お い 、 耳 長 の 。 人 に 聞 い て

162
163 第6章『旅の仲間』
瞬く間に三日が過ぎた。
二つの月の輝く星空の下、どこまでも続くような広野。
その真中たで、五人の冒険者は円陣を組んで座っていた。
うま
く
ため
から、煙が細く長く昇る。
中央に焚かれたエ炎
ルフ
す
森人たちの棲まう森が、暗い中に盛り上がって見える。
遠く背後には
「そういえば、みんな、どうして冒険者になったの?」
あこが
「そりゃあ、旨いもん喰う為に決まっとろうが。耳長はどうだ」
せっ そ う
「だと思った。……私は外の世界に 憧 れて、ってとこね」
「拙僧は、異端を殺して位階を高め、竜となるためだ」
「えっ」
「異端を殺して位階を高め、竜となるためだ」
ち ぎ
「は、はあ……。えと、まあ、宗教は、わかります。わたしも、そうですから」
「ゴブリンを……」
「あんたのは何となくわかるから良いわ」
ド ワ ー フ
「おい、耳長の。人に聞いておいてそれかえ」
火の勢いは若干弱く、鉱人道士が舌打ちをしながら枯れ草を千切り入れた。
焚エき
ルフ
いと
なお
いの結界を張る。森から離れても尚、ここまで影響が届いているのだ。
森人は火を厭い、火リ払
ザードマン
蜥蜴僧侶と女神官の手によって作られた。
往路最後の夕食は
「旨い! なんじゃいな、この肉は……!」
あぶ
にじ
かいさい
きば
む
炙った途端から脂の滲み出る肉に、たっぷり香辛料をまぶして焼き上げたそれ。
かじ
齧りつく。
香ばしくカリカリとした食感を気に入った鉱人道士は、二本、三本と続けざま
「おお、口にあったようで何より」
ドワーフ
鉱人道士の快哉に、蜥蜴僧侶は自慢気に牙を剥いた。
「沼地の獣の干肉だ。香辛料もこちらにはない物を使っておる故、珍しかろう」
エ
ル
フ
「これだから鉱人はやなのよね。お肉ばっかりで、意地汚いったら」
な
な
ほおば
め、小馬鹿にしたように鼻で笑った。
妖精弓手が顔をしうか
さぎ
う ま
「野菜しか喰えん 兎 もどきにゃ、この美味さはわからんよ! おお、旨い旨い!」
「む……」
鉱人道士がこれ見よがしに指の脂を舐め舐め、肉を頬張った。
うな
も
唸り声を漏らす。
自分が食べられない物をさも旨そうにしているさまを見て、妖精弓手が
た
だ
「あの、よかったらスープ、食べます? 炊き出しで作るようなものですけれど」
「いただくわ!」
女神官はというと、手慣れた様子で何種類かの乾燥豆を混ぜ、スープをこしらえていた。
け付けなかったから、その提案には耳が跳ねるほど喜んだ。
妖精弓手は肉をわ受
ん
差し出された椀にたっぷりとよそわれたそれは、あっさりした味付けで、何とも良い。
「うん。これは私も、何かお返しをしないといけないわね……」
なパンを取り出し、一行へ配った。
妖精弓手はそう言うと、荷物から葉に包まれた薄く小たさ
ぐい
エルフ
ふんわりと漂う香りは甘いものだが、砂糖や果物の 類 のそれではない。
「これは乾パン……じゃないですね。クッキーとも違うような……?」
「森人の保存食。本当は滅多に人にあげてはいけないのだけど、今回は特別」
「……美味しい!」
はむ、と女神官は一口かじった途端、その不思議な風味に思わず声をあげたた。ごた
うれ
さくさくとした食感にもかかわらず、内側はしっとりと柔らかく、また食べ応えもある。
「……そ、良かった」
ない素振りを見せつつ、どこか嬉しげに片目を閉じてみせた。
妖精弓手は気エの
ルフ
にお
「ふぅむ! 森人の秘伝が出たとなると、わしらも対抗せねばならんの……!」
ほどこ
おおびん
ならばと鉱人道士が持ちだしたのは、厳重に封の 施 された陶器の大瓶だ。
そそ
のぞ
とぷん、と。揺れる水の音。栓を抜いて椀に注げば、ふんわりとした酒精の匂い。
「ふふん、わしらの穴蔵で造られた、秘蔵の火酒よ!」
「火の……お酒?」
ドワーフ
妖精弓手が興味津々といった様子で、鉱人道士が手酌した酒を覗き込む。
「おうとも。まさか耳長の、酒も飲んだことないなんざ、童子みたいな事は言わんよな?」
