第一の世界 第三回 ドロシー リモ 代介と同じクラスの活発な少 女。近所の幼なじみでキック ボクシングをたしなむ。代介 のことが気になっている 突然あらわれた美少女その1。 言動が少しぞんざい。何かを 捜すために代介のもとにやっ てきたようだが…… 突然あらわれた美少女その2。 長髪で小柄、おとなしい。ド ロシーよりは常識を持ち合わ せている模様 とになったのだ。それも、一度に二人。 彼らは慣れた様子で機敏に動く。無駄口を きかずに黙々と働くその仕事ぶりも、なんだ に気づいてうろたえたりした。 か人形とか影絵のような印象だった。 モデルやアイドル顔負 おまけにどちらもか、 わ い けっていうぐらい可愛い。 ── 第一の世界の十 ── 中三。またクラスが同じになった。席も隣 同士。私は心臓がどきどきした。 か ら だ 瞳子の独白 ほどなく、城館の玄関ホールに、小さな舞 台が設営された。 「楽しみですね」 しかも、ドロシーは明るくて積極的。リモ は素直で真面目で成績もいい。 私の隣に座った塔子がささやく。 「影絵のお芝居なんて、私、初めてです」 我ながらカッコ悪い。 シー、リモのあいだに割りこんだりしている。 気になってしょうがないので、登下校のタ イミングも、無理やり彼に合わせ、彼とドロ けれど、自分が、影絵芝居というものを見 たことがあるのかどうかは思いだせない。 自分に関する記憶のない私だけれど、影絵 がどんなものかは知っている。 私はどうなのだろう。 彼が時々、私の勉強を見てくれたこともあ りがたかった。ぼんやりしているようだけど、 ※ しゅくじょ 「それでは、お美しい淑女お二方のために、 のような経験をするという物語! 涙あり、 笑いあり、親子の葛藤、恋と革命、天使と悪魔、 黒服の団長が、前口上の声を張る。 「時は昔、所は異国! 平凡な市井の若者が、 ある日、二人の魔女にたぶらかされ、白昼夢 は嬉しかった。 面倒見のいい人なのだ。 今のところ、彼はドロシーにもリモにもそ れほど関心がないみたい。 ぁぁぁぁぁぁぁぁ考えたくないよ。 善玉、悪玉、英雄豪傑、妖怪変化が入り乱れ 心をこめて演じさせていただきます」 勉強する場所は、いつも私の家。彼は、お となしい人によくあるように、部屋に他人を でも年頃の男女が同居しているわけだから、 いつ何が起きてもおかしくないような……わ の構えるミットを連打しまくっている。 (な 私は今このぬ瞬間も、危機意識と焦燥に駆ら れて、汗に濡れた髪を振り乱しながら、会長 ての大活劇! やがて物語は、神の造りたま いしこの世界の、根幹の大秘密に関わる黙示 タイ式キックでは、試合の前に、神さまに 勝利を願って、ワイクルーという舞を踊る。 昔から、あまり人づきあいに積極的な方じ ゃなかったけど、歳とともにだんだんそれに 拍車がかかってきた。 んにも知らない会長は、「よし、 いい気合だ!」 彼がいつもどんなことを考えているのか、 私みたいな単純人間にはよくわからない。 とか言ってる) 彼の目に私がどう映っているのかも。 私もワイクルーを踊って祈りたい気分だ。 神さま助けて。 また壮絶! どうぞごゆるりとご笑覧くださ いませ!」 「今は大事な時なんだ ジムの会長からは、 から男なんかに気を取られるなよ」と、きつ 彼らは私たちに、影絵芝居を見せてくれる のだという。 私と塔子が見ている前で、旅芸人の一座が、 舞台を作っている。 舞台が終わると、旅芸人たちは、塔子から 幾ばくかの報酬を受けとり、去っていった。 く言われている。 一座は、座長を入れて全部で十人。 「おもしろかったですね」 ── 第一の世界の十一── 灯子の世界について でも、それを自分への口実にぐずぐずして いたら、とんでもないことになってしまった。 さっき、ここにくる直前に味わったのと同 じ不快感、同じ目まいに襲われた。 録の様相を呈してまいります。奇絶! 怪絶 なんだか、自分だけの世界があって、他人 を避けてるみたいな。 でも、それだけじゃない。 彼には、なんだか秘密の匂いがする。 入れるのが好きじゃないみたいだ。 正直言って、私は今、ものすごく危機感を おぼえている。試合の前から十ポイントぐら その時にはっきり気がついた。ああ、私、 やっぱり、代ちゃんが好きなんだな、と。 私の元気をもてあました父が、キックボク シングのジムに私を通わせたほどだ。 彼はといえば、私とは正反対。 そのころからなんとなく、いつもぼんやり していて、あまりしゃべらない、本やテレビ が好きなおとなしい子だった。 〝ぼんやり代ちゃん〟だったのだ。 さ え きと う こ 瞳子。 私は佐と伯 うど うだ いす け 彼は藤堂代介。 家は同じ町内で、学校もずっと一緒。親同 士も仲がいい。 ごく単純。 