補足説明・図1~図4

多動障害や社会行動の異常を抑える新しい分子機構を発見 | 理化学研究所
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2015年4⽉14⽇
広報活動
プレスリリース(研究成果)
理化学研究所
2015
藤⽥保健衛⽣⼤学
2014
多動障害や社会⾏動の異常を抑える新しい分⼦機構を発⾒
2013
-アービットはCaMKIIαの活性制御を介しカテコールアミンの恒常性を維持-
2012
この発表資料を分かりやすく解説した「60秒でわかるプレスリリース」もぜひご覧ください。
2011
2010
2009
要旨
理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター発⽣神経⽣物研究チームの御⼦柴克彦チームリーダー、河合克宏研究員、藤⽥
保健衛⽣⼤学総合医科学研究所システム医科学研究部⾨の宮川剛教授、昌⼦浩孝研究員らの共同研究チーム※は、細胞内カル
シウムチャネルの制御因⼦であるアービット(IRBIT)[1]が、脳神経系においてα型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼ
2008
2007
2006
II (CaMKIIα)[2]の活性制御を介して、注意⼒や衝動性の制御に関わる脳内カテコールアミン[3]量の恒常性[4]を維持してい
2005
ることを明らかにしました。
2004
私たちの気分や⾏動は、脳内で働くモノアミン[5]と呼ばれる神経伝達物質により制御されています。モノアミンの中でも
ドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンは、注意⼒や衝動性の制御に関わっており、その異常は多くの精神
2003
2002
神経疾患で⾒られる多動障害や社会⾏動異常を引き起こす原因の1つと考えられています。しかし、脳内のカテコールアミン
2001
量の恒常性を維持する機構は未解明な点が多くあります。
2000
アービットは、細胞内のカルシウムチャネルの1つであるイノシトール三リン酸受容体(IP3R)[6]の活性を制御する因⼦として
知られています。共同研究チームは、アービットが脳内で種々のタンパク質のリン酸化を担うCaMKIIαに結合し、その活性
を抑制していることを発⾒しました。アービット⽋失によるCaMKIIα異常活性化が、ドーパミン産⽣時の活性化速度を決め
る律速酵素[7]であるチロシンヒドロキシラーゼ[8]のリン酸化を促進し、マウス脳内におけるドーパミン量を増加させること
も明らかにしました。さらに、アービット⽋損マウスの⾏動を解析した結果、多動障害(活動量の増加)および社会⾏動の異
常(過剰接触)を⽰すことが明らかとなりました。これらの結果は、アービットが脳内においてCaMKIIα活性を抑制するこ
とで、間接的にチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御し、脳内における適正なカテコールアミン産⽣量の維持に寄与してい
ることを⽰唆しています。
本研究成果は脳内カテコールアミン量制御の新たな分⼦機構を明らかにしたものです。今後、ヒトにおけるアービット遺伝⼦
の変異と多動障害や社会⾏動異常などの症状との関連を解明していくことによって、精神神経疾患の治療や創薬などの研究で
重要な知⾒を得られると期待できます。
1999
1998
1997
トピックス
イベント/シンポジウム
理研ブログ
刊⾏物
ビデオライブラリー
情報配信サービス
本研究成果は、⽶国アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of
America』オンライン版(4⽉13⽇、⽇本時間4⽉14⽇)に掲載されます。
お楽しみコンテンツ
施設⾒学
※共同研究チーム
理研関係者向け
理化学研究所
脳科学総合研究センター 発⽣神経⽣物研究チーム
チームリーダー 御⼦柴 克彦 (みこしば かつひこ)
動画配信
研究員 河合 克宏 (かわあい かつひろ)
RIKEN Channel
研究員 久恒 智博(ひさつね ちひろ)
研究員 ⽔⾕ 顕洋(みずたに あきひろ)(現 昭和薬科⼤学薬物治療学研究室教授)
研究員 ⿊⽥ 有希⼦(くろだ ゆきこ)(現 慶応義塾⼤学医学部特任助教)
テクニカルスタッフ ⼩川 直⼦(おがわ なおこ)
テクニカルスタッフ 戎井 悦⼦(えびすい えつこ)
