Economic Indicators 定例経済指標レポート

Economic Trends
新財政再建計画・考①
マクロ経済分析レポート
発表日:2015年4月9日(木)
~「高齢者のさらなる高齢化」が進む~
第一生命経済研究所 経済調査部
担当 エコノミスト 星野 卓也
TEL:03-5221-4547
(要旨)
○2015 年度、日本の財政政策は大きな分水嶺を迎える。今夏にも公表される新・財政再建計画に注目が集
まる。2020 年度のプライマリーバランス黒字化に向け、どこまで実効性・具体性のあるプランが提示さ
れるのかがポイントだ。
○中でも、社会保障改革への注目度は高い。今後少子高齢化の進行に伴い、社会保障の収支バランスがよ
り不安定になることは自明である。本来的には、社会保険制度である健康・介護保険や年金は、保険料
と給付がバランスしている状態が自然体である。しかし、保険料で不足する部分を公費で賄うことが常
態化・制度化されており、この公費負担の増加が財政の悪化に繋がっている。
○今後、財政への悪影響が深刻化するのは、医療や介護分野である。ともに年齢を重ねるにつれて一人当
たりの費用が増加する構造を有しており、「高齢者の更なる高齢化」が進むことが費用の増加要因にな
る。医療については、医療技術の進歩も医療費の増加に拍車をかけている。
○「歳出改革」に道筋を付けられるか
2015 年、日本の財政政策は分水嶺を迎える。今夏にも政府から新しい財政再建計画が公表され、2020 年度
のプライマリーバランス黒字化に向けた道筋が示される予定である。そして、この計画作成にあたっての定
量的なベースとなるであろう「中長期の経済財政に関する試算」(2015 年2月)によれば、名目3~4%の
経済成長を前提にした「経済再生ケース」においても、プライマリーバランスは 9.4 兆円(消費税 3.5%分
相当)の赤字になるとされている。これより低めの堅実な経済成長率をおいた「ベースラインシナリオ」の
場合は、16.4 兆円(消費税6%分相当)の赤字だ。いずれにせよ、財政目標であるプライマリーバランスの
黒字化を達するためには、何らかの政策手段が必要になる。
財政を改善させる手段は、大きく分ければ3つしかない。それは、①経済成長による税収増、②増税によ
る税収増、③歳出の見直しである。このうちどれが用いられるのかという点だが、まず①の経済成長につい
ては、既に高い経済成長を前提とした「経済再生ケース」の試算を公表している。これ以上の経済成長率は
非現実的との批判は免れないだろう。
②についても、大規模増税が今夏の財政再建計画で示される可能性は低下している。2014 年4月の消費税
率8%への引き上げが財政の改善に貢献した一方、増税後の 2014 年4-6月期、7-9月期の経済成長率が
多くのエコノミストの予想に反して、2四半期連続のマイナス成長に陥ったことは記憶に新しい。消費税引
き上げの景気への影響の大きさが改めて示された1年であった。そうした中で、2015 年 10 月に予定されて
いた消費税率 10%への引き上げは 2017 年4月に先送りとなった。加えて、甘利経済再生相をはじめ、政府
は 2020 年度までの期間については 10%“超”への消費税率引き上げを行わない姿勢を示している。基幹三
税のうち法人税は減税方向での議論が今も進んでいる。所得税も配偶者控除等の見直しが検討されてはいる
が、大幅な増税は俎上に上っていない。実質的に、政府自ら「②増税」を中心とした財政改善については
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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“封印”したと考えてよいだろう。故に、財政再建計画は「③歳出の見直し」が中心になると考えるのが自
然である。具体性、実効性のある歳出改革案が示されるかどうかが、最大の注目点となる。
その方法のひとつとして有力視されているのが、社会保障制度の改革である。国・地方で毎年社会保障経
費として計上されている額は 40 兆円超にも上り、歳出の多くを占める項目となっている。今後、高齢化の進
行に伴ってこの費用が増していくことが予想されていることは周知の事実であろう。
○高齢化とともに高まる公費依存度
社会保障制度が財政を圧迫する構造から整理していきたい。医療・年金・介護をはじめとする日本の社会
保障制度は、その多くが社会“保険”の形態をとっている。現役勤労者を中心に保険料を徴収し、その保険
料を原資として医療・年金・介護などが必要なところに保険給付が行われる形態だ(賦課方式)。本来「保
険」であれば収入である保険料と、支出である社会保障給付のバランスが確保されるような制度設計である
のが自然だが、現在の社会保障制度は少子高齢化の進展を背景に収支のバランスが崩れている。そして、そ
の崩れたバランスを補填するために使われているのが公費、つまり国や地方の財政支出である(資料1)。
社会保険が保険として機能していれば、本来財政と社会保障はリンクするものではない。しかし、少子高
齢化による保険料収入の減少と必要給付額の増加を背景に、この公費が社会保障給付に占める割合は年々上
昇傾向にある(資料2)。保険料収入を確保するために、医療においては健康保険料引き上げ、年金では厚
生年金保険料の引き上げ、支給開始年齢の繰上げ等の施策が講じられてはいるものの、そうした施策を実施
しても、高齢化に追いつくことができず、国・地方の財政を圧迫している。
資料1.少子高齢化と社会保障・財政(イメージ)
保険料
公費
資料2.社会保障制度の収入源(対社会保障給付費比)
