Fate/Zero ∼Heavens Feel∼ 朽木青葉 ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ 聖杯になってしまったイリヤを救うため、腕士郎が世界と契約。 英霊として聖杯戦争に参加するが、召喚されたのは10年前の冬木であり、マスター は宿敵言峰綺礼だった 相容れぬはずの両者が力を合わせ、共に聖杯戦争へ挑む。 ! 目 次 プロローグ ││││││││││ 開幕 │││││││││││││ 契約 │││││││││││││ 苦悩 │││││││││││││ 騒乱 │││││││││││││ 銃声 │││││││││││││ 食卓 │││││││││││││ 遭遇 │││││││││││││ 邂逅 │││││││││││││ 宿敵 前編 ││││││││││ 宿敵 後編 ││││││││││ 会合 │││││││││││││ 1 16 26 38 47 71 57 159 140 125 104 86 問答 │││││││││││││ 交錯 │││││││││││││ 乱戦 前編 ││││││││││ 212 195 181 プロローグ ││じゃあ、奇跡を見せてあげる。 少女はそう言って、少年へ背を向けた。 少年は言葉にならない声で叫ぶ。 行くな。いい。そんなの見なくていい。いいから戻ってきてくれ。 しかし、少年がいくら懇願しても、少女は歩みを止めなかった。 ││私はお姉ちゃんだもん。なら、弟を守らなくっちゃ。 大きな穴へ自ら飛び込む少女。 少年は必死に、少女の名前を叫び続けた。 ﹂ じゃあねと微笑って、バタン、と目の前の穴を閉じた。 彼女は、最後に⋮⋮。 光に包まれて何も見えない。 もう彼女の声も聞こえない。 しかし、その叫びは届かない。 ﹁││││ !!! 1 空が、見える。 ほんの少し、ただ腕を伸ばすだけで、空へ抜ける。 けど、何も残っていない。 この体には、一欠片の魔力も残っていない。 沈んでいく。 彼女の救ってくれた命が、沈んでいく。 悔しくて両手を空へと突き出した。 こんな結末を││こんな犠牲を認めない。 ﹁ふざけるな。俺は││﹂ 一緒に暮らすと約束した。今まで1人にしていた分、一緒に暮らして幸せになるんだ と。 だって彼女は1人でずっと頑張って、ようやくここまでたどり着いたのに⋮⋮その努 力が報われないなんて嘘だ。 !!! 本人が認めても、俺は。俺だけは絶対に認めない。 ﹂ こんなところでおまえを殺してやるものか││││ ? それは唐突に、目の前へ現れた。 ﹁え││││ プロローグ 2 全体像はわからない。目の前にあるのに、形を脳が認識できない。人智を超えた、圧 倒的な何か。 ただ、それの正体は本能で理解できた。 あれは││世界の意識だ。 ﹂ それは俺に語り掛けてくる。 ﹁││ そして││。 ││13年前。 ? だ。 の男が腰を落ち着かせていた。綺礼と時臣、そして二人を引き合わせた神父、言峰璃正 そこは小高い丘の上の一等地に建てられたヴィラの一室。そこのラウンジには3人 と、言峰綺礼は目の前の遠坂時臣へと問いかえた。 ﹁聖杯戦争、ですか ﹂ ﹁それで⋮⋮イリヤが救えるのなら⋮⋮﹂ 目の前の光をまっすぐ見つめ、力強くうなずく。 ﹁それで⋮⋮﹂ 提示された内容に俺は目を見開く││だが、迷う必要はなかった。 ! 3 ﹁そうだ。日本にある冬木という土地にて魔術師同士の闘争が行われる。君にはそれに 参加してほしい﹂ 時臣は頷きながら答え、続けて聖杯戦争に関する説明を始めた。 60年に1度の周期で現れる﹃万能の窯﹄たる聖杯。 それを奪いあう7人の魔術師とサーヴァント。 始まりの御三家。令呪。聖堂教会と魔術協会。根源の渦。 そのどれもが規格外。 それほど大規模な儀式が辺境の地で行われることを知れば、並の魔術師なら昏倒しか ねないだろう。 当然、話を聞く綺礼の面持も暗い。 しかし、それは魔術師同士の殺し合いに参加させられる不安からでなく、もっと別の 懸念からだった。 一通り説明の終わった後、綺礼はその疑問を口にする。 ﹂ ﹁ひとつだけ。││マスターを選抜する聖杯の意思というのは、一体どういうものなの ですか ? る﹂ ﹁聖杯は⋮⋮もちろん。より真摯にそれを必要とする者から優先的にマスターを選抜す プロローグ 4 ﹁では全てのマスターに、聖杯へ望む理由があると ﹂ ? ﹁綺礼くん、君はまだ自分が選ばれたことが不可解なんだね ﹂ ? だか今に限りそれができない。 ﹂ 普段の彼なら、教会のため火の海にだって2つ返事で飛び込んだだろう。だが、何故 再度尋ねられても綺礼は頷くことができない。 ﹁どうかね、私とともに日本へ向かう気は そう納得しながらも、しかし、綺礼は今回に限り、首を縦に振ることができなかった。 この寛大な自信は、なるほど遠坂時臣という男らしい。 もしれない、という旨の解釈を口にした。 と、時臣は顎に手を当て続けて、もしかしたら聖杯が遠坂家を有利にしてくれたのか ﹁フム、まあ確かに、奇妙ではある﹂ い当らなかった。 綺麗は頷いた。どう考えても彼には、願望器などというものに見いだされる理由が思 ? 語るうちに時臣は、綺麗の懸念に思い当たったらしい。 すこともある。そういう例も過去にはあったらしいが││ああ、成る程﹂ てもなお人数が揃わなければ、本来は選ばれないようなイレギュラーな人物が令呪を宿 ﹁そうとも限らない。聖杯は出現するために7人のマスターを選抜する。現界が近づい 5 思い当るのは、先日亡くなった妻の││。 ﹁││っ﹂ と、唐突な頭痛に襲われ、綺礼は額を抑える。そして、一度答えを保留することにし た。 ﹁少し⋮⋮考えさせてください﹂ ﹁⋮⋮そうか﹂ 綺礼の返答に時臣は肩を落とす。 ﹁申し訳ございません﹂ ﹁なに気にすることはない。大事な決断だ、ゆっくり考えるといい﹂ ﹁ありがとうございます﹂ ﹁ただ、是非はともかく、君にも弟子として冬木の地へ赴き、私のサポートにあたってほ しい﹂ まだ2人は知る由もない。 ││この綺礼の決断が、のちにとてつもないイレギュラーを呼ぶことになることを、 綺礼の言葉に、時臣も満足そうにうなずいた。 ﹁承知しました﹂ プロローグ 6 ││10年前。 そして、開戦を間近に控えたある日。 綺礼は冬木は遠坂邸にて、開戦に備え時臣と共に最後の調整に入っていた。 先日、時臣は最強の英霊たる英雄王の召喚に成功した。 単独行動スキルを持っているアーチャーとして召喚され、若干時臣の思惑から外れる 状況にはなったが、それでもこれで遠坂の勝利は揺るぎないだろう。 対して、綺礼はこの期に及んでまだ決意を固められずにいた。 未だ、自分の参加に意義を感じられずにいる綺礼。しかし、この手にはなおも令呪は 刻まれたままだ。悩む彼を聖杯はまだ見放していない証拠である。 残るサーヴァントの枠はキャスターとアサシン。この2騎が揃えば、聖杯戦争は開幕 する。もう迷っている時間はなかった。 そして、もう一つ懸念があるとすれば、リサーチ中に見つけた衛宮切嗣という名。も しかしたら││彼ならば、この積年の疑問に答えを提示してくれるかもしれない。 だから、 ﹁おお、決断してくれたか ﹂ 綺礼は自室でくつろいでいた時臣へはっきりと告げた。 ﹁││私も、聖杯戦争に参加いたします﹂ 7 ! 時臣は綺礼の返答に対し、嬉しそうに面を上げる。 ﹁はい。遅くなり申し訳ありません﹂ ﹁なに、構わないさ。││では、早速﹂ ﹁ええ、儀式に取り掛かろうかと﹂ 綺礼の言葉に時臣も頷く。 ﹁そうだな、開戦は目前だ。早いほうがいいだろう。すぐに準備を││はっ と、突然、流暢に話していた時臣の表情から余裕が消える。 ﹂ 綺礼は嫌な予感がし、額に手を当てる時臣へ問いかける。 ﹁どうか、なさいましたか ﹂ ! る。 その嫌な予感はどうやらあたってしまったらしい。時臣は悲痛な面持で綺礼へ答え 欠点があった。 時臣はとても優秀な魔術師だが、時折取り返しのつかないうっかりミスをするという ? 抜け殻の化石﹄を使用し、その伝承に応じた英霊を召喚した。 て使用するのが基本だった。例えば時臣は召喚にあたり﹃この世で初めて脱皮した蛇の サーヴァントの召喚には、召喚したいサーヴァントの生前ゆかりのある品を触媒とし ﹁すまない⋮⋮君用の触媒の調達を失念していた⋮⋮﹂ プロローグ 8 触媒なしでの召喚は不可能ではないが、どんな英霊が出るかわからないとてもリス キーなものになってしまう。 だか、これには綺礼にも責任はある。綺礼は気を落とす時臣を励ますように言う。 キャスターは魔術師のサーヴァントだが、高い対魔力を持つ者の多い英霊同士の対決 残る枠の2組は、どちらも聖杯戦争において﹃ハズレ﹄とされているサーヴァントだ。 渋い顔をする時臣。彼の懸念は綺礼にも伝わった。 ﹁気にすることはない。しかし、残る枠はキャスターとアサシンか⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮感謝いたします﹂ 私自らバックアップし、最高の英霊を君に与えることを約束する﹂ ﹁不本意ではあるが、触媒は用意せず召喚にあたろう。代わりに、それ以外の全てをこの と、覚悟を決めたのか、時臣は顔を上げ綺礼に語る。 ﹁仕方がない﹂ 英霊ゆかりの品ともなれば魔術的価値も高く、今すぐに入手することは困難だった。 顎に手を当て首を傾げる時臣。 ⋮⋮しかし、困ったな﹂ ﹁い や、弟 子 の 管 理 は 遠 坂 の 当 主 と し て 当 然 の 責 務。失 念 し て い た 私 に 責 任 は あ る。 ﹁気を落とさないでください。元はといえば私が││﹂ 9 ではどうしても後手に回りやすい。 アサシンも同様だ。冬木の聖杯戦争ではアサシンは必ず﹃ハサン・サッバーハ﹄とい う英霊が召喚される。気配遮断スキルはとても優秀だが、正々堂々とした一対一の戦闘 を望める性能ではない。 最高の英霊を用意することを約束した時臣としては、どちらのサーヴァントも不足と 感じられたのだろう。 ﹂ ﹁ふむ⋮⋮このままでは遠坂家の沽券に関わる⋮⋮仕方がない。少し召喚に細工を施そ う﹂ ﹁細工⋮⋮ですか ﹁││ ﹂ が、ハサンでは君に不足だろう。そこで││アサシンにハサン以外の英霊を呼ぶ﹂ ﹁あ あ。キ ャ ス タ ー を 召 喚 す る の は 何 と し て も 避 け た い。と な る と 残 る は ア サ シ ン だ ? の1つであるマキリだ。遠坂家にも当時の状況を記した書物や、秘術の痕跡は伝わって ﹁なに、不可能ではない。なにせサーヴァントの召喚システムを創り上げたのは御三家 ? 為だった。 ﹂ 綺礼が目を見張り驚くが、無理もない。それは聖杯戦争のルールを大きく逸脱した行 ! ﹁そのようなことが、可能なのですか プロローグ 10 いる﹂ ﹁これは ﹂ だけで、その宝石には莫大な魔力が蓄えられていることがわかる。 受け取って確認してみると、それは見事な宝石でできたペンダントだった。一目見た 時臣は最後に、そういってあるものを綺礼へ差し出した。 ﹁一応、君にこれを預けておこう﹂ 細工に苦戦している間にこのような時間帯になってしまった。 本来、サーヴァントの召喚にはさして大がかりな儀式は必要ないのだが、時臣の例の 召喚の準備には思いのほか時間がかかり、すでに日は落ち深夜になっていた。 綺礼も召喚に挑む。 場所は遠坂邸の地下にある魔術工房だ。時臣がサーヴァントを召喚したその場所で、 そして、2人は召喚の準備に取り掛かる。 彼の好意をありがたく受け取った。 ぶつぶつと呟く時臣の様子に、不安を覚えないといえば嘘になるが、それでも綺礼は ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁ああ、不可能ではないさ⋮⋮そう、不可能では⋮⋮﹂ ﹁流石でございます﹂ 11 ? ﹁遠坂家に代々伝わる宝石だ。それそのものに莫大な魔力が蓄えられている。イレギュ ラーな召喚ゆえ、何が起こるかわからないからね。持っていなさい﹂ 綺礼はその宝石を懐に仕舞い、魔法陣へと向き直る。 ﹁そのような貴重なものを⋮⋮ありがとうございます﹂ 師がこれほどまでに尽力してくれたのだ、しくじるわけにはいかない。綺礼は気を引 き締め、詠唱に取り掛かる。 果たして、本当に自分がこの儀式に参加してよいのか 生まれながらに欠陥を持つ自分の生まれた意味。 そして、そんな自分のために■■■した自分の││。 その答えを持っているかもしれない衛宮切嗣という男。 ? しかし、このときに限り、綺礼にはわずかな迷いがあった。 この程度で循環を緩める魔術師はいない。見習いではあるが、綺礼も同様だ。 さい必ず生じる痛みだ。 回路を回すと同時に、全身を鋭い痛みが襲う。これは魔術師ならば、魔術を行使する ただ、満たされる刻を破却する﹂ 繰り返すつどに5度。 ﹁閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。 プロローグ 12 ﹁││っ﹂ 思考にノイズが走る。 その先は考えてはいけない。 改めて、綺礼は召喚に集中する。 ││しかし、その歪みは確かな形となって、召喚の結果に表れる。 ﹁││告げる﹂ ﹂ 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ。 ﹁汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 誓いを此処に。 我は常世総ての善と成るもの、 我は常世総ての悪を敷く者。 汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守りてよ││││ 手ごたえはあった。 ﹂ しかし││ ﹁││なに その驚きは時臣の口から発せられた。口こそつぐんでいるものの、綺礼も同じ気持ち ? ! 13 だ。 ﹂ 召喚には間違いない成功した。にも関わらず、2人の目の前には││何もなかったの だ。 ﹁これは⋮⋮どういうことだ するとそこには││ 中へ入る。 たどり着くと、居間の扉が壊れて歪んでいた。仕方なく綺礼がそれを素手で破壊し、 2人は揃って顔を見合わせた後、慌てて地下室を出て居間の方へ駆ける。 きた。 と綺礼が答えようとしたその時、地響きとともに真上の居間の方から爆発音が響いて ﹁いえ、私にもわかり││﹂ ? しかし、綺礼はその少年を見て、頭をコンクリートで殴られたような衝撃を覚えた。 ても英霊には見えない。普通の少年だ。 赤銅色の髪を持つ、10代ほどの少年。片方の腕には赤い聖骸布を巻いているが、と た。 と、壊れた家具の散乱した居間の中、瓦礫に腰を掛け額を抱えている少年の姿があっ ﹁││やれやれ、乱暴な召喚だな﹂ プロローグ 14 彼がまぎれもなくサーヴァントだから││ではない。 少年を見て、綺礼は││意味もなく頭にきたのだ。 そして、不意に理解する。 この少年と私は絶対に相容れない、と。 それは少年も同じな様だ。 ﹂ 自身のマスターへ、敵意をむき出しにした表情で少年は口を開いた。 こうして相容れぬはずの両者。 ﹁││問おう。あんたが俺のマスターか 言峰綺礼と衛宮士郎は││契約を交わしたのだった。 ? 15 開幕 ﹁││問おう、あんたが俺のマスターか ﹂ ﹁こんな少年が⋮⋮サーヴァント⋮⋮だと ﹂ 敵意を隠そうともせず、少年はそう綺礼へ問いかける。その隣で時臣が息をのんだ。 ? た英霊ということになる。 が本当にサーヴァントで、その衣服が生前のものなら、彼は現代に近い時代から呼ばれ しかし、目の前にいる少年の身なりは、どこからどう見ても現代のそれだ。もしも彼 に応じるサーヴァントも過去の偉人たちに絞られる。 人間が英霊の域にまで到達するのはほぼ不可能とされている。そのため、必然的に召喚 カテゴリーから除外され、精霊の域にまで昇格したものをいう。神秘の薄い現代では、 英霊とは、歴史的な伝承に名を残す超人、偉人たちの伝説。彼らが死後、人間という 人間の見知ったTシャツにジーパン姿だったからだ。 何故なら、召喚に応じたのはまだ10代ほどの少年で、身に着けている衣服も現代の 時臣は愕然とした表情を浮かべていたが、無理もない。 ? ﹁ああ、お前を呼んだのは私だ。││確認するが、アサシンのサーヴァントで相違ないな 開幕 16 ﹂ を投げかける。 師の疑問を感じ取り、綺礼は目の前のサーヴァントを警戒しつつも、答えながら問い ? ﹂ ? いまだアサシンを見ると意味もなく気分が悪くなるが、綺礼は気持ちを切り替え、目 しかない。 しかし、一度召喚してしまった以上、このサーヴァントと共に聖杯戦争を駆け抜ける 時臣も同じことを思っているらしく、綺礼の横で悔しそうに顔を歪めている。 ││失敗だ。これではハサンの方がまだましだった。 い。さらに、何故かサーヴァント戦の要である宝具のランクも不明となっていた。 気配遮断はDしかない。これでは一対一での戦闘はおろか、隠密行動さえ期待できな アサシンのステータスは軒並みC以下。Bに届くものは1つもなく、クラススキルの らさまに苦虫を噛み潰した。 言われてすぐ、綺礼はアサシンのステータスを確認する。その内容を見て、彼はあか ﹁何││半端なアサシンだと と、少年、アサシンは自嘲気味に笑う。 わけじゃない。かなり半端なアサシンだけどな﹂ ﹁ああ。サーヴァントアサシン、召喚に応じ参上した││といっても、別に俺は暗殺者な 17 の前のサーヴァントに問いかける。 ﹁して、お前は何の英霊だ﹂ と、ここで初めて、アサシンが困惑した様に言いよどむ。 ﹁それは⋮⋮﹂ そして、 ﹁⋮⋮秘密だ﹂ そう顔を背け、不機嫌そうに口を尖らした。 アサシンの不審な様子に綺礼も眉を顰める。 ﹁悪いけど、俺がどんな英霊なのかは答えられない﹂ 正体のわからぬ不信感から確かな敵意を持って、綺礼は自身のサーヴァントを睨むつ ﹁ほう。己のマスターに自身の正体を明かせないと言うのか﹂ ける。 睨まれたアサシンは弱ったように口を開き、 ﹁ああ。何故なら││﹂ アサシンの回答に、綺礼は頭が痛くなる思いだった。隣の時臣も呆気に取られ、口を そう答え、やれやれ、と肩をすくめた。 ﹁││俺にも分からない﹂ 開幕 18 開けている。 ﹂ ? ﹂ ﹁││よさないか2人とも。君らしくもない。気を張るのもわかるが、常に余裕を持つ そんな2人の不毛な争うに終止符を打ったのは││意外なことに時臣だった。 者は静かににらみ合い、火花を散らせる。 しかし、アサシンへと不信感が消えたわけではない。それはあちらも同様らしく、両 それは確かにありそうなことだった。綺礼も怒りの矛先を失い、顔を歪める。 ﹁むっ﹂ 憶が混乱してるんだ﹂ ﹁ああ。たぶん、この不完全な召喚のツケだろう。誰かさんが乱暴な召喚をするから、記 ﹁私に 素性さえも││ただ、これにはあんたにも責任がある﹂ ﹁いや、あんたを馬鹿にしているつもりはない。本当にわからないんだ。自分の名前も 一方的に攻められ、アサシンはムッと額にしわを寄せながら口を開いた。 からないが、アサシンの言葉1つ1つが綺礼の心を逆なでる。 綺礼が一個人にこれほどの怒りを覚えるのは生まれて初めてだった。何故だかはわ 怒りを懸命に押し殺し、綺礼はアサシンに問いただす。 ﹁⋮⋮私を馬鹿にしているのか ? 19 ことも大切だ﹂ ため息を吐きながら、己の弟子をたしなめる時臣。綺礼も我に返り、師へ向けて一礼 する。 ﹁⋮⋮申し訳ありません、師よ。感謝します﹂ え﹂ ﹁気 に す る こ と は な い。│ │ ア サ シ ン も だ。己 が 主 へ の 口 の 利 き 方 に は 気 を 付 け た ま ﹁⋮⋮そうだな。悪い、マスター﹂ アサシンも綺礼に頭を下げ、自分の状況を説明する。 ﹁混乱しているとはいえ、聖杯戦争の知識はあるから安心してくれ。戦闘も問題ない﹂ その説明に満足したわけではないがとりあえず納得し、綺礼は頷く。 ﹁⋮⋮よかろう﹂ そして、ここでアサシンが何かに気づいたのか、あっ、と声をあげ、綺礼へ問いかけ た。 ﹁││そういえば。俺、あんたの名前を聞いてない﹂ 確かに、召喚のごたごたでまだ名乗っていなかった綺礼。仕方なく、仏頂面で答える。 その瞬間、アサシンの表情が変わる。 ﹁⋮⋮私は言峰綺礼だ﹂ 開幕 20 ﹁言峰⋮⋮ ﹂ ﹁待ってくれ⋮⋮あんた、本当に言峰か ﹂ 綺礼の名を聞いた途端、アサシンは眉にしわを寄せ、額に手をあて考え込んだ。 ? ﹂ ? と、綺礼は尋ねようとしたその時、突然部屋の中が黄金の輝きに照らされ、口を閉ざ ﹁何か思い││﹂ そんなサーヴァントの様子に、綺礼は眉をひそめる。 神妙な面持ちで顎に手を当てるアサシン。 ﹁遠坂⋮⋮なるほど﹂ ﹁私は遠坂時臣だ。この冬木の地の管理を任されている﹂ ﹁隣のあんたは 続いて、時臣の方へ問いかける。 にアサシンは顔を上げた。 しばらくそうして俯き、考え事をするように額に手を当てた後、何かを納得したよう ﹁言峰⋮⋮そうか⋮⋮﹂ なく私だ﹂ ﹁そうだ。厳密には、この聖杯戦争を管理する私の父も言峰だが。言峰綺礼はまぎれも 鬼気迫るアサシンの様子に混乱しながらも、綺礼は問いに答える。 ? 21 す。 光源を確かめる必要さえなかった。薄闇を払うこの輝きを放つ者など、人類史におい て1人しか存在しないだろう。 綺礼と時臣は、黙ってそのサーヴァントの方へ向き直る。 黄金の輝きの主は霊体化を解き、部屋の中央に実体化しながら呟いた。 ﹁││ほう。随分と面白い者がいるではないか﹂ 磨き抜かれた黄金の鎧を身に纏い、燃え立つ炎のように逆立った金髪の青年。見つめ ら れ た 者 す べ て を 委 縮 さ せ る 神 秘 の 輝 き を 放 つ 彼 こ そ、時 臣 の サ ー ヴ ァ ン ト、ア ー チャー。人類最古の王、﹃英雄王﹄ギルガメッシュだった。 ﹂ アーチャーは吐き捨て、ゴミ虫でも見下すかのような視線をアサシンへ向ける。 ﹁ふん。また随分と半端者を引き当てたな﹂ ﹁はい。その通りでございます。王の中の王よ﹂ アーチャーのその問いに、時臣は恭しく一礼した。 ﹁これが新たに召喚された雑種か。時臣 ? ﹂ アサシンはその視線に対し、不愉快そうに顔を歪め、 ? と、アサシンが憮然とした態度で口を開いた。 ﹁││あんたは 開幕 22 途端、綺礼は黙って眉をひそめ、時臣の顔から血の気が失せる。 そのあまりにも無礼な態度に、アーチャーは顔色一つ変えず、 その必殺の一撃が3つ同時に放たれた。 れる。その数は3。その1つ1つが宝具であり、必殺の威力がある。 アーチャーが腕を軽く上げた瞬間彼の背後の空間が歪み、空中から忽然と剣や槍が現 をするアーチャー。 何が起きたのかわからず、目を白黒させるマスターたちは無視し、次なる攻撃の用意 ﹁運だけはいいようだな。││だが、次は外さん﹂ に息をのむ。 土煙の中堂々と立ち、アーチャーを睨むアサシンに、ギルガメッシュは感心したよう ﹁ほう﹂ ていなかった。 その圧倒的破壊力に、当然ステータスの低いアサシンはなす術もなく、瞬殺││され 一瞬の出来事だった。 直後、部屋は爆音と粉じんに包まれ、壁には攻撃の跡らしき穴が開く。 と、問答無用でアサシンを攻撃した。 ﹁││口の利き方に気をつけろよ、雑種﹂ 23 この猛攻を凌げる英霊は稀だろう。 トレース オ ン しかし、アサシンは臆さず、矢のように迫る宝具をまっすぐ見据え、小さく呟いた。 瞬間、空拳だったアサシンの手に、黒と白の双剣が出現する。 ﹁││投影、開始﹂ アサシンはその双剣を持ってして、迫りくる3つの宝具をことごとく叩き伏せて見せ た。 同時に部屋を爆音が襲うが、破壊の嵐の中アサシンは無傷でアーチャーの猛攻を凌 ぐ。 ﹁││貴様、贋作者か﹂ ﹂ 凌がれたアーチャーは、アサシンの握る双剣を睨み怒りを露わにする。 ﹁贋作者の分際で、俺の財を真似ようなどと││身の程をわきまえよ に増し、先ほどの2倍、3倍、ととどまることを知らない。 アーチャーの怒声を合図に、再び空中から無数の宝具が顔を覗かせる。その数は次第 ! 圧倒的量の宝具を前にし、アサシンは││臆すことなく、品定めでもするかのように ゆっくりと無数の宝具を眺め、そして││ アサシン呟くと同時に、アーチャーの顔色が変わる。 ﹁││工程完了。全投影、待機﹂ 開幕 24 両者を見ていた綺礼と時臣もその光景に息をのんだ。 何故なら││アーチャーの背後にある宝具と、まったく同じ数、形の宝具がアサシン の背後にも表れたからである。 ││﹃王 の 財 宝﹄﹂ ゲートオブバビロン アーチャーは苛立った様子で、自身の宝具の名を叫ぶ。 た。 ││こうして、マスターたちさえ予期していなかった、聖杯戦争第一戦目が幕を開け ぶつかり合う幾重もの宝具たち。 その掛け声を合図にアサシンの宝具も射出される。 ﹁││停止解凍、全投影連続層写﹂ ソードバレルフルオープン 対するアサシンも、迫りくる宝具の雨を見つめ、淡々と呟く。 ﹁我の財を舐めるなよ ! 25 ゆえに無傷。 紙一重の防御。しかし、紙一枚分を隔て、アーチャーの攻撃はアサシンに届かない。 ち落とし、時に投擲でアーチャーの宝具の軌道をずらし、そのすべてを防ぎきる。 時にアーチャーと同じ宝具を空中に出現させ、時に両手の双剣を持ってしてそれを打 た。 その長い戦いの中、アサシンは││傷1つ負わず、アーチャーの猛攻に耐え抜いてい く長い時間である。 戦闘が始まり数分が経つ。本来、刹那で決着のつく戦闘において、数分とは途方もな ││つまり、言峰綺礼の呼んだ英霊は、並ではなかった。 そのすべてが一撃必殺。この宝具の雨の中、並の英霊なら無事ではすむまい。 つもの宝具を振り下ろす。その数は両手で数え余るほどだ。 庭園の中央に佇むアサシンをアーチャーはテラスの上から見下ろし、絶え間なくいく 2騎の戦闘は時臣の部屋から場所を移し、遠坂邸の庭園で行われていた。 無数の宝具が宙を舞い、激しく火花を散らし深夜の遠坂邸を不気味に照らす。 契約 契約 26 平行線をたどる両者の攻防。 傍から見れば、優勢なのはアーチャーだ。アサシンはうまく攻撃を防いでいるもの の、防戦で手一杯。対して、アーチャーは無限かと思われる膨大な宝具を持ってして、攻 める手を緩めない。 しかし、それでも追い詰められているのはアサシンではなく、アーチャーの方だった。 紙一重であれ、淡々とアーチャーの攻撃を防ぐアサシンに対し、アーチャーは次第に その美貌を憤怒の色に染めていく。 ﹂ ある時、痺れを切らしたアーチャーが声を張り上げ言い放った。 ﹁贋作者風情が⋮⋮。どこまで我の財を愚弄するか 同時に、背後の空間がさらに歪む。 アーチャーはその双剣を虫でも払うかのように﹃王の財宝﹄で難なく防ぎ、視線を目 ﹁││むっ﹂ 空かさずアサシンは、自身の手に合った双剣をアーチャー目がけ投擲する。 ││しかし、この攻撃の止んだわずかな隙をアサシンは見逃さなかった。 流石のアサシンも、これほどの数を防ぎきることは不可能だろう。 数、実に今までの倍。 どうやら、さらなる宝具を持ってしてアサシンを葬ろうという算段のようだ。その ! 27 の前のアサシンに戻した。 すると、そこには先ほどまでと同じく両手に双剣││ではなく、弓を携えたアサシン の姿があった。 途端、アーチャーの表情から余裕が消える。 ﹂ アサシンはアーチャーへまっすぐと弓を向け、そして││ ﹁││っ してその場を去ってしまった。 間もなくアサシンは折角つがえた矢を弓から離し、アーチャーが見下ろす中、霊体化 突如、アサシンが驚愕にその顔を歪めた。 ! あとには、壁の一部に大穴の開いた遠坂邸だけが残された。 彼はそのまま逃げるように遠坂邸を飛び出し、どこかへと走り去る。 綺礼だ。 ││それと入れ違いに、一人の男がテラスから飛び出した。 いく。 拍子抜けする幕切れに、アーチャーも不愉快そうに鼻を鳴らし、遠坂邸の中へ戻って ﹁⋮⋮ふん﹂ 契約 28 ││この光景を使い魔を通し、見ている者たちがいた。 1人はウェイバー・ベルベット。ライダーを使役し、聖杯戦争に参加するマスターの 1人だ。 ﹁おい、分かってるのかよ ﹁ふうん﹂ ﹁⋮⋮おい﹂ もう聖杯戦争は始まってるんだぞ ! ﹂ あんまりなその対応に、ウェイバーは顔を真っ赤にしながら怒鳴る。 まま﹁ふうん﹂と、気のない相槌を打つだけで、振り向く素振りさえ見せなかった。 しかし、ウェイバーがそう呼びかけても、ライダーと呼ばれた巨漢は床に寝そべった ﹁おいライダー、進展だぞ。早速、遠坂邸でサーヴァント同士の戦闘だ﹂ ウェイバーは興奮の冷めぬまま、隣で横になっている巨漢に駆け寄り、声をかける。 偶然先ほどの先頭を目撃したのである。 彼はその家の二階の寝室からネズミの使い魔を通し、遠坂邸を監視していたところ、 と思わせることで滞在していた。 そこはとある老夫婦の住む一軒家。ウェイバーはこの老夫婦に暗示をかけ、自信を孫 次元違いの戦闘を目の当たりにし、血の気を失いながらウェイバーは目を開けた。 ﹁なんだ⋮⋮あのサーヴァント⋮⋮﹂ 29 ! 逆上しかかったウェイバーが声を上擦らせると、ようやくライダーは、さも面倒くさ そうに半身を捻って振り返った。 ろう ﹂ 奴らの使った宝具を分 ﹁あのなあ、2騎の小競り合いごときがなんだというのだ 未だどちらも健在なのだ 析すれば正体だって││﹂ ﹁そうか、では聞こう。