エネルギー需給システムにおけ る水素の位置づけ

JOGMEC
K Y M C
(一財)エネルギー総合工学研究所
プロジェクト試験研究部 主任研究員
石本 祐樹
アナリシス
エネルギー需給システムにおけ
る水素の位置づけ
はじめに
この数年、水素に対する関心は家庭用の燃料電池コージェネレーション(cogeneration)であるエネ
ファーム(ENE・FARM)の普及*1 や燃料電池自動車の市販開始*2*3、2 0 2 0 年東京オリンピックでの水素
エネルギーの利用* 4 等により、メディアで取り上げられる機会も増え、急速に盛り上がってきている。こ
の水素・燃料電池への関心の盛り上がりは、水素・燃料電池技術のうち、特に需要技術である燃料電池
自動車の発売や家庭用燃料電池の普及、また、燃料電池自動車へ水素を供給する商業水素ステーション
が次々に整備されるなど、これらの技術がユーザーの目に触れる機会が増えたことによると思われる。こ
れは、企業・大学・政府などの水素・燃料電池に関する技術開発および政策支援によるところが大きい。
メディアで取り上げられる機会が増えたことにより、水素エネルギーや水素社会という言葉とともに
夢のある世界が語られることもある。水素社会、水素エネルギー社会とは「水素または、水素を含む化
合物を熱や電力を得るためのエネルギー媒体として用いるシステム(水素エネルギーシステム)
がさまざ
まな場面で使われる社会」を指していると考えられる。その際の疑問は、水素エネルギーや水素社会は、
いつ、どのようにビジネスや生活に影響するのかということであろう。また、過去にも燃料電池・水素
が一種ブームのようになったことがあり、今回はそれが普及するのかどうかという疑問を持たれること
もあるだろう。これらの疑問への明確な回答は非常に難しい。なぜなら筆者は、水素社会の導入・実現
時期、利用される機器や水素需要量(すなわちエネルギー消費に占める水素の割合)は、シナリオを描く
主体によりさまざまであり、多様な水素社会があり得ると考えているからだ。
水素社会の概念は、近年次第に具体的な内容が伴って述べられるようになってきたが、その内容は依
然定性的なことが多く、定量的な見通しを伴う水素社会の概念は当研究所における活動* 5 など緒に就
いたばかりである。検討の例として、筆者を含む当研究所の研究者による定量的な情報を含む水素社会
の一断面を図 1 4 に示しているので、参照されたい。将来の水素社会の姿は多様であるが、これを地理
的なスケールで分けた類型を表 1 に示す。
その一つ目はローカルであり、人口密度が低く、これに対応してエネルギー需要も低い地域において、
その地域の豊富な再生可能エネルギーを用いて水素を製造・利用する場合である。利用が主に当該地域
表1 水素社会の類型の例
類型名
特徴
ローカル
・人口密度の比較的低い地域において、地域の豊富な再生可能エネルギーを用いて水素
を製造・利用
・輸送は短距離
・貯蔵のためにエネルギーキャリアを用いる場合も
・地産地消、コンビナート、離島、Power to Gas 等
スマートシティ
・人口密度の高い都市においてエネルギーマネジメントシステムを用いて熱・電力の融
通などエネルギー需給の制御のなかに、水素製造・利用機器が組み込まれる
・輸送は比較的短距離
グローバル
・未利用の化石資源や量的に恵まれた再生可能エネルギーを用いて大量に水素を製造
・エネルギーキャリアに変換し、グローバルな長距離輸送
・ LNG 供給チェーンのイメージ
出所:筆者作成
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内で行われるため、輸送は短距離であることが多い。また、貯蔵のためにその特性に合ったエネルギー
キャリアを用いる場合もある。地域、コンビナート、離島、小規模な Power to Gas(後述)などが考え
られる。二つ目は、人口密度とエネルギー需要の高い都市においては地域のエネルギーマネジメントシ
ステムを用いて熱・電力の融通などエネルギー需給の制御システムのなかに、水素製造・利用機器も組
み込まれる。一般に都市部はエネルギー需要密度が高く、地域外へのエネルギーの輸送は起こりにくい
ため、輸送は比較的短距離である。三つ目は、グローバルであり、未利用の化石資源や量的に恵まれた
再生可能エネルギーを用いて大量に水素を製造、エネルギーキャリアに変換し、グローバルな長距離輸
送を行い、輸入元(多くの場合は日本)において利用するもので、現在の LNG 供給チェーンに似ている。
もちろん、これらのみが水素社会の類型ではなく、ダブりや必ずしもあてはまらない場合もあろう。
多くの読者がご存じのように、
水素は石炭や天然ガスのような1次エネルギーではなく、2次エネルギー
である。本稿では、水素エネルギーシステムの特徴を述べ、エネルギーシステム全体における位置づけ
を考察したい。
一般に
「水素」
は、元素としての水素、水素原子、水素分子、化合物の構成原子としての水素原子が考
えられるが、エネルギー利用を想定する場合、「気体または液体の水素分子、化合物」として取り扱うこ
とが多いため、本稿において水素という場合は、上記のいずれかを指しているものとする。
1. 水素エネルギーシステム
(1)
水素エネルギーシステムの特徴
物や分子であるので、貯蔵や輸送が可能であり、さらに
水素利用やその歴史に、既に優れた文献がある(例えば
電力よりも貯蔵・輸送が容易である。これら第 2、第 3
「水素・燃料電池ハンドブック」オーム社〈2 0 0 6〉
)
ため、ここ
の特徴が、水素と電力を相互に補完する特徴と言える。
では、水素エネルギーシステムの特徴について述べる。図1
第 4 の特徴は、利用する際に CO2 の排出が全くないこと
に水素の製造から利用までの水素エネルギーシステムの概
で、これも電力と全く同じである。続く節では、これら
念図を示す。図1の左側には、1 次エネルギー源である化
水素エネルギーシステムの特徴を詳しく述べる。
石燃料、廃棄物、再生可能エネ
ルギー(太陽、水力、風力、地熱、
海洋、バイオ)
、原子力が示され、
これらから水素が製造される。
図 1 の右側に示す利用では、
燃料電池、水素エンジン、水素
貯蔵利用から成る水素エネル
ギーシステムには、四つの特徴
がある。
第 1 の特徴は、多様な 1 次エ
ネルギーから製造可能な点であ
り、これは電力の特徴と同じで
ある。第2の特徴は、
エネルギー
効率の課題はあるが、電力と相
互変換が可能ということであ
る。第 3 の特徴は、水素は化合
水素の特徴(2)
電力と相互変換が可能
(電力貯蔵)
水素の特徴(1)
多様な1次エネルギーから
生成可能
化石燃料
廃棄物
タービン、直接燃焼等の技術が
示されている。水素製造、
輸送・
再エネ導入推進
エネルギー安全保障
水蒸気改質
部分酸化
ガス化
H2
熱、動力
太 陽
水 力
風 力
地 熱
海 洋
バイオマス
原子力
エネルギー源
H2
CO2 削減
水素の特徴(3)
利用時に二酸化炭素の発生なし
高圧水素ガス
液体水素
有機水素化物
金属水素化物
H2
電力
動力
熱
電力
・燃料電池
発電
水電解
高圧水素ガス
液体水素
光分解
微生物
ガス化
水素製造
H2
・水素エンジン
H2
・水素タービン
・直接燃焼
(混焼・専焼)
有機水素化物
金属水素化物
省エネ
水素の特徴(4)
利用技術が高効率
輸送と貯蔵
利
用
出所:後藤信之他「わが国ならびに各国の水素ロードマップレビュー」『実装可能なエネルギー技術で築
く未来-骨太のエネルギーロードマップ 2 -』(2010)
図1 水素エネルギーシステムの概念図
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
(2)
多様な 1 次エネルギーから製造可能
造、消費されている。全世界で年間 4,0 0 0 万トン
(約 4,5 0 0
水素は、石炭、石油、天然ガス等の化石資源、水力、
億 N ㎥)の水素が製造され、化学産業と石油精製でそれ
風力、太陽光等の再生可能エネルギーからの電力を用い
ぞれその 4 0% が利用されている。製造原料は、2 0 0 3 年
た電気分解
(水電解)
、
発酵等による生物学的な水素製造、
の全世界の水素需要の 4 8% は天然ガス、3 0% は石油およ
集光型の太陽熱や高温ガス炉という方式の原子炉からの
び石油化学プロセスのオフガス
(製造の過程において不純
熱を用いた熱化学法、光触媒を用いて水を分解するなど