彼を好きになけっがたきっかけは、とす しうえ 私が暴れて怪我をした時や、歳上の子とケ ンカをして泣かされたりした時、彼はいつも うれ 心配してそばにいて、なぐさめてくれた。そ れが嬉しかったのだ。 「誰が 女の子というのはませた生き物で、 好き?」なんていう話を、小学一年生ぐらい から普通にしていた。 私はなんの抵抗も遠慮もなく「だいちゃ ん!」と答えて、他の子たちと、きゃあきゃ 多分、彼の方は、私がこんなに彼を気にし ているなんて気づいていないと思う。何しろ 突然、彼の家に、同い年の女の子が住むこ 「あ、あ、あ、あ、あ……」 ── 第二の世界の九── 絵芝居 影 でも小学校の高学年くらいになると、本格 的に男女の違いを意識するようになり、なん と、俺はおぼつかない口調で切りだした。 女の子は、まだ不安そうだ。 遠ざかる馬車を見送りながら、塔子が言う。 「うん……」 〝ぼんやり代ちゃん〟だから。 となく距離ができてしまった。 「俺は、藤堂代介……。いきなりでわけがわ 身体がどこか遠くへ飛ばされてゆく感覚。 ない──はずなのに、でも。 目の前にいる、その女の子を見ていると、 直感的にわかる。信じざるを得ないのだ。 でも女の子は、 「…………」 と、リモは申し訳なさそうに頭を下げる。 この子はドロシーよりは常識人なのだ。 (フィギュアやポスターがないな) 机の上の小物や、たくさん飾ってある人形 やぬいぐるみ。並んでいる本のタイトル。 俺の部屋よりずっと女の子らしい。 この俺、藤堂代介が、女性として生まれて きたバージョン? そんなこと、いきなり言われても信じられ るはずが……。 私が生返事をすると、 「何を考えておいでですか?」 「物語って、不思議だなって」 「え?」 今度はまちがいない、本当の俺の部屋だ。 フィギュアもポスターもある。 よ。ごらんになりますか」 塔子は、私の言葉を聞いて、 「それでしたら、ここには図書室もあります うな気がする」 に、自分の中の何かが呼びさまされる……よ 「知らない場所の、知らない人たちの話なの パラレルワールドから戻ってきたようだ。 よかった……というか、今のは本当に現実だ ※ 図書室は、二階の南の端にあった。 天井が高い。塔に隣接している広い部屋だ。 林立する書棚は、細かく正方形に仕切られ、 紙の束がおさめられている。 「製本された書物が並んでいるわけじゃない とうのか」 ドロシーとリモが何者で、なんで俺につきま そして最後に、こうつけ加えた。 「……結局、俺にもよくわからないんだよ。 終えたところだった。 俺はようやく、灯子に ── 女の子バージョ ンの自分自身に──これまでの経過を説明し 親は仕事に行っているので、今、この家に いるのは、俺と灯子だけだ。 小一時間経過。 ドロシーもリモも、まだ戻っていない。 ── 第一の世界の十二── 自分の分身と親しくなることについて くなることについて」と章題が書いてあった。 私は手近の棚から、一部を取ってみた。 「第三九七の世界の十二・自分の分身と親し 広い部屋に立ち並ぶ書棚。そこにおさめら れた、膨大な写本、手稿、紙の束。 られた写本や手稿のたぐいです」 んどは、手書きのものです。紐で簡単に綴じ のね」 「ここどこ? わたしの部屋じゃない……。 わたし、どこに連れてこられちゃったの?」 う簡単に見つかるとは思ってなかったけど」 ち ょ と つも う それに、お話に出てきた二人の魔女。彼女 たちを私は知っているような気がする。 「白昼夢の迷路……」 「まるで白昼夢の迷路に放りこまれた気分な 「…………」 この物語は、私の記憶を刺激する。 でも、どうして? んだ。ちゃんと説明できなくて悪いけど」 ※ 直で性格のいい子と、傍若無人で猪突猛 し素 ん 進な子と(後者には、なぜかムカつく) 。 ひも 「そういう本も少しはありますけれど、ほと 「捜してるヤツ?」 まあ、影絵を見ているだけで退屈しないか らいいけれど。 りもしなかった。 影絵芝居には親子のドラマなんか出てこな かったし、英雄豪傑や妖怪変化が入り乱れた 座長の前口上は、多分に誇大表現だった。 ── 第二の世界の十 ── 図書室1 ドロシーは、俺と一緒に、灯子もこの世界 に連れてきてしまったのだ。 俺の服の裾を、不安げに握りしめているの は、灯子だった。 横から声がした。気がつくと、制服の裾を つかまれている。 また白昼夢でも見ていたんじゃ……。 「あの」 ったんだろうか? 気がつくと、自分の部屋にいた。 ……俺はまた白昼夢を見ているのか? パラレルワールドのもう一人の自分? 中一と中二では別のクラス。 からないだろうけど、こっちも何がなんだか 時々、校庭や登下校の帰り道に彼を見ると、 いつの間にか視線でその姿を追っている自分 わからないんだ。