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2015年(平成27年)4月14日
放送人権委員会決定
第54号
「大阪府議からの申立て」
(TBSラジオ)
― 見 解 ―
放送倫理・番組向上機構[BPO]
放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)
2015年(平成27年)4月14日
放送と人権等権利に関する委員会決定
第54号
「大阪府議からの申立て」(TBSラジオ)に関する
委員会決定
― 見 解 ―
申 立 人
山本
景
被申立人
株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ
苦情の対象となった番組
『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』
放送日時
2014年8月22日(金)午前1時00分~3時00分
(本件放送は冒頭の約7分)
【決定の概要】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2ページ
【本決定の構成】
Ⅰ
事案の内容と経緯・・・・・・・・・・・・・・・・
3ページ
1.本件放送内容と申立てに至る経緯
2.論点
Ⅱ
委員会の判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・
4ページ
1.本件放送の内容と申立人の名誉・名誉感情の侵害の有無について
(1) 問題の所在
(2) 本件放送の論評の対象と地方議会議員の名誉権、名誉感情
(3) 本件放送と権利侵害の有無
(4) 小括
2.本件放送と市長選との関係について
Ⅲ
結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7ページ
補足意見・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7ページ
Ⅳ
放送概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10ページ
Ⅴ
申立人の主張と被申立人の答弁・・・・・・・・・
12ページ
Ⅵ
申立ての経緯および審理経過・・・・・・・・・・
14ページ
1
【決定の概要】
本件申立ては、TBSラジオ&コミュニケーションズ(以下「TBSラジオ」とい
う)が2014年8月22日(金)に放送した深夜トーク・バラエティー番組『JU
NK おぎやはぎのメガネびいき』で、お笑いタレント「おぎやはぎ」が展開したオ
ープニングトークでの発言を対象としたものである。このトークでは、大阪維新の会
(当時)の山本景・大阪府議会議員(以下「申立人」という)が無料通信アプリ「L
INE(ライン)」で地元中学生らとトラブルになった経緯や、それに関連してテレ
ビの情報番組でコメンテーターが「こいつキモイもん」と発言したことに対し申立人
が放送人権委員会に人権侵害であると申し立てた一連の事態について語られた。
本事案は、おぎやはぎの小木氏らが「思いついたことはキモイだね。完全に」など
と発言したことに対して申立人が「全人格を否定し侮辱罪にあたる可能性が高い」等
として放送人権委員会に申し立てたもの。
委員会は申立てを受けて審理し、決定に至った。決定の概要は以下のとおりである。
本件放送における「キモイ」等の発言は、申立人の社会的評価を低下させ、申立人
の名誉感情に不快の念を覚えさせる論評である。しかし、その種の論評であっても、
公共の利害に関わる事項について公益を図る目的でなされたものであるときは、表現
の自由の行使として尊重されるべきものであり、論評の基礎となった事実の主要な点
に誤りがなく、人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱したものでない限り、その論評は
権利侵害として評価されるべきではない。
本件放送が論評の対象とした事象は、府議会議員である申立人自身が議員活動の一
環として行っていたと説明している、中学生とのLINEでのやりとりと、テレビの
情報番組内でのコメントに対する放送人権委員会への申立てである。これらの事象に
ついて、その議員に対する評価を含めて論評することは、市民の正当な関心事にこた
えるものであり、本件放送には、公共性・公益性がある。これに対して、本件放送の
論評によって新たに申立人の社会的評価の低下があったとしても、それはわずかなも
のと考えられる。
また、本件放送は申立人の名誉感情に不快の念を持たせるものではあるが、「キモ
イ」という言葉は、申立人と中学生のLINEでのやりとりの中で中学生が使った言