バイオリソースセンター マウス表現型解析開発チーム
チームリーダー 若菜 茂晴(わかな しげはる)
藤⽥保健衛⽣⼤学 総合医科学研究所 システム医科学研究部⾨
教授 宮川 剛(みやかわ つよし)
研究員 昌⼦ 浩孝(しょうじ ひろたか)
背景
私たちの気分や⾏動は、脳内で働くモノアミンと呼ばれる神経伝達物質に制御されています。モノアミンの中でもドーパミン
やノルアドレナリンといったカテコールアミンは注意⼒や衝動性の制御に関わっており、その異常は多くの精神神経疾患で⾒
られる多動障害や社会⾏動の異常を引き起こす原因の1つとして考えられています。しかし、脳内のカテコールアミン量の恒
常性を維持する機構は未解明な点が多くあります。
アービット(IRBIT)は細胞内カルシウムチャネルであるイノシトール三リン酸受容体(IP3R)にイノシトール三リン酸(IP3)
と競合して結合し、IP3Rを制御する因⼦として発⾒されました。その後、アービットがさまざまな標的分⼦と結合すること
で、電解質輸送、分泌、メッセンジャーRNA(mRNA)の成熟、ゲノムの安定化といった多様な⽣命現象に寄与することが
明らかとなりました。しかし、アービットが最も豊富に存在する脳神経系における機能は未だ不明でした。共同研究チームは
脳神経系におけるアービットの機能を解明するため、新たなターゲット分⼦の同定と機能解析を試みました。
研究⼿法と成果
共同研究チームは共免疫沈降法[9]と質量分析法を使って、マウス脳組織サンプルの中からアービットと相互作⽤する新しい
分⼦を探索しました。その結果、α型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKIIα)を発⾒しました。アービット
がCaMKIIαとどのように相互作⽤するかを調べたところ、アービットはCaMKIIαの調節部位に結合し、その結合はCaMKIIα
を活性化する因⼦であるカルモジュリンと競合的であることが分かりました。アービットがCaMKIIαの活性に及ぼす効果を
検証した結果、アービット添加量に応じてCaMKIIαの活性が顕著に抑制されることが分かりました(図1)。
次に、⽣きた細胞内においてアービットがどのようにCaMKIIαの活性を制御するのかを調べました。野⽣型マウスとアー
ビットを⽋損させたマウスからそれぞれ培養した海⾺神経細胞を解析したところ、細胞内においてもアービットの発現量に応
じてCaMKIIαの活性が変化することが明らかとなりました。これは、アービットが細胞内におけるCaMKIIαの活性化の閾値
(いきち; ⽣体物質を活性化させるために必要な最⼩限の刺激の値)を決める重要な制御因⼦であることを⽰唆しています。
共同研究チームはアービットの機能が個体の⾏動にどのような影響を及ぼすかを調べるため、全⾝でアービットを⽋損させた
マウスを⽤いて⾏動解析を⾏いました。アービット⽋損マウスは、慣れている⽣活環境と新しい⽣活環境の両⽅で⾏動量が顕
著に増加しており、多動障害の傾向を⽰しました(図2A)。さらに、マウス同⼠が⽰す社会⾏動を解析した結果、アービッ
ト⽋損マウスは野⽣型マウスに⽐べて他のマウスへの接触回数と時間が増加(過剰接触)しました(図2B)。
これまでの研究から、多動障害や社会⾏動の異常は脳内におけるモノアミン量と関係することが報告されています。そこで共
同研究チームは、アービット⽋損マウスの脳内におけるモノアミン量を測定しました。その結果、アービット⽋損マウスの前
頭前野(図3左)、海⾺、線条体、⼩脳においてドーパミンとノルアドレナリン、およびその代謝物の量が増加していること
が分かりました。
ドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンの産⽣量は律速酵素であるチロシンヒドロキシラーゼの活性によっ
て制御されています(図3右)。CaMKIIαによるチロシンヒドロキシラーゼのリン酸化は、チロシンヒドロキシラーゼの活性
を制御する分⼦機構の1つとして報告されていることから、アービットの発現量がチロシンヒドロキシラーゼの活性に及ぼす
影響について、培養細胞を⽤いて調べました。細胞に⼈⼯的にアービットを過剰発現させたところ、CaMKIIαによるチロシ
ンヒドロキシラーゼのリン酸化が顕著に抑制され、アービットがCaMKIIαを介してチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御
