キス・オブ・サウンド、 サウンド・パンチ 中野有朋(音の話10

キス・オブ・サウンド、 サウンド・パンチ
中野有朋(音の話10- 2015/4)
音波が発生するということは、音圧が発生し、これが伝わっていくということである。
音圧は気圧の変化であるから、空気中に音圧という圧力が発生し、これが音速と言われる
秒速340mという速さで伝わることを意味している。音波は伝わる力でもあるのである。
ある夜のこと、行きつけのバーのカウンター、A君がひとり、いつものカクテルを飲んで
いた。暫くして、店も混んできて、素敵な彼女が彼の隣の席にかけた。彼は、ほろ酔い機
嫌も手伝って、「素敵ですね」と、声をかけた。彼女はにっこり笑って振り向いた、それ
から彼は彼女の唇を見つめて、彼女に二言、三言、これで終わり。キス・オブ・サウンド
である。その後、彼は気分良く飲み続けた。一体これはどういうこと?
彼の口から出た音波が彼女に伝わり、彼女の身体全体に音圧が加わり、ある力で、音波の
周波数の回数、力が加わったのである。そしてこの力を身体の中で最も敏感な耳の鼓膜が
感じとって振り向いたのである。もちろん感じられないだけで彼女の唇にも同じ力が加わ
っていたのである。この音波は彼のものである。彼の音波によって、空気を介して間接的
に彼女の唇は軽-く、軽-く、キスされたのである。唇を見つめたのは音波の方向を定め
るためである。感触は味わえないが、このくらいで我慢して、そのあとは気分良く飲んだ
方が無難である。ということである。
相手に向かって音波を出すということは、空気を介して、素早く相手に力を加えるという
ことである。声が聞こえているということは物理的に力が加わっている証拠である。
力の大きさは、ようやく聞こえる位の小さな音波(音圧レベル0㏈)で、1平方メートルあた
り2ミリグラム、耳が痛くなる位の大きな音波(120㏈)で2キログラム位の力になる。
我々が、音波による力を受けた場合、これを感じ取ることができるところは、普通の場合、
耳の鼓膜だけである。
鼓膜は、耳から入ってすぐのところにある、直径約1cm、厚さ約0.1mm位の浅いじょう
ご状の膜である。これが音につながる唯一の音波のセンサーである。
厚さ0.3~2.3mm(表皮0.1~0.3mm、真皮0.2~2mm)の面(つら)の皮が、多少薄く
ても厚くても、普通の大きさの音波では、その力を感じることはできないのである。
喧嘩をするときも同じである。サウンド・パンチ(相手より、大きな声で怒鳴って、相手
を、より強く引っぱたくのを音波に任せる)で逃げるのが無難である。
力を加えるのに、何もゲンコツで殴らなくても、声を出して力を加えることができるので
ある。ただしゲンコツは痛いが、声は痛くも痒くもない。
相手に怒られている時でも、褒められている時でも、同じ大きさの声であれば同じ物理的
な力を受けていることになる。怒られているときは、ぶん殴られているように、褒められ
ている時には、撫でられているように感じるが、これは心理的な力である。
何もキスや喧嘩だけではない。野球やサッカーの試合の応援で、大勢の人が出す声の音波
で選手たちは力を加えられているのである。これによって、選手達は大きな心理的な力で
奮い立たされているのである。