物等と一緒に分離された出荷されず自家消費または焼却
さまざまな 1 次エネルギーから製造可能である。
されるガス)
、1 8% は石炭、4% が水電気分解である* 6。
現在、大部分の水素は、石油精製や化学等の産業で製
図 2 に日本国内のバランスを示す。外販分は全製造量の
表2 水素製造技術の技術成熟度評価
要素技術
水素の
製造
資源・プロセス・工程
石油随伴ガス
石炭
現状レベル 実用化時期
(年)
課題
実用化済み
−
実用化済み
効率向上
脱水
(褐炭)
実用化済み
効率向上 国産技術の確立
ガス化
実用化済み
−
COシフト反応
実用化済み
H2-PSA
(水素製造)
実用化済み
効率向上 コストダウン
システム
化石
燃料
実用化済み
−
天然ガス
改質水素製造
開発研究
2020
性能向上
LPG・ナフサ
膜分離
実用化済み
効率向上 コストダウン
重質油
ガス化
実用化済み
−
COG
圧縮・ガス精製・PSA
開発研究
2025
触媒開発 プロセス開発
COG中水素増幅
実用化済み
−
石油化学副生ガス
圧縮・ガス精製・PSA
苛
(か)
性ソーダ製造副生水素
実用化済み
−
水分除去・圧縮
正確な風況測定
実用化済み
風力発電+水電解 (海外&国内)風況測定
耐強風風車設計
開発研究
2020
風車
高効率 耐入力変動
開発研究
2020
水電解
効率向上 コストダウン
再生可能エネルギー発電+水電解 水電解水素製造
(海外)実用化済み
再エネ
(再生可能
効率向上 コストダウン
水電解水素製造
(国内)実用化済み
エネルギー) 太陽光光触媒(国内&国外)
600∼700nm作動光触媒の開発
基礎研究
2030
光触媒
分離膜の特定と調製法の開発
基礎研究
2030
水素分離技術
基礎研究
2030
反応器
基礎研究
2030
システム
出所:CO2 フリー水素チェーン実現に向けたアクションプラン研究成果報告書(平成 25 年度)
製造能力
185億Nm
185
3
42億Nm3
31億Nm3
86億Nm3
1.7億Nm3
苛性ソーダ
12億Nm3
4.2億Nm3
2.3億Nm3
約356億Nm3/年
4億Nm3
約291億Nm3/年
出所:岩谷産業(株)第 2 回 AP 研究会資料(2012.11.1)、IAE 加筆(2014.3.24)
図2 現状の国内の水素需給の概要* 5
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1% ほどであり、ほとんどが自家消費である。石油精製で
という特性は、電力と補完する関係にあると言える。
はナフサ等、アンモニア製造では、石炭やペトロコークス、
ここで、後で述べる水素を用いたエネルギー貯蔵で使
廃プラスチックなどが水素源として用いられているが、
用される水電解技術について述べる。図 3 に一例として
海外では天然ガスからの水素製造が一般的である。鉄鋼
固体高分子型の水電解の概要を示す。電解槽は、イオン
では、製鉄の複数の過程で水素を含むガスが副生するが、
を電導する固体高分子電解質膜の両側に電極が接合され
水素の濃度が最も高いものは石炭を乾留してコークスを
ており、メッシュ状の給電体が電力の供給と、気体と液
製造する際に生じるコークス炉ガス(COG:Coke oven
体の流路を兼ねる構造になっている。電極間に 1.8V 程
gas)であり、約半分が水素である。苛性ソーダ製造のた
度の電圧を加えると陽極、陰極にそれぞれ酸素と水素が
めの食塩の電気分解反応では、目的生産物の苛性ソーダ
発生する。製造された水素はドライヤーで水分が除去さ
の他、水素と塩素ガスが副生する。
れ、9 9% 以上の純度で次の工程に送られる。必要に応
水素の純度は製造方法に依存し、また、需要側の設備
じてさらに高純度化の処理を行う。
により水素純度や不純物の種類や濃度が異なるため、必
図 4 に水電解装置の水素製造原単位およびシステムコ
要に応じて圧力スイング吸着法などにより生成され、需
ストの見通しを示す。データは、文献調査、DOE(米国
要家に出荷される。
エネルギー省)のレポート、メーカーのカタログ、独自
表 2 にさまざまな水素製造技術の現状評価の例を示
に調査した内容が含まれる。現状は、特に原単位が悪化
す。これは、当研究所で実施した CO2 フリー水素の実用
するほうのばらつきが大きいが、中央値はアルカリ型で
化に向けたアクションプラン研究会で検討されたもので
現状 5 4kWh/kg から 2 0 3 0 年に 5 0kWh/kg、と劇的な改
ある。水素製造技術は、事業化されているものから基礎
善は見込まれていない。PEM 型では、現状 5 7kWh/kg
研究段階にあるものまで多岐にわたる。個々の技術の成
から 2 0 3 0 年に 4 7kWh/kg と現状はアルカリ型よりも原
熟度を 6 段階
(アイデア・基礎研究・開発研究・実証研究・
単位が高いものの、将来的にはアルカリ型を超える性能
実用化・経済性成立 = 事業化)に分け、技術成熟度の年
があると見込まれる。図 4 に示すようにコストは、減少
次評価・事業化時期の可能性を評価した。製造に関して
傾向であるとはいえ、2 0 2 0 年以降は大きなコスト低下
は、光触媒を用いた水素製造以外はほぼ実用化済みの技
はないと考えているメーカー等が多い。
術であるが、低コスト化や効率向上などが課題である。
再生可能エネルギーの導入の進んだ欧州の一部の地域
か
水素製造には多様な手法があり、コスト評価の事例も
ある* 7 * 8。また、嘉藤は、調査対象地域の再生可能エネ
O2
H2
ルギーや化石燃料の賦存量、価格、稼働率等の条件から
風力発電由来の電力を用いた水電解で26.1 ~ 64.1円/N㎥、
CCS(Carbon dioxide Capture and Storage〈二酸化炭素
の回収・貯留〉
)
を用いた化石燃料由来の水素製造法で8.8 7
~ 1 8.3 円 /N ㎥と試算している* 9。条件の詳細やコスト
H+
の内訳については、参考文献を参照されたい。
一般に水素製造コストは、原材料費、設備費、ユーティ
リティ費などから構成され、手法によって支配的なコス
ト要素は異なる。既に減価償却が済んでいる既設の設備
を用いる場合と新設の場合で設備費は大きく異なるし、
製造地域や製造規模でも諸条件は、大きく影響を受ける。
また、輸送距離や輸送方法によっても需要家における水
素価格は、大きく変化する。したがって、水素のコスト
について他の検討例と比較する場合には、前提条件が整
合しているかを確認することが重要である。
(3)
電力との相互変換が可能
図 1 に示したように、水素は電力との相互変換が可能
な特性を持っている。また、電力よりも長期保存が可能
複極板
純水
給電体(メッシュ状)
アノード(陽極)
固体高分子電解質膜
カソード(陰極)
(陽極)
H2O → 2H + 1/2 O2(↑)+ 2e(陰極)
2H+ + 2e- → H2(↑)
+
出所:竹中啓恭『水素利用技術集成 Vol.3 第 2 編 5.4 水電解による水
素製造技術』(2007)
図3 固体高分子型水電解装置の概略図
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
8
原単位
(KWh/Nm3)
35
7
システムコスト
(万円/kW)
PEM中央値
30
アルカリ中央値
6
25
5
20
4
15
3
PEM中央値
2
10
アルカリ中央値
5
1
0
現状
2015
2020
2025
2030
年
0
現状
2015
2020
2025
2030
年
(注)破線はそれぞれ上限、下限を示す。システムコストは1ユーロ 130 円で換算した。
出所:Development of Water Electrolysis in the European Union Final Report(2014)
図4 水電解装置の水素製造原単位(左)およびシステムコストの見通し*10
燃料電池または
水素エンジン
再生可能
エネルギー
水素ステーション
バッテリー
水電解
水素貯蔵
電力グリッド
PJ内利用
(CHP)
ガスパイプライン網
メタネーション
電力グリッド
他の炭化水素
出所:G. Gahleitner, International Journal of Hydrogen Energy, 38(2013) pp. 2039-2061. を改変。http://dx.doi.org/10.1016/j.ijhydene.2012.12.010