葉として、本件放送の題材におけるキーワードの一つでもあり、本件放送は申立人の
人格をことさら誹謗中傷するものとまではいえない。
以上に鑑みれば、本件放送は、地方議会議員の行動に関わる事実に対する論評とし
て公共性・公益性が認められ、他方で本件放送による社会的評価の低下や名誉感情の
不快の念の程度を考慮すると、本件放送の論評については、申立人は地方議会議員と
して、これを受忍すべきものと考える。
また、申立人は、2014年8月に申立人の中学生グループとのやりとりが報道さ
れるようになったのは、同年9月に実施された交野市長選挙にかかわる政治的背景が
あったと主張するが、その主張と本件放送による人権侵害の有無の問題は関係を持た
ない。また、本件放送のタイミングにも特段の不自然さはないため、放送倫理上の問
題もない。
なお、「キモイ」という言葉は、それが使われる相手や場面によっては、相手の人
格を傷つけ、深いダメージを与えうるものであるが、委員会は、これを無限定に使う
ことを是とするものではないことを付言する。
2
Ⅰ
事案の内容と経緯
1.本件放送内容と申立てに至る経緯
TBSラジオが2014年8月22日(金)に放送した『JUNK おぎやはぎのメ
ガネびいき』は、お笑いタレント「おぎやはぎ」の矢作兼氏と小木博明氏が番組冒頭
のオープニングトークで、大阪府議会議員で当時大阪維新の会に所属していた申立人
が無料通信アプリ「LINE(ライン)」で地元中学生らとトラブルになった一連の問
題を約7分にわたり取り上げた(この放送部分を、以下「本件放送」という)。
本件放送では、トラブルの経緯が多くのメディアにより伝えられる中、テレビの情
報番組でコメンテーターが「だってこれ今ずっとVTR見てても、こいつキモイもん」
と発言したことを受けて、申立人が放送人権委員会にその情報番組を人権侵害である
と申し立てた一連の事態について、矢作氏が小木氏に説明するという形でトークが展
開された。
この放送について、申立人は9月8日にTBSラジオの制作部長に対し番組内での
謝罪を求めたが、制作部長は、番組内での発言は、「社会事象についてのコメント」で
あり、問題とは考えていないとして、謝罪を拒否した。
申立人は同日、申立書を委員会に提出。その中で「思いついたことはキモイだね。
完全に」、「キモイと思ったもんはキモイでいいんでしょ」
等の発言は、「全人格を否定
し、侮辱罪にあたる可能性が高く、精神的な苦痛を味わった」と訴えている。
その後双方は話し合いによる解決を模索したものの、不調に終わった。
TBSラジオは11月10日、「経緯と見解」書面を委員会に提出、この中で「今回
の放送は、大阪府議という公人である申立人の行為及び、それに付随した一連の社会
事象へのコメントが主眼であり、小木氏の『キモイ』という発言は、あくまで申立人
の不適切な行為に向けられている。申立人の人格に向けられたものではないし、まし
てや全人格を否定する個人攻撃ではまったくありえない」として、侮辱罪にはあたら
ないと主張している。なお、TBSラジオによると、本番組は通常生放送で行ってい
るが、この回は8月16日に事前録音したものを放送した。
委員会は11月に開催された第214回委員会で、委員会運営規則第5条(苦情の
取り扱い基準)に照らし、本件申立ては審理要件を満たしていると判断し、審理入り
することを決めた。
放送の概要については後述の「Ⅳ 放送概要」
、提出された書面やヒアリングを通じ
て明らかになった申立人の主張とそれに対する被申立人の答弁は、「Ⅴ 申立人の主張
と被申立人の答弁」のとおりである。また、申立人は2014年8月になってから、
申立人と中学生グループとのやりとりが報道されるようになったのは、同年9月に実
施された交野市長選挙で有利になることを目的とした当時の交野市長の政治的な行動
3
に基づくものであったと主張する。
申立てに至る経緯および審理経過は末尾「Ⅵ 申立ての経緯および審理経過」に記載
のとおりである。
2.論点
論点は以下のとおりである。
1.本件放送の内容と申立人の名誉・名誉感情の侵害の有無について
①
本件放送の論評の対象と申立人の名誉権、名誉感情
②
地方議会議員の行動に関する論評と公共性・公益性
③
本件放送と権利侵害の有無
2.本件放送と市長選との関係について
Ⅱ
委員会の判断
1.本件放送の内容と申立人の名誉・名誉感情の侵害の有無について
(1)
問題の所在
本件放送で矢作氏は、申立人と中学生グループとのLINE上でのやりとりをめぐ
るトラブルの概要や、テレビの情報番組がこのトラブルを題材として放送する中で行
われたコメントが人権侵害にあたるとして申立人がそのテレビ番組について放送人権
委員会に申立てを行ったことなどを説明した。
