臨床心理士訓練においての「勇気」――失敗する勇気

小特集
勇 気
人は自分の身の危険を冒して他者のために行動することにあこがれます。また,そのような行動を
とった人に大きな賞賛や敬意を覚えるでしょう。実際に,勇気がほしくない人はいないでしょう。
勇気についてさまざまな心理学の実践や研究の視点から考えるのが今回の小特集です。
(岩壁 茂)
臨床心理士訓練においての「勇気」
─ 失敗する勇気から緻密な大胆さへ
大妻女子大学人間関係学部 教授/成城カウンセリングオフィス
福島哲夫(ふくしま てつお)
Profile ─福島哲夫
1990 年,慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。臨床心理
士。専門は統合・折衷的心理療法,心理療法のプロセス研究,質的研究。著書は『臨
床心理学入門:多様なアプローチを越境する』
(共著,有斐閣)など。
小学生の子どもを持つお母さん
深めたり,Cl 自身の自己理解につ
安対象や想定している評価者が違
から聞いたエピソードがある。そ
なげたりする努力である。そして
うだけである。そしてこれら3 類型
れは,わが子が学校で受けている
この「勇気と大胆さ」が,できる
すべてが,臨床現場ではお役にた
軽いいじめについて,スクールカ
だけ早く「緻密な大胆さ」と「ア
てないばかりか,時として対象者
ウンセラー(以下 Co)に相談に
セスメントと計画性をともなった
に害を与える存在になってしまう
ことを強く自覚する必要がある。
行った時「Co は,ひたすらこち
勇気」へと成熟していくことを促
らの様子や事実を聴くだけで何も
す。ただし,そのためにはまずは
言ってくれなかった」というので
やってみなければ始まらない。
「やってみる」勇気と「やらず
に居続ける」勇気
ある。筆者は思わず「その Co は
心理臨床家の「ビビリ」3類型
筆者は最近,心理療法の統合モ
『担任と対策を練る』とも,
『今後
では,心理臨床家やそれを目指
デルとして「3 次元統合モデル」
どう対応するといいか,継続して
す人は,上記のような「失敗恐
を 提 唱 し て い る( 福 島 , 2011a;
話し合っていきましょう』とも言
怖」をもった人たちばかりなの
2011b)。このモデルにおいては,
わなかったのですか」と確認した
だろうか。確かに,そういう人は
Cl の内省力と変化への動機づけ
が,それもなかったとのことだっ
多いと感じる。けれども臨床現
を簡単な質問でアセスメントし
た。どうやらその Co は,
「うっか
場ではそれ以外の噂もよく耳にす
て,それに応じて大まかに 4 種類
りしたことを言ってはいけない」 る。上記のような評価懸念やその
の態度と技法を使い分けるべきだ
「ひたすら共感し傾聴すればいい」 後の反応への不安で動けない人
と し た。 そ し て さ ら に,Cl の ス
と思ったようだ。実はこのような
を 固 まるビビリ と 呼んでみよう。 ピリチュアルな次元にも響きあう
話はあちこちで耳にする。
そうするとその対極に,不安の
領域で深めていくことを含めてい
これらの現象に共通する背景
あまりいてもたってもいられず,
る。図 1 で示した 2 次元上の領域
として,評価懸念から来る「失敗
ついつい余計なことをしてしま
で言えば,内省力も変化への動機
恐怖」がある。そこで,筆者は訓
う 多動型ビビリ もいる。さらに
づけも共に高い,第 1 象限に属す
練場面においては,この「失敗恐
は「ここで関係者と連絡を取った
る Cl に対しては,「余分なことは
怖」を何とか乗り越えて「失敗す
り,臨時面接をしたりしないのが
せずに居続ける」勇気が必要であ
る勇気と大胆さ」を持てるように
正しいやり方だ」とばかりに,必
るし,それ以外の領域の Cl には,
心がけている。そして,もし失敗
要な時にも動かない やらず自己
Co が勇気を出して「やってみる」
したら,それを結果的に相手の利
愛型ビビリ も少なくない。
必要がある。そして図 1 の水色の
益にして返すコツを教えている。 これら3 類型ともに,背後には不
矢印で示しているように,いかに
つまり失敗をきっかけとして,ク
安や評価懸念が強くあるというこ
して「居続ける」セラピーに持ち
ライエント(以下 Cl)との関係を
とは共通している。ただ,その不
込めるかが,筆者としては重要な
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(Cl の変化への動機づけ)
【指示的・教育的】
認知行動療法
心理教育
【受身的・中立的】
力動的洞察志向療法
(精神分析・ユング派)
(来談者中心療法)
(Cl の内省力)
【積極支持・受容的】
【動機づけ or 内省力 セラピストの
を高める働きかけ】 積極的な対話
解決志向アプローチ セラピストの
日記療法
感情面の自己開示
セラピストの自己開示 エンカウンター的直面化
図 1 基本的態度と技法選択の目
安(2 次元モデル)
(Clの変化への動機づけ)
スピリチュアリティの志向性
超越的存在への畏敬