どのような戦闘だった ﹂ ﹁こ、小競り合いってお前っ。サーヴァント同士の戦闘だぞ ? めない様子で言う。 自分から話を振ったのに収穫の得られず落ち込むウェイバーへ、ライダーは気にも留 当をつけることさ出来なかった。 あまりにも出鱈目な2騎のサーヴァント。結局、いくら話し合っても両者の正体に見 さらに、その戦闘のあと遠坂邸から飛び出したマスターと思しき男。 い く つ も の 宝 具 を 放 る 金 ぴ か な サ ー ヴ ァ ン ト。そ の 宝 具 を 真 似 る 双 剣 使 い の 弓 兵。 それから断片的に少しずつ遠坂邸で起こったことをライダーに伝える。 まらせてしまった。 散々怒鳴り散らしていたウェイバーだったが、いざ聞かれると説明に困り、言葉を詰 ? ! ? ﹁ぐっ││﹂ 契約 30 ﹁まあ、良いわ。正体なんぞ、いずれ相見えたときに知れるであろう﹂ ﹂ その聖杯戦争の常識から大きく逸脱したライダーの言動に、ウェイバーは言葉を失っ ﹁なっ││﹂ た。 ﹁そ、そんなんでいいのかよ ﹁良い。むしろ心が躍る﹂ ﹁しゅ、出陣って⋮⋮どこへ ﹂ ││待て待て待て ここじゃまずい。家が吹っ飛ぶ ﹂ ! ? ﹁どこか適当に、そこいら辺へ﹂ ﹁ふざけるなよ ! ﹂ ? 彼は今まさにアインツベルン城から冬木へ赴こうと、準備をしている最中だった。 舞弥からの緊急連絡を受け、切嗣は声を上げる。 ﹁何っ、遠坂邸で動きがあった ││さらにその戦闘は海を越え、あの男の耳にも伝わる。 そして、二人のペアは、他陣営より少し早く、夜の街へ繰り出していった。 ! ﹁さあ、ではそろそろ外に楽しみを求めようか。││出陣だ坊主。支度せい﹂ 不敵な笑みを浮かべ、立ち上がるライダー。 ! 31 驚く切嗣に、舞弥は淡々と告げる。 ﹁はい。先刻、遠坂邸にてサーヴァント2騎の戦闘が起こりました。映像を送りました ので確認を﹂ ﹁分かった﹂ ﹂ 切嗣は短く答え、慌ただしく荷の中からノートパソコンを取り出し、起動する。 その間、舞弥へ疑問を投げかけた。 ﹁いくらなんでも早すぎる⋮⋮サーヴァントは揃っているのか 逆に返り討ちに合い慌てて逃走した﹂ 宿していたと聞きます。言峰はサーヴァントを召喚し、遠坂の寝首を掻こうとしたが、 ﹁素直に考えれば仲間割れでしょう。言峰綺礼は遠坂時臣の弟子であると同時に令呪も ﹁⋮⋮この展開、どう見る﹂ 切嗣は映像から目を離さず、スピーカー越しに舞弥へ尋ねる。 くいくつもの宝具をぶつけ合う2人のサーヴァントの姿が映っていた。 舞弥の報告に切嗣は苦虫を噛み潰しながら、送られてきた映像を見る。そこには激し 揃ったと通知がありました﹂ ﹁ええ。同じく先刻、この戦闘と入れ違うようにして教会からすべてのサーヴァントが ? ﹁ああ、そう考えるのが自然だ⋮⋮しかし、そうなると言峰が時臣のサーヴァントより後 契約 32 に遠坂邸を飛び出したのが気になるな⋮⋮﹂ 顎に手を当て、切嗣は冷静に映像を分析する。 仮に言峰綺礼が時臣を暗殺しようとしたのだとしたら、部屋へ戻っていったサーヴァ ントが出ていく綺礼を見逃すとは考えにくい。さらに切嗣は言峰綺礼に対し不信感を 抱いており、容易な想定は命取りになりかねない、という一種の危機感を覚えていた。 しかし、不安要素は多いものの、2騎のサーヴァントを晒すメリットは双方になく、仲 間割れ以外に考えられる動機がないのも現状だった。 ﹂ 熟考したあと、切嗣は一度結論を保留にし、再び舞弥へ尋ねる。 ﹁言峰綺礼の動向は掴めているのか ﹁いえ、目下捜索中です﹂ と、切嗣は1人、送られてきた動画を再度眺めながら呟く。 ? ﹁しかし⋮⋮﹂ ﹁遠坂のサーヴァントと渡り合っていたあの英霊⋮⋮一体、何者だ ﹂ それからいくつかの確認事項と命令を下し、切嗣は通話を切った。 ﹁はい﹂ ﹁見つけ次第、すぐに報告しろ。僕もすぐそちらへ向かう﹂ ? 33 そして、先の戦闘から間もなく、話題の中心の1人である言峰綺礼は遠坂邸から飛び 出し、近くに建つある廃墟に足を運んでいた。 そこは第3次聖杯戦争の際、参加した名家が別荘として使用していたが、聖杯戦争終 了後空き家となり、魔術協会が管理していたものだ。 綺礼が中に入ると、部屋のソファーには先にこちらへ到着していたアサシンが腰を下 ろしていた。 彼を見るや、綺礼は不愉快そうに額にしわを寄せて尋ねる。 ﹁大人しくしていたか、アサシン﹂ ││さすれば、この戦闘を見ていたマスターは我々が仲違いしたと勘違いし、この後 ││私が令呪でアサシンを引かせ、私自身もここから飛び出し、姿を眩ませましょう。 る。 激化するサーヴァントの戦闘に頭を痛めていた時臣に、綺礼がこう進言したのであ だった。 ││あの時、アサシンが霊体化し姿を消したのは、ほかでもない綺礼の令呪の効果 彼のその答えに、綺礼は満足し黙ってうなずく。 ﹁⋮⋮そりゃあ、令呪で縛られてるんだ。動きたくても動けない﹂ 契約 34 秘密裏な協力関係が築きやすくなるはずです、と。 これ以上アーチャーの宝具を他に晒したくない時臣はこれを快諾し、綺礼はアサシン へ﹃近くの廃屋へ離脱し、待機せよ﹄と、令呪を持って命じたのだ。 この綺礼の咄嗟の起点は上手く功を奏したようだ。 ﹂ 目の前で不満げに大人しくするアサシンへ、綺礼は尋ねる。 ﹁どうした、私の決定は不服だったか 第一印象とは違うアサシンの行動に、綺礼は動揺を隠せない。 さっきのこととは召喚された際のあの邪険な態度のことだろう。 が昇ってた﹂ ﹁悪い、マスター。さっきのことは謝るよ。俺も召喚されてすぐだったから、少し頭に血 たのだ。 だが、彼の意外な行動はそれだけではなかった。アサシンは綺礼へ向かって頭を下げ 殊勝な自分のサーヴァントに対し、綺礼は小さく声を漏らす。 ﹁⋮⋮ほう﹂ てた﹂ ﹁││いや、そんなこともないさ。あのまま戦ってたら、俺はあのサーヴァントにやられ しかし、この問いに対し、アサシンは綺礼の予想とは裏腹に、黙って首を横に振った。 ? 35 ﹁貴様⋮⋮なんの真似だ⋮⋮ 加するんだよな ﹂ ﹂ ﹁別に、深い意味はない。││と、そうだ。一応確認なんだが。あんた、この戦争には参 しかし、アサシンはなおも親しみさえ感じられる口調で続ける。 それはアサシンとて同じはずだ。 ろ、好意を寄せられれば寄せられるほど、それが鬱陶しく、綺礼の心をさらに刺激した。 いくら頭を下げられようと、こいつとは決して相容れないと本能が告げている。むし ││見ているだけで意味もなくイライラする、気にくわない奴。 どんなに大人しくしていようと、綺礼の中でのアサシンの印象は変わらない。 ? ができなかった。 ﹁⋮⋮いや、俺ももう英霊だからな。人まねだけど、恰好だけはしっかりしようかと思っ ? それでもできる限り平静を装い、綺礼は答える。 ﹂ しかし、ここに至り、未だ聖杯にかける望みを見出せていない綺礼は動揺を隠すこと なんてことはない。アサシンにしてみれば、ただの確認だったのだろう。 その問いに、綺礼はまるで急所を抉られたかのような衝撃を受ける。 ﹁││っ﹂ ? ﹁⋮⋮愚問だ、答えるまでもないだろう。⋮⋮それがどうかしたのか 契約 36 て﹂ と、アサシンは何か思いついたのか、動揺する綺礼は無視し、1人ソファーから立ち 上がって一方的に語りだした。 ││そして、各陣営。三者三様の思いを胸に、戦場へ赴く 本人さえ気づいていない││忘れている││、言峰綺礼の本心だった。 その言葉は。 そう、神託を告げにきた天使のように言った。 ﹁││喜んでくれ、マスター。あんたの願いはようやく叶う﹂ そして、困惑するマスターへ、アサシンは悪戯を思いついた子供のように自嘲し、 み外さない限り││俺はあんたと共に戦おう﹂ ﹁││契約をここに。これより俺はあんたの剣となり盾となろう。││あんたが道を踏 37 苦悩 ﹃││喜んでくれ、マスター。あんたの願いはようやく叶う﹄ 先日、アサシンは綺礼へ向け、はっきりとそう言い放った。 以来、その一言が彼の脳裏から離れない。 それは3年前、綺礼が令呪を授かり、その意味を問い続けた苦悩に似ている。 の苦行をこなすも分かったことといえば、自分という人間は神の愛を持ってさえ救うこ 美しいものを美しいと感じられないのは自分が未熟だからだと思い、神を信仰し数々 思い返せば今まで、綺礼はこの﹃目的﹄を追い求めることだけに人生を費やしてきた。 わせているわけがない。││否、持ち合わせてはいけないのだ。 んな娯楽も安息をもたらさなかった。そんな人間が目的意識などというものを持ち合 物心ついた時から、彼はどんな理想も崇高と思えず、どんな探求にも快楽などなく、ど た。 そもそも言峰綺礼は、生まれてこの方﹃目的意識﹄というものを持ったことがなかっ 人知れず口に出してみるが、答えが返ってくるわけでもない。 ﹁私の⋮⋮望み、だと⋮⋮﹂ 苦悩 38 とができない、という絶望のみ。 それでも己を磨き続け、綺礼は﹃代行者﹄にまで登りつめたが、ついぞ目的を果たす ことはできなかった。 そして、最後の試みとして妻を││ 意識を集中させる。 と、ここで時臣から連絡が入り、綺礼は思考を意図的にカット、アサシンとのパスに ﹃綺礼、首尾はどうだ﹄ ような││。 まるで、これ以上考えてはいけないと、無意識化で脳が拒絶反応を起こしているかの だ。そのはずなのに、何故当時のことを思うと、こうも頭が痛むのか。 彼は結婚したものの妻は体が弱く、2年弱で命を落とした。ただそれだけ││のはず アサシンを召喚してからは、その頻度はさらに多くなっている。 に陥ることが何度もあった。 どういうわけか、3年前から彼が妻のことを考えようとすると、目まいのような感覚 まただ。と、歯がゆい思いから、奥歯を強く噛みしめる。 と、ここで綺礼は軽いめまいを感じ、額を抑える。 ﹁││うっ﹂ 39 綺礼がいるのは先日逃げ込んだ廃屋の洋館、その一室だ。そこにはスピーカーのよう な形をした礼装が置かれており、彼はその目の前にいた。これで綺礼は時臣と連絡を 取っているのだ。 しかし、綺礼の眼前に広がるのは目の前のスピーカーではなく、遠く離れた倉庫街の 風景だ。それは今まさに、その倉庫街にいるアサシンの眺めている光景である。 これは共感知覚という魔術だ。パスの繋がった契約者に対し、綺礼はこうして感覚器 の知覚を共有することが可能だった。 今、綺礼はアサシンの目を通し、遠く離れた倉庫街を見つめていた。そこでは、現在 まさに2騎のサーヴァントが交戦中である。 まった様子です﹂ ﹁││未遠川河口の倉庫街で動きがありました。いよいよサーヴァント同士の戦闘が始 ﹃うむ。あれから2日、ようやく始まったか⋮⋮﹄ あれ、とはアサシンの召喚された時のことだろう。 呟く時臣の声は暗く、いまだにその失態を引きづっていることが礼装越しでも伝わっ てきた。 綺礼とて同じ気持ちだが、今は報告に集中する。 ﹁戦っているのは、どうやら││セイバー、それからランサーのようです。とりわけセイ 苦悩 40 ﹄ バーは能力値に恵まれています。大方のパラメーターがAランク相当と見受けられま す﹂ ﹃⋮⋮成る程な。流石は最強のクラス、といったところか。マスターは視認できるか ﹄ ? ⋮⋮﹄ ﹂ またしても人形のマスターを鋳造したのか ﹁ではあの女が、アインツベルンのマスターなのですか ? ﹁⋮⋮了解しました。できる限り、アサシンに監視させます﹂ ﹃ともかく、その女は聖杯戦争の趨勢を握る重要な鍵だ。綺礼、決して目を離すな﹄ く。 時臣の言葉に、綺礼は奇妙なささくれを覚え、少し間をかけそれが落胆なのだと気づ みが外れるとはな﹄ ﹃ユーブスタクハイトが用意した駒は衛宮切嗣だとばかり思っていたが⋮⋮まさか見込 ? ﹃⋮⋮アインツベルンのホムンクルスか ﹁はい、白人の若い女です。銀髪に赤い瞳。どうにも人間離れした風情が見られますが﹂ な。⋮⋮待て。セイバーのマスターだが、銀髪の女だと ﹃ふむ、ならばランサーのマスターには身を隠すだけの知恵がある、と。素人ではない です﹂ ﹁堂々と姿を晒しているのは、1人だけ⋮⋮セイバーの背後に控えています。銀髪の女 ? 41 そう請け負い、綺礼は引き続き彼方で繰り広げられている2人の英霊の激闘を注視す る。 だが火花を散らす剣戟の閃きも、迸る魔力の奔流も、どこか彼には先刻よりも色あせ て見えた。 そして、綺礼と視界を共有するアサシン││士郎は、クレーンの上から戦場を見渡し、 人知れず自嘲していた。 悲しげにそう呟く視線の先には、ランサーと戦うあるサーヴァントの姿があった。 ﹁││まさか、またあいつに会えるなんてな⋮⋮﹂ それは星の煌めきを思わせる美しい金髪をした、美しい少女。││セイバーだ。 はじめにその騎士の姿を見つけたとき、士郎は胸が張り裂ける思いだった。 ﹁⋮⋮そうだよな。わかってはいたけど⋮⋮やっぱり、堪えるな⋮⋮﹂ 目の前のセイバーは、はじめて出会った頃と同じ輝き保ったまま、今まさにランサー と激闘を繰り広げている。 そう、それはまるで共に聖杯戦争を駆け抜けて行こうと2人で誓った、あの頃のよう に││。 ﹁││いや﹂ 苦悩 42 と、思わず弱気になっていた自分へ喝を入れるべく、士郎は1人首を振る。 その決意は、あの洞窟でとっくの昔に済ませている。 ここで立ち止まっては、あの時の決断が無駄になってしまう。 ││そうだ。すべては無に返るかもしれない。あの努力すべてが報われない可能性 だってあった。 ││だけど、リスクを承知で、それでもここにきたのだ。 ││彼女を救おうと、みんなで一緒に帰ろうと約束したから。 だから、その目的の前、 ﹁本音を言えば、どっちも救いたいんだけどな⋮⋮﹂ ならば、彼女がイリヤの││。 衛宮切嗣はこの時代でセイバーのマスターをしていたとあちらの綺礼が言っていた。 女性││見違えるはずがない、彼女はイリヤに瓜二つだ。 それにあまり感傷にばかり浸ってもいられなかった。セイバーの近くにいる白髪の 彼女を睨みつける。 確かな覚悟をもって、かつて相棒だった、いずれ衛宮士郎の相棒になるはずの過去の もう迷わない。 ﹁お前が再び立ちふさがるというのなら││俺は何度だってお前を倒そう﹂ 43 もちろん、最善は尽くす。 こちらの綺礼に対し知ったような口を利いているが、士郎とて彼の同類。あれだけの 出来事を潜り抜けてなお、その性根は変わらない。 ﹃この世すべての人類の救済﹄それが、衛宮士郎の望みであり、歪みだ。 だが、誰かを救うということは誰かを救わないということだ。││そして、今の士郎 には全人類を敵に回してでも、守りたい家族がいる。 ならば││、 ││その時、目下の状況に動きがあった。 突如、セイバーとランサーの戦いに、ライダーと思しきサーヴァントが横やりを入れ てきたのである。 さらに、それだけでは飽き足らず、彼は2騎の目の前で堂々と真名を叫び、さらに戦 場を混乱させる。 そして、挙句の果てにライダーは、顔を見せないサーヴァントたちを散々馬鹿にした 挙句、声を張り上げこう叫んだ。 ﹂ ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病 者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ ! その瞬間、マスターたちの動揺が士郎にも伝わってくる。 ! ﹁聖杯に招かれし英霊は、今 苦悩 44 無理もない、と士郎も苦笑いを浮かべ、実際にその不安が現実のものになった際には 心の中で時臣に合掌した。どうやら、世代は違っても遠坂は苦労しているらしい。 ﹂ ? ﹄ ? あれ、とはアーチャーとやりあってるバーサーカーらしきサーヴァントのことだろ ﹃お前の力で、あれを排除することは可能か しばらくし、綺礼の方からこう尋ねてきた。 きっと、あちらで時臣と今後の方針について話し合っているのだろう。 綺礼はそう言って、こちらとの念話を断つ。 ﹃少し待て﹄ ﹁どうする、マスター 惜しみなく宝具を放つアーチャーを眺めながら、士郎はマスターへ念話を送る。 たちは今頃、胃に穴の開く思いに違いない。 キャスターを除く、すべてのサーヴァントが一斉に会するなど前代未聞だろう。時臣 ヴァントが乱入。アーチャーと交戦し始めたのだ。 しかし、事態はそれだけでは収まらなかった。さらにもう1騎、黒い正体不明なサー アーチャーの参戦に事態はさらに混沌と化す。 開口一番、アーチャーは3騎を見下ろし、不愉快げに口元を歪めた。 ﹁我を差し置いて〝王〟を称する不埒者が、一夜のうちに2匹も湧くとはな﹂ 45 う。 綺礼の思惑をくみ取り、士郎は端的に答える。 ﹁もちろんだ。あいつだけなんて言わず││あの一帯、丸ごと吹き飛ばすこともできる﹂ ﹃⋮⋮方法はお前に任せる﹄ 士郎は短くそれだけ言い、素早く回路を回し、弓を投影する。 ﹁了解﹂ それは2日前、アーチャーに一瞬見せたそれだ。 トレース フラクタル この英霊の記憶の中で、飛び抜けて威力の高い技。その矢を複製し、弓を番える。 ﹁││投影、 重 装﹂ 目 標 は 暴 れ ま わ る 黒 い バ ー サ ー カ ー。そ し て │ │ そ の 近 く に い る セ イ バ ー、ラ ン 我 が 骨 子 は 捻 れ 狂 う サー、ライダー、││アーチャー。すべてのサーヴァントだ。 ﹁││I am the bone of my sword﹂ カ ラ ド ボ ル グ Ⅱ 狙いを澄ましながら弓を引き、目標へ向け放った。 直後、激しい爆発が倉庫街を、すべてをのみ込んだ。 放たれたその矢は凶星となり、5騎のサーヴァントを不気味に照らす。 ﹁││〝偽・螺旋剣〟﹂ 苦悩 46 騒乱 ││アサシンの矢が放たれる少し前。 突然、バーサーカーと戦闘中のアーチャーへ念話が届いた。 はこの短い戦闘の中だけでも伺える。優れた能力値に、狂化してなお失われない神業と 確かにこのバーサーカーは強敵だ。生前はさぞ名のある騎士であったであろうこと 狂犬の相手をすることなど、英雄王にとっては造作もなかった。 当然、そう脳裏で時臣と話す間もバーサーカーへの攻撃は緩めない。会話の片手間に ﹁なんだ、時臣。我は忙しい。要件なら手短に話せ﹂ かけに応じる。 うところだが、その礼を尽くした態度に免じ、今回だけは額にしわを寄せながらも呼び 通常のアーチャーなら呼びかけに応じないどころか、臣下としての時臣の在り方を疑 あってはならない。 それはあまりにもタイミングの悪い呼びかけだった。本来、王の戦闘中に進言など と、いつも通り恭しい態度でアーチャーへ語る時臣。 ﹃王よ。至急、お耳に入れたいことがございます﹄ 47 騒乱 48 いうべき逸脱した技術。通常のサーヴァントであれば、まずこの狂犬に敵うものはいな いだろう。あの最優と名高いセイバーでさえ、五分五分の勝負を強いられるに違いな い。 現にアーチャーも﹃王の財宝﹄をことごとく防がれ、攻めあぐねている。 ││しかし、だからどうしたというのだ。 先のアサシン戦と同じだ。確かに﹃王の財宝﹄は防がれている。攻め手が限られてい るのも確かだ。 だが、条件はこれで五分。同じくバーサーカーもアーチャーの猛攻を防ぐので手一杯 でその矛先はアーチャーには届かない。 どちらも決め手に欠ける状況。││しかし、アーチャーには無限に近い数の攻め手の 用意がある。 この状況を無限に繰り返せるアーチャーと、体力またはマスターの魔力に限りのある バーサーカーではその実力差は明らかだ。 アーチャーがこの戦闘に執着するのは、ただ単に目の前の狂犬が気にくわなかったか ら、それだけだ。元より勝負の勝敗などには興味はない。 何故なら││すでにアーチャーの勝利はゆるぎない事実なのだから。 ││だが、それが分からない者もいた。 ﹂ ﹃はっ。その件につきまして、無礼とは承知で、我々からも僅かながらの援助をさせてい ただきます﹄ ﹁援助、だと ﹂ ? いくらアーチャーが強力な英霊とはいえ、戦闘中に相手から視線を外すなど戦士とし 混乱を極める戦場の中アーチャーの異変にいち早く気づいた。 ││そして、その異常に勘付いた者たちがいた。一人はセイバーだ。 ﹁││贋作者め﹂ み、アーチャーは呟いた。 目の前の狂犬など、もはやどうでも良かった。度重なる無礼を働こうとする下郎を睨 眺めるのは時臣に告げられた方角。 そして、戦闘中であるにも関わらず、目の前のバーサーカーから視線を外した。 その言葉を聞いた途端、アーチャーは憤怒に燃やされていた美貌をさらに歪ませる。 ﹁何 ﹃はい。アサシンを向かわせました﹄ だが、愚かにも時臣はその口を閉ざさない。 時臣のあまりにも場違いな進言に、今度こそアーチャーは彼に対して機嫌を損ねる。 ? 49 てあるまじき行為だ。特にこれはサーヴァント戦。相手がどんな隠し玉、宝具を持って い る か 分 か ら な い 状 況 で 注 意 を 逸 ら す な ど、愚 策 の 極 み。そ れ ほ ど の 一 大 事 が ア ー チャーの身に降りかかったと考えるのが妥当だろう。 そう感じたセイバーはすぐさま彼の視線を追い、遠く彼方へ目を向ける。 ﹂ まさにその時、アーチャーの振り向いたその方角で││夜空に赤い星が瞬いた。 ﹁││っ ︶ ! ﹂ その間、僅かコンマ数秒。 を瞬時に行動へ移す。 天性の直感と幾度となく死地を潜り抜けた経験からそう感じ取ったセイバーは、それ 優先すべきはマスターの安全だ。 5騎ものサーヴァントが密集するこの場では何が起こるかわからない。ならば、最も 同時にセイバーの未来予知じみた直感もそう告げていた。 ︵││この場にいてはマズいっ 直後、言葉には言い表せぬ予感が、悪寒となってセイバーの全身を刺激する。 !!! ! 駆けつける。 叫びながら、セイバーは魔力を放出し、ジェット機のような素早さでマスターの元へ ﹁││アイリスフィール 騒乱 50 ﹁捕まってください ﹂ ﹂ ! どうしたんだよライダー ﹂ ! ないと感じ取ったのだろう。 その声色にはかつてない驚愕が伺えた。短い付き合いながらも、この行動が彼らしく ﹁おい ! そんなライダーを見て、ウェイバーが驚いたように声を上げた。 向けるように動かした。 そう呟いたと同時に、ライダーも手綱を引いて戦車をセイバーと同じく戦場から背を ﹁││こいつはマズいな﹂ ひそめる。 さらに直後、セイバーが自身のマスターを抱え戦線離脱したのを目の端で捉え、眉を 変えたセイバーの異変に勘付いた。 ライダーは戦慣れしたその広い視野から、アーチャーの不審な様子と、続けて血相を ││そして、もう一人。 しかし、構わずセイバーは彼女を抱きかかえ、戦場に背を向け戦線を離脱した。 セイバーの突然の行動に呆けるアイリスフィール。 ﹁え ? 51 マスターの視線に、ライダーも曖昧な表情で歯切れ悪く答える。 ﹁いやな、坊主。あの戦場、どうにもきな臭││﹂ と、ライダーが説明しようと口を開いたその時││突如、世界から音が消えた。 ││ランサーはアーチャーの異変には全く気づけなかった。 というのも、彼にとって乱入してきた3騎はただの邪魔者であり、興味の対象はセイ バーただ一人だったからだ。 待てっ、セイバー ﹂ そのセイバーが突然、目の前の戦闘を放棄しマスターを連れて戦場を離れた。 ﹁││っ ! だが直後、 走する。 そう叫びながら、ランサーも反射的に反転。その高い俊敏性を生かし、セイバーを追 ! その間にもセイバーはぐんぐんと離れていく。その背中を目で追い、歯がゆく思いな ていないのだろう。瞬時にマスターの真意を読み取り、ランサーは奥歯をかみしめた。 呼びかけた、ということはランサーのマスター、ケイネスはこの彼の行動を快く思っ と、マスターからの念話が入り、ランサーは足を止めた。 ﹃││どこへ行く、ランサー﹄ 騒乱 52 がらもランサーはマスターの質問に答える。 だが、 とって、音速を超える矢を叩き落とすなど、造作もないことだった。 アーチャーの高速で射出される無数の宝具を空中で掴み、迎撃できるバーサーカーに もしもバーサーカーに理性が残っていれば、そう確信し、ほくそ笑んでいただろう。 しかし、││落とせる。 た一撃。 本来なら認識することはもちろん、分かっていても防ぎようのない速度と威力を持っ その矢は音さえも追い抜き、一寸の狂いもなくまっすぐとこちらへ向かっていた。 本能的に感じ取り、迫りくる脅威を正確に捉え、睨む。 アサシンの矢が放たれてすぐ、バーサーカーはわが身に降り注ごうとしている脅威を キルを持っていた。 しかし、それを補って余りある技術と、理性を失ってなおその技術を十全に扱えるス バーサーカーには問題を察知する理性も、それを回避する知能も残ってはいない。 だが、その言葉がケイネスに伝わることはなかった。 ﹁追撃を││﹂ 53 ﹂ ! そして、 込んだ。 ││直後、その行動通り、目の前に降り立った矢が爆炎をまき散らし、すべてをのみ ヴァントで唯一、その矢の脅威を正確に読み取り、回避行動に入る。 理性をなくしてなお、本能でそう感じ取ったバーサーカーは、アーチャー以外のサー 1つしかない。││爆発物だ。 逆に言えばすべてのサーヴァントに最も近い位置。そんな場所に狙撃される武器など ⋮⋮矢の着弾点はこの場の中心。すべてのサーヴァントから一定の距離のある位置。 理性の残っていた生前ならこう推測しただろう。 外したのか││そう安直に思うほど、この英霊は愚かではない。 このままバーサーカーが迎撃するまでもなく、矢は誰もいない空間に突き刺さる。 にも命中しない位置に放たれていたからである。 理由は一つ。こちらへ向かっている矢がこの場にいるどのサーヴァント││その誰 迎撃態勢に入ったバーサーカーはあることに気づいたかのように、そう身震いする。 ﹁││っ 騒乱 54 ││事前に脅威を知らされた者。 ││直感的に脅威を回避した者。 ││状況を的確に読んだ者。 ││己が目標を追撃した者。 ││すべてを看破し、回避した者。 それぞれの思惑が僅か数秒の内に交差し││矢は炸裂した。 アーチャーはその様子を、爆炎の中でなお、悠然と眺め。 セイバーは爆炎の淵で抱きかかえたマスターと共に呆然と見つめ。 ライダーは爆炎に迫られ、マスターが悲鳴を上げながらも、その機動力を活かし間一 髪で逃れ。 バーサーカーは完全に回避したそれにまるで興味がないかのように遠くを見つめ。 ランサーは、 消えていく。 爆炎は一瞬にしてランサーの肉を焼き、炭化すると同時に彼の肉体は光の粒となって た。 と、その矢の着弾に気づいた時にはすでに遅く││なす術もなく爆炎に飲み込まれ ﹁││なっ﹂ 55 騒乱 56 矢の爆裂で生まれた閃光が晴れたとき、そこには││アーチャー以外誰も残っていな かった。 こうして第4次聖杯戦争、第2戦目の狂乱は幕を下ろし││ランサーのサーヴァント が脱落した。 銃声 倉庫街は赤く燃え上がり、辺りは眩い光に包まれた。 まるで爆撃にでもあったかのような爆発と閃光。その様子は遠く離れた場所からも 確認することができた。 そして、その矢を放った本人である士郎も、狙撃ポイントからその様子を伺う。﹃この 腕の持ち主﹄の弓からその英霊の力と技術を一部引き出だして自身の視力を強化。離れ た場所から爆心地の細部まで注視して、自身の矢が生み出した結果を冷静に分析した。 その結果、残ったサーヴァントの数を確認して士郎は思わずため息を吐く。 あり、その1騎でも落とせたこと自体、以前の士郎ならば考えられないほど大きな成果 古今東西から時代に名を遺す英霊たちが集結するこの戦場。1騎1騎が一騎当千で しかし、これは聖杯戦争。そうそううまくはいかない。 が本音だった。 切り札の1つを切ったのだ、欲を言えばもう1騎くらいは落としておきたいというの ﹁倒せたのは1騎だけか⋮⋮﹂ 57 だ。 だが、 それだけではダメなのだ。1騎では士郎の目標にはまるで届かない。 ﹁⋮⋮足りない﹂ 彼の願い││﹃聖杯戦争を終わらせる﹄ことにはまるで⋮⋮。 と、その時、感傷にふけっていた士郎へ、綺礼からの念話が届いた。 彼は﹃衛宮士郎﹄から﹃サーヴァントアサシン﹄へと気持ちを切り替え、マスターの 呼びかけに応じる。 ﹃首尾はどうだ、アサシン﹄ その相変わらず癪に障る、しかし、あちらほど覇気のないマスターの声に、アサシン は一瞬苦笑いを浮かべながら報告をする。 ﹁悪いマスター。バーサーカーは仕留め損ねた﹂ 謝るアサシンへ、綺礼は淡々と答えた。 ﹂ ﹃構わん、目的は果たせた。撤退しろ、アサシン﹄ ﹁追撃はいいのか ? ﹂ ﹃深追いは禁物だ。それに││勘付かれた﹄ ﹁││っ ! 銃声 58 マスターの忠告に、慌ててアサシンは戦場へ視線を戻す。 見ると、空中を猛スピードで駆ける何かがこちらへ近づいてきていた。││戦車だ。 どうやら先の攻撃で、ライダーに位置がバレてしまったらしい。 視界を共有し、同じ光景を見ていたにも関わらず、マスターである綺礼はその接近に 気づき、アサシンは見落としてしまっていた。 もしもこれが﹃あの英霊﹄ならば、ライダーの接近にいち早く気づくことができただ ろう。そもそも彼ならば、狙撃ポイントを敵に特定される、などという失態は演じない かもしれない。 英霊の力を手に入れたとはいえ、アサシンは元々ただの少年だ。戦闘経験において彼 は﹃あの英霊﹄どころか、マスターである綺礼の足元にさえ及ばない。 アサシンは、自身の実力不足を痛感し、苦虫を噛み潰す。 の端で捉え、夜に紛れて姿を消した。 