妊娠企図の延期と出生力低下 Postponement of Pregnancy Attempt and Fertility Decline 仙田幸子(東北学院大学) Senda Yukiko (Tohoku Gakuin University) [email protected] 「妊娠企図」(pregnancy attempt) とは、「妊娠する可能性のある行為をそれと知りなが らおこなうこと」である。典型的には避妊しない性交を意味するが、スペクトラムは「妊 娠してもかまわない」という消極的な企図から生殖補助医療を利用する場合まで広い。 妊娠企図には、結果として子どもの出生に至る場合と、至らない場合(死流産や不妊) がある。妊娠企図が出生に至らないケースは、出生力の低下を論じるうえで、従来あまり 注目されてこなかった。しかし、死流産や不妊の確率は産もうとする側の年齢に影響を受 ける。したがって、出生時年齢の上昇は、妊娠企図が出生に至らないケースの増加による 出生力の低下につながる。ところが、出生に至らない妊娠企図についての統計はない。 そこで、本研究では、既存の医学や人口学の手法 (Heffner 2004; 少子化と女性の健康 研究会 2005) を参考に、日本において出生に至らない妊娠企図がどれくらいあるかを推定 し、またその継時的変化を示す。なお、不妊や流産については男性側の要因も大きいが、 本研究では女性の年齢だけを考慮する。また、既存データでは妊娠企図の有無の分離がで きないため、人工妊娠中絶についても本研究では扱わない。 死流産については、女性の妊娠時年齢によって、その確率が大きく異なることがわかっ ている。Andersen et al. (2000) は、デンマークにおける 1978-92 年の全ての妊娠結果を 収集し、死流産の確率を計算している。日本では、国立社会保障・人口問題研究所「出生 動向基本調査」が対象者の妊娠歴に沿って妊娠の結果などをたずねている。これらのデー タはいずれも 30 代後半から死流産の確率が上昇することを示している(図 1)。日本のほう 図 1 出生に対する死流産の発生率 図 2 妊娠企図が出生に至る確率 デンマークの数値は Andersen et al. (2000: 1709)、日本の数 値は「出生動向基本調査」夫婦票による。詳細は岩澤 (2012: 40)、国立社会保障・人口問題研究所 (2007: 203-207) およ び仙田 (2011a, 2011b) 参照。 Andersen et al. (2000: 1709) および Menken and Larsen (1986: 152) による。 詳細は仙田 (2011a, 2011b) 参照。10 代=0.874、 20~24 歳=0.892、25~29 歳=0.838、30~34 歳=0.767、35 ~39 歳=0.615、40~44 歳=0.321、45 歳以上=0.044 1 図 3 日本社会における妊娠企図の変化 (推定) 妊娠企図 = 2,229,874 出生に至らないもの=499,185 出生に至らない比率 = 22.4% 妊娠企図 = 1,792,413 出生に至らないもの= 360,874 出生に至らない比率= 20.1% 単位 : 万 妊娠企図 =1,468,756 出生に至らないもの= 431,661 出生に至らない比率= 29.4% 「人口動 態統計」(政 府統計の 総合窓口 e-stat; 2012 年は概数) による各 年の出生 数をもと に、図 2 の 確率を用 いて推定。 が数値が若干低いが、これは自記式の回顧調査であるために申告が過少になっている可能 性がある。本研究では信頼性がより高いと考えられるデンマークの数値を使用する。 不妊について正確な推計のできるデータはないが、Menken and Larsen (1986)の自然出 生力の研究で、子ども数の意図的な調節が行われていない集団で、年齢が出生力に与える 効果は、20 代前半を基準として、20 代後半では 6%、30 代前半では 14%、30 代後半では 31%、 40 代前半では 64%、40 代後半では 95%低下すると報告されているので、これを代用する。 Andersen et al. (2000) と Menken and Larsen (1986) のデータを利用して、各年齢層 での妊娠企図が出生に至る確率を図 2 のように設定した。日本における各年の母親年齢別 の出生数は「人口動態統計」からわかるので、これと図 2 の確率から、出生に至らなかっ た妊娠企図の数を推定できる。1955, 1985, 2012 の各年の推定結果を図 3 に示す。 従来から妊娠企図の約 2 割は出生に至っていなかったが、近年の出生時平均年齢の高齢 化により、この割合が上昇し、2012 年では約 3 割に達している。さらに、図 1 の数値から、 このうち約 16%は流産によるものと考えられるので、不妊によって出生に至らない妊娠企図 は約 13%とみられる。年齢が 30 代後半から 40 代に上がるにつれて、不で妊や流産の確率は 急激に上昇するため、出生時平均年齢の上昇が今後も続けば、出生に至らない妊娠企図が 大きく増加すると予測される。妊娠企図の延期は、出生力低下の見過ごせない要因である。 文献 Andersen, A. N., Wohlfahrt, J., Christens, P., Olsen, J., and Melbye, M. (2000) “Maternal Age and Fetal Loss: Population Based Register Linkage Study.” British Medical Journal. 320, 1708–1712. Heffner, L. J. (2004) “Advanced Maternal Age: How Old Is Too Old?”. New England Journal of Medicicine. 351: 1927–1929. 岩澤 美帆 (2012)「不妊と流死産」 『平成 22 年 第 14 回出生動向基本調査 第 I 報告書』国立社会保障・人 口問題研究所, 38–41. Menken, J. and Larsen, U. (1986) “Fertility Rates and Aging.” Pp. 147–166 in Aging, Reproduction, and the Climacteric, edited by J. Mastroianni, J. and C. A. Paulsen. New York, Plenum Press. 国立社会保障・人口問題研究所 (2007)『平成 17 年 我が国夫婦の結婚過程と出生力』厚生統計協会 仙田幸子 (2011a)「就業による妊娠企図の延期と高齢出産の増加が出生数におよぼす影響」高橋重郷 (編) 『家族・労働政策等の少子化対策が結婚・出生行動に及ぼす効果に関する総合的研究』厚生労働科学 研究費補助金 (H20-政策-一般-008) 平成 20–22 年度総合報告書. 仙田幸子 (2011b)「妊娠企図の延期と子ども数」『人口問題研究』67(4) , 22–38. 少子化と女性の健康研究会 (2005)『政策提言: 少子化と女性の健康』(政策提言シリーズ 医療政策 No. 1) 日本医療政策機構 <http://www.healthpolicy-institute.org/handout/2010-04-16_33_998301.pdf >. 2
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