図5 Power to Gas の概念図
では、電力取引市場で負の価格となることも報告されて
的に製造コストの大半を占める電力コストの低減のた
いる。この再生可能エネルギーの変動を吸収する手法の
め、原単位の低下や電力単価の低減を志向することが多
一つとして、水電解装置で水素を製造し、さまざまな用
いが、Power to Gas の場合、余剰の発生による設備利
途で利用する Power to Gas と呼ばれる実証プロジェク
用率の低さに起因する設備費の上昇が課題となる。
トがヨーロッパ諸国特にドイツで数多く進められてい
このことから、余剰電力ではなく、再生可能エネルギー
る。図 5 に Power to Gas の概念図を示す。一般の発電
由来の電力でも安定して出力が得られる範囲の電力を用
所に比べて制御性の劣る風力や太陽光によって変動する
いて、水電解装置の稼働率を上げることを示唆する研究
電力の弱点を水素が補完する事例である。
事例もある* 1 1。また、長期間のエネルギー貯蔵を目的
一般論としては、再生可能エネルギーの導入を進める
とする場合は、貯蔵設備の回転率が高くなりにくいため、
ことによって、エネルギーシステムの脱炭素化、地域の
貯蔵コストが上昇する。このように地域に適合した最適
エネルギー自立や国のエネルギー自給率の向上が図れる
な水素製造量やそのパターンと需要先を組み合わせるこ
などよい点が多い。しかし、各論では、実証プロジェク
とが普及にとって重要と考えられる。
トで事業化への課題の明確化とその解決方策を模索して
水素を電力から製造した後に、水素を貯蔵・輸送する
いるケースも多いのではないかと思われる。例えば
技術は、図 1 に示したように、高圧水素ガス、液化水素、
Power to Gas では、水素製造は水電解で行い、その電
有機水素化物、金属水素化物である。代表的な貯蔵方法
力はいわゆる低コストの余剰電力が想定されていること
の特性を図 6 に示す。図の左上は、体積密度が比較的大
が多い。水電解による水素製造を議論する場合は、一般
きく定性的には重い材料である。図の右下は、重量エネ
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かさ
ルギー密度が大きく、定性的に嵩の高い材料であると言
石油製品の輸送と大きな差はないため、実用化済みの評
える。定置用などの場合は、スペースに制約があり、重
価となっていると考えられる。
量密度が高いほうが好まれる。輸送用の場合は、スペー
水素を長距離にわたって輸送する技術も開発されてい
スにも制約があるため、重量密度、体積密度ともに高い
る。川崎重工業や千代田化工建設が水素を長距離輸送に
バランスのとれた材料が求められる。
適した状態や化合物にして輸送するための技術開発や実
例として、タンクローリー 1 台あたりで輸送できる水
証事業を行っている。川崎重工業は、CO2 フリー水素
素の量を見よう。4 5MPa の高圧ガストレーラーの場合、
チェーンと呼ぶ液体水素によるエネルギーチェーンを提
1 台あたりの水素輸送量は 2 6 0kg である。2 0kℓの液体水
案している。独自の研究開発に加え、NEDO(新エネル
素ローリーの場合は、ローリーあたりの
水素輸送量は約 1,4 0 0kg、メチルシクロ
ヘキサン
(MCH)
の場合は、ローリーあた
10,000
りの水素輸送量は約 9 6 0kg である。高圧
Wh/ℓ
ガソリン
9,000
ガスは圧力差で移送するため、積載量の
8,000
素もローリーから貯槽への移送時に蒸発
7,000
体積エネルギー密度
全てが利用できるわけではなく、液化水
によりロスが生じる。また、メチルシク
6,000
ロヘキサンは、脱水素反応の収率や後段
5,000 MgH2
の設備で精製が必要な場合はその分のロ
4,000
スがある。よって、実際に利用できる水
LaNi5H6
3,000
素量は条件にもよるが上記よりもやや小
さくなる。
2,000
表 3 に水素の国内配送における要素技
1,000
術の現状レベル ・ 実用化時期 ・ 課題の例
0
を示す。水素の輸送は、液化水素の一部
の方式を除いて産業ガスとしての実績が
アンモニア
メタノール
液化水素
デカリン-ナフタレン系
シクロヘキサン-ベンゼン系
メチルシクロヘキサン-トルエン系
圧縮水素
(35MPa)
電池
0
10,000
20,000
30,000
重量エネルギー密度
40,000
Wh/kg
50,000
出所:太田健一郎『再生可能エネルギーと大規模電力貯蔵』(2012)表 6-11 から作成
あり、実用化済みという評価となってい
図6 水素キャリアの重量エネルギー密度と体積エネルギー密度の関係
る。また、
有機ハイドライドについては、
表3 水素の国内配送の技術成熟度評価
要素技術
国内配送
圧縮水素
液化水素
方式
現状レベル 実用化時期
(年)
シリンダー
実用化済み
−
カードル
実用化済み
−
トレーラー
実用化済み
移動式水素ステーション 実用化済み
−
コンテナ
実用化済み
−
ローリー
実用化済み
−
鉄道貨車
コンテナ同等
−
−
内航船
(コンテナ積載) コンテナ同等
国内配送
パイプライン
課題
開発研究
天然ガス混合
実用化済み
(2020) −
純水素
実証研究
(2050) 耐水素脆
(ぜい)
化材料開発
コンテナ
実用化済み
−
ローリー
実用化済み
−
実用化済み
−
有機ハイドライド 鉄道貨車
2020
水素専用船の開発
内航船
(専用船)
内航船
(コンテナ積載) 実用化済み
内航船
(専用船)
実用化済み
−
出所:CO2 フリー水素チェーン実現に向けたアクションプラン研究成果報告書(平成 25 年度)
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
小型水素製造装置
(a)
圧縮機
低圧タンク
蓄圧器
ディスペンサー
(含むプレクール)
自動車
(b)
集中水素製造
ローリー
等
出所:筆者作成
図7 水素ステーションの方式:(a)オンサイト方式、(b)オフサイト方式
ギー・産業技術総合開発機構)委託事業として 2 0 1 0 年
トルエン/メチルシクロヘキサン系の有機ハイドライド)
度から 2 0 1 1 年度半ばまで実施された「低品位炭起源の
のコスト比較を行った。その結果、3,0 0 0 ~ 4,0 0 0 ㎞以
炭素フリー燃料による将来エネルギーシステム(水素
上の距離では直流高圧送電よりも化学媒体による輸送の
チェーンモデル)の実現可能性に関する調査研究
*12
」に
ほうがコスト的に有利であることが分かった* 1 3。
おいて、CO2 フリー水素チェーンの商用 FS(フィージビ
燃料電池自動車に水素を供給する水素ステーション概
リティースタディー)
を実施した。
念図を図 7 に示す。水素供給は水素を需要地で製造する
具体的には、豪州で褐炭をガス化し、ガス化ガス中の
オンサイト型と、需要地から離れた場所で製造し需要地
CO2 は豪州のカーボンネットで CCS 処理をし、製造した
まで水素を輸送するオフサイト型の二つに分けることが
CO2 フリー水素を液化し、商用の専用液化水素船(大型
できる。オンサイト型では天然ガスや石油などを原料に
LNG 船と同じ 1 6 万㎥相当)で、2 0 3 0 年頃日本に輸入す
水素ステーション内で水蒸気改質等により水素を製造し、
る計画である。FS の結果、日本の港着の CO2 フリー水
PSA(Pressure Swing Adsorption)
設備により不純物を取
素価格(CIF〈運賃・保険料込み〉価格)は、2 9.8 円 /N ㎥
り除く工程を経て製品水素とする。その後圧縮機により
-H2 と試算されている。液体水素はロケット燃料や高純
圧縮されて蓄圧器に貯蔵され、ディスペンサーを用いて
度の水素ガスを必要とする産業で既に用いられている
燃料電池自動車
(FCV)
や燃料電池バスへ充てんされる。
が、極低温の液化水素をエネルギー用途として大量に取
オフサイト型では、化石燃料の水蒸気改質や、水電解
り扱う大型設備のための技術開発(液化機、輸送船、貯
等からの大規模設備により水素を製造し、水素ステーショ
蔵タンク、ローディングアームやポンプ類)の開発が必
ンまで水素を輸送する。水素の輸送技術は、高圧ガス、
要である。
液体水素、有機ハイドライド、パイプラインがある。オ
千代田化工建設は、有機ハイドライドをキャリアとし
フサイト型の水素ステーションには、水素製造設備はな
