクセシビリティ部門、保
健管理センター、キャリア・サポート部門の 4 つがあります。
アクセシビリティ部門では、修学に関する相談として、履修のこと、授業のことを担当し
ていて、授業や試験に関する支援が必要な場合は教育組織に対して支援要請をしたりして
います。
メンタルヘルスや生活面での相談は、保健管理センターの学生相談室、精神科医のほうに
相談してもらっている状況です。
キャリアを意識する、就職を意識する場合は、キャリア部門に相談してもらうということ
で、ある程度分業しています。
ではアクセシビリティ部門においてどのようなプロセスで支援しているかという話に移り
ます。
まず、本人からこちらに連絡してもらうことを、支援の開始のポイントにしています。
ご本人からまず支援が必要だと、要望、連絡をいただくのが 1 番です。
本学では、本人が意思表明するということを重視しているので、本人が支援を希望する場
合に支援を提供するという形になっています。
本人に、修学にあたり、支援の希望がある場合は、支援依頼申込書に記入してもらいます。
この時点で確認していることは情報共有についてです。
早い段階で、必要な組織と連絡が取れた方が、支援がスムーズなので、最初の時点で誰に
相談しているか、誰に情報を共有してもいいかを必ず支援を希望する学生に相談していま
す。
保護者は?事務職員は?教育組織なら担任はいいか?指導教員はどうか?授業の担当教員
は?など、誰と情報共有していいかを聞いて、同意しますの項目にチェックして、サイン
をもらう、という事務的な手続きをとっています。
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その中で、本人が希望するニーズとこちらが考えているニーズが必ずしも合致するとは限
らないので、その点も了承してもらった上で支援するという形をとっています。
申込書には「保護者の名前と印」という欄があるのですが、発達障害の学生の中には、保
護者と情報共有するのは難しいという場合もあるので、保護者の署名等は必ずしも求めな
いことにしています。
修学に関しては、こちらのスタッフが学生からニーズを聞いて、他の組織に支援してもら
うことが必要な場合もあります。
授業で授業担当の先生に支援をしてもらうのが必要なら関係機関と日程調整を行ないます。
その場合、なかなか授業担当の先生に、こういう特徴があるので支援して下さいと言って
も、支援内容まで考えていただくのは大変です。
また、支援内容としてそれが妥当か、ご判断いただくのも大変だと思います。
ですから、こちらで学生からニーズを聞いておいて、例えば本人が頑張るのはこれで、私
たちがやるのはこれで、先生がやるのはこれなど、ある程度振り分けしておく。
その案を先生にお伝えした上で、それについて教育組織と本人が同意をしてくれるか、確
認するといった手順で話し合っています。
ですので、実際の関係機関との面談までに、こちらで支援の方法を確認したり、方針を決
めていくことが必要になっています。
支援の方針や内容を考えるにあたり、必須ではないですが、診断書や医師の意見書、検査
の結果、これまでどんな支援を受けていたのかも、参考になる情報なので、学生からもら
うことにしています。
具体的な面談の例ですが、大事な情報を聞き漏らしたりすることがあり、口頭のみの指示
は記憶に残らないので、個別連絡が携帯に欲しいというニーズがありました。
面談では、どういう時に起きるのか調べたところ、興味が無い科目でそのようなことが起
こりがちであることがわかりました。
ではどうすれば良いかを聞くと、後で参照するものが欲しいということで、メモを取って
いる?と聞くと、その習慣はついているが、後で自分で調べるとメモに書いても、何を調
べるのかがメモでは抜けているので自分でメモをするのが難しい。でもあらかじめメモを
する時の枠組みをつければ、できそうだ、じゃあ、学生は枠組みのあるメモを使用してメ
モをとる練習をする、先生にお願いすることは重要なことはレジュメに書いてもらう、あ
るいは「今から大事なことを言います」と学生が構えをつけた状態で話を聞けるようにす
るなど、後で参照できる何かを手がかりとして与えてもらったり、構えをつけた状態で話
を聞ければできそうだ、というように支援の内容を決めていくこともあります。
その上で、私たちが考えた支援案は、このようなものですが先生方はいかがでしょうかと
聞き、OK されれば、これで良いというように同意を取っています。