これら一連の事実経過を聞いた小木氏が、「いや、俺、30後半って聞いて…ぱっと
今思いついたことよ。口には出そうと思わなかったけど、思いついたことはキモイだ
ね。完全に。やばくない?」とコメントし、矢作氏から発言を止められかけた小木氏
がさらに「キモイと思ったもんはキモイでいいんでしょ。言って。だって公の人なん
だから。俺らだって、なんか、もし変な…テレビで言ったら、キモイって言われるよ。」
「でも、しょうがないもんね、キモイもんは。」と述べ、矢作氏も「キモイけど、そん
なもので怒っちゃう山本議員はかわいいよね。」と述べている。
申立人は、これら一連の「キモイ」という言葉を使った小木氏と矢作氏の発言が、
「全人格を否定し、侮辱罪にあたる可能性が高く、精神的苦痛を味わいました。また、
ネット上に『キモい』という中傷の文言が溢れ、信用やイメージを著しく損ないまし
た」とするものである。
申立人は、中学生とのやりとりや委員会への申立てに関する事実経過が真実である
か否かを問題とするものではなく、これらの事実経過を前提として、小木氏と矢作氏
が「キモイ」等と論評したことを問題としている。
4
したがって、本件では、放送内容にかかる事実の真実性ではなく、出演者が行った
論評が申立人の権利を侵害したか否かが問題となる。
なお、申立人が「侮辱罪にあたる」とする趣旨は、申立人の名誉感情が傷つけられ、
併せて、申立人の社会的評価も低下して名誉を毀損されたというものである。
(2)
本件放送の論評の対象と地方議会議員の名誉権、名誉感情
これに対してTBSラジオは、小木氏らの「いや、俺、30後半って聞いて…ぱっ
と今思いついたことよ。口には出そうと思わなかったけど、思いついたことはキモイ
だね。完全に。やばくない?」などのコメントは、「大阪府議という公人である申立人
の行為とそれに付随する一連の社会事象へのコメントが主眼であり、申立人に対する
個人攻撃を目的としたものではない」、「キモイ」という発言は、「申立人の不適切な行
為に向けられたものであり、個人に向けられた人格攻撃ではありません。」としている。
つまり、これらのコメントは、申立人の行為や社会事象に向けられたものであって、
申立人の社会的評価を低下させたり、申立人の名誉感情に不快の念を覚えさせるもの
ではないと主張するので、この点について検討する。
小木氏と矢作氏のコメントは、申立人の中学生との一連のやりとりや申立人の委員
会への申立てに関する事実経過を受けて、申立人の行為を論評するものであるが、行
動の論評と社会的評価や人格に対する論評を峻別することは困難である。本件放送で
も、小木氏は「いや、俺、30後半って聞いて…ぱっと今思いついたことよ」と述べ
ているが、この「30後半」というのは申立人の年齢を指すものである。また、矢作
氏が「山本議員はかわいいよね」と述べたことに対して小木氏は「あははは。かわい
いって言うの…なに、純粋って言うのかな。キモジュンじゃない?」とコメントして
いる。これらのことなどから見ても、本件放送に申立人の社会的評価や申立人の人格
に対する論評の側面もあることは否定しがたい。
しかし、社会的評価の低下や名誉感情に不快の念を生じさせる論評であっても、論
評を含む放送が、公共の利害に関わる事項について公益を図る目的でなされたもので
あるときは、表現の自由の行使として尊重されるべきものであり、その論評の基礎と
なった事実の主要な点に誤りがなく、人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱したもので
ない限り、その放送は権利侵害として評価されるべきではない。
特に、公職選挙によって選出される地方議会議員の行動に関わる事実に対する論評
は、健全な民主政治の維持発展のために不可欠のものであり、それが議員の社会的評
価を低下させたり、議員自身の名誉感情を傷つける側面を有するものであっても、議
員においては、一般私人に対する論評よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければ
ならない。
5
(3)
本件放送と権利侵害の有無
本件放送が、申立人の社会的評価を低下させ、また、申立人の名誉感情に不快の念
を持たせる論評を含んでいたかを検討すると、本件放送で出演者らがコメントで用い
ている「キモイ」という言葉は、若者が多用する言葉で、対象となる物ないし人を、
嫌悪感を持ったニュアンスを含めて「気持ち悪い」という趣旨で用いられることが多
い。したがって、本件放送で出演者らが用いた「キモイ」の言葉を含んだコメントも、
申立人の社会的評価を一定程度低下させ、また、申立人の名誉感情に不快の念をもた
せる論評ではある。
そこで、本件放送が、公共性・公益性の観点から許容されるものであるかを検討す