た水素サプライチェーン構想のグローバル展開を推進し
く、水素を輸送するキャリアによって後段の設備が異な
ている。この方式では、CCS を備えた天然ガス改質や
る。高圧ガスによって水素が供給される水素ステーショ
再生可能エネルギー由来の電力を用いた水電解によって
ンでは、トレーラーで運ばれた水素が圧縮機の低圧側に
水素を製造し、水素とトルエンを反応させてメチルシク
供給される。液体水素を供給する水素ステーションでは、
ロへキサンに転換し、MCH をケミカルタンカーで海上
貯槽、蒸発器を経て、圧縮機に水素が供給されるが、液
輸送して日本に輸入し、MCH を脱水素反応によって水
化水素を昇圧してから蒸発させる方式の設備もあるの
素を取り出す。トルエンや MCH は常温常圧で液体であ
で、ガス圧縮機に比べて動力を大幅に低減できる。有機
り、取り扱いが容易な特徴がある。一方、MCH の脱水
ハイドライドを受け入れる水素ステーションでは、有機
素反応は吸熱反応であり、低コストの熱の確保が必要と
ハイドライドは貯槽に貯蔵され、精製設備を備えた脱水
なる。
素反応器で水素が分離される。後段は高圧水素供給ス
当研究所では、平成 2 1 年に NEDO からの委託事業と
テーションと同一である。
して「再生可能エネルギーの大陸間輸送技術に関する調
図 8 に現状の水素ステーションのコスト内訳を示す。
査」で海外の再生可能エネルギー由来の電力を大陸間輸
これは、水素ステーション建設の補助金制度である平成
送する手段として、直流高圧送電と化学媒体(液化水素、
25年度水素供給設備整備補助金の申請額の平均値である。
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(4)
利用時の CO2 排出がない
体高分子形燃料電池)の市場投入が開始され、家庭用の
水素は、利用時は CO2 を排出しないが、水素を製造、
電力需要を精査した結果、現行製品では電気出力が 7 0 0
輸送、貯蔵する際に利用する資源によっては CO2 が排出
~ 7 5 0W となっている。SOFC(固体酸化物形燃料電池)
される。具体的には、水素を化石燃料から製造すると
型は、平成 2 4 年 3 月に大阪ガスが市場投入した後、ガ
CO2 が排出される。この際の CO2 は CCS で大部分を回収
ス事業者等で取り扱いを行っている。都市ガスまたは
し、大気に放出せずに帯水層や排ガス田への貯蔵が可能
LP ガスが脱硫された後、燃料改質装置で水素と CO2 に
である。また、水素を輸送する際の燃料が化石燃料であ
変換され、燃料電池で発電が行われる。未反応のオフガ
れば、CO2 が排出される。CO2 排出削減を志向する場合
スは、燃料改質装置のバーナーに供給され、改質のため
には、製造から利用するライフサイクルにわたっての評
の熱源の一部として消費される。発電の際の熱は、熱交
価が必要である。
換器を介して貯湯タンクに貯蔵される。パナソニック製
水 素 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム の LCA(Life Cycle
の PEFC 型エネファームの発電出力は 0.2 ~ 0.7 5kW、
Assessment:製品・サービスに対する環境影響評価)は
熱出力は、0.2 1 ~ 1.0 8kW である。LHV 基準では発電
国内外で実施されている
* 14 * 15
効率 3 9.0%、熱回収効率 5 6.0% と総合効率で 9 5% となっ
。 また JHFC(Japan
Hydrogen & Fuel Cell
Demonstration Project:水素・
燃料電池実証プロジェクト)にお
平成25年度水素供給設備整備補助金申請額の平均値
(億円)
い て、Well to Wheelの CO2 排
出量評価が実施されている*1 6。
0.7
1.4
燃料電池自動車は、
ガソリン車、
土木工事費
よりも Well to Wheel の CO2 排
出量が少なく、水素製造に CCS
機器工事費
0.5
ディーゼル車、ハイブリッド車
その他各種配管
ディスペンサー
0.6
0.5
0.3
や電解の場合は炭素原単位の低
プレクール
0.6
蓄圧機
い電源を利用することでさらに
圧縮機
CO2 排出量を減らすことができ
合計4.6億円
るとしている。
出所:水素・燃料電池戦略ロードマップ
NEDO のプロジェクトである
図8 水素ステーションの建設コスト
水素利用等先導研究開発事業で
も長距離輸送を想定したエネル
ギーキャリアの LCA が現在進
行中であり、その評価が待たれ
140,000
る*1 7。CO2 フリー水素の導入に
120,000
ついては当研究所の研究会が詳
100,000
細な検討を行っているので、報
告書を参照されたい* 1 8。また、
最近では、環境性、経済性、社
会性の評価を統合した水素エネ
ルギーシステムの持続可能性の
評価も提案されている*1 9。
①家庭用燃料電池
家庭用の燃料電池は、エネ
ファームの名称で 2 0 0 9 年に発
電出力 1,0 0 0W/ 機の PEFC(固
販売価格
(万円)
350
303
113,129
298
260
210
80,000
60,000
49,443
40,000
4,997
平成21
200
165
150
149
100
50
11,466
平成22
300
250
82,974
24,926
20,000
0
(5)
利用時の技術が高効率
累積販売台数
(台)
平成23
平成24
平成25
平成26
0
年度
(注)平成 26 年度は、12 月まで。平成 14 年度~平成 16 年度の実証事業 45 台、平成 17 年~平
成 20 年度の大規模実証 3,307 台の導入台数は含まない。
出所:水素・燃料電池戦略ロードマップ、(一財)コージェネレーション・エネルギー高度利用
センターの資料から作成
図9 エネファームの販売台数と価格推移
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
ている。
(現行機)となるが、蓄電池の残量がなくなると燃料電池
エネファームの販売台数と価格推移を図 9 に示す。平
からの電力供給のみとなる。
成 2 1 年の発売当初は 3 0 0 万円を超えていた価格が、徐々
現行機では、アイシン精機、東芝燃料電池システム、
に低下している。例えば東京ガスが平成 2 7 年 4 月に発
パナソニックの製品がオプション機能で自立コンセント
売した機種の場合、定価は 1 6 0 万円
(税別)であるが、平
方式に対応している。自立コンセント方式は、停電時に
成 2 6 年度の補助金制度を利用するとユーザーの負担額
は家庭用燃料電池は分電盤から切り離され、自立コンセ
は、約 1 3 0 万円と設置工事費となる。
ントへ電力を供給する。製品により、標準仕様で定格
図10 に家庭用燃料電池コージェネ(cogeneration)の
7 0 0W の半分の 3 5 0W が最大出力(オプション製品の追加
コスト構造を示す。現状は、システム全体で 1 0 0 万円の
により、7 0 0W の出力が可能)となる製品と標準仕様で
コストのうち、スタック(燃料電池の単セルを積み重ねた
5 0 0Wとなる製品がある。計画停電など前もって時刻が
もの)
、燃料改質装置のコストは 3 0% 程度であり、残り
分かる場合や、台風などで停電の恐れがある場合は、あ
の 7 割は熱交換・水処理、インバーター他電気系、給湯
らかじめ停止しないように設定することで、停電時に家
ユニット、その他の燃料電池以外のコストが占めている。
庭用燃料電池が停止し、起動できないといった事態を回
NEDO の補機プロジェクト(家庭用燃料電池システムの
避できる。事故による停電など、予期しない停電時に家
周辺機器の技術開発、平成 1 7 ~ 2 1 年度)で補機のコス
庭用燃料電池が停止している状態では、起動に外部電源
トダウンが図られているが、今後の市場化に向けて、シ
が必要となる。自立コンセント方式は、低頻度の停電時
ステム全体のさらなるコスト低減が求められている。
にある程度の電力を供給することを目的としており、低
東日本大震災の際に実施された計画停電の際に、エネ
頻度の事態への対応策であるため、可能な限り低コスト
ファームやエコウィルが停電時に停止し、利用できない
にするという方針で開発されている。
ことが報道等により広く知られるようになり、機器を販