きみは?」 これは、自分だ。もう一人の俺だ、と。 鏡を見て、それが自分だとわかるように。 「と、とうこ。藤堂、とうこ。あかりの子って 「とうこだって???」 書いて、灯子……」 「きゃっ」 あるいは、突然、生き別れの双子の妹に出 くわしたら、こんな気分かもしれない。 ── もう一人の自分がそこにいる。 んだ。知ってる子と同じ発音だったから、え 「ご、ごめん。おどかすつもりじゃなかった 思わず大きな声を上げてしまった。女の子 ── 灯子は、おびえたように身をすくめる。 それを簡単に受け入れてしまう俺は、やは りどこか、夢と現実を見きわめる感覚が、狂 っているのかもしれない……。 「あ、あの」 えと……これってどうなってるんだ?」 したりすると、設定もランダムに変わるって とドロシーを見ると、 「世界がイレギュラーな形で分裂したり増殖 と、女の子(もう一人の自分)は、我に返っ たように後ずさった。 誰なんですか」 と、部屋を見回すドロシー。 確かによく見ると、俺の部屋とは違う。 また、わけのわからんことを。 「ふむ。この部屋もいろいろ違ってるわね」 ことね。おもしろいわ」 「どういうことなんですか……。あなたたち、 アニメヒロインのコスプレみたいなかっこ うをしたドロシーが答える。 「言ったでしょ。あたしたちは、パラレルワ ールドからの来訪者よ」 「突然おじゃましちゃってごめんなさい。用 と、当惑しきった表情。無理もない。 俺の分身みたいな存在なのに、「灯子」は、 アニヲタでも腐女子でもないんだろうか。 事がすんだらすぐいなくなりますから」 女の子は、つややかな長い黒髪。いわゆる 姫カットみたいな髪形だ。 ドロシーは、きょろきょろ周りを見回して、 「あいつの気配がないわね……。ここにはい カーテンや壁の色、机や本棚などの家具は 似ている。でも、あたりまえだが、この部屋は、 セーラー服を着て、白いソックスをはいて いる。背は俺よりやや低い。 「今度はなんの話だよ」 顔だちは整っているけど、派手さはない。 放課後に、文科系の部活や委員会活動なんか ……だけど、なんだか奇妙なストーリーだ。 一つの世界がいくつにも増殖、分裂して、そ 「あたしたち、捜してるヤツがいるのよ。そ を真面目にやっていそうな……。 「念のために、そのへん見てくる。リモ、一 のあいだを主人公たちが往還するのだ。 してるあいだは目を閉じとくのよ」 私と塔子の前で、光と影が踊り、語り、笑 っている。幻想的な光景だ。 ……って、確かにどことなく俺に似てる。 緒にくるでしょ」 あれは、いわゆるパラレルワールド、多次 元宇宙とか平行世界というものだろうか。 たた 窓を開け、外に飛びだす体勢のドロシーと リモ。 座標はもう登録したから。ただし、ジャンプ 「あんたは先に帰ってていいわ。この世界の 「おい、俺たちを置いてくのか?」 「にらめっこしてないでなんか話したら? あんたたちは、自分のクローンが性転換した と仲良くなる機会なんて滅多にないわよ」 言われて、思わず目をつぶる。 次の瞬間。 め っ た みたいなもんなのよ。異性バージョンの自分 ドロシーが、手をぱんぱんと叩く。 「さあさあ、二人とも」 それがこんな美少女というのは、倒錯的に 面はゆいというか、複雑玄妙な気分だが。 「うん」 ないのかしら」 色白でおとなしそうで、スカートの丈も長 め。見るからに優等生タイプ。 大きな広い建物の中で、二人の女の子が、 影絵芝居を見ている情景が。 目を閉じているのに、見たこともない情景 が夢のように頭をよぎる。 あ笑いあっていたものだ。 もがんばった。彼と同じ高校に合格した時に 体を動かすのが大好 幼稚園のころ、私は身 きで、きかん坊の暴れん坊だった。 ©project D.backup いハンデをくらってる気分だ。 イラスト:仁井学 そのあいだ、私はずっとキックボクシング に夢中だった。でも、中三の時には受験勉強 志茂文彦 滅多にあったら困るわ、そんなもん。 「えーと」 52 53 連載 佐伯瞳子 普通の高校一年生。性格はご くまじめ。強制的にパラレル ワールドに連行され、もう一 人の自分と対峙することに さまざまな世界が交差する物語。普通の高校生男子・藤堂代介(と うどう・だいすけ)は、ドロシーとリモ、2人の少女にパラレルワ ールドに連れていかれる。そこでこの世界で生きる代介であろう女 の子と出会う。そして第二の世界と呼ばれる、別の世界の〝私〟のも とに旅芸人の一座がやってきた。彼らは影絵芝居を見せようとする。 藤堂代介 じ す ら あ さ えきとう こ とうどうだいすけ 第二の世界 トウ コ 私 塔子 過去の記憶がない少女。名前 など、自分に関する記憶を一 切失い、鏡に自身の姿が映ら ない。