人生の意味の追究
芸術的活動
自律的行動
健全な責任を引き受ける
(Clの内省力)
自分自身を大切にする
日々の生活を大切にする
水・食べ物・太陽の精霊に感謝する
「いただきます」
「ごちそうさま」
「もったいない」の精神
図 2 基本的態度と技法選択の目
安(3 次元モデル)
だった。このコメント自体への賛
ミットメントという意味合いが強
否はともかく,もしこれが医療や
い。一番近い心理学概念はハー
教育であるなら「介入しないミス
ディネスだろう。このハーディ
を選びたい」は許されない。
ネ ス と は Commitment, Control,
さらに筆者は今年になって,一
Challenge の 3 つ を 含 む 気 質 や 特
般的カウンセリングに特殊技法を
性のことである(Maddi, 2006)
。
含んだ統合的心理療法を,図 3 の
ま た Co の 実 力 や 自 信 と い う 意
ような温泉マークに似たモデル図
味 で は Counseling Self-Estimate
で考えている。これは傾聴と共感 (Larson et al., 1992) の 問 題 と
を中心とするカウンセリングから, 言ってもいいし,それらを高める
さらにもう一歩踏み込んだ特殊技
ためには,カウンセリングが何
法を取り入れた統合的心理療法を
よりも感情労働だという意味で
実施する際の,ごく簡単なモデル
Emotional Competence(Saarni,
図である。emotion が優位な Cl で
1999)が高まる必要があるだろ
あれば,感情焦点化療法の「空の
う。
椅子」の技法を取り入れるとたい
これらの変数と様々な要因を考
へん効果的であるし,言葉が優位
えながら臨床心理士の「覚悟と実
な Cl には転移・逆転移を扱った精
力」を培うために,日々実践と研
神分析的心理療法,あるいは認知
究に取り組んでいるのが,近年の
行動療法を取り入れることが推奨
筆者である。
される。一方 visual image が優位
な Cl には,フォーカシングや夢分
析,箱庭療法を取り入れるほうが
圧倒的に効果的である。
このように一般的なカウンセリ
ングから特殊技法を取り入れた統
ところである。また,第 3 次元に
合的心理療法に移行していくため
いかに取り組めるかいうところ
の Co 自身の最大要因は,「覚悟と
にも,Cl と Co の勇気が関係して
実力」だ。それを縦軸に示してみ
くる。図 2 の第 3 軸の原点近くの
た(図 3)。
「自分自身を大切にする」「健全な
覚悟と実力あるいはハーディネス
責任を引き受ける」ということに
この「覚悟と実力」は,単な
取り組んでいくには,これまでの
る勇気や大胆さではない。覚悟
あり方とは違ったスタイルを選択
という言葉には責任を伴ったコ
するという意味で,Cl も勇気が
転移(逆転移) フォーカ
シング
解釈
必要だ。そして,図 3 の赤い矢印
チェアワーク
EFT
で示したように,Cl によって超越
CBT
夢・箱庭・
絵画
者の勇気が必要となると考える。
このモデルをある若手臨床心理
士に紹介したところ,「初心者の
Coの覚悟と実力
いくためには,やはり Co / Cl 両
を選びたいと思います」とのこと
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元 統 合 モ デ ル の 提 唱: よ り 少 な
い抵抗と,より大きな効果を求め
て.『日本サイコセラピー学会雑
誌』 12 , 51-59.
福島哲夫(2011b)「スピリチュアリ
ティの統合:ユング心理学から3
次元統合モデルへ」平木典子・岩
壁茂・福島哲夫(共編著)『新世
紀うつ病治療・支援論:うつに対
する統合アプローチ』金剛出版 pp.141-164.
M a d d i , S . R . ( 2 0 0 6 )H a r d i n e s s :
The courage to grow from
stresses. Journal of Positive
Psychology, 1 , 160-168.
Development and validation of
the Counseling Self-Estimate
Inventory. Journal of Counseling
Psychology, 39 , 105-120.
一般的カウンセリング
(傾聴・共感)
私は,このように介入してミスを
犯すより,介入しないことのミス
福 島 哲 夫(2011a) 心 理 療 法 の3次
Larson, L. M., et al.(1992)
的な方向あるいは日常性のスピリ
チュアリティの方向に取り組んで
文 献
Saarni, C. & Thompson, R.
A.(1999) The development of
emotional competence . New York:
Emotion 優位 ことば優位 Visual image 優位
図3 統合的心理療法
(温泉モデル)
The Guilford Press.