蓄電池方式と自立コンセント方式を比較した場合、蓄
売しているガス会社等にユーザーから「停電で発電機が
電池方式のほうが費用は高くなるが、停電時に自動的に
使えないのはおかしい」などの問い合わせが相次いだ。
切り替わる、停電の際にも起動可能であるなどより多く
これを受けて各社はこれまで台風、豪雨、落雷等による
の場合に対応することができる。コストや対応範囲に違
停電を想定したエネファームの停電時対応機能の研究開
いがあり、需要家の選好に合わせて選択されていくもの
発を加速させた。表4に燃料電池の停電対応機能を示す。
と考えられる。
エネファームの停電対応機能は、蓄電池方式と自立コ
ンセント方式に大別される。現行機で蓄電池に対応して
②燃料電池自動車
いる製品は、東京ガス等パナソニック製の家庭用燃料電
平成 2 6 年 1 2 月 1 5 日にトヨタ自動車から量産型の燃料
池を取り扱っている企業から販売
されている。家庭用燃料電池は、
スタック
燃料改質装置
熱交換・水処理系
インバータ、他電気系
給湯ユニット
その他費用
(組み立て等)
起動時に水を循環させるポンプや
空気を供給するブロアなどのため
の電力を必要とすることに加え、
8%
発電は系統電力の電圧や周波数を
21%
基準に行うため、系統電力の供給
を受ける必要がある。そのため、
23%
12%
した場合には、自立機能のない家
これに対し、蓄電池方式の場合、
家庭用燃料電池が停止している場
合も、蓄電池から電力が供給され
起動することができる。蓄電池を
併用することで、燃料電池と蓄電
池を合わせ最大出力は、1.1 5kW
20%
19%
停電によって系統電力が供給停止
庭用燃料電池は運転を停止する。
9%
15%
10%
10%
26%
現状見込み(現行NEDOプロジェクト成果等を含む)
システム全体 約100万円
27%
技術革新見込み
システム全体 約50万~70万円
出所:NEDO 燃料電池・水素技術開発ロードマップ 2010
図10 家庭用燃料電池コージェネのコスト構造* 20
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表4 燃料電池の停電対応機能
項目
蓄電池方式
自立コンセント方式
費用
蓄電池の分、標準構成よりは高い
蓄電池に比べ安い
停電時の自立
可能
可能
自立継続時間
燃料と水道水が供給される限り発電・給湯可能(数日間) 燃料と水道水が供給される限り発電・給湯可能(数日間)
自動で電力を供給
常用・非常兼用のコンセントに電力供給
非常時専用のコンセントに差し替える必要あり
停電時の起動
可能
外部電源がなければ起動しない
出所:各社仕様から筆者作成
表5 燃料電池自動車の性能諸元(トヨタ ミライ)* 21
全長、全幅、全高
4,8 9 0mm、1,8 1 5mm、1,5 3 5mm
車両重量
1,8 5 0kg
4名
乗車定員
FC スタック
高圧水素タンク
駆動用バッテリー
種類
固体高分子型
体積出力密度
3.1kW/ℓ
最高出力
1 1 4kW(1 5 5PS)
公称使用圧力
7 0MPa(約 7 0 0 気圧)
貯蔵性能
5.7wt%
タンク内容積
1 2 2.4ℓ(前方 6 0.0ℓ / 後方 6 2.4ℓ)
種類
ニッケル水素
連続走行距離
650㎞
出所:トヨタ自動車ホームページ
電池自動車、
ミライが発売された。その諸元を表5に示す。
ガス化炉で製造された合成ガスを用いていることが多
消費税込で 7 2 3 万 6,0 0 0 円であるが、国のクリーンエネ
く、さまざまな水素濃度の合成ガス、COG、オフガス
ルギー自動車等導入促進対策費補助金(2 0 2 万円 / 台、平
を燃料とし数十万時間以上の運転実績がある* 2 2。
成 2 6 年度)や地方自治体の支援制度(東京都の例:1 0 1 万
水素を燃料として稼働する発電設備の一例として、
表6
円、平成 2 6 年度補正)で、実質的には 4 0 0 万~ 5 0 0 万円
に平成 1 5 年 6 月 3 0 日から運転を開始した JX 日鉱日石エ
程度での購入が可能な地域もある。SAE 規格(J2 6 0 1)に
ネルギー根岸製油所の残渣油 IGCC(ガス化複合発電)の
基づく充てんプロトコルにより 3 分で充てんが可能、約
諸元を示す。このように高濃度水素燃料を対象としたガ
5kgの水素を搭載し、
JC08モードで650㎞の走行が可能と、
スタービンは、既に商業化されている。さらなる高濃度
ガソリン車とそん色のない運用が可能となっている。ま
水素燃料や水素専焼によって、高効率の設備を実現する
た、燃料電池バスについては、日野自動車が平成 2 8 年に
には、水素の燃焼特性に起因する技術課題がある。水素
発売予定があり、東京都の導入支援等によりオリンピッ
は燃焼速度が速く逆火(燃料の噴出速度よりも燃焼速度
クに向けた普及が見込まれている。
が速くなり、火炎がバーナー内に戻ること)しやすい、
ぎゃっか
また、可燃範囲が広く着火しやすい、断熱火炎温度が高
③発電設備
く NOx が増加するといった特性がある。したがってこ
後述するように、水素・燃料電池戦略ロードマップで
れに対応するバーナーや燃焼器の構造最適化が必要にな
は、
大規模な事業用の水素発電の導入が述べられている。
る。燃焼器には、拡散燃焼器と予混合燃焼器があり、水
水素は、燃料電池における利用の他、タービンやエンジ
素が高濃度で含まれる燃料については拡散燃焼器の実績
ン、ボイラーでの利用も行われている。水素 1 0 0% で稼
しかない。
働しているガスタービン発電所は、イタリア電力会社
これは、水素含有燃料の特性である、逆火のしやすさ
Enel の 1 2MW(隣接する石炭火力発電所への排熱供給も
によるが、拡散燃焼は、燃焼ガス中に局所的な高温部分
含めて計 1 6MW)の水素発電所がある。水素を高濃度で
が生じ NOx の発生が多くなるため、窒素や水蒸気の希
含有するガスを燃料としている設備は、副生ガスまたは
釈材を用いて燃焼ガスの温度を下げるためプラント効率
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
が低下する欠点がある。
予混合燃焼器は、
表6 JX 日鉱日石エネルギー根岸製油所の残渣油 IGCC の諸元* 24
希薄燃焼により NOx 発生を抑制でき、
希釈材を使わないためプラント効率を高
められるが逆火リスクがある。
ガス化設備
NEDOプロジェクト
「革新的ゼロエミッ
ション石炭ガス化発電プロジェクト / 石
炭ガス化発電用高水素濃度対応低 NOx
技術開発」
において、小型・大型ガスター
ビン用のマルチクラスタ燃焼器が開発さ
れ、小型用は実機での試験を終了してい
る。1 0 0% 水素燃料への対応については、
3 4.2 万 kW(効率 3 6%)
送電能力
ガス化方式
部分酸化法
燃料
残渣油(アスファルト)
燃料消費量
5 万トン / 月
複合発電設備
発電方式
一軸型コンバインドサイクル
主燃料
合成ガス(主成分:CO、H2)
ガスタービン
燃焼温度
1,3 5 0 ℃級(一段静翼入口)
排ガス温度
570℃
蒸気圧力
9.8(高圧)/2.9(中圧)/0.7MPaG(低圧)の 3 系統
蒸気タービン
出所:JX 日鉱日石エネルギー発表資料
このマルチクラスタ燃焼器の延長線上に
あり、燃焼速度が速いため燃焼器への火
炎の付着を防ぐことが必要になるとしている*2 3。
にも違いはあろう。水素は既に産業部門で広く用いられ
川崎重工業では、希釈材を用いないドライ型の中型ガ
ており、取り扱うための法令や基準も整備されている。
スタービン向けの燃焼器を開発し、3 0MW のガスター
一般に水素を取り扱う場合、高圧であること、水素の燃
ビンコージェネを市場投入するとしている
*25
。また、
焼特性(最小着火エネルギーが低い、燃焼速度が速いな
NEDO プロジェクト「大規模水素エネルギー利用技術開
ど)に起因する対策をとることが多いが、その利用特性
発」では三菱日立パワーシステムズが、天然ガスと水素
に合わせた対策が必要である。水素をエネルギー用途と
の混焼ができる燃焼器の試験を平成 2 7 年度から開始し
して用いる場合、新たに水素を用いる場面が出てくるこ
ている
*26
。さらに、平成 5 年からの WE-NET プロジェ
とが考えられる。そのための法令や関係基準等の整備が
クトでは、水素利用の究極的な姿の一つとして低位発熱
意欲的に進められている。
量基準の発電端効率 7 0% の閉サイクル型純水素純酸素