る。出演者らが論評の対象としているのは、府議会議員が、中学生とLINEのグル
ープを作ってやりとりをしていたこと、その府議会議員自身が議員活動の一環として
行っていたと説明をしていること、この一連の行動に対するテレビの情報番組内での
コメントについて、委員会に申立てを行ったという事象である。このような議員の活
動及びこれに付随して行った委員会への申立てについて、その議員に対する評価を含
めて論評することは、市民の正当な関心事にこたえるものであり、本件放送には、公
共性・公益性がある。本件放送は、いわゆるバラエティーのジャンルに属する番組の
中で行われたものであり、申立人を揶揄している部分もあるが、政治をテーマとして
扱い、政治を風刺したりすることは、バラエティーの中の一つの重要な要素であり、
正当な表現行為として尊重されるべきものであるから、本件放送の公共性・公益性を
否定するものと解すべきではない。
他方、本件放送が申立人の社会的評価を低下させた程度はそれほど大きなものでは
ない。すなわち、論評の対象となった申立人の行為の核心は申立人と中学生との間の
LINEを利用したやりとりなどに関するものであり、これらに関する報道は、本件
放送が行われる前の2014年8月8日頃から新聞、テレビ等でなされている。そし
て、申立人自身も一連の申立人の行動が不適切なものであったことは記者会見等で認
めているところである。したがって、本件放送の論評によって新たに申立人の社会的
評価の低下があったとしても、それはわずかなものと考えられる。なお、申立人は、
本件放送によって、ツイッターやブログに「キモイ」という言葉を含む申立人に対す
る誹謗中傷が書かれるようになったとするが、「キモイ」という言葉は、申立人と中学
生とのLINEのやりとりの中で中学生が使った言葉であり、そのやりとり自体が複
数のメディアで報道されていたのであるから、本件放送の論評によって初めてこれら
の記載がなされるようになったとは認めがたい。
また、本件放送は申立人の名誉感情に不快の念を持たせるものではあるが、「キモ
イ」という言葉は、申立人と中学生のLINEでのやりとりの中で中学生が使った言
葉として、本件放送の題材におけるキーワードの一つでもあった。本件放送での小木
6
氏が述べた「口には出そうと思わなかったけど、思いついたことはキモイだね」とす
るコメントも、この点を受けてのコメントであるから、申立人の人格をことさら誹謗
中傷するものとまではいえない。
以上に鑑みれば、本件放送は、地方議会議員の行動に関わる事実に対する論評とし
て公共性・公益性が認められ、他方で本件放送による社会的評価の低下や名誉感情の
不快の念の程度を考慮すると、本件放送の論評については、申立人は地方議会議員と
して、これを受忍すべきものと考える。
(4)
小括
以上により、本件放送は、申立人の名誉を毀損したり、名誉感情を侵害するもので
はない。
なお、「キモイ」という言葉は、それが使われる相手や場面によっては、相手の人格
を傷つけ、深いダメージを与えることもあるが、委員会は、これを無限定に使うこと
を是とするものではないことを付言する。
2.本件放送と市長選との関係について
申立人は、2014年8月になってから申立人と中学生グループとのやりとりが報
道されるようになったのは、同年9月に実施された交野市長選挙で有利になることを
目的とした当時の交野市長の政治的な行動に基づくものであったと主張するが、その
主張と本件放送による人権侵害の有無の問題は関係を持たないと考える。
また、本件放送は申立人が放送の10日前にテレビの情報番組について委員会への
申立てを行ったことも受けて行われたものであり、このタイミングで放送されたこと
に特段の不自然さはない。したがって、本件放送には取り上げるべき放送倫理上の問
題もない。
Ⅲ
結論
以上により、委員会は、申立人の主張には理由がないとの結論に至った。
なお、以下の補足意見がある。
補足意見
本決定は、
「Ⅱ委員会の判断」の「1.(2)本件放送の論評の対象と地方議会議員の
名誉権、名誉感情」について、次の規範を明らかにし、本件放送が申立人の名誉権や
名誉感情を侵害するものではないとし、さらに放送倫理上の問題もないとしている。
7
すなわち、
「社会的評価の低下や名誉感情に不快の念を生じさせる論評であっても、
論評を含む放送が、公共の利害に関わる事項について公益を図る目的でなされたもの
であるときは、表現の自由の行使として尊重されるべきものであり、その論評の基礎
となった事実の主要な点に誤りがなく、論評が、人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱
したものでない限り、その放送は権利侵害として評価されるべきではない。特に、公