その時、最後にもう一度、今なお燃え上がる倉庫街││そこに凛と佇む少女の姿を目 短く答え、素早くそこから飛び降りるアサシン。 ﹁ああ﹂ ﹃くれぐれもライダーに捕捉されるな﹄ ﹁分かった。すぐ戻る﹂ 59 ﹁││チィ、見失ったわい﹂ と、アサシンを追って空中を駆けてきたライダーは悔しそうに呟いた。 相手はあんな攻撃をするような奴だぞ。返り討ちに 同時にようやく静止した戦車の中で、ウェイバーは安堵のため息を吐いた後、自身の サーヴァントへ怒鳴った。 ﹂ ﹁││バカッ、突然走り出すな あったらどうするのさ ! 逆に聞き返す。 ﹂ ﹁なにを言う。近づかんと顔も見れんだろう ? 確かに勝手でどこか抜けている所のあるライダーだが、こと戦略において彼の右に出 いていくのは迂闊以外のなんでもなかった。 結果的に無事ではあるが、あれだけの攻撃力を持つ相手へ姿も隠さず、一直線に近づ は、彼らもまたここで退場していたかもしれない。 事前に後退していなければ。もしもライダーがこの戦車に乗っていなければ。あるい 事実、彼らはあの正体不明のサーヴァントに危うく殺されかけた。もしもライダーが ! ﹂ 毎度毎度勝手な行動を取るライダーをそう叱るも、当の本人はキョトンとした顔で、 ! ﹁それが迂闊だって言ってんだよ 銃声 60 るものはいない。 この前はお前、興味なさそう 短い付き合いだが、そう感じているウェイバーは彼らしくない失策に眉をひそめ、尋 ねる。 ﹁そもそも、どうしてあんな奴の顔を見ようとしたのさ にしてただろ﹂ にも多岐にわたる能力は、1騎につき宝具は1つというサーヴァントの原則から大きく いく戦闘スタイル。さらに今回見せた、超遠距離から放たれる爆散する矢。そのあまり 互角に渡り合う卓越した剣術。アーチャー同様、宝具をいくつも出現させ、使い捨てて そして、前回と今回の戦闘から伺えるその能力。近接戦闘においてあのアーチャーと の変装だとも思えない。 まさかあれが戦闘服ではないだろうが、着こなしを見る限り先のセイバーの様にただ は、逆に戦場では浮いている。 巻かれた聖骸布のみが異質ではあるが、そのまま街へ紛れ込んでも違和感のない装い まず目を引くのは、やはりその服装だ。どう見ても現代のTシャツとズボン。片腕に と、ウェイバーは先ほど改めて肉眼で確認したアサシンの姿を思い描く。 ﹁妙ってなんだよ。確かにいろいろとおかしなサーヴァントだけど⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮うむ、それがな。あの攻撃といい、あのサーヴァント、どうにも妙でな﹂ ? 61 かけ離れている。無論、ライダーやランサーの様に複数の宝具を所持していることも考 えられるが、それにしてもアーチャーとアサシンの宝具はあまりにも規格外。まるで全 貌が掴めなかった。 そして、ウェイバーとしては気になることがもう1つ││。 ﹂ 思わずそう呟くと、その言葉に込められた悲壮感を感じ取ったのか、ライダーが首を ﹁⋮⋮あのサーヴァント、僕と同い年くらいだったな﹂ かしげて尋ねる。 ﹁それがどうかしたのか、坊主 ? 同時に思い出すのは先ほどの倉庫街でケイネスへ放ったライダーの一言。 しかし、頭ではそう分かっていても、ウェイバーはもどかしく感じでしまう。 た目と英霊になった年齢は関係がない。 体愚かなことである。そもそも、サーヴァントは最盛期の肉体で現界するため、その見 もちろん、死後英霊となったサーヴァントといまだ現世に生きる自分を比べること自 ││あんな年で英霊になれた奴もいるのに⋮⋮。 そして、胸の内だけで悶々と問う。 と、一瞬漏らしそうになった弱音をのみ込み、ウェイバーは首を振った。 ﹁⋮⋮いや﹂ 銃声 62 ︵││余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ︶ ライダーはそうケイネスへ、彼よりウェイバーの方がマスターとして相応しいと言っ てくれた。 それはとても誇らしく、同時に救われた気分になった。 しかし、ウェイバーがライダーの言うような勇者かといえば、そうではない。ウェイ バーは成り行きでライダーの戦車に乗り込み、戦場に立ったに過ぎない。そこに彼自身 の意思はない。 さらに、先の戦闘。ウェイバーは自分の力を世へ誇示するためにこの冬木の地へやっ てきた。だが、いざ戦闘が始まればウェイバーにできることは何もなく、成り行きを見 守ることしかでなかった。 そして、││自分と同い年くらいのサーヴァントが、あのケイネスのランサーを落と してしまった。 ライダーに認めてもらえた喜びと、称賛には値しない自身のふがいなさに、ウェイ バーは板挟みになって悶々と頭を抱える。 お か し な 坊 主 よ な。│ │ ま あ、何 に せ よ。今 宵 は こ こ で お 開 き か の。キ ャ ス そんなマスターの様子に、ライダーは首を傾げながら呟く。 ﹁ん ターの奴は来なかったが、これで役者は揃ったわい。ひとまず帰るぞ、坊主﹂ ? 63 あの爆発は間違いなくAランク以上の対軍に相当する一撃だ。その一撃を直接受け、 と、その姿を見てセイバーは戦慄する。 ││ありえない。 場においてただ1人、爆心地付近に悠然と君臨していた。 した。そんな圧倒的な暴力の渦の中、││アーチャーは爆炎など歯牙にもかけず、この すべての飲み込んだ爆炎。その破壊力は絶対で、あのランサーさえあっけなく姿を消 セイバーはアイリスフィールを抱え、爆心地付近の様子を警戒しながら伺う。 そして、爆撃のあった倉庫街。 そう思いながら、彼らは戦場を後にした。 ああ、確かに。何故だか自分も、あのサーヴァントと話がしてみたい。 ││顔が見たかった。 と、ここまで考え、ようやくウェイバーは今回のライダーの行動を理解した。 ││もし、あいつがサーヴァントでなくマスターだったら⋮⋮。 ンのいた場所を見送って思う。 ライダーの言葉に短くそう答え、空中で方向転換する戦車の中、ウェイバーはアサシ ﹁ああ⋮⋮﹂ 銃声 64 まったくの無傷なんて⋮⋮。いかなる方法を使ったのか、セイバーでさえ想像もつかな かった。 ││難敵の集まるこの戦場において、間違いなく奴が最強の敵だ。 そう確信し、セイバーは目の前のアーチャーを睨む。 対して、そのアーチャーは、 ﹁││ふん、興が削がれた﹂ と、爆撃のあった戦場を一瞥し、つまらなそうに吐き捨てた。 そして、セイバーなど相手にもせず、そのまま霊体となってこの場から消えていく。 さらに倉庫街を見渡すと、いつの間にかバーサーカーとライダーの姿もない。 ﹂ どうやら危機は去ったようだ。そう確信し、セイバーはアイリスフィールから手を放 し、尋ねる。 ﹁アイリスフィール、無事でしたか ﹁セイバー、左腕はもう大丈夫なの ﹂ そして、セイバーの腕を気にした様子で尋ねた。 そう答えるセイバーにアイリスフィールも安心したように微笑みかける。 ﹁いえ、貴女を守るのが私の務めですから﹂ ﹁ええ、なんとかね。ありがとう、セイバー﹂ ? 65 ? ﹁はい、すでに呪いは解けています。どうやら先の攻撃でランサーは敗退したようです。 ││できれば、彼とは一対一で決着をつけたかったのですが⋮⋮﹂ と、亡きランサーを思って、セイバーは下を向く。 だが、これは彼女たちにとって僥倖だ。正々堂々とした決着を望めなかったのは不本 意だが、それと聖杯戦争は別問題である。 何にせよ、これで1つ大きな障害が取り除けたことになる。 その思いはアイリスフィールも同様らしく、完治したセイバーの左腕を見て安堵のた め息を漏らしている。 そんな彼女へセイバーは言う。 の最初の一夜でしかありません﹂ ﹁しかし、勝負はこれからです、アイリスフィール。今宵の局面は、これから始まる戦い ﹁⋮⋮そうね﹂ いまだ実力が未知数のライダー。 その彼と互角に渡り合ったバーサーカー。 圧倒的な力をもつアーチャー。 の1人として尋常な敵はいない﹂ ﹁いずれも劣らぬ強敵ぞろいでした。異なる時代から招き寄せられた英雄たち⋮⋮ただ 銃声 66 そして、正体不明のサーヴァント、アサシン。 これから始まる戦いを思い、静かに奮い立つセイバー。そんな彼女を眺めながら、ア イリスフィールも静かに呟いた。 ﹂ ! 叫びながら近くの壁を力任せに殴る。 ﹁││クソっ、ランサーめ マスター、ケイネスは、自身の拠点へ足を向けながら激しく毒づいた。 場所は倉庫街からすぐ近くの裏路地。倉庫街からここまで逃げおおしたランサーの ││さらに時を同じくして。 こうして役者は揃い、戦況は早くも次の局面を迎える。 ﹁││お迎えにあがりましたジャンヌよ﹂ 彼は、敵意を露わにする2人を歓迎するかのように不気味に笑って言う。 を現した。 先の戦闘から間をあけず、自身の拠点へ帰ろうと国道を走る2人の前に、その者は姿 ││その予感は、すぐに現実のものとなる。 聖杯へ至る道は険しく、これからも様々な困難が2人を襲うだろう。 ﹁これが⋮⋮聖杯戦争﹂ 67 銃声 68 しかし、いくら嘆いたところで現状は変わらず、壁を殴るその手にはすでに令呪がな い。 まさか自身がこの聖杯戦争最初の脱落者になるなど、ケイネスは夢にも思わなかっ た。時計塔のロードの1人としてこんな失態はあってはならない。 羞恥に顔を歪め、ケイネスは考える。 ││なんとしても、新たなサーヴァントを用立てし、戦争に復帰しなければ。 そう、まだケイネスは完全に負けたわけではない。 1度サーヴァントを失ったマスターでも、戦闘続行の意思があり、マスター不在の サーヴァントがいれば、そのサーヴァントと再契約を結べるのである。 しかし、よほどのことがない限り、サーヴァントを残し、先にマスターが亡くなるこ とはない。 そうなれば必然的に、自らの手でサーヴァントを出し抜き、そのマスターを殺すしか ない。 幸運なことに、ケイネスには1組、狙えるマスターに心当たりがあった。 ││ウェイバー・ベルベット。 ケイネスから聖遺物を奪った不埒物にして、聖杯戦争にふさわしくない2流のマス ターだ。 だ。 まおうという魂胆だろう。サーヴァントを失ったマスターを殺すのは、聖杯戦争の定石 相手の思惑は分かっている。聖杯戦争へ復帰を狙うケイネスを、その前に始末してし 突然の狙撃に対し、ケイネスは慌てた様子も見せず、ゆっくりと振り返った。 防ぎきる。 立て続けに2発、3発と弾丸はケイネスへ向け放たれるが、そのすべてを月霊髄液は 回は功を奏した。 警戒して展開していたものだ。ランサーを失ったショックで解除し忘れていたのが、今 同時に、ケイネスの月霊髄液が自動防御で弾丸を防ぐ。先の戦闘のおり、万が一にと と、ここまで考えたとき、突如、後方で発砲音が響いた。 れるか分からない。なに、相手はあのウェイバー。出し抜くことなど造作も││。 そうと決まればすぐに行動へ移さなければ。うかうかしているとソラウに何を言わ と、ケイネスは自身に言い聞かせる。 ││先の失態は私に非はない。ただ一重にランサーが弱すぎただけなのだ。 ケイネスは悔しさから唇を噛みしめた。 たものを││﹂ ﹁そうだ。そもそも奴が聖遺物を盗まなければ、この私があのイスカンダルを従えられ 69 だから、ケイネスもその攻撃に慌てることなく、いまだ姿を見せない敵へ堂々と言い 放つ。 会ったらどうだ ﹂ ﹁誰かね、無粋な真似を。貴様も聖杯戦争に参加する魔術師なら、姿を現し、尋常に立ち ﹂ その魔術師としてはあるまじき姿と装備に、ケイネスは眉をひそめながら尋ねた。 しかし、狙撃してきた敵は、ケイネスの言葉と同時に建物の陰から姿を現す。 その呼びかけに応じたわけではないだろう。 ? ? その後のケイネスの動向を知るものはいない。 ││そして、裏路地に銃声が響いた。 だか、その敵はその問いには答えず、手に持つ拳銃を静かに構える。 ﹁貴様、何者だ 銃声 70 事情を知らぬ者たちはそんな男を見て、勤勉だと褒めたたえた。 そのものだった。 目的も決意も情熱もないまま、鉄を打つように己を鍛え上げるその様子は、まさに剣 ││体は剣で出来ている。 男はその約束だけを支えに、毎日欠かすことなく鍛錬を続けた。 そんな男の胸にあったのは、たった1つの約束だけ。 欲することを許せなかった。 欲することが出来なかった。 そいつは、はじめから何も欲していなかった。 しかしだからこそ││これは言峰綺礼の物語でもあるのだろう。 綺礼とは正反対で、それゆえにどうしようもなくそっくりな、赤の他人の物語。 これは言峰綺礼の記憶ではない。 それは近くて遠い、こことは異なる歴史の記憶。 ││夢を見た。 食卓 71 ││それがどれほど常軌を逸した行いか、知ろうともせず。 結局、男を真の意味で理解できる者は誰もいなかった。 いつだって、男は剣の丘に1人だ。 しかしそれでも、男は鍛錬を続けた。 約束したから。 少しでも、その約束に近づく事が出来ればあるいは、こんな自分でも、 ││救われるかもしれない││ そう信じたから。 男は鉄を打ち続ける。 ││それが救いから遠く離れた行いだと、気づきもせずに。 そして⋮⋮⋮⋮。 ていたらしい。たるんだ自分を思い、綺礼は苦笑いを浮かべる。 なっていた。寝るつもりはなかったのだが、どうやらいつのまにか意識が落ちてしまっ そこは数日前から2人が身を隠している廃屋の一室。綺礼はそこのソファーで横に 黙って体を起こし、周囲を確認する。 と、綺礼が目を開けるとすぐ、アサシンがそう挨拶してきた。綺礼はそれには答えず、 ﹁││おっ、目が覚めたか。おはよう、マスター﹂ 食卓 72 今は聖杯戦争中。昨晩もサーヴァント1騎が脱落する大激戦があったばかりだ。い つ何時、敵が攻めてくるか分からない戦場で、悠長に惰眠を貪るなど本来あってはなら ない。少なくとも、代行者を務めていた頃の綺礼ならば、考えられなかった失態だろう。 しかし、厳粛な綺礼にしては珍しく、昨日から聖杯戦争のみならず日課の鍛錬にさえ 集中できずにいた。何故かすべての物事に対し、まったくやる気になれないのだ。彼が 鍛錬を怠るなど、ここ数年なかったことである。 ││だが、綺礼が脱力するのも無理はないだろう。 何故なら、アサシンの声をしたキッチンへ目を向ければ、そこには││エプロンを身 に着け3人分の朝食を作る、自身のサーヴァントの姿があるからだ。 しかも、その手つきは妙に洗練されており、まったく淀みがない。下手をすれば、先 の双剣よりも手に馴染んでいるのでは、とさえ思わせる板のつきようだ。 そのサーヴァントとしてあるまじき姿に綺礼は白い眼を向けるも、対するアサシンは 何を勘違いしたのかハキハキとした弾んだ声で答えた。 例えば、この廃屋。2人が身を隠した当初は所々床に穴が開き、雨漏りは当たり前、瓦 実は彼のサーヴァントらしくない振る舞いは、今に始まったことではない。 楽しそうな笑顔で答えるアサシンを見て、綺礼は思わずため息を吐く。 ﹁待っててくれ、すぐにできるから﹂ 73 礫と埃でとても人の住める環境ではなかったのだが、今ではすっかり片付けられ、遠坂 邸さながらの立派な洋館へと姿を変えている。 このプロも顔負けな片付けと建物の補修をやってのけたのが、他でもないアサシンで ある。彼は幽霊屋敷同然だったこの廃屋を、一晩で人の住める洋館へと変えて見せた。 それだけではない。アサシンは召喚されてから初日を除いたほぼ毎日三食の食事、掃 除に洗濯と、生活の雑務をすべてこなしているのである。 同居するパートナーとしては大変優れているが、アサシンはサーヴァント。本業は戦 闘だ。 だから綺礼は呆れながらアサシンへ忠告する。 ﹁⋮⋮何度も言うが、お前が食事を作る必要はない。食事なら出前でも││﹂ ﹁││ダメだ﹂ と、その綺礼の忠告をアサシンは言葉の途中、それも早口で遮ってしまった。 そして今度はアサシンが綺礼へ白い目を向ける。 ﹁あんた、どうせまた泰山のマーボを頼む気だろ﹂ ﹁無論だ。あれより優れた││﹂ ﹂ ﹁ダメだ﹂ ﹁何故だ ! 食卓 74 やはり即答するアサシンへ、綺礼は声を上げて抗議する。 だが、ここはアサシンも譲れないらしくマスターである綺礼の要求を再度一蹴する。 ﹂ 愚問だな。我が君臨するのに場所も時も関係なかろう﹂ ﹁何故貴様がここにいる ﹁ん ? う。 まるでここが我が家であるかの様にくつろぐアーチャーへ、綺礼は戸惑いながら問 いしていた。 と、何故か綺礼の正面のソファーに腰を掛けるアーチャーがふんぞり返り、そう高笑 者。半端なものを出したらここら一帯吹き飛ばすからな。ハッハッハ﹂ ﹁││そうだぞ、綺礼。臣下の貢物を黙って受け取るのもまた王の務めだ。いいか、贋作 ││頭痛の種はこれだけではない。 しかし、 自分のサーヴァントと、好物を食べられぬ苦痛から2重の意味で頭が痛い。 という突っ込みを寸前のところで飲み込み、頭を抱える綺礼。英霊としてあるまじき ││主夫か、お前は。 それに、自炊の方が安上がりなんだぞ﹂ ﹁あんな辛いもの人間が食えるか。││いいから、おとなしく俺の料理を食べてくれ。 75 ? ﹁そういうことを尋ねているのではない⋮⋮﹂ 自由奔放な2騎のサーヴァントに囲まれ、綺礼は再度頭を抱える。 ││そもそも、何故こんなことになってしまったのか。 力なくソファーへもたれかかり、天井を仰ぎ見ながら綺礼は昨晩のことを思い出す。 ││昨晩、サーヴァントたちの戦闘を見届け、その様子をこの廃屋の地下に設置され ている通信機で時臣に報告した綺礼。報告が終わった後、主に活動の拠点としているこ の部屋へ戻るとそこには││戦闘を終えたばかりであるはずのアーチャーがソファー に座り、わが物顔でふんぞり返っていた。 そのあまりに自然体な様子に、綺礼は一瞬部屋を間違えたのかと思ったほどである。 まさか、先のアサシンの攻撃に機嫌を損ねたのでは││と、綺礼は戦慄したが、話を 聞くとどうやら単純に暇を持て余していただけらしい。 その後、同じく聖杯戦争に意義を見いだせていない綺礼はアーチャーと対談。アー チャーが愉悦の何たるかを綺礼へ説こうとしたその時、 二度ならず三度までも己の邪魔をされたアーチャーはアサシンと衝突し、再度ちょっ と、ライダーをまいたらしいアサシンが帰宅し、会話に割り込んできた。 ﹁││あまり俺のマスターを誑かさないでくれ、アーチャー﹂ 食卓 76 としたいざこざがあったのだが⋮⋮思い出したくもないので割愛する。 そこで綺礼は、勝手に暴れまわるサーヴァントに愛想を尽かし、2騎が激闘を繰り広 げる中ソファーに横になり思慮にふけることにし││いつの間にか寝落ちしてしまっ た。 そして、目を覚まし、今に至るのだが││。 ﹂ ﹁││贋作者。そこのビンを取れ﹂ ﹁これか 用に箸を使って目玉焼きを食べるサーヴァントへ問う。 ﹁││アーチャー﹂ 何故同じ食卓を囲んでいる ? ﹁なんだ、綺礼﹂ ﹁お前とアサシンは昨日衝突していなかったか ﹂ それが綺礼の本音だった。白昼夢でも見てしまったのかと再び頭を抱え、目の前で器 ││訳が分からない。 部屋を見渡せば、昨晩の激闘の跡さえ綺麗に元通りになっている。 と、今朝になると何故かアーチャーとアサシンが和解していた。2人だけではない、 ﹁違う。醤油ではない。ソースの方だ﹂ ? ﹁ああ、そんなことか﹂ ? 77 困惑する綺礼に対し、アーチャーは味噌汁を啜りながらつまらなそうに答える。 ﹁どうということもない。対話の末、我がこの不埒物の現界を許可した、それだけのこと だ﹂ 平然と告げるアーチャーの言葉に、綺礼は戦慄した。 ﹂ 対して、アーチャーの意味深な視線に、アサシンもたまらず声を上げる。 かった。 隠せない。一体、彼が眠っている間に2人に何があったのか、勘繰らずにはいられな 今までと打って変わり、そのあまりにも高いアサシンへの評価に流石の綺礼も驚きを 見ていて飽きぬ。せいぜい、その散りざまで我を興じさせよ、雑種﹂ 話を聞けばなかなかどうして面白いやつ。いつの時代も、身の程に余る大望を志す者は ﹁おうよ。はじめは我の財を盗み見る贋作者が一体どんな不埒物かと思っていたが││ る。 食卓を叩きながら叫ぶ綺礼。食器が僅かに跳ねる中、なおもアーチャーは平然と答え ﹁何っ、お前がこのアサシンを許したというのか ! ﹂ が、眉をひそめたのも一瞬。アサシンは間をあけず、続けてアーチャーへ問う。 ﹁││勘弁してくれ。あんたとやり合うのはもう懲り懲りだ﹂ ﹁ところで、アーチャー。味はどうだ ? 食卓 78 ⋮⋮どうやらこの英霊にとって、戦闘よりも自身の料理の味の方が重要事項のよう だ。 アサシンの問いに、アーチャーもたくあんをかじりながら生真面目に答えた。 ﹂ ? 今は聖杯戦争中なのだぞ ﹂ ! 綺礼の言葉に、アサシンも頭にきたのか、むっ、と顔をしかめ答える。 ﹁黙れ。そもそも、お前の仕事は食事の支度ではない。己が使命を見誤るな﹂ ﹁そうそう。腹が減っては戦もできぬと言うし、休むことは大切だぞ、マスター﹂ ﹁ふん。そんなこと言われなくとも分かっておるわ﹂ 猛抗議する綺礼。しかし、対する2騎の反応は冷たい。 ﹁お前たちっ、分かっているのか ! 危うく2騎に流されそうになった綺礼は拳を握りしめ、自身に喝を入れる。 ││確かに味は悪くない。が、もっと刺激的な方が⋮⋮いや、そうではない。 思う。 と、アーチャーが茶碗を差し出し、アサシンがそれをよそる光景を見ながら、綺礼は ﹁はいはい﹂ ﹁樽ごと持ってくるがよい﹂ ﹁そうか、よかった。││おかわりもあるぞ ﹁うむ、凡俗な味だが悪くない。特別に我の口に入ることを許可しよう﹂ 79 ﹁もちろん忘れたわけじゃない。現に昨日ランサーを倒したろ﹂ ﹁見誤るな、と言っている。我が師の優勝のサポート、そのため露払いがお前の役目だ。 断 じ て 敵 サ ー ヴ ァ ン ト を 葬 る こ と で は な い。火 力 な ら ば ア ー チ ャ ー 1 騎 で 事 足 り る。 お前に求められているのは敵陣営の情報収集だ﹂ ﹂ 見当違いなその言葉に綺礼は冷笑を浮かべると、アサシンも極まりが悪そうに頬を掻 いた。 ﹁そう言ってもな。俺、隠密なんてできないぞ しかし、綺礼に言わせればそれこそ見当違いもいいところである。 ンに隠密行動など期待できないだろう。 眉をひそめるアサシン。その意見は最もだ。気配遮断スキルのほぼ使えないアサシ ? 例えば視力。サーヴァントは千里眼スキルを持たないアーチャー以外の者でさえ、遠 うだけでその性能は規格外。それは身体能力に限った話ではない。 サーヴァントと人間はその構造からしてまったく別の生き物だ。サーヴァントとい チャーと違い﹃マスターの言うことを聞くサーヴァント﹄、ただその1点である。 綺礼と時臣がアサシンに価値を見出しているのは戦闘でも隠密行動でもない。アー ヴァントのお前から見て、何か気づいた点はないか﹂ ﹁元 よ り お 前 の 低 い ス テ ー タ ス に 期 待 な ど し て は い な い。些 細 な こ と で 構 わ ん。サ ー 食卓 80 く離れた物体を肉眼で捉えられる。それ以外にも敵サーヴァントの気配を感じとるこ となど、普通の魔術師には真似できない様々な芸当が可能だ。 2人がアサシンに期待しているのも、そのようなサーヴァントの視点からしか見えな い情報なのである。 その綺礼の思惑をアサシンもくみ取ったようで、しばらく顎に手を当てた後、こう口 にした。 ﹁それはサーヴァントか 時、 ﹂ アサシンからもたらされた情報に満足し、早速綺礼が時臣に相談しようとしたその としては十分である。裏を取るのは綺礼と時臣でも容易であろう。 新都で活動している魔術師がいる。それも町中で堂々と。それだけで敵の手掛かり と、曖昧な言動だったが、これはかなり有力な情報だ。 ﹁いや、そこまでは⋮⋮俺、魔術にはあんまり詳しくないし⋮⋮﹂ ? と思う﹂ ﹁何というか⋮⋮空気が甘ったるいっていうか⋮⋮多分、誰かが魔術で何かしてるんだ ﹁というと﹂ ﹁そうだな││そういえば、新都の方が少し妙だったな﹂ 81 ﹁││ああ、それはキャスターの仕業だ、綺礼﹂ と、突然アーチャーが口を挟み、あっさりとそう断言した。 ﹂ 綺礼は慌てて、まだ食事を続けているアーチャーの方を振り返り尋ねる。 ﹁キャスターだと らもその言葉を聞き流す。 彼の、我関せず、な態度は今に始まったことではないので、綺礼はため息を吐きなが 悪びれる様子もなく、淡々とアーチャーは答える。 な﹂ ﹁教えてやる義理もなかろう。魔術師風情が何をしようと我の知ったことではないので ﹁⋮⋮そんな貴重な情報、何故今まで黙っていた﹂ 非協力的なアーチャーの振る舞いに眉をひそめる綺礼。 以前からキャスターの存在に気づいていたのだろう。 綺礼が尋ねると、さらにアーチャーはそうスラスラと答えた。その様子だと、かなり いた呪いの残り香であろうよ﹂ ﹁応よ。今、奴はこの街の子供を攫って回っている。そこの雑種が感じたのは、その際用 ? を除き、これで全陣営の情報が出揃ったわけだな﹂ ﹁⋮⋮いいだろう。キャスターの件は師に報告しておく││となると敗退したランサー 食卓 82 83 と、丁度いい機会なので、綺礼はアサシンとアーチャーを交えながらここまでの情報 を整理する。 アインツベルンのセイバーに間桐のバーサーカー。外部の魔術師らしきライダーと キャスター。 サーヴァントたちはいまだ情報が少なく、その実力のほとんどは未知数だ。そのた め、今回は各陣営のマスターについて考察する。 ライダーのマスターは見るからに2流。アーチボルトと関係のありそうな言動から、 時計塔の関係者だと推測できる。 魔術の隠匿を怠るところからキャスターのマスターも二流であろう。 間桐のマスターも一度は家督を継ぐことを諦めた半端者であると聞いている。 すると、ケイネスエルメロイが脱落した今、まともな魔術師が時臣とセイバーのマス ターであるアインツベルンのホムンクルスだけとなるわけである。 この事実を時臣が知れば、神聖な儀式にも関わらずいたわしい、とさぞ嘆き事だろう。 だが、聖杯戦争に熱を燃やす時臣とは違い、綺麗はこうして2騎と情報共有をしなが ら虚無感を感じずにはいられなかった。 なんてことはない。使命だなんだとアサシンへ当たるのはつまり、同じく意義を見 失っている自分に腹が立ち、その八つ当たりをしていたのだ。 この場には綺礼を含み、真の意味で聖杯戦争に真面目に取り組んでいるものはいない だろう。そう感じ、綺礼は1人苦笑いを浮かべる。 マスター。セイバーのところ間違ってるぞ﹂ ││が、そんな時、アサシンが声を上げた。 ﹁ん ? しかし、アサシンは続けて言う。 ﹂ セイバーのマスターはあの銀髪の女だろう ﹁なに言ってるんだ、マスター ? ﹂ 首を傾げながらアサシンは、その決定的な事実を平然と口にする。 ? ﹂ ﹁待て、アサシン。セイバーのマスターはアインツベルンのホムンクルスではないのか 綺礼は自分の声が震えているのを自覚しながら、必死に平静を装いアサシンへ問う。 そんな彼を見て、綺礼は││訳もなく戦慄した。意味も分からず全身に鳥肌が立つ。 ? ﹁ほら、ここ。マスターのところだ﹂ ﹁どこが間違っている 何言ってるんだマスター ? ? 心底不思議そうに首を傾げるアサシン。 ﹁ん ? ﹂ 指摘され、綺礼はセイバー陣営の部分を見返すが、どこも情報に誤りはない。 ﹂ ﹁何 ? 食卓 84 ﹂ ? まるで、狡猾な蛇が獲物を品定めするかのように。 見つめる。 ││そして、アーチャーもまた密かに邪悪な笑みを浮かべ、悩める神父を楽しそうに しかし綺礼は、色あせていた目の前の景色が、唐突に鮮やかになるのを感じた。 その笑みの意味するところを、綺礼本人はまた気づくことが出来ない。 べたことのない種類の笑みを顔に浮かべる。 衛宮切嗣││その名前を聞いた途端、綺礼は、冷笑でも苦笑でもない、今までに浮か が、綺礼にとってそんな些細なことはどうでもいい。 その情報の真偽は。何故、アサシンがそんなことを知っているのか。疑問は尽きない ││雷に打たれたかと思った。それほど、その情報は衝撃であった。 ﹁セイバーのマスターは││衛宮切嗣だろ 85 遭遇 ﹂ ? ││と、その時、不意に綺礼が席を立った。 そう、その顔はまるであちらの綺礼のような⋮⋮。 の腑抜けた様子が嘘のように、悪魔のような笑みを浮かべている。 すぐにそう悟り、アサシンは自分を戒めたが、時すでに遅し。目の前の宿敵は今まで ││マズい、失言だった。 どうやら、こちらの綺礼はまだ衛宮切嗣がマスターだとは知らなかったようだ。 落としたことで浮かれていたのだろう。 頭ではそう分かっていたはずなのに、うっかり口を滑らせてしまった。きっと、1騎 ているか分からない今、過度な口出しは禁物だ。 争の結末も、聖杯の中身も、まだ何も知らない。彼がどれだけ聖杯戦争の現状を把握し どんなに似ていてもこちらの綺礼とあちらの綺礼は別人だ。こちらの綺礼は聖杯戦 その様子を目にし、アサシンは静かに鳥肌を立て内心で己を毒づく。 アサシンがそう口にした途端、綺礼は邪悪な笑みを浮かべた。 ﹁││セイバーのマスターは衛宮切嗣だろ 遭遇 86 アサシンは一旦思考を止め、扉の方へ歩く綺礼を慌てて呼び止める。 ﹂ 外は危険だ、俺も││﹂ ! ﹁黙れ、アーチャー﹂ な。つくづく見ていて飽きぬ﹂ ﹁フフン。何、従順な貴様が滑稽でな。己が望みの障害がマスターとは、因果なものだ ﹁何がおかしい﹂ ちらを睨む。 