当研究所では、平成 2 1 年に NEDO の事業の一環で「水
*27
燃焼タービンの開発が行われた
。
素の有効利用ガイドブック」の編集を行った。冊子として
関係各所に配布したほか、電子版が
(一社)
日本産業ガス・
(6)
水素の安全性について
医療ガス協会のホームページで公開されている*2 8。水素
水素に限らず、技術の普及には安全性の確保が前提と
の安全に関する内容だけではなく、水素の物性値も含ん
なる。また、産業部門で訓練された要員が取り扱う場合
だ、水素の有効利用のための資料となっている。
と、一般市民が燃料として利用する場合の対策のあり方
2. わが国および世界の取り組みと政策
(1)
日本
ギー基本計画の現行の版は、平成 2 6 年 4 月 1 1 日閣議決
日本の水素・燃料電池の研究開発は、サンシャイン計
定された。ここには、「“水素社会”の実現に向けた取組
画から本格的に開始され、現在に至っている。日本の水
の加速」が書き込まれている。水素社会という用語は、
素・燃料電池関連の予算は、経済産業省とその外局の資
前の版のエネルギー基本計画にも盛り込まれていたが、
源エネルギー庁、文部科学省、環境省、国土交通省がそ
今回は、
「水素の本格的な利活用に向けた水素発電等の
れぞれ所管している。総額が最も大きく、主導的な役割
新たな技術の実現」「水素の安定的な供給に向けた製造、
を果たしているのは資源エネルギー庁の燃料電池推進室
貯蔵・輸送技術の開発の推進」によって、水素による大
であり、その予算総額は、平成 2 7 年度予算ベースで、
規模な発電、エネルギーキャリア(液化水素、メチルシ
3 0 0 億円を超える。
クロヘキサン、アンモニア)に初めて言及し、これまで
日本のエネルギー政策の基本的な文書であるエネル
の燃料電池自動車と家庭用燃料電池の導入に将来的な水
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2010
2020
2030
東京オリンピックで水素
の可能性を世界に発信
2040
フェーズ1
:水素利用の飛躍的増大
2009年 家庭用燃料電池 市場投入
2015年 燃料電池自動車 市場投入
2020年頃 ハイブリッド自動車の燃料代と同等以下の水素価格
フェーズ2
:水素発電の本格導入/大規模な水素供給システムの確立
2020年代半ば 海外からのプラント引き渡し水素価格 30円/N㎥
商業ベースでの効率的な水素の国内流通網拡大
2030年頃 海外での未利用エネ由来水素の製造、輸送、貯蔵の本格化
発電事業用水素発電 本格導入
開発・実証の加速化
水素供給国との協力関係構築
安価な水素価格実現
フェーズ3
:
トータルでのCO2フリー水素供給システムの確立
2040年頃 CCSや国内外の
再エネ活用との組み合わせによる
CO2フリー水素の製造、輸送、
貯蔵の本格化
出所:水素・燃料電池戦略ロードマップ概要版
図11 水素燃料電池戦略ロードマップの概要
表7 燃料電池・水素関連の主な支援制度
補助対象
燃料電池コー
ジェネレーショ
ン
補助金名称
平成 2 6 年度民生用燃料電池導入支援事業(国)* 2 9
概要
1台あたり最大30万~ 40万円(平成27年度)。金額は燃料電池の形式、
新築・
既築で異なる。
機器の費用(税抜き)から従来型の給湯機の機器費(2 3 万円)
を引いた額の半
分と工事費の半額が補助対象。
燃料電池自動車 平成 2 7 年度クリーンエネルギー自動車等導入促進
*30
購入費用
対策費(国)
1 台あたり最大 2 0 2 万円
税抜き価格から基準車の費用と一定年数のランニングコストを差し引いた差
額の一定割合が補助対象。
*31
燃料電池自動車 燃料電池自動車の導入促進事業(東京都)
購入補助制度
国の制度の 1/2 を補助。同様の制度が他の地自体にもある。
*32
燃料電池自動車 エコカー減税(国、地方自治体)
各種税金
グリーン化特例(地方自治体)
自動車重量税免税(次回車検まで)、自動車取得税免税(購入時)
自動車税減税(2 年目)
水素ステーショ 燃料電池自動車用水素供給設備 設置補助事業* 3 0
ン建設費
供給規模、方式等により補助上限、補助率が異なる。
例:3 0 0N ㎥ /h 以上のオフサイト方式(パッケージ型)2.5 億円
(定額)
300N㎥ /h以上のオフサイト方式(パッケージを含まないもの)
2.5億円
(上限、
補助率 1/2)
*30
水素ステーショ 燃料電池自動車新規需要創出補助事業(国)
ン運営費
補助対象経費(人件費、修繕費、保険費等)の 2/3 を補助。方式により補助上
限が異なる。
例:オンサイト方式 1 カ所、1 年あたり 2,2 0 0 万円
水素ステーショ 燃料電池自動車新規需要創出活動助成事業(自動車
*33
ン運営費
メーカーによる基金)
HySUT会員企業の運営する水素ステーションの補助対象経費
(必要な人件費、
修繕費、保険費等のうち、水素を供給していなかった時間帯の比率分)
の 1/3
を補助。方式により補助上限が異なる。
例:オンサイト方式 1 カ所、1 年あたり 1,1 0 0 万円
水素ステーショ 水素ステーション設備等導入促進(東京都)
ン運営費
水素ステーションの運営費を補助。土地代の半分に加え、5 0 0 万円
(大企業)
、
1,0 0 0 万円(中小企業)
出所:各団体のホームページ
素利用の拡大が示された。また、
「
“水素社会”の実現に
広げ、従来の「電気・熱」に「水素」を加え新たな 2 次エネ
向けたロードマップの策定」
に対応し、「水素・燃料電池
ルギー構造を確立する。フェーズ 3 では、水素製造に
戦略ロードマップ」
が資源エネルギー庁の「水素・燃料電
CCS を組み合わせ、または再生可能エネルギー由来水
池戦略協議会」
(座長:柏木孝夫東工大特命教授)、同ワー
素を活用し、トータルでの CO2 フリー水素供給システム
キンググループの議論を経て完成し、平成 2 6 年 6 月 2 4
を確立するとしている。
日公開された。図 1 1 にロードマップの概略図を示す。
さまざまな技術開発の支援政策と並行し、市場投入さ
フェーズ 1 では、定置用燃料電池や燃料電池自動車の
れた機器については、普及を直接的に支援する補助金等
活用を大きく広げ、わが国が世界に先行する水素・燃料
の支援制度がある。表 7 に燃料電池・水素関連の主な支
電池分野の世界市場を獲得する。フェーズ 2 では、水素
援制度を示す。燃料電池自動車は、国からの補助、地方
需要をさらに拡大しつつ、水素源を未利用エネルギーに
自治体からの補助、いわゆるエコカー減税、水素ステー
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
ションには、建設費用、運営費用の補助がある。
3 億ドルを超えたが、徐々に減少し 2 0 1 6 年は、水素燃
料イニシアチブ以前と同程度の額となっている。
(2)
米国
水素の製造、輸送、利用技術について全方位的に研究・
米 国 の 燃料電池・水素技術開発は、 エ ネ ル ギ ー 省
開発を実施しているが、主に利用が想定されるのは、運
(DOE) の エ ネ ル ギ ー 効 率・ 再 生 可 能 エ ネ ル ギ ー 局
輸部門(自動車以外にもフォークリフトなどの移動体)
と
(EERE)の予算規模が最も大きく、中心的な役割を担っ
定置部門(例:携帯電話基地局のバックアップ電源とし
て い る。 そ の 他 の DOE の 部 署( 基 礎 研 究、 化 石 局、
ての利用)である。これは、燃料電池・水素の技術開発
ARPA-E)でも水素関連の予算が計上されている。表 8
の主要な目的の一つが輸入原油の削減によるエネルギー
に米国の燃料電池水素関連予算の推移を示す。ブッシュ
セキュリティの向上であったことによる。
大統領
(当時)
の水素燃料イニシアチブの期間は年あたり
また、米国は、上記の DOE の研究開発プログラムの他、
表8 米国の水素関連予算推移
予算年度
エネルギー効率・
再生可能エネルギー局
FY2 0 0 4
1 4 4,8 8 1
化石エネルギー局
原子力エネルギー局
4,8 7 9
千ドル
科学室
6,2 0 1
0.0
合計
1 5 5,9 6 1
FY2 0 0 5
1 6 6,7 2 2
1 6,5 1 8
8,6 8 2
2 9,1 8 3
2 2 1,1 0 5
FY2 0 0 6
1 5 3,4 5 1
2 1,0 3 6
2 4,0 5 7
3 2,5 0 0