職選挙によって選出される地方議会議員の行動に関わる事実に対する論評は、健全な
民主政治の維持発展のために不可欠のものであり、それが議員の社会的評価を低下さ
せたり、議員自身の名誉感情を傷つける側面を有するものであっても、議員において
は、一般私人に対する論評よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければならない。」
という規範である。
私は、委員会委員としての9年の間に、「若手政治家志望者からの訴え」(委員会決
定29号:見解[迅速・丁寧な対応を要望])、
「民主党代表選挙の論評問題」(同決定
30号:見解[問題なし])、「広島県知事選裏金疑惑報道」(同決定38号:見解[実
質審理に入らない、但し、ホームページでの当該報道の文字情報は放送と同視しない
との意見が付記されている])、「徳島・土地改良区横領事件報道」(同決定39号:勧
告[重大な放送倫理違反、但し、この結論を支持する補足意見と、名誉毀損であると
する少数意見が付記されている])などにおいて、政治家の行動に関わる事実や、これ
に対する論評についての判断に関わってきた。
上記規範のうち、「特に、公職選挙によって選出される地方議会議員の行動に関わる
事実に対する論評」について、「議員においては、一般私人に対する論評よりも受忍す
べき限度は高く、寛容でなければならない」とされる部分は、これら従前の委員会決
定29、30、38、39号をもふまえたものであることを指摘しておきたい。
そもそも、知る権利に奉仕する取材・報道の自由が憲法21条の表現の自由の内容
をなすものとして、法律等の下位規範に制約されることなく保障されるべきことは、
「博多駅テレビフィルム提出命令事件決定」(最高裁大法廷1969(昭和44)年
11月26日刑集23巻11号1490頁)等によって明らかにされてきたところで
ある。「人が自由に様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、
個人として自己の思想及び人格を形成、発展させ、社会生活の中にこれを反映させて
いくうえにおいて欠くことのできないものであり、民主主義社会における思想及び情
報の自由な伝達、交流の確保を実効あるものとするためにも必要である」からである
(「法廷メモ採取にかかるレペタ事件」最高裁大法廷1989(平成元)年3月8日判
決民集43巻2号89頁、放送と人権等権利に関する委員会2014年6月9日「顔
なしインタビュー等についての要望~最近の委員会決定をふまえての委員長談話~」
参照)。
もっとも、この10年余を振り返ってみると、個人情報保護法の制定時には、報道
8
目的があれば報道機関は個人情報取扱事業者の法的義務の適用を除外されるとする条
項(同法50条1項1号)が取材・報道の自由を制約しかねないという議論もあった。
法律等の下位規範によって制約されることを懸念するあまりに、取材・報道の自由の
行使を個別に具体化した法律は設けられてはいない。それゆえ、取材・報道の自由、
とりわけ取材・放送の自由は、情報の自由な伝達を妨げかねない特定秘密保護法の運
用や、時の権力者の言動によって萎縮しかねない法的性質をも併有している。しかし、
仮にも、そのような法の運用や権力者の言動によって、取材・放送の自由が萎縮する
ようなことがあれば、知る権利に奉仕する取材・放送の自由としての役割を果たすこ
とはできない。たとえば、公平・公正な選挙報道が要請されるからといって、仮にも
取材・放送をしないこととなれば、視聴者の知る権利を満たすことはできなくなるか
らである。
本決定が述べる上記の規範部分は、地方議会議員の行動に関わるものではあるが、
このような取材・放送の自由が萎縮する状況に陥らないためにも、国政を担う政治家
の行動については、なおさら妥当するものと考える。すなわち、「健全な民主政治の維
持発展のために不可欠のものであり、それがその政治家の社会的な評価を低下させた
り、その政治家の名誉感情を傷つける側面を有するものであっても、その政治家にお
いては、一般私人に対する論評よりも受忍すべき限度は高く、寛容でなければならな
い」と解されるべきである。
すべての放送関係者においては、今後も、委員会決定29、30、38、39号及
び本決定等をふまえて、視聴者の知る権利に積極的に奉仕することが求められている。
(三宅
9
弘
委員)
Ⅳ
放送概要
被申立人が提出した番組収録CDによると、
本件放送の概要は以下のとおりである。
発言者
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
発
言
内
容
問題になってますね。やっぱり。
何の問題ですか?
