踊る身体のフロンテイア

シンポジウム
「舞 踊 の フ ロ ン テ ィ ア 」
た(金 田 尚 子 「旅 ね ず み の行 進 」1989)。 捻 挫 で
踏 み た て られ な く な っ た 男 性 舞 踊 手(松 原 秀 種
「美 し き嘘 」1988)に 松 葉 杖 を利 用 し, 女 性 の リ
フ トを 完 成 させ た こ と もあ る。 こ れ は窮 地 を 「趣
向 」 に転 化 した解 決 策 で もあ っ た。
(3)下 腹 部 タ テ に13セ ンチ 手 術, 2週 間入 院,
31日 後 の 本 番(「 ウ エ ル ナ ー症 候 群 の人 形 」 舞 踊
講演
踊 る 身体 の フ ロ ンテ イア
-窮
地 の イ ン ス ピ レ ー シ ョ ン日本女子体育大学
若 松
美 黄
1.問 題
微 妙 な身 体 運 動 が 課 され て い る ダ ンサ ー に とっ
て, 運 動 を統 御 す る こ とは, 容 易 で は ない 。 ダ ン
サ ー が, 所 与 の 身体 プ ロ グ ラ ム を完 遂 出来 た と し
た ら, どの よ う に稽 古 量 を重 ね た と して も神 の手
助 け が あ った か, あ る い は, 偶 然 の 出来事 が 手 助
け した に 違 い な い 。 能 で は 「完 全 に(統 御 して)
橋 掛 か りまで た ど り着 け た ら死 んで も良 い と い う
方 々 が た くさ ん居 る」(山 本 東 次 郎)。 どれ ほ ど稽
古 を積 み 重 ね て も, 本 舞 台 の観 客 は一 度 しか な く,
踊 り手 の, そ の 時 も二 度 とない 。
ダ ンス の 発 現 は, 古 代 にお い て は, 危 機 時 に現
れ る緩 和 的 情 動 反 応 と総 括 で き るだ ろ う。 心 身 的
異 常事 態 に カ ウ ン タ ー と して 発 生 し, 最 適 覚 醒 を
生起 させ る生 理 反 応 な のだ 傷 した が っ て, ダ ンス
は本 来, 心 身 的 フ ロ ン テ ィ アの現 出 で あ っ た 。 し
作 家 協 会 ・パ ー トナ ー:高 瀬 譜 希 子2004年)は,
退 院後, 2週 間 目か ら リハ ーサ ル 開始 。 腹筋 に力
が 入 らず, しゃが む と立 ち上 が れ な い。 テ ィ ア ラ
江 東 の大 理 石 張 りの柱 に身 体 を擦 り付 け上 下 動 を
反 復 し, 動 作 を カバ ー す る と と も に, メ タ フ ァー
と して古 事 記 の柱 周 りを暗 示 し, 解 決 。
2)足 指 の傷
レス キス な どで 活 躍 した ユ タ カ ・タケ イ君 とパ
リで話 した こ とが あ る。 当 時, 私 は, ガ リ リ舞 踊
団 と長 期 ツ アー を し(2000年)足
指 を痛 め, 踏 み
た て る と血 が 出 た。 舞 台 袖 ま で ス リ ッパ で 歩 き,
本 舞 台 は裸 足 にテ ー プ の み と した 。 跳 躍 が 求 め ら
れ, 反 復 す る と苦 痛 が倍 加 した 。
ヨー ロ ッパ の 地方 劇 場 で は, 床 が 荒 れ て, 裸 足
に対 応 して い な い 。ユ タカ に よる と, パ リオ ペ ラ
座 付 属 ・現代 舞踊 団 の 巡業 も, 野外 の ス テ ー ジが
多 く, 皆, 足 に傷 を負 う とい う。 痛 み の少 な い踊
り方 を身 に付 け る必 要 が あ っ た。 無 駄 な力 を排 除
し, 中 心線 を知 覚 す る こ とで, 平 凡 だ が, 基 本 に
返 る こ とを学 ん だ の で あ る。
か し, そ の ダ ンス も時 代 と と もに, 娯 楽化, 肥 大
化 して くる 。 真 摯 な舞 台 人 に とっ て は, 伝 統 や 口
伝 の な か に, 道 を見 出 し, あ る い は, 心 身 一如 の