2 3 1,0 4 4
FY2 0 0 7
1 8 9,5 1 1
2 1,5 1 3
1 8,8 5 5
3 6,3 8 8
2 6 6,2 6 7
FY2 0 0 8
2 0 6,2 4 1
1 4,8 9 1
9,6 6 8
3 6,4 8 3
2 6 7,2 8 3
FY2 0 0 9
1 9 5,8 6 5
2 0,1 5 1
7,3 4 0
3 8,2 8 4
2 6 1,6 4 0
FY2 0 1 0
1 7 0,2 9 7
1 3,9 7 0
5,0 0 0
3 8,0 5 3
2 2 7,3 2 0
FY2 0 1 1
9 5,8 4 7
1 1,3 9 4
2,8 0 0
3 4,6 1 1
1 4 4,6 5 2
FY2 0 1 2
1 0 1,0 8 7
0
0
2 7,4 6 6
1 2 8,5 5 3
FY2 0 1 3
9 5,8 4 5
0
0
2 5,7 6 9
1 2 1,6 1 4
FY2 0 1 4
8 9,5 1 8
0
0
1 9,9 2 2
1 0 9,4 4 0
(注)FY(Fiscal Year):財政年度
出所:DOE ホームページ
出所:Sara Dillich, DOE 2014 Annual Merit Review Proceedings
図12 米国 DOE の水素製造技術別目標ロードマップ
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官民で FCV 普及ための水素ステーション整備の障害を
乗 り 越 え る た め の H2USA が 組 織 さ れ て い る。 ま た、
H2USA を技術的に支援する国立研究所(サンディア国立
研究所、国立再生可能エネルギー研究所)の枠組みであ
高圧水素ガス
輸送トレーラー
2
廃棄・リサイクル、
教育、安全
2.5
百万ユーロ
る H2First の取り組みが開始された。
図 1 2 に米国の水素製造技術のロードマップを示す。
これによれば、技術と水素製造規模に応じて達成時期が
水素ステーション
大規模実証
39.5
設定されている。米国の水素源は、自国資源を利用する
ことが前提となっており、また、CO2 削減も技術開発の
目的となっていることから、
化石燃料を利用する場合は、
燃料電池の低コスト化、
長寿命化、応用
25
電解、FC製造
20
CCS の利用が前提となっている。ディスペンサーで水
素が FCV に供給されるまでの費用も含めて 2 0 2 0 年まで
MW級定置用
燃料電池
34
に 4 ドル /kg を目標値としている。
(3)
欧州
欧州では、各国の予算による研究開発プログラムが実
出所:FCH2 JU 公募資料
施されるほか、欧州連合(EU)の研究開発プログラムで
図13 FCH2 JU の予算配分(2015 年公募時)
燃料電池・水素技術開発が実施されている。EU の燃料
電 池・ 水 素 研 究 プ ロ グ ラ ム は、2 0 1 4 年 か ら
HORIZON2 0 2 0 の 枠 組 み で 実 施 さ れ て い る。
表9 ドイツ、イギリスの水素ステーション導入数
HORIZON2 0 2 0 の燃料電池・水素の技術開発は、FCH2
JU(Fuel cell Hydrogen 2 Joint Undertaking)という官
民パートナーシップで実施している。2 0 1 4 年から 2 0 2 0
年の 7 年間で政府・民間それぞれが半分を拠出し、総額
1 3 億 3,0 0 0 万ユーロの研究開発投資を見込んでいる。
図 1 3 に示すように、
2015年の予算は 1 億 2,3 0 0 万ユー
ドイツ
イギリス
2015年
2020年
2030年
100
400
1,0 0 0
2015 ~ 2020年
2020 ~ 2025年
2025 ~ 2030年
65
330
1,1 5 0
出所:水素エネルギー白書
(ドイツ)
とH2 Mobility UK報告書
(イギリス)
より
ロであり、燃料電池の低コスト化・長寿命化・応用、電
解・燃料電池製造、MW 級定置用燃料電池、水素ステー
第 2 段階として主要都市を結ぶ高速道路上に設置、第 3
ション大規模実証等が大きな比率を占めている。
段階で中小都市への展開を予定している。
水素ステーションの導入は、ドイツ、イギリスがそれぞ
イギリスでは官民協力での UK H2 Mobility プロジェ
れ H2 Mobility、H2 Mobility UKとして実施し、表 9 のよ
クトが実施されている。本プロジェクトでは同国にとっ
うな数値を公表している。ドイツでは現在稼働中の 1 5
ての燃料電池自動車の普及のメリットについて分析し、
カ所の水素ステーションに加えて、2 0 1 5 年までに 5 0 カ
燃料電池自動車と水素ステーションの普及のためのロー
所の水素ステーションを整備する計画である。水素ス
ドマップを作成する。第 1 フェーズは終了し、
第 2 フェー
テーション設置には NOW(ドイツ水素燃料電池機構)か
ズで具体的なビジネスモデルについて検討、第 3 フェー
ら事業者に対し 5 0% の補助が支給される。水素ステー
ズで実施計画、第 4 フェーズで実施となっている。現在
ションは第1段階として特定の大都市に集中して設置し、
は第 1 フェーズの報告書が公開されている。
3. CO2 フリー水素の導入に関する検討例
当研究所では、2 0 1 1 年から、CO2 フリー水素の導入
ギー基本計画の一つ前の版が閣議決定された 2 0 1 0 年 6
に関する自主研究を継続して行っている。現行のエネル
月当時、民間企業・団体・政府等により将来の水素エネ
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
出所:CO2 フリー水素チェーン実現に向けたアクションプラン研究成果報告書(平成 25 年度)
図14 CO2 フリー水素チェーンの絵姿
1次エネルギー源別水素製造量
(世界)
水素需要量
(世界)
1,200
Mtoe
1,000
1,200
1,000
運輸部門
純水素燃料電池コージェネ
800
800
水素ガスエンジンコージェネ
直接燃焼利用
600
発電部門
400
200
200
年
2000
2010
風力
低品位炭
400
0
水力
太陽光
水素ガスタービンコージェネ
600
Mtoe
2020
2030
2040
2050
0
天然ガス
年
2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050
出所:Y. Ishimoto et al.,Analysis of Global Hydrogen Energy System from Low Carbon Resources toward 2050, World Hydrogen Energy
Conference 2014, 2014 June, Gwanjiu, Korea
図15 世界の水素需要量と1次エネルギー源ごとの水素製造量の評価結果
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ルギー社会実現に向けて、積極的な取り組みがなされて
ンの策定、研究成果に基づく政府への提言などである。
いた。しかし、当研究所は当時、CO2 フリー水素がわが
図 1 4 に CO2 フリー水素チェーンの絵姿を示す。ここで
国に具体的にどう貢献し得るのか明確でない、また、供
は、研究会での検討に基づき、水素エネルギーシステム
給側の技術開発は着実に進んではいるが、水素の大規模
で用いられる資源、技術、数量が示されている。
需要については必ずしも見通しがはっきりしていない、
また、研究会の活動の一環として統 合 評 価モデル
といった認識を有していた。
GRAPE のエネルギーシステム分析モジュールを用いた
こうした背景の下、当研究所は、自主研究会「CO2 フ
エネルギー需給システムにおける水素需給の分析を行っ
リー水素チェーン実現に向けた構想研究会」(以下、「構
た。このモデルは世界を 1 5 地域に分割し、地域間のエ
想研究会」
)を平成 2 3 年 3 月から平成 2 3 年度までに計 4
ネルギー資源の貿易を含む各地域のエネルギーシステム
回実施し、平成 2 4 年度からは「CO2 フリー水素チェーン
を取り扱い、資源量や CO2 排出量の制約の下、世界全体
実現に向けたアクションプラン研究会」
(以下、
「アクショ