いや、キモイ発言が。
ああ、キモイ発言?俺ね、あんまり分かってないんですけど、どういった内容なんです
かね。
要はその、山本議員という方が、中学生とね、LINEとかしてたんですって。
なんかぁ、はいはい。
俺と小木もグループLINEってやったことあるよね。
あるある。
グループLINEてのが出来るんだね。それで、グループLINEを…途中からシカト
されだしたのよね。
ああ、なるほど、グループLINEで。
グループLINEでシカトされて解散みたいになっちゃって、一人だけ残っちゃったん
だよね。相手にされなくなっちゃって、それに腹を立てた山本議員が「絶対許さない」
とか、中学生に対して。そういうことをやったという…脅迫めいたことをしたんだって。
脅迫?「許さねぇ」って。
ということが問題になったのに対して、『スッキリ!!』でテリーさんが「こいつキモ
イもん」て言ったら、「これはもう人権侵害だ」ということで訴えると。
LINEと同じ手法で言ってきてんだ。また「訴える」とか「許さねえ」とか、また。
すぐキレんだよぉ、本当に。
それに対して、橋下さんが、大阪の。「キモイって言われてもしょうがねえだろう」み
たいなこと言ったら、それに対しても橋下さんを「そんな、LINEで俺がちょっとや
ったぐらいで人格まで否定されるような言われかたされるのはおかしい」ということで、
また怒っている。
へぇ~。山本議員は…俺よく知らないけど、何、中学生ぐらいなの?山本議員って。
はははは。山本議員が中学生だったら、そんなに問題にならないんだよ。
今の話聞いたら、中学生とか…
30ねえ、後半。
ええ、後半なの。
だから、今、キモイって言うと、すごい、訴えられるから気を付けたほうがいいよ。
いや、俺、30後半って聞いて…ぱっと今思いついたことよ。口には出そうと思わなか
ったけど、思いついたことはキモイだね。完全に。やばくない?
だから、それ言っちゃうと駄目なのよ。攻撃されるから。
キレるんでしょ、すぐ。
本当にやばいんだよ。キモイと言ったことに対してだよ、議員とかが訴えるとか言って
くるとさ、当たり前のようにギャルとかはさ「へぇ、キモイ!」とか言うじゃない。本
当にいつ訴えられてもおかしくないからね。もう、この先。
キモイと思ったもんはキモイでいいんでしょ。言って。だって公の人なんだから。俺ら
だって、なんか、もし変な…テレビで言ったら、キモイって言われるよ。
アンガールズの田中はどんだけ言われてる。
あいつ、すげえ言われてんじゃん。
芸人はキモイって言われても訴えちゃいけないんだけど、政治家はキモイって言われて
訴えていいのかなぁ。でも、キモイって言われたのを訴えているわけでしょ。
10
発言者
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
小木
矢作
発 言 内 容
そう、なんか。
これが通ったら、ちょっとやばくない?
そうだよ。それ通ったら、何も言えなくなっちゃうんだよ。
というか、芸人はもうやばいよね。
芸人はまずやばい。
キモイ系の芸人っていうのは、いっぱいいるんだから。
うんうん。
そういうキモイって言われるタイプがね。
それに訴えられたら、何もできなくなっちゃうね、本当にテレビが…
「カワ」を付けりゃあいいんじゃない?アンガールズみたいに。「キモカワ」とか…キ
モイけど、ちょっと1回だけ褒めてあげるようにすると山本議員も腹の虫が収まるんじ
ゃない?
なるほどね。坊主になった人だっけ、なった人だね。
そうそうそうそう。BPOに…
BPOか。
裁判じゃない、BPOに訴えたんだ。
でも、しょうがないもんね、キモイもんは。そんなもん。
でも、キモイけど、そんなもので怒っちゃう山本議員はかわいいよね。
あははは。かわいいって言うの…なに、純粋って言うのかな。
キモジュン?
キモジュンじゃない?
キモジュンだよ、キモジュン。
嬉しいでしょ、本人も。マツジュンっぽいのいいよ。ねぇ、キモジュンだよ。
そうか。山本議員はキモジュンなんだ。
中学生とLINEできるの純粋じゃないとできないんだから。キモジュンじゃないとで
きないんだから、そんなもん。あり得ないよ。いいじゃん、キモジュンで。
キモジュンは訴えられんのかな?