洋館で塔子と暮らす 〝私〟の世話をする少女。褐 色の肌に美しい金髪。 〝私〟が どういう存在であるのか知っ たうえでそばにいるらしい れている。気持ちはわかる。 話を聞いているうちに、灯子も落ちついて きたみたいだ。でも、まなざしは不安げに揺 「あなたの血液型は?」「O型」「わたしも」 「性染色体以外はすべて同一ってことかな」 か言ってたけど」 「ドロシーさんは、『性転換したクローン』と 「遺伝子とか、どうなってるんだろう」 るだろうなあ) (こういう性格だと、生きていくのに苦労す 灯子は恥ずかしそうだ。でも、俺と同じで、 頼まれごとを断るのが苦手なんだろう。 「ちょっとなら……」 だし、それぐらい普通じゃ……」 「別に変じゃないんじゃないか。女の子なん そういえば、さっきの部屋には、人形やぬ いぐるみがたくさんあったっけ。 「でも」「でも」 「ただのうっかりミスじゃないかな。心配し 「わたしをここに送りこんだのは……」 たのね? さっきのドロシーさんは」 「そう。そのために俺が必要らしい」 「でも、ええと……世界を修復って言ってい と俺がうながすと、灯子は、俺が言おうと していたのと同じことを言った。 な経験は初めてだ。 初対面の女の子なのに、会話のテンポがよ くて、なんだかいくらでも話がはずむ。こん 「それって困るな」「そうね。フフ」 「かけてみたら、つながるのかな」 まだから、今は持ってないけど」 「わたしもそっくり同じ。カバンに入れたま 打てば響くような会話のリズム。 「俺のスマホはこれ。 アドレスはこういうの」 と言いながらも真っ赤だ。悪いことをして しまった。いや、別に自分自身なんだから、 は恥ずかしいんだろう。 灯子はおずおずと制服の胸元を開いた。自 分同士ではあっても、さすがに肌を見せるの しみじみとそう思った。他人事とは思えな い、完全に言葉通りの意味で。 に、可愛い絵が描かれてたりするでしょう。 灯子はほっとしたようだった。 「あのね、道とかお店に貼ってあるポスター お友だちもできやすいでしょう? わたしの はちょっと違うから。もっと、内にこもって 「でも、アニメが好きな人なら大勢いるし、 と、ほぼ同時に同じ言葉が口をついて出た。 「え……何?」 なくても、頼めば元の世界に帰れると思うよ。 気をつかわなくていいのかもしれないが。 鎖骨の上に、ホクロ発見。俺と同じ部位だ。 たり……あと、可愛い動物の絵が描かれたポ 「こういう絵を見ると、助けてあげたくなっ 描かれている。 道端に貼ってある、交通安全のポスターを 指す。小さな子が、車におびえたような絵が っていうか……。あ、ほら、こういうの」 ないの。放っておけない気持ちにさせられる ああいうのが、わたし、気になってしかたが 「なんでも聞くよ。自分同士なんだし」 儀のようなものであるのと同じなのだろう。 ゃうかもね」 「友だちからメールがきたら、両方に届いち んだけど……」 「それとね、これも、誰にも話したことない お互いの顔をまじまじと見つめあう。 (……やっぱり可愛い) 灯子はそそくさとボタンをはめる。 「確認できたよ。あの、なんかごめん」 ろうなあ……) それが正直な感想だった。そばにいると、 なんだかほっとする。 (これってやっぱり、自分同士だからなんだ 性別は違っても、双子より、親子より、も っと近しい存在なわけだから、打ちとけあう そして、灯子も同じように思っているらし いことが感じられるのだった。 誕生日、 これまで通った学校、 訊ねてみると、 クラス、担任の名前、すべて同じだった。 たず のも早いみたいだ。 「う、ううん。いいの」 俺にとってアニメやゲームやコミックが、 みんなで楽しむ祝祭というより、個人的な秘 うつむき加減で、少しさびしげな表情。 るっていうか……」 なんだかんだ言っても、そんな悪い連中じゃ (もう一人の自分か……) 「いや、そっちからどうぞ」 ないみたいだし」 灯子にとっても同じらしい。言葉の端々か ら、それが感じとれる。 「だったらいいんだけど……」 まだ少し不安そうだが、灯子の表情は少し だけ和らいだ。 「不思議……。わたし、初対面の男の子と普 通に話してる。それも、敬語も使わないで」 教室での灯子のポジションが、その発言か ら、なんとなくうかがえる。おとなしくて、 奥手で、男子が苦手なんだろう。 灯子が外に出てみたいというので、散歩に 行くことにした。 手は俺の方が大きいけれど、掌紋も指紋も そっくりだ。詳しく鑑定したら、完全に同一 「え? う、うん」 隣に並んで、右の手のひらを比べてみる。 「ちょっと、手を出してみて」 うと思ってた」 「そうそう。わたし、そっくり同じこと言お 「生き別れの双子に会ったみたいな?」 って。