している可能性が⽰されました。また、アービットが脳のどの領域に発現しているのかを解析したところ、腹側被蓋野(VTA)
[10]のチロシンヒドロキシラーゼを持つドーパミン作動性神経細胞に⾼いレベルで発現していることが分かりました(図
4)。
さらに、蛍光免疫染⾊法によりアービット⽋損マウスの腹側被蓋野のドーパミン作動性神経細胞では、チロシンヒドロキシ
ラーゼのリン酸化が進んでいることが分かりました。これらの結果はアービットが脳内において、CaMKIIα活性を抑制する
ことでチロシンヒドロキシラーゼの活性を制御し、脳内におけるカテコールアミンの恒常性維持に寄与していることを⽰唆し
ています(図5)。
今後の期待
今回、共同研究チームは脳におけるアービットと相互作⽤する新しい分⼦としてCaMKIIαを同定し、アービットによる
CaMKIIα活性の制御機構を発⾒しました。さらに、アービット⽋損マウスの解析により、アービットによるCaMKIIα活性制
御が脳内におけるカテコールアミンの恒常性維持に重要な役割を担っていることを明らかにしました。今後、ヒトにおける
アービットの変異と多動障害や社会⾏動の異常などの精神神経疾患の症状との関連を調べることで、これらの症状の治療およ
び創薬などに関する重要な知⾒が得られると期待できます。
またCaMKIIαは、記憶や学習を可能にしている「神経可塑性」というプロセスの制御にも重要な役割を担っています。アー
ビットによるCaMKIIαの活性制御機構が、このような記憶学習をはじめとする⾼次脳機能において、どのような役割を担っ
ているのかを、今後明らかにしていきたいと考えています。
原論⽂情報
Katsuhiro Kawaai, Akihiro Mizutani, Hirotaka Shoji, Naoko Ogawa, Etsuko Ebisui, Yukiko Kuroda, Shigeharu
Wakana, Tsuyoshi Miyakawa, Chihiro Hisatsune, Katsuhiko Mikoshiba, "IRBIT regulates CaMKIIα activity and
contributes to catecholamine homeostasis through tyrosine hydroxylase phosphorylation", Proceedings of the
National Academy of Sciences of the United States of America, doi: 10.1073/pnas.1503310112.
発表者
理化学研究所
脳科学総合研究センター 発⽣神経⽣物研究チーム
チームリーダー 御⼦柴 克彦 (みこしば かつひこ)
藤⽥保健衛⽣⼤学 総合医科学研究所 システム医科学研究部⾨
教授 宮川 剛 (みやかわ つよし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
お問い合わせフォーム
藤⽥保健衛⽣⼤学 広報担当
Tel: 0562-93-2492 / Fax: 0562-93-4597
kouhou [at] fujita-hu.ac.jp (※[at]は@に置き換えてください。)
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補⾜説明
1. アービット(IRBIT)
IRBIT は、IP3R binding protein released with inositol 1,4,5-trisphosphateの略。IP3受容体(IP3R)からイノシトー
ル3リン酸(IP3)により解離する分⼦として同定された分⼦量約60kDaのタンパク質。アミノ酸代謝酵素の1つであるSア
デノシルホモシステインヒドロキシラーゼと51%の相同性を持つが酵素活性は有しておらず、さまざまな標的分⼦と結
合し、その活性を制御する多機能性因⼦。
2. α型カルシウムカルモジュリン依存性キナーゼII (CaMKIIα)
calcium calmodulin dependent kinase II alpha。脳に豊富に存在するカルシウムカルモジュリン依存性のセリン・ス
レオニンリン酸化酵素で、その⽋損マウスは記憶・学習や社会⾏動に異常をきたすことから脳⾼次機能に関わる重要な
分⼦と考えられている。
3. カテコールアミン
チロシンから誘導されるカテコールとアミン⾻格を持つ化学種。代表的なものにドーパミン、ノルアドレナリン、アド