(%)
給付
43
41
39
公費
37
現役世代の減少で
保険料収入は減少
35
保険料
公費
保険料収入
(被保険者)
33
給付
31
保険料収
入
(事業主)
29
27
(出所)第一生命経済研究所作成。
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
25
2000
保険料で不足する部分は
公費(財政支出)で賄うことに
高齢世代の増加で
給付額は増加
(出所)国立社会保障人口問題研究所「社会保障費用統計」
社会保障が国・地方の財政収支へ与える影響をみる際には、給付の総額のみでなく投入されている公費額
が重要な観点だ。例えば「社会保障給付費」ベースで見た場合、年金は社会保障給付の 47.0%を占め、ウェ
イトは最も大きい。しかし、投入されている「公費」の額でみるとそのウェイトは 27.2%と小さくなる。代
わって、最大ウェイトとなるのが医療(31.8%)である(資料3)。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
2
制度毎に公費依存度(各制度の給付
資料3.社会保障費の項目別割合(2012 年度)
額に対する公費の割合)をみても、医
生活保護
3.3
療(42.8%)や介護(54.5%)が高く、
年金(23.2%)は相対的に低い(資料
総給付
(108.6兆円)
医療
28.5
その他
9.7
介護 社会福祉
3.9
7.7
年金
47.0
4)。こうした数値の意味するところ
は、年金制度が医療や介護制度と比べ
て、保険料収入をはじめとする公費以
公費負担
(42.5兆円)
外の収入(運用益や積立金の取り崩し)
医療
31.8
年金
27.2
介護
10.7
で制度運営が賄えている、ということ
社会福祉 その他
10.7
11.2
生活保護
8.6
である。
0
20
40
60
80
100
%
(出所)国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」(注)「総給付」は、各制
度の給付額/社会保障給付総額。「公費負担」は、各制度への公費投入額/ 社会保障制度
への公費投入総額。「医療」は協会けんぽ、国民健保、組合健保、後期高齢者医療制度の
4制度の合計。「年金」は国民年金、厚生年金と公務員、私学共済の合算値。
資料4.日本の社会保障制度概観
(単位:億円)
内容
給付費
医療
・全国健康保険協会管掌健康保険(通称:協会けんぽ)
・組合管掌健康保険(大企業健保)
・国民健康保険
・後期高齢者医療制度
介護
・介護保険
年金
・厚生年金保険・厚生年金基金
・国民年金
・農業者年金基金
雇用
・雇用保険
・労働者災害補償保険
家族手当
・児童手当(子ども手当て)
公務員
・国家公務員共済、災害補償、恩給
・地方公務員共済、災害補償、恩給
・私立大学振興・共済事業団
公衆保健サービス
・公衆衛生
公的扶助および社会福祉
・生活保護
・社会福祉
戦争犠牲者
・戦傷病者及び戦没者遺族への援護
公費投入額
各制度の
公費依存度
315,706
135,260
42.8%
83,128
45,323
54.5%
455,734
105,855
23.2%
27,624
4,813
17.4%
24,640
20,161
81.8%
76,171
9,865
12.9%
6,018
6,959
全額
78,490
81,884
全額
6,345
6,388
全額
(出所)国立社会保障・人口問題研究所「社会保障費用統計」(2012 年度)
(注)給付費以外に制度の管理費などにも支出されるため、公費額が社会保障給付額を上回っているケースがある。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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○費用構造の異なる医療と年金
こうした意味で、現在財政の悪化に大きく寄与しているのは社会保障“総給付”がトップの年金ではなく、
“投入公費額”がトップの医療である。そして今後も、医療費の増加は公費負担の増加を通じて財政の悪化
要因となる公算が大きい。そこに横たわるのは、“高齢者の更なる高齢化”という現実だ。資料5は5歳階
層で年齢別に一人当たりの国民医療費をみたものだ。0~4歳から 20 代にかけては減少したのち、年齢を重
ねるにつれて加速度的に一人当たり医療費が増加しており、そのグラフは「J」の字を描いていることが分
かる。なお、これは介護でも類似の構造がみられ、80 歳から 85 歳に入ると「要介護」の受給者が急増する
(資料6)。さらに医療費に関しては、“医療技術の高度化”もその費用を押し上げる要因になっている。
このため、年齢階層毎の一人当たり医療費も増加トレンドを有しており、これもまた医療費の増加に拍車を
掛けている。
資料5.年齢別一人当たり国民医療費(2012 年度)
資料6.介護レベル・年齢別介護サービス受給者数(2013 年度)
(単位:万人)
介護レベル
(万円)
年齢階層
120
要支援1
要支援2
要介護1
要介護2
要介護3
要介護4
要介護5
(50,030円) (104,730円) (166,920円) (196,160円) (269,310円) (308,060円) (360,650円)
40~64
9.9
20.9
27.9
40.7
26.2
20.9
21.4
65~69
22.0
31.1
40.5
49.0
33.0
27.1
25.0
70~74
47.6
57.5
77.4
85.8
59.0
48.8
42.4