のエネルギー需給システムをコストの観点から最適化す
ンプラン研究会」
)
、さらに平成 2 7 年度より「CO2 フリー
るモデルである。このモデルに 2 0 2 0 年から CO2 フリー
水素普及シナリオ研究会」
(シナリオ研究会)を主催・実
水素が世界で利用できるという改良を行い、2 0 5 0 年ま
施中である。
での水素の需給分析を行った。世界の水素需要量と 1 次
構想研究会およびアクションプラン研究会では、CO2
エネルギー源ごとの水素製造量の評価結果を図 1 5 に示
フリーチェーン実現のための多様な取り組みを行ってい
す。世界全体では 2 0 2 0 年から利用が開始され運輸部門
る。主な実施内容は、CO2 フリー水素チェーンの定義、
でその多くが消費される。2 0 5 0 年では、コージェネや
CO2 フリー水素チェーンの技術成熟度評価、CO2 フリー
大規模発電でも用いられるという結果を得た。また、水
水素の許容コストの評価、統合評価モデル GRAPE を用
素は、天然ガス、低品位炭、風力、水力から製造され、
いた世界水素需要の試算、CO2 フリー水素導入の絵姿の
特に水素製造量の半分弱を CCS を備えた低品位炭のガス
明確化、CO2 フリー水素チェーンのための技術開発プラ
化が占め、風力や水力による水電解がそれに続いている。
まとめ
水素エネルギーシステムは、多様な 1 次エネルギーの
模に普及するのではないか。重要課題が解決できるかど
利用、電力との相互変換可能性、輸送・貯蔵性、利用す
うかは、水素自身の内部要因だけでなく、水素には対処
る際に CO2 排出がないなど電力を補完しうる 2 次エネル
できない外部要因にも依存している。内部要因は、水素・
ギーシステムである。エネルギー需給システムにおける
燃料電池の技術開発による効率向上や低コスト化、受容
役割はさまざまであるが、上記の特徴から、エネルギー
性の向上などが考えられる。外部要因は、CO2 排出規制
効率向上、CO2 削減、再生可能エネルギー導入促進、レ
やエネルギー資源価格の動向、競合技術のブレークス
ジリエンス向上などに貢献できる。しかし、当然ながら
ルーなどがある。気候変動対策については、本稿は国連
技術ごとにその成熟度には差があり、それぞれの課題に
の第 2 1 回気候変動枠組み条約締約国会議(COP2 1)を
適した技術・政策により普及の課題を乗り越える必要が
2 0 1 5 年 1 1 月末に控え、各国が自主的に決定する約束草
ある。
案(I N D C s: I n t e n d e d N a t i o n a l l y D e t e r m i n e d
また、市場投入の段階にある技術も水素ならではの用
Contributions)のとりまとめレポートが UNFCCC * 3 4 か
途でなければ、熱・電力を供給する競合技術は多数ある。
ら出されるなど、エネルギー・環境をめぐる外部環境の
したがって、競合技術よりも水素がエネルギー・環境面
将来的な展望が見えつつある時期に執筆した。水素の普
等における重要課題の解決に資すると認識される場合に
及については、これら内部・外部要因の不確実性を考慮
水素エネルギーシステムは、需要家から求められて大規
した導入シナリオを描く必要があるだろう。
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エネルギー需給システムにおける水素の位置づけ
< 注・解説 >
* 1: エネファームパートナーズホームページ
* 2: トヨタ自動車株式会社 2 0 1 4 年 1 1 月 1 8 日プレスリリース
* 3: 本田技研工業株式会社 2 0 1 5 年 1 0 月 2 8 日プレスリリース
* 4: 東京都ホームページ
(平成 2 5
* 5:(一財)
エネルギー総合工学研究所
「CO2 フリー水素の実用化に向けたアクションプラン研究成果報告書
年度)
」
(2 0 1 3)
* 6: IEA, Prospects for Hydrogen and Fuel Cells(2 0 0 5)
* 7: IEA, Energy Technology Perspectives 2 0 1 2,(2 0 1 2)
* 8: IEA, Technology Road Map Hydrogen Technologies(2 0 1 5)
* 9: 嘉藤徹「再生可能エネルギーからの水素製造の可能性」日本エネルギー学会誌、vol.9 4(2 0 1 5)pp.7 ~ 1 8.
* 1 0:FCH-JU, Development of Water Electrolysis in the European Union Final Report(2 0 1 4)
* 1 1:柴田善朗「再生可能エネルギーからの水素製造の経済性に関する分析」IEEJ(2 0 1 5)
* 1 2:川崎重工業株式会社「低品位炭起源の炭素フリー燃料による将来エネルギーシステム(水素チェーンモデル)の
実現可能性に関する調査研究」
(2 0 1 2)
(一財)
* 1 3:
エネルギー総合工学研究所「再生可能エネルギー由来の電力(グリーン電力)の大陸間輸送技術の調査研
究」
(2 0 0 9)
* 1 4:電源開発株式会社、平成 1 0 年報告書 WE-NET サブタスク 3「全体システム概念設計」(1 9 9 9)
* 1 5:GREET model, https://greet.es.anl.gov/
日本自動車研究所
「JHFC 総合効率と GHG 排出の分析」(2 0 1 1)
* 1 6:
(財)
* 1 7:産業技術総合研究所「トータルシステム導入シナリオ調査研究 平成27年度NEDO新エネルギー成果報告会
(燃
料電池・水素分野)
」2 0 1 5 年 8 月 3 1 日
(一財)
* 1 8:
エネルギー総合工学研究所「CO2 フリー水素チェーン実現に向けた構想研究成果報告書」および「CO2 フ
リー水素の実用化に向けたアクションプラン研究会報告書」(2 0 1 2 ~ 2 0 1 5 年)
* 1 9:IEA「水素実施協定 タスク 3 6、ライフサイクル持続可能性評価」(2 0 1 5 ~ 2 0 1 7 年〈予定〉)
* 2 0:NEDO「燃料電池・水素技術開発ロードマップ」(2 0 1 0)
* 2 1:トヨタ自動車ホームページ
* 2 2:小森豊明、潮崎成弘、山上展由「ガスタービンの燃料多様化による CO2 削減対策」三菱重工技報 Vol.4 4, No.1
(2 0 0 7)
* 2 3:日立製作所株式会社「革新的ゼロエミッション石炭ガス化発電プロジェクト / 石炭ガス化発電用高水素濃度対
応低 NOx 技術開発 報告書」
(2 0 1 2)
* 2 4:JX 日鉱日石エネルギー ホームページ
* 2 5:川崎重工業株式会社、プレスリリース 2 0 1 4 年 2 月 2 0 日
* 2 6:NEDO ニュースリリース、2 0 1 5 年 6 月 9 日(1 9 9 7 年)
(財)
* 2 7:
電力中央研究所
「WE-NET サブタスク 8 水素燃焼タービンの開発 最適システムの評価 報告書」
(1 9 9 7 年)
* 2 8:
日本産業ガス・医療ガス協会ホームページ
(一社)
(一社)
* 2 9:
燃料電池普及促進協会ホームページ (一社)
* 3 0:
次世代自動車振興センターホームページ
* 3 1:東京都ホームページ
* 3 2:国土交通省ホームページ
* 3 3:HySUT ホームページ
* 3 4:UNFCCC, Synthesis report on the aggregate effect of the intended nationally determined contributions(2015)
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執筆者紹介
石本 祐樹(いしもと ゆうき)
一般財団法人エネルギー総合工学研究所 主任研究員
2003年、筑波大学大学院物理学研究科修了。博士(理学)
同年、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構) 博士研究員
2006年より(一財)エネルギー総合工学研究所プロジェクト試験研究部で低炭素の水素エネルギーシステムの
シナリオ、コスト構造、技術評価に関する研究に従事。
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