「ば、馬鹿にしないで、鉱人!」
道士の手から椀をひったくった。
言うなり、妖精弓手はさっと鉱に人
ら
と睨むように見て、
並々注がれた酒を、じいぶっ
どう
やつ
「透明だけど、お酒って葡萄の奴でしょう? 飲んだことあるわよ。子供じゃないし……」
こくん、と。彼女は火酒を口に含んだ。
「……? ーーーッ!?!?!?!?!?」
から
せ
辛さにケホケホと咳き込み始める。
途端、妖精弓手はあまりの
よ
つぶ
「おう、 鱗 の。わかっとる、わかっとる」
うろこ
「ほどほどにな。 野 伏 が酔い潰れたのでは、話にならないぞ」
レンジャー
お、お水を……!」
「わ、わ、だ、大丈夫ですか
あお
呷るも、眼を白黒させた妖精弓手はヒィヒィと声も出ない。
大慌てで女神官が差し出す水筒を
「はっはっはっは。娘っ子にゃあ、まだ早かったかのう」
⁉
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167 第6章『旅の仲間』
女性陣の有り様をみて鉱人道士は愉快そうに笑い、蜥蜴僧侶が鋭く舌を鳴らして
「ほれ、どうだ、かみきり丸。お前さんも飲め!」
「………………」
さや
くさりかたびら
兜 の隙間から黙々と食事を摂り、早々に自分の作業に没頭している。
ゴブリンスレイヤーは、黙って差し出された火酒をがぶりと呷った。
ゆうげ
しゃべ
夕餉の間中、一言も 喋 ってはいない。
彼かは
ぶと
すきま
と
ゆ
そ
たしな
窘 めた。
剣、盾、短剣を磨き、刃の具合を確かめ、鞘に納める。革鎧と 鎖 帷子にも油を差す。 「むー…………」
そば
茹でたように赤く染まっていた。
その様を見て、妖精弓手は不満気に声を漏らす。顔が
「……なんだ?」
「…………なんで、たべてるときも、兜、脱がないわけ?」
「不意打ちで頭を殴られれば、意識が飛ぶからな」
ろれつ
「……たべてばっかりないで、あなたも何か出しなさいよ」
話に脈絡がない。舌っ足らずで呂律も回っていない。人差し指は傍の大岩を指している。
「……」
ゴブリンスレイヤーは応じない。
そんな有り様の妖精弓手が「むーっ」と睨みつけてつも
ぶや
おう、目が据わっとるわい。ぼそりと鉱人道士が 呟 いた。
―
そんな様子を見守っていた、女神官の頬が柔らかく緩む。
あれは、考えこんでますね。
いま
未だ表情はわからなくとも、その程度の事は、わかる。
ざつのう
ややあって、ゴブリンスレイヤーは面倒くさそうに雑嚢を探った。
ごろりと転がしたのは、乾燥して固められた、チーズの塊だった。
「これで良いか」
ほう、と蜥蜴僧侶が舌先で鼻を舐めた。見慣れぬらしく、しげしげと首を伸ばす。
「なんですかな、これは」
「チーズだ。牛や、羊の乳を、発酵させ、固める」
うなず
「なんじゃい、鱗の。お前さんチーズを知らんのか」と鉱人道士。
「うむ。拙僧、このようなものは初めて見た」
「家畜を飼ったりしないんですか?」
は重々しく 頷 く。
女神官が不思議そうに問うた。蜥蜴僧は侶
ぐく
「拙僧らにとって獣とは狩るものだ。 育 むものではない」
「貸して。切ったげる」
妖精弓手が半ば奪い取るようにしてチーズの塊を取った。
石を研磨したナイフを抜いて、あっという間に人数分切り分ける。
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「どうせなら火で炙った方が旨いわい。なんぞ枝でも……」
「あ、串ならありますよ」
い鉄串を取り出した。
鉱人道士が提案し、女神官が荷物からだ細
れ
「おうおう、娘さんは準備が良いの。誰かさんとは大違いじゃ」
あら
「誰のことかはっきり言いなさいな」
ひげ
ひね
妖精弓手が涼やかな声で怒りを露わにす0る0。
「胸に手を当てて考えてみんかい。その金床にの」
人道士は笑った。
髭を捻りながら鉱
とが
うつむ
妖精弓手は唇を尖らせ、女神官が顔を赤らめて 俯 く。
「ま、とにかく任せい。火の扱いはわしらの領分だからの」
