22ページ - 杉戸町

 いざ、杉戸の歴史を再発見!
受け継がれし郷土の宝に出会う…
平成 28 年 2 月号
すぎと
広報 No.574
杉戸宿開宿 400 年(平成 28 年)を迎えて…
旅人長四郎の病死をめぐって
※
∼古きをたずねて
杉戸を再発見∼
せず、宿送りしたということがわかりました。
その後、あらためて道中奉行から各宿場へは、
こ た び の し か た ふ と ど き せ ん ば ん に そうろうあいだ
元 禄 四 年︵ 一 六 九 一 ︶ 八 月 十 二 日 の こ と、 廻 状︵ 御 触 れ ︶ が 出 さ れ た の で し た。 史 料 に
馬 に 乗 っ て 来 た 増 子 村︵ 栃 木 県 益 子 町 ︶ 出 身 はつぎのように記述されています。
くにもと
の 長 四 郎 と い う も の が、 杉 戸 町︵ 宿 場 ︶ で 宿
せんぎをとげ き っ と もうしつけべくそうらえども びょうにんちょうしろう あいはてうえ
を求めました。長四郎の話では、
﹁病気で国許 ﹁
︵前略︶此度之仕方不届千万ニ 候 間 、
か ご
は あ い て こ れ な き ゆ え ゆう めんいたし そのとおり に
て さしおきそうろう
に帰る途中だから、ここで一泊させてほしい。 遂 僉 議急度可 申 付 候 得 共、病 人 長 四 郎 相 果 上
に
あいきく
う とも そ の せ つ と う ば ん の と い や や く に ん お し お き
ごじつ
明 日 の 朝 に は こ こ を 立 ち た い か ら 駕 籠 を 出 し ハ 相 手 無 之 故 致 宥 免、 其 通 ニ 而 差 置 候 、
言
じ こ ん い ご みぎのおもむき あ い そ む く におい ては
て く れ。
﹂ と の こ と で し た。 杉 戸 町 の 人 々 は、 自 今 以 後 右 之 趣 於 相 背 ハ、 後 日 ニ 相 聞
もうしつけべくそうろうあいだかたくあいまもりべくそうろう
翌 十 三 日 の 朝 に は、 本 人 の 希 望 ど お り 長 四 郎 と い ふ 共 其 節 当 番 之 問 屋 役 人 御 仕 置 ニ
を 駕 籠 に 乗 せ、 つ ぎ の 宿 場︵ 幸 手 町 ︶ へ と 送 可 申 付 候 間 堅 可 相 守 候 、
︵後略︶
﹂
りとどけたのでした。
と こ ろ が、 こ の 長 四 郎。 そ の 日 の 夜 に 小 山
端 的 に い え ば、
﹁今回の件は当事者長四郎
ゆる
町︵ 栃 木 県 小 山 市 ︶ か ら 新 田 町︵ 同 前 ︶ に 着 が、 す で に 亡 く な っ て し ま っ た の で、赦 す こ
た場合は、宿場の問屋役人は厳しく罰す るか
いたところで、養生することとなりましたが、 とにするが、今後もし同じようなことが あっ
すぐに亡くなってしまいます。
実 は こ の 旅 人 長 四 郎 の 病 死 以 前、
﹁ 重 病 の ら、
よく心得ておきなさい﹂というものでした。
旅 人 が い た 場 合 は、 本 人 の 意 思 に 関 係 な く 宿 杉戸町の問屋役人も、胸をなでおろした こと
※この頃﹁杉戸宿﹂という呼称はしていない。
送 り せ ず、 十 分 に 養 生 さ せ、 快 気 し て か ら 旅 でしょう。
立 た せ る よ う に ﹂ と の〝 お 触 れ 〟 が 道 中 奉 行
か ら 各 宿 場 へ と 出 て い た の で し た。 に も か か
杉戸宿開宿四百年
注目!
重大発表!「杉戸宿開宿 400 年まつり」開催日決定!!
編集・発行 杉戸町秘書広報課 〒 345-8502 埼玉県北 飾郡杉戸町清地 2 丁目 9 番 29 号
0480 (33) 4550
ホームページアドレス http://www.town.sugito.lg.jp/
☎ 0480 (33) 1111
1月8日㈮、すぎとピア(大字堤根)で開催された「杉戸町新春賀
詞交歓会」にて、杉戸宿開宿400年PRが行われました。
その最中、手作りの厚紙甲冑に身を包んだ武将が登場し、火縄銃
で的を撃ち抜くパフォーマンスで、「杉戸宿開宿400年まつり『10月
30日㈰開催』」を堂々と発表!!また、三度笠姿のすぎぴょんが初
お披露目され、
会場を盛り上げ
ました。
第 21 回
︵社会教育課 町史・文化財担当 編︶
【衣装協力】千葉県松戸市
「松戸手作り甲冑愛好会」
問合せ
商工観光課 魅力発信担当 内線310
わ ら ず、 新 田 町 を 除 く 各 宿 場 の 対 応 が 悪 か っ
ふとどきせんばん
たため、旅人長四郎を死なせてしまったのは、
不 届 千 万 と い う わ け で す。 道 中 奉 行 で は、 長
四 郎 の 病 状 が 重 か っ た に も か か わ ら ず、 宿 送
りしたのは一体どこの宿場なのかを調査させ
た よ う で す。 そ の 結 果、 杉 戸 町 で は 養 生 も さ