支援の方針を決めるにあたり、他大学からアセスメントとして何をやっているか、よく聞
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かれたり、私たちも聞いたりします。
1 つは検査関係です。同じような年齢の人と比べて、どれくらいできてできないか。
個人の中でどんなことが得意で苦手かといった、認知的な特徴を理解するために、そうい
うものを使うことがあります。
場合によっては、こういうものが支援の根拠資料として今後使われていくと思います。
もう 1 つは、とてもわかりにくいと思いますが、アセスメントは、検査だけではありませ
ん。
面談の中でもアセスメントできると思っています。
支援にあたって、私たちが知りたいことは、例えば、日常生活で困っていることに対して、
どこら辺までできそうかを一緒にやりながら、こちらが評価することもできると思います。
レポートが書けないというニーズが出てきた時、何で書けないのかと思う。
考えをまとめるのが難しいのか、何を書くのが難しいのか、たくさんの中から情報を探す
のが大変だからとか、いろいろな要因がありますが、それを面談や検査の中から見つけて
いくことをしています。
もう 1 つ、カリキュラムについてもお話したいと思います。
特に入学前の段階で支援の希望があった場合、入学式の前の時点で、外国語と情報と体育
については履修に関係する個別相談会があります。
外国語センター、体育センター、情報センターの教員が同席の上、本人のニーズにあわせ
て科目を決めます。
共通科目については、かなり選択肢があるので、いろいろと選べます。
英語の授業でコミュニケーションが苦手なら、TOEIC の問題をひたすら解くというのもあ
るので、そのようなものがある、と紹介したり、この先生はレポートよりテストで評価す
ることが多いので一発勝負が得意ならそれを選べばいいとか教えてくれる機会になってい
ます。
また、授業が始まってからの場合ですが、英語の授業に出るのが苦痛だという学生がいま
した。
理由はたくさんあってお話しきれないのですが、英語の授業への出席は難しいので、
TOEFL で定められた得点をとることで、授業の代替とすることが学内の制度として障害の
有無に関係なく認められていますので、それを利用した学生もおりました。
現在は、学内で既に準備されているものを使ってカリキュラム調整をすることが主流にな
っていますが、今後はカリキュラム調整についても、もっと考えて行く必要があるかなと
思っています。
話を戻します。
支援について、この内容で学生も教育組織もアクセシビリティ部門も OK となると、合意
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形成できたことになります。
合意形成をするにあたり、今後必要が出てくれば、例えば、支援の内容に対する同意書も
いただいた上で支援を行うことができるように準備はしてあります。
合意形成後、支援に必要な手続を行います。
配慮依頼文書の作成については、授業担当の先生に学生本人が自分で説明して渡すことが
必要だと思っていますので、
自分のことを伝える機会として使ってもらっています。
配慮依頼文書については、アクセシビリティ部門長と教育組織長と連名で発行しているの
で、授業担当の先生方にしてみれば、トップダウンでのお願いとなっています。
支援が開始されてから、アクセシビリティ部門としてやることは 3 つあります。
1 つは関係組織との連携や配慮依頼文書の作成がそれにあたりますが、その中で最近増えて
いるのが出張 FD です。
先生方へ発達障害のことについてお話する場合、1 時間、2 時間とって話をさせていただく
のが難しいこともありますので、教員会議の前など、依頼があれば、20分くらいをいただ
いて FD を実施しています。
もう 1 つは機器の貸し出しです。
基本的にはこちらの手持ちで使えそうなものがあれば、2 週間ぐらい使ってもらい、うまく
いきそうであれば、自分で買ってもらうということにしていますので、こちらで手持ちが
あれば提供しています。
3 つ目は面談です。
支援の中で、一番メインになるのが、個別の面談です。
面談の中では、修学上、困ったことがでてきた時、どうするの?どうやったらうまくいく
のかな?と一緒に考えるスタイルで相談します。
また、個別面談とは別に、グループ活動がありますが、グループでやっているわけではあ