鉱人道士は串にチーズを刺して、火にかけた。
術師らしい不可思議な手付きでくるくると炙っていく。
煙の中にふんわりと、甘い香りが混ざりだす。
「ほ! こりゃ上等なチーズだわい!」
瞬く間にチーズはとろりと溶けはじた。
鉱人道士が配ったそれを、冒険者たちは各々口に運ぶ。
「甘露!」
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171 第6章『旅の仲間』
しっぽ
たた
尻尾が地面を叩いた。
快哉を上げたのは蜥蜴僧侶だ。長い
「甘露! 甘露!」
「生まれて初めて食うチーズが旨いとは、何よりじゃ」
ぬぐ
鉱人道士は愉快そうにチーズをパクつき、火酒をがぶがぶと呷った。
「おう、おう。酒に合うの」
拭う。鉱人道士の口からげふ、と息が漏れた。妖精弓手が顔をしかめた。
髭に垂れた酒精を
のど
さく舐めた。
気を取り直した彼女は、端っこからチーズをバ小
ナナ
「……うん。ちょっと酸っぱいけど、甘い。甘蕉の実みたいね」
喉を鳴らす猫のように目を細めた。
長耳が大きく上下する。妖精弓手は
「これって、あの牧場のですか?」
半分ほどをかじった女神官が、ニコニコと顔を輝かせて言った。
「そうだ」
「美味しいですね!」
「そうか」
リンスレイヤーは静かに頷き、無造作にチーズを口に押し込んだ。
ゴそブ
しゃく
た ぐ
咀嚼し、火酒をがぶりと飲んでから、彼は自分の雑嚢を手繰り寄せた。
明日にはゴブリンの巣穴に踏み込む。装備の点検は欠かすことができない。
雑嚢の中には様々な小瓶や縄、くさび、得体のしれない小道具がぎっしりと詰まっている。
チーズの甘みで酔いが醒めた妖精弓手は、興味津々に覗きこんだ。
ひも
紐で奇妙な封じかたをされた巻物を調べていた。
ちょうどゴブリンスレイヤーは、
ねら
結び目を確認した彼が雑嚢にしまったところを狙って、妖精弓手は手を伸ばす。
「触るな」
ぴしゃりとゴブリンスレイヤーが言った。慌てて妖精弓手は手を引っ込める。
「危険だ」
「さ、触ろうとしてないわよ。……見ようとしただけ」
「見るな。危ない」
「むー」と妖精弓手は唸った。
取り付く島もないゴブリンスレイヤーに、
あき ら
諦 めきれないのか、彼女はちらちらと巻物を見ながら食い下がる。
ス ク ロ ー ル
「……でもさ。それって魔法の巻物でしょう? 私、初めて見たんだもの」
神官はおろか、鉱人道士や蜥蜴僧侶でさえ首を伸ばしてきた。
それを聞いて、ご女
くまれ
極稀に古代遺跡から発見される遺物。
魔法の巻物。
あれど呪文を行使できる、奇跡の品。
一度巻物を紐解けば、たとえ赤子ハで
イエルフ
製法は失われて久しく、最古の上森人でさえも知る者はいない。
魔法のかかった品物それ自体が希少だが、その中でもスクロールは別格だった。
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173 第6章『旅の仲間』
とはいえ、それが冒険者にとって便利なものか……というと、それは違う。
役立つものから無駄なものまで千差万別、かつ使い捨て。
書かれている呪文こは
う ず か
好事家や研究者に高値で売り払ってしまう。
多くの冒険者は
呪文は魔術師を仲間に引き入れればそれで事足りる。それよりも金が必要だ。
ゴブリンスレイヤーは、そうしなかった稀な冒険者のようだった。
女神官も、彼が巻物を持っている事は知らなかった。
「じゃあさ。触らないし、見ないから、せめて何の呪文かくらい教えてよ」
妖精弓手は身を乗り出してくる。赤く上気した肌から森の香りが漂った。
「駄目だ」
やはりゴブリンスレイヤーは彼女の方を見もせず切り捨てる。
「お前が捕まって、ゴブリンに漏れでもしたらどうする。使うときに説明する」
「……あなた、私のこと嫌いでしょう」
「選り好みはしない」
「それ、遠回しにどうでも良いって言ってない?」
「言葉以上の意味はない」
むぅ、と唸る妖精弓手の長耳が不服そうに上下する。
「耳長の。無駄じゃ無駄じゃ。そやつ、わしらより偏屈だもの」