と、綺礼が完全に見えなくなった後、アーチャーがそう笑い声を上げ、アサシンはそ ﹁││フハハハハ﹂ いく綺礼の背中を見送った。 令呪の縛りは絶対だ。アサシンはその場で押し黙り、そのまま何も言えず館から出て も辞さない﹂と語っていた。 首だけで振り返り、綺礼は再度命令する。その鋭い視線は暗に﹁逆らえば令呪の使用 ﹁││待機していろ﹂ ﹁ダメだ ﹁少し出かける。お前は待機していろ﹂ しかし、綺礼は歩みを止めず、背中を向けたままアサシンへ言う。 ﹁マスター ! 87 ﹂ アサシンは鋭く睨むも、アーチャーはどこ吹く風だ。ニヤニヤと笑いながら続けて口 を開いた。 ﹁││して、貴様はどうする ﹂ と、その時、不意にあることが気になり、アーチャーの方を振り返った。 そう判断し、アサシンもその場から立ち上がる。 盗み、行動できる。 確認する。どうやら現在、アサシンは完全にフリーらしい。これでようやく綺礼の目を さらにアサシンは館の周囲を注意深く観察し、使い魔の類に監視されていないことも た。 だ。これで召喚からほぼ絶え間なく繋がれていた感覚共有を使われる心配もなくなっ 無論強がりだったが、事実綺礼が単独行動するのが悪いことばかりでないのも確か だ﹂ ﹁⋮⋮俺にもやらなきゃいけないことがある。監視の目がなくなったのはむしろ好都合 ? ﹁俺もこれから出かけるけど、あんたこそどうするんだ ﹂ ? ? 多少心を開かれたとはいえ、彼は人類最古の王。自分の行動対し、口を出されたこと 尋ねられたアーチャーはスッと笑みを消し、アサシンを睨む。 ﹁⋮⋮どういう意味だ 遭遇 88 が気に障ったのだろう。 真顔で尋ねられ、アサシンは若干の気恥ずかしさから頬を掻きながら答える。 ﹂ ! ││そして、部屋に残ったアーチャーは出ていくアサシンの背中を眺め、1人呟いた。 アサシンは軽く手を上げて答え、綺礼と同じように扉から部屋を出て行った。 ﹁ああ﹂ ﹁応。せいぜい足掻くのだな﹂ ﹁⋮⋮了解。じゃあ、俺も行ってくる﹂ そう判断し、アサシンも苦笑しながら席を立つ。 回りくどい言い方だが、これがアーチャーなりのエールなのだろう。 ﹁いらん気づかいだ。雑種は雑種らしく己が身だけを案じていろ﹂ そしてひとしきり笑った後、まだ苦しそうに腹を抱えながら答える。 と、楽しそうに大声で笑いだした。 ﹁││フッ。フハハハハ アサシンの返答に、険しい顔つきだったアーチャーは一瞬キョトンとし、 いとくぞ﹂ ﹁││いや、昼飯とか作っといた方がいいかなって。何か注文があれば、今から作って置 89 ﹁いまだ己が愉悦を識らぬ愚か者に、識ってなお抗う贋作、か。フッ││聖杯はガラクタ であったが、此度は良しとしよう。貴様らは我が見届けるに値する﹂ 呟きながらアーチャーも霊体化し、溶けるように館を後にした。 ││その時、ほぼ同時に地下で通信機が鳴った。 しかし、残念ながらその音にも、電話の主にも、気づくものは誰もいない。 空の館に電話のベルだけが虚しく響く。 ││その日の昼過ぎ。 冬木市市街地のマッケンジー家に身を隠しているウェイバーとライダーは近くの商 店街にやってきていた。 目当てのモノが手に入り、ご機嫌そうに鼻歌を歌うライダーを見てウェイバーは思わ ずため息を漏らす。 な買い物をしに人の多い商店街までやってきていた。 るべきである。それなのにも関わらず、彼らは今﹃サーヴァントのズボン﹄という無駄 今は聖杯戦争中、いつ狙われるか分からない。本来ならば昼間でも無駄な外出は避け ﹁⋮⋮どうして僕がお前のズボンなんか買わなくちゃいけないんだよ﹂ 遭遇 90 さらに常に周囲を警戒していなければならはずのライダーは、現在霊体化していない どころか武装さえしておらず、Tシャツ1枚とジーパンという現代のラフな格好をして いる。 ﹂ しかし、当の本人であるライダーはウェイバーの愚痴を豪快に笑い飛ばした。 ﹂ ? ﹂ ? 胸を張るライダーにウェイバーは疑いの眼差しを向ける。 ﹁ホントだな ﹁余に二言はない﹂ ウェイバーが念を押すため尋ねると、ライダーは力強く頷いた。 それがライダーへズボンを買ってやる条件だった。 ﹁⋮⋮これで本当にサーヴァントを打ち取ってくれるんだろうな 仕方なくズボンのことは目をつぶり、これからの話を持ち掛ける。 たからだ。 ところでライダーが言うことを聞かないことは、ここ数日で嫌というほど身に染みてい 思わずをそう不満を漏らしそうになったが、寸前のところで押し黙る。文句を言った ││そもそもサーヴァントなんだから出歩く必要はないだろう。 ライダーの呑気な言葉にウェイバーは眉をひそめ、再度ため息を漏らす。 ﹁はははっ、仕方あるまい。これを穿かねば外を出歩けぬのであろう ? 91 今までの行動が行動だけに、どうにも信用できなかったのだ。この自由奔放なサー ヴァントのことだ、ズボン1枚で真面目に聖杯戦争に取り組むとは思えない。 そんなウェイバーの様子が癪に障ったのか、疑り深いマスターを見てライダーも不愉 快そうに眉をひそめる。 ﹁あのな。前にも言ったが、聖杯はちゃんと余が手に入れてやる。そう急かすな﹂ ﹁急かすなって言ったって⋮⋮﹂ そう呟き、俯くウェイバーが思い出すのは昨晩のことである。 倉庫街での激闘││その結末。 自分のことを馬鹿にしたケイネスを見返してやる。その思いだけでウェイバーは冬 木の地にやってきたのだ。 ││しかし、そのケイネスはもういない。 ケイネスの操るランサーが敗退した。それもあんな少年のサーヴァントにやられて。 聖杯戦争はもう始まっているのだ。これが焦らずにいられるはず││。 と、ウェイバーが考え込みながら歩いていると、隣のライダーが上を見上げながら声 を上げた。 ﹁││っ ﹂ ﹁││そら、早速1騎見つけたぞ﹂ 遭遇 92 ! ﹂ 呑気に呟くライダーの言葉を聞き、彼も慌てて顔を上げる。 ﹁どこだ つく。 ﹂ ? そんなウェイバーを見て、ライダーは呆れたようにため息を吐いた。 言われなくても分かってるよ ﹁情けないのう。ほれ、しゃんとしろ坊主。戦うと先に言ったのは貴様であろう ﹁││う、うるさい ! が、目の前のアサシンが恐ろしいのも事実なので、ライダーから離れた後もへっぴり する。 ライダーの言葉に聞き、ウェイバーは慌ててマントから手を放し、顔を赤くして抗議 ! ﹂ その姿を見てウェイバーは思わず後ずさり、ライダーの体に隠れるようにしてしがみ あの少年のサーヴァント、アサシンだった。 赤銅色の髪に赤い聖骸布、その横顔を見間違うはずがない。今まさに思い返していた その屋上から見える人影に、ウェイバーは再度言葉を失う。 建物の多い商店街で頭1つ飛び出したその建物の屋上に確かに人影があった。 ここから100mほど先の3階建てのビル。ウェイバーもそちらを凝視すると、低い そうライダーが指さすのは商店街の建物の屋上だった。 ﹁ほれ、あそこ﹂ ! 93 腰だけは治らなかった。 無理もないだろう。昨晩は半ば無理やり巻き込まれたようなものであって、実質ウェ イバーにとってこれが初のサーヴァント戦だ。怖気づくなという方が無理な相談であ る。 しかし、このまま立ち尽くしていても埒が明かない。 ﹁││よし、行くぞ﹂ と、ウェイバーは覚悟を決め、足を震わせながらも1歩前に踏み出した。 そんなマスターを見て、ライダーもウェイバーに並んで前進し、嬉しそうに笑いなが ら言う。 かを呟いている。 である。ウェイバーたちに目もくれないどころか、どこか遠くを一心不乱に見つめ、何 これだけ近くにいるにも関わらず屋上のアサシンは、まったく地上へ目を向けないの ││が、ここで妙なことに気が付いた。 決戦が間近に迫り、ウェイバーは緊張から固唾をのむ。 ついにアサシンが屋上にいる建物の前までやってきた。 そうして警戒しながら前に進み、2人はぐんぐんとアサシンとの距離を詰めていき、 ﹁うむ、それでこそ余のマスターだ﹂ 遭遇 94 ﹁や っ ⋮⋮ 帰 っ て き ⋮⋮ か。虫 ⋮⋮ サ ー ヴ ァ ⋮⋮ も い る ⋮⋮ だ し ⋮⋮ を 連 れ 出 す の は ⋮⋮﹂ ﹂ 遠いせいで声はほとんど聞き取れないが、その不審な様子にウェイバーは首を傾げ呟 く。 ﹁もしかして、こっちに気づいてない ﹁みたいだの﹂ アサシンではないか ﹂ ! てライダーへ叫ぶ。 と、ライダーはあおろうことか大声でそうアサシンへ呼びかけた。ウェイバーは慌て ﹁││よう ! ウェイバーはそう確信し、ライダーへ合図を送ろうとしたその時、 ││この機会を逃す手はない。 れからの聖杯戦争をより有利に進めることができる。 だろう。アサシンはあの爆発を引き起こした強力なサーヴァントだ、ここで倒せればこ 何故だかは知らないが、何かに気を取られている今ならアサシンを討ち倒すのは容易 なった。 このビッグチャンスに、ウェイバーは思わず大声をあげガッツポーズを取りそうに 疑い半分で呟くと、ライダーもその意見を肯定する。 ? 95 ﹁││バカッ、何普通に話しかけてるんだよ だが、すでに手遅れだった。 向ける。 ﹂ ﹂ 間もなくアサシンの方もこちらに気づき、ギョッと目を見開きながらライダーへ顔を ! せっかくのチャンスだったのに ! を完全に無視し、アサシンへと呼びかけ続ける。 少し下りて余と話さんか ! 戦うんじゃなかったのかよ 何言ってるんだお前 ﹁そんなところで何をしておる ﹂ ! 答える。 ここはお前の生きた時代とは││﹂ ﹁別に戦う前に話してもよかろう。決戦前の問答も戦争の醍醐味であるぞ ﹁ふざけるな ? ﹁ぐっ⋮⋮﹂ ﹁││坊主もあの小僧のこと気になっていたのであろう ﹂ と、反論しようとするウェイバーを遮り、ニッと笑いながらライダーは言う。 ﹁それに││﹂ ! ﹂ そういう約束だったはずだとウェイバーが攻めると、ライダーは平然と首を横に振り ﹁はあ ! ? ﹂ ウェイバーは顔を真っ赤にして怒鳴るも、当のライダーはどこ吹く風。叫ぶマスター ﹁このバカ ! ! 遭遇 96 ? その言葉に、ウェイバーは思わず言葉を詰まらせてしまう。確かに、ライダーの言う 通り少しアサシンには興味があった。 しかし、 ﹁││分かった ちょっと待っててくれ ﹂ ! そして、アサシンの背格好を間近で目にし、ウェイバーは人知れず息をのむ。 然と姿を現した。 が、アサシンも本当にライダーと話をするつもりらしく、しばらくして2人の前に平 える。 自分のイメージしていた聖杯戦争とのギャップに戸惑いながらウェイバーは頭を抱 ﹁もう、なんなんだよお前ら⋮⋮﹂ ﹁ほう。意外と話の分かる奴ではないか﹂ 予想外の事態に唖然とするウェイバー。対するライダーは感心したように呟く。 くるようだ。 を向け見えなくなる。どうやらサーヴァントであるにも関わらず、律儀に階段を下りて と、アサシンがこちらへ手を振り、そう返事をした。そのままアサシンはこちらへ背 ! ない、そうウェイバーが言おうとした時、 ﹁そ、それとこれとは話が別だ。それにあいつが応じるわけ││﹂ 97 背はウェイバーより高いものの男性、それもサーヴァントとしてはかなりの小柄。た だ体格は良く、インドア派のウェイバーと違いがっしりとした筋肉が目についた。しか し、それは人間と比べた際の感想だ。やはりイスカンダルなどの他サーヴァントと比 べ、圧倒的にひ弱な印象は拭えない。着ているものも含め、街中、それこそこの商店街 などに紛れてしまえば、ただの人間とまったく見分けのつかない普通の少年。 それがウェイバーのアサシンに対する印象だった。 しかし、アサシンはこの細身でアーチャーの猛攻を防ぎ切り、あのランサーを倒して 見せた。ウェイバーと大して見た目の違わないアサシンがだ。 その事実に、ウェイバーは自分でも知らず知らずのうちに唇を噛みしめる。 対するアサシンは、ウェイバーの様子には気づかなかったらしく、険しい顔つきで2 あんたたち確か││﹂ 人へ話しかける。 ﹁でっ何の用だ と、アサシンが尋ねた途端、ライダーは胸を張り、再び堂々と宣言した。 ? 続けて勝手にウェイバーの紹介をするライダーへ、声を張り上げ怒鳴る。 忘れていた、ライダーはこういう奴である。落ち込んでいる暇なんてなかった。 ライダーの言葉を聞き、ウェイバーは慌てて顔を上げる。 ﹁││余は征服王イスカンダルである﹂ 遭遇 98 ﹁こっちはマスターのウェイバ││﹂ お前また勝手にっ。ホイホイ真名を明かすな ﹂ ! ﹁そう言ってもな、もうとっくにバレてるであろう ﹂ ! ? どうしてお前はそういつも勝手なんだよ ! ﹁││良くない ﹂ ﹁何、構わんさ。余の招集に応じ感謝する﹂ ﹁ライダーにウェイバーだな。俺はアサシン。残念だけどこっちは名乗れない、悪いな﹂ 語り始めた。 そして、どうやら敵対意思はないと判断したのか、アサシンはそのまま柔和な表情で んな2人を見て、アサシンが再度笑う。 と、また勝手に答えようとしたライダーに割り込み、ウェイバーは慌てて叫んだ。そ ! ﹁応よ││﹂ ﹁2人とも仲が良いんだな﹂ 言う。 そんな2人を見て、アサシンは険しかった表情を和らげ、優しそうな笑みを浮かべて 再度顔を赤くして叫ぶウェイバーに、それでもなお釈然としない様子のライダー。 ﹁なら尚更だ ﹂ が、ウェイバーに怒鳴られてもライダーはキョトンとした顔で首を傾げ呟いた。 ﹁││バカ ! 99 ﹂ 謝るアサシンの言葉を聞き、ライダーは豪快に笑って言った。そして、そのままアサ シンへ尋ねる。 ﹁サボり ﹂ ﹁ああ⋮⋮実は特に何もしてなかったんだ。ちょっとサボり﹂ きながら暴露する。 そうウェイバーは推察するも、彼の予想とは裏腹にアサシンは恥ずかしそうに頬を掻 とは、よほど重要な作業の最中だったのだろうか。 それはウェイバーも気になっていた質問だった。サーヴァントの接近に気づかない ﹁││して、貴様はあそこで何をしておったのだ ? ねる。 さらに意外な一言にウェイバーは相手が敵サーヴァントであることも忘れ、続けて尋 らサボり﹂ からこうやってブラブラと。ホントは待機してろって言われてるんだけど。⋮⋮だか ﹁あんたたちと違ってこっちはちょっとギスギスしててな⋮⋮久しぶりに監視が解けた すると、なおも恥ずかしそうにしながらアサシンはさらに語る。 予想外な一言に、思わずウェイバーはそう声を上げる。 ? ﹁おいおい良いのかよ。サーヴァントがマスターの命令を無視して﹂ 遭遇 100 ﹁バレなければ大丈夫││のはずだ。││何を悩んでるのか、どうにもこっちのアイツ ﹂ はアイツらしくないんだよな⋮⋮だから調子が狂うというか⋮⋮﹂ ﹁││ ﹂ ? 念話が入ったようだ。 ││サボっていたことがバレたのだろうか ﹁││はあ 今からか そもそもどうしてそんな所に││分かった。けど、少しか ? かるぞ。││ああ、了解﹂ ? の会話が聞こえてきた。 何となくそう思いながら、ウェイバーはアサシンの背中を見守る。その時、少し2人 ? アサシンはそうライダーの言葉を遮り、2人に背を向けた。どうやらマスターからの ﹁││悪いマスターからだ﹂ と、ライダーが答えようとしたその時、突然アサシンが眉間にしわを寄せた。 ﹁おお。余たちは││﹂ ﹁悪い。こっちの話だ。そういうあんたたちは が、アサシンも語りすぎたと思ったのか、ここで首を振り話題を変えてきた。 げる。 後半は独り言だったのだろう。その行動といい、謎の多い言動にウェイバーは首を傾 ? 101 どうやら、サボっていたのとは別件らしい。 そう話すアサシンの言葉には棘があり、顔の見えぬマスターへの苛立ちのようなもの が感じられた。本当にマスターと仲が悪いのだろう。 人の良さそうなアサシンがこれほど憎悪するなんて、一体マスターはどんな奴なのだ ろう、とウェイバーは何となく思う。 ﹂ とそんなことを考えている間に会話が終わったらしく、アサシンは再度こちらを向 き、ウェイバーたちに頭を下げる。 イダーも同じだったらしい。 一瞬の邂逅にウェイバーは何となく物足りなさを感じ押し黙る。それはどうやらラ 程急な呼び出しだったのだろう。 アサシンは短く言ってウェイバーたちに背を向け、どこかへ走り去ってしまった。余 ﹁すまん、助かる﹂ ﹁うむ、このままおっぱじめても興ざめだしの。また日を改めるわい﹂ 尋ねるアサシンに、ライダーも不満そうに眉をひそめながらも頷く。 ﹁悪い、マスターに呼び出された。続きはまた今度で良いか ? 物寂しそうに呟くライダー。珍しく、ウェイバーも同意見だった。 ﹁もう少し奴とは腹を割って話したいのう﹂ 遭遇 102 ││が、それが間違いだった。 ライダーはアサシンの去っていった方向を眺め、不意にトンデモないことを口にし た。 ﹁││そうさな、宴でも開くかの﹂ 103 邂逅 冬木市街より西へ30キロ、そこには鬱蒼とした森林地帯がある。 一見ただの原生林に見えるこの森は﹃アインツベルンの森﹄といい、森の奥には聖杯 戦争の折、彼らが毎回拠点とする巨大な城が建てられていた。 現在、その城の一室にセイバー、アイリ、舞弥が集まり、切嗣を中心に作戦会議を開 いていた。 切嗣はまず地図を開き、冬木に来るのが初めてなアイリへ各陣営や主要な龍脈の位置 ﹂ などの説明をする。長時間に及ぶ説明となったが、アイリはため息を吐きながらも最後 までしっかりと聞いてくれた。 ﹁││地勢についてはこんなところだが、何か質問は 代わりに、アイリは切嗣へ今後の方針を尋ねた。 く。どうやら質問はなく、説明は十分に伝わったようだ。 最後に切嗣が尋ねると、アイリは隣のセイバーのことを気遣った後、再度ため息を吐 ? ら ﹂ ﹁で、今後の方針だけど⋮⋮当分はキャスターを迎え撃つことに集中すればいいのかし 邂逅 104 ? ﹁ああ、それで構わないよ﹂ キャスターのことを思い出し、切嗣は眉をひそめながら答える。 まったく傍迷惑な話があったものだ。まさかキャスターがセイバーをジャンヌダル クと勘違いして付け狙うとは⋮⋮。切嗣にしてみれば、とんだ無駄足である。折角ラン サーが脱落しセイバーの呪いが完治したというのに、キャスターという不確定要素があ る限り、セイバーを矢面に立たせることができないなんて。 セイバーを万全の状態で使うためにも、早急にキャスターを討伐する必要があった。 再度作戦を確認するため、切嗣はアイリへほほ笑みかけながら口を開く。 の作戦だった。 キャスターの姿が見えたと同時にエクスカリバーを放ち、一撃で葬る。それが切嗣 バーの聖剣が街を焼く心配もない﹂ ﹁よし。キャスターが森に侵入したらすぐセイバーを向かわせるんだ。この森ならセイ ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮ええ、大丈夫。結界の綻びも見当たらないし、警報も走査もちゃんと機能するけど できたかい﹂ るまでの間、僕らはここで籠城の構えを取る。アイリ、この森の結界の術式はもう把握 ﹁今回、ここの城を使うつもりはなかったが、状況が変わった。キャスターをおびき寄せ 105 アイリは戸惑った様子で横のセイバーをチラリと見た後、たどたどしく頷いた。 ﹁え、ええ⋮⋮分かったわ﹂ と、直後誰かが異議を唱える声を上げた。 ﹁マスター、それでは足りない。こちらから打って出るべきだ﹂ しかし、切嗣は今まで通り聞こえなかった振りをし、セイバー以外の2人へ声をかけ る。 ﹁││それじゃあ解散としよう。僕とアイリはしばらくこの城に留まってキャスターの 襲来に備える。舞弥は街に戻って情報収集に当たってくれ、異変があったら逐一報告 を﹂ 空を眺めながら考える。 少し外の空気を吸おうと、切嗣は廊下を進み、前庭を眺められるテラスへ出て、夜の いだった。 溜まっているようだ。ケイネスは思いのほか強敵で、起源弾まで使用するギリギリの戦 部屋を出て、切嗣は廊下で思わずため息を吐く。昨晩、ケイネスとやり合った疲れが の後に続いた。 切嗣の言葉に舞弥はよどみない返事を返し、席を立つ。切嗣自身も資料を片付け、そ ﹁わかりました﹂ 邂逅 106 ⋮⋮あと残り5騎。それですべてが終わる。 しかし、いずれも強敵だ。ランサー1騎にさえ追い詰めらた。ケイネスの実力を考え ると、あの場でアサシンにランサーがやられていなければ、セイバーはしばらく腕1本 で戦わなければならなくなっていたかもしれない。 しかし、ランサーのいない今も厳しい現状は変わらず、キャスターを倒せない限り、セ イバーは他陣営より不利な立ち回りを余儀なくされる。 仮にキャスターを落とせても後に控えるは4騎⋮⋮気の遠くなるほど、長い戦いだ。 と、そんなことを考えている時、背後からアイリが声をかけてきた。 ﹂ ? ﹁イリヤは⋮⋮城にいるあの子は、どうするの ﹂ 抱かれながら、アイリは困惑した様子で切嗣へ問う。 この先の長い戦いを思うと、そうせずにはいられなかったのだ。 るか ﹁││もし僕が今ここで、何もかも放り出すと決めたら││アイリ、君は一緒に来てくれ 切嗣は口を開こうとするアイリを抱きすくめ、思わず弱音を漏らす。 しかし││ここが切嗣の限界だった。 セイバーのことだろう。口を開くアイリは不満そうに眉をひそめていた。 ﹁切嗣、あなたは││﹂ 107 ? ﹁戻って、連れ戻す。邪魔する奴は殺す。それから先は││僕は、僕のすべてを僕らのた めだけに費やす。君と、イリヤを護るためだけに、この命のすべてを﹂ 切嗣は、自身も自分が何を言っているのか分からないまま、必死にそう訴えた。 アイリは何も答えない。 切嗣は││弱くなった。 彼は9年前の衛宮切嗣ではない。もう彼は失うものの何もない、ただ無慈悲に﹃正義﹄ を執行するだけの存在ではないのだ。 愛する人を見つけた。守らなけらばなら人たちが出来た。 それが切嗣の心を追い詰めている。セイバーを受け入れる余裕がないほどに、ギリギ リの瀬戸際まで。 私たち﹂ そんな切嗣の様子を察したのか、アイリは切嗣へ無意味な問いを投げる。 ﹁逃げられるの しかし自分でも分かっていた。それは、 切嗣は即答する。 ﹁逃げられる。今ならば、まだ﹂ ? アイリは優しく、しかし残酷に指摘する。 ﹁││嘘﹂ 邂逅 108 ﹁それは嘘よ。衛宮切嗣、あなたは決して逃げられない﹂ 分かってた││あの島の決意からすでに││切嗣の選択肢はとうの昔に失われてい る。 衛宮切嗣は﹃正義の味方﹄ではない自分を許せない。もし、その道を外れるようなこ とがあれば、外れた自分を﹃正義の味方﹄としての自分が認めず、断罪するだろう。 だが、それでも願わずにはいられなかった。 もしも││僕が世界を敵にまわして、君とイリヤを護ることができたのなら。 正義の味方な自分と、ただの1児の親としての自分に板挟みになり壊れそうになりな がら、切嗣は必死にアイリへしがみつく。 アイリもすべてを察したように、そんな切嗣のことを祈るように││ と、そんな時、アイリが唐突に体を強張らせた。 ﹂ 切嗣はすぐに事態を把握し、弱い自分を押しのけ、冷血な暗殺者としての仮面を被る。 ﹁││早速かい ﹁舞弥が発つ前で幸いだった。今なら総出で迎撃できる。││アイリ、遠見の水晶球を をかける。 ならば、うじうじしてなんていられない。切嗣は自分の意思を切り離し、引き金に手 尋ねると、アイリは黙ってうなずいた。 ? 109 用意してくれ﹂ 切嗣の指示にアイリは悲しそうに頷き、テラスを後にした。 そして、4人は再び部屋の一室に集合し、アイリを中心に水晶球を覗き込む。 そこには森を行くキャスターと、そんな彼の周りを付いて歩く10人あまりの子供の 姿が映っていた。 子供たちの姿を見て、切嗣はキャスターの思惑を察し、やられた、と唇を噛む。 ﹁人質⋮⋮でしょうね。きっと﹂ 俯きながらそう漏らすアイリ。すると、案の定セイバーが声を上げ提案した。 ﹁宝具を打てばあの子どもたちまで巻き込みます。私が直接出向いて救出を﹂ 胸を張るセイバーに対し、切嗣は何も言えない。 これこそ、切嗣の恐れていた事態だった。間違いなくあれは罠だ。作戦としてはこの まま子ども諸共聖剣で塵に返すのが最も効率的で安全だろう。しかし、セイバーは絶対 にそれを良しとはしない。切嗣が命令したところで聞きはしないだろう。実行するた めには令呪を持って命ずるしかないが、流石にそれは惜しい。 何にせよこれで最大の武器であるエクスカリバーは封じられてしまった。 黙る切嗣の代わりにアイリがセイバーへ命令する。 ﹁セイバー、キャスターを倒して﹂ 邂逅 110 ﹁はい﹂ セイバーは短くそうとだけ答え、城を飛び出した。 すぐにセイバーはキャスターを捕捉し、戦闘が始まるだろう。そうなってしまえば、 ただの人間である切嗣たちにできることは少ない。 ﹂ ││が、事態はさらに深刻化する。 ﹁││っ ﹁なあ、本当に行くのか ﹂ 走りながら、アサシンは綺礼へ問う。 ンの森に侵入した。 そして、その新手である綺礼とアサシンは、キャスターから少し遅れてアインツベル 悪化するばかりの戦況に、切嗣はなす術もなく立ち尽くす。 ﹁ええ、あなたの予想通りよ。││どうやら新手が来たみたい﹂ めながら答えた。 その行動が意味する不吉な予感に切嗣が眉をひそめると、アイリも苦しそうに顔を歪 と、セイバーが出撃して直後、アイリが再度体を強張らせたのだ。 ! 111 ? ﹁無論だ﹂ 即答する綺礼を見て、アサシンはため息を吐く。 しかし、アサシンが呆れるのも無理はないだろう。彼がこの森にやってきたのはつい 先ほど、念話で呼び出されたこの場所へやってくると、綺礼は理由も告げずに走り出し てしまったのだ。 走りながら綺礼はようやくアサインへ行動の理由を話し始める。 ﹁今からお前には、アインツベルン城に侵入してもらう﹂ ﹂ 呆れるアサシンを無視し、綺礼続ける。 ﹁あんた、この半日そんなことしてたのか⋮⋮﹂ ﹁日中私が調査した所、市外には衛宮切嗣がいる可能性が極めて低いことが確認された﹂ しかし、綺礼は躊躇なく頷いた。 は最終手段だ。 の工房に籠り、外に出てきた敵を叩くというのが聖杯戦争のセオリー。魔術工房の攻略 魔術師の拠点はサーヴァントさえ攻略困難な要塞である。そのため、マスターは自分 綺礼の言葉を聞いてすぐ、アサシンは思わず聞き返す。 ﹁⋮⋮正気か、あんた ? ﹁よってこの森の城に伏している可能性が最も高い。そこを狙うのだ﹂ 邂逅 112 平然と綺礼は言うが、とても正気の沙汰とは思えない。前からおかしな奴だとは思っ ﹂ ﹁私は││衛宮切嗣に会う。会って問う﹂ ﹁⋮⋮は ﹂ ていたが、今回ばかりは理解さえできず、たまらずアサシンは尋ねる。 ﹂ ﹁城に侵入してどうするのさ。セイバーとでも戦えばいいのか ﹁お前はそれで構わない﹂ じゃああんたは ? アサシンの問いに綺礼は、こうはっきりと答えた。 ﹁俺は ? ﹁⋮⋮まさか、それだけか ﹂ 綺礼の行動は例えるなら、臨戦態勢の城へ戦う気もないのに剣を携え、交渉へ行く、と まったく意味が分からない。 綺礼の様子にアサシンは、どうやら嘘ではないらしいと理解する。理解するが⋮⋮ 前にした猟犬のようだ。 綺礼は答えながら、進行方向を食い入るように見つめる。その様子はまるで、獲物を ﹁ああ、それこそが私の目的だ﹂ ? ンは続けて尋ねる。 綺礼の答えを聞いて拍子抜けし、思わずそう声を上げてしまう。信じられず、アサシ ? ? 113 言って突っ込むようなものだ。 完全に支離滅裂。相手が応じるはずもなく、無駄に戦い逃げ帰るのがオチだろう。飛 んで火にいる夏の虫とは正にこのことである。 しかし、そこは本人も一応理解しているらしい。 ﹁そんなことすれば││﹂ ﹁ああ、殺し合いになるだろうな﹂ と、尋ねるアサシンへ、綺礼は平然と頷き答えた。 とだろう﹂ ﹁だが、それで構わない。生死のやり取りは口頭よりもなお雄弁に奴の在り方を語るこ ﹂ ? ﹂ ﹁⋮⋮本気で言ってるのか ? 障をきたす。 が衝突すれば、どちらもただでは済むまい。そうなれば、アサシンの今後の計画にも支 もし、このまま綺礼を切嗣に会わせてしまえば、本当に殺し合いになるだろう。2人 分がどう説得したところで絶対に綺礼が引かないことも。 その顔を見て、アサシンはその言葉が本心なのだと否が応でも理解する。そして、自 再度、真顔で答える綺礼。 ﹁冗談にでも聞こえたか 邂逅 114 それだけは何としても避けなければいけなかった。アサシンとしては綺礼をこのま ま行かせるわけにはいかない。力ずくでも止めなければ⋮⋮止めなければいけないの だが、何故だかアサシンは綺礼を説得する気になれなかった。 死地へと自ら赴く綺礼の表情はなんだか││少し前の自分に似ている││何となく そう思ったから。 ││もしかしたら俺も、桜からこんな風に見られていたのかもしれない││そう思う と、何も言えなくなってしまった。 そうして少し黙った後、代わりに綺礼へその理由を問う。 ﹂ それとも││﹂ ﹁⋮⋮あんた、会って何を尋ねるんだ ﹁⋮⋮戦う意味を﹂ ﹁それは聖杯戦争か ? そ ? の目的を追い求める巡礼の旅こそ、あの破壊活動だったのではないか ならば、 ﹃魔術 去、 ﹃魔術師殺し﹄として活躍していた奴には、己が目的がなかったのではないか ﹁衛宮切嗣は、間違いなく私と同類だ。死地へと赴く強迫観念。自滅的な行動原理。過 し始めた。 尋ねるアサシンには目もくれず、綺礼は進行方向を一点に見つめ、己が内面を吐き出 ﹁どちらもだ﹂ ? 115 ? 師殺し﹄としての活動をやめた奴は、その﹃答え﹄を得たのだ。