まるで……」 「うぅー」 だから」 「無理にとは言わないけど……でも、この際 しまった、 打ちとけすぎて、 灯子は赤くなる。 つい遠慮がなくなった。 「あの、確認しなくちゃだめ?」 も俺たち二人の場合はどうなんだろう」 りするって、なんかで読んだことがある。で 「双子だと、ホクロは対称的な位置にあった と、胸元を開いて見せると、 「ええと、わたしはどうだったかな……」 るの。もう高校生なのにね……変でしょ?」 部屋で、一人で遊んだり、話しかけたりして 灯子はちょっと恥ずかしそうに、 「わたしの方はね、お人形とかぬいぐるみ。 とか、フィクション全般。そっちは?」 「うん。あと他にも小説とか映画とかゲーム うか、なんでも打ち明けられる気分だ。 でも、相手も自分だと思うと、ヲタバレし ても、さして抵抗を感じない。身内感覚とい 察せられるだろう。 歩きながら灯子が訊ねる。部屋にあれだけ フィギュアやポスターがあれば、当然そうと 「な、苗字も同じだろ」 そうか、この子も俺と同じ症状に苦しめら れてるんだな。 小さな生き物を踏んでしまったような気が して、確認せずにいられなくなったのだ。 もちろん俺には、灯子がどうなったのかわ かった。OCDの症状だ。 げ、首をねじって靴の裏を見る。 不意に泣きそうな声になる。そして、うろ たえたように片足立ちになり、膝を後ろに曲 「あ、あの。ちょっと待って……」 灯子が立ちどまった。 「どうした?」 てたような気がするよ」 かもしれない。 と灯子は迷う。 「誤解って、何が誤解なの?」 で見てられなくなったりとか……本当にがま スターが雨に濡れてたりすると、かわいそう さすがに交友関係は、男子と女子なので違 いがある。何もかも同じではないようだ。そ 「俺もだよ。俺、正直、対人スキルとかそん な高くないんだけど」 んできなくなって、はがして持って帰ったこ ういえば制服のデザインも違っている。 ともあるの。……でもこれって泥棒よね」 「やっぱりこれって……」 感心していた。 苦いものを呑みこんだあと、無理に笑って いるような表情。 「私のお母さ 灯子の靴は、母親のを借りた。 んも、これと同じ靴を持ってる」と、灯子は 夕暮れの景色を、灯子は見回す。 「私の世界と、変わらないみたい」 っていうか、 感じやすいんだろうな。 優しい、 メンタルの不安定さが、灯子の場合はこうい それと、なぜか灯子の世界には、瞳子が存 在しないらしい。 「俺も、きみの世界を探検してみたかったな。 う形で出てるんだろう。 「自分だから」「自分だから」 こっちと同じかもしれないけど」 「あ……」 あ、わたしの知りあいにはいないけど」 その代わりに、本人が同じ発音の名前を持 つ「灯子」がいるわけだ。まさしく、ちょっと の?」 「ね、あなた、アニメとかマンガが好きな 「キックボクシングの得意な女の子……。さ ズレた、もう一つの現実だ。 また声が重なった。そして二人同時に、ち ょっと顔がほころぶ。 「うん、わたしもそう」 「そうだ。 俺はここにホクロがあるんだけど」 「なんだか、きみのこと、ずっと前から知っ 灯子は、少し打ちとけたような笑顔。 「……まだ信じられないけど、でも、なんと 「爪の形もよく似てるね……」 ワールドっぽい物語だった。 なくわかるの。あなたがもう一人のわたしだ 「俺もよくそうなるんだ。待ってるから」 私は腰を据えて、棚の紙束を読み始めた。 「今までずっと遠くに住んでたってことだよ」 「でも、遠縁の従妹って、意味がわからない そう言う俺の横で、灯子もうなずく。 「そうなの。でも小さい時は仲がよくって」 見しながら歩いてたらつまずいちゃって」 「このへんの案内をしてもらってたの。よそ 「久しぶりに会ったからなつかしくてさ」 まさかパラレルワールドからきた俺自身と は言えない。 「それで、俺が支えてたところなんだ」 「そうそう、そうなの」 「確かに似てる……。まるで兄妹みたい」 瞳子は近寄ってきて、まじまじと俺と灯子 を見比べる。 スムーズに言いわけが重なる。さすが自分、 ナイスなパートナーだ。 「だ、代介くんの遠縁の従妹の藤堂灯子です。 息ぴったし。さすが自分。 「子どもの時からよく言われてたんだ。 なっ」 はじめまして」 「親戚のおじさんやおばさんたちに。ねっ」 身体が動かないタイプらしい。 灯子があいさつするが、まだ俺にしがみつ いたままだ。この子も動転すると、とっさに 「従妹! ずっと離れてた、遠縁の従妹なん だ。だからほら、似てるだろ、どことなく」 い と こ 「生き別れの?」 と思わず言いかけてこらえる。 そんな、 双子、 すぐバレそうな嘘はダメだ。 「えー、生き別れの、ふた」 「だから誤解だって! この子はえーと」 そんな」 んだけど」 ょ。誰なのその子。