りません。
「もくもくと作業をする会」という名称で、とりあえずその時間は、みんなで、黙々と作
業をしましょう、という時間になっています。
週 1 回ぐらい実施しています。
発達障害のある学生が対象で、この時間は作業をするということで、スタッフ同席のもと
みんなで作業をします。
作業することが目的なので、SST の要素はありません。
ただし、他の人がしている作業が見えるよう、状況をセッティングすることで、他の学生
のやり方を見る機会になればと思っています。
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それをやっていくと、
「あ、あの人はリストを作ってやっている、そうすれば、課題のやり
忘れが防げるかも」とか、
「私はリュックにいっぱい入っているが、あの人の持ち物は少ない。この量は多過ぎるの
かも」とか、もくもく会の最後の方の時間になると、何回も離席することが多い人を見て、
「ああいうふうに休憩を取ればいいのか、自分ももしかしたら休憩取りながらやればうま
くいくのかもしれない」等と気付いてくれることもあります。
さらに、もう 1 つは地域リソースの活用です。
なかなか生活の基盤が整わないと、修学に向かうのが難しい学生もいるので、例えば、発
達障害者支援センターの方と協力しながら生活上の支援を中心に検討していただいたとい
う例もあります。
現在は、障害者就業・生活センターに生活面の支援について助けてもらえないか打診して
いるところです。
支援の内容については、必要に応じて見直します。
授業形態に変化があると変わってしまうとか、こういう支援を希望していたが、実際には
使わずに済んだものもあるので、効果を確認する、などが含まれます。
自分の工夫でできるようになったというものもありますので、そういう場合は、支援内容
を減らす、方法を変える等で対応します。
発達障害の学生に対する修学支援の考え方として、学習の本質的部分を変えないことは必
須です。
評価基準を下げないで、定められた評価基準を達成することが大事であり、その際、私た
ちが知りたいのは、その授業の本質的なものは何かということです。
英語の授業であれば、コミュニケーションをすることが目的なのか、文法がわかることが
目的になっているのか等、授業目的が分かれば、支援の方向が決まります。
ですから、先生方には配慮をお願いする時、この授業での本質的な部分や、目標達成基準
を伺うようにしています。
最後になりますが、修学支援における 4 つの観点についてです。合理的配慮とは別の枠組
みかも知れませんが、こういうことを大事にしているという 4 点です。
1 つは定められた基準を達成するためのもの。
もう 1 つは、周囲の学生との関係の中で、支援の内容によっては、何で、それをやってい
るのか説明をしないといけない状況というのも、どうしても出てきます。
例えば後ろで座席指定するから、みんな、座らないでと言った時、ある学生がきて、
「何で
あの学生だけが後ろの特定席なのか」ということがありますので、説明の必要があります。
本人の同意が取れれば、説明する。
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さらに、費用面もあります。
また、本人の自立を妨げないものをなるべく提供したいとも思っています。
最後に、授業の様子を写真で見ていただければと思います。
発達障害の学生が座っているのはどこか、何となく想像つきますか。
例えば、ノートの取り方が難しい学生は、講義に臨む意識の高い学生は前に座っているだ
ろうということで、その子の近くでノートを書いている学生がいます。また、授業が木曜
か金曜だとします。
木曜と金曜は疲労がマックスで、聴覚過敏が増大するので、木曜と金曜はいつもより、な
るべくスピーカーから遠くの席に座ろうという学生もいます。さらに別の学生は、なかな
か先生の話を聞くだけで理解するのは難しいのですが、パソコン要約筆記によって、70%
くらいに圧縮されている情報なら見て分かるので、パソコン要約筆記の後ろあたりに座る
学生もいます。
このように、自分の状態に応じて、やり方を工夫してみる、うまくやるためにどうしたら
いいかということを自分で考える力のある学生は、今後もうまくやっていくことができる
のかなと思います。
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