己が生きる目的を。空 虚な自分の生きる意味を。││私はそれを問いたい。問うて知りたいのだ﹂ 顔を歪め、息を吸うことさえ苦しそうに語る綺礼の様子は、まるで祈るように神へ問 いかける聖職者の様だった。 その言葉、告白を聞きアサシンは、納得してしまった。 同時に、今まで感じていた違和感、その全てが払拭される。あっちの綺礼とこっちの 綺礼が完全に重なった。 ││答えを探す││それが、 ﹁⋮⋮それがあんたの望みなんだな﹂ その答えを知っているかもしれない男がいる。ならば、どんなに説得しても無駄だろ う。例え、その行為で命を落とそうと、いや落としてもなお、言峰綺礼は止まらない。 ⋮⋮しかし、悲しいことにその予想は││間違いだ。 生前の衛宮切嗣を知っているアサシンは、綺礼の言葉を聞き、思わずこう呟いてしま う。 ﹂ ﹁││多分それは思い違いだと思うぞ﹂ ? アサシンの一言を聞き、森に来て初めて綺礼はアサシンの顔の方を振り返る。 ﹁何 邂逅 116 ﹂ そして、訝しげに顔をしかめ、何かを尋ねようとした。 マスター、森に誰かいる が、ここで時間切れだ。 ﹁やはりお前、何か││﹂ ﹁││っ ! ﹂ ? ││何故、戦場に子どもが た。多分、子どもだろう。 走りながらさらに戦況を凝視すると、2騎のサーヴァント以外にも小さな人影が見え ﹁あれはキャスターか の本を手に持った大男。奇抜なその恰好を目にし、アサシンは眉をひそめる。 片方はセイバー。臨戦態勢のようで、見慣れた甲冑を身に着けている。対するは何か て、今まさに対面している2騎のサーヴァントを捉える。 アサシンが捉えたのはまだここから数百メートル先、強化した視力で木の間を縫っ を戻した。 綺礼の言葉を遮り、アサシンは叫ぶ。綺礼も敵の気配を察したのか、進行方向へ視線 ! さらに爆散した子どもは魔物へと姿を変えセイバーを拘束する。 ││爆散した。 アサシンがそう首を傾げたその時、1人の子どもがセイバーにしがみつき、次の瞬間 ? 117 ││キャスターの仕業だ。 ﹂ そう理解したアサシンはこみ上げてくる怒りをそのままに綺礼へ怒鳴る。 マスター ! しかし、アサシンにも譲れないことがある。 言峰綺礼は止まらない。それはアサシンもよく分かっていることだった。 て強行するかもしれない。 ここでごねたところで綺礼は命令を覆さないだろう。下手をすれば、また令呪を使っ アサシンはサーヴァント。令呪がある以上、マスターに逆らうことはできない。 ﹁くっ⋮⋮﹂ ﹁││命令だ﹂ ﹁ふざけるなあいつは││﹂ しかし、 それはあの悪党に加勢しろという命令だ。それだけは聞き入れることができない。 ﹁好都合だ。キャスターと共にセイバーを足止めしろ、アサシン﹂ しかし、当の綺礼は眉1つ動かさず、むしろこの局面を喜ぶ様に言った。 ﹁あいつっ、人質を ! その命令は││衛宮士郎として││聞き入れるわけにはいかない。 ﹁⋮⋮なら﹂ 邂逅 118 と、代わりにアサシンは綺礼告げる。 その後もセイバーは並みいる怪物を一撃の元に粉砕し、次々と一刀両断にしていく。 力の放出だけで吹き飛ばした。 とに成功していたが、それも一瞬。セイバーはまとわりつく怪異を歯牙にもかけず、魔 実力差は明らかだ。一時、キャスターは人質を使いセイバーを罠にはめ、拘束するこ 言って、あまり良くなかった。 そして、今まさにキャスターと激闘を繰り広げているセイバーの戦況は││率直に 2人はそのまま何も言わず、お互いの戦場へ赴いた。 ならば、これ以上話すこともないだろう。 ││それでいい。 が、止めはしなかった。 ﹁⋮⋮ふん、好きにしろ。セイバーさえ足止めできればそれでいい﹂ 無謀な賭けを口にするアサシンを綺礼は鼻で笑う。 1人で2騎のサーヴァントの相手をする。 句ねえんだな﹂ ﹁なら俺が1人でセイバーの足止めをする。││キャスターを倒した上で。それなら文 119 キャスターの怪異はセイバーの足止め程度にしかならない。 しかし、セイバーがいくら切ってもキャスターの怪異││その数が減らないのだ。 れる。 正確無慈悲に放たれた剣の矢によって、一瞬セイバーとキャスターとの間の視界が晴 そんな時││突如、赤い閃光が怪異の群れを薙ぎ払った。 先にセイバーの魔力が尽きかねなかった。 と、その歯痒さからセイバーは唇を噛みしめるが、現状は変わらない。このままでは ││宝具さえ使えればこの程度⋮⋮。 エクスカリバーを封じている。今の位置から打てば、背後の城を巻き込みかねない。 が、キャスターは常に自分と切嗣たちのいる城が直線になる位置に陣取り、セイバーの いるように見えて、なかなかどうして曲者のようだ。自覚があるかどうかは分からない ならば、エクスカリバーですべてを塵に返せばよいのだが、あのキャスター、狂って は何百、何千もの怪異に阻まれ、キャスターに届かない。 怪異が無尽蔵ならば││きっと、あれがキャスターの宝具なのだろう││セイバーの刃 キャスターの怪異はセイバーを足止めする程度にしかならない。しかし、もしもその 悪くなるばかりの状況に、セイバーは思わず顔を歪める。 ﹁く⋮⋮﹂ 邂逅 120 ││それだけで十分だった。 この一瞬の隙を見逃すセイバーではない。すぐさま全力の魔力放出を行い、障害の消 えた森をキャスター目がけ一直線に駆ける。そのスピードはまるでジェット機。 肉の壁を越えられたキャスターにセイバーの聖剣を防ぐ手立てはなく、 ││浅い ﹁流石はジャンヌ。どうやら準備が足りなかったようですね。││邪魔者も現れたこと 浮かべ、セイバーへ笑いかける。 魔導書を拾い終わったキャスターは、痛みなど感じないかのような穏やかな微笑みを ││そうキャスターも悟ったのだろう。 チェックメイトだ。 できる。 は満身創痍。さらに2人の立ち位置は変わり、これで心置きなくセイバーは宝具を使用 振り返るセイバーに対し、キャスターは残った片腕で落ちた魔導書を拾うも、その体 すぐにセイバーはそう悟る。が、それで十分であった。 ! 同時にキャスターは悲鳴を上げた。しかし、 セイバーの一太刀がキャスターの魔導書を腕ごと切り落とす。 ﹁⋮⋮覚悟はいいな。外道﹂ 121 待て ﹂ ですし、今宵はお開きといたしましょう﹂ ﹁││っ ! 森から姿を現したアサシンを見つけて、セイバーはそう声を上げ、頭を下げる。 ﹁アサシン﹂ がその姿を見せる。 セイバーの予想は正しく、キャスターと入れ違うように先ほど怪異を薙ぎ払った英霊 ヴァントは他におるまい。 あの正確な弓術。アーチャーが弓を使わぬこの場において、あんな芸当のできるサー 追いかけても無駄だろう。そう悟ったセイバーは代わりにある方向へ視線を向ける。 ターが森から完全に消えたのか、間もなく怪異たちの姿も溶けてなくなってゆく。 そして、怪異に気を取られている隙にキャスターの逃亡を許してしまった。キャス 未だ消えぬ怪異の群れに行く手を阻まれ、奥歯を噛みしめる。 ﹁く⋮⋮﹂ が、 霊体化して逃げようとするキャスターにそう叫び、セイバーは切りかかろうとする ! ﹁礼を言うのは早いぞ、セイバー﹂ ﹁すまない、助か││﹂ 邂逅 122 しかし、感謝を口にするセイバーに対し、アサシンはそう首を振った。 ﹂ ? ! セイバーも剣を構え、叫ぶ。 アサシン ! 対する切嗣は、最悪の事態、最悪のタイミングで登場した正体不明の宿敵に、顔を歪 ﹁衛宮、切嗣﹂ 待ち望んだ邂逅に、綺礼は己が感情を制御することも忘れ、口角を吊り上げ呟く。 ││時を同じく、場所はアインツベルン城。 ﹁望むところだ。来い ﹂ その申し出を無下にできる騎士王ではない。 これ以上ないほど堂々とした、文句のつけようのない宣戦布告だ。 助けられた上に1対1の勝負を所望とは、ランサーとの闘いは邪魔をされたものの、 双剣を構えるアサシンの申し出に、セイバーは快く頷く。 ﹁悪い。俺はお前を││ここで討つ﹂ 取り出し、こう宣言した。 が、それも一瞬。まもなく、アサシンは決意の籠った表情でどこからともなく双剣を 首を傾げるセイバーに、アサシンは苦しそうに顔を歪める。 ﹁アサシン 123 ませ叫んだ。 ﹂ ! こうして、サーヴァント、マスター。双方宿命の戦いが早くも切って落とされる。 ﹁言峰、綺礼っ 邂逅 124 宿敵 前編 ﹂ ! だが││それでいい。 う。 このままではアサシンの危惧した通り、問答を行う前に殺し合いになってしまうだろ をかける。 しかし、綺礼と違い、切嗣に話し合う意思がないようである。彼は腰の短機関銃に手 この時を待ちに待っていたのだ。自制など綺礼の頭にはもうなかった。 同じく綺礼の名を叫び、こちらを見下ろす切嗣を見て、綺礼は思わず笑みを浮かべる。 その視線の先に、衛宮切嗣は待ち構えるようにして立っていた。 見上げる。 とらず、堂々と正門から城に潜入したのである。綺礼はその1階から、2階の踊り場を 場所は門を入ってすぐ、城内の大広間。城までたどり着いた綺礼はろくに隠密行動も 2人はお互いの名前をそう呼び合う。どうやら自己紹介は不要のようだ。 ﹁言峰、綺礼 ﹁衛宮、切嗣﹂ 125 宿敵 前編 126 と、綺礼はほくそ笑み、己も懐から黒鍵を取り出し、構える。 元より尋常な話し合いを望めぬことは承知の上だ。 会えば殺し合いになる。ならば││殺し合いの中で、衛宮切嗣の本質を、探し求めて いた答えを││見つけ出せばいい そして、城内で銃声が響いた。 ││ならば次はこちらの番だ。 そして数秒後、残弾が切れたのか銃弾の雨が止んだ。 切嗣の内面へ思考を巡らせ、綺礼は笑う。 捨て、火器を使い続けるとは││やはり、そうでなくてはならない。 しかし、やはり瞬間火力では魔術に劣る。にもかかわらず、魔術を習得してなおそれを 確かに銃は優れた武器だ。同威力の魔術と比べ、圧倒的に手間もコストもかからない。 ││なるほど、初撃に銃弾を選択するとは、噂通り魔術師としてはあるまじき男だ。 た。 べてを撃墜する。そうして、銃弾を防ぎながら綺礼は一心不乱に目の前の男を分析し しかし、綺礼はまるで臆せず、淡々と両手に持った6本の黒鍵を巧みに操り、そのす げる人間は稀だろう。 逃げ場のない屋内での制圧射撃。遮蔽物のないこの場において、この銃撃を生身で防 ! 127 銃撃が止むと同時に、綺礼は片手に持っていた3本の黒鍵を放つ。 銃弾とさして変わらぬスピードで投げられた黒鍵を││切嗣は予想していたのか身 を逸らすだけで躱した。 しかし、初めから躱されることは承知の上だ。残弾が尽きたのならば、リロードに時 間がかかるはず。 そう考えた綺礼は黒鍵を放ったと同時に残りの黒鍵を構え、態勢の崩れた切嗣へ向け 駆ける。 だが││﹃魔術師殺し﹄はここまでの流れをすべてよんでいたのだろう。残弾が尽き たのだと思われていた短機関銃を、崩れた態勢のまま構え、再度放つ。 ││銃撃をやめたのはブラフ 銃弾の直撃で若干勢いを削がれ、その間に切嗣も態勢を立て直していたが、構うこと 間もまく銃撃も止んだ。今度こそ弾切れだ。 銃弾の雨の中を、構わず直進する綺礼。 特殊な繊維と呪符によって防弾加工が施されているからだ。 しかし、弾丸は直撃したものの綺礼の体を傷つけるまでには至らない。綺礼の法衣は 衝撃が綺礼の全身を襲った。 すぐに気付き、綺礼は駆けながら両腕で顔をガードする。そこから少し遅れ、銃弾の ! はない。綺礼は構えた黒鍵で、直接相手へ切りかかる。 切嗣はこれを懐から取り出したナイフで防いだ。 その後、2度3度と綺礼は黒鍵で切り付けるが、そのすべてを切嗣はナイフ1本で防 ぎきる。 ││ほう、接近戦もできるのか。 と、そのナイフ捌きを見て、綺礼は思わず感嘆した。 その一瞬の隙を突き、今度は切嗣がもう1歩懐に入り込み、ナイフを突く。 黒鍵は本来投擲武器であり、接近戦には向いていない。その上柄が長く、ここまで踏 み込まれれば、刀身の短いナイフの独壇場だ。また、防弾使用の法衣も斬撃には弱い。 ナイフの切っ先が、綺礼の懐に迫る。 しかし││ここまでが言峰綺礼の思惑通りだった。 綺礼は切嗣がナイフを持つ腕とクロスするような形で、先ほど黒鍵を放ち空いていた ﹂ 片腕を絡める。 ! そう、黒鍵による投擲も、刀身による斬撃も、すべてがブラフ。 今更気づいたところでもう遅い。 直後、今までポーカーフェイスを貫いていた切嗣が驚愕の表情を浮かべた。しかし、 ﹁││っ 宿敵 前編 128 綺礼本命は││この磨き上げた肉体から放つ、八極拳である。 綺礼は腕を絡めたと同時に身をかがめ、密集するように切嗣の懐に潜る。そのまま黒 鍵を持った方の腕の肘を彼の鳩尾めがけ放った。 攻守一体の1撃。腕を絡まれた時点で認識できても、絶対に反応は追いつかない。ま さに一瞬のうちに放たれた不可避の1撃だ。 だがここで奇妙なことが起きる。 固 有 時 制 御 2 倍 速 ﹂ 腕を絡まれる寸前、危険を察知した切嗣が、こう呪文を紡いだのだ。 ﹁Timealter││double accel ﹂ ? その視線を受け、思わず綺礼は笑みを零した。 様子で綺礼のことを睨んでいる。 切嗣は先ほどと同じく距離を取り、機関銃の銃弾を補充していた。その間も、剣呑な そう思いながら、綺礼は目の前の男を眺める。 く、それが奴の魔術なのだろう。 絶対に避けられるはずのない攻撃が空を切り、綺礼は眉をひそめる。通常の倍速で動 ﹁││何 られた腕を払って後退する。 瞬間、切嗣の体が通常の2倍で動き、本来反応できるはずのない肘突きに対応。絡め ! 129 宿敵 前編 130 ││待ち望んだ同胞との邂逅。 ││拮抗する実力。 これこそ、綺礼の望んでいた戦闘││のはずだった。 しかし││何かが妙だ。 その違和感から、綺礼は死力を尽くせずにいた。 ││例えば先ほど。腕を絡められた切嗣は倍速で動き、綺礼から距離取った。しか し、あの刹那、捨て身であと1歩踏み込めば、綺礼は致命傷を負わせる1撃を放てたの ではないか を引き抜いていれば、あるいは勝負が決まっていたのではないか ││まさか、本当に思い違いだとでもいうのかっ⋮⋮。 そして、脳裏に浮かぶのはあのアサシンの一言。 せた。 ない。なにやらしきりに背後を気にしているようだが、それが綺礼を意味もなく苛立た さらに今、こちらを睨む切嗣の目にも覇気がなく、まるで目の前の敵に集中できてい ? た瞬間、綺礼は倍速で動かれたことに驚き、大きな隙が生じていた。その一瞬にその銃 なっている。しかし、その腰にはもう1丁銃が顔をのぞかせていた。先ほど距離を取っ ││例えば現在。距離を取った後、切嗣は自分からは仕掛けず、こうして睨み合いに ? 131 その焦りから、綺礼は苛立ちを隠せずにいた。 いつの間にか切嗣は装填を終えている。 しかし、変わらず自らは打って出ず、銃口を向け、綺礼をけん制していた。 まるで、背後の何かを護るように。 ││そんなに背後のものが気になるのか 明るく照らす星のようだ。 らの彼女には思わず見とれてしまうほど雄々しい輝きがある。その姿はまるで、夜空を あちらの最終決戦で対峙したどこまでも深く暗い圧倒的な威圧感はないものの、こち に打ち震える。 長い緊張状態の中、アサシンはかつての相棒を目の当たりにし、今更その凛とした姿 はセイバーも同じなのだろう。 アサシンはセイバーのそのあまりにも隙のない構えを前に責められずにいた。それ 否、動けない。 そこではセイバーとアサシンがお互いに剣を構え、どちらも1歩も動かない。││ そして、場所は移り、郊外の森。 ならば││と、綺礼は苛立ちからある危険な賭けへと打って出る。 ! どこまでも眩しい、出会って間もない頃の姿のままな彼女を見て、アサシンは││ ﹁││どうしたアサシン。戦う前に考え事とは、よほど自信があるようだな﹂ と、アサシンの心境を見透かし、セイバーがそう声を上げた。 決戦前でさえ礼儀を忘れないその誇り高い姿に、アサシンは思わず頬を緩める。 そうだ。アサシン││衛宮士郎は││心のどこかでこの時、この瞬間を、 あるのはただ││こみ上げてくる興奮のみ。 絶望的な状況。しかし、アサシンの胸には不思議と後悔も焦りもなかった。 そんな相手と今、1対1で対立している。 ギリギリ掴んだ勝利だ。実力で優っていたとは思えない。 最終決戦ではライダーと2人がかりでようやく倒せた。それも危うい賭けに勝って マスターの時は足元にさえ及ばなかった。 る相手だ。 相手は本気のセイバー。忠告されるまでもなく、全身全霊を持ってしてなお、余りあ アサシンは気持ちを切り替え、目の前の騎士王を睨む。 ││が、確かになれ合いはここまでだ。 アサシンの言葉の意味が分からなかったのか、セイバーはそれを聞き、首を傾げた。 ﹁悪い、セイバー。││お前にはいつも助けられてばかりだ﹂ 宿敵 前編 132 ││待ち望んでいた ﹂ ! ! ﹂ ! だが、流石は剣の英霊。動揺しながらもその剣戟は完璧だった。 撃、と重ねて斬撃を振るう。 セイバーも完全に決まったと思っていたのだろう。動揺した様子で続いて、2撃、3 必中だったはずの聖剣がアサシンの双剣にあっけなく弾かれる。 驚きはどちらのものだったろうか。 ﹁││っ ││しかし、 無防備な懐。不可視の剣。この突きを防ぐことは衛宮士郎には不可能だ。 苦虫を噛み潰すアサシンに、セイバーはさらに返す刃で喉元へ切っ先を突きつける。 分かっていたことだが、アサシンとセイバーでは実力に天と地ほどの差がある。 ﹁││くっ﹂ しかし、対するセイバーはその刃を虫でも払うかのように難なく受ける。 吐き出すように、全力で双剣を叩きつけた。 次の行動予想、回避のための体制確保││その一切をかなぐり捨てて、己がすべてを 踏み込んだ。 ﹁││はっ 133 アサシンの隙を突く見事な連撃。常人には目で捉えることさえ不可能な早業。当然、 アサシンもその太刀筋を見極められない。 ││しかし、またも聖剣は双剣によって防がれる。 捉えることすら不可能はずのセイバーの太刀筋を、まるで予知してかのように先回り し、難なく弾く。 アサシンの剣戟は平凡だ。とてもセイバーの猛攻を2度も防げる技量ではない。 アサシン自身もそれが分かっている。はじめの1撃以外は受けるので精一杯。完全 に防御に専念していた。それも1撃1撃を全身全霊で辛うじて防ぐような防御だ。1 撃目は防げても、これでは続く刃を返せない。 ││しかし、さらに2度、3度、と攻防を重ねてなお││アサシンは倒れなかった。 攻撃を防がれたセイバーは驚いた様子で目を見開く。 そんな彼女を見て、アサシンは自然と口から笑みを零した。 アサシンの剣技は借り物だ。その得物も、この剣製も、ある英霊から盗んだ偽物でし かない。しかしそれでも、 ││戦えている。あのセイバーと。 その実感がアサシンの力となる。 ﹁││ぐっ﹂ 宿敵 前編 134 すでに30余りもセイバーの剣を受け、アサシンの体は悲鳴を上げる。││あともう 30手、それ以上は受けられない。ここがアサシンの限界だ。 しかし││限界など超えればいい。 ││頭を回せ。余分な思考は捨てろ。そして掴むのだ。残り30手の内に、30手先 の生存を││。 そしてまた30手、アサシンはセイバーの剣を受ける。そこから更に30手先の生存 を勝ち取るために。 実力差は歴然だ││しかし、アサシンは絶対に倒れない。 それをセイバーも感じ取ったのだろう。 むけつにしてばんじゃく ように双剣を投げる。 左右から同時に、それぞれ最大の魔力を込めた1投。セイバーの首めがけ、弧を描く 後退したセイバーめがけ、アサシンは双剣を放る。 ﹁││鶴翼、欠落ヲ不ラズ﹂ しんぎ だが││それこそ、アサシンの待ち望んでいた瞬間だった セイバーもまた本気を出すため。風の鞘に納めた聖剣を開放するために。 そう呟き、アサシンから1歩引く。 ﹁⋮⋮認めましょう。貴方は素晴らしい騎士だ﹂ 135 ﹁││なっ ﹂ アウト ﹁同じ武器⋮⋮ ちから その直後、 や ﹂ ま を ぬ き と、双剣を受け止めながら驚くセイバー。 ! ける。 その1言と共に予め用意しておいた干将莫邪をもう1度創り上げ、セイバーへ切り付 ﹁││凍結、解除﹂ フリーズ アサシンは武器を手放し、無刀のままセイバーの元へ駆け、 防がれた。││だが、それも想定の内だ。 防がれようと手元に戻るはずの双剣は、軌道を狂わされセイバーの背後へ落ちる。 襲い来る干将と莫耶を撃墜、容易に軌道をずらす。 ││しかし、驚きはしたもののセイバーは当然の様にその攻撃を防いだ。左右同時に 防戦一方だったアサシンの突然の反撃に、セイバーは思わず声を上げた。 ! ﹂ ! 未来予知じみた直感で、セイバーは背後から飛翔した干渉を躱した。 ﹁なっ⋮⋮ あり得ない角度からの奇襲がセイバーを襲う。 ﹁││心技、泰山ニ至リ﹂ 宿敵 前編 136 その隙を突き、アサシンは莫耶を叩きつけ││ み ず を わ か つ ﹂ ! ﹂ ! 時間が凍りつく。 バーによって打ち砕かれた。 そのこれ以上ない無防備な胸元へ、残った干将を叩きつけ││最後の1撃さえ、セイ 神業めいた反応速度をもって、背後からの奇襲を再び避けるセイバー。 ﹁くっ⋮⋮ は自動的に戻ってくる。 磁石のようにお互いを引き寄せる性質を持ち、アサシンの手に干将がある限り、莫耶 干将莫邪は夫婦剣。 2度背後から飛翔する1刀、莫耶だ。それは投擲し、先ほど弾かれた1度目の双剣。 ﹁もう1つ⋮⋮ 更なる布石は打ってある。 ﹁││心技、黄河ヲ渡ル﹂ つるぎ だが、 ││流石はセイバーだ。背後からの奇襲と、全力で放った1撃を同時に防ぐなんて。 セイバーの聖剣に砕かれる。 ﹁っ││﹂ 137 1秒に満たない刹那、アサシンとセイバーはお互いの状態を確認する。 ││アサシンは限界。4度に及ぶ猛攻を防がれ、その手は空拳。 ││セイバーは限界。無防備な状態で追撃し、その先はない。 お互いに手詰まりだ。 どちらも無防備さを曝け出したまま、1秒後に元へ戻る。 せいめい りきゅうにとどき されど││アサシンの手には、その先が用意されている││。 ││唯名、別天ニ納メ。 ﹂ 。 3度目の投影に、セイバーの表情が凍る。 ﹁セイバー││││││ ともにてんをいだかず ! 防御も回避も不可能な斬撃の重ね合わせ。 ││これこそ鶴翼三連。この腕の持ち主が編み出した、必殺の絶技である。 その無防備な体へ、アサシンは双剣を振り抜いた。 ││両雄、共ニ命ヲ別ツ⋮⋮ われら !!! ﹂ しかし││その先があったのは、アサシンだけではなかった。 ストライク・エア ! ﹁なっ││﹂ セイバーの一命と共に、聖剣から暴風が吹き荒れる。 ﹁││風王鉄槌ッ 宿敵 前編 138 予期していなかった反撃をアサシンはもろに受けた。 崩れた姿勢のまま無理やり開放したため、暴風はセイバーさえ巻き込み、2人は別々 の方向へ吹き飛ばされる。 ││黄金の輝きを放つ。 ﹁さあ、決着をつけよう﹂ さらにその手に持つ剣は風のベールを解き、 と、立ち上がり、聖剣を構えるセイバーの姿があった。 ﹁││見事な連撃だった、アサシン﹂ は││。 不屈の闘志を燃やし、アサシンはセイバーの飛ばされた方向を睨む。すると、そこに 負は終わっていない。 ││届かなかった。衛宮士郎の││腕の英霊の││全力が。しかし、まだだ。まだ勝 受け身を取りながら着地し、アサシンは悔しさから奥歯を噛みしめる。 ﹁くっ⋮⋮﹂ 139 宿敵 後編 アインツベルン城の大広間にて対立する綺礼と切嗣。 お互い軽く数手交えた後、浮かび上がった疑念を晴らすべく、綺礼は切嗣へと突っ込 んだ。 綺礼と切嗣の間は約20メートル。ただ走って近づくにはあまりに遠すぎる間合い だ。 しかし││構うものか。 まっすぐに駆ける綺礼へ、切嗣は冷静に銃口を向け、短機関銃を放った。 それに対して綺礼は││回避せず、ただ黒鍵で顔を覆うのみで防ぐ。 ﹂ ! う1丁を引き抜き構える。 それを見て、機関銃は効果がないと判断したのだろう。切嗣はその銃を捨て、腰のも だが、綺礼は衝撃などものともせず、切嗣目指し直進する。その勢いは全く衰えない。 黒鍵に加え、僧衣も防弾使用とはいえ、銃弾の衝撃は相当なものだ。 捨て身ともいえる特攻に、切嗣は驚いたように目を見開いた。 ﹁││っ 宿敵 後編 140 141 そんな切嗣を眺め、綺礼もまた走りながら思考を巡らせる。 ││銃弾が防がれたのを見て新たな銃を引き抜いたということは、そちらの銃は黒鍵 と僧衣に対し有効であると判断したということだ。ならば、次に放たれる銃弾は黒鍵と 僧衣を貫くほどの威力があるだろう。 しかし││構うものか。 次の攻撃は防げない。そう悟ってなお綺礼は直進する。 あと切嗣まで10メートル。この距離ならば、綺礼は2歩で詰められる。 そして、切嗣の拳銃が火を噴いた。 綺礼の回避は間に合わない││元より回避するつもりもない。 更に1歩踏み込んで、迫りくる凶弾に対し綺礼は受けて立つように左手の黒鍵をぶつ ける。 渾身の力を込めた1撃。しかし、なおも銃弾は止まらない。 ││だが、それは綺礼も分かってた。 綺礼は続けて、間髪入れずに銃弾へ││己の右腕を振りかざす。 弾丸と衝突し、軋みを上げる右腕。そこから更に腕を捻り、クンフーの相手の拳を受 け流す技を応用し、銃弾を体の中心から逸らした。 銃弾は綺礼の拳から入り、方向を曲げられ、体内を通って肘の先から後方へ抜ける。 これで片腕が使えなくなった。しかし││構うものか。 こうして最後の1歩。 ﹂ 銃弾をその身に受けながらも綺礼は││切嗣の目の前までたどり着いた。 ﹁││っ アイリ ﹂ 死を覚悟していたのか。切嗣はしばらく呆けた後、 ﹁なっ⋮⋮﹂ 綺礼は目の前の宿敵を無視し、更に後方へと駆け抜ける。 しかし││構うものか。 拳銃を放ったばかりの切嗣に、綺礼の拳を防ぐ手立てはない。勝負ありだ。 クンフーの使い手に接近を許し、戦慄する切嗣。 ! ! ! ││しかし、綺礼はこの賭けに勝利した。 どこにもない。 城内の間取りは不明。そもそも、本当に切嗣が頑なに守ろうとした何かがある保証は 切嗣を突破した綺礼は、尋常ではないスピードで城内を駆ける。 ││だがそのわずかなロスが、この男の前では致命的だった。 綺礼の思惑に感づき、そう叫びながら、追い抜いて行った宿敵の背中を追う。 ﹁││っ 宿敵 後編 142 ﹁││むっ﹂ 思わぬ方向から狙撃され、綺礼は身をかがめ眉をひそめる。 銃弾が飛んできたのは進行方向。未だ後方にいるはずの切嗣からの攻撃ではない。 ならば││いるのだ。城内に第3者が。切嗣が気にかけた何者かが。 だが、自分の予想が当たったというのに、綺礼の表情は暗い。 その苛立ちを向けるように、銃撃のあった方法へ走る。 廊下の角を曲がるとそこには、黒髪の女がいた。 切嗣と同じ機関銃を構え放つ女に対し、綺礼は特に何もせず突っ込み、僧衣のみでそ の銃撃を防いだ ﹂ ﹁なるほど、そこか﹂ その時、無残に廊下を転がりながら女は、ある部屋のドアを目で追った。 と、悲鳴を上げ、黒髪の女はあっけなく後方へ吹っ飛ぶ。 ﹁ガッ││﹂ そんな女へ、綺礼は容赦なく無事な方の左拳を振りかざした。 る黒髪の女。 まさか直撃を受け、なお前進されるとは思わなかったのだろう。驚愕の表情を浮かべ ﹁││なっ ! 143 ﹁││っ ﹂ ﹂ そこには││銀髪の女がいた。 その部屋のドアを開ける。 自分の失態に気づいた黒髪の女は這いながら綺礼の行く手を阻もうとするが、構わず ! ? かっ その光景を見て、切嗣は息をのみ、綺礼へ叫ぶ。 その時、丁度よく切嗣が駆けつけてきた。 苦しそうに突っ伏す銀髪の女の首を掴み、引き上げる。 確証はない。だが、どちらにせよ、言峰綺礼のやるべきことは1つだ。 ! ま さ か │ │ ま さ か こ ん な も の が │ │ 衛 宮 切 嗣 の 気 に か け て い た も の だ と で も い う 礼は唇を噛みしめる。 銀髪の女の様子、さらにそんな彼女を必死に守ろうとした黒髪の女の行動を見て、綺 かは知らないが、すでに満身創痍だ。 その銀髪の女は現在、苦しそうに口元を抑えながら床に突っ伏している。何があった この女は知っている。先日港にいたアインツベルンのホムンクルスだ。 予想外な人物に綺礼は眉をひそめる。 ﹁││何 宿敵 後編 144 ﹁何をしている アイリたちを離せ ああ、この女のことか﹂ ! ﹂ ! ﹁この女がどうしたというのだ ﹂ そう呟き、不愉快に感じながらも手元のアイリを見る綺礼。 ﹁アイリ ? だが、 ﹁⋮⋮何が目的だ﹂ 切嗣はそう、人質を取った綺礼へ容易に歩み寄る。 ? それが綺礼をさらに苛立出せた。乱暴な口調で、綺礼は尋ねる。 ﹁私の望みはたった1つだ。貴様は何のためにこの戦いに臨んでいる ﹂ 綺礼は切嗣に、この女など気にせず、女諸共自分へ向け発砲して欲しかった。 ならない。 ││衛宮切嗣はもっと非道な人間のはずだ。彼を愛する者も、彼が愛する者もいては 認められず、綺礼は心の中で自分の推測を必死に否定する。 だが││ありえない。いや、あってはならない。 しかし、尋ねるまでもなく、切嗣の表情を見て、綺礼は気づいた。気づいてしまった。 待ち望んでいた、同胞への問いかけ││そのはずだった。 綺礼は険しい表情の切嗣へ向け、問いかける。 ? 145 答えろ そんなことを尋ねて何の││﹂ 貴様の望みは何だ ﹂ ! ﹁⋮⋮ ﹁││御託はいい ! ﹁ぼくはそのために戦っている﹂ 真顔で答える切嗣。 もちろんそんな戯言、到底信じられるはずもない。 ﹁はっはっはっ、面白い冗談だ││本当のことを言え 再度問う綺礼。 しかし、衛宮切嗣は答えない。 ﹂ ! だが、その沈黙が言葉よりも雄弁にすべてを物語っている。 それでも信じられず再度尋ねるが、返ってくるのは沈黙のみ。 ? ﹂ 少しの間の後、切嗣は意外なほどあっさりと、そう答えた。 ﹁││恒久的、世界平和﹂ しかし、 そう答えてほしかった。 ││望みなどない。 焦れる切嗣へ、綺礼は叫ぶ。 ! ? ﹁まさか⋮⋮事実なのか 宿敵 後編 146 切嗣は悲し気な表情を浮かべ答える。 ﹁⋮⋮ああ、その通りだ﹂ ﹂ その戯言のためにこ ││ならば、綺礼にとって、最早戦いなどどうでも良かった。手に持っていたアイリ そんなもの子供の戯言だ ││まさか貴様 の首を離し、さらに叫ぶ。 ﹁ふざけるな ! れまでの人生を││あの途方もない徒労を己に課していたとでも言うのか ! ﹁そうか⋮⋮なら│││貴様はここで死ね 時 制 御 2 倍 ﹂ 速 叫び、残った片腕で素早く黒鍵を取り出し、放つ。 有 切嗣もそれを予期していたのだろう。 固 ! ! ﹁Time alter││double accel ﹂ 綺礼は壊れたように笑いながら、目の前の切嗣を睨む。 れていった。││しかし、そんなことはどうでもいい。 その間に黒髪の女が足元で苦しそうにせき込むアイリへ歩み寄り、2人で部屋から離 あまりの事実に呆然と立ち尽くす綺礼。 言峰綺礼は、相容れぬ真逆の人間なのだと。 わせていたにも関わらず、愚かにも切って捨てたのだと。結末は同じでも、衛宮切嗣と 同胞だと思っていた男は、綺礼が生涯を賭け探した悲願を、至福を、初めから持ち合 ! ! 147 呪文を唱え、倍速となり躱す。 だが、避ける切嗣へ││綺礼は更に踏み込んだ。 ﹂ ﹂ ││手榴弾だ。切嗣が落ちていった窓の枠に引っ掛けられていたのである。 そのとき││思わぬ角度からの強襲が綺礼を襲った。 間髪入れずに綺礼もその後を追い、壊れた窓から中庭へ飛び降りる。 では殺せず、そのまま後方へ吹っ飛び、廊下の窓から中庭へ落下する。 切嗣はその拳を寸前のところで手に持っていた機関銃でガードした。しかし、勢いま そして、綺礼の拳が切嗣へ刺さる。 常人の5歩を1歩で詰める異常な歩法で瞬く間に綺礼は間合いを詰めた。 相手が倍速で動くというのなら││それすらも凌駕した速度でこちらも動けばいい。 それを見た切嗣が驚愕の表情を浮かべ、叫ぶ。 ﹁何っ ! ! 先へ先ほど銃弾で壊滅した右腕を振り、自ら突き刺す。 飛びのいたばかりで無防備な綺礼。避けることは不可能だ。仕方なく、ナイフの切っ そこへナイフを構えた切嗣が突っ込んできた。 驚きながらも、綺礼は爆破の寸前でそれを避け、中庭に着地する。 ﹁││ぬっ 宿敵 後編 148 ﹁││ぐうっ ﹁そうだ ﹂ 私と貴様の戦いは雌雄を賭したものでなくてはならない ﹂ お互いに追い詰められた状況で、綺礼は己の枷が完全に外れ、邪悪な笑みを浮かべる。 フ、と立て続けに武装をなくし、残されたのは己が魔術礼装である拳銃のみ。 ││また切嗣も追い詰められている。無傷ではあるものの、短機関銃、手榴弾、ナイ 不能になるだろう。 ││綺礼は重症だ。このまま戦闘を続ければ腕が完全に壊死し、回復魔術でさえ再起 再度、10メートルほどの間隔を空けて対面する両者。 捨て身の強襲を防がれた切嗣は悔しそうに顔を歪めながら後退する。 しかし、これで切嗣のナイフは腕に深く刺さり、抜けなくなった。 ただでさえ重症だった腕にナイフが刺さり、綺礼は思わず悲鳴を上げる。 ! ! ! 憤怒にその身を焦がし、宿敵へ叫ぶ。 でなければ、この身には届かぬぞ ! さあ、 ﹁││命を賭けろ ﹂ 衛宮切嗣の在り方を、言峰綺礼は認めない。絶対に。刺し違えてでもこの者を殺す。 最早、聖杯戦争など知ったことか││この者を殺せれば、それでいい。 叫びながら、綺礼は黒鍵を構えた。 ! 149 黒鍵を放ち、同時に跳躍した。最後の拳銃を構える切嗣へまっすぐと。 黒鍵は切嗣を囲うように投擲した。切嗣は左右に逃げられない。 そして、正面には綺礼。 銃弾を放てば、同時に黒鍵が突き刺さる。 銃弾を放たなければ、綺礼の拳が懐に届く。 殺った││双方が共に確信する。 殺られた││双方が同時に理解する。 共に必殺を確約された拳と銃身とが││。 元より、アサシンに││衛宮士郎に││できることなど1つしかない 敵を。過去の││未来の││自分を。 今のアサシンには絶対に敵わない││ならば、超えればいい、今この場で。目の前の ││しかし、諦めるわけにはいかない。ここで死ぬなんて許されない。 あれは彼らの知る限り、最強の剣だ。 あの聖剣にアサシンは││この腕の英霊は││絶対に敵わない。 解放された聖剣を前に、アサシンは愕然とする。 ﹁││さあ、決着をつけよう﹂ 宿敵 後編 150 トレース オ 手を伸ばす。 手を伸ばす。 手を伸ばす。 ン 届かないなどゆるされない。 届かない。 弾かれるわけにはいかない。 弾かれる。 ││構成材質、不明。 ││基本骨子、不明。 自分では理解できないと理解した。 構造を解明しようと試み、理解した。 ﹁ぎ││くう、う、あああ、あ││﹂ しかし、 ならば││その聖剣を一寸違わず複製して見せよう。 立ちはだかるは最強の聖剣。 この身に許されたたった1つの呪文を唱え、アサシンは目の前の聖剣を睨む。 ﹁││投影、開始﹂ 151 焼き切れる眼球、焼き切れた脳神経のまま、伸ばして、伸ばして、伸ばして、伸ばし て││││││ 届け││ 届け││││ 届け││││││ 届け│││││││││││││││││││││││。 ││そして、いかな奇跡か、ここに幻想は結ばれ剣と成す。 ﹂ ! 蓄積された年月までは再現できなかった。 成長に至る経験に共感したものの、 制作に及ぶ技術は到底模倣できず、 構成された材質は憶測、 基本となる骨子はでっち上げ、 創造の理念を鑑定し、 だが││ 無理もない。彼の手には、セイバーの聖剣に瓜二つの剣が握られていたのだから。 アサシンの手に表れた剣を見て、セイバーは驚愕の表情を浮かべた。 ﹁││なっ 宿敵 後編 152 あらゆる工程を凌駕し尽くし││できたのは張りぼての偽物だ。セイバーの聖剣に は遠く及ばぬ劣化品。 だが、その剣もまた、紛れもなくエクスカリバーだった。 そして、2騎はお互いの聖剣を天へ掲げる。 エ ク ス 星の光を束ね、セイバーが真名を開放した。 ﹁約束された││﹂ エ ク ス カ リ バー 己が生み出しだ贋作を信じ、アサシンも叫ぶ。 ﹁││永久に遥か﹂ 光り輝く二振りの聖剣。 ﹂ そして、今まさに2振りの聖剣が振り下ろされようとした││その時、 ﹁││両者、剣を納めよ ﹂ ﹁││なっ ! ﹁ようセイバー、久方ぶりよのう。アサシンは昼以来か﹂ 唖然とする2人へ乱入者││ライダーは笑いかける。 思わぬ乱入者に、2人は思わず同時に構えを解いた。 ﹂ ﹁えっ││ ! ││2騎の間を戦車が駆け抜けた。 ! 153 貴様は騎士の果し合いを何だと││﹂ 呑気にあいさつをするライダーを見て、セイバーは鬼の形相で詰め寄り叫ぶ。 ﹁ライダー、また貴様か ﹁何 ﹂ ﹁だがな││そんな場合でもなくなったらしいぞ﹂ 真剣な面持ちで口を開く。 もなく、今度こそ仕留めようと剣を構えようとしたその時、ライダーが突然笑みを消し、 しかし、2度にも渡り果し合いを邪魔されたセイバーがそんなことで引き下がるわけ ライダーは2人へそう笑って言う。 ﹁そう怒るなセイバー。アサシンも。先の競い合い、まことに見事であったぞ﹂ ! ﹁││っ しまった 爺さん ! ﹂ ! ﹂ 叫びながら、アサシンは2人に背を向け、城の方へ駆ける。 ! そこでようやくアサシンはあることに気づいた。 首を傾げるセイバーに、ライダーは黙って城の方を顎で示す。 ? ! ﹁やれやれ、世話の焼ける奴らよのう﹂ 2人に置いて行かれてしまったライダーは呆れたように肩をすくめ、 決闘をすっぽかされたセイバーもそう言って、慌ててアサシンの後を追う。 ﹁貴方まで⋮⋮待て、アサシン 宿敵 後編 154 と、まんざらでもなさそうな様子で2人の後をゆっくり追った。 ││そしてアインツベルン城。 綺礼と切嗣││拳と銃身とが交わる瞬間、 ﹂﹂ ││2人の目の前に剣の雨が降り注いだ。 ﹁﹁││っ ﹂ ! ! 浮かべ、アーチャーは姿を現した。 サーヴァントの分際で私の戦いを邪魔するつもりか ! た。 激怒する綺礼。しかし、対するアーチャーは彼の予想とは反し、つまらなそうに答え ﹁貴様っ ﹂ と、綺礼の呼びかけに特に悪びれる様子も見せず、むしろそんな楽しそうな高笑いを はないか﹂ ﹁フハハ。そう怒るな、綺礼。││少し見ぬ間に、随分とらしい顔をするようになったで ﹁││アーチャーっ 果し合いの邪魔をされた怒りをぶつけるように綺礼は叫ぶ。 こんなことをする者を、綺礼の知る限り1人しかいない。 突然の襲撃に2人は同時に立ち止まる。 ! 155 ﹁フン。貴様らがいくら殺し合おうが我は知らん。存分に暴れるが良い﹂ ﹁ならば││﹂ それは││﹂ ﹁だがな、今回は別だ。││甚だ不本意だが、臣下の誠意には答えねばならんのでな﹂ ﹁何 ﹁││っ、申し訳ありません、我が師よ。この償いは││﹂ そう愛弟子へ諭すように言う時臣の姿を見て、綺礼はようやく我に返り、頭を垂れる。 を持って優雅たれ││それが我らの信条だ﹂ ﹁やれやれ、激昂し我を忘れるとは君らしくもない。君にも教えただろう││常に余裕 驚く綺礼を見て、その人物は優雅な微笑みを浮かべ、こう言った。 思わぬ人物の登場に、綺礼は今度こそ怒りを忘れ、目を見開く。 と、その人物はゆっくりと姿を現した。 ﹁││仲裁。感謝いたします、王よ﹂ アーチャーの意外な一言に、そう綺礼が首を傾げたその時、 ? 分を戒め、深く頭を下げる。 本来なら破門されても仕方のない失態だ。その寛大な時臣の処置に綺礼はさらに自 だったのだろうと理解している。事前に相談してくれなかったのは遺憾だがね﹂ ﹁│ │ 何、気 に す る こ と は な い。君 の こ と だ。我 々 が 有 利 に な る こ と を 期 し て の 行 動 宿敵 後編 156 ﹁⋮⋮ありがとうございます。しかし、このような場所に師自らお越しとは﹂ ﹂ ? ﹂ ! ﹂ ? 疑わしそうな眼差しを向け問う切嗣に対し、璃正は柔らかな表情のまま、しかし厳粛 ﹁というと 話し合いの席を持ちたい﹂ ﹁その通りだ、アインツベルンの番犬よ。そのことで君たちアインツベルンも交え、1度 警戒しつつも臨戦態勢を解く切嗣へ、璃正は笑みを称えながら言う。 ﹁聖杯戦争の監督役までお越しとは⋮⋮よほど重要な事案のようだ﹂ その驚きは、切嗣も同じだったようだ。拳銃を仕舞い、神妙な面持ちで尋ねる。 ﹁父上 その人物を見て、綺礼は思わず声を上げる。 と、時臣の言葉に割って入り、更にもう1人の人物が姿を現した。 ﹁││その通りだ、綺礼﹂ ││しかし、事態はこれで終わらなかった。 なく、綺礼は首を傾げる。 ここは敵の本拠地。そんな場所へ当主自ら足を踏み入れるほどの事態に心当たりが ﹁不測の事態⋮⋮ですか ﹁ああ、少々不測の事態が起きてね﹂ 157 な態度で口を開く。 ﹁今朝、教会へ匿名の投稿があった。曰く││﹂ と、神父は聖杯戦争の根幹に関わる、その内容を口にする。 ││これより、聖杯戦争は次の局面を迎える。 ││こうして運命は回り、舞台は反転した。 アーチャーだけが、口角を吊り上げ笑っていた。 告白した神父でさえ暗い表情を浮かべる中、 時臣は悲痛な面持で俯く。 切嗣は呆然自失となり、 驚愕の内容に綺礼は言葉を失い、 ﹁冬木の聖杯は││汚染されている﹂ 宿敵 後編 158 会合 現在、綺礼は怒りに震えていた。 己が願いを踏みにじった衛宮切嗣を必ず亡き者にすると決意した矢先、その戦いへ横 やりを入れられたから││ではない。 未だ切嗣への怒りは収まらず、今すぐにでもあの男へ襲い掛かりたいが、それとこれ それは私のだ ﹂ ﹂ ﹂ とは話が別だ。父上の制止、それも教会の仕事となれば、綺礼は一切の不満を漏らさず、 甘んじてその意向に従う。 ﹁あら。この料理、本当においしい。ね、舞弥さん﹂ ﹁ええ、マダム。食後のデザートが楽しみです﹂ ﹁こちらのワインもなかなか。どうですかな、時臣くん﹂ ! だから現在、綺礼がアインツベルン城の一室で頭を抱えているのは、 ││ところでどうだ、ライダー。我の酒は ﹁││これはおいしい。アサシンの料理はどれも││アーチャー ﹁お前の物は我の物 ! ﹁うむ、まさに格別。極上の酒だな、これは││坊主も飲んでみるか ! ﹁いや⋮⋮ぼくは⋮⋮。てゆうか、よく敵が出した酒を飲めるな、お前⋮⋮﹂ ? ? 159 ﹁はい、神父。ライダーといったか。敵ながらいい趣味をしている﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ││この無秩序な現状にだった。 何故こうなった⋮⋮。 若干既視感を覚える状況に頭を抱え、綺礼は数十分前のことを思い出す。 ﹁││聖杯は汚染されている﹂ そう告げた後、はじめに動いたのはやはり監督役の璃正だった。 璃正は至るところに戦闘の爪痕を残す中庭の中心へ歩み出て、経典を説くように声を 張り上げ、集まった彼らへ語った。 ﹁これは由々しき事態である。もしもこの情報が真実ならば聖杯戦争の存続さえ危うい だろう﹂ ﹂ 璃正の言葉に綺礼を含む何人かの者がうなずいた。そのうちの1人である切嗣が問 いかける。 ﹁その情報の信憑性は ? のだ。こと冬木の聖杯について、君たちは我々より詳しかろう。││あちらにいるアイ ﹁当然低い。が、無視することもできん。その事実確認をアインツベルンへ依頼したい 会合 160 ンツベルンのマスターと話をしても││﹂ ﹂ ! ﹂ ? よ。我らはアインツベルンの者と話がしたい。よろしいか ﹂ ﹁うむ⋮⋮非常時につき、その件については何も言うまい。では、セイバーのマスター そんな彼を見て、璃正も眉をひそめながら頷く。 シラを切るのは不可能と判断したのだろう。切嗣は顔を歪めながらも正直に答えた。 ﹁⋮⋮ああ、本当だ﹂ ﹁なんと。それは本当かね したためか、璃正は驚いた様に目を見開いた。 そんな普段の息子らしくない表情を見て驚いたか、それとも捨て置けない情報を耳に なかなかどうして面白い。 動揺する切嗣を見て、綺礼は自身の口角が緩むのを感じた。この男が苦悩する姿は、 ﹁││っ す。どうやら、愚かにも謀っていた様子﹂ ﹁誠に遺憾ながら、あちらのホムンクルスでなく、こやつこそがセイバーのマスターで する。 と、璃正が提案しようとしたその時、綺礼は遮るように声を上げ、空かさずこう指摘 ﹁││父上﹂ 161 ? 当然応じてくれるものだと璃正は思っただろう。 しかし、 と、黙ったきり切嗣は首を縦に振らなかった。さらにその視線は監督役の璃正ではな ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ く、綺礼の方を向いていた。 教会の言いなりにはならない、という意思表示だろう。 ││そうでなくては。 綺礼もそれに答え、切嗣を鋭く睨む。 璃正がそんな2人の事情を察してか、 と、息子窘めようとしたその時、彼らの目の前へ割って入る影があった。 ﹁綺礼、今は一大事だ。少し││﹂ アサシンとセイバーだ。 ﹂ アサシンは中庭へ駆け込むと血相を変え叫んだ。 ! 対するセイバーはアイリスフィールへ歩み寄り、肩を貸していた。 堂々と姿をさらし、叫ぶ。 よっぽど慌てていたのだろう。アーチャーや監督役、さらに敵である切嗣の目の前へ ﹁││無事か 会合 162 そんな彼らを見て、綺礼はほくそ笑む。 ││これは好都合。 ﹁戻ったかアサシン。では、令呪を持って命ずる││﹂ ││セイバーを討て。 余を抜きに集まりおって。何を騒いでおるのだ ﹂ ? そう言おうとしたその時、 ﹁││おおい ﹂ ! いや、待ってください ! ﹂ そう笑い、綺礼は自ら戦いの火ぶたを切って落とそうと懐へ手を入れた、その時だ。 ││願ったり叶ったりである。 誰かが少しでも不穏な動きを見せれば、一気にこの中庭は戦場と化すだろう。 話 し 合 い ど こ ろ で は な い。い つ 一 斉 に 4 騎 が 激 突 し て も お か し く な い 状 況 だ っ た。 まさに一触即発。 勢に入ってしまう。 した様子で身構えた。こうしてついに綺礼と切嗣だけでなく、璃正を含む全員が臨戦態 武装した戦車で豪快に中庭へ突っ込むライダー。そんな彼に対し、中庭の面々は警戒 と、さらに2人の間へライダーが割って入り、綺礼は慌てて口を紡ぐ。 ﹁っ ! ﹁││うわぁ、待て待て待て ! 163 と、またも邪魔が入った。 小さい影が場違いな悲鳴を上げ、慌てた様子で戦車から転げ落ちる。その様子にライ ダーを睨んでいた誰もが眉をひそめ、綺礼は心の中で舌打ちをした。 ﹂ そんな中、影、ウェイバーは必死な様子で中庭のマスターたちへ叫んだ。 必死な形相で訴えるウェイバー。 ﹁ぼ、ぼくたちは戦いに来たんじゃないんです どうやら嘘ではないらしく、 酒樽だ。 と、ライダーも短く頷き、何かを抱えながら戦車を下りた。 ﹁応よ﹂ ! ﹂ そのライダーの突拍子もない行動に誰もが首を傾げる中、彼らを代表し、セイバーが 凛とした声で尋ねた。 ﹂ ? 一献交わしに来たに決まっておるだろうが ? ﹁ライダー、貴様何をしに来た ﹁見てわからんか ? 同様だ。 平然と答えるライダーを見て、セイバーはうんざりした様子で嘆息した。ほかの者も ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 会合 164 緊迫していた場の空気が一瞬にして緩んでいく。すっ呆けたライダーの態度を目に し、皆戦意を保てなくなったのである。 最早、一戦交える空気ではない。 ││余計なことを と、綺礼が苦虫を噛み潰す中、アーチャーが楽し気に笑いながら告げた。 ! ﹁おお、話が分かるではないか ﹂ ﹁まあ、状況が状況ですから││﹂ その一言だけで時臣はすべてを察したらしく、悲痛な面持で頷いた。 ﹁時臣くん﹂ この皮肉な現状に呆れたのか、璃正は苦笑しながら問う。 イダーの申し出はとてもありがたいものだったはずだ。 杯の中身を確認する前に聖杯戦争が終了してしまっていただろう。監督役としてはラ このまま緊迫状態で4騎が対面しては、何が起こったか分からない。下手をすれば聖 自由奔放な2人に呆れながらも、安心したように胸をなで下ろす璃正。 早くも意気投合する暴君たち。 ! らはその雑事を片付けておけ﹂ ﹁ちょうど良いではないか。我はこの雑種と杯を交わすとしよう。時臣、その間に貴様 165 ﹁うむ、あい分かった。これより監督役権限を行使する。現時刻をもって、聖杯戦争は無 期限休止とする﹂ 聖杯戦の休止。 この突然の勧告を聞き、綺礼は歯がゆさから奥歯を噛みしめた。セイバー、切嗣、時 臣も同様の様だ。こうなっては、監督役の前で今宵の決着をつけるのは不可能だろう。 それどころか、このまま聖杯戦争が再開されない可能性さえある。 そんな彼らは無視し、続けて璃正はアイリスフィールへ向け告げる。 ﹁では、アインルべルンよ﹂ ﹁ええ、こちらへ。どこかの代行者に少し荒らされてしまいましたが、大広間以外は無事 ですので﹂ と、城の中を手で示すアイリ。そこへ席を設けるつもりだろう。言葉には若干綺礼へ の棘が感じられたが、当の本人は素知らぬ顔を貫いた。 そうして、重苦しい空気の中、皆が移動しようとしたその時、 ﹂ ﹁││じゃあ、俺も準備を手伝うよ﹂ そう、その少年が提案したのだ。 それがすべての始まりだった。 ﹁││酒の席ならつまみが必要だろ ? 会合 166 167 ││こうして、今に至るのである。 ライダーの酒と共に、アサシンの料理が部屋へ運ばれてきた途端、場の空気が一変し た。 欝々としていた面々が顔を上げ、食事を口にした途端笑みを浮かべる。挙句の果てに はこの体たらくである。 この場には最早、話し合いの席にふさわしい厳粛な雰囲気はなく、その装いは会合と いうより宴のそれに近かった。 厳格な聖職者である綺礼はこの現状に頭を抱える。 ││そもそもサーヴァントとマスターが同じ食卓を囲う事自体がおかしいのだ。父 上はともかく、わが師まで何故その事実に気づかない⋮⋮。 ちなみに当のアサシンは調理中で、まだ厨房に閉じこもっている。直接本人へ文句を 言えない現状もまた、綺礼のイライラを加速させていた。 さらに、この場の空気に馴染めずにいる人物が綺礼の他にもう1人。衛宮切嗣もま た、不愉快そうに眉をひそめていることにも腹が立つ。よりにもよって、あんな奴と同 じリアクションを取ってしまうとはっ⋮⋮。 ││もう我慢ならん。 そう綺礼が立ち上がろうとした、その時。 ﹁ふふっ。派手にやったな。綺礼﹂ と、隣の璃正が話しかけてきた。アインツベルン城に単独で侵入した件についてだろ う。 その瞬間、綺礼は自分の感情を殺し、厳格な聖職者の顔に戻って頭を下げる。 ﹁⋮⋮申し訳ありません。しかし││﹂ ﹁よい。それより、腕は大丈夫か﹂ せんでしたが、傷は塞ぎました﹂ ﹁⋮⋮抜かりはありません。この場では簡素な術しか使えぬため、完治にまでは至りま そう呟き、璃正は神妙な面持ちで俯いた。その普段の父らしからぬ様子に、綺礼は首 ﹁そうか⋮⋮﹂ を傾げる。 それと同時に璃正はこう言った。 ﹁⋮⋮綺礼よ。不謹慎ではあるが、今宵のお前の激情を見て、正直私はほっとした﹂ しかしそれは││﹂ ? 璃正は厳格な求道者だ。試練による信仰を良しとし、私利私欲による行動を何よりも 監督役としてあるまじき発言に戸惑う綺礼。 ﹁父上 会合 168 嫌う。そのため、今回の綺礼の単独行動は璃正の最も嫌悪する類いのもののはずだっ た。 綺礼の知っている璃正ならば、例え息子に対してだろうとこんな慰めの言葉はかけな い。 そんな彼の心境を察してか、璃正はこう続ける。 ﹁⋮⋮しかし、それは⋮⋮﹂ しかし││ も、今回それを満たすために行動したことも。 確かに、璃正の言葉には覚えがあった。聖杯戦争へ本腰を入れられない空虚な自分に 微笑む璃正。対して、それを聞く綺礼の表情は暗い。 前の面影を見た。私はそれがうれしい﹂ ﹁││それが今宵、以前の、己が信仰を確かめるように激しく試練を求める、かつてのお ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ り、どこか空虚に見えてな﹂ 魔術の修練は欠かさず、信仰にもより一層腰を入れるようになっていたが⋮⋮以前よ と時の老いぼれの戯言だとでも思ってくれ。⋮⋮ここ数年、確かにお前は良くやった。 ﹁分かっておる。であるから、これは監督役としてではなく、私個人としての言葉だ。ひ 169 醜悪だ⋮⋮。 綺礼は己が望みのためのみに今回動いた。 我欲は不浄であり、愉悦は罪悪だ。 聖職者として、到底容認できる行いではない。ましてや、私怨など⋮⋮。 そんな息子の心情を知ってか知らずか、璃正は表情から笑みを消し、厳しく自身の行 動を自ら否定する綺礼へ言い放つ。 ﹁││その通りだ。であるから深く悔い改めよ﹂ 綺礼は何も返せない。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ うなだれる綺礼を見て、璃正は反省したとでも思ったのか、満足げにほほ笑んだ。 しかし、 ││違うのです、父上。 と、綺礼は強く拳を握る。 自分は父が思っているような、立派な人間ではないのだと。 だが璃正は、綺礼の葛藤には気づかず続けてこう言う。 ﹁││っ それは⋮⋮﹂ ﹁それに状況は苛烈を極めている。教会の意向によっては⋮⋮﹂ 会合 170 ! 璃正の示唆した内容に、綺礼は顔を上げ、気を引き締め直す。 教会は冬木の聖杯を認めない。それでも、これまで教会が聖杯戦争を容認してきたの は、一重に魔術協会との衝突を避けるためだ。僻地の聖杯より、協会との全面戦争にな る危険を重要視したのである。 しかし、今回もたらされた情報により、その均衡が崩れるかもしれない。 教会は冬木の聖杯を認めない。今回の件をきっかけに、もしも教会が方針を改めれば ││。 ﹁⋮⋮注意いたします﹂ ﹁うむ﹂ 頷く綺礼を見て、璃正も厳格な態度で答える。 話はそれだけのようだ。 顔をのぞかせる自身の悪性と、父の求める正しき信仰に板挟みになり、綺礼は身動き が取れなくなってしまう。切継は憎い。しかし、その行動を父は、信仰深い自分は許せ ない。 ││ならば私はっ⋮⋮ そして、会話の終わった璃正は食器を置き、宴の終わりを告げた。 しかし、いくら悩んだところで答えなどでないことだけは、綺礼も知っていた。 ! 171 ﹁││では。食事の途中だが、そろそろ始めようではないか諸君﹂ 監督役の一言と共に、食事をしていたマスターたちが顔を上げる。セイバーも関心が あるのか璃正の方を向いていた。 対してライダー、アーチャーは我関せず、と言った様子で目もくれなかった。 2騎のことは構わず、璃正は懐から手紙のようなものを取り出し、続ける。 ﹂ ﹁この矢文が教会へ放たれたのは今朝のことだ。矢文には先に述べた通り、聖杯が汚染 されている、という旨のことが書かれている﹂ 綺礼の指摘に、璃正もゆっくりと頷く。 とには、何か意味があるはずである。 の主は﹃失われた﹄または﹃故障した﹄と記すはずだ。そこをあえて﹃汚染﹄としたこ だ。もし、聖杯自体が壊れ、機能を果たさなくなっていることを教えたいのなら、矢文 ﹃汚染﹄ということは、少なくとも現在聖杯は健在なのだろう。機能も生きているはず 思ったのがそれだったからだ。 気持ちを切り替え、早速綺礼は疑問を璃正へぶつける。璃正の言葉を聞き、はじめに ﹁⋮⋮﹃汚染﹄というのはどういった状態なのですか ? り込み、本来の機能とは異なる働きをするようになった、と述べておる﹂ ﹁うむ。この矢文の主によると、聖杯は前回の戦争、第三次聖杯戦争において異物が混ざ 会合 172 ﹁なるほど⋮⋮それで﹃汚染﹄ですか﹂ ﹂ 納得し、そう呟いた後、綺礼は続けて問う。 ﹁では、その異物というのは ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ン リ マ ユ ﹃この世すべての悪﹄ですって ﹂ ! の文を放った人物は聖杯戦争の関係者か、それに類する者なのだろう。聖杯戦争、それ 確かに、前回召喚されたサーヴァントの名を知っているということは、少なくともこ 璃正の言葉に、綺礼も黙って頷く。 この情報が、この文を無下に扱えない要因でもある﹂ ﹁その通りだ、アインツベルン。これは前回、貴殿らが呼び出したサーヴァントの名だ。 璃正も悲痛な面持ちで続ける。 ちらへ意識を向けた。 彼女の他に時臣もその名を聞いて険しい表情で俯き、アーチャーとライダーが一瞬こ それはアインツベルンにとって、余程衝撃的な内容だったようだ。 その名を聞いた途端、アイリスフィールは叫び、テーブルを叩いて身を乗り出した。 ﹁││っ ! ﹁││﹃この世すべての悪﹄││それが異物の名だ﹂ ア 綺礼の問いに対し、璃正は躊躇するようにそう一呼吸置いた後、その名を口にした。 ? 173 も何十年も昔の前回を知っている者となるとその数は少ない。 アイリスフィールも動揺を隠せない様子で首を振る。 ﹁ありえないわ⋮⋮。だってあのサーヴァントは⋮⋮﹂ ﹁ああ。彼のものは神霊の名であるにも関わらず、並のサーヴァントよりも脆弱だった。 そのため、そうそうに敗退したが⋮⋮この者によると聖杯は、 ﹃この世すべての悪﹄敗退 ﹂ 後、回収した際にその願いを受諾してしまったらしい﹂ ﹁なっ⋮⋮ ﹂ ﹁それこそありえないわ サーヴァントは消滅後、無色の魔力になって⋮⋮まさかっ 続けて、皆を代表しアイリスフィールが叫んだ。 告げられた内容に、一同が一斉に息を飲む。 ! ! あれと他者に願われた英霊。つまり││﹂ ﹁そのまさかだ、アインツベルン。﹃この世すべての悪﹄は個の望みを持たぬ、ただ悪で しかし、途中で何かを察したのか、彼女の表情が驚愕に染まる。 ! 璃正も険しい顔で尋ねる。 悲痛な面持で押し黙るアイリスフィール。その表情を見てすべてを察したのだろう。 ﹁人の願いそのもの⋮⋮そんなものが聖杯に取り込まれたら⋮⋮﹂ 会合 174 ﹂ ﹁⋮⋮もし、この者が言っていることがすべて正しかった場合、聖杯が汚染されている可 能性は ? ﹂ ? ﹁てことはつまり、ぼくたちが争うまでもなく、聖杯はそいつの物ってこと ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ウェイバーの言葉にアイリスフィールは黙って頷く。 自然、皆の面持は暗い。綺礼も同じく俯いていた。 ﹂ もしも、本当ならトンデモないことだ。この第四次聖杯戦争は、元々勝者の決まって ? わない﹂ てしまってる。この後、誰が聖杯へ望みをかけても﹃この世すべての悪﹄の願いしか叶 ﹁影響なんてものじゃないわ⋮⋮もし本当なら、聖杯は﹃この世すべての悪﹄に占拠され その問いに答えたのはアイリスフィールだった。 か ﹁あ、あの。もしも本当に聖杯が汚染されてるとして、聖杯にはどんな影響があるんです げた。 