触媒的不斉酸化反応 中部大学 山本 尚 1.はじめに 最近の医薬品設計は、ますます複雑な分子に指向している。数多くの官能基を備えてお り、しかも、その多くが不斉官能基である場合が殆どである。こうした分子を最も効率的 に合成するには、触媒的不斉酸化合成が最も効果的である。この場合、複数の官能基を同 時に導入できれば更に都合がよい。私たちはこの目標に沿って、1)カルボニル基を起点 とするニトロソ化合物を用いた窒素、酸素の不斉導入を目指してきた。私共のニトロソ・ アルドール合成は内外でかなり研究が進んでおり、いまでは四級立体中心導入の最も効果 的な合成手法になってきた。また、ジエンを起点とするニトロソ・ディールス・アルダー 反応は同時に窒素と酸素、及び2重結合が導入される点、更に有利である。2)一方、ア ルコールとオレフィンを起点とする触媒的不斉エポキシ化反応の重要性は論を待たないが、 生成するエポキシドを開裂してさらに複数官能基の位置と立体化学を制御した反応を開発 することで、飛躍的に用途が広がる。こうした触媒的不斉酸化反応について述べる。 2.ニトロソ化合物を用いる触媒的不斉合成 古くニトロソベンゼンとマロン酸エステルを塩基性条件下で反応させることで、イミノ 基をエステルのα位に導入できることを、向山先生らが報告されている。カルボニル基の α位への窒素導入反応である。その後、われわれはルイス酸触媒下で酸素導入が進行する ことを発表した。これによって、N−ニトロソ・アルドールとO—ニトロソ・アルドール合 成がそれぞれ適切な触媒を選ぶことで選択的に進行することがわかった。一般にはNを活 性化するとO−ニトロソ・アルドールがOを活性化すればN—ニトロソ・アルドールが進行 することになる。 N E+ activation of Oxygen O E+ N-Nitroso aldol Nu N E+ activation of Nitrogen O E+ N O O-Nitroso aldol Nu Nu N OH N-NA product H N O Nu O-NA product 例えば、O−ニトロソ・アルドールはシリコン系のルイス酸存在下で進行する。この反応 の不斉合成には銀触媒をもちいた。とくに BINAP 型のリン配位子が銀原子に一個配位した 銀触媒ではN—ニトロソ・アルドールが、2個配位した銀触媒ではO−ニトロソアルドール が高い不斉収率で進行する。さらにプロリン等のカルボン酸基を持つ有機不斉触媒ではO— ニトロソ・アルドールが進行する。これはエナミンを基質に触媒量の不斉カルボン酸触媒 でも同じ不斉反応が出来る。一方アルコール系の触媒では不斉N−ニトロソ・アルドールが 進行する。その後急速に様々な不斉触媒が世界中で開発され、ニトロソ法は不斉酸素原子 や窒素原子の導入ではほぼ一般的な手法に育った。 ニトロソベンゼンの反応は以上のようにわずか10年足らずで素晴らしい発展を遂げた が、ニトロソベンゼンの毒性等が今後の問題として残った。また、N−ニトロソ・アルドー ル反応の後、ベンゼン環と窒素との切断に余分の数工程が必要という課題も残った。この 問題を解決するためには不安定で反応性の高いニトロソ基を系内で発生させ、基質と「そ の場反応」を起こす必要がある。特にアシル・ヒドロキシアミンをもちいることができれ ば、窒素とアシル基の切断は塩基性条件で進行するのでかなり簡便になるはずである。市 販されているBOC基で保護されたヒドキシアミンをもちいることができれば最も好都合 である。この目的に沿って様々な酸化反応を試みた。中でも銅触媒の空気酸化はニトロソ 合成が綺麗に進行するが、その後の不斉触媒と競合する可能性がある。この問題の解決は 案外難しい。様々な反応を試みたところ、活性二酸化マンガンがこの目的に最もかなって いることがわかった。外部からの不斉金属触媒は固体二酸化マンガンとは反応しないから である。 O RO N H O O Oxidation H RO Periodate, Swern, Dess-Martin Ru(II), Ir(I), Cu(II), Cu(I) in combination with H2O 2 , TBHP, O 2 N Deals-Alder Ene NA reactions O Milder oxidant Diverse fundtional group tolerance Avoid over oxidation Leiws or Brønsted Acid tolerance? この結果を基にして、BOC保護されたヒドロキシアミンを系内で二酸化マンガン酸化 させて直ちに不斉ニトロソ・アルドールを進行させることが可能となった。 