私に隠れて、いつの間に みょうじ 「……ありがとう」 ── 第一の世界の十三── 修羅場的な場面の主役になることについて 不穏なトーンの瞳子。 「そんなにくっついて、誤解も何もないでし 灯子は蚊の鳴くような声で答えた。俺は、 灯子を自分の肩につかまらせ、確認作業がす 然とし 抱きあう体勢の俺と灯子を見て、呆 ている瞳子に、俺は叫ぶ。 ぼうぜん 灯子の長い、つややかな髪が俺の顔のすぐ 横で揺れる。俺は、黙って待っている。 「待て、誤解だ!」 むのを待った。 「きゃ……」 出てくるんだなあ……) 「主人公がヒロインと アニメやラノベで、 密着する」+「そこに他のヒロインが遭遇す と口にしてから、しみじみと思った。 (こういう時って、ほんとにこんなセリフが その時。 「代ちゃんっっっ???」 る」という、修羅場的イベントは定番だが。 片足立ちだった灯子がバランスを崩した。 俺はとっさに支える。抱きあうような姿勢に 「うわっ!」 なった。 ギョッとしてふりむくと ── 。 って、そんな感慨にふけってる場合か。 これだから俺はぼんやり代介なのだ。 セリフだったのだな。 その時、主人公は「待て、誤解だ」的な発言 をよくするけれど、あれはリアリティのある 大きなスポーツバッグをかついだ瞳子が、 目を丸くして、俺と灯子を見つめていた。 ── 第二の世界の十一── 図書室2 私が読んだのは、何か長い物語の断章だっ たようだ。 それも、コミカルな部分らしかった。自分 の分身である相手に出会った少年と少女が ないのではないか」と思いついて、実際に試 「自分同士なら裸を見せあっても恥ずかしく していたら、そこに少年の幼なじみの女の子 がやってきて、その現場を目撃されてしまう という……。 の一部らしいです」 ※ 「ここにあるのは、どれも一つの大きな物語 塔子が、私たちをぐるりと取りまく書棚の 列を見回した。 りませんけど、この棚の、横の段がそれぞれ 「私も全部は読んでいないので全体像はわか のお話。そして、上下の段は、そのお話のバ 『第なん番目の世界』 と名づけられた一続き リエーションになっているようです」 「バリエーション」 第三の世界の一、第四の世界の一……は、世 「ええ。第一の世界の一と、第二の世界の一、 界が別々でも同時期に起きている出来事で、 でもお互いに、他の世界の存在には気づいて いない、ということみたいです」 横方向が一本の時間軸で、上下が無数に並 列する平行世界ということだろうか。 そういえば、さっきの影絵芝居もパラレル 54 「ほんとだ……ってか、それじゃ、きみの世 と灯子が周りを見回す。 「冬美さんのマンションの近所じゃない?」 「あれ? ここって」 とともにどんどん打ちとけていく感じだ。 「私がここにくる前から、ずっとこの部屋に んのために集めたもの?」 読み疲れた私は塔子に訊ねる。 「ここにあるお話って、誰が書いて、誰がな ※ いうことらしい。 死んだと思ったら意外な形で再登場するヒロ 役級のヒロインが序盤であっさり死んだり、 様々なパターンで戦死してゆく。次に誰がど 人ずつ、出自のパラレルワールドに関連した 「うーん……」 界にも、冬美姉さんが存在してるんだな」 あったもののようです」 「失礼します。さよならっ」 インがいたり、予想不能の展開が続く。結局、 ンだが、 『ひめゆりの塔』なども思いだす。主 『そして誰もいなくなった』 のバリエーショ う死ぬか、その興味で話を引っぱる。形式は それ以上つっこまれる前に、俺と灯子は、 歩調もそろえて、その場から逃げだした。 「うん。わたしの従姉で、アニメのシナリオ 最終回は最後のヒロインも戦死してエンド。 と瞳子が考えこんだスキに、 「あっ、 俺たちもう行かなきゃいけないから」 「あっ、ちょっと、代ちゃんっ!」 ライターで、たまにライトノベルとかも書い すると、塔子にもこれらの書き手はわから ないということか。 真剣に聞いていた俺は脱力しそうになった。 「……こういう人なんだよ」 「ない。思いだしたから言ってみただけだ」 死んだきり。その冷徹で容赦ないストーリー 復活、転生などの救いは一切なし。死んだら それにしても、下の段には陰惨な話が多い。 てて、ペンネームは男の名前を使ってて」 「片づけが苦手で、クラシックファンで、いつ が、批判や称賛を呼んだ」 後ろから声が聞こえてきたが、無視して離 脱。瞳子は追いかけてはこなかった。 までたっても彼氏ができないって嘆いてる」 二人、うなずきあう。 「この事態を相談できるとしたら、 やっぱり」 「それって俺たちの現状と何か関係が……?」 「冬美さんしかいないよね」 は し ご 上の方の段には、もっと明るく楽しい話が あるのだろうか。 