そんな中、1人現状を把握できていないらしいウェイバーがおどおどしながら声を上 アイリスフィールが告げた内容に、誰もが俯き黙る。 ﹁⋮⋮高いわ。それもかなりの高確率⋮⋮﹂ 175 いた茶番だったということになりかねない。 しかし、この情報を聞かされて、綺礼は聖杯戦争の存続とは別の言葉に衝撃を受けて いた。 それは││﹃この世すべての悪﹄。 ﹂ ただ悪であれと願われた、生まれながらにしての悪。もしも、そんなものが願いを受 諾したというのなら、 ﹁││﹃この世すべての悪﹄は、一体何を願ったのだ 呟くアイリスフィールに切嗣は答え、拳を握りしめこう続ける。 ﹁ああ、人類はお終いだ﹂ ﹁もし、そんな願いが叶ったら⋮⋮﹂ えられない﹂ ﹁決まっている││人類すべての呪いを持って││人類すべてを呪う事。それ以外に考 しかし、それに答える者がいた││切嗣だ。 それは考えが思わず口に出てしまっただけの、ただの独り言だった。 ? 対して、切嗣の言葉を聞きながら、綺礼は別のことを考えていた。 何か思い入れでもあるのだろうか、呟く切嗣の姿には鬼気迫るものがあった。 ﹁ぼくは﹃この世すべての悪﹄を││絶対に認めない﹂ 会合 176 ││﹃すべてを呪う﹄本当にそれが﹃この世すべての悪﹄の望みなのか、と。 彼の願いを聖杯が叶えたのなら、必然的にすべての人間が呪われるはずだ。当然であ る。彼の者は、そうあるべきと望まれた英霊なのだから。 しかし、それは﹃この世すべての悪﹄の在り方であって、願いではない。 ただ、そういうものだったというだけだ。 ﹂ ﹂ もし、そんな者がこの世に生まれ落ちたのだとすれば、 ﹃この世すべての悪﹄は果たし て自身を││。 ﹁アインツベルンよ。1つ質問をいいかね と、皆が再び黙る中、声を上げる者がいた。時臣だ。 そう顔を上げるアイリスフィールへ時臣は問う。 ﹁ええ、構わないわ﹂ ﹁もし、仮に聖杯が汚染されているとして││根源の到達への支障は うに眉をひそめる。 現状は変わらぬはずなのに、1人安心した様子の時臣へ、アイリスフィールは怪訝そ 呟き、胸をなで下ろす時臣。 ﹁なるほど。安心したよ﹂ ﹁⋮⋮ないわ。そもそも、願望器としての機能とそれはまったくの別物ですもの﹂ ? ? 177 ﹁⋮⋮そんなことを聞いて、どうする気 アイリスフィールは答えない。 時臣は質問に対し、そう問い返す。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹂ ﹂ ﹁愚問だな。逆に││君たちは違うのかね ? ﹁時臣くん 今は││﹂ ﹁やれやれ⋮⋮まさか、アインツベルンともあろう者が千年の悲願を忘れたか﹂ 黙ったままの彼女に、時臣は呆れた様子でため息を吐く。 しかし、それがどうしようもない答えだった。 ? みんなして暗い顔で﹂ ? いた。 それを手際よく皆の前へ配り終えた後、アサシンはようやく空いていた自分の席に着 目を輝かせるセイバーと舞弥。 後の物と思われる見事な砂糖菓子が載せられている。 と、ちょうど最後の調理を終えたらしいアサシンが奥から顔を出した。手の盆には食 ﹁││おっ、どうしたんだ 恐れていた事態に璃正が声を上げたその時、 ! ﹁悪いな、待たせて﹂ 会合 178 ﹁何、構わんさ。丁度あちらの些事も済んだらしい﹂ 聖杯はもう││﹂ 謝るアサシンへ、ライダーは何でもないことの様に答える。 お前、さっきの話聞いてなかったのか そんな彼の様子に、ウェイバーは目を見開き叫んだ。 ﹁待て待て待て そんなこと知っとるわ﹂ !? ﹂ 可能かの ? ﹁お前⋮⋮﹂ 本当に安心したように穏やかな笑みを浮かべるライダー。 ﹁⋮⋮そうか。安心したわい﹂ ﹁ええ、大丈夫よ。元々アインツベルンの聖杯は﹃その﹄機能に特化したものだから﹂ えた。 ライダーの質問の意味することに驚きながらも、アイリスフィールは笑みを称えて答 ﹂ ﹁││っ ! ﹁時にアインツベルンとやら。もし、それが事実だとして、余の望み││受肉することは 唖然とするウェイバーを無視し、代わりにライダーはこうアイリスフィールへ問う。 黙って頷いていた。 やはり、平然とそう答えるライダー。どうやらアーチャーも同様らしく、彼の言葉に ﹁ガラクタなのだろう ? ! 179 言葉が出ない様子のウェイバーへ一瞬笑いかけた後、ライダーは正面を向く。 ﹁さあ、前座がちと長くなったが││﹂ そうマスターたちの些事などこの男には関係ないのだ。 例え、報酬がガラクタであろうと、果てが荒野であろうと、彼のやることは変わらず 1つ││略奪。 集まった豪傑たちへ向け、ライダーは言い放つ。 征服王は高らかに、本当の宴の開催をここに宣言した。 ﹁││我らの問答を始めようぞ﹂ 会合 180 問答 ﹁待ってくれ ﹂ ││ただ1人、 ほかの者も同じ意見なのだろう。皆黙って、2人の背中を見送った。 休戦状態とはいえ、いまだ敵同士。無意味ななれ合いは命取りとなる。 れ以上議論する余地はないだろう。ならば、魔術師としてここは退室するのが道理だ。 実際、マスターたちの会議は終わっている。不確定要素が多い中、情報は出尽くし、こ ライダーはそんな彼らを呼び止めない。 普段の表情へ戻り立ち上がった。 切嗣の言葉を聞いた舞弥も、一瞬名残惜しそうに食べかけのケーキを見た後、すぐに と、切嗣はライダーが声を上げた途端、冷めた表情で席を立つ。 ﹁ふん、くだらない。ぼくは失礼させてもらう。舞弥﹂ ││しかし、そんな彼に早速異を唱える者が現れた。 堂々と宴の開催を宣言する征服王。 ﹁││我らの問答をはじめようぞ﹂ 181 ! アサシンを除いては。 ﹁じい││セイバーのマスター ﹂ ﹂ あらゆる思いを懸命に噛み殺し、長い沈黙の後やっとの思いでアサシンは口を開く。 けれどきっとそれは││今じゃない。 この時代に召喚され、記憶を取り戻してからずっと切望していた再会。 み上げ、押し寄せる。 1 0 年 後 の こ と。セ イ バ ー の こ と。家 族 の こ と。│ │ 約 束 の こ と。様 々 な 思 い が こ 伝えたいことが沢山あった。話したいことなど、きっと1日では語り尽せない。 に詰まる。 睨まれ、アサシンは思わず歩みを止めてしまう。かつての憧れを目の前に俯き、言葉 ﹁っ⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮なんだ﹂ 警戒した様子で振り返る。 まさか敵のサーヴァントに呼び止められるとは思っていなかったのだろう。切嗣は アサシンは叫び、慌てて扉の前へ走った。 ! ? 結局、言葉に出たのはそんな他愛のない一言だけ。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮料理、どうだった 問答 182 そして、また長い沈黙が流れた。 アサシンの言葉の意図が分からず、困惑しているのだろう。疑り深そうに彼を睨む切 嗣。 それでも、 と、しばらくの間の後、ぶっきら棒に答えてくれた。 ﹁⋮⋮うまかった﹂ ﹂ ﹁それがどうかしたか ﹂ 再び黙ってしまうアサシンへ、切嗣は眉をひそめながら尋ねる。 語り尽せないだろう。 その一言がアサシンにとってどれほどの奇跡だったか。きっと万の言葉を用いても ﹁っ⋮⋮ ! それを伝えたかったんだ﹂ ﹁⋮⋮厨房を貸してくれた礼にいくつか作り置いといたから、またよければ食べてくれ。 になるよう努めて言う。 しかし、感傷に浸っている場合ではない。不審そうに睨む切嗣へ顔を上げ、普段通り 思わず俯き、そう繰り返すアサシン。 ﹁⋮⋮⋮⋮いいや。いいや、何も。⋮⋮そうか。よかった⋮⋮本当によかった﹂ ? 183 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ かなり無理のある取り繕いだが、何とか切嗣は納得してくれたようだ。警戒はそのま まにアサシンから視線を外して、今度こそ部屋から出ていく。その時、続く舞弥が一瞬 振り返り、アサシンへ頭を下げた。 彼らをただ黙って見送り、アサシンも席へ戻る。 その際、入れ替わるようにもう1人席を立つ者が現れた。時臣は立ちあがりながら、 アーチャーへ声をかける。 ﹁では私も││王よ﹂ ﹁うむ。控えていろ、時臣。ここから先は王の会合だ﹂ アーチャーもそれに素っ気なく応じ、会釈する時臣。 こうしてまた1人、会場から姿を消した。 そんなマスターとサーヴァントたちを見てか、アイリスフィールは呆れた様子で呟い た。 は思えない。 あるかどうかも分からぬ聖杯について問答を繰り広げようというのだ。とても正気と それは当然の感想だろう。アサシンも同じ気持ちだ。聖杯戦争の存続さえ危うい中、 ﹁貴方たち、随分と呑気なのね⋮⋮﹂ 問答 184 しかし、ため息を吐くアイリスフィールへセイバーが首を振る。 ﹂ ? しょう ﹂ ﹁もちろん、分かっています。しかし、まだ汚染されていると決まったわけではないので ﹁えーと⋮⋮そもそも聖杯はもう⋮⋮﹂ で尋ねる。 しかし、彼らの堂々とした様子に、アイリスフィールはいまだ戸惑いを隠せない様子 いた。 毅然として応じるセイバー。その横顔は、戦場に挑むのと変わらない凛烈さに冴えて ﹁面白い。受けて立つ﹂ ら覚悟しろ﹂ 騎士王、それにアーチャーよ、今宵は貴様らの﹃王の器﹄をとことん問い質してやるか ﹁フフン、解っておるではないか。剣を交わすのが憚れるなら杯を交わすまでのこと。 そんなセイバーの言葉が耳に届いたのか、征服王はにんまりと破顔して頷いた。 に依らぬ﹃戦い﹄です﹂ ﹁はい。⋮⋮我も王、彼も王。それを弁えた上で酒を酌み交わすというのなら、それは剣 ﹁戦い ﹁いいえ、アイリスフィール。これは歴とした戦いです﹂ 185 ? ﹁え、ええ。それはそうだけど⋮⋮﹂ ﹁ならば、王としてここは引かないのが道理だ﹂ 困惑するアイリスフィールへ凛と答えるセイバー。どうやら、頑として譲る気はない らしい。 ライダーも彼女の言葉に堂々と頷く。 更にアーチャーはライダーへ向け、自らの軍門へ下れば聖杯程度下賜してやっても良 い。ただ王として、宝物を盗人から守っているだけ。 分かっていたことではあるが、どうやらアーチャーは本当に聖杯に興味がないらし ││聖杯は我の所有物であり、それを勝手に持ち去ることは許さない、と。 ││そもそも、聖杯を﹃奪い合う﹄という前提からして理を外しているのだ、と。 は異を唱えたのだ。 はじめに口を開いたのはアーチャーだった。、問答を先導するライダーへアーチャー こうして、聖杯問答は幕を開けた。 の大望を聖杯に託すのか、それを聞かせてもらわなければ始まらん﹂ む正当さを問うべき聖杯問答。その中身なんぞは二の次よ。まずは貴様らがどれほど 中身の分からん宝物庫を前にしてこそ、王の真価は問われようぞ。││これは聖杯を掴 ﹁応よ。正体を疑っている間に財宝をかすめ取られたとあっては、笑い話にもならん。 問答 186 187 い、とまで言い放った。もちろん、ライダーはそれを拒否したが、豪快に笑うその様子 はまんざらでもなさそうだった。 続いて語ったのはライダーだ。 ライダーは聖杯をアーチャーの持ち物だと認めた上で、なおかつそれを力で奪うと豪 語した。ライダーは征服王。彼の者の王道は﹃征服﹄⋮⋮即ち﹃奪い﹄ ﹃侵す﹄に終始す るのだから、と。 そして、聖杯を手に入れた折には、受肉し、この世界に1個の命として根を下ろした いのだと語った。 アーチャーはそんなライダーを大層気に入った様子で、自らとの決戦を約束してい た。アーチャーの言葉にライダーも愉快そうに笑いながら応じている。 そうして互いに認め合いながら、なおも激しく競い合う2人の様子をアサシンはただ 黙って見守った。元よりこれは﹃王の宴﹄。ただの偽物であるアサシンは問答に加わる 資格さえない。そう自ら判断したためだ。 だが、静かに聞きながらも、その心中は穏やかではなかった。 唯、我意あるのみ││。 確かに2騎の英霊が語った傍若無人な内容も王道だ。聖杯へかける望みもなんであ ろうと構わない。王としての責務を終えた彼らが死後どんな願いを抱こうと、それは彼 らの自由だから。 しかし、﹃王としての在り方﹄についてなら、話が別だ。 自分1人が良ければ良い。そんな考えが、仮にも人々の上に立つものとして正しいは ずがない。それは暴君の考えだ。 そして、ここにきてもなお、酒宴に加わっておきながら、未だ1度として笑みを浮か べていない者がもう1人いることに、アサシンだけが気づいていた。 そんな王のあり方をアサシンは││セイバーは││絶対に認めない。 だからアサシンは期待を込めて、かつての相棒の姿を見守った。彼女ならきっと、完 璧な答えを返してくれると信じて。││それが思い違いであるとも知らずに。 ││結局、生前アサシンも気づけなかったのだ。 ││胸に秘めた彼女の願いに。その過ちに。 そして、 と、いよいよライダーはセイバーへそう水を向けた。 ﹁なあ、ところでセイバー。そういえばまだ貴様の懐の内を聞かせてもらってないが﹂ 彼女は決然と顔を上げ、真っ向から2騎の英霊を見据え││その間違いを口にした。 える﹂ ﹁私は、我が故郷の救済を願う。万能の願望器をもってして、ブリテンの滅びの運命を変 問答 188 ﹁な││││﹂ 予想だにしなかったセイバーの答えに、アサシンの顔が凍り付く。 ﹂ 驚愕したのは彼だけではないらしく、しばし座が静まり返った。セイバーだけがその 沈黙の意味を図りかねているらしく、戸惑ったように目を白黒させている。 そんな彼女を見て、意識が白くなり、吐き気さえ覚えた。 ﹁││なあ騎士王、もしかして余の聞き違いかもしれないが﹂ と、はじめに声を上げたのはライダーだった。困惑した様子でセイバーへ問う。 ﹁貴様はいま、 ﹃運命を変える﹄と言ったか それは過去の歴史を覆すということか ? 何もかもが景色と化す中、思い浮かべるのはあの時、あの洞窟にすべてを置いてきた、 が目についた。 ただ視界の端で、アーチャーが愉快そうに頬を吊り上げ、こちらを眺めているのだけ い。 必死に弁解するセイバーとライダーの罵倒が聞こえたような気がしたが、どうでも良 意識が遠くなる。 その先の言葉は、アサシンには聞こえなかった。 ずや││﹂ ﹁そうだ。たとえ奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能ならば、必 ? 189 かつての彼女の姿。 生前、セイバーのマスターであったはずなのに、彼女の間違えに気づけなかった。そ の自分の無力さに打ちのめされた。 ││セイバーだけは⋮⋮。 彼女を蔑むように笑う、アーチャーの声を聞きながら頭を抱える。 ││セイバーだけは、違うと信じていたのに⋮⋮。 無論、それはアサシンの勝手な思い込みだ。しかし、アサシンにとってセイバーは何 よりも気高く、美しい存在だった。 そのあり方を間違いだなんて思ってほしくはない。 けれど、もう││今のアサシンには彼女の間違いを正すことは出来なかった。 ﹁││故に貴様は生粋の﹃王﹄ではない。己の為ではなく、人の為の﹃王﹄という偶像に 縛られていただけの小娘にすぎん﹂ 気づけば、問答も終盤のようだった。 ﹁私は⋮⋮﹂ 言葉が出ないのか、セイバーは顔を歪め、言いよどんでいる。 その時、セイバーと目が合った。彼女の顔はまるで、行き場をなくした迷子の様だ。 ﹁アサシン⋮⋮﹂ 問答 190 ││やめてくれ。 反射的に、アサシンもそう顔を歪める。 ﹂ しかし││言わなければならないだろう。 ﹁アサシン、貴様はどう思う ﹂ ? 今までとは別種の戸惑いを見せるセイバー。 ﹁アサシン 回﹄じゃないけど⋮⋮きっと⋮⋮﹂ ﹁セイバー。いつかきっと、お前を正しい道へ導いてくれる奴が現れる。││それは﹃今 戸惑う彼女へ、アサシンは微笑みかける。 ﹁え││││﹂ ﹁けど││否定もできない﹂ しかし、 以前の士郎ならば、容赦なくセイバーの在り方をそう糾弾しただろう。 過去を││セイバーの10年間を││なかったことに、嘘になんてしてはいけない。 その願いは間違いだ。死者は蘇らない。起きたことは覆らない。 ﹁⋮⋮残念だけど、セイバー。俺もお前の望みには頷けない﹂ ライダーに問われ、アサシンは決心し顔を上げる。 ? 191 そんなアサシンの様子に何かを察したのか、ライダーが声を上げる。 ﹁アサシン、よもや貴様の願いも⋮⋮﹂ 険しい表情のライダーを真っすぐに見据え、頷く。 ﹁⋮⋮ああ﹂ 言峰には悪いが、ここまでくれば後には引けない。 自分はいくら悪と断罪されようと構わない。その願いも間違いだ。けれど、セイバー だけは。││彼女の在り方だけは穢させない。 アサシンは堂々と、この部屋にいるすべての者へ立ち向かうように、こう切り出した。 ﹁俺の願いはセイバーと同じ││歴史の改ざん││死の運命にある﹃家族﹄を救うこと。 それだけだ。 ﹂ もともと俺は││その願いを叶える代償として、英霊になったんだから﹂ ﹁なっ││ 笑っていた。 うに目を丸くする。そんな中、事前に事情を知っていたアーチャーだけが、1人静かに アサシンの言葉に部屋がざわめき立つ。セイバーはそう声を上げ、綺礼は戸惑ったよ ! じゃあ貴様、身内の命を救うためだけに英霊になったと ﹂ その動揺は最もだ。彼らを代表し、ライダーがアサシンへ問いかける。 ﹁何 ? ? 問答 192 征服王をしてさえ、にわかに信じられないと言いたげだ。 サーヴァント しかし、アサシンは決然と頷いた。 様々な願いが交錯し、明かされ、ここ宴は終演した。 ││聖杯の正体。 ││サーヴァントたちの願望。 ││マスターたちの悲願。 そうして遂に、未来からの使者は己が真名を口にした。 ﹁俺の真名は﹃士郎﹄││今から10年後、第5次聖杯戦争に参加したマスターだ﹂ アサシンは覚悟を決めて口を開く。 ここまでくれば、もう隠し事は出来ない。 ﹁ああ。だから﹃そういう意味でも﹄俺はセイバーと同じなんだ﹂ アサシンはかつての相棒へほほ笑みかける。 その予感は正しい。 ﹁アサシン⋮⋮あなたまさか⋮⋮﹂ 皆が困惑する中、何かを察したらしいセイバーが、はっと声を上げる。 それはサーヴァントの常識から大きく外れた行為だった。 ﹁ああ、その通りだ。この身を英 霊とする交換条件として、俺は聖杯を求めた﹂ 193 ││ただ1人、 悩める神父を置き去りにして。 ﹁私は⋮⋮﹂ 問答 194 目の前に敵がいる限り、たとえこの身が朽ち果てようと戦い抜く。 敗北を認めない。 ││幾たびの戦場を超えて不敗。 しかし、そいつは敗れてからも戦うことをやめなかった。 事実、男はその戦いから早々に敗退した。 己さえ守れぬ弱者が他者を守れるはずがない。 バカバカしい、と綺礼は笑う。 傷つくのは自分1人でいいと、誰にも告げず、懸命に。 戦いが始まってからもそれは変わらず、男は彼らを守ろうと剣を取った。 た。 お互いに血のつながりはないがそれ以上に強固な何かで結ばれた、温かい家庭だっ ある戦いの前、意外なことにその男には﹃まだ﹄家族がいた。 言峰綺礼はつながった回路から、またあの男の夢を見た。 ││夢を見た。 交錯 195 交錯 196 そんな生き方しか男は知らなかったのだ。 ならば、そんな男に勝利など訪れるはずもない。 そして││遂に崩壊は訪れた。 男の前に家族だった1人の少女が立ちはだかったのだ。 ││敵として。 ││悪として。 男はその女を愛していた。 女もその男を愛していた。 だが結果は変わらない。 男と女は決して相容れぬ。 愛すれば愛するほど、男は自責の念に苦しんだ。 ││当然の帰結だ。 と、綺礼は内心でほくそ笑む。 元より、ただ正しくあれ、と自らに課した男だ。男にとって幸福とは集団の益。そこ に己は含まれない。そんな男がどうして家族を守れよう。 男はいつだって、剣の丘に1人きりだ。 だが、それでも││ ││男は女のために剣を取った。 過去の自分を殺して。その全てを否定して。 たった1人の少女のために男は自らも容認できない﹃悪﹄となる。 気づけばそこには、吹きすさぶ逆風の中、聖骸布をなびかせ挑むように佇む男の背中 があった。 その在り方に言峰綺礼は⋮⋮⋮⋮⋮⋮ どうやらまた眠ってしまっていたらしい。 ﹁⋮⋮む﹂ 腑抜け切った自分に最早自嘲さえできず、綺礼はただ黙って体を起こす。 そこは寝床としているいつもの廃墟。かなりの時間寝ていたらしく、窓の外へ目を向 ければ完全に日が昇っていた。 しかし、その光景を目の当たりにしても、昨晩の騒動からどれだけの時間を無為に過 鈍重にもほどがあるぞ、綺礼﹂ ごしたか、今は考える気力さえ起きない。 そんな彼へ、 と、声をかける者がいた。 ﹁この期に及んでまだ思案か 最 早 確 認 す る ま で も な い だ ろ う。相 変 わ ら ず 我 が 物 顔 で こ の 廃 墟 へ 入 り 浸 る ア ー ? 197 チャーを一瞥し、綺礼は吐き捨てる。 ﹁⋮⋮アーチャーか。今日はまた随分と上機嫌だな﹂ いて飽きぬ﹂ ﹁フフン、当然であろう。まさかあれほどの阿呆がまだいようとは。ああいう輩は見て おそらくは、アインツベルン城での酒宴のことだろう。ライダーか、それともセイ バーとの問答か。または││。 と、昨晩のことを思い、思わず綺礼は顔をしかめる。直後に見た不愉快な夢のせいか、 今はあのサーヴァントについて考えたくなかった。 しかし、そんな綺礼の様子を察してか、アーチャーは続けてこう切り出した。 ﹂ むかのごとく一言に、綺礼は一瞬言葉を失う。 陰湿な笑みを浮かべながら、綺礼の懸念を的確に抉るアーチャー。まるで人の心を読 ﹁ところで、贋作者はどこだ ? からの要望だ。いまだこの廃墟に帰ってきていないということは、話し合いが難航して た。聖杯の汚染について未来の第5次聖杯戦争経験者の意見も聞きたいという監督役 宴にて自身の真名を明かしたアサシンは、そのまま璃正に連れられて教会へと向かっ だが、黙り続けるわけにもいかず、綺礼は素直にそう答える。 ﹁⋮⋮あれなら今は教会だ。父上と今後の方針を話し合っているらしい﹂ 交錯 198 いるのだろう。 ﹂ 無理もない、と綺礼は今後を思い苦笑する。 ﹁ほう。綺礼、お前は行かなくてよいのか 会さえ、綺礼にとってもうどうでも良かった。 そんな彼を見て、アーチャーは愉快そうに鼻を鳴らした。 ﹁フフン、その割に浮かない顔ではないか﹂ その言葉に心当たりがない││わけではなかった。 しかし、綺礼はあえて眉をひそめ白を切る。 ﹁⋮⋮何のことだ﹂ ? そんな綺礼の態度を察してか、アーチャーは呆れた様子で苦笑した。 ﹂ ﹁やれやれ、事ここに至りまだ惚けるか。いい加減自覚しても良いのではないか れともあくまで目を背け続けると ? そ と、綺礼はアーチャーの問いに投げやりな態度で答えた。今となっては聖杯戦争も教 荷が下りたということだ﹂ ﹁構わん。こうなった以上、聖杯戦争は終わりだ。私の役目ももうない。ようやく、肩の だが、 無論、本来ならばアサシンのマスターとして会合に同席するべきだろう。 ? 199 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 綺礼は答えない。 黙り込む綺礼を見て、アーチャーは何を思ったか、楽し気にこう切り出した。 ﹂ ﹁まったく世話の焼ける男だ。良いだろう、今宵は再びお前に愉悦の何たるかを教示し てやろう。綺礼、他のマスター共について、お前はどこまで知っている ﹁各陣営、おおよその情報ならばつつがなく﹂ ﹂ ﹁ならば連中の動機についてわかる範囲でよい、答えてみよ﹂ ﹁⋮⋮そんなことに何の意味がある ? かどうかはかなり怪しい。本来ならば、こうして敵のサーヴァントがこちらの陣地に入 だが、それも昨日までの話だ。教会と時臣が決別した今、協力体制が維持されている を時臣のサーヴァントに伝えるのは筋だろう。 確かに、時臣のために他陣営の情報を探るのが綺礼の仕事だった。ならば、その結果 ば、その成果を我に示してみよ﹂ ﹁ま あ そ う 言 う な。お 前 は マ ス タ ー 共 に 間 諜 を 放 つ の が 役 目 だ っ た の で あ ろ う。な ら ? り浸っていること自体あってはならないことだった。 しかし、 ﹁⋮⋮いいだろう﹂ 交錯 200 と、綺礼はアーチャーの提案にそう応じ、敵のサーヴァントへ情報を話し始めた。 といっても、綺礼の持っている情報は微々たるものだ。この短期間ではマスターたち の性能はともかく、その内面までは調査が及んでいない。よって、憶測も多分に含まれ ていたが、別段構うこともないだろう。 ライダーのマスター、あれは魔術師として3流だ。大方、未熟な自分の力を誇示する ことあたりが目的だろう。 キャスターのマスターについては情報がまるでない。推測することさえ不可能だ。 バーサーカーのマスターは元々魔術の道を1度は放置した未熟者だという。そんな 彼が幼馴染である遠坂葵と接触した後、一転聖杯戦争への参加を表明したとのことだ。 時臣は気づいていないようだが、港でのバーサーカーの動向から推測する限り、私怨で 行動していることは間違いないだろう。 セイバーのマスターについては││思い出したくもないので適当にあしらった。 そんな綺礼の説明をアーチャーはさして面白くもなさそうに聞き、あまつさえ、期待 外れだ、とまで吐き捨てた。 アーチャーの勝手気ままな物言いに綺礼は呆れてため息を吐く。 ろ﹂ ﹁人に説明させておきながら出た感想がそれか。徒労に付き合わされる身にもなってみ 201 ﹁徒労だと ││何を言うか。綺礼、お前の説明には十分な意味があったではないか﹂ 英雄王﹂ ? だが、アーチャーは続けて問う。 そんな彼に愉悦を感じるなど││あってはならない。それは許されることではない。 きを積み重ねるだろう。いっそ早々に命を落とした方がまだ救われる人物だ。 しかし、彼の生涯に﹃悦﹄たる要素など皆無だ。彼は生きながらえるほどに痛みと嘆 こうなってしまえば、認めるしかない。綺礼は間桐雁屋に興味を持っている。 熱心にその内情を推測してしまったのだ、と。 語ってしまった間桐雁屋について注目した。綺礼は無自覚なうちに雁屋に興味を持ち、 まず、あえて伏せた衛宮切嗣のことは除外。それ以外の者で、ことさら熱を込めて そして、アーチャーは綺礼の心を解体し始めた。 や、とっくに自覚はしているが、目を背けている愚か者か﹂ ﹁解せぬか。まあ無理もない。己の愉悦の在りかさえ見定められぬ男だからな。││い ﹁私をからかっているのか その意味を計りかねて、綺礼はじっとアーチャーを見据えた。 すかさず、意味深な笑みを浮かべる英雄王。 ? ﹁││っ ﹂ ﹁さらに先のアインツベルンの一件だ。確か││衛宮切嗣、といったか﹂ 交錯 202 ! その男の名を聞き、思わず目を見開いてしまう綺礼。 しかし、それは失策だった。驚く綺礼を見て、アーチャーは愉快そうに笑いながら続 ける。 ﹁綺礼よ、いい加減認めろ﹂ しかし││ そう結局のところ言峰綺礼は││幸せになりたいのだ。 い。 た。もしも、あの男の持っていたそれを1欠片でも持っていればと考えずにはいられな ││そうだ。あの男の、自身の幸福を切り売りするようなあり方が気に入らなかっ と、綺礼はか細い声でアーチャーの言葉を遮った。 ﹁⋮⋮やめろ﹂ か⋮⋮お前のことだ、この先の問答は必要あるまい﹂ お前はあの男の在り方が気に入らなかったのだろう。ではどこが気に入らなかったの ﹁何故、あの男にそこまでの感情を抱くのか。これを紐解けば自ずと答えは見えてくる。 言葉が出ずうつむく綺礼へアーチャーは構わず語りかける。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁よもや忘れたとは言わせぬぞ。綺礼、お前が唯一激情を向ける相手だ﹂ 203 ﹁││やめろ﹂ 再度、綺礼はアーチャーの言葉を必死で遮り、耳を塞ぐ。 何故だか分からないが、無性に頭が痛い。 だが、アーチャーの追及は止まらない。 ﹂ ﹁お前は││﹂ ﹁││やめろ そして、頭痛がピークに達したとき、英雄王はその言葉を口にした。 ││短い間だが連れ添い、誰よりも綺礼を⋮⋮⋮⋮⋮⋮ ││理解者には成りえなかったが、どこまでも信仰深く敬愛している父。 ン。 ││自身のサーヴァントであり、綺礼が唯一意味もなく憎悪を向ける対象のアサシ ││同胞だと信じた結果裏切られた衛宮切嗣。 頭痛は酷さを増し、同時にさまざまな人物の映像がフラッシュバックし、脳裏を過る。 しかし、いくら抑えてもアーチャーの言葉は鮮明に頭へ響いた。 耳を塞ぐ手へ力を込める。 ! ﹁違う⋮⋮私は⋮⋮﹂ ﹁││他人の不幸でしか幸福を感じられない破綻者だ﹂ 交錯 204 声に出し、必死に否定したがうまく喉に力が入らない。 ││ああそうだ。 結局、綺礼自身が認めてしまったのだ。 この数年間、懸命に忘れようとしていた事実を。再び。 お前たちが幸福と感じることものが││ ││私には、幸福と感じられなかった。 結局、それだけのことである。どんなに目を背けようと、その事実は覆せない。 そんな神父の葛藤が、アーチャーをますます興じさせたのか、英雄王の紅い双眸は血 色の愉悦に濡れ光る。 自らの書斎で1人思慮に耽っていた。 同じ頃。 自身のサーヴァントが敵マスターを誑かしているとはつゆ知らず、時臣は そんな彼をあざ笑うかのように、木陰でキイキイと季節外れの虫が鳴いた。 