Boc-NHOH Boc-NHOH O O R2 XR O NHBoc R1 up to 93% yield up to 99% ee N/O selectivity < 1:20 22 examples Cu(OTf) 2 (10 mol%) L1 (12 mol%) MnO 2, CH 2Cl 2 23 oC, 24 h X = O or S O XR O R1 R2 MnO 2, CH 2Cl 2 23 oC, 16 h X=O O N Ph L1 R1 iPr N Ph Mg(OTf) 2 (6 mol%) L2 (7.2 mol%) O R2 O N O H iPr N O N O L2 XR N Boc OH up to 97% yield up to 96% ee N/O selectivity > 20:1 O H O N iPr iPr 21 examples 銅とマグネシウム触媒を使い分けることによって所望の反応を選択的に進行させる。こ の場合に銅触媒は窒素原子に、マグネシウム触媒は酸素原子に選択的に配位することで、 四級立体中心をもつ不斉合成を成功した。 O PG N O R1 PG O MgL* O R1 O-NA vs. N-NA O R2 N CuL* O R2 XR3 XR3 さて、最初に述べたニトロソ・ディールスアルダー反応については、2004年に発表 したように、銅触媒で非常に高い光学収率が実現できた。残念ながら、高い光学収率が得 られたものの、炭素と窒素の結合の切断に数工程を要し、真に役立つ反応には育たなかっ た。勿論アシル基でニトロソ基を保護すれば良いのである。しかし、系内で発生させたア シルニトロソ基を触媒存在下でジエンと反応させようとしたが、この試みはすべて失敗に 終わった。非常に短寿命なニトロソ基と、異常に速いディールス・アルダー反応が先行し、 共存する触媒が機能しないのである。この問題を解決するいくつかの試みについては当日 述べたい。 3.触媒的不斉エポキシ化とその展開 シャープレス・香月反応発見は不斉酸化反応の最初のマイルストーンであった。私は当 時バナジウムの酸化反応の開発に少し拘わったが、その後は興味を炭素—炭素結合の生成反 応に移していった。しかし、2000年初頭のシャープレス教授のノーベル賞受賞の期 R3 O R2 R1 R3 R4 R2 R1 R3 R1 R3 V R1 O N N H O Mo R N Ts R4 R2 n OH n OH O R2 R4 R3 R Zr R3 R1 N H Ts R4 R1 OH OH R3 O R2 Hf R2 R3 O R2 R1 n OH R2 R1 n OH に、今一度バナジウム反応に戻り研究を再開した。その後、モリブデン、ジルコニウム、 ハフニウムと金属を変えながら、設計したビスヒドロキシサム酸を配位子としていくつか の触媒的不斉エポキシ化反応を開発した。 最近では、金属をタングステンにして、このエポキシ化を検討した。エポキシ化は順調 に進行したが、そのさいにエポキシドが開裂する現象を見いだした。タングステン触媒が ルイス酸として機能しているのである。確かにラセミ体のエポキシドをアニリン等存在下 タングステン触媒で開裂し、光学活性にアミノジオールを合成することに成功した。 R5 R1 O R2 R3 R4 R5 + H N W(OEt)6 (2.5-10 mol%) R6 OH R3 2.3 equiv, rac. Ph Ph NH Ph OH N H2O2 (20 - 40 mol%) BHA (3-12 mol%) THF, 55 °C, 2-5 h Me Ph OH R2 R3 R4 R3 Ph N OH R1 R6 N Ph OH NH OH OH OH OH OH OH 90 % 92 % ee 86 % 91 % ee 88 % 92 % ee 77 % 94 % ee 更に不斉エポキシ化の後にこの反応を用いることで、ほぼ完全な光学純度の生成物を得 ることが出来た。速度論的分割が効率よく進行したのである。 この方法は既存の不斉合成手法とは違った新手法であり、不斉合成で特定の官能基を合 成し、同じ官能基を不斉触媒で速度論的分割をおこなって別の官能基と変換することで 100%近い光学純度で生成物を得ることが出来る。この手法を更に詳細に述べる。 <参考文献> 1 2 3 Nitroso and Azo Compounds in Modern Organic Synthesis: Late Blooming buy Very Rich, Yamamoto, H.; Kawasaki, M., Bull. Chem. Soc. Jpn., 2007, 80(4), 595-607. Advancements in the nascent nitroso-ene reaction.: Baidya, M.; Yamamoto, H., Synthesis, ,45(14), 1931-1938. (2013) Hydroxamic Acids in Asymmetric Synthesis, Li, Z.; Yamamoto, H. Accounts of Chemical Research, 46(2), 506-518. (2013)
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