これは俺ら、言われる筋合いないでしょ。こんな、キモジュンなんて。キモジュンって
俺ら言ってるわけでしょ。これに対して俺らには言ってこないよね、さすがにね。ちょ
っとマツジュンみたいに言ってんだから。(小木・矢作 笑い)
だけど、イントネーションは良いじゃない、キモジュンで。気持ちいいんだからさ。こ
れに言ってくるようじゃ駄目だよね。もうね。これに言ってくるようじゃ。
一番あれじゃない、マツモト…ああ、山本議員をなだめることが出来るのは、アンガー
ルズ田中じゃない?「まあまあまあまあ、キモイって言われたぐらいで怒りなさんな」
って。田中が言ったら、もう、なんて言うんだろね。田中が言って…「お前と一緒にす
んな」っていわれるのかな。
多分怒られる、そうなのかねぇ。
「芸人がキモイって言われるのとは違うんだよ」って言われて…そうしたら逆に訴えて
やるけどな。
そうだよ、それは訴えるべきだよ。
面白いね。
う~ん。いるんだねぇ、不思議な方がね。
いるんだよ、う~ん。
<別の話題へ>
11
Ⅴ
申立人の主張と被申立人の答弁
提出された書面やヒアリングを通じて明らかになった申立人の主張と被申立人の答
弁は以下のとおりである。
問 題
部
分
公
申立人
■小木氏の「口に出そうと思わなかった
けど、思いついたことはキモイだね。完
全に。」「キモイと思ったもんはキモイ
でいいんでしょ。言って。だって公の人
なんだから。」「しょうがないもんね。
キモイもんは。」、矢作氏の「キモイけ
ど、そんなもので怒っちゃう山本議員は
かわいいよね。」という発言は、全人格
を否定し、侮辱罪にあたる可能性が高い。
■社会事象へのコメントとのことだが、
当日の放送内容から社会事象へのコメン
トではなく、方便であるとしか受け取る
ことが出来ない。また、「可愛い」とか
「純粋」とのコメントもあるが、侮辱罪
を免罪するコメントにはならない。
■一対一の個人的な関係で「キモイ」と
言われてもムカッと来るぐらいで終わる
が、公共性の高い電波を通してこのよう
な侮辱ととられかねない言葉を流すこと
は話が別だ。放送の影響は大きく、名誉
感情が害されたとともに、私自身の社会
的な評価を低下させられたと考えざるを
得ない。しかも、おぎやはぎ氏は他の番
組に対して私がBPOに申し立てたこと
を分かったうえでこの言葉を公共の電波
に乗せており、相当悪質だと考えている。
■「キモイ」という発言は、人格に向け
られたものとしか考えられない。公人に
も名誉権が有り、過度に強調しているわ
けではない。
■私は公人という立場なので一般的な批
判などは受け入れなければならないと思
っているが、侮辱にあたるような表現ま
では受け入れられない。
人
12
被申立人
■一連のトラブルの概要を聞き終わった小
木氏が、その感想として、二度にわたって「キ
モイ」と発言しているが、これは申立人の不
適切な行為に向けられたものであり、個人に
向けられた人格攻撃ではない。また、中学生
やテレビの情報番組でコメンテーターが申
立人の行動について「キモイ」という言葉を
使ったという先行報道の流れの中で、本発言
は、「そう言われても仕方ない」というニュ
アンスを含むものと捉えるべきだ。「全人格
を否定し、侮辱罪にあたる」ような放送では、
まったくない。
■「キモイ」という発言はあったものの、他
方「かわいい」「純粋だ」などの発言もあり、
社会事象へのコメント、特に大阪府議という
公職にある人物が社会的に非難された出来
事に関してのコメントであり、全体として
は、個人の人格を否定したり、傷つけたりす
るものではないと判断して、放送した。
■今回のコメントは、大阪府議という公人の
立場にある人物が、中学生を相手にトラブル
を起こし、未成年である中学生たちに脅迫的
なメッセージを送ったという、公人として極
めて不適切な行為を対象としたものである。
■今回の放送は、大阪府議という公人である
申立人の行為及び、それに付随した一連の社
会事象へのコメントが主眼であり、小木氏の
「キモイ」という発言は、あくまで申立人の
不適切な行為に向けられている。
■公人の名誉権が過度に強調されることは、
民主主義の基盤を揺るがすことにもつなが
りかねないという視点からも、今回の放送に
ついて謝罪放送やその他の方法による謝罪
を行うことはできない。
被
害
トークバラエティー番組の性格と役割