75~79
100.6
111.1
155.1
151.6
107.1
90.6
75.9
80~84
168.8
185.6
271.3
247.5
177.8
152.6
124.4
85~89
147.5
181.2
299.2
286.1
219.2
192.7
154.3
90~94
53.2
80.9
162.2
185.8
161.8
157.7
125.7
8.3
15.9
44.0
66.8
74.1
89.9
75.7
100
80
総平均
60
40
20
(出所)厚生労働省「国民医療費」
85歳以上
80 ~ 84
75 ~ 79
70 ~ 74
65 ~ 69
60 ~ 64
55 ~ 59
50 ~ 54
45 ~ 49
40 ~ 44
35 ~ 39
30 ~ 34
25 ~ 29
15~19
20 ~ 24
5~9
10~14
0~4
0
95歳以上
(注)塗りつぶし部分は、100万人以上、150万人以上、200万人以上のボリュームゾーン。色が濃いほ
ど利用者が多いことを示す。介護レベル欄の()は、介護保険の区分支給限度基準額(月額。1単位10
円とした値。)。
(出所)厚生労働省「介護給付費実態調査報告」
今後、人口のボリュームゾーンである団塊世代が 70 代、80 代に突入していく。こうした構造下、国内人
口の減少トレンドが続く中にあっても、医療費や介護費は増加が続く公算が大きい。それに対して、基礎年
金は、受給開始年齢(現行 65 歳)に達した後、一人当たり年金額が基本的に一定(マクロ経済スライドが実
施されれば、一人当たりの給付額は減少していく)である。これが、医療介護と年金の費用構造の大きな違
いだ。
年金・医療について、物価変動を除いたベースで長期の先行きを試算したものが次頁の資料7・8だ。資
料7では、基礎年金額の先行きを人口動態をベースに試算した。マクロ経済スライドによる給付抑制がない
場合は緩やかな増加傾向を続け、2012 年度の 21.7 兆円から 2040 年には 26.5 兆円となる(うち公費負担は
5割:2012 年度時点)。ただ年金については、インフレ下ではマクロ経済スライドによる給付抑制が継続的
に実施される予定である1。着実に実施された場合は、基礎年金の総額は徐々に減少していくことになる。
1
マクロ経済スライドによる給付抑制は、デフレ時(消費者物価の前年比がマイナス)には実施されない仕組みになっているが、今後「デフ
レ時には先送り、インフレ時に先送りした分をまとめて削減」する仕組みに変わる見込み。
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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資料8では、医療費の先行きを試算している。グラフの「費用構造維持シナリオ」は、2012 年度と5歳階
級別の一人当たり医療費が一定とした場合の値で、人口動態要因のみを勘案した試算値である。この場合、
医療費のピークは 2030 年度の 43.2 兆円と、2012 年度の 39.2 兆円から4兆円程度の増加となった後、徐々
に減少へ向かう。しかし、実際にはここに“医療の高度化要因”が加わる。それを考慮したものが「現状維
持シナリオ」である。この場合の医療費は 2040 年には 54 兆円(2012 年度時点での公費負担割合はそのうち
のおよそ4割)にまで達する。今後、より大幅な増加が予想されるのは、年金よりも医療費である。
以上のように、医療費をはじめとした社会保障関連費の増加が、今後財政を圧迫することが予想され、そ
の対応が課題となる。この点については、次以降のレポートにて考えたい。
資料7.基礎年金の先行き試算
(兆円)
28
(兆円)
60
マクロ経済スライド無
現状維持シナリオ
55
26
24
50
22
20
資料8.医療費の先行き試算
マクロ経済スライド
フル発動
45
18
16
40
14
費用構造維持シナリオ
35
12
10
30
(備考)基礎年金の受給開始年齢である65歳以上人口(出生・死亡中位予測)をベースに試算。マ
クロ経済スライドは財政検証の経済前提ケースEに基づいている。
2040
2038
2036
2034
2032
2030
2028
2026
2024
2022
2020
2018
2016
2014
2012
2010
2008
2006
2004
2002
(出所)国立社会保障人口問題研究所「社会保障費用統計」、「将来推計人口」、厚生労働省「平
成26年度財政検証」等より第一生命経済研究所が作成。
2000
25
1998
2000
2002
2004
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
2022
2024
2026
2028
2030
2032
2034
2036
2038
2040
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(出所)厚生労働省「国民医療費」、国立社会保障人口問題研究所「将来推計人口」より第
一生命経済研究所作成。
(備考)「現状維持シナリオ」:年齢別一人当たり医療費が、各年齢層で過去10年間平均伸
び率で増加が続いた場合。「費用構造維持シナリオ」:一人当たり医療費を2012年度の値で
固定。人口動態要因のみ考慮した医療費の試算値。
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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