むごたらしく悲惨なことから目を背けるの が良いこととは思わないが、暗い話ばかり読 絶対に怪しまれてるぞ」 路地に逃げこんで息をつく。 「は〜、やばかった。あいつカンがいいから、 「あれがキックボクシングの得意な瞳子さん 自分同士なので話が早い。俺たちは、冬美 姉さんのマンションを訪れることにした。 んでいると、気が滅入ってくる。 なのね。すごく可愛かった。男の子のわたし って、モテるのかな?」 何ごともなかったように続ける冬美姉さん。 「正直、にわかには信じられないな。かとい 「で、君たちの話だが」 子をのぼり、上の棚に手を伸ばした。 私は梯 そして、興味深い断片を見つけた。 ── 第一の世界の十四── 冬 美姉さんについて も思えない。君、灯子ちゃんだっけ?」 冬美姉さんは部屋にいた。仕事が終わって ひと息ついていたところだという。 「は、はい」 って、代介がこんな手のこんだ冗談をすると いう人だから」 棚に並んでいる物語は、下の段へ行き、世 界の番号が大きくなるにつれて、暗いトーン よかった。仕事中だったら問答無用で追い だされていたところだ。 俺が言うと、灯子は苦笑した。 「知ってる。わたしの方の冬美姉さんもこう 灯子は慌てたように首を横に振る。 「いないいない、そんな人。今年になってか を帯びるようだった。 「ふむ、パラレルワールドね」 本当なら、君の世界にも私がいて、君と仲良 くしていたわけだ」 「うーん」 かし奇妙な感じだろう。 灯子はうなずく。顔見知りのはずなのに、 向こうからは自分が初対面というのは、さぞ ちゃんと化粧をして身だしなみを整えれば、 この人も美人で通用するだろうに。 ら口を利いた男の人って、お父さんと先生以 世界の番号が小さいうちは、明るく自由な 世の中に生きる少年や少女たちの、少しファ 「……確かに代介に似てる。もし君らの話が ── 第二の世界の十二── 図書室3 外では、あなたが初めてだもの」 ンタスティックな冒険物語なのに。 俺たちの話を聞き終えた冬美姉さんは、度 の強いメガネの奥から、俺と灯子を見比べた。 もんだけど」 「そうなのか……まあ、こっちも似たような 番号が大きくなると、登場人物は同じでも、 世界が放射能汚染や環境破壊で荒廃していた と、いたずらっぽい目の灯子。 「からかうなよ。……そっちはどうなんだ。 「さっきの瞳子さんとは?」 り、強権的な政府の圧政によって徴兵制が敷 髪はぼさぼさ。はき古したジーンズに、自 分が手がけたアニメのキャラTシャツ姿。 「パラレルワールドと言えば、こんな作品に 冬美姉さんは、食べかけのサンドイッチを 持ったまま考えていたが、 仲いい男子とかいるのか?」 性格も社交的で友だちも多いし……」 「仲はいいけど、むこうはキックの有名人で、 なっていたりした。 テロ、暴動、戦争。人心の荒廃、モラルの低 下、 弱い者いじめの横行。 政治家と官僚の腐敗、 参加したことがある」 かれ、学校でも軍事教練が強制されるように なにしろ存在自体が華やかだから、どうし ても俺は引け目をおぼえてしまう。正直、そ 「……それにほら、俺の方はOCDとか抱え 貧富の差の拡大、社会の不安定化。多発する れも、俺が瞳子と距離を感じる理由だ。 てるしさ。普通に日常生活を過ごすだけでも、 犯罪、搾取、差別。 「よし、代介。灯子ちゃんをくすぐってみろ」 いろいろ大変だろ」 「え」「え」 言って、冬美姉さんは、サンドイッチにか ぶりついた。忙しかったので、これが今日最 初の食事なのだという。 三人称形式の叙述もあれば、一人称のもの もあった。 「俺もそれは知ってる。灯子は?」 戦に投入されるんだ」 力戦士に仕立てられ、戦闘艦に乗せられて実 ていた少女たちが、突然、時空間戦争の異能 「ほら、ぐずぐずしない」 とはいえ、確かにそれは、俺たちにとって も興味ある実験だった。 ポーカーフェイスだけど、冬美姉さん、絶 対に面白がってるよな。 「ほらやれって言われても……」 起きるか確かめる。ほらやれ、さあやれ」 ふた 「 『十二人の少女が無残に死んでいく』 という、 ろ。それと同じ現象が、君たちのあいだにも と、俺と灯子の声がそろう。 「自分で自分をくすぐっても何も感じないだ 中には、横の段(一つながりの物語)の中に、 違う人物の一人称が混在している場合もあっ 俺の横で正座している灯子は、困ったよう に首を振った。アニメに興味がないんだから、 み 身も蓋もないエグいタイトルだった。さまざ 下の段に移るにつれ、どんどん悪夢のよう な世界になってゆく。 それでも登場人物たちは、それぞれに懸命 に自分たちの人生を生きていた。 「でも、あの……あのね?」 た。少年の一人称の物語の中に、唐突に少女 知らなくても仕方がない。 ※ まなパラレルワールドで平和に幸福に暮らし 「そっか……そうだよね」 俺がこんな問題に悩んでることを知ったら、 瞳子だって引くだろう。 同情や心配はしてくれるかもしれないが、 いずれにせよ、今までとは違う目で俺を見る 灯子が、少し頬を染めて感謝のまなざし。 「さっきわたしが靴の裏を気にしてた時、変 の一人称がまぎれこんだり。話の途中で語り ようになるのは確かだと思う。 な目で見ないでくれて嬉しかった」 手が交代したり。 冬美姉さんにうながされ、灯子は座ったま まおずおずと、真っ白いソックスをはいた足 変なのはお互いさまだもんな」 冬美姉さんは、気にせず続ける。 「全十二話。十二人のヒロインが、一話に一 「そりゃ同病、相哀れむってやつだから。大 つまり、さまざまな物語世界の断片が集ま って、一つの大きな構図を描いている……と 私が興味を引かれたのは、三人の少女が活 躍する、物語の断片だった。 灯子と見つめあい、うなずきあって……。 こちょこちょこちょこちょ。 そのうちの二人は、さっきの影絵芝居に出 てきた魔女たちと、よく似ていた。 ── 第二の世界の十三── 三人目 「そうね……。自分同士だものね」 会ってまだ数時間にもならないのに、時間 を長く伸ばした。スカートの内側が見えない よう気をつけている。 俺は、灯子の足の裏をくすぐった。 「どう?」「なんにも感じない」 名前は、ドロシーとリモ。 「いくぞ、灯子……」「うん……」 「首の下も行け、あと脇腹も」 でも、今、私が読んでいる物語には、三人 目の少女が出てくる。 俺も慌てて離れた。相手も自分なので、ど うも遠慮や抑制が効かなくなってしまう。 クションの氾濫があげられる」 暗い部屋。二人の男女の会話が続いている。 「この時代の大きな特徴の一つとして、フィ ── 第三の世界の二── デュアル。私はその名前に、さらに記憶を 刺激する響きを聞く。 デュアルは黒い髪、黒い瞳。口数の少ない、 表情の乏しい女の子だ。 名前は、デュアル。 冬美姉さんに言われるがまま、試してみた が、しかし灯子は無反応だ。 つい熱が入って、首とか、膝の裏とか、お なかや背中もくすぐってみる。 「あ、あの、やっぱりちょっと……。くすぐ ったいわけじゃないんだけど」 赤くなったまま、うるんだ目でとがめるよ うな視線を向ける灯子。俺も照れて下を向く。 と灯子が赤くなって身を引いた。 「わわっ、ごめん」 何この気恥ずかしい感じ。 冬美姉さんが言葉を続ける。 「鍵となるのはやはり、ドロシーとリモとい 「とりあえず、 君らの話を信じることにして」 これで納得するんかい、という気もするが、 この人もちょっと変わってるのだ。 てみれば、人間は神の被創造物なのに、その が作りだした世界の、いわば神となる。いっ 「この事実をどう扱うかが、我々の造るシス に及ばないそうね」 コミック、ゲームなどのフィクションの総量 劇、小説などのフィクションを全て合わせて う二人の少女だろう。その二人は、誰かを捜 人間がまた、下位世界の神になるわけだ」 「ある計算によれば、それ以前に作られた演 してるんだな?」 「なるほど、 確かに君らは同一人物のようだ」 「うん。そのために、俺の協力が必要だって」 思いだすわ。被造物にとっての被造物にとっ 「ハミルトンの『フェッセンデンの宇宙』を 昨日、ドロシーとリモに会う直前に見てい た劇場版のアニメ。それにもドロシーとリモ 「ああ……そういえば」 がヒントだ」 と灯子が目を丸くする。 「本当だとも。代介が、昨日見たという映画 「本当ですか?」 らしたか。それも興味深いけれど」 「そういう社会が、人間にどんな変化をもた 接した夢、空想とともに生きている」 人は誰も、日々の少なからぬ時間を、次々に のイベントだった。しかし、この時代では、 「かつて物語は、炉端やたき火の周りでくり ての被造物……。無限後退が起きてしまう」 テムにとっての課題だ。虚構の作者は、自分 も、この一時代に発表された演劇、小説、映像、 「ふむ。私には、二人が誰を捜しているのか、 と冬美姉さんがうなずいた。 見当がつくぞ」 というキャラクターが出ていたのだ。 「だが、時間は限られている。君の開発して 生みだされる新たなフィクション、日常に隣 かえし語られるもの。演劇を見るのは非日常 「私もその映画は見たんだ。メインキャラは 二人だけじゃない。もう一人いただろう」 ……」 つづく いるシステムが、突破口になればいいのだが そうだ。でもその三人目は、俺の前には実 体化していない。 のは、その三人目だと思う。名前は……」 そうか……そういうことか。 「私はおそらく、ドロシーとリモが捜してる 56
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