市長選との 関係
申立人
■精神的な苦痛を味わうとともにインタ
ーネット上に「キモイ」という中傷の文
言が溢れ、信用やイメージを著しく損な
った。
被申立人
■申立人が「キモイ」と言われる事象は、本
件放送前に発生しており、インターネット上
には、申立人と「キモイ」という言葉を紐付
ける言説は溢れていた。TBSラジオの放送
が原因でインターネットに「キモイ」という
中傷の文言が溢れたという事実はない。
■バラエティー番組は一般的に報道番組
に比べて事実確認等については緩くても
構わないとは思うが、本人に確認するな
どある程度のことはやるべきで、何の確
認もせずに放送するというのはいくら何
でも緩すぎるのではないか。
■「トークバラエティー番組が特定の人間の
言動を取り上げた場合、その内容がその人間
の名誉を毀損しているかどうか、あるいは違
法にプライバシーを侵害しているかどうか
について判断するにあたっては、真実性を旨
とする報道番組と同一に論じることはでき
ず、一般にその許容される限度はより広いも
のといって差し支えないであろう」(「放送
人権委員会決定第28号」より引用)
■今回の放送でも、一連の騒動を紹介すると
ともに、公人である申立人の不適切な行為を
批評性を込めて語るという、バラエティー番
組らしい展開となっている。
■「健全な娯楽」としてのバラエティー番組
に求められているのは、皆が感じていること
をズバリと言うという、ある種の批評性では
ないか。言い換えれば、時に批評性をこめた
コメントをすることは、バラエティー番組を
「健全に発展させるというメディアの役割」
を果たすことにもなると考える。
■一連の報道は2014年9月に予定さ
れていた交野市長選挙の直前の8月に、
当時の交野市長の指示で報道に至ったも
ので、すべて交野市長選挙に絡んで利用
されたものだ。
■本件放送は申立人本人も「不適切だった」
と記者会見等で認めたことをもとにして論
評を加えたもので、交野市長選挙に絡んだ政
治的な陰謀であるとの主張は本件の審理と
関係がない。
局への要求
■同番組上にて、謝罪することを求める。 ■今回の出演者の発言について、謝罪放送や
放送以外での謝罪をおこなうことはできな
■単なる釈明にとどまることなく、今回 い。
の放送についての謝罪放送等を改めて行
うこと、そして、交野市長選挙にかかる
政治的な陰謀であることが判明している
ことから、その点について放送するよう
求める。
13
Ⅵ
申立ての経緯および審理経過
年
月
2014年
8月
日
審
理
内
容
等
8日 一部の報道により、申立人と中学生のLINE問題が発覚
8月11日 テレビの情報番組で申立人の特集企画を放送
『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』で申立人を巡る一
連の事態についてオープニングトークを放送
申立人が番組内での謝罪を要求
8日 TBSラジオ、番組内での謝罪拒否を伝える
申立人、「申立書」を委員会に提出
8月22日
9月
10月23日 TBSラジオ、申立人に放送以外でも謝罪拒否を伝える
11月10日
TBSラジオ、「経緯と見解」書面、関連資料、同録CDを
提出
11月18日 第214回委員会
審理入り決定
11月28日 TBSラジオから「答弁書」を受理
12月15日 申立人から「反論書」(12月11日付)を受理
12月16日 第215回委員会
2015年
1月
9日
審理
TBSラジオから「再答弁書」を受理
第1回起草委員会
1月20日 第216回委員会
審理
2月17日 第217回委員会
ヒアリング、審理
3月
3日 第2回起草委員会
3月17日 第218回委員会
審理
4月14日 「委員会決定」通知・公表
14
「委員会決定」案を了承
本委員会決定は2014年11月から2015年3月の放送人権委員会での審理を
もとにまとめたものです。2015年4月1日から委員の構成が変わりましたが、本
委員会決定は審理に参加した委員名で通知・公表します。
放送倫理・番組向上機構[BPO]
放送と人権等権利に関する委員会(放送人権委員会)
委
員
長
三宅
弘
委員長代行
奥
武則
委員長代行
坂井
眞
委
員
市川
正司
委
員
大石
芳野
委
員
小山
剛
委
員
曽我部真裕
委
員
田中
里沙
委
員
林
香里