鉱人道士が愉快そうに笑う。
「『かみきり丸』だからの」
おれ
「オルクボルグ、よ」
「……俺はゴブリンスレイヤーだ」
ぼそりとゴブリンスレイヤーが言う。
それを聞いて妖精弓手は顔をしかめ、また鉱人道士は楽しげに髭を捻るのだ。
「あの」
エルフ
と、そこで女神官が口を挟んだ。
「オルクボルグってどういう意味なんですか?」
「森人の伝説に出てくる刀のこと」
ドワーフ
妖精弓手が答えた。彼女はどこか誇らしげに、指を一本立てる。
「オルク……ゴブリンが近づくと青白く輝く、小鬼殺しの名刀よ」
ひど
「鍛えたのはわしら鉱人じゃがの」と、鉱人道士。妖精弓手が鼻を鳴らす。
「かみきり丸なんて酷い名前。細工物以外のセンスはまるでないのね」
ふく
「さしも意地っ張りな耳長どもも、わしらの細工には負けを認めるか」
鉱人道士は胴間声で笑った。妖精弓手は頬を膨らませる。
蜥蜴僧侶がこれみよがしに大きな目をぎょろりと回し、女神官に目配せをする。
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175 第6章『旅の仲間』
ることにも、彼女は慣れてきていた。
これが彼なりのユーモアでくあ
ちげ ん か
エルフ
ドワーフ
口喧嘩についても。森人と鉱人は、そういうものなのだ。
そして二人の悪意のない
最初こそ異人たちに面食らった女神官も、人見知りでは信者の相手など勤まらない。
、瞬く間に打ち解けていった。
彼女は積極的に三人の異人たちに話しかちけ
ぼ し ん
蜥蜴僧侶の父祖信仰は別段、慈悲深き地母神の教義と相反するものではない。
それに少なくとも見かけ上では同年代の娘がいるのだ。すこぶる気持ちは楽だった。
一方、ゴブリンスレイヤーは誰に対してもほとんど態度を変えない。
だがどうしたことか、その振る舞いは鉱人道士にとって好ましいものだったらしい。
しょっちゅう妖精弓手を苛立たせる彼を、何くれと鉱人道士は愉快そうにフォローした。
、女神官、妖精弓手、鉱人道士、蜥蜴僧侶。
ゴブリンスレイヤー
パーティ
―
はじ
り奇妙な連帯感を育んでいる。
この奇妙な即席の一党は、しかし、やは
ひた
浸らせていた。
女神官は不思議な居心地の良さに身を
なあ、俺たちと一緒に冒険に来てくれないか?
あご
僅かに、胸に刺さるものがない、とは言えなかったが……。
「そういえば、拙僧も一つ気になっておったのだが」
ぱたりと尾を鳴らして、蜥蜴僧侶が顎を開いた。ぱちぱちと焚き火が弾ける。
彼は問いを口にする前に奇妙な仕草で合掌した。食後の儀礼だという。
「小鬼どもは、どこから来るのだろう。拙僧は、地の底に王国があると父祖より教わったが」
「わしらは」
。
鉱人道士はげっぷをしレた
ーア
エルフ
「……ありゃ堕落した圃人か、森人だと聞いておるの」
「ひどい偏見ね」
を睨む。
妖精弓手がきっと鉱人道ド士
ワーフ
「私は黄金に魅せられた鉱人の成れの果てと聞いたわ」
「お互い様だの」
は が
はしたり顔で頷く。妖精弓手はゆるく首を振った。
鉱人道士
リザードマン
ドワーフ
「あら、蜥蜴人は地底から来ると伝えてるのよ? 鉱人の領土じゃない」
「む……!」
歯噛みした。やり込めた妖精弓手は、ふふんと自慢気に薄い胸を張る。
これには鉱人道士も
鼻先を舌で舐めた。
蜥蜴僧侶はちろりエと
ルフ
ドワーフ
「拙僧らは地下、森人と鉱人はともかく。人族はどう伝えておるのかね、女神官殿」
「あ、はい」
を回収し、丁寧に拭って清めていたところだった。
女神官はちょうど、みなの食ひ器
ざ
膝の上に置いてきちんと座り直した。
作業を終え、彼女は両手を
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177 第6章『旅の仲間』
わ
ほほえ
「わたしたちは、誰かが何か失敗すると一匹湧いて出る、と聞いてますね」
「なにそれ」
弓手はくすくすと笑った。女神官も微笑んで頷く。
妖し精
つけ