技 法 化 に も転 化 して い くの で あ ろ う。
統 御 が 及 び に くい 状 態 を, フロ ンテ ィア と して
現 代 に 問 題 設 定 す る典 型 に は, ダ ンサ ー に とっ て
の危 機 時, つ ま り怪 我 を押 して舞 台 に立 つ こ とを
含 む 。 実演 の 立場 の 重 要 な ポ イ ン トは, 思 想 や趣
向 と同等 に, 場 の 現 実 的 選択 が課 され て い る こ と
で あ る。 怪 我 ・病 な どの 条件 下 で, 窮 地 の イ ンス
ピ レー シ ョ ンが発 現 し, 作 品 の ほ ころ び を最 小 限
にす る こ と も可 能 で あ る。
3.考 察
ダ ンス は, 小 脳 で設 計 した デザ イ ンを, 神 経 細
胞 で骨 格 筋 に伝 達 す るが, 延 髄 の垂 体 路 系 を通 る
デ ザ イ ン部分 と, そ れ を 身体 機 能 と調 整 す る垂 体
2.窮 地 の 体 験 例
舞 台 は, 総 合 的 な集 積 で あ り, 踊 り手 も ま た,
創 作 す る。 所 与 の現 実 か ら絶 え ざ る選 択 を強 い ら
れ, 創 意 工 夫 を行 っ て い る。 以 下, 主 観 的 な もの
で は あ るが, 怪 我 に よる事 例 を挙 げ てみ た い。
1)三 つ の事 例
(1)風 邪 で, 40度 以 上 の高 熱 を 出 し舞 台 に立 っ
た こ とが3度 あつ た。は じめ は1978年 「ひ な 人形 」
で, 朦 朧 と して終 わ っ た 。 そ の 経 験 を 踏 ま え て,
以 来2度,
い ず れ の舞 台 も, 内 観 で は, 熱 の た め
切 れ 目の 無 い 一 本 の 糸 を引 くよ う な意 識 が, 自然
に起 こ り, 通 常 は容 易 で は ない 持 久 感 が起 こ った 。
体 内 の細 胞 を動 く水 を感 じた 。
(2)リ ハ ー サ ル 期 間 に骨 折 した ダ ンサ ー が あ り,
代 役 も間 に合 わ ず, 骨 折 を利用 して松 葉 杖 を活用,
上 が る 方 の脚 で横 に保 持 させ, 不 思議 な景 に な っ
-40-
外 路 系 が あ る。 こ の兼 ね合 い は, 習 得 が 容 易 で は
な い。 そ の ほか に, 反 射 系 の 運 動 神 経 回路 が あ る。
これ は, 末 端 部 位 の 関 与 す る大 筋 に神 経 ル ー プ を
つ く り緊急 の事 態 に対 応 してい る もの だ。
モ ノ と しての 身 体 は, 微 量 な感 覚 受 容 器 の変 動
に対 応 す る。 そ の なか に は, 感 じか た, 考 え方 の
差 異 もあ り, そ れ ぞ れ 個 別 に敏 感 に反 応 す るた め,
統 御 は容 易 で は ない 。
怪 我 や 病 の 障 害 に よ り, 別 な回 路 を使 用 した り,
痛 み を読 み 込 ん で 反応 を表 現 に変 えた り, コ ンセ
プ トを変 えた り, 創 意 工 夫 で 多 様 な態 様 が 出来 る。
こ れ らの フ ロ ンテ ィア の現 わ れ は, 三 種 類 あ る。
1創 意 工 夫 型, 2合 理 調 整 型, 3伝 統 回 帰 型 で あ
る。 三 つ の 事 例(1)は合 理 調 整 型, (2)(3)は創 意 工 夫
型, そ して2)は 伝 統 回帰 型 で あ ろ う。
フ ロ ンテ ィア も また 一様 で は な い 。 生 身 の ダ ン
サ ー は, 絶 えず, 現 実状 況 を把 握 し, 絶 え ざ る評
価 の 目 を潜 り抜 け, 現 実 的 な 可 能性 を最 高 度 に追
求 す る こ と を 条 件 つ け られ て い る も の で あ る 。
(ビ デ オ は, 点 滴 柱 と踊 る情 景 「無 芸 至 芸 」2004)