再度尋ねたところで、やはり答えは返ってこない。 ﹁私は⋮⋮﹂ ││道は示されているぞ。もはや惑うまでもないほど明確に、な﹂ ﹁さあ、綺礼。求めるところを、為すがいい。 205 昨晩の会合の結果、教会と決別し完全に孤立無援となってしまった。しかし、こんな 状況だからこそ時臣は慌てず、常に家訓を重んじ、冷静に局面を見極める。 昨日の様子からして、監督役の璃正がこの聖杯戦争の現状を教会へ報告するのは時間 の問題だろう。これを回避するのは困難である。 もし教会が冬木の現状を把握した場合、冬木の地を不浄とし、代行者を送る可能性は ││5分といったところだろう。基本的に聖堂教会は、魔術師の根源の渦への到達を目 的とした活動は容認している。これまで聖杯戦争が実質野放しにされ、形だけの監督役 が送られていたのもそのためだ。 だが、今回は事情が違う。彼らの信仰する聖杯の汚染。これを教会本部がどう捉える か正直測りかねる。よって5分。 しかし、もし教会が冬木の聖杯を不浄と判断したのならば││その時は魔術協会と聖 堂教会の全面戦争が起きるだろう。 そうなってしまえば、遠坂の悲願を達成することはまず不可能だ。 そのため、教会が連絡を受け、援軍を派遣するまでに聖杯戦争を終結し、大聖杯を起 動しなければならない。 たところだろう。それまでに決着をつけなければ⋮⋮﹂ ﹁決定を下し、招集をかけ、実際にこの地へ降り立つまで3日か⋮⋮早ければ2日といっ 交錯 206 猶予はあまりない。 無論、時臣陣営の力は絶大だ。ライダー以外すべてのサーヴァントの情報も把握済 み。教会の後ろ盾がなくなってなお、残りの陣営が束になったところでギルガメッシュ の足元にさえ及ばないだろう。 しかし、あの気難しい英雄王が短期決戦を良しとするか否か⋮⋮。 実は折り入ってご相談が││﹂ ? 法陣も組み立て終え、茶の間で一息ついていた所だ。 今は家の中をあらかた見て回り、体の自由が利かないアイリスフィールの代わりに魔 セイバーとアイリスフィールは新しい拠点となる日本家屋へやって来ていた。 ﹁間桐殿ですか 時臣はそのある意味で見知った相手へこう持ち掛ける。 そして、何回かの呼び出しの後、その人物と装置が繋がった。 だ。││ならば、協力を仰ぐ相手は1人だろう。 教会とは離別した。アインツベルンは悲願を見失っている。外部の魔術師など論外 動し、ある家へ連絡を取り始めた。 そう呟き、時臣は立ち上がって地下の工房へ移動する。そこに設置された通信機を起 ﹁⋮⋮何にせよ、保険は必要か﹂ 207 長年放置されてきたのか、家屋はまるで幽霊屋敷の様な荒れ果て具合だった。そのた めやるべきことは山積みだが、時には休息も必要だというアイリスフィールの提案にセ イバーが渋々乗った形だ。 一息といってもまだ越してきたばかり、特に茶菓子などが出ているわけではないが、 共に微笑み語り合い、2人は穏やかな時を過ごす。 ﹂ しかし、ある時セイバーがこう切り出し、そんな和やかな雰囲気が一気に凍り付いた。 ﹁ところで⋮⋮切嗣は現在どちらに 控えめに尋ねるセイバーへアイリフィールは首を振る。 ずにいたのだろう。 きっと随分と前から気にかけていたが、アイリスフィールを気遣って今まで言い出せ ? それも当然だろう。切嗣はこの聖杯戦争へ文字通りすべてを賭けていた。1度は手 いた彼は、茫然自失といった様子で今にも折れてしまいそうだった。 その時の切嗣の顔をアイリスフィールは忘れられない。第5次聖杯戦争について聞 未来の可能性。 した。サーヴァントたちの会合のこと。そこで明かされたアサシンの真名。彼の語る 昨晩、皆が解散した後、様子を見に帰ってきた切嗣へアイリスフィールはすべてを話 ﹁いいえ。まだあれから連絡はないわ⋮⋮﹂ 交錯 208 に入れた平穏を、自らの愛する人を、己のすべてをかなぐり捨てて戦いへ挑んでいたの だ。どんなに強く願っても、何度手を伸ばしても、届くことのなかった夢のために。 しかし昨晩、その最後の希望が儚くもついえた。 絶望に平伏す夫を思い、アイリスフィールは身震いする。切嗣が行き先を告げないの はいつものことだが、未だかつてこれほど不安になったことはなかった。 セイバーもマスターの身を案じているのか、アイリスフィールの言葉を聞いた後、 と、曖昧な表情でうなだれる。衝突や気持ちの食い違いはあるものの、やはり切嗣の ﹁そう⋮⋮ですか⋮⋮﹂ ことが気になるのだろう。 ⋮⋮無事よね、切嗣﹂ そんなセイバーを見てほほ笑みながら、アイリスフィールも眉をひそめる。 ﹁まったく、どこで何しているのかしら ﹁││っ ﹂ しかし、││戦場は彼らに悩む時間を与えなかった。 アイリスフィールは彼らのこれからの行く末を思い、頭を抱える。 は山積みだ。イレギュラー続きのこんな状況で不安にならない方が無理だろう。 切嗣のことだけではない。聖杯の汚染、聖杯戦争の休止、考えなければいけないこと 不安から思わずアイリスフィールはそう漏らす。 ? 209 ! と、何の前触れもなく異質な悪寒に襲われる。突如、空気中のマナに異常な乱れが生 じ、彼女の魔術回路が暴走したのだ。 セイバーもその異常な魔力を感じたらしく、発生源と思しき方向を睨む。 ﹁⋮⋮河、ですね﹂ ﹁ええ⋮⋮セイバー﹂ ﹁分かっています﹂ セイバーはそう呟き、立ち上がった。打って出るつもりなのだろう。 アイリスフィールも同じ気持ちだった。これだけの魔力量だ、ほぼ間違いなくサー ヴァントの仕業だろう。ならば、見過ごす手はない。 そして、2人は車へ乗りこみ発生源の未遠川を目指す。 川に着くと、その中州に案の定キャスターの姿があった。何らかの大規模魔術を遂行 中なのか、尋常ではない量の魔力が漏れている。 キャスターは近づいてきたセイバーに気づいたらしく、ほほ笑みながら一礼する。 ﹁ようこそ聖処女よ。ふたたびお目にかかれたのは恐悦の至り││しかし、申し訳ない。 ﹂ 今宵の宴の主賓は貴女ではない﹂ ! 昨晩とは様子の違う彼に戸惑ったのか、声を張り上げるセイバー。 ﹁何っ 交錯 210 そんな彼女は構わない様子でキャスターが語り続ける。 ﹂ ! ││聖杯戦争は終わらない。 たとえ誰も望むまいと││ たとえ教会が阻もうと││ 聖なる怪物はまるで世界そのものへ挑むかの様に、そう開戦を宣言した。 ﹁││さあ、最高のCOOLをご覧に入れましょう 怪魔に体を飲まれながら、キャスターは歓喜の雄たけびを上げる。 を飲んだ。 魔はキャスターを吸収、膨張を繰り返す。その異様な光景にアイリスフィールたちは息 │あろうことか、頭上のキャスターのローブ姿をのみ込み始めた。無尽蔵に集まった怪 す。召喚氏の足許に集まった無数の怪魔たちが、夥しい数の触手を一斉に突き出して│ それを合図にしたかのように、高笑いするキャスターの足許で、くらい水面が騒ぎ出 う﹂ も。不肖ジル・ド・レェめが催す死と退廃の饗宴を、どうか心ゆくまで満喫されますよ ﹁ですが、貴女もまた列席していただけるというのなら、私としては至上の喜びですと 211 乱戦 前編 ││キャスターが不気味な魔力を放つ少し前。教会の地下室でアサシンは璃正と対 談していた。 事情が事情だけに積もる話も多いが、アインツベルン城からこちらへ移動して、かれ これ丸1日。サーヴァントとはいえ薄暗い地下室に缶詰しっぱなしは流石に疲れる。 ﹁⋮⋮悪い、休憩させてくれ﹂ の地下室全体にも霊的加護がかけられている。アサシンにはあまり意味はないが、霊体 タッフと思しき人間が控え、この地下室を監視しているのが気配で分かった。さらにこ この部屋には璃正とアサシンしかいないが、地上の出口付近には他に何人もの教会ス リラックスする。そうして休憩しながら、さりげなく周囲の気配を探った。 流石に外へは出してもらえないらしく、アサシンは椅子にもたれかかり、できる限り い。 1日休んでいないはずだが、こちらを見守るその様子からはまるで疲れを感じられな アサシンが提案すると璃正は微笑みを浮かべながら承諾した。彼と同じく璃正も丸 ﹁ああ、構わんよ﹂ 乱戦 前編 212 化し、壁をすり抜けることを防ぐためだろう。 自分の置かれている現状を再確認し、アサシンは思わずため息を吐いた。 未来の英霊に話を聞きたいという要請だったが、これは実質監視を兼ねた監禁だろ う。ここまで露骨ならば、呆れを通り越していっそ清々しい。 もっとも、アサシンの素性を考えれば当然の措置だろう。アサシンの目的はこの第4 次聖杯戦争を終わらせること。極論を言えば、大聖杯を破壊する、それだけでこの戦い は終結する。この監視は教会の決定が下る前にそんなことをされてはたまらないとい う判断だろう。 ││少し派手に動き過ぎたか。 と、一瞬アサシンの脳裏に後悔がよぎったが、すぐに首を振る。 ││大丈夫だ。 予想外の事態も多かったが、ここまで比較的順調に事は運んでいる。何より昨晩、他 陣営の意思を確認できたことが大きかった。 現在、アサシンは1人ではない。 ﹂ 仮に自分が失敗しても、切嗣なら││ ﹁││っ と、その時、不気味な魔力の流れを感知し、慌てて立ち上がる。 ! 213 璃正も感じたらしく、険しい顔つきで呟いた。 ﹂ ﹁これは⋮⋮キャスターか⋮⋮﹂ そう拳を握りしめ、アサシンは夕暮れの街を駆け出した。 ││間に合ってくれ。 こんな時、霊体化できず、移動手段に乏しい自身の能力が恨めしい。 ﹁││クソッ﹂ ろう。 魔力の発生源は未遠川だ。教会からは距離があり、到着までかなりの時間を要するだ 直後、控えていたスタッフに囲まれかけるが、それを璃正が手で制すだけで止める。 短くそうとだけ答え、アサシンは地下室を飛び出した。 ﹁ああ﹂ ﹁⋮⋮仕方あるまい。アサシン、外の様子を頼む﹂ アサシンが呼びかけると、璃正もその意思をくみ取り、渋々といった様子で頷いた。 ﹁││璃正さん ! と、アサシンが走り出したのを見送り、璃正はため息を零す。 ﹁││やれやれ﹂ 乱戦 前編 214 監視している手前、アサシンの前では気丈に振る舞っていたが、璃正も昨晩から不眠 不休。若い頃ならばいざ知らず、老体には流石に堪えた。 その上、このキャスターの暴走である。これほどの強大な魔力だ。事態の収拾はもち ろん、隠ぺいするのも一苦労だろう。 事後処理のことを思いうんざりしながらも、璃正は近くのスタッフたちへ手短に指示 を伝える。 そうして、すべての者へ指示を送り、祭壇で一息ついていた時のことだ。 ││コツン。 と、教会の入り口で、杖が床を叩く音がした。 顔を上げると、そこには思わぬ来客の姿があり、驚きながらも慌てて居住まいを整え る。 ﹂ 消極的、どちらか言えば様子見といった印象だった。 有名だ。第4次聖杯戦争にも一応参加しているが、璃正の目から見て他の御3家よりも 比較的活発に活動しているアインツベルン、遠坂とは異なり、間桐は慎重派なことで いたが、こうして顔を合わせるのは久方ぶりだった。 その来客は間桐臓硯だった。聖杯戦争に合わせ、数年前から帰国しているとは聞いて ﹁これは間桐殿。此度はいかがなさいましたか ? 215 そのため、当主である臓硯も帰国してから工房に籠りっきりで教会へも足を運ぶこと はなかったのだが、今回はどんな用事だろう。 そう思っていると、思考が顔に出ていたのか、臓硯は愉快そうに笑う。 ﹂ ﹁カカカッ。何、大したことはない。ちと、野暮用を小僧に任されての﹂ ﹁野暮用、ですかな ﹁応よ﹂ ニヤリと笑みを称え告げた。 と、薄暗い中、お互いの顔がしっかり見える程度近づいたところで臓硯は立ち止まり、 ││コツン。 そして、 と、臓硯が歩くたび、杖の音が静まり返った教会に不気味に響く。 ││コツン。コツン。 首を傾げる璃正へ臓硯は近づきながら頷いた。 ? 教会は、無数の虫どもであふれ返った。 臓硯の豹変に璃正はギョッと目を見張り、すぐさま臨戦態勢に入るもすでに遅く。 その言葉を合図に、突如臓研の影が何倍にも膨れ上がる。 ﹁││神父殿にちと、ご退場願い申したくての﹂ 乱戦 前編 216 217 ││そして、キャスターがその姿を変容させてしばらく経った頃。 その怪魔を観察するように未遠川の上空を飛行する、1艘の﹃舟﹄があった。 黄金とエメラルドで形成された、古代インドに伝わる飛行装置﹃ヴィマーナ﹄。アー チャーの操るその輝舟から地上の様子を見下ろし、時臣は冷静に戦況を分析する。 キャスターの呼び出した怪魔の実力は多くの者の想像を絶していた。 現在、最初に河へ到着したセイバーと続いて赴いたライダーが協力し、怪魔と戦闘を 繰り広げているが、2騎の戦況は思わしくない。無尽蔵に回復する怪魔は一向にダメー ジを追う気配がなく、2人がかりでも足止めをするので精一杯といった様子だ。 このまま怪魔を止めることが出来なければ、冬木は未曽有の大災害に見舞われること だろう。それは、なべて魔術は秘匿されるべし、という魔術師の鉄則を大きく脱した事 態であり、遠坂の沽券を完膚なきまでに踏みにじるものだ。 本来ならば絶対にあってはならない事態だが、同時に時臣はキャスターの狼藉を見て 頬を緩ませる。 ││これはチャンスだ。 と、時臣の中の冷酷な魔術師としての血が告げていた。 時臣にとって当面の敵はセイバー、ライダー、アサシンの3騎。まだアサシンの姿は 見えないが、マスターが教会に所属している以上、アサシンもこのキャスター退治に参 加するものと思われる。この敵対勢力すべてがキャスターに手を煩わせているという 現状は、時臣にとって悪くない戦局だった。 このまま3騎がキャスターに倒されるのならばそれで良し。仮に難なく討伐された としてもある程度3騎を消耗させられる上、未知数だったライダーの実力も観察でき る。1番の懸念事項だった英雄王もキャスターへは消極的な様子。まさに時臣のため にあるかのような状況だ。 このまま戦況を観察し、生き残った方をアーチャーと共に叩く。 完璧な作戦だ。すべてうまく運べば、優勝へ一気に王手をかけられるだろう。 と、時臣は勝利を確信し、優雅に空を仰いだ││その時だ。遥か高見を高速で飛翔す ﹁ふっ⋮⋮﹂ る戦闘機が不穏な動きを見せた。 輝舟目がけ突進にしてきた。 如何な芸当か、バーサーカーはそのまま戦闘機を自身の支配下に置き、アーチャーの し、装甲に張り付いたバーサーカーの姿が見えた。 気づき、時臣はすかさず視覚を魔力で強化する。すると、いきなり機体の背面に出現 ﹁あれは⋮⋮﹂ 乱戦 前編 218 ﹁││なっ ﹂ ! されているのが傍目からでも分かった。 魔道へ手を伸ばした代償だろう。その姿にかつての面影はなく、骨の髄まで虫どもに侵 時臣にとって、その男の在り様はとても直視できるものではなかった。身の丈に余る ﹁││変わり果てたな。間桐雁屋﹂ 髪1本乱さず優雅に着地し、時臣はその男を見て眉をひそめる。 の落下ならば、魔術師にとって恐れるものではない。 輝舟は滑るように移動し、目的の場所の上空で時臣は飛び降りた。80メートル程度 ﹁それでは、ご武運を﹂ ﹁良かろう。遊んでやるがいい﹂ ﹁⋮⋮王よ、私はマスターの相手を﹂ いる。 その男はすぐに見つかった。今回は身を隠さず、高層マンションの屋上に単身佇んで 動揺しながらも時臣はすぐさま地上へ視線を移し、バーサーカーのマスターを探す。 サーカーの挑戦を迎え入れた。 驚く時臣に対し、アーチャーは初戦とはうって変わり、邪悪な笑みを浮かべてバー ﹁ほほう、またしてもあの狂犬か。⋮⋮面白い﹂ 219 ││ひとたび魔道を諦めながら、聖杯に未練を残し、そんな姿になってまで舞い戻る とは⋮⋮。 と、普段の時臣ならば小言を漏らしただろうが、今はそれどころではない。 ﹂ 対して、雁屋もまたそんな彼をまるで親の仇かのような形相で睨み、叫んだ。 ﹂ 同時に次々と背後に虫を呼び出していく雁屋。完全に臨戦態勢だ。 ﹁││遠坂、時臣ィッ 相手の思わぬ行動に多少驚きながら、慌てて時臣は告げる。 待ちたまえっ、私は君と争うつもりはない。分かるだろう ? !! る。 ﹂ しかし、今はバーサーカーを引かせることの方が先決だ。時臣は構わず雁屋へ訴え 同様に、そんな彼を見て時臣も僅かに狼狽える。 ﹁⋮⋮は け、呟いた。 しかし、対して雁屋はまるでハトが豆鉄砲でも食らったかのように口をぽっかりと開 ﹁││っ ! ? イライラしつつも、相手を興奮させないようゆっくりと語り掛ける時臣。 にも分かるだろう﹂ ﹁今すぐサーヴァントを引きたまえ。仲間割れをしている場合ではないことぐらい、君 乱戦 前編 220 血迷ったか、時臣ィ ! ﹂ ! だが、時臣の言葉を聞き、雁屋は顔を真っ赤にして叫ぶ。 ﹂ 誰がお前なんかの仲間だ ! 君こそ、何を言っているんだ ﹁ふざけるな ﹁何 ? ﹁││私と君は、今朝同盟を結んだばかりだろう ﹂ ﹂ しかし、幾度となく切り付けても、瞬時にすべての傷を塞いでしまう怪魔の実力を見 からだ。 実力を測っていた。まだ先の長い聖杯戦争、できれば魔力を温存しておきたいと思った ライダーが到着してからしばらくの間、セイバーは聖剣を風の鞘で覆ったまま怪魔の た。 誰の目から見ても劣勢な彼女だが、その表情に焦りはなく、むしろ余裕さえ感じられ 水上にて、セイバーは怪魔の触手へ向け、その剣を振るう。 お互いに状況が掴めず、戦場の真ん中で2人は立ち尽くした。 今度こそ、両者の時間が凍り付く。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮は ? ? 懸念しつつ、時臣はその言葉を口にした。 訳が分からなかった。苛酷な修行に耐えられず、遂に精神に異常をきたしたのか、と ? 221 て取り、セイバーはようやく覚悟を決めた。 ││これは宝具を使うより手はない、と。 気づけば怪魔もかなり河岸に近づいてきている。このままでは市街地に乗り上げて ﹂ しまうだろう。そうなってからでは手が出せない。実行に移すならば早い方が良い。 このままじゃ埒があかん ! ﹁私に案がある ﹂ 1度退け ﹂ セイバーはライダーへ向け、こう提案する。 がそう声を上げた。 と、セイバーが思案していると、ちょうどいいタイミングで頭上の戦車からライダー ﹁おぉいセイバー ! ! ﹂ 4人が集まって早速、開口一番にライダーはセイバーへ尋ねた。 いたマスターたちと合流する。 セイバーも彼に続き、キャスターの触手から逃げるように河岸へと上がり、待機して 持ちで呟いた後、豪快に承諾。そのまま言う通りに戦車の向きを変えた。 強情なセイバーから一時撤退を言い出したのが意外だったのか、ライダーは神妙な面 ﹁ほう⋮⋮よかろう ! ! ? 時間が惜しいため、セイバーも聖剣をかざしながら単刀直入にこう告げる。 ﹁して、その案とは 乱戦 前編 222 ﹁何、簡単だ。私の聖剣であの外道を焼き払う﹂ すると流石は征服王。それだけですべてを察したらしく、セイバーの手元へ視線を落 としながら驚いたように目を見張った。 り話を続ける。 ﹁だが威力が大きい分、周囲へ及ぶ被害も大きい。だから││﹂ ﹁貴様の射程圏まで、余があのデカブツを誘導すればよいのだな ? そして、早速セイバーは﹃風王結界﹄を開帳した。豪風を巻き上げ、姿を現す黄金の 堵したように胸をなで下ろしている。 短いやり取りのみで、即時に方針を固める頼もしい2騎の様子に、マスターたちも安 悪戯っぽく頬を吊り上げるセイバーに対し、愉快そうに笑顔で応じるライダー。 ﹁愚問である。丁度いい、貴様に王とは何たるかを余の宝具をもって示して見せようぞ﹂ ﹁ああ、頼めるか﹂ ﹂ セイバーはそんな彼らの視線を受け、一瞬誇らしげに胸を張った後、すぐに冷静に戻 バーの実力を察したのか、唖然と立ち竦んでいる。 感 心 し た 様 子 で し げ し げ と 聖 剣 を 眺 め る ラ イ ダ ー。ウ ェ イ バ ー も そ の 言 葉 で セ イ やとも思ったが⋮⋮流石は世に聞く騎士王の剣。伊達ではないのう﹂ ﹁なんと。よもやその聖剣﹃対軍﹄⋮⋮いや﹃対城﹄か。昨晩の森で垣間見たときにもし 223 剣。光り輝くその刀身を目にし、その誰もが息を飲む。 ﹁勝てるわ⋮⋮﹂ アイリスフィールが歓喜に声を震わせ、4人が4人ともセイバーの勝利を確信した│ │その時、まるでその希望に水を差すかのようにおぞましい呪詛の咆哮が夜の空に轟き 渡った。 並々ならぬ魔力に反応し、セイバーは構えを解いて頭上を仰ぎ見る。するとそこに は、先ほどまでアーチャーと死闘を繰り広げていたはずのバーサーカーがその向きを変 ﹂ え、こちらへ一直線に向かってくる姿が見えた。 ﹁A││urrrrrrッ ! 舟の姿も見えた。 ﹂ さらに後方へ目を向ければ、バーサーカーを追うように向きを変えるアーチャーの輝 バーサーカーは血も凍る叫びを上げ、突如騎士王へと牙をむく。 !! 狂犬めがッ ? 直後、バーサーカーの機体下面から灼熱の火球が放たれる。 しかし、その判断が仇となってしまった。 サーカーの背後まで肉薄する。 無下に扱われた怒りからか、アーチャーはそう怒声を上げ、追撃を加えようとバー ﹁││血迷ったか 乱戦 前編 224 ﹁何ッ ﹂ 帯びた弾丸は対処し難い。その上、この河岸は見晴らしがよく、弾丸を遮る物もない。 魔力放出によりジョット機並みのスピードを出せるセイバーだが、流石に宝具の力を セイバーは自身の魔力で加速しながら、その攻撃を何とか避ける。 セイバー目がけ火を噴いた。 しかし、やはりバーサーカーを引きはがすことは叶わず、戦闘機のバルカン機関砲が セイバーは咄嗟にマスターたちを巻き込むまいとその場を離れ、河岸を駆けだした。 さらにバーサーカーの進撃は止まらない。 にヴィマーナは突っ込み、そのまま錐もみとともに河面へと激突した。 予期せぬ反撃に咄嗟の対応が間に合わなかったのだろう。燃え盛る火球の真っ只中 !? もちろん、機関銃ごときに遅れを取るセイバーではないが、同時にバーサーカーは彼 あるが、バーサーカーは絶え間なく弾丸を浴びせることでそれを許さない。 に周到だ。1度でも立ち止まり、空の戦闘機へ狙いを定められればセイバーにも勝機は それどころか、バーサーカーの戦術はセイバーの手の内を知り尽くしているかのよう の活路を見出したというのに、このままではキャスターへ宝具を放つことができない。 回避に手一杯なセイバーは戦闘機と並走しながら奥歯を噛みしめた。折角怪魔討伐 ﹁くっ⋮⋮﹂ 225 女の反撃を許さない。 戦況はいつまでも平行線。このままでは無為に時間が過ぎるだけだ。そして、こうし ている間にも、怪魔は刻一刻と市街地へ近づいている。 ││このままではッ バーサーカーはセイバーの足が止まったその一瞬の隙を見逃さず、彼女の進行方向を しかし、その焦りが仇となった。 セイバーはその歯痒さから一瞬苛立ち、たたらを踏む。 ! ﹂ 先読み、辺り一帯へバルカン機関砲を放ったのだ。 ! バーに弾丸を防ぐ手立てはない。 ││ここまでか⋮⋮。 体 は 剣 で 出 来 て い 万策尽き、流石のセイバーもそう諦めかけたその時、 ﹁││I am the bone of my sword﹂ る セイバーとて、宝具の力を得た弾丸は一発でも当たれば致命傷だ。加えて、現在セイ そして、回避不可の鉄の雨が彼女を襲った。 無数の弾丸は彼女を囲むように降り注ぐ。 セイバーは寸前で自らの過ちに気づき、叫びながら回避しようとするもすでに遅く。 ﹁││なっ 乱戦 前編 226 詠唱とともに、セイバーへ駆け寄る影があった。 その人物は赤い聖骸布をはためかせ、彼女と弾丸の間に割って入る。 そして、鉄の雨がセイバーへ直撃する刹那、彼は左腕を上げ告げた。 それはあの弓兵が持つ最強の盾。 イ ア ス ﹂ あらゆる投擲武具に対し、無敵とされる結界宝具。 ア その真名は││ ロ ー・ 笑顔を零した。 彼女を守るようにして立ち塞がる、その背中を目に焼き付けながらセイバーは思わず ぶっきら棒だがやさしさに満ちたその声色。 ﹁悪い、セイバー。遅くなった﹂ そんな彼女へ背中を向けながら、その人物はこう告げた。 突然の出来事に唖然とするセイバー。 寸前のところで横やりを入れられた怒りをぶつけるように咆哮するバーサーカーと、 しかし、弾丸はその花弁の1枚さえ砕けず、呆気なく凌がれる。 激突する弾丸と盾。 叫びとともに、7枚の花弁が展開した。 ﹁││熾天覆う七つの円環 ! 227 ﹁いいえ、感謝します。アサシン。こうしてあなたに助けられるのは2度目ですね﹂ そ う 彼 は い つ も セ イ バ ー の 危 機 に は 駆 け 付 け、彼 女 を 守 っ て く れ た。あ の 森 で も、 きっとあの問答でも。 セイバーの言葉に一瞬アサシンの雰囲気が和らぐ。この位置からでは見えないが微 笑んだのかもしれない。 先日の恩もあるため、セイバーとしてはこのまま2人で語り合いたい気分だったが、 残念ながら今はそれどころではないだろう。 上空を見ればバーサーカーがまた旋回し、こちらへ向かってきていた。 アサシンもそれを察知したのか、背中を向けたままセイバーへ告げる。 ﹂ ﹁行ってくれ。あいつは俺に任せろ﹂ ﹁⋮⋮はい。頼みます セイバーが離れた後、アサシンは思わずその頬を緩ませる。 話したいことは山ほどあるが、そのためにも今は一刻も早くキャスターの元へ││ セイバーも短く答え、すぐに踝を返した。 ! 召喚当初にはそんなこと思いもしなかった。本当に、聖杯戦争は何が起こるか分から ﹁まさか、またあいつと肩を並べることが出来るなんてな⋮⋮﹂ 乱戦 前編 228 ない。 そして同時にこうも考えてしまう。 もしも、このままセイバーとともにこちらで過ごすことが出来たなら││それは何と 素敵で、甘い誘惑か。 だが、アサシンは一瞬の間の後、その考えに自ら首を振る。 ││それはあちらの彼女を裏切る行為だ。今の士郎にこちらのセイバーをどうこう する資格はない。 トレース オ ン 気持ちを切り替え、アサシンは弓を構えて戦闘態勢に入る。 ﹁││投影、開始﹂ だ。 同じく彼女のことを知る身としては思うところもあったが、それとこれとは別問題 深く騎士王を狙う道理も通る。 きる逸話を持つ英霊など、世界広しといえど彼の騎士1人だろう。また、彼ならば執念 された武術。さらにあらゆるものを自らの武器とし、同時に自らの素性を隠すことので 何故か彼女は気づいていない様子だが、高速で射出された宝具を素手で掴むほど洗礼 と、アサシンは迫りくるバーサーカーへ目を向ける。 ﹁││そういう意味では、少しお前にも同情はする﹂ 229 たとえ、あの名高い湖の騎士が相手だろうと、悪いがここを通すわけにはいかないの だ。 そのために、まずはその厄介な戦闘機から降りてもらうことが先決だろう。 よって投影するのは必中の魔剣。 呟きながら、アサシンは矢を引き絞る。 ﹁喰らいつけ││﹂ 魔力を数十秒チャージすれば威力を上げることができるが、今その時間はない。投影 フルンディング ﹂ してすぐ、飛来するバーサーカーへと狙いを定め││放つ。 ﹁││赤原猟犬 真名開放とともに矢は赤光となり、バーサーカーを襲った。 ! その速度は音速を超え、戦闘機へと迫る。 ﹂ ! に消えるのみである。 は発揮しない。1度手元を離れた矢は直進しかできず、対象に着弾しなければ後は虚空 本来ならばこれで手詰まり。どんなに強力な矢でも対象に当たらなければその威力 に当たらず、そのまま上空へと消える。 だが流石と言うべきか、バーサーカーはその危険を瞬時に察し、急旋回。矢は戦闘機 ﹁││っ 乱戦 前編 230 しかし││。 だが、これで終わりだと思うほど、アサシンも間抜けではない。むしろ、戦いはこれ 炎上しながら河へと墜落する戦闘機。 から着弾。空中で激しく爆発した。 さしものバーサーカーもこれは振り切ることが出来なかったのか、矢は戦闘機に正面 戦闘機を挟み討つようにして迫る2本の魔弾。 最大までチャージし、狙いすましたタイミングで放つ。 さらにバーサーカーが逃げてる隙に、アサシンは再度同じ魔剣を投影。今度は魔力を たとえ音速を超える戦闘機であっても振り切ることは容易ではない。 そう、それは放たれれば最後。着弾するまで目標を狙い続ける不可避の魔弾。 した。 回し、回避を試みる。しかし、それに合わせ、矢も再度方向を変え、3度戦闘機を追撃 バーサーカーは、本来あり得ないはずの事態に驚いた様子を見せながらも、再び急旋 変え、旋回した戦闘機へ再び迫ったのだ。 避けられて直後、直進しかできぬはずの矢はまるで意思を持つかのようにその向きを その矢はそれだけでは終わらなかった。 ﹁││無駄だ﹂ 231 からだろう。 ﹂ 事実、寸前で霊体化し戦闘機から離脱したらしきバーサーカーはアサシンのすぐ近く に再び姿を現し、咆哮した。 !!! 形は違えど、両者とも騎士王のことを思い││今、2人の騎士が激突する。 に立ち塞がる。 あちらでは叶えられなかった、彼女の気高き姿を守るために。再びバーサーカーの前 アサシンはその間に立ちはだかり、今度は双剣を構えた。 女の消えた方向へと咆哮する。 戦闘中であるにも関わらず、その目にアサシンは映っておらず、狂戦士はひたすら彼 憎悪の叫びを上げるバーサーカー。 ﹁A││urrrrrrrrrrrrrrrrッ 乱戦 前編 232
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