「 躾 の為の言い伝えですよね。失敗するとゴブリンが来るよっていう」
「いやいや、待て待て。だとすると大変じゃぞ」と、鉱人道士。
「そこの耳長娘を放っておけば、うじゃうじゃ増えるということでないか」
「まあ!」
ぴんっと妖精弓手の耳が逆立った。
ドワーフ
「失礼しちゃう! 明日には私の弓の腕をはっきり見せてあげるんだから!」
こわ
こわ
「おう、怖や怖や。お前さんの前にいると後ろから撃たれそうだわい」
スカウト
「……良いわ。小さい鉱人は、私の後に隠れてついてきなさい」
レンジャー
な
「もちろんだとも。お前さんは 野 伏 だからの。斥候に志願してくれて助かるわい」
鉱人道士がにやにやと笑って髭を撫でた。
妖精弓手が腕を振り上げて何か言い返そうとする。
「俺は」
ぽつりという呟きが、その間に入った。
自然と一行の視線がそちらへと集まる。
「俺は、月から来た、と聞いた」
ゴブリンスレイヤーだった。
ふた
「月? 月というと、あの空に浮かぶ双つのか?」
さび
蜥蜴僧侶の問いに、ゴブリンスレイヤーは「そうだ」と首肯した。
「緑の方だ。あの緑の岩でできた場所から、ゴブリンは来る」
は
「空から降ってくるというのは、予想外だったの」
鉱人道士がふぅむと深く息を吐く。
妖精弓手は興味津々と言った様子で聞いた。
「それじゃ、流れ星は小鬼なわけ?」
「知らん。だが、月には草も、木も、水もない。岩だけの寂しい場所だ」
ゴブリンスレイヤーは淡々と言った。うらや
「奴らは、そうでないものが欲しく、 羨 ましく、妬ましい。だからやって来る」
「ここへ?」と、妖精弓手。
「そうだ」
ゴブリンスレイヤーは頷いた。
「だから、誰かを妬むと、ゴブリンのようになる」
「これも躾の為のお話ね」
ふぅん、と。気のないふうに妖精弓手は言った。
「あの、どなたから教わったのですか?」
女神官は少し身を乗り出して聞いた。
彼は常に現実的で徹底的だ。こういう話題は珍しかった。
「姉だ」
「お姉さんがいらっしゃるのですか」
「ああ、いた」
ゴブリンスレイヤーは頷いた。
女神官はくすりと微笑んだし。
か
叱られている姿を想像すると、少し愉快だった。
この堅物な冒険者が姉に
「じゃ、あなたは月からゴブリンが来るって信じてるわけね」と、妖精弓手。
ゴブリンスレイヤーは静かに頷く。
「少なくとも」
彼は、ぼんやりと月を見上げた。二つの月を。
「姉は、何かを失敗した事はなかったはずだ」
き火がぱちりと弾けた。
それきり、彼は黙った。か焚
す
とら
妖精弓手の長い耳が、微かな吐息を捉えた。
彼女はそっとゴブリンスレイヤーの鉄仮面に顔を寄せる。
ゴブリンスレイヤーの表情はわからない。
妖精弓手は、猫のように笑った。
「つまんないの。寝ちゃったわ、彼」
「ほ。火酒が効いたかの」
か い が い
鉱人道士は今まさに、瓶から最後の一滴を呷ったところだった。
「がぶがぶ飲んでましたものね、そういえば」
毛布を取り出し、甲斐甲斐しく彼にかけてやった。
女神官は荷物かむら
なもと
胸元を撫でる。自分も疲れていたが、彼も少し休むべきだと思った。
そっと革鎧の
「拙僧らも休もう」
蜥蜴僧侶は重々しく頷く。
「見張りは取り決め通りに。しっかり眠らねば、それこそ失敗をしてしまう」
―
978-4-7973-8615-8
人道士、三者三様の返事があった。
女神官、妖精弓手、も鉱
ぐ
うかが
潜り込みながら、妖精弓手はちらりとゴブリンスレイヤーの方を 窺 った。
もぞもぞと毛布に
では眠らないというけれど。
ふむ、と小さく呟く。警戒している野生の動物は、決して人し前
ゃく
ちょっぴり嬉しい、と思ってしまう自分が、なんだか 癪 ね……。
日頃発売! ISBN
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続きはGA文庫「ゴブリンスレイヤー」で! 2月
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179 第6章『旅の仲間』