レナリンなどがあり、さまざまな神経伝達物質の基本⾻格になっている。
4. 恒常性
⽣物の持つ重要な性質の1つで、⽣体の内部や外部の環境因⼦の変化にかかわらず⽣体の状態を⼀定に保ちつづけようと
する傾向または性質。
5. モノアミン
ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質の総称。アミノ基が2つの
炭素鎖により芳⾹環につながる化学構造を有する。霊⻑類、げっ⻭類では脳幹部にモノアミン含有神経細胞の細胞体が
あり、ほぼ脳全体に神経軸索を投射している。
6. イノシトール三リン酸(IP3)受容体
細胞内のカルシウム貯蔵庫の1つである⼩胞体の膜上に局在するカルシウムチャネル。神経伝達物質やホルモンといった
細胞外の刺激に応じて産⽣されるイノシトール三リン酸(IP3)が結合することにより、⼩胞体内のカルシウムを細胞質
に放出することで、細胞内のカルシウム濃度を調節する。
7. 律速酵素
⼀連の反応が酵素によって触媒される際の最も酵素活性が低く、その酵素の活性速度が全体の反応の進⾏を決定するボ
トルネックとなる酵素。
8. チロシンヒドロキシラーゼ
ドーパミンの前駆体であるジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)をチロシンから合成する酵素。カテコールアミン合成
の律速酵素。
9. 共免疫沈降法
タンパク質複合体を形成する未知成分の同定を⽬的として、タンパク質複合体を維持した状態で免疫沈降反応(可溶性
の抗原と抗体が特異的に反応して沈殿する反応)により沈降させる⽅法。⽬的タンパク質に対する抗体と抗体に結合す
るアガロースやセファロースビーズを⽤いた⽅法がよく⽤いられる。
2015/04/14 12:05
多動障害や社会行動の異常を抑える新しい分子機構を発見 | 理化学研究所
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10. 腹側被蓋野(VTA)
中脳の⼀領域で、ドーパミン作動性神経細胞が多く存在し、⼤脳⽪質(特に前頭前野)や側坐核などを神経⽀配してお
り、報酬系の⼀部を担っている。
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図1 アービットがCaMKIIα活性に与える効果
試験管内において精製したアービットと、CaMKIIα、カルモジュリンなどを⽤いてアービットがCaMKIIαの活性に及ぼす効
果を検証した。CaMKIIαの活性化因⼦であるカルモジュリンの添加量に応じてCaMKIIα活性は上昇するが、どのカルモジュ
リン濃度においても、アービット添加量に応じてCaMKIIα活性が著しく抑制された。
図2 アービット⽋損マウスの⾏動解析
A:オープンフィールド(40×40×30cm、新規環境)にマウスを単体で導⼊した際の総移動距離。アービット⽋損マウスは顕
著に移動距離の増加がみられた。
B:オープンフィールド(40×40×30cm、新規環境)に2匹のマウスを導⼊した際の接触時間および接触回数。アービット⽋
損マウス(KO)は接触時間と接触回数の増加がみられた。WTは野⽣型マウス。
図3 前頭前野におけるモノアミン量の測定結果
アービット⽋損マウスにおいてドーパミン(DA)、ノルアドレナリン(ノルエピネフリン:,NE)およびホモバニリン酸(HVA)の
増加が⾒られた。右表に⽰す通り、ドーパミンやノルアドレナリンといったカテコールアミンの産⽣量は律速酵素であるチロ
シンヒドロキシラーゼの活性によって制御されていることが知られている。
図4 腹側被蓋野(VTA)のドーパミン作動性神経細胞におけるアービットの発現
腹側被蓋野においてアービットの染⾊像がチロシンヒドロキシラーゼの染⾊像と完全に⼀致することから、アービットがチロ
シンヒドロキシラーゼ陽性のドーパミン作動性神経細胞に⾼発現していることが分かる。
図5 アービットによるCaMKIIα活性抑制を介したカテコールアミンの恒常性維持機構と破綻
アービットが⽋失することでCaMKIIαが異常活性化し、連鎖的にチロシンヒドロキシラーゼの異常活性化が起きる。その結
果、ドーパミンやノルアドレナリンの⽣産量が増え、多動障害や過